2016年12月24日土曜日

2016年、よく聴いたジャズ・クラシックの高音質アルバムとか

2016年も終わりに近づいていますし、年末年始は実家に帰省していてヒマなので、今年買ったCDとかハイレゾダウンロードで、とりわけ高音質だったものを紹介します。

2016年も、大量のアルバムを購入した一年でした

去年くらいまでは「どうせハイレゾブームは一過性のものだろう」、なんて消極的に構えていたのですが、2016年を思い返してみると、ショップのカタログラインナップも膨大に増え、期待以上に飛躍的な成長を遂げた一年でした。

個人的な趣味で、ジャズとクラシックに偏った選曲になりますが、今回紹介するのはどれも演奏は高水準、そして音質は最高クラスを保証しますので、ぜひこの機会に興味を持っていただけると幸いです。

ジャズやクラシックというと「敷居が高い」と思われがちですが、理論や入門ガイドブックから入るのではなく、もっと適当に色々と「買って聴いてみる」のが一番良いです。どれほどコアなマニアであっても、その第一歩は、ふと手にとってみた一枚のアルバムに心を動かされて、そこから磁石のようにグイグイと引き込まれてしまったようなものです。そういった意味では、高音質ハイレゾ録音というのは、音色やメロディの感動をよりリアルに体験できる、理想的なきっかけになるかもしれません。


ジャズのリマスター復刻盤

ジャズの場合、黄金期と呼ばれている時代が1950-60年頃だったため、いわゆる名盤となると、モノラルからステレオ初期のLPレコードだったものが多いです。

ハイレゾブームが始まる前から、我々ジャズマニアというのは音質に関して神経質なほど過敏な(というか無駄に口うるさい)人種なので、同じアルバムでも数年ごとに「最新デジタルリマスター!」とオビに書かれて再販されれば、毎回その都度買い足してしまうような、CDショップのカモみたいな存在です。

「大好きなアーティストの、あの名盤が、より高音質で蘇る」となれば、居ても立ってもいられなくなってしまうのは、音楽ファンであればジャンルを問わず一緒だと思います。しかし例えばロックなどのファンは、自分が支持しているバンドのアルバム数枚がリマスターされたら、それだけで一生楽しめるほど満足するのですが、一方ジャズマニアの場合、そんな「愛聴盤」が不特定多数の100枚、1000枚という膨大な数になってしまうため、何かしらリリースされるたびに、あれもこれも手を出してしまいます。

ジャズの中でも最大手ブルーノート・レーベルの名盤とか、マイルス・デイヴィスのような王道の売れ筋アルバムは、SACDやハイレゾ最初期からリマスター化が行われているので、(そもそもCDの時代ですら、幾度となくリマスター再販されているので)、もうメジャータイトルは出尽くした感があり、最近では、ごく稀に一枚二枚と細々とリリースされている程度です。

これまで高音質SACDリマスターの王者だったAnalogue Productions社も、2016年はジャズのリリースがほぼゼロで、なぜかビーチボーイズやブルース、ソウル系に方向転換してしまいました。たぶんオーナーの趣味嗜好による独断でしょう(そっちのジャンルが好きな人にとってはありがたいことですが)。同社サイトで数年前から「近日発売」と記載されていたPrestige系ジャズアルバムの数々も、未だ発売日の音沙汰がない状況が続いています。



もう一方の老舗SACDリマスターレーベルMobile Fidelity(MoFi)も、ボブ・ディランなどポピュラーアルバムの復刻に集中しており、それ以外のジャンルはあまり出ていません。ただし、2016年はマイルス・デイヴィスの「E.S.P.」がSACDリリースされたのは嬉しいです。1965年、黄金期カルテットの名盤で、「Sorcerer」「Nefertiti」も昨年リリースされたので、あとは残る「Miles Smiles」を出してくれることを期待しています。

ソニーからの2001年SACD版はシャリシャリした硬質サウンドで、2009年頃のCDリマスター版はもうちょっとマシですが、今回のMoFi SACD版のほうがより深みのあるサウンドを味わえます。


意外なところでは、ドイツのMPSレーベルが高音質リマスター企画を初めたのが興味深いです。

MPSというと、1960年代後半から70年代にかけて、独自の成長を遂げていたドイツ・ヨーロッパの新鋭ミュージシャンたちの録音が数多く残されています。また、アメリカでジャズ低迷期のオアシス的な救済として、ベテランアーティストもこのドイツのレーベルにていくつかのアルバムを残していることでも有名です。中でも、円熟期のオスカー・ピーターソンが大量に佳作を出しており、一部マニアに重宝されています。

今回のリマスター企画は、第一弾ということで数枚が発売されました。「ハイレゾダウンロード・LPレコード・紙ジャケCD」というラインナップで、とくにオスカー・ピーターソン「Walking the Line」は独特のジャケット絵で印象深いですが、ベースのジョージ・ムラーツと、ドラムのレイ・プライスのサポート(というか、三人の混合アンサンブル)で最高にホットなピアノトリオが堪能できます。音質は強烈でエキサイティングな高解像サウンドです。もともとMPSレーベル自体がドイツということもあり録音技術は優れていたのですが、リリース当時はLPレコード後期で、盤質やマスタリングの限界が低かったため、実は当時のオリジナルLPレコードよりも、今回のリマスター盤の方が高音質に仕上がっていると思います。今後このシリーズが続いてくれるのかが唯一の気がかりです。


2015年にリマスター復刻リリースを開始したXanaduレーベルも、2016年は着々とタイトルを増やしています。CDのみでの販売ですが、その音質と内容の良さは特出しています。

Xanaduレーベルというのは、1975年にPrestigeレーベル解体後、同社の敏腕プロデューサーだったDon Schlitten氏が、私財をつぎ込んで立ち上げ、お気に入りアーティストの契約を引き継いたという、Prestigeの実質的な後継者のようなレーベルです。利益を追い求めるよりも、親睦のあるアーティストたちを集めて自由にやらせてあげた、という感じの運営だったため、案の定100タイトルほどで倒産したのですが、それら100タイトルは、どれも大衆主義に媚びない、当時のアーティストが「本当にやりたかった」コアなジャズの精神を記録しています。


2016年のXanadu復刻では、意外にもフルート奏者Sam Most 「From the Attic of My Mind」が、優美なフルートの常識を覆す、コルトレーンのようなワイルドな演奏で、大いに楽しめました。また、ブルー・ミッチェルやスライド・ハンプトンといったベテランアーティストが参加しているサム・ジョーンズ「Changes & Things」や、同じくブルー・ミッチェルとアート・ペッパーといった意外な組み合わせのDolo Coker「California Hard」など、ベテラン勢の「あの人は今」的な(といっても、今ではなく、70年代の録音なのですが)楽しみ方がマニアにも興味を持たせてくれます。


今年とくに話題性があった復刻レーベルは、「Resonance Records」だと思います。リリースは年に1~2枚といったスローペースなのですが、各タイトルにおける入念なプレゼンテーションは、「復刻版とは、こうあるべき」と胸を張って主張できるくらい素晴らしい大作ばかりです。2014年はコルトレーン「Offering」、2015年にはスタン・ゲッツ「Moments in Time」などの画期的な発掘リリースがありましたが、2016年4月に発売されたビル・エヴァンス「Some Other Time」も非常に良かったです。

黄金時代の発掘マスターテープが、最新高音質デジタルリマスターで蘇る、という事実だけでも嬉しいですが、さらに有識者や歴史家の手によるしっかりとしたエッセイに、当時の写真などを散りばめたブックレットの充実具合は、このレーベルのスタッフは、本当にジャズを愛しているんだなとつくづく共感が湧きます。とくに各リリースごとに、音源を発掘して、販権を得て、リマスターを行うまでのプロデューサー回想録みたいなものも綴られており、ジャズマニアからしてみれば、彼らの甚大な努力を感じると同時に、まさに夢のような仕事をしているなと羨ましくも思わせてくれます。

