2017年3月8日水曜日

Audioquest NightHawk Carbon NightOwl Carbon ヘッドホンの試聴レビュー

米国Audioquestから、新型ヘッドホンが登場しました。オーバーイヤー開放型のNightHawk Carbonと、密閉型のNightOwl Carbonです。

Audioquest Nighthawk Carbon(左)とNightowl Carbon (右)

NightHawk Carbonは、2015年に登場した初代NightHawkのカラーバリエーションだけのようにも見えますが、音質も若干変更されているそうです。一方、ユニークな外観や定評のある装着感はそのままで、密閉型のNightOwl Carbonという選択肢が増えたのも嬉しいです。

せっかくなので、初代モデルと比べてどれくらい変わったのか、試聴してみました。


Audioquest

Audioquestというと、最近では低価格で高音質な小型USB DAC「Dragonfly」シリーズが大人気なので、そっち方面のブランドイメージが強くなっていますが、本来は100万円もするような超高級オーディオケーブルを製造している、老舗ケーブルメーカーです。

大好評のDragonfly Red

100万円オーバーのスピーカーケーブルとか、電源ケーブルとか・・

米国ではKimberやNordostなどと並んで最大手オーディオケーブルブランドのひとつです。ハイエンド専門ではなく、数千円からのケーブルでもしっかりと自社製で高クオリティを維持しているのがありがたいです。エントリー価格のAudioquestケーブルを買って以来、システムアップグレードするたびにAudioquestケーブルも上位に買い換えてしまう、という中毒者が多いことにも納得できます。

また、よくある黒魔術のような怪しいケーブルブランドとは違い、ガジェット関連にも積極的で、USBケーブルやデジタル系のアイテムもいち早くラインナップに展開するのが面白いです。日本でいうとフルテックとかに近いですかね。

ただ、かなりデザインが印象的なためか、非正規のネットショップやオークションなどでは模造品のニセモノが非常に多いメーカーなので、注意が必要です。

このケーブルは、本当に日々重宝しているのですが、硬すぎて困ります

最近では、ポータブルDAPやDACなどでマイクロUSBケーブルを使う機会が多いのですが、なかなか大手オーディオケーブルメーカーは出したがらないので、(たとえばWireworldなんかは、2017年にもなって、未だにカタログに「ミニUSB」しかありません・・・)そういった小物ラインナップが豊富なAudioquest社は、ヘッドホンユーザーには非常に重宝するブランドです。手作りのガレージメーカーとは違い、大量生産の恩恵で、しっかりした高品質なケーブルでも5,000円くらいから販売しているのも嬉しいです。

私自身、普段から色々なUSB DACをさらに色々なUSBケーブルで使いまくっていますが、結局マイクロUSBケーブルというと、Audioquestの赤いCinammonというケーブルに戻ってきてしまうので、実力は高く評価しています。

短いOTGやLightningケーブルとかもあるのが嬉しいです

また、意外と見落としがちですが、DragontailというUSB延長ケーブルや、アンドロイド用OTGケーブル、iPhone用15cm Lightningケーブルなど、数千円の手頃な価格でちょっとしたプレミア感が味わえるアイテムが多いです。

NightHawk Carbon、NightOwl Carbon

初代NightHawkは発売価格が7万円前後で、現在の流通価格は5~7万円あたりですが、今回Carbonモデルの発売価格は9~10万円くらいに値上がりしています。

このまま価格差を維持して「上位モデル」として平行して販売されるのか、それとも初代NightHawkは型落ちになるのかは今のところ不明です。

新型ヘッドホンの「Carbon」という名称は、塗装がメタリックグレーっぽい色に変更されたことによるみたいで、なにかしらカーボン素材に変更したわけでは無いようです。

初代NightHawkの茶色い「べっ甲」塗装は、なんだか年寄りのメガネフレームみたいな古臭い印象があったので、今回のグレーはあまり人を選ばない無難な色です。

初代NightHawk(左)とNightHawk Carbon (右)

ラメ塗装が綺麗です

ヘッドバンドのアーチにAudioquestロゴがあります

全体的なデザインは決して派手ではないのですが、なんというか、不思議と暖かい魅力があります。ソニーなど大手メーカー製ヘッドホンの「家電」っぽい「低コストで高級感を出す」デザインを普段見慣れているせいか、このNightHawkは逆に「高級感があるのに派手に主張しない」ところが好印象です。パーツ一つ一つをとっても、無駄に手間がかかっているこだわりが溢れています。

