2017年12月19日火曜日

いろいろ試聴記 MrSpeakers AEON Flow Open-Back

いろいろ試聴記の六回目は、米国のヘッドホンメーカーMrSpeakersから、AEONヘッドホンの開放型バージョンが登場したので試聴してみました。公式名称は「AEON Flow Open-Back」というそうです。

MrSpeakers AEON Flow Open & Closed

AEONは上位モデルETHERよりも扱いやすいヘッドホンとして、まず密閉型バージョンが2017年6月に登場したのですが、好評のため「ぜひ開放型も」という要望に答えることになりました。価格は10万円くらいと、本格的な平面駆動ヘッドホンとしては安い方なので、主要なダイナミック型ヘッドホンと勝負できる面白い価格帯になります。


AEON Flow Open-Back

近頃アメリカを中心に平面駆動型ヘッドホンの支持者が急増しており、MrSpeakersといえば、それに特化したヘッドホンメーカーとして注目を集めています。そもそもFostex RPシリーズの平面駆動ドライバーを流用したカスタムモデルを手売りするところからビジネスが始まっただけあって、平面駆動への思い入れは人一倍強いメーカーです。

AEONよりも上位モデルにあたる27万円の「ETHER Flow」はAudeze LCDなどに倣った大型ヘッドホンなのですが、このAEONは軽量コンパクトなハウジングで、よりカジュアルに平面駆動サウンドを味わえるヘッドホンといったコンセプトです。

数ヶ月前に先行して発売した密閉型AEONを試聴した時の感想は、単なるコンパクト廉価版ではなく正真正銘のハイエンドヘッドホンだという説得力がありました。ETHERよりもこっちのほうが気に入る人も多いだろう、と思えるくらいです。

ドライバーには独自のV-Planarと呼ばれる蛇腹型振動板の平面駆動ユニットを搭載していますし、出音面にTrue Flowという整流板を配置しており、コンパクトモデルであっても妥協せず、上位機種ETHERと同じドライバー技術をそのまま縮小して搭載していることが大きな魅力です。

ちなみにETHERではTrue Flow整流板の有り無しで二種類のモデルがありましたが、AEONではTrue Flowは必ず搭載しているため、モデル名は「AEON Flow Closed-Back」と「AEON Flow Open-Back」になります。

しかし平面駆動型というと、巨大な板状マグネットに挟まれた薄膜に信号を流して振動させるという仕組みから、大型で重く、しかもアンプに高パワーを要求するため、原理的にコンパクトポータブルヘッドホンには向いていない構造です。開放型AEONが321g、密閉型が328gなので、フルサイズとしては軽く、ポータブルとしては重いという微妙な数字です。例えばゼンハイザーHD800が330gです。ETHER Flowが開放・密閉それぞれ390g、430gなので、たしかにAEONの方が軽いですが、そこまで大きな差というわけでもありません。

AEONはどちらもインピーダンスは13Ωで、開放型が95dB/mW、密閉型が93dB/mWということで、ほとんど変わりません。ETHER FLOWは23Ωで96・92dB/mWだったので、ドライバーが小さくなった分だけインピーダンスが下がったようです。

どちらにせよ、能率が悪いのにインピーダンスが低いという、ヘッドホンとして扱いにくいパターンなので、とくに優秀なヘッドホンアンプが必要になります。出力の弱いDAPなどでは音量不足もしくは音割れしてしまい、出力が強くても出力インピーダンスが高い据え置きアンプなどでは音色が影響を受けやすいです。

実際に聴いてみると、Plenue S DAPでもそこそこ鳴らせましたが、できれば本格的なヘッドホンアンプで駆動するのが望ましいです。そんなところもAEONがポータブル用途と言い切れないことを表していると思います。

開放グリルになりました

AEONのハウジングデザインは密閉型でカーボンパネルだった部分が開放グリルになっただけの違いです。大柄なETHERと並べて比べてしまうと小さく見えますが、れっきとしたアラウンドイヤー型です。

