2015年3月18日水曜日

Fostex TH500RP 平面駆動型ヘッドホンのレビュー

フォステクスが2014年に発売した平面駆動型ヘッドホン「TH500RP」のレビューです。

個人的に非常に興味のある商品だったので、発売と同時に購入しました。


まずはじめに断っておきますが、購入して数ヶ月のあいだ使ってみた結論として、ちょっと難ありというか、かなりクセの強いヘッドホンだと思いました。

発売前から各方面での前評判が高かったですし、実際、優れた部分も多いヘッドホンだと思うので非常に惜しいのですが、良い点と同じくらい悪い点が多かったので、価格も踏まえたトータルで評価すると、あともう一歩のところだと思います。7万円台ということで他社製のハイエンド機は色々とありますし、フォステクスも同価格帯のTH600というモデルがあるので、評価が難しくなります。

フォステクスは、なんというか技術的なスキルや地道な製品開発力は非常に素晴らしい優良な会社だと思うのですが、どうも音作りのコンセプトというか最終的な音決めの部分で損をしていると思います。音が悪いというわけではなく、好き嫌いの別れる何かしらピーキーな特性やクセがあるような気がします。TH900やTH600などもそのように思いました。素人が簡単にいうのは開発者さんたちに失礼だと思うのですが、このTH500RPはコンセプト的には、チューニングを施した次回作があれば非常に期待できるアイデアだと思います。

TH500RPヘッドホンの形状は、すでに発売されているTH900・TH600と同じヘッドバンドと調整機構をもとに、新たに銀色の開放型ハウジングをあしらったシンプルなデザインです。ソニーなど大手国産メーカーのような凝った削り出しや鋳造の流線型なフォルムではなく、どちらかというとHiFiMANのような海外の中小メーカーに似た無骨な「手作り感」があります。

大型の開放型ハウジング アルマイトの弁当箱みたいな質感
開放グリルはパンチングメタルのしっかりとしたもので、試作機の写真にはFOSTEXロゴがあったのですが、それが市販モデルでは無くなっており非常にシンプルです。ハウジング外周にモデルネームなどが印刷されているのですが、写真では見えにくいですね。


6.25mmプラグで3.5mm変換は無し 上がTH500RPで下がTH600
ケーブルは取り外しができない布巻きスリーヴ付きのもので、TH600などと同じタイプのようです。ケーブルとハウジングの取り付け部分が簡素で、あまり応力緩和されていないので、ラフに扱ったら将来的にここが断線しそうで心配です。プラグは6.25mmの大型ステレオプラグのみなので、ポータブル用途ではなく据え置きアンプを使ってくださいという意図を感じます。プラグはしっかりしたデザインで、なぜかTH600のものより若干大きくなっています。

肉厚なイヤパッド 耳穴が狭い形状
イヤパッド内側のロック機構
イヤパッドはTH600と同じように、白いプラスチックの外周パーツを回転させることで簡単に外れるようになっているので、外し方はAKGのK702などと似ています。アラウンドイヤーの大きなパッドなのですが、内側の穴が耳の形に合わせて、とても狭く作られています。ここは大きな円形だったTH600から変更されています。このため耳へのフィット感がピッタリとします。

TH600のイヤパッドは内径が大きかったため耳との位置決めがいまいち不安定な形状でしたので、TH500RPのほうが装着感はしっかりしています。そのため開放感が無く、多少蒸れやすいです。

肝心のRegular Phaseドライバ
イヤパッドを外すとドライバが露出します。肝心のRegular Phaseドライバが見えます。実物を手にとってみると、やはり四角いドライバというのは極めて異質ですね。これ以上は分解しませんでしたが、プラスネジで組み立ててあるので、将来的に改造やリケーブルは比較的簡単にできそうです。一つ不思議に思ったのは、ドライバに角度をつけずに、耳に対して単純に直角配置されていることです。これくらい大きな振動板で全面駆動だと、音と外耳との干渉が無視できないレベルになると思うので心配になります。後記しますが、実際に試聴してみると、その辺の音への影響があまり好みではありませんでした。

ドライバはT50RPのものから薄いガーゼ膜がメッシュに変わったような外観です。メーカー資料によると振動板がT50RPよりもアップグレードされたということなので中身は結構変わっていると思いますが、サイズ的にはT50RPと似ています。発売前のネット情報では「1万円のT50RPと同じドライバじゃないか!」などと噂されていたので、製品のプロモーション的には、はっきりと新開発とわかるように、もうすこしデザインを変えたほうが良かったと思います。