本体塗装は自動車やギターのボディみたいなスプレー塗装で、光沢もあり、よくあるプラスチック製ハウジングなんかと比べるとケタ違いの深みがあります。

「製造効率を考えたら、絶対にこんなパーツ形状に作らないだろうな」みたいな、少量生産の高級スピーカーなどと通じるマニアック具合が心に響きます。過去に数多くのヘッドホンを使ってきた人ほど、このNightHawkの特異性が気になるだろうと思います。

未塗装部分は木材みたいです

ハウジング自体は「リキットウッド」という名称で、木材のような天然繊維をモールドに流し込んで成型した素材なので、プラスチックや金属などと比べて反響や振動がコントロールできるというメリットがあるそうです。イヤーパッドを外して見ると、ハウジングの未塗装部分はたしかに木材の繊維板みたいな質感です。

クラシカルな見た目のドライバ

カラーリング以外では、外観で初代モデルからの変更点は見られませんでした。内部構造は色々とチューニングが変わっているのかもしれません。イヤーパッドを外すと、初代NightHawk同様50mmのダイナミックドライバが見えます。ドライバを保護する黒いメタルグリルもレトロで良い感じですね。ネットで見た分解写真によると、ドライバ周辺のモコモコした素材の裏に、いくつか小さな通気口があるらしいです。

ドライバはPAスピーカーのような紙製コーンっぽい風貌ですが、バイオセルロースだそうです。バイオセルロース素材で作られた振動板というと、フォステクスやDENONのハイエンド機や、ソニー往年の傑作MDR-R10など、最上級のリスニング用途として印象に残るヘッドホンが多いですので、そういった傾向があるのかもしれません。

ハイテクとクラシカルが融合した、心地よいデザインだと思います

ハウジング形状などは初代と同じなので、快適な装着感もそのままです。一見これといって奇抜なデザインではないのですが、人間工学をよく考えて作られたと実感できる、素晴らしいフィット具合です。

イヤーパッドはアラウンドイヤー型としては最小限のサイズですが、厚みがあり、フカフカと耳の周囲に密着します。ヘッドバンドはゴムで釣っている、いわゆるAKG K701シリーズと同じスタイルなので、面倒な調整は不要で、装着するだけで自然に頭の形状に合わせてくれます。可動範囲はK701シリーズと同じくらいだと思いました。

一本の棒で左右のハウジングを釣っています

ヘッドバンドは快適です

本体にゴムパーツなどを多用してあり、装着時は柔軟にグニャグニャとねじれることで、ピッタリした密着を得られる仕組みです。ドライバハウジングが四本のゴム棒で宙吊りになっているのがユニークですね。ヘッドバンドは、左右のハウジングにそこそこ重量と厚みがあるのに、一本の針金みたいなアーチで釣ってあるだけで、あまり剛性がありません。

普段HD800みたいにハウジングとヘッドバンドがカッチリと一体化しているデザインに慣れていると、NightHawkは慣れるまで不安定に感じるかもしれません。アイデアとしては、AKGの2本アーチをさらに柔軟にさせた感じです。実際に装着してみると、長時間のリスニングでも非常に快適です。

標準のレザー調(左)と今回新たに同梱しているベロア調パッド

ピンで固定するタイプなので手軽に交換できます

イヤーパッドは、初代はレザー調のみだったのですが、Carbonモデルではレザー調とベロア調の二種類が付属しています。出音部分のメッシュにLとRのマーキングがあるのはカッコいいと思いますが、それに気がつくまで左右の判別に戸惑いました。

プラスチックのピンで固定されているだけなので、引っ張るだけでパチパチと外れるため、交換は容易です。後述しますが、このパッド素材によってサウンドがかなり変わるので、試聴の際には両方試してみることをおすすめします。

開放グリルメッシュのNightHawk

密閉型のNightOwl

NightHawkは開放型ヘッドホンということで、ハウジング中心に開放メッシュがあるのですが、今回登場した密閉型のNightOwlはその部分にドーム状のカバーがついているだけで、それ以外の部分はNightHawkとまったく一緒のようです。