また、Resonance Recordsがとくに頑張っていると思ったのは、販売戦略の緻密さです。アルバム発売前から雑誌やネット媒体での宣伝広告は入念に行なっていましたし、CDとDSD128ダウンロード配信(2xHDとのコラボ)も同時に行い、さらに数量限定の高音質アナログLPレコード、といった感じで、まさにジャズマニア・オーディオマニアに向けた、死角の無い「どこからでもかかってこい」という意気込みを感じさせます。

たとえばPropiusレーベルの1977年「Jazz at the Pawnshop」SACD・DSD版が、かれこれ10年近くベストセラーを記録しているように、こういう高音質アルバムというのは、上手く「伝説化」できれば、オーディオマニアの口コミで、5年、10年と売れ続けることができます。Resonance Recordsのリリースも、そのようにハイエンド・オーディオショップの試聴デモなどで定番としてよく目にするようになったので、今後もこの勢いでリリースを重ねてほしいです。

唯一不満なのは、CDリリースのパッケージが、通常のデジパックよりも一回り大きい、デラックスサイズになっており、収納に非常に困る、ということだけです。また、CDリリースのブックレットは楽しみにしているので、できれば割高でも良いのでCDを買うとDSDダウンロード券が入っている形式にしてほしいです。




個人的に、2016年ジャズのリマスター盤で一番感激したのは、日本のステレオサウンド誌が独自企画で立ち上げた、「Contemporary Records SACD BOX」でした。4月と6月の二回に分けて、各5枚づつ、合計10枚のアルバムをSACD化したボックスセットで、ステレオサウンド誌のネットショップから通販で購入できます。

アメリカ西海岸Contemporaryレーベルの膨大なカタログの中から、「Art Pepper Meets the Rhythm Section」「Way Out West」などの定番から、「The Arrival of Victor Feldman」「Curtis Counce: Landslide」などのマニアが喜ぶアルバムまで、そこそこ本命なラインナップを選んでくれた采配も喜ばしいです。

リマスターされたアルバムの音質は、これでもかというくらい低ノイズ・クリア・高解像で、近年のハイレゾ録音に勝るとも劣らない(ある意味、勝っている)クオリティなので、当時のマスターテープに本当にここまでの情報量が隠されていたのかと感心してしまいます。まさに「一聴に値する」という感じで、過去のCDリリースと聴き比べてみても、楽器や演奏者が浮かび上がる立体感や、一音ごとの質感が圧倒的に生々しくなっており、驚きました。

サウンドの仕上がりはマスターテープ尊重タイプなので、オリジナルLPレコードと比較すると、とくにステレオ音像位置の違いに違和感がありますが(LPよりも原理的にクロストークが少ないため、音像が明確に左右に分かれます)、それ故に、LPレコードには記録しきれなかったダイナミクスや繊細なニュアンスが手に取るようにわかります。

このSACDリマスターBOXを聴いていて、ふと考えてしまうのは、もしかすると今回選ばれた10枚だけでなく、それ以外のジャズ名盤でも、このような優れたリマスター職人の手にかかれば、同じくらいの高音質で蘇ってくれるんじゃないか・・という期待です。もちろんテープそのものが劣化していたら仕方がないですが、最近のハイレゾブームで一番の恩恵を受けたのは、このような丁寧なリマスター作業を追求できる「需要と意欲と予算」が生まれたことなのかもしれません。

こういった企画シリーズは、せっかく誠意を込めて造ってくれても、数量が売れなければ先に続かないので、今後のためにも、できるだけ多くの人に手に取ってもらいたい逸品です。

ジャズ新譜

ジャズは復刻リマスターアルバムに活気がある一方、2016年ニューアルバムの方はあまり元気が無かったように思います。とくにConcord、Mack Avenueなど、ジャズの主要レーベル各社から、ホセ・ジェイムズのような新スターを見いだせていないようで、どこも小粒なリリースが多かったです。また、ここ数年のストレートアヘッド・ルーツ系ジャズの回帰主義も行き着くところまで来てしまい、正直な意見として、フレーズ回しやアンサンブルが退屈すぎて面白くないアルバムが多かったです。

High Note、Nonesuch、Smoke Sessionsといった中堅は、あいかわらず着実にリリースを重ねており、なにか出るたびに買っているのですが、退屈というほどではないものの、今年はとくに例年の焼き直しのようなアルバムが多く、新たな潮流を生み出せなかったような印象もあります。





Criss Crossからは今年8枚のアルバムがリリースされましたが、Luis Perdomoの新譜「Spirits and Warriors」なんかは全曲通しての組曲を自作自演した意欲作で、クールな表情の中で熱く燃えているような息を呑む演奏が通好みですし、Misha Tsiganovは前作「The Artistry of the Standard」から久々のニューアルバム「Spring Feelings」も、オリジナル曲とショーター作品を交えた選曲で、あいかわらず高度なアレンジを見せてくれます。

それにしても、トランペットのAlex Sipiaginが(とても優秀なアーティストなのですが)色々なアルバムに出過ぎていて、どれも同じようなサウンドになってしまうのが困ります。


イギリスEdition RecordsのJasper Hoiby 「Fellow Creatures」は、60年代ブルーノートのような流麗なモーダルアレンジに、ウッドベースの質感が活かされた広帯域録音で、ヘッドホンリスニングにも耐えうる高音質盤で、頻繁に聴いた一枚でした。

オーソドックスなジャズは派手さが無かった一年でしたが、一方で各レーベルとも、ジャズの垣根を越えた意欲的なアルバムが多く見られました。たとえば民族楽器や電子楽器、EDMといった作風を取り込んだ、新世代のフュージョンとも言えるジャンルです。もちろんこの手のジャンル自体はこれまでも細々と存在していましたが、2016年はとくにそのようなアルバムが、CDショップの片隅ではなく、中心の平積みでプッシュされていることが多く、メジャーレーベルのサイトなどでも全面的に押し出されていました。



ソニー系レーベルのOkehから、Dhafer Youssefの「Diwan of Beauty and Odd」は作風、演奏、音質とも最高でした。チュニジア出身で、「ウード」というリュートのような楽器を演奏するYoussefは、ミステリアスなボーカルも披露してくれ、エスニックな土着風味のあるジャズとして聴き応えがあります。


PI RecordsからSteve Lehmanは、2014年「Mise en Abime」の幾層もの電子音を盛り込んだサウンドは圧倒的な音響体験でしたが、2016年の新作「Sélébéyone」は、サックス中心のジャズバンドと、NYラッパーの組み合わせに、さらにセネガル出身のラッパーも投入するというパワフルで攻撃的なアルバムで、この手の企画としてはベタにならず、とても成功している部類です。



ボーカルアルバムでは、Cataventoという小さなレーベルからChloé Deyme 「Noturna」というのが良かったです。しっとりとした深みのある歌声に、ラテン系のアレンジのシンプルなバンド編成と、要所要所のパーカッションエフェクトによる小細工が小気味よく、不快感が少ないため、試聴デモなどでよく使いました。フランス人歌手が歌うブラジル音楽、というコンセプトなので、本場の発音とかは合っているのか不明ですが、雰囲気はブラジル系としてはダークな表情で良い感じです。



Jazz Villageレーベルから、ボーカリストVirginie Teychené「Encore」というアルバムも愛聴しました。アットホームなカルテット編成と歌声の巧みなコンビネーションは、キャリアを積んだベテランの芸術を感じさせます。クロード・ヌガロなど、往年のポピュラー・シャンソン歌手へのトリビュートということで、奇抜さを控えた哀愁あふれる歌声が楽しめました。


最近はマイナーな独立系レーベルからダウンロードで買うことも多くなりましたが、そんな中でも極めつけは、TAGIというヨルダンの会社から7月にリリースされたLuca Aquino「Petra」です。イタリア人ジャズトランペット名手Aquinoが、中東ヨルダンの国立オーケストラとのコラボレーションで、ジャケット写真のとおり、ユネスコ世界遺産のペトラ遺跡にて、ジャズとクラシックを融合した屋外演奏を繰り広げます。砂漠の遺跡にて、周囲の古代建造物が生み出すリアルな自然音響が音楽に神秘性を与えており、オーディオマニア的にも興味深い一枚でした。