折りたたみなど収納は考慮されていないため、やはりポータブルにはあまり適していないデザインです。縦長な楕円ハウジングはSHURE SRH1540やAudioquest NightHawkなんかとサイズ感が似ています。

内部に詰め込む白いフィルターがあります

イヤーパッドも密閉型・開放型ともに同じものを使っており、合皮だそうですが非常に厚くフカフカして肌に密着するので、装着感は優秀です。イヤーパッド内部に挟み込む厚手のフィルター素材も付属していました。これを任意で入れることで音色がマイルドになるようですが、そもそも派手なサウンドのヘッドホンではないので、フィルター入りだとモコモコして、私は使いませんでした。

バネのようなヘッドバンドはとても軽いです

ヘッドバンドが二つのワイヤーのみなので、軽量化に大きく貢献しています。AudezeやHIFIMANとかも見習ってほしいです。頭に乗せる部分は本皮で、調節スライダーは若干の摩擦で保持しています。上下はハンガーが軸回転しますが、前後の角度はワイヤーのねじれでフィット感を得るようなデザインなので、頭の形状によっては上手くフィットしないかもしれません。

ケーブルは扱いやすいです

独自のコネクターを採用しています

ケーブルは密閉型AEONと同じもので、左右両出しで着脱可能な1.8mのものが付属しています。布巻きというよりは、編み込みチューブの中に線材が通してあるだけのシンプルな構造なので、ゴムのような弾性がなく、紐みたいに柔軟に扱えます。

着脱コネクターはMrSpeakers独自のもので、しっかりロックして外れにくい優秀なデザインです。米国公式サイトで端子のみ安価で単品販売しているので自作マニアにも喜ばれます。

ところで、私が使った試聴機では、密閉型AEONのケーブルが左右逆に配線されていました。ヘッドホンへの付け間違えではなく、ケーブルのラベルが左が赤、右が黒になっているのです。開放型AEONはもちろん左右が正しかったので、聴き比べた瞬間に「あれ?なんか変だぞ」と気が付きました。単純に製造ミスだと思うのですが、ここまでテストされず誰も気づかないというのが、ガレージメーカーの弱点です。高価なヘッドホンなのだから出荷前の検査をしっかりやってほしいです。

音質とか

これまでは密閉型のみだったのでポータブル用というイメージが先行していましたが、開放型が登場したことで、また見方が変わってきます。とくに私自身も同じく開放型&平面駆動型のHIFIMAN HE-560を愛用しているので、このジャンルのヘッドホンが嫌いというわけでもありません。

音量とかはあまり変わりません

密閉型・開放型ともに平面駆動らしいサウンドで、余計な金属音などで濁ることがなく、アタック部分が素直に出てくれます。HIFIMANなどと比べると録音環境の音響(室内リバーブ)は豊かで充実しているのに、楽器の音色そのものはクリーンで付帯音が少ないという組み合わせはヘッドホンとしては結構珍しいと思います。

とくに、上位モデルETHERよりもAEONの方が整然としていて楽器の引き際が速く、モニター調に近いということは、密閉型AEONの時に書きました。一方ETHERはハイエンドらしく低音の盛り上がりや音色の響きのクセなんかは上手に仕上げていて、よりリスニング向けのチューニングです。

今回は密閉型と開放型AEONを交互に聴き比べてみたのですが、スペック上でもわかるように音量差はほとんどありません。たとえば、このあいだ試聴してみたAudeze SINEの場合は、開放型バージョンは大幅に音量が増しており、リスニング中に両手で開放グリルを塞いでみると一気に音量が下がってしまうという明確な効果がありました。しかしAEONでは開放型のグリルを両手で塞いでも音量や音色はほぼ変わらず、空気感や響きが死んで息苦しくなるような効果が聴き取れるのみです。単純に密閉型・開放型と言っても、メーカーごとに設計概念が全く違うということを思い知らされます。