この密閉カバーはハウジングと同じ木材ではなく、叩くとカチカチと音がする、薄いプラスチック素材かなにかなので、一見ただのフタのように思えますが、公式サイトの解説によると、内部に反響を緩和させるような音響パーツが盛り込まれているそうです。肝心なパーツなので、せっかくなら内部写真とかも見てみたいですね。

ケーブルが新型になりました

Carbonモデルの一番目立つ変更点は、ケーブルが新型になったことです。初代NightHawkのケーブルは、捻れやすい布巻きフラットケーブルで、私の個人的な感想としては、ゼンハイザーHD700に次いで、「使用感が最低なケーブル」のひとつだったのですが、今回Carbonでは円形のゴムケーブルになりました。

初代は2.4m、Carbonは1.3mと短くなったのは家庭用ヘッドホンとしては残念ですが、カタログによると、初代はSolid Perfect Surface Copper + (PSC)と書いてあるところ、CarbonではLong Grain Copper (LGC)と書いてあるので、中身の線材も変更されているようです。実際どちらが高級なのかは不明ですが、後述するように音質はかなり変わりました。

初代のSolid Perfect Surface Copperというのは、Audioquestが以前から一部のスピーカーケーブルで使っていた、一本の太い銅線のいわゆる「単線ケーブル」だと思うので、たとえばパン屋でビニール袋とかを閉じるときに使う針金のビニールタイとかと同じで、曲げるたびにクセが付いてどうしようもなかったのですが、今回Carbonで採用されたLong Grain Copperは単線とは書いていないので、たぶん普通の撚り線だと思います。

ちなみに初代はねじれが凄まじいケーブルだったのですが、Carbonのケーブルは外皮ゴムがベタベタしており、今度は別の意味で酷いケーブルです。太さや外観は、一見Gradoヘッドホンのケーブルっぽいのですが、それがツルツルではなくベタベタになったような感じです。写真を撮るときも、ホコリがくっついて大変でした。

この辺は国産メーカーとかのほうが、滑りやすい加工とか、実用性重視で設計しているので、改めてその地道な努力に感謝したくなります。一方Audioquestとしては、音が良ければそれでいいだろう、という程度の感覚なのでしょう。

初代NightHawk (左)とCarbon(右)

ヘッドホン側のコネクタは左右両出し2.5mmコネクタの着脱式です。HIFIMANとかに使ってみるのも面白いかもしれません。

Carbon(上)と初代NightHawk(下)

DAPで使うには、ちょっとデカイですね

3.5mm端子は、L字ともストレートとも言えない中途半端な形状で、柔軟性はそこそこあるのですが、いかんせん巨大なので、DAPなどに接続すると不釣り合いに見えます。

新型ケーブルはY分岐の部分にマイク用のボタンがあります

アンプ側は3.5mmステレオ端子で4ピンなので、一見グラウンド分離ケーブルかと思ったのですが、実はCarbonのケーブルにはY分岐部分にマイクが内蔵されているためでした。つまり、バランスケーブルではありません。

ちなみにカタログによると、3.5mm端子はTeCu(テルル銅合金)で造られているそうです。銅に0.5%くらいテルルという元素を入れることで、削ったり加工しやすくなるので、ネジとかスイッチとかによく使われる合金です。それで音質が良くなると主張しているわけではないみたいですが、その上に厚めの銀メッキされているので、きっと品質は良いのでしょう。

付属している6.35mm変換アダプタも、さすがケーブルメーカーAudioquestだけあって、よくある金色のゴミみたいなやつじゃなくて、ちゃんと同社ブランド製の銀メッキ高品質アダプタだそうです。こういうのは普段重宝するので嬉しいです。

試聴機だったので、付属ケースは残念ながら写真に撮れなかったのですが、初代と同じように、長方形のスポンジ入りレザーソフトケースです。ベイヤーダイナミックDT880とかのケースと同じような感じで、収納には便利だと思いますが、携帯性は皆無です。本体も折りたたみ式ではないですし、ケーブルも太く、ケースも大きい、といったところで、ポータブル用ではないということを明確にしています。

