2015年3月9日月曜日

ゼンハイザー HD8 DJ ヘッドホンのレビュー

ゼンハイザー HD8DJ DJ用ヘッドホンのレビューです

2014年に発売された、ゼンハイザーのDJ・スタジオ用ヘッドホン期待の新星、のはずだったのですが・・、なんかあんまり話題にも上がらず、売上もぱっとしていないようで残念です。




位置づけは、定価4万円台ということで一応ゼンハイザーの密閉型スタジオヘッドホンのラインアップで最高級品になります。

ゼンハイザーのスタジオヘッドホンというとやはりHD25シリーズが一番有名ですが、そろそろ機能的に時代遅れになってきたため、今回の新シリーズは世代交代という意味でかなり重要な位置づけです。その分、設計もかなり力を入れていると思うのですが、なぜか人気が無いですね。同時期にHD25の後継機ともいうべきHD26も発売されたので、ゼンハイザーとしてはどう使い分けて欲しいのかいまいち不明瞭です。

このシリーズはHD6 MIX、HD7 DJ、HD8 DJという三種類を発売しており、それぞれ5000円くらいの差があります。一番安いHD6 MIXはハウジング回転機構が無いため片耳モニターに適さないという意味でか、DJではなくMIXという名前が付いています。HD7 DJは「低音を強調した」サウンド、HD8 DJは「クリアかつ詳細な」サウンドとパンフレットに書いてありますので、音作りのチューニングを変えているようです。

ドライバはHD8 DJとHD7 DJが115dB/mW 95Ωで、HD6 MIXが112dB/mW 110Ωということなので、その点でもHD6 MIXは駆動が難しいためコンソールなどでのミキシング用途を想定しているようです。

今回は最上級モデルのHD8 DJを購入しました。まず開封してすぐに感じたのは、このシリーズの製品コンセプトは本当に入念に考えられてるんだな、という印象です。

ボックスやパッケージのデザイン、テーマカラー、梱包方法、そしてヘッドホンの細部にわたるディテールがすべて統一感にあふれています。とくにブラック・ガンメタルのハードなエクステリアに、ブルーの差し色を非常に上手につかっており、日本のメーカーなどでよくある「化粧箱の中は白い厚紙」みたいな上辺だけの高級感とは程遠い演出だと思います。

付属のハードケースはしっかりした実用重視のもので、中にスペアのイヤパッドとケーブルが入るようになっています。ただ実際ヘッドホン自体がかなり頑丈にできているので、わざわざハードケースを使わずとも気軽にバッグに投げ入れても大丈夫だと思いますが。



ハードケースの中にはヘッドホン本体が折りたたまれた状態で入っています。




折りたたみはHD25のようにハウジングが前後に回転する機構なので、片耳モニターも可能です。HD25のように簡単に回転するのではなくカチカチと3段階くらいのクリックがあって硬いので勝手に回ることはありません。オーディオテクニカのATH-M50xはハウジングがユルユルで勝手にぐるぐる回ってしまい装着に戸惑うことが多かったので、これくらい硬いほうが好印象です。ただ装着時に片手で片耳を回転させるのは慣れるまで難しいです。

装着するポジションまで回転させるとハウジングが前方斜めに倒れるような形状になります。この回転機構は個人的に気にいったので何人か友人に試してもらったのですが、みんな回転する感触が気持ちいいと言ってくれます。なんというか、トランスフォーマーを変形させるときのようなカチカチ感があります。

ちなみにシリーズの中で最高級のHD8 DJのみが回転部分にクロムのドーナツ状の部品が使われています。その部分がHD7 DJでは青いプラスチックのリングなので簡単に見分けがつきます。

筐体はHD700のような重厚なガンメタルで、プラスチックですが一見金属かと思うくらい剛性が非常に高そうなしっかりした素材です。HD25の柔らかいナイロンと比較するとかなり信頼性が上がっていそうです。

青いロゴがアクセントになっているハウジングですが、ゼンハイザーの定番モデルHD201を意識したような形状なのが面白いです。ロゴや、ハウジングのピン、そしてイヤパッド内部も同系色のブルー、と魅せ方が上手です。


内部配線はヘッドバンド内部を通っているので回転機構でケーブルが露出していません。ハウジングと調整バンドの接合部分に多少の回転余裕が設けてあるのでハウジングが前後に20度くらい回転できます。こういう部分の細やかな設計と回転機構の大胆な発想は本当に尊敬します。


ヘッドバンドはプラスチックなのですが、ハウジングのようなガンメタルではなく車のタイヤのようなゴムっぽい表面になっています。内部にスポンジが付いているのでフィット感は良好です。

色々と外観を見ていると、なんとなくHD700と似たような要素が多いのに気が付きます。

実際に装着してみると側圧がかなり強いです。ATH-MSR7とかと同じくらいでしょうか。明らかにHD598などの家庭用ヘッドホンとは違います。左右の密閉感がとても強いのですが、個人的には1~2時間程度なら問題なく使えます。3時間を超えるくらいで、ちょっと耳のドライバに触れる部分と頭頂部が痛くなってきます。ちなみに合皮よりベロアパッドのほうが好みに合いました。