ところで、TH500RPは、2007年に登場したT50RPというヘッドホンの上位モデルという位置づけで発売されたわけですが、T50RPは平面駆動ドライバでありながら1万円台という低価格のため、今でも非常に人気の高い商品です。

このT50RPというのはそのまま使っても決して良い音とはいえないのですが、振動板の特性の良さが評価され、ハウジングやケーブル、イヤパッドなど色々と改造することで音がどんどん良くなるという、一種のカスタムベースとして評価を得ている面白いヘッドホンです。とくに有名なMrSpeakers Mad Dog・Alpha Dogなど、T50RPをベースにした非公式な改造ヘッドホンが実際に高級商品として販売されているので、それだけポテンシャルの高いドライバだと言えます。

非公式な改造モデルは、数々のDIYユーザーによる長年に渡る試行錯誤の結果なので、これらの音質を超えるためには、メーカーといえども乗り越えるハードルが高いです。

このような背景があるため、TH500RPはT50RPをベースにフォステクスなりのカスタムを施した公式改造ヘッドホンという意味合いで、期待は大きいです。さらにフォステクスはドライバそのものにも手を加えることができるので、根本的な部分でのアップグレードが見込めます。






音質についてですが、平面駆動型で7万円台という価格帯もあって、ひょっとしてAudez'e LCDキラーになるか、という期待があったのですが、実物を聴いてみると全体的な傾向としてはLCDシリーズとはまた別の方向に向かっていると感じました。駆動は比較的に簡単で、48Ω 93dB/mWということで、普通の50Ω開放型ヘッドホンを鳴らせるヘッドホンアンプで十分に音量がとれます。TH600と同じくらいでした。

まずTH500RPのとても良い点は、平面駆動版のメリットだと思いますが楽器の粒がそろっており、非常に自然で違和感の無い、ピュアトーンの素直さがあります。たとえばヴァイオリンなどレンジの広い楽器は、他社のヘッドホンだと必要以上にスケールが大きく感じられますが、TH500RPだと、まとまりを持って滑らかな出音になります。フルオーケストラの楽曲を聴いているととくに感じるのですが、管楽器から打楽器まで、どのパートも暴れずに波が揃った演出になります。フルートなどは特に綺麗で、破裂音は抑えられ伸びやかなトーンが響きます。美音や空間の瑞々しさというよりも、不快な捻じれの無いまっすぐな、純度の高い音色といった感じです。

一般的なダイナミック型のヘッドホンを聴いていて、いつも思うのですが、必要以上のスケール感や、3Dのようなサウンドステージというのは、一見楽しく感じるかもしれませんが、実際はドライバの位相特性などによって生じる乱れの結果というケースが多いです。

例えばモノラル録音を聴いているのに左右のステレオ感や上下の空間を感じ取れるなら、それは元の音源に由来するものではなく、左右のヘッドホンの特性差異やハウジング反響特性によるものです。家庭用スピーカーに例えれば、部屋の反響が左右で異なるため、左側に窓ガラスがあるから高音が左から聴こえる、みたいな感じです。

一方、TH500RPでモノラル録音を聴けば、ピッタリと中心に焦点が合いますし、とくに中音域は特定の周波数帯が乱れるということも発生しません。非常に位相管理が良いということでしょうし、このおかげで集中して奥深い音像を楽しめます。

モノラル録音には、そもそも左右上下の情報は無いわけですし、唯一あるとしたら録音された残響の遅延によって感じられる前後の奥行きだけです。そういった意味で、オーディオの試聴テストにモノラル曲を試してみるのは有効だと思います。



次に、TH500RPの悪い点ですが、思いつくところでいくつか挙げられます。

まず全体的なアタックやパワーの無さです。すべての音楽が平常運転のようで、ハッとするようなキレの良さがありません。高音と低音の問題によるものだと思うのですが、たとえばジャズなどを聴いてもドラムのエッジや管楽器の金属的な張り出し、ピアノのアタックなどがまったく強調されないため、BGMのような穏やかさになってしまいます。

このアタック感の問題と関連することですが、高域にキラキラ感が無いです。刺さるとか刺さらないといった問題ではなく、例えば同じように落ち着いた音色のAKG K702シリーズなどはサラっとした中にも高域に美しさがあるため、聴いていてうっとりとすることがあるのですが、TH500RPはその部分で退屈で窮屈な印象を受けました。

低音についても、必要以上に「盛って」あるので、中高域のヌケの悪さにつながっていると思います。たしかに最近のヘッドホンは低域を出さないと売れないのかもしれませんが、TH500RPの低域は擬似的にとってつけたサブウーファーのような印象で、あまり上質とは思えません。ズシンと沈み込むというよりは、頑張ってバスレフっぽく低音を絞り出しましたといった感じです。たとえばベイヤーやAKGの開放型など、低音は無理に出さないことで逆に空間的な美音を演出している機種は多いので、このTH500RPもそっちの路線に行ってほしかったです。