フランスのJazz and Peopleという新興レーベルも結構面白く、Laurent Courthaliac 「All My Life (A Musical Tribute to Woody Allen)」といったオーソドックスなビッグバンド・ジャズから、Chirstophe Dal Sasso「Les Nébuleuses」の派手なEDMっぽいエレクトロ・ジャズまで、ノンジャンルっぽくユニークなアーティストを扱っており、次のリリースがどんな音楽になるのか、サイトをチェックする楽しみがあります。

あとは、フリージャズ系のアバンギャルドな演奏が多い、ポルトガルのClean Feed Recordsや、ノルウェーのLosen Recordsなど、まだCDのみの物理販売に限定しているジャズレーベルも多いので、2016年もCDショップに毎週足を運ぶことは欠かさなかったのですが、来年以降は一体どんな状況になっているのかまったく予測がつきません。

クラシック復刻盤

クラシック音楽は2015年に続き、オランダPentatoneによるSACDリマスターリリースが素晴らしく、フィリップスは鳥類、ドイツ・グラモフォンは草花のカラフルな写真をあしらったシンプルなグレーのジャケットが目を引きます。




2016年はズーカーマンのハイドン・ヴァイオリン協奏曲や、グリュミオーとアラウのベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ、ラ・サール四重奏団のシューベルトなど、70年代の名演奏をリマスター処理で新たな息を吹き込んでいます。

クラシック音楽における70年代というと、それ以前と比べて録音技術が飛躍的に進歩したものの、当時のペラペラな大量生産LPレコードでは、録音に秘められた潜在能力を完璧に引き出すことが叶いませんでした。それが今となってようやく、その高音質を最大限に味わえる時代になったわけです。

なんだか、往年のハリウッド傑作映画が、ブルーレイや大型液晶テレビのおかげで、ようやく家庭でも大迫力で楽しめるようになったのと同じような感じですね。



名盤のリマスター復刻は大手レーベルも負けておらず、ドイツ・グラモフォンから2016年はカール・リヒター指揮バッハ受難曲集や、フルニエのバッハ無伴奏チェロ、シュナイダーハンとシュタルケルのブラームス二重協奏曲など、クラシックファンなら誰もがコレクションに入れている不朽の名盤が、96kHzダウンロード配信されました。



個人的には、それ以外にもフリッツ・ヴンダーリヒのシューマン「詩人の恋」や、ジェラール・スゼーのドビュッシーといった歌曲集も(音質は古臭いですが)ハイレゾダウンロード化されたのがとても嬉しいです。


EMI(現ワーナー)からは、1950~60年代コロムビアレーベルからオペラ名盤の数々が、「ワーナークラシック・デラックスオペラシリーズ」としてリリースされました。ビーチャム「カルメン」、クレンペラー「魔笛」、ジュリーニ「ドン・ジョヴァンニ」という、伝説的な名演の数々が、ようやく最新技術でリマスター化されました。

アビーロードスタジオによる96kHzリマスター処理は新たな手法を導入しており、従来のCD版と比較して、よりマスターテープの鮮度を保っており、当時の大手レーベルだからこそ実現できた、伝説的な歌手たちの夢の共演が楽しめます。残念ながら今のところCDのみのリリースですが、音質は目覚ましく進化しています。


オーストラリアのEloquenceも、あいかわらず埋もれてしまった名盤の発掘を頑張っており、とくに2016年はカイルベルト指揮シュトラウス「影のない女」や、ハンス・ホッター、ヒルデ・ギューデン、チェーザレ・シエピといった名歌手の歌曲、アリア集などが楽しめました。CDリリースのみで、低価格で汎用ジャケットデザインのせいもあり、名盤であっても店頭でピンとこないのが残念です。

時間が経ってからカタログを物色していて、「あれ、こんなのも出てたんだ!」と驚かされることが結構多いレーベルです。例えば2014年にEloquenceが復刻した、ヴァルヴィーゾ指揮ベリーニ「ノルマ」なんか、超名盤なのに、最近まで出ていたことを知りませんでした。


Eloquenceは2016年ショルティとアッカルドの復刻に専念しており、とくにショルティはストラヴィンスキー「エディプス王」やコダーイ管弦楽集といった得意とする演目から、さらには彼が指揮者になる以前、伴奏ピアニストだった時代のデビュー作品で、巨匠クーレンカンプとのベートーヴェン「クロイツェル」やブラームスなど、マニアとしては是非聴いてみたくなる発掘盤が多いです。




ユニバーサルの日本限定リリースでは、クナッパーツブッシュの「ワルキューレ」や、バックハウスのブラームス協奏曲2番、クライバーの「魔弾の射手」などがSACDで登場しました。どれもコレクションに必須の名盤ですし、ようやくオリジナルレコードをわざわざ出さなくても良いかな、と思える音質水準に達しています。


また、ジャズ復刻で定評のあるAnalogue Productionsも、デッカやLiving Stereoステレオ最初期の名盤をSACD・DSDでリマスターしています。アルヘンタ指揮LSOの「Espana」など、高音質レコードマニア必須アルバムがDSDで蘇り、1950年代の鮮烈でパワフルなサウンドは現代とは一味違う映画的な派手さがあります。


日本のエソテリックも、今年はアバドのマーラー2番・4番は圧巻の仕上がりでしたが、それ以外ではシェリング、カラヤン、アルゲリッチにポリーニなど、ちょっと「発掘感」の薄い無難っぽいタイトルが続き、あまり派手さはありませんでした。単純に選曲が私の趣味と合わないだけだとは思いますが、とくに最近はライバル各社から高音質リマスターが続々と現れているので、いくらエソテリックといえど、わざわざ高価な限定リリースを、焦って買う意欲も薄れてしまいました。


日本のリマスター復刻というと、とくにタワーレコードが精力的に頑張っており、続々と毎月のように独自企画のCDやSACDリリースを続けています。

2016年タワー限定の目玉は、ジョージ・セル指揮クリーヴランドのベートーヴェン交響曲全集のSACDボックスです。ディスク5枚で10,800円と比較的安価で、音質も「究極のクオリティ」と自負するだけあって、これまでの常識を覆す艷やかでダイナミックなサウンドに圧倒されました。過去にソニーから出ていたCD版は、味気ない湿気たパンみたいなサウンドだったので、このSACDによる飛躍的な音質向上には正直驚かされました。案外、クラシックマニア勢からセルの偉業が正当な評価を得ていないのは、あのソニー初期のしょぼいCD音質のせいもあるのかもしれません。

タワーレコードというとクラシックへの熱意が尋常ではないことで有名ですが(そもそも、ホームページのカテゴリが、「音楽」「クラシック」「DVD/ブルーレイ」なんて分けられてますし・・)、独自企画の選曲が、「これまでにリマスター化の前例が無く、演奏は良いのに、良質なデジタル化に恵まれていない」といった条件で、通好みな名盤を選んでおり「よくわかっている」マニアックさに感心します。

最近ダウンロード販売やストリーミングのせいで、CDショップの実店舗が消滅の危機にさらされていると言われていますが、タワーレコードほど突き抜けてマニアックなショップは、どうしても全人類のために存続して欲しいと願っています。

クラシック新譜

2016年クラシックのニューアルバムは例年よりも勢いがあり、大漁豊作な一年でした。意欲的で新鮮な企画が増えていますし、これまで主流だった「低予算で定期公演ライブを録っただけ」ばかりでなく、スタジオを贅沢に使った優れた企画盤がいくつも作られていることは、業界に活気がある証拠です。



ユニバーサル社傘下の大手レーベルでは、とくにドイツ・グラモフォンが頑張った一年でした。大型タイトルでは、Andris Nelsons指揮ショスタコーヴィチ交響曲集の続編で5・8・9番や、バレンボイムのアイデアで特注された次世代グランドピアノの音をハイレゾで披露する「On My New Piano」など、定番から異色の企画まで、懐の広さを見せてくれました。