音質とか

今回の試聴には、あいかわらず普段使い慣れているCowon Plenue Sを使いました。

NightHawkシリーズはどれも25Ω・99dB/mWということで、能率は若干低めですが、ポータブルでも駆動に苦労するほどではありません。

ためしに据え置き型アンプChord Hugo TTでも試してみましたが、アンプの違いはあれど、ヘッドホンそのものの印象はそれほど変わりませんでした。きっとAudioquest Dragonflyでも十分に駆動できることを念頭に置いて設計されたのでしょう。

NightHawk Carbon

前置きとして、2015年に登場した初代NightHawkは、決して悪い商品だとは思わなかったのですが、今あらためて思い返してみると、私にとってはあまり印象に残らないヘッドホンだったようです。残念ながら購入には至っていません。

初代NightHawk発売当時の事前情報では、かなり独創的な最先端技術を投入した革新的ヘッドホンだ、という触れ込みだったのですが、いざ実物を試聴してみたところ、まあそこそこ普通な中堅クラスのヘッドホンだった、というのが私の率直な感想です。

デザインも上質で、内容にハッタリが無く、入念に設計された感はヒシヒシと伝わってきたのですが、サウンドは「値段相応に良い」といった印象で、日々続々と登場している新作ヘッドホンの中で、頭一つ抜けておらず、埋もれてしまうといった感じです。

当時の7万円台という値段も、もうちょっとで大手メーカーのトップモデルに手が出せる価格帯なので、中途半端に高価な新参モデルといった印象を受けました。5万円と10万円の中間というのは難しい価格帯だと思います。

とくに、当時Audioquestが主張していた、ヘッドホンの固定概念を破る、スピーカーからインスパイアを受けたリスニング体験、というのも、普段他社のヘッドホンを色々と聴き慣れている耳からすると、ちょっとクセの強いチューニングのように感じました。

私にとって初代NightHawkの印象は、たしかにスピーカーリスニングっぽさは十分伝わったのですが、それが、たとえば音響を整えた専用リスニングルームで巨大なハイエンドスピーカーをモノブロックパワーアンプで駆動する、みたいな体験ではなく、もっと庶民的な、たとえば液晶テレビの傍らに20万円くらいのトールボーイスピーカーを無造作に置いて、AVアンプで鳴らす、みたいな雰囲気の「スピーカー体験」に近かったです。

これは同じくスピーカーサウンドを目指しているB&W P7やP9ヘッドホンなどを聴いても同じ印象を受けたので、スピーカーっぽいチューニングという類似性はあながち嘘では無いのでしょう。B&Wヘッドホンの場合も、同社の最上位スピーカーB&W 800や802を存分に鳴らした時のようなサウンドではなく、言ってみれば友人宅に遊びに行ったらリビングルームに普及クラスのB&W 600シリーズが置いてあった、といった雰囲気を味わうものだと思いました。

変な例ですが、最近VRゴーグルとかが話題になっていますが、リアルなドライビング・シミュレーターが体験できるということで試してみたら、F1レースとかではなくて、プリウスで街道を安全運転するシミュレーターだった、みたいなことです。

その点、このあいだFocalがUtopiaスピーカーシリーズを参考に作ったというUtopiaヘッドホンは、50万円という高価な値段相応に十分な説得力があり、とてもいい線を行っていて素直に感心しましたので、総じてスピーカー云々といっても、奥が深い世界だと思います。

NightHawkの場合、低音はリスナーを緩く包み込み、高音もピンポイント定位ではなく広範囲に放射する、中域メインの、ほんわか聴きやすい、リビングルーム音響を含めたスピーカーっぽさに近いです。

それらは根本的な問題ではなく、チューニングの塩梅が個性的なだけなので、実は今回の「Carbon」アップデートでその辺をどう変えてきたのか、密かに期待していました。

前置きはさておき、初代NightHawkとNightHawk Carbonを聴き比べてみると、たしかに明確にわかるくらい音質は良くなっています。音質の差を数字やスコアで表すのは不可能ですが、たとえば二倍、三倍といった大それた変化ではなく、同じ路線を維持しながら20%、30%といったレベルで、着実に向上していることが体感できました。

あいかわらず、このヘッドホンの魅力は、中低域の盛り上がりが主体で、刺さる高音や圧迫する低音といった耳障りな要素を確実に取り除くことを優先したような、極めて穏便に「丸く収まっている」仕上がりです。