フィット感は良好ですし、あまり左右に飛び出るようなデザインでも無いので、外出用でも問題なく使えます。遮音性が非常に良いため出先で使うにはかなりオススメです。MDR-1AやATH-M50くらい側圧が弱いと電車内などでは音漏れが気になりますので、このHD8 DJくらい側圧がある方が良いと思います。

ポータブル用途で使う上でひとつ残念なポイントは、付属しているケーブルがすごく長い3mのストレートケーブルと、同じくらい長くて重いカールケーブルのみなので、1mくらいのポータブル用ショートケーブルが付属していません。もちろんリモコンなどもありません。ケーブルはケブラー補強らしく太くて硬いので、デスクの上でも取り回しに持て余します。無論スタジオなどでハードな使い方を考慮しているのでしょうけど家庭でリスニングに使うには、もうちょっと貧弱でも細くて柔らかいケーブルが欲しいものです。

それにしても、このケーブルのプラグも非常に丁寧に作られており、製品のテーマカラーに沿ったブルーのメタルアクセントがカッコ良いです。プラグのリングまでもブルーなのは凝ってますね。

HD8 DJのセールスポイントの一つとして、片出しケーブルなのに左右どちらからでも出せる、という面白い構造になっています。左右にケーブルジャックがあるので一見両出しに見えるのですが、どちらか片方に接続すれば、両側の音が鳴ります。




ちなみにコネクタはHD598などと同じ2.5mmにツイストロック機構が付いているタイプなので、ケーブル交換は可能です。オーディオテクニカのATH-M50xなどとも同じですね。

ATH-M50xに1m程度のショートケーブルが付属していたので、それを使おうと思ったのですが、このHD8 DJはジャックの口径が若干小さいためオーディオテクニカのケーブルは無理やり押し込んで何とか入りましたが心配になるほどキツいです。

HD598のケーブルも試してみましたが端子の指で抑える部分が短いため、HD8 DJのジャック奥深くに入ってしまい引き抜くのに一苦労でした。

最終的にオヤイデのOEMケーブルのプラスチック部分をヤスリで削って径を細くしたものを使うことにしました。

イヤーパッドはHD598やHD700、800などでお馴染みの、プラスチックの爪をパチパチとはめていくタイプなので交換は容易です。ドライバは一見HD700などに使われているものと同じようなデザインです。もちろん色々とスペックが違うのでしょうけれど、このHD8 DJのシリーズはなぜかドライバについての情報が広報パンフレットやウェブサイトにあまり書かれていないので、技術的にはどういったものなのか気になります。



さて、肝心の音質ですが、このヘッドホンは非常におもしろいと思いました。
個人的な印象は「HD25の良さを継承しながら、ワイドレンジ化した」というような感じです。

能率は十分高いので、ポータブルのNW-ZX1などでも音量はとれましたが、据え置きアンプに接続することによって中域のクリア感は増すような気はします。

スタジオモニターヘッドホンというと高音がキツかったりフラットすぎて面白みが無かったり、などといったモデルが多いのですが、このヘッドホンはとてもホットです。HD25のような音楽の荒っぽいパワーを体感できます。ボーカルの歯切れ良さやドラムのエッジが強調されるのですが、高音が暴れないためシャリシャリ感が無いソリッドな音作りです。

HD25などと比べて一番目立つのは低音のインパクトです。HD8 DJの低音は私が所有しているヘッドホンの中でもトップクラスに強烈なのですが、それが非常に立ち上がりが速く篭もらないため、ドスンと体感できる気持ちのよい低音です。ここまで低音が出ているのに中域が澄んでいてい濁らないのは異例だと思います。同サイズのドライバを持つヘッドホンで低音をここまで上げると必ずハウジングの反響などで歯切れの悪いエコーが発生するのですが、HD8 DJではそれが上手に処理されています。ドライなのに低音が盛ってある、という不思議な感覚です。

空間表現や定位感などはあまり得意ではないのですが、低音のパワーとドラムの明瞭感のお陰でクラブサウンドといった雰囲気を実感できる数少ないヘッドホンだと思います。実際ヒップホップやEDM、ハウスなどを聴くときにこのHD8 DJを使うとかなりテンションが上がります。

反対にシンプルなピアノソロとか、アコギ、ヴァイオリンなどのピュアな音楽を聴きたい人にとっては、このHD8 DJはバランスが不自然に聴こえると思います。そういう音楽に適した同価格帯の密閉型というとあまり候補が頭に浮かびませんが、オーディオテクニカのATH-ESW9やベイヤーのT70Pとかでしょうか。ちょっと値段は上がりますがB&W P7なんかも良いかもしれません。

ともかく、このHD8 DJは遮音性が高く音漏れも非常に少ないため、外出先でガンガンとパワーのあるトラックを楽しむには最高の選択肢です。開放型を買ったけれど外出が多くてあまり使う機会が無いとか、HD800系サウンドは音圧が薄すぎてリズムに没頭できない、といった場合にはこのHD8 DJを是非聴いてみてください。

音質や解像度というよりも最近主流の電気系サウンドをエンジョイするにはこういったヘッドホンが良いんだな、としみじみ実感しました。非常にユニークなサウンドにやみつきになるヘッドホンなので皆さんに体験してもらいたいです。