同じくユニバーサル社のEratoは、Bertrand Chamayouによるラヴェルのピアノ・ソロ曲全集、アルテミス四重奏団のブラームスなどの緻密なアルバムが印象的で、DECCAレーベルでは、美人ヴァイオリニストとして最近脚光を浴びているニコラ・ベネデッティのショスタコーヴィチ&グラズノフ協奏曲が、想像以上にガッシリとした男前な演奏で楽しめました。



一方ライバルのソニーは、挑発的な指揮者クルレンツィスをプッシュしており、1月にはコパチンスカヤと共演したチャイコフスキーや、11月のドン・ジョヴァンニ全曲など、雑誌などで大々的にとりあげられる大型リリースに恵まれました。


さらにソニーは栄光ある英グラモフォン誌の年間最優秀アルバム賞を獲得し、まだまだメジャーレーベルとしての威厳は健在のようです。

受賞したIgor Levit演奏のピアノアルバムは、バッハのゴルドベルグ、ベートーヴェンのディアベリ、そして現役の近代作曲家ジェフスキーによる作品と、変奏曲ばかりを集めた二枚組セットでした。私自身はあまり興味がわかないジャンルなので、深く聴き込んではいませんが、受賞しただけあってしっかりした演奏なので、ためしに買ってみる価値はあると思います。



スウェーデンのBISは、あいかわらず旺盛なリリースを続けており、2016年だけでも60枚くらいの新譜が発売されました。私自身はその半分くらいしか買っていませんが、とりわけ嬉しかったのは、そろそろバッハに飽きてきたかもしれない(?)鈴木雅明が指揮するストラヴィンスキーの「アポロンとミューズ」です。個人的に大好きな作品ですが、過去にあまり録音数が多くないので、このような高音質でしっかり奥底まで見据えた演奏を聴けると、やはりクラシックは往年の名盤ばかりではなく、現在進行系で楽しむべきだとつくづく実感しました。

鈴木さんは11月にはモーツァルトのハ短調ミサもリリースしており、これも活発で心に響く演奏でした。


他にも、ブラウティハムのメンデルスゾーン「無言歌集」後編や、スドビンのスカルラッティ・ソナタ集といった、ピアノ・ソロも充実していますし、オケではリットン指揮ベルゲンフィルのプロコフィエフ交響曲4・7番、ヴァンスカ指揮ミネソタ管弦楽団のシベリウス3・6・7番など、北欧のレーベルBISならではの透き通った爽快感のある録音が楽しめます。


また、BISは過去タイトルの低価格ダウンロードセット販売も充実しており、2016年のセット販売ランキング1位から10位までは、ほぼ鈴木雅明のバッハ・カンタータ集で埋め尽くされていますが、それ以外でも、小川典子が同レーベルで着々とリリースしていたドビュッシー・ピアノ・ソロ集がセット販売されて好評を得ています。

長年の努力の結晶なので、全曲ハイレゾではないですが、これまでに英グラモフォン誌月間ベストや、BBCにてドビュッシー推奨盤として定評のある演奏なので、かなりオススメです。また彼女が2016年にBISでリリースしたサティ集も、BBC Musicにて星5つ、Presto ClassicalのDisc of the Yearファイナリストなど、評価が高いです。


オランダのレーベルは、あいかわらずPentatone、Channel Classics、Challenge Recordsの三社を愛聴しています。

Pentatoneは2016年もSACDやDSDダウンロードで魅力的なタイトルを連投しており、ヤノフスキのリヒャルト・シュトラウス管弦楽や、Johannes Moserによるドヴォルザークとラロのチェロ協奏曲など、このレーベル特有の力強い濃厚な音色を活かしたリリースが続きました。




DSD録音の功労者Channel Classicsは、2016年は大本命であるIvan Fischerとブダペスト祝祭管弦楽団によるアルバムはチャイコフスキー6番のみでしたが、それ以外では、実験的にDXD・DSD256配信もはじめました。

バロック期テレマンの協奏曲と、ライリーのモダンなミニマリズム「Four Four Three」という対象的なリリースで、どちらも録音はChannel Classics伝統のDSD64システムなのですが、デジタル上でのミキシングが必要だったため、最終的な完成マスターはDXDになったそうです。

どれもあいかわらずアーティストと音質はトップクラスなので、個人的には、もうちょっとコアレパートリーでのリリースを増やしてほしかったと思います。


DSD256録音を積極的に販売しているChallenge Recordsは、今年も高音質アルバムが沢山リリースされました。とくに、Christoph Prégardienのシューベルト歌曲集は、大手レーベル勢を出し抜いて2016年ドイツ・レコード批評家賞に選ばれ、独立レーベルの存在感を見せつけました。シューベルトはとりあえずフィッシャー・ディースカウだけ持っていれば十分なんて思っている人にぜひ聴いてもらいたい、心のこもった一枚です。


私がとくにプッシュしているJaap van Zweden指揮ブルックナー交響曲集も、今年で全曲が出揃いました。このシリーズは2, 4, 5, 7, 9番が日本のExtonレーベルからSACDでリリースされており、残りの1, 3, 6, 8番がChallenge Recordsから販売されたという事情があり、全曲揃えるのはめんどくさいな、なんて思っていたのですが、なんと今回Challenge RecordsがExtonから版権を取得し、全曲セットのSACDボックスが販売されました。

しかも、面白いことに、Extonレーベル側の曲目は、今回わざわざこのボックスセットのために全部Challenge Recordsのエンジニアによって再リマスターを行うという手の込みようです。ExtonでもSACDで高音質に仕上げていたのに、それを「無かったこと」にして再リマスターするというのは、Extonのエンジニアからしたらもどかしい気持ちでしょうね。両方を聴き比べてみると、Extonの方が王道のCDアルバムっぽい、高解像ながら左右にベタッと広がるプレゼンテーションで、一方Challenge Recordsのリマスター版では、より前後の奥行きが出るよう、あえて解像感よりもホール空間の正しさを尊重したような、リアル主義な仕上がりです。

このボックスセットは全てSACDですし、かなりの名演、そして空前の高音質なので、非常にオススメです。一番最後に録音された1・6番はDSD256で録られているので、ボックスセットとは別に公式サイトからダウンロードして比較してみるのも面白いかもしれません。



イギリスのレーベルからは、去年までは若干低迷していたOnyxも、2016年は96kHz配信でいくつかの良品を出しており、Jan Mrácekのドヴォルザーク・ヴァイオリン協奏曲や(なんだか2016年はドヴォルザークがやたら多いですね・・・なんかの記念年でしたっけ?)、特筆すべきはAndrew Manze指揮ヴォーン・ウィリアムズ2・8番で、サウンドの完成度から言えば、2016年でトップクラスの高音質アルバムだと思います。ヴォーン・ウィリアムズに興味が無くても、ぜひOnyx渾身の音質を味わうためだけでも良いから聴いてもらいたいアルバムです。



Chandosからは、ガードナー指揮ベルゲンフィルの録音が好印象ですが、3月にはヤナーチェクシリーズの最新作で、大作グラゴル・ミサが出ました。また、10月にリリースされたシェーンベルグ「グレの歌」は、かなりレアな作品だというのに、奇しくもChandosとHyperionレーベルから同時期に別々のリリースがあり、二枚の「グレの歌」を聞き比べられるという無駄に贅沢な体験ができました。

Chandosは2016年になって自社サイトでのハイレゾダウンロード販売に積極的になり、昨年立ち上げた「The Classical Shop」という英国のオンラインショップにて、Chandosレーベルの新譜のみならず、数年前のCDリリースにまで遡って、96kHzハイレゾ版が購入できるようになりました。Chandos以外でも、Signumなど英国系独立レーベルの新譜が、各レーベルごとに一気に確認できるので面白いサイトです。