では初代NightHawkとCarbonで何が変わったかというと、中低域の鈍いモヤモヤ感がある程度解消され、そこそこ主張するようになってきた感じです。

初代NightHawkで具体的に悪い点だと思ったのは、「スピード感が無い」ということに尽きます。勝手な想像ですが、ハウジング内部やイヤーパッド内のスペース余裕が少なく、ドライバ以外のパーツが複雑な音響を形成しており、ほとんどの帯域がダブっているようにコッテリ厚く聴こえてしまいます。

自慢のリキッドウッド製ハウジングは、金属やプラスチックよりも高音の響き(金属音やカツンという硬さ)を押さえ込むことには成功しているようですが、その半面、低域から中域にかけては、スピード感を鈍らせる響きがあるように思えます。

そのため、音像はかなり緩くせめぎあい、明確な空間定位は生まれません。オーケストラの最新録音などで必要な、広々とした立体空間や、ピンポイントでこの楽器はここ、という配置ではなく、なんとなくアバウトに音の塊が「そのへん」に漂っている感じです。

そんな、ぬるま湯のような煮え切らないサウンドのせいで、たとえば大好きな歌手の声質など、真剣にしっかり聴き取りたい要素がパリッとせず、「あとちょっと解像してくれれば・・」とヤキモキすることが多々ありました。なんだかカメラのピントが合ってないようなもどかしさです。

Carbonバージョンでは、その歌手と背景の分離がそこそこ良くなり、聴きたいところが聴きやすくなった、という印象を受けました。相変わらず高音も低音もマイルドなので、中域重視であることには変わりありませんが、もどかしいと感じることは少なくなったことは確かです。

中域のメリハリ具合はB&W P7・P9に近くなった感じで、それらの迫り来る低音を、もっと自然に落ち着かせたのがNightHawk Carbonだと思います。

また、音色の温暖で聴きやすい感じはPhilips Fidelio X2なんかも似たような雰囲気ですが、X2のほうが開放感があり淡々としています。あとはFinal AudioのSonorous IIIとかも、中域の厚さとリスニングに特化したカマボコ特性が似ていると思いました。

Carbonで中低域が聴き取りやすくなったのは、新型ケーブルに依存するところが大きいようです。ためしにCarbonのケーブルを初代NightHawkに装着してみたところ、Carbonで感じたスッキリ具合がそこそこ実現できました。

ただ、やはりCarbonの方が全体的にサウンドが整っていて、瞬間的な出音のぬるい感じが改善されているので、内部にもなにかしらの音響チューニングがあったのかもしれません。

ケーブルよりも効果に驚いたのは、イヤーパッドでした。従来のレザー調と比べて、新たに選べるベロア調パッドは個人的にかなり良い結果が得られました。

そもそも、このNightHawkというヘッドホンは、開放型でありながら、ハウジングやイヤーパッド由来の音を常に意識してしまうような鳴り方です。極端に言えば、ゼンハイザーHD25やオーディオテクニカATH-M50xのように、内部空間が狭く、ドライバから耳までの余裕が無い、コンパクトオンイヤー密閉型ヘッドホンに近いイメージだと思います。実際、このNightHawkのドライバを、オーディオテクニカATH-AD2000Xみたいな骨組みだけの完全開放フレームで聴いてみたら、一体どんな音がするんだろう、なんて想像してしまいます。

レザーパッドの場合、顔の側面にピッタリと密着するので、ドライバと鼓膜までの空間が密閉され、音の逃げ場が無い感触があります。一方ベロアパッドを装着すると、耳まわりの空間に若干の「逃げ」ができるため、出音のコッテリ感が薄れて、スピーカー的という意味でも、よりリラックスできると思いました。

ベイヤーやAKGなどのモニターヘッドホンだと、レザーからベロアパッドに変えるとエッジやパンチが損なわれる、なんてよく言われますが、そもそもNightHawk自体エッジやパンチとは無縁のサウンドなので、メリットがデメリットを上回るようです。どちらか選べと言われたら、私だったら確実にベロアパッドを選ぶと思います。

新型ケーブルとベロア調パッドはどちらも良好なサウンドが得られたので、もし初代NightHawkをすでに所有していて、もうちょっと爽快感が欲しいな、なんて思っているのであれば、ケーブルとパッドをオプションで購入できるようになれば、それだけでもかなり違った表情が得られると思います。ただし、もしかしたらNightHawk Carbonに買い替えたほうが安くつくかもしれませんね。