TH500RPにTH600のイヤパッドを装着してみた
ちなみに低音が強調される理由の一つとして、とても密閉性の強いイヤパッドにも原因があるのかと思ったので、もうちょっと開口率の広いTH600のイヤパッドと交換してみました。結果、多少低音は少なくなったのですが、全体的にドライで面白く無い音色になってしまったため、思惑通りにはなりませんでした。


もうひとつ、TH500RPで気になった部分が、サウンドステージの演出です。平面駆動ということで広大な音場を想像していたのですが、実際は一般的なヘッドホンと同じくらいでさほど広くはありません。それよりも問題だと思ったのが、前方定位の感じがあまり無く、なおかつ音が耳の後ろからも鳴っているような違和感です。これは私がAudez'e LCDシリーズをあまり好まない理由と全く一緒なのですが、例えばロックやクラシックのライブ録音で、目の前のコンサートステージから鳴っているはずの楽器音が、一部耳の後ろから聴ここえてくると、非常に違和感を感じますし、3次元的な脳内定位もおかしくなります。

想像ですが、これは振動板が大きいことと、耳との相対的な配置のせいで発生するのだと思います(LCDなんかは特にそうです)。また、通気口の形状のせいか、低域が耳の後ろ下から聴こえることがあり、たまに不快感を感じます。

最近他社のヘッドホンの多くはできるだけドライバを耳から離して、傾斜させて耳の前方から鳴るようにしているのが増えてきましたが、このTH500RPもそういったハウジングへの根本的な配慮が必要だと思いました。イヤパッドの形状のお陰で若干傾斜されますが、それでも不十分だと思います。たとえば、3D解析などを駆使してHD800くらい極端なハウジング形状にしても良いのではないでしょうか。


結論として、TH500RPは面白い商品だと思うのですが、メインで使うには多少クセが強すぎると思いました。たまに袋から出して聴いてみて、「ああこんな感じだったな」と思いながら、また袋に戻す、といった感じです。自分にとっては、GradoやHD800などが同じように、「面白いけど個性的すぎてお蔵入り」的なヘッドホンになっています。

ドライバの特性自体は非常に良いと思うので、低域などの不足している部分を補うのではなく、ドライバの良さをさらに引き出すような設計にしてくれたほうが良かったと思います。

とくに駆動力に関しては、最近のユーザーはかなり高出力のアンプを持っていると思うので、あえて高能率を目指さなくてもよいのではないでしょうか。ものすごい強力なアンプを要求するけれど、その音質は想像を絶する、といった製品コンセプトのほうがマニア受けすると思いました。とくに低音部分は切り捨てるか、たとえばAKGのK340のようにダイナミックコーンのウーファーと2WAYにするとか、そういった独創的なアイデアがあれば面白いです。ちなみにK340はものすごく能率が悪く駆動力が必要ですが、驚異的な美音を奏でるので個人的にとても大事なヘッドホンです。


フォステクスにはTH500RPとは別に同価格帯でTH600があるので、当然これと比較されることになると思います。TH500RPは全面駆動の開放型、TH600はダイナミック密閉型なのでジャンルは違いますが、大型で室内用ということで用途は似ています。TH600はTH500RPとは真逆の、中域が絞られたモニター調の傾向なので、音色の差は大きいです。オーディオショウや店頭デモなどでTH600とTH500RP試聴機が並んでいたとして、まずTH600のキレキレの高解像度パフォーマンスを体験したら、TH500RPがとてもモッサリとして篭っているような印象を受けます。

TH500RPがそれでも気になるという場合、どういった音楽に合っているかと考えると、私としては古いモノラル録音の歌謡曲など、あまり録音状態が良くない音楽を、しんみりと味わい深く楽しむのに適していると思います。歌手の歌声、管楽器などの純粋なトーン、ギター・ソロなどは、TH500RPが苦手としている低域や空間表現をあまり気にすることなく、その素直でピュアな出音を実感できます。古き良きブルースやカントリーなどが好きな人は、こういった音色を気に入るのではないでしょうか。最近のデジタル臭いワイドレンジな楽曲が好きな若い人には、ちょっと物足りないヘッドホンだと思います。

ともかく、まずはぜひ試聴してもらいたい商品ですが、その際にあえて他の機種との比較は考えずに、シンプルな楽曲ですばらしい音色をじっくりと実感してみることをおすすめします。