Hyperionもあいかわらず自社サイトでのみの96kHzハイレゾダウンロード販売を精力的に続けており、素晴らしいリリースが続いています。ここは毎月決まった日に新譜が一気に登場し、メールで告知されるので、その日に行って目ぼしいタイトルを買うのが一ヶ月ごとの楽しみになりました。

Steve Osborneのベートーヴェンピアノソナタ集や、タカーチ四重奏団によるフランクとドビュッシー、また異色なタイトルでは歌手Florian Boeschによるクルシェネクの歌曲集なんてのも楽しめました。

大編成オーケストラでは、Markus Stenz指揮シェーンベルク「グレの歌」も圧巻でしたし、私が普段あまり聴かないショパンも、英グラモフォン誌で絶賛されていたPavel Kolesnikovによるマズルカ集が、一般的な甘々なサロン系ショパン像とは対称的な、泥臭い躍動感のある演奏で好印象でした。



フランスの独立レーベルで活躍していた「Naïve」は、2016年に倒産したという残念なニュースがありました。全盛期は指揮のRinaldo AlessandriniやMarc Minkowski、ピアノのFazil Say、歌曲のAnne Sophie von Otter、そしてコパチンスカヤを発掘するなど、かなり活発なレーベルだったのですが、最近はリリースがあまり魅力的でなく、ハイレゾ録音にも活発でなかったので、手にする期会も少なくなっていました。

これまでの1000タイトル以上のリリースはNaxos経由でまだ手に入りますので、ヒマがあったら色々と漁ってみようと思います。とくに、ユニークなシリーズとして、一体誰か買っていたのか不明なヴィヴァルディ作品集(ジャケットの美人写真が特徴的です)は通算50枚くらい出ていますし、それ以外では、Alessandriniのモンテヴェルディやバッハは歴史的名盤だと思います。個人的にはオペラ歌手Marie Nicole Lemieuxのアルバムは毎回欠かさず買っていました。





私が2016年で一番活躍したと思ったクラシックレーベルは、フランスの「α(アルファ)」です。高音質はもちろんのこと、美しく魅力溢れるジャケットアートから、積極的なハイレゾダウンロード配信まで、きっちりと仕事をしている印象があります。

Marie-Elisabeth Heckerのブラームス・チェロソナタや、Lorenzo Gattoのベートーヴェン・チェロソナタ、Busch Trioのドヴォルザーク三重奏など、室内楽の中核となる作品の快演を続々とリリースしましたし、それ以外でも、Jodie DevosとCaroline Mengによる「Il était une fois…」ではおとぎ話をテーマとした歌曲コレクションを披露したりなど、他のレーベルとは別腹で、「とりあえず買ってみようかな」という気にさせてくれる魅力に溢れています。



とりわけ2016年は、Véronique Gensによるアーン、デュパルク、ショーソンといったフランス歌曲集が、最高に素晴らしかったです。英グラモフォン誌にてヴォーカルアルバムの年間最優秀賞に選ばれましたが、その名誉にふさわしく、臨場感に溢れた豊かな解釈で、ありきたりなフワフワと蝶が舞うような歌曲集とは一味違った内容の濃さがあります。日本では荘厳なオーケストラ交響曲や超絶技巧のピアノとかばかりがクラシックだと思われている印象がありますが、この機会にぜひ歌曲の世界を触れるきっかけとして最高のアルバムだと思います。

新興の高音質レーベル

オーディオマニアとしての観点からは、クラシック音楽でここ数年の「高音質アルバム」というと、ソニーやEMIなどのメジャーレーベルではなく、新興の小規模なレーベルが台頭しており、とくに各国のハイエンド・オーディオショウやデモイベントなどでは、すでに幾つかのレーベルのアルバムが「定番レファレンス」として、頻繁に耳にするようになりました。



たとえば、アメリカReference Recordingsの、ホーネック指揮ピッツバーグ交響楽団シリーズは、米国のオーディオデモで使われる期会が最近とても多いです。

音楽監督ホーネックのもと、アルバムで披露されるような素晴らしい音楽性のおかげで、それまでさほど地位が高くなかったピッツバーグ交響楽団が、一気にアメリカが誇るトップオケの仲間入りを果たし、近年ではルツェルンやザルツブルグ音楽祭への遠征演奏をするほどになりました。(ところが急成長の反面、オケメンバーへの待遇が悪いということで、11月に大規模なストライキがあったり、なにかと話題にのぼるオケでした)。

2014年のドヴォルザーク8番、2015年のベートーヴェン5・7番といった直球勝負のレパートリーで大好評を得ましたが、2016年11月にはリヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」「ばらの騎士」からの管弦組曲という、ド派手なアルバムをリリースしました。しかも、ちゃんと時代に追従するように、これまでのDSD64から、録音フォーマットをDSD256にアップグレードしたことで、「Reference Recordings」というレーベル名の通り、最新USB DACの性能を最大限にまで引き出せる、オーディオシステムのレファレンスとして大活躍のアルバムです。



2013年に発足されたベルリン・フィルの自主制作レーベルも、2016年は順調に成果を上げています。2014年のラトル指揮シューマン交響曲集、バッハ受難曲集、2015年のアーノンクール指揮シューベルト交響曲集と続き、2016年は大本命のベートーヴェン交響曲集にて、世界最高峰オケの貫禄を見せつけてくれました。奇をてらわずオーソドックスながら綿密な演奏は、現時点でとにかく高音質のベートーヴェンを揃えておきたいと思っている人にはベストに近い候補です。また、同じくベルリン・フィルで名盤の誉れ高い60年代カラヤン録音と比較してみるのも一興です。

引く手あまたのベルリン・フィルでさえ、大手レーベルの浮き沈みの道連れになるよりも、自主制作の自給自足で存続する道を選んだことに、時代を感じさせます。とくに本拠地ベルリンでのライブ・コンサートを、スポーツ生中継のようにインターネット経由でハイレゾサラウンド・ストリーミングするなど、先見性のある試みを続々と行なっています。2016年は、これまで半世紀のパートナーシップがあったソニー製機材から、新たに4K HD配信への機材入れ替えにともない、パナソニックと契約を結んだことが、日本でもニュースになりました。

実は私自身はこのベルリン・フィルレーベルはノーマークだったのですが、その理由は、毎回豪華パッケージが巨大すぎて、「収納に困る」という単純な理由からでした。ただし、中身はCDと高音質ブルーレイ、さらにハイレゾダウンロード券まで同封してある、ちゃんと時代を見据えたパッケージです。



2016年9月発売のステレオサウンド誌200号では、このベルリン・フィル・レーベル作品からのハイライトSACDが付録してあり、それを友人に勧められて、聴いてみたところ、一貫してユニークなサウンドに驚き、感動しました。ユニークというのは、これまで我々クラシックマニアが聴き慣れている「ハイレゾ」っぽい、楽器一つ一つを個別に分離して解像させるようなサウンドとは真逆の、むしろ全体像にまとまりを持たせた、マイルドな仕上がりです。最初聴いてみたときは、なんかモヤモヤして粒立ちが悪いな、なんて思ったのですが、さらに聴き込むことで、前後空間の立体感や、音響の素直さが極めて高次元なことが理解でき、なんだかこれまで以上に「実際のコンサートホール席に座っている」感覚が味わえました。

つまり、ある程度高性能なオーディオシステムを使うことを前提とすれば、もはや安易な分解能やギラギラした「アマチュアの子供だまし」的ハイレゾ感は求められず、より「リアルな」体験を重視した音作りのほうが有意義です。もちろんショボい小型スピーカーとかで聴いた場合は、十分に解像せずモヤモヤしたわけのわからない音楽になってしまいます。

大手レーベルの場合、それこそキッチンの小型スピーカーや車載ラジオを通してでも楽しめるようなジャンジャン鳴る大衆向けの音作りが求められますが、自主制作レーベルになることで、ハイエンド・オーディオシステムが前提の、本当の高音質を得られる音作りが気兼ねなく追求できる、というメリットがあるようです。

