2015年11月21日土曜日

ベイヤーダイナミック AK T1p を試聴してきました

Astell & Kernとベイヤーダイナミックのコラボレーション ヘッドホン 「AK T1p」を試聴する機会があったので、1時間ほどお借りして聴いてみました。

AK T1p

なんというか全てにおいて「想像通り」なヘッドホンだったため、これといって書く内容もないのですが、とりあえず覚え書き用に感想をまとめておきます。試聴のみで、実際に購入したわけではないので、その場で思い立った意見のみであまり参考にならないかもしれません。


Astell & Kernとベイヤーダイナミックのコラボレーションは、これまでに密閉型ヘッドホン「AK T5p」と、ダイナミック型IEMの「AK T8iE」の二種類がありましたが、開放型(というかセミオープン)のヘッドホンは今回の「AK T1p」が初めてです。(ちなみにAK T8iEは購入しました:http://sandalaudio.blogspot.com/2015/10/beyerdynamic-astell-ak-t8ie.html

今回のAK T1pは周知のとおりベイヤーダイナミックのフラッグシップ機「T1」をベースにしており、語尾の「p」はポータブル用に低インピーダンス仕様に変更したという意味です。値段もベイヤー版のT1よりも若干高価になっています。

ようするに、600Ωという高インピーダンス仕様の「T1」は、大型の据え置き型ヘッドホンアンプと併用しないと満足な音量が得られないのですが、今回の「AK T1p」は32Ωに変更してあるため、出力に制限があるポータブルDAPでも十分に運用できるわけです。高級DAPで定評のあるAstell & Kernとしては、まさにベストパートナーとなるべきして生まれたコラボレーションモデルです。

ヘッドホンのインピーダンス

そもそも、32ΩというポータブルDAPでも鳴らせるヘッドホンが作れるのなら、なぜオリジナルのT1は600Ωという高インピーダンスで設計されているのか、疑問に思っている人もいるかと思います。最初から32Ωで設計していればよかったのではないでしょうか?

600Ωと32Ωのどちらが音質的に優れているか、という話になると、「基本的には」インピーダンスが高いほうが有利です。もっと具体的には、高インピーダンスであればアンプやケーブルなどへの依存率が下がり、音質の劣化や変化が少なくなります。

まずベイヤーダイナミックのスペックを見ると、T1、T1pともに出力は102 dB/mWなので、能率はほぼ同じです。単純に、同じ音量を出すためには同じ電力(ワット)が必要だという意味ですが、32Ωモデルであれば「低電圧、高電流」で、600Ωモデルでは「高電圧、低電流」だということです。

据置き型アンプの場合は100Vコンセント電源を源流として、内部のアンプ回路に15Vや24Vなどの高電圧を使えますが、スマホやポータブルアンプの場合は内蔵電池の電圧(5Vなど)に依存するため、高電圧は簡単には得られません(昇圧回路とかを使ったりできますが)。そのため低電圧で駆動する低インピーダンスヘッドホンが要求されます。

アンプ回路というのは基本的に負荷(ヘッドホンなど)を接続していなければ電圧を正確に維持できるのですが、いざスピーカーやヘッドホンなどを接続すると、それらに電流を流す必要があるため、正確に電圧を維持することが困難になります。ヘッドホンのインピーダンスというのは「32Ω」と書いてあっても周波数ごとに変化するため、アンプが刻一刻と変化する音楽に合わせてグイグイと電流を流すのは相当ハードな作業です。

それとくらべて、600Ωのヘッドホンであれば、回路が高電圧さえ維持できれば、流れる電流は微々たるものなので、ヘッドホンが接続されているかどうかは無視できるような状態です。外来ノイズにおいても、駆動電圧が高ければ無視できますし、ケーブルが長距離でも音質変化が少ないです。

また、ヘッドホンのドライバ自体も、高インピーダンスであれば、あまり電流を流さなくても済むため、コイルが軽量で、駆動が軽快になります。

色々な理由がありますが、低インピーダンスヘッドホンというのは、ポータブル用途などでどうしても高電圧が得られない状況のために存在するという認識が一般的だと思います。

AK T1p

AK T1p

肝心のAK T1pについてですが、私のように従来のT1をすでに所有しているユーザーにとっては、今回のモデルチェンジでNew T1とAK T1pの両方が登場したため、買い換える意味はあるのか、そしてもし買い換えるなら両者のどちらが良いのか悩んでいる人も多いと思います。

結論から言うと、New T1とAK T1pは、たとえばDT880の600Ωと32Ω版の違いとほぼ同じような音質差だったため、DAP用途では32ΩのAK T1pを、据え置き型アンプを利用する場合は素直に600ΩのNew T1を選ぶのが最善だと思いました(ありきたりな結論ですね)。肝心なのは、Astell & Kernブランドとして音質はあまりいじっていないようです。