開放型と密閉型の違いで音質はけっこう変わります

NightHawk Carbonを一通り試聴してみたあとに、次は密閉型のNightOwl Carbonを聴いてみました。

この兄弟モデルは本当に一長一短といった感じで、何度聴き比べても、どっちが好みなのか、なかなか決められません。NightOwl Carbonは、まさに「開放型を密閉型にしたら、こうなるよ」という見本のようなサウンドです。

開放型のNightHawk Carbonではフワフワしていて実在感や主張が弱かった高域が、NightOwl Carbonではそこそこカッチリ明確に出てきてくれて、ノリがよく楽しめるサウンドになっています。アタック感がキツイ、というほどではありません。そのため、中高域にかけては、このNightOwlのほうが好きでした。

その反面、低音は密閉型らしくズンズンと響くようになってしまい、圧迫感が強まっています。

体感的に低音の量が増えた、というのもありますが、それよりも、NightHawkは低音域の音像が緩かったので「前方の、だいたいそのへんで鳴ってる」といったアバウトな現実味があったのですが、一方NightOwlでは、明らかに左右のハウジングから鳴り響いているように聴こえる音像表現になっています。

NightHawk同様、レザーからベロアイヤーパッドに変えることで幾分か中低域の厚みは控え目になりますが、それでも本来NightHawkが実現していたふわっとしたリラックス具合とは異なり、いわゆるストリート系密閉型ヘッドホンの低音に近いです。遠方のティンパニやコントラバスなどでは気になりますが、ポピュラー系ジャンルでキックドラムなどの定位が現実的でない音源では問題ないかもしれません。

そういえばB&W P7・P9とかも密閉型で、低音がこんな鳴り方だな、なんて思い出したので、傾向の繋がりが見えてきます。やっぱり開放型と密閉型という違いはそれなりに重要なようです。

第一印象では、NightOwlのほうが、「普通の」ヘッドホンに近い鳴り方で、NightHawkよりもこっちのほうが良いかなと思ったのですが、でもやっぱりAudioquestの個性を味わうにはNightHawkの方がしっくりきますし、何をもってして優れているのか、なかなか評価が難しい結果となってしまいました。

おわりに

数年前に初代NightHawkの開発が進められていた頃、その当時のハイエンドヘッドホンというとまだ数が少なく、HD800やT1などを筆頭に、高域が明快で、響きは限りなくゼロに近い方が好ましい、見かけ上の解像感重視のサウンドチューニングが主流だったと思います。

スピーカーケーブルメーカーのAudioquestがそんなヘッドホン事情に満足できず、「もっとスピーカーリスニングに近い体験を実現したい」と思い立ったのも、納得できます。

しかし、2015年以降のヘッドホンの傾向を見ると、ゼンハイザーやベイヤーダイナミックを含む、多くの大手ヘッドホンメーカーが、従来のような分析的サウンドと決別して、より中域の質感や深さ、アーティストの実在感、聴き疲れの低減といった、まさにスピーカーリスニングに近づけるアプローチに方向転換しています。

ドライバやハウジングの技術面での進歩もあるのでしょうけど、それよりも、むしろ最近では、プロっぽさとは一味違った「リスニング用ヘッドホン」というジャンルそのものが、急速に熟成してきた気がします。

つまり、Audioquestが主張しているNightHawkシリーズの「スピーカーらしさ」というのは、2017年現在では、けっして珍しいアイデアでは無くなってしまったのかもしれません。

ただし、ヘッドホンメーカー勢が旧世代のアイデンティティと新世代のサウンドの妥協点を模索して試行錯誤している中で、ゼロから始まったNightHawkはそもそも古典的モニターヘッドホンサウンドを念頭に置いていないからこそ、より大胆な音作りに仕上がっているようです。

それが良いか悪いかという事ではなく、たとえば、ヘッドホンの性格を示すバロメーターがあったとして、片方にはHD800やT1などを筆頭とする、旧来のヘッドホンマニアに人気があるハイエンドモデルが君臨していたとすれば、NightHawkはその反対側に位置するヘッドホンだと思います。