ちなみに、私のブログではヘッドホンやポータブルオーディオばかりで、「ステレオ」誌や「ステレオサウンド」誌なんかの紙面を飾る一千万円もするような家庭用スピーカーシステムに興味がある人は少ないかもしれませんが、このベルリン・フィルの付録サンプルCDなど、実はこのような高音質アルバムの情報も、大手雑誌だからこそできるインタビューや入念なプロ評論家レビューなど非常に充実しているので、情報源として手にとって読んで見るのも面白いと思います。





新興の高音質レーベルとして、最近とくに感激したのは、スペインのEudora Recordsです。まだ9枚のアルバムしかリリースしていない、生まれて間もないレーベルですが、最高峰の音質への探究心やまない、まさにオーディオマニアによる、オーディオマニアのためのレーベルです。実はつい最近までノーマークのレーベルだったのですが、このブログを読んでくださった方から、ありがたくもメールを頂き、そこで教えて頂きました。

最新のMerging TechnologiesA/Dシステムを導入し、丁寧に音響を整えたスタジオにて、マイクアンプからそのままDSD256で録った作品勢は、まさに味付け無しの生演奏そのものを、新鮮な状態でリスナーに届けるという、DSD録音の理想的な姿です。

一発撮りの直録ということもあり、レーベルオーナーの趣味から、クラシックギターのシンプルな生録音を中心に置いたカタログで、バッハ無伴奏のギター編曲や、バロック、ジプシーなど、奥深いギターの世界が繰り広げられます。

また、ギター以外でも一般的なクラシックレパートリーも忘れておらず、ピアニストEnrique Bagariaのハイドン・ピアノソナタ集や、Cammerataという室内楽グループによるヘンデル合奏協奏曲、チャイコフスキー弦楽セレナーデ、そしてレーベルの母国スペインの現役作曲家Brotonsによる作品集という、魅力的なアルバムが登場しています。

小さなレーベルですし、その手法故にソロや室内楽編成のスタジオ録音にのみ限定されていますが、それこそ一枚一枚が芸術品とも言えるほど、音質はとびきり優れています。単なる高解像というだけでなく、音色の暖かみと、それが空間に響き渡る情景を最大限に尊重した、非常に「濃い」サウンドが特徴的です。







もう一つ興味深いレーベルで、フランスのFondamentaを紹介したいです。カタログはまだ10タイトルほどのプライベートレーベルで、レコーディング・スタジオではなく、高音質マスタリング業務を行なっています。どのような流れでアルバムリリースに至るのかは不明ですが、カタログアーティストはキャリア途中の若手が多いので、持ち込み音源とかなのかもしれません。

マスタリング業務を専門としているレーベルなので、直録DSDではなく、ハイレゾPCMとして仕上げた作品勢を、公式サイトでハイレゾダウンロード販売を行なっており、ピアニストVladimir Troppのスクリャービンなどロシア系ソロ曲集、Christian Chamorelのメンデルスゾーン・ピアノ協奏曲、ヴァイオリニストSvetlin Roussevのシベリウス&ヴラディゲロフ・ヴァイオリン協奏曲など、ソロから大型オケまで、そこそこメジャーな演目を扱っています。そのサウンドは極上の艶やかさで、音色そのものの惚れ惚れする美しさにあり、上記Eudoraレーベルのような直録とは真逆で、むしろ演奏者の一音一音を丁寧に吟味し、最大限の魅力を引き出し、作品そのものの質を高めるという、マスタリングエンジニアとしての緻密な作業が頭に浮かびます。

たとえばDSD直録が、「早朝市場に出向いて鮮魚を吟味する一流寿司職人」だとすれば、PCMマスタリング作業というのは「仕込みに手間をかけた一流フランス料理シェフやパティシエ」のような存在かもしれません。音楽の仕上げ方に絶対的な正解は無いですし、どちらも楽しめます。また、どちらも上手に鳴らしきれるオーディオシステムというのもなかなか実現できないのが、オーディオマニア的に難しいところです。

キャリアアップを目指している若手アーティストにとっては、一人でも多くの耳に届くことが最重要なので、このFondamentaのような高音質レーベルと巡り会えることはありがたいのではないでしょうか。彼らのプロモーション的な立場としても、昔ながらのインディーっぽいイメージがあるレーベルですが、各アルバムの質も内容も大手を軽く凌駕するクオリティです。

このFondamentaレーベルが面白いのは、フランス最高峰のハイエンド・オーディオブランド「Devialet」の社長と深い交友があるらしく、同社の公式パートナーとして、機材や技術提携を行なっています。また、Devialetのアンプ製品デモなどでも音源が使われていることが、その高音質の証となっています。余談ですが、Devialetアンプをご存じない方は、是非チェックしてみることをお勧めします。どのような巨大クラスA/Bアンプにも勝るとも劣らない、次世代ハイエンド・オーディオのあるべき姿だと思います。



ちなみにFondamentaレーベルはリマスター復刻アルバムも手がけており、2016年10月には、チェロ巨匠アンドレ・ナヴァラによる協奏曲集をCDボックスや176.2kHzハイレゾPCMでリリースしました。オリジナル音源は特定のレーベルにこだわらず、ステレオ・モノラル混合で、Eratoからミュンシュ指揮サン・サーンスとラロ、Supraphonからアンチェル指揮プロコフィエフやブラームス(スークとの二重協奏曲)、Pyeからバルビローリ指揮シューマン・エルガーなど、チェロ協奏曲の大作をCD6枚に網羅しています。

ナヴァラはすでに故人ですが、本人の息子との共同作業で、代表的な名盤から、未発表の録音まで、オリジナルマスターテープを探す旅をしたそうで、復刻アルバムとしては珍しく、フランスDiapasonとTélérama誌の双方で金賞を受賞しています。丁寧なリマスター処理を施した音質が尋常ではないほど良く、それだけでも一聴の価値があります。

まとめ

2016年は、マイナーな独立系インディーレーベルが実力の片鱗を見せた一年だったように思います。

ネットショップでのハイレゾダウンロード直販という手法が手軽になったおかげで、マイナーレーベルの音楽が手に入りやすくなり、(内容の当たり外れも激しいですが)、新鮮な音楽が即座に購入できるようになりました。

これまで、独立系(いわゆるインディーレーベル)というと、大手レーベルの傘下に加盟しないとCDショップ店頭に流通してもらえず、我々がいくら欲しくても買う手段が無かったのですが、それが一気に覆された感があります。

その中でも、とくにフランスやイギリスなど、クラシック音楽産業の歴史が長い国では、レコードやCDの時代から、数多くのプライベートレーベルが、Harmonia Mundiなど配給会社に製造や販売のみを委託しているビジネスモデルだったので、その流れで、現在に至っても各プライベートレーベルが自主的に、アルバムを自由にネット販売できる枠組みが成立しています。

とくに、グローバルな視野での「音楽の手に入りやすさ」という観点からは、大手レーベルと独立系レーベルの立場が逆転した一年だったように思います。

というのも、ソニーやユニバーサルなど大手レーベルというのは、自己保全を第一とする重度の大企業病から抜け出せておらず、アルバムの流通に関する拘束が強すぎて、「買いたいのに、売ってくれない」状態が悪化しています。私は昨年も同じ不満を言っていた気がしますが、今年はさらに悪化しています。

たとえば、日本人アーティストのアルバムを日本国内で買う分には問題ないのですが、海外からe-OnkyoやMoraなどにアクセスしようとしてもブロックされますし、日本国内で発行されたクレジットカード以外はブロックされ、さらに最近では、Paypalなどのネット通貨でも、日本住所以外のアカウントからはブロックされる、といった二重三重の「鎖国」が強化されています。もちろん日本のショップだけの問題ではなく、大手レーベルであれば、米国やドイツなどもほぼ同様の拘束があります。