New T1自体が従来のT1とくらべて低域の量感が増して高域が抑えられた「聴きやすい」音質に変更されているため、それの延長線上でAK T1pはさらに「まったり」な印象でした。

低域が豊かになったとはいっても、New T1よりも低域を盛ってあるというわけではなく、なんというか音像が近くマイルドになった恩恵で全体的なバランスが中低域寄りになったといった印象です。

New T1とAK T1pの最大の違いは解像感で、New T1が初代T1の繊細さや見通しを保ったまま、より「普通の」ヘッドホンになったのであれば、AK T1pはもうちょっと密度が増して若干「密閉型」っぽい近接感があります。

個人的にNew T1については初代T1から買い換えるほどの魅力をまだ感じていないため、評価を保留しているのですが、AK T1pも同様な印象だったため散財を控えることができそうでホッとしています。

AK T1pの装着感や外観はNew T1とほぼ一緒で、とくにイヤーパッドとヘッドバンドの低反発ウレタンはかなり効果的です。初代T1とくらべてホールド感がかなり向上しており、長時間の使用でも一切疲れません。このパーツだけでも初代T1に移植したいくらいです。

今回AK T1pの最大のセールスポイントである32Ωという低インピーダンスですが、実は結構アンプのパワーが必要です。スマホなどの非力なアンプで十分な音量は得られません。

具体的には、今回はポータブルということでFiio X5-II、iBasso DX80、AK 120IIで試聴したのですが、どれもハイゲイン設定でかなり音量を上げました。録音レベルの低いクラシックの場合は、音量80%くらいでした。(Fiioで100/120くらい)。AKのバランス駆動ではもうちょっと余裕があるので、このクラスのDAPを所有していれば問題ないと思いますが、ポータブル32Ωと想像して非力なアンプで活用しようと思っていると落胆します。

色々とDAPを切り替えて試聴してみたところ、やっとAK T1pの意義が見えてきました。
あまりにも単純明快でアホな結論なのですが、「このAK T1pというヘッドホンは、AKのDAPと併用するためのヘッドホンだ」ということです。

AKのDAPというのは100IIであれ240であれ、基本的に高解像で繊細、ディテール重視のいわゆる「ハイレゾ」サウンドなので、AK T1pのような若干落ち着いた感じのヘッドホンと合わせると、それぞれのプラス部分の相乗効果(意地悪な言い方だと、マイナス部分を補う)というメリットが生まれます。

逆に、iBasso DX80はパワフルで低音主体の音作りなので、もっとシャープで切れ味のあるモニターヘッドホン(たとえばMDR-Z1000やMDR-EX1000など)のほうがマッチしており、AK T1pではまったりしすぎています。

こういったトータルバランスで考えると、さすがにAKの名前がついているだけあってAKのDAPと相性がいいなと納得しました。

ところで、New T1についてはまだ購入するかどうか悩んでいる最中なのですが、掲示板など各所では「初代T1の良さが失われた」とか「普通のヘッドホンに成り下がった」みたいなマイナスな印象も散見します。

じつは今回色々と試聴していて、なんとなく気がついたのですが、上記のようなマイナス意見は、従来の初代T1の飛び抜けた個性と比較しているからそう思うだけであって、実際にヘッドホン単体として評価した場合には、New T1の性能・音質はかなりスゴイです。

たとえば、これまでのフラッグシップ系モニターヘッドホンというと、以前ゼンハイザーHD800、AKG K812、そして初代T1の三種類を同条件で比較したことがありましたが、それぞれ三者三様で、良し悪しのクセが目立ちました。

↓レビュー
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800t1akg-k812.html

今回のNew T1は、初代T1の尖った部分を抑えこみ、トータルバランスとして上々な製品に仕上げてきたため、たとえば現時点で、HD800、K812、初代T1のどれも所有していない人に購入を勧めるとしたら、New T1がかなりベストに近い選択肢のようにも思えます。そういった意味では、個人的には低価格帯におけるPhilips Fidelio X2と似通ったイメージでもあります。

↓レビュー
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/07/fidelio-x1-x2.html

私自身は色々なヘッドホンを所有しているため、どうしても、今ひとつ購入に踏み切るパンチが足りないように思えるNew T1およびAK T1pですが、最高級ヘッドホンを一つだけ所有したいというユーザーにとっては、トータルで満足度が高い製品だと思います。どちらを選ぶかは据置きアンプかDAP用途かで自ずと明確になると思います。

また、若干尖った音作りながらベイヤーらしさ満載の初代T1は、現在処分在庫が格安で販売されているため、手に入れるなら今がチャンスかもしれません。