開放型になることで、音色というよりも音響空間にとても大きな差が感じられました。密閉型AEONが実はけっこう暗く閉鎖的なサウンドだったことに、開放型AEONを聴くまで気が付きませんでした。比較すると、密閉型AEONはエコーのような反響が多い密室にいるように思えてしまいます。

楽器そのものの音像位置はどちらも同じで、リスナーから数メートル離れたくらいの距離感でしっかり安定しています。しかし楽器を取り巻く音響の聴こえ方が全く違います。密閉型AEONでは、楽器の位置からリスナーの耳に「向かって」エコーやリバーブのような音響が迫ってくるように聴こえるのに、開放型AEONでは同じ位置からリスナーとは逆の方向に「遠ざかって」いくようです。これは明らかにハウジング設計の違いによるものだと感じました。

この開放型らしい音響効果のおかげで、AEONがよりモニター調っぽくなったかというと、むしろ逆に、もっと聴きやすくリスニングに適したサウンドに進化したようです。

密閉型AEONでは録音に含まれている残響音が楽器と同じ質量でリスナーに向かって来るので、空間音響が嫌でも聴こえてしまい、「このホールの響きは・・」とか「これはスタジオの疑似リバーブだな」なんて、むしろ分析的になってしまいます。その壁を越さないと楽器音にたどり着けないということです。開放型では楽器の音色が前面にあり、その背後に響きが広がるという本来あるべきサウンドなので、私はこっちのほうが好きでした。

開放型AEONの弱点としては、楽器の音色そのものの美しさが今一歩足りないと思いました。一通りしっかりと鳴っているのですが、艶やかさとかそういった美音を生み出す能力は弱いようです。密閉型AEONでは空間音響の取り巻きに埋もれてある程度ごまかせていたのですが、開放型になることでそれが露出して目立つようになってしまったのでしょう。

雰囲気豊かなサウンドなのですが、しかし最後の一歩の鮮明さが足りていないようで、淡々と丸い音の連続といったイメージです。たとえば協奏曲なんかを聴いてみると、オーケストラが丸く、ソリストも丸く、なにもかも暖かい雰囲気に包み込まれて、なにかがギラッと特出して目立つことが無く、ジャズのドラミングを聴くと、ハイハットが常にソフトに鳴り続けているようで、ザックリ荒々しい尖ったサウンドにはならない、といった感じです。

美しさなんて言うと、不正確で陳腐な表現と指摘されるかもしれませんが、やはりその辺はダイナミック型ドライバーの方がソロ楽器そのものの音色を聴いていて美しいと感じることが多く、一枚上手なようです。平面駆動だと不可能だというわけでもなく、そこはAEONよりもETHERの方が良い音色を奏でるので、平面駆動は敷居が高いというのはこういうことでしょう。

なんだか、ダイナミックドライバーの場合は低価格だとひとまず音色の美しさで勝負して、高価になるにつれてより全帯域が均一に鳴るように進化するのですが、平面駆動ドライバーではまず最初に全帯域が均一であって、そこから高価になることで音色の美しさが上乗せされるという、まるで真逆の進展が窺えるようです。

おわりに

開放型AEONはメインヘッドホンとして常用できるかどうか、というと、個人的にはサウンドの方向性が趣味に合わないようで購入には至りませんでした。チューニングが悪いとか間違っているというわけではなく、メーカーが理想とするリスニング音響に振った感じなので、好き嫌いが分かれるように思います。

周波数特性も音響も音場展開も合格で、値段も10万円くらいで、軽くて装着感も良くて、「これは一台買っても損はない」と思うところまでは行ったのですが、結局「ずっとこのまま聴いていたい」という思わせるような一押しが足りかったです。逆に、聴き疲れしないリラックスした音響に包まれたいけれど、誇張された濃い音色は勘弁、という人にはピッタリのヘッドホンです。

これより大きな重量級ヘッドホンを買ったものの、長時間着けていられないとか、なかなか腰を据えて活用する時間がないという人も多いみたいなので、AEONくらいが大袈裟にならなずにちょうどよいと思います。