つまり、もし日本のアーティストが大手レーベルと契約しても、アルバムの販売経路は日本国内の消費に限定されており、どうあがいても、海外で認知されるすべが無いということです。2016年だと宇多田ヒカル「Fantôme」のように、例外的にレーベルが選出した「スター」が海外リリースの期会を得ることはできますが、原則としてレーベルの選出によるものであって、海外にいる数億人の音楽ファンが日本のアーティストを自由に「発掘」して「購入」することはほぼ不可能です。ポピュラー音楽の場合であれば「日本語の歌なんて、海外の誰が聴くんだ」なんて思うかもしれませんが、たとえば欧州や東南アジアでの旺盛なアニメ・アニソン市場や、そもそも外来音楽であるジャズやクラシックの場合、国内よりも海外での需要の方が大きい場合があります。

面白い例として、DECCAやドイツ・グラモフォンなど、欧州の一流クラシックレーベルにて、近年では日本人アーティストが数多くのアルバムをリリースしていますが、実はそれらの多くは日本国内リリースのみで、同じレーベルの海外サイトからは見ることも購入することもできない、ということが多いです。しかも日本のCDショップや雑誌レビューなどでは「才能が世界で認められて、海外の大手レーベルと契約」なんて大々的に宣伝していたりするのに、実は海外では店頭にすら並ばない、なんて虚しいばかりです。



最近のクラシック系アルバムでは、CDを買うとハイレゾダウンロード券が同封してあるリリースが増えてきているのですが、中でもとくに凄かったのが、イギリスLSO Liveの試みです。

ロンドン交響楽団の独自レーベルとして、早くからメジャーから独立したことで先見性を見せたLSO Liveですが、2016年のリリースでは、例えばガーディナー指揮メンデルスゾーン1・4番のアルバムなどを開いてみると、通常価格でSACDとハイレゾブルーレイの二枚組という太っ腹です。

しかもブルーレイの方は、BDプレイヤーが自宅の無線LANなどに接続されていれば、手元のパソコンのブラウザからアクセスすることで、96kHz FLACやDSD64ファイルをディスクからZIPでダウンロードできるというギミックが登載されています。つまりインターネット不要で、合法的にハイレゾ音源をパソコンに取り込める機能をディスク内に盛り込んであるわけです。

ダウンロード販売の台頭で、CDショップが倒産する、なんて危機感が嘆かれていますが、そもそも我々リスナーは、同じアルバムを物理CDとダウンロードで二度買うことは無いわけですから、売上的に考えても、このような「ハイレゾリッピング大歓迎」な物理CDリリースが、商品の魅力としては一番良い例だと思います。



その一方で、ユニバーサルのような大手レーベルは、音質は素晴らしいものの、セールス面では2016年になっても無駄なあがきを繰り返しており、ちょっと落胆しました。

たとえば先程紹介したジュリーニ指揮ドン・ジョヴァンニなどオペラシリーズは、高価なCDギフトボックス販売のみで、最新96kHzハイレゾリマスターなのに、ハイレゾダウンロードは一向にリリースされていません。

付属するハードカバーブックは、ベルリン・フィルレーベルのような奥深いエッセイではなく、多国語訳のリブレットが内容の9割を占めているため、ただの収納スペースの無駄ですし、肝心のCDディスクは無造作に紙ポケットに入っていて傷だらけでした。


とくに2016年で一番嫌だった例は、11月に発売された、1960年代デッカの名盤、ケルテス指揮ドヴォルザーク交響曲集です。

最新技術を駆使したハイレゾリマスターで、サウンドは驚異的に素晴らしく、とくに聴き慣れた交響曲だけでなく、スケルツォ・カプリチオーソなどのカップリング小曲にも感動しました。

個人的にこの録音はデッカ全盛期を代表する作品だと思うので、今回の真面目な復刻は非常に楽しみでしたが、その期待を裏切らず、スピーカーの後ろまで広々と展開する、雄大な音像は圧巻です。ステレオイメージはオリジナル盤LPとほぼ同じですが、楽器音がより鮮明でダイナミックです。

苦労して集めたので自慢したかったのに、なぜか4番だけ行方不明でした


今回のリマスター復刻版では、CD+ハイレゾブルーレイの豪華ハードカバーブックセットと、別売で96kHzダウンロード版もリリースされました。それはそれで構わないのですが、なぜかこの豪華CD+ブルーレイセットは定価7,400円(実売6,000円)と、そこそこお買い得価格なのに、e-Onkyoなどで同じアルバムのダウンロード版が、それの二倍の価格(14,000円)で売られています。

ブルーレイディスクは96kHzハイレゾなのですが、リッピングは法律上NGなので、合法的にDAPなどで持ち出して楽しむことはできません。一方それができるダウンロード版は「高くてもマニアは結局買うだろう」という強気な価格設定です。このような「物理メディアよりもダウンロードのほうが異常に高い」見当違いな価格が横行している事実が、大手レーベルがリスナー目線で考えていない事を体現しているように思います。(結局私は両方買いましたが・・・)。

近頃気になっている問題

マイナーレーベルが脚光を浴びていると言っても、その全てが成功しているというわけではありません。世界中に無数とある独立系レーベルの多くは、まだ知名度もなく細々と運営しています。

最悪なパターンは、ただアルバムを作って、ネットショップや店頭に並べただけで、ろくなプロモーションもせず、「モノは良いのに、なぜ売れない?」と嘆いているレーベルがあまりにも多く、それが非常に残念だと思います。

たとえば、近所に新装開店した若手のベーカリーが、オフィスビルやレストラン・カフェなどの大口顧客への積極的なセールスを怠って、ただ毎朝店頭に焼き立てパンを並べて来客を待っているだけで、「なぜ売上が伸びないのか」と悩んでいるのと一緒ですね。

独立系レーベルも、家族運営のような中小企業が多く、プロモーションのノウハウが無かったり、なかなか手が回らないのも理解できますが、アルバム作成に費やす努力と同じくらい、宣伝やセールス試料作成(なぜ買うべきなのかという自己主張)を頑張ってくれれば、それだけでもかなり違うはずです。

問題1:売る側への情報提供不足

ハイレゾダウンロードブームでも、多くのメディア媒体は「なんか流行ってるし、色々あるみたけど、何をピックアップすれば良いかよくわからない」状態です。しかも、タワーレコードやHMVの有識者スタッフのような、しっかりとしたアルバム紹介記事を書ける人材がいるわけでもなく、オンラインショップに追加されるアルバムの多くは、一切の情報が無い音源のみの販売なので、それらについての情報や逸話とかを雑誌などで紹介する事も叶いません。

やはり音楽というのは、実際にリスナーに聴かせるまでが一番困難なわけですから、新譜・リマスター復刻を問わず、ちゃんとレーベル側が演奏者や録音セッションの背景事情、録音・リマスター処理の手順工程や責任者の熱意、そんなエピソードを盛り込むことで、芸術品としての価値も上がり、興味を持って買ってみる人が一人でも増えることが重要です。

ハイレゾダウンロードショップのスタッフ側としても、とりあえずニューリリースに掲載してみたけど、PDFライナーノーツも英語だし、一体どんなアルバムなのかよくわからない、といったリリースが多く、とにかく情報不足すぎて、ギブアップしているようです。

問題2:オンラインショップの分散

レーベル直販など、ダウンロードショップが増えすぎて、サイトのチェック巡回に手間がかかることに困っています。現在私のブラウザのブックマークには20ほどのショップを一気に開くように登録されており、週一回の新譜確認の手間が増えています。

また、もう一つの問題として、同じアルバムでもショップごとに価格やファイル形式の差が結構あります。大手ショップでは48kHz・24bitファイルなのに、レーベル直販サイトに行くと96kHzやDSD版があったりします(しかも割安で、さらにボーナストラックが入っていたり・・)。

つまり、2016年は例年以上に、めぼしいアルバムを自分自身で「発掘」する努力が要求された一年でした。

昨年までは、e-Onkyoなど大手ショップ経由でアルバムを買うことで事足りたのですが、今年はそのようなショップで気に入ったアルバムがあったとしても、とりあえずレーベルのサイトに行ってみて、より高音質で安く買えるかチェックする手間が増えました。