オートバイに例えると、自家用でもレーシングマシンさながらの超ハイテクモデルを崇めるライダーがいる一方で、クロムメッキピカピカの重厚なハーレーみたいなのを愛するライダーもいます。どちらが好みであれ、「このフィーリングが良いんだよ」と言われてしまったら、反論の余地もありません。

スペック性能で比較するとしても、NightHawkはちゃんと低ノイズ・低歪みを念頭に置いて設計されていると公式サイトに書いてありますし、逆に、じゃあ他社ヘッドホンはノイズや歪みが酷いのかというと、そういうわけでもないので、ようするに実用上では大差ないというか、こういうのは言ったもの勝ちみたいな部分もあります。

今回新作のCarbonシリーズを試聴してみた結果、私みたいなヘッドホンマニアからすると、価格帯としては上出来で、「あとちょっと」、非常に惜しいところまで来ているヘッドホンだと思いました。

本質的に一番難しい「音色」の部分は良い感じなので、スピーカー的というコンセプトを維持するためにも、これ以上のドンシャリな解像感とかパンチみたいなものは不要だと思います。たとえばNightOwl Carbonの高域の明確さをキープしたまま、もうちょっとハウジングの主張を消して、中低音のクリア感を整えることができれば、個性派モデルの類を脱却して、ハイエンド価格帯のヘッドホンとも張り合える、かなり上等なヘッドホンになる予感がします。(代弁者ではないので、ただの勝手な意見です・・・)。

現在のNightHawkの売り方を見ると、なんとなく、B&W P7・P9やFocal Spiritのことを思い出します。フランスの超大手スピーカーメーカーであるFocal社が数年前にSpiritシリーズヘッドホンを発売した際、広報パンフレットでは、Focalスピーカーのサウンドを継承する前代未聞の音楽体験、みたいな触れ込みだったのですが、実際に試してみると、けっして悪い物ではないのですが、オーディオテクニカATH-M50xみたいなDJヘッドホンで、まあ厚みのある普通なサウンドだな、という印象しかありませんでした。

しかし、Focalの場合、その後研究開発を勧めることで、2016年には、上位モデルElearとUtopiaという、マニアも唸るような素晴らしいヘッドホンを発表しました。

B&WやFocalの場合は、背後に「高級スピーカーの大手メーカー」という実績があるのがブランドイメージの強みだと思います。一方Audioquestは、そもそもケーブルのメーカーなので、この先にどこまでやる気があるのか、伸びしろがあるのか、ポテンシャルが見えにくいです。(そう考えると、やっぱりフルテックと似てます。あちらもケーブルがメインで、ヘッドホンやDACなどを色々小出しに展開していますが、どこに向かっているのかよくわかりません)。

Audioquestが今後どのような進展を見せるのか、そこが個人的にとても気になります。

たとえばベストセラーの小型USB DAC「Dragonfly」を中心に置いて、同価格帯でコンパクト・ポータブルに適したヘッドホンなんか面白そうですし、逆にNightHawkのコンセプトをさらに突き詰めた、据え置きメインの大型モデルなんかも不可能ではありません。

今の段階では、NightHawk CarbonとNightOwl Carbonという両モデルを平行販売していること自体が、(さらに細かい点では、今回ケーブルが短くなり、通話用マイクが搭載されたり、ベロアパッドが付属したりなど)携帯ポータブル機でも据え置きハイエンド機でもない、なんだか微妙な立ち位置にあることを体現しているように思えます。

もしかしたら、この「ちょうどよい中途半端さ」が、排他的にならず、幅広いユーザー層に受ける大きな魅力なのかもしれません。

最近のヘッドホンマニアは、イヤホン・ヘッドホン以外に興味が無く、スピーカーオーディオの存在すら否定しがちな人が多いと思いますが、ほんの10年前くらいまでは、「音楽鑑賞用ヘッドホン」の存在意義というのは、深夜とか家庭の事情とか、何らかの理由でスピーカーオーディオが使えない時の代用としての「アクセサリー」というイメージが強かったです。そして今でもそういった需要は大いにあります。

私自身は今回ヘッドホンマニア目線として試聴してみたわけですが、そんな古くからの「ホームオーディオファンのアクセサリ」という意味でのヘッドホンとしては、このNightHawk Carbonは、よく考えられた、ベストに近いモデルのように思えてきます。