なんというか、老舗の銘菓をデパートで買うか、工場の直販店に行って買うか、みたいな感じですね。

もちろん大手ショップもただ手をこまねいているわけではなく、色々とユーザーフレンドリーな環境づくりを努力しているところもあります。たとえば日本ではe-onkyo・mora・OTOTOY・VICTOR HD-Musicの合同で、毎月有良アルバムをピックアップして、ゲストによる読み応えのある紹介文を添えた、「ハイレゾ音源大賞」という企画を頑張っています。

個人的に、とくにショップとしての進化が素晴らしいと思ったのは、オランダのDSDショップ「NativeDSD」です。ここはChannel Classicsと関係が深いショップなのですが、それ以外でも先程紹介したReference RecordingsやEudoraといった高音質レーベルがいち早く手に入ります。このショップが行なった改善は、まず各タイトルごとに、アルバムマスターに使われたファイル形式やサンプルレートなどをきちんと明記するようになりました。つまりPCMとDSDの両方で売られているアルバムなどは、実際のソース音源はどれなのかわかると、悩まず買いやすくなります。

また、DSD256などの超ハイレゾ音源は、アルバム一枚が10GBなど巨大なものが多く、どんなに自宅のインターネットが速くても、ショップ側サーバーの事情でダウンロードに時間がかかることが多いのですが、NativeDSD場合は、近頃ユーザーのDropboxアカウントにファイルを転送するサービスを行なっています。Dropboxは世界中に超高速通信サーバーを持っているので、ショップのサーバーからダウンロードするよりも数倍速く転送が終わります。ようするにNativeDSDのアルバムはすでにDropboxに保存されており、それが私のDropboxに仮想的にコピーされることで、ショップには一切の負担がかからず、Dropboxという大企業の高速回線を間借りしてダウンロードできる仕組みです。たとえばDSD256アルバム一枚が、NativeDSDのサーバーから直接ダウンロードすると7時間かかるところ、Dropbox経由だと30分で手元に届きました。

最近、同じようなハイレゾ楽曲をただ陳列するだけで売ろうと思っているショップが乱立しているので、こういうユーザー目線に立った意欲的な試みが差別化となって、どのショップで買うかを選ぶ決定打になる場合もあります。


問題3:大手レビュー雑誌とか

現状として一番問題だと感じているのは、音楽やオーディオ雑誌などのアルバムレビューの無力化です。音楽レビュー雑誌というのは、編集部自らネットを巡回して新譜を買い求めているわけではなく、ユニバーサル社など大手レーベルから「今月推薦したいCD」が数枚送られてきて、それらを評論家に分配して一筆願う「ノミネート方式」をとっているところが多いです。また、毎月特集を組むようなアーティストインタビューや取材記事は、大手レーベルのお膳立てあってのものです。

つまり、そういった音楽雑誌などでは、現状における音楽レーベル業界の全貌を把握することができないのが問題です。もちろん雑誌によっては評論家の持ち込みでオススメ盤なんかを取り上げることもありますし、日本ではそのような評論家先生の好き勝手を歓迎する傾向が強いので、多面的で面白いですが、一方で欧米のレコード雑誌やオーディオ雑誌などは、未だにレビューは配布されたCDのみ、といったところも結構多いです。

また、CD版とダウンロード版リリースの足並みが揃っていない事もあり、ダウンロード版を購入してから3ヶ月後くらいにようやく雑誌でCD版のレビューが掲載されたりということも多くなりました。数年前までは、月刊誌で興味を持ったアルバムをメモしておいて、ちょっとして店頭に並んだら買う、という流れだったのですが、今ではむしろ我々が先にショップサイトで試聴して、気に入って、買って、聴いてしまった音楽に対して、数ヶ月後にレビュー記事の意見をとりあえずチェックしてみる、という逆転現象が増えています。

雑誌編集部も、混沌としたネット社会の全部を網羅することは困難でしょうけれど、その影響力を考えると、もうちょと時代に則した取り組みが求められているように思います。大手レーベルの忠犬として共倒れするのではなく、もっと積極的にマイナーレーベルで活躍するアーティストのコンサートインタビューや、レーベル録音現場の取材、そしてリマスター復刻版であれば、そのエンジニアや作業工程などを紹介することなどで、近年のショップとリスナーとの共通意識を持って、業界全体をより良い方向に導いてくれることを期待しています。

おわりに

今回は、2016年よく聴いた高音質アルバムやレーベルをいくつか紹介しました。

オーディオマニア的な感想としては、最近になって様々なジャンルでクオリティの高い音楽が容易に購入できるようになり、ようやく我々の手元にあるヘッドホンやハイレゾDAC・DAPなどの新世代オーディオ機器が存分に活かせるような環境になってきました。

ほんの一年前の時点では、DSD256とかDXD PCM352.8kHzなんか、どうせ数枚テスト用に買うくらいだろうな、なんて思っていたのに、一年経った現在では、数十枚のアルバムを日常的に聴くような状況になりました。

もちろん、ただ高レートDSDなどだからといって絶対に高音質だという保証は無いのですが、それでも、そういった最高クラスの録音技術を柔軟に活用できる音質重視のレーベルが、表舞台でその手腕を披露できるようなきっかけが生まれた、というメリットはあると思います。

今後そのようなハイレゾ録音機材が低価格で普及することによって、ただ機材だけ揃えた、録音技術や音楽的なノウハウが無いような粗悪ハイレゾレーベルも増えてくる心配はあります。(たとえば、今現在、最高価格の機材を導入している録音スタジオを多数所有しているのは、オーディオレーベルなどではなく、中国の映画制作会社だと言われています)。

その一方で、たとえハイレゾファイルでなく、44.1kHzのCD音源であっても、大手レーベル勢の復刻リマスターアルバムが、ようやくオリジナルLPアルバムに勝るとも劣らないレベルの高音質に到達したように思います。また、最新録音の数々も、デジタル臭くない、ハイエンド嗜好の、本当の意味での高音質を実現できています。

巨大な大手レーベルというと、往年の名作カタログを手当たり次第「廉価ボックスセット化」する守銭奴の亡者みたいな態度もありますが、その一方でちゃんとユーザーの求めている高品質な音楽も作れるじゃないか、というなんだか奇妙な安堵感があります。

一つだけ気になっているのは、実際のところ、大小様々な音楽レーベルや、オンラインハイレゾダウンロードショップ、さらにタワーレコードやHMVなどのCDショップとかは、ちゃんと存続できるだけ好調な利益を出しているのか?、産業として成り立っているのか?、という単純な疑問があります。ハイレゾアルバムは世界中で何枚くらい売れているのか、アーティストはちゃんと正当な利益の分配を受けているのか、このブームで、誰が儲かって、誰が潰れるのか、といった、業界全体の健全性が気になります。

とくにジャズとクラシックというジャンルにおいては、2016は、もう十分すぎるほど充実したリリーススケジュールだったので、あとはもう毎年このペースを維持してくれることだけを望んでいます。もし各レーベルやネットショップなどが、これ以上スケールの大きな発展を望んでいるのであれば、それはさすがに厳しいのでは、と思います。(もちろん、そのような悲観的な考えが裏切られることを期待しているわけですが)。

そういえば、昨年かなり話題が盛り上がった定額ストリーミング系サービスは、一般大衆向けのSpotifyやiTunes Music、ロスレスのTidalなど、依然頑張っており、サービスは充実しているようですが、なんだか2016年にはオーディオや音楽関係の記事など、身の回りで思ったほど話題にのぼらなかったように感じます。

何度か試しに契約して使ってみてはいるのですが、私自身はまだアルバムを購入して、ハードディスクに収めて、DAPにコピーして、という古臭い作業を毎日のように行っているわけで、それを覆すほどのメリットは私にとってまだ生まれてないように思いました。


年末の休暇中なので、音楽を聴きながら適当にダラダラと書いていたら、無駄な長文になってしまいました。

正月中には、できれば2016年によく使った、好印象だったヘッドホンとかをまとめようと思います。