Grado GH1 |
Gradoはニューヨーク・ブルックリンに本拠地を構えるオーディオメーカーで、主にヘッドホンとレコードプレーヤー用の針(カートリッジ)を製造している小さな会社です。
日曜大工のようなルックスのGradoヘッドホンは、完全開放型で遮音性は皆無、そして刺激的な音色ということで、コアなマニアが惹かれる個性的な逸品です。
2015年7月に発売されたGrado GH1は、新規ヘリテージ・シリーズの第一号機で、本拠地ブルックリン近郊で伐採されたメープル木材を使用した、同社の歴史を振り返るといった趣向のモデルです。木材の数が限られているため、限定1,000台ということで、在庫は少ないようです。
Grado社は1950年代からレコード針を製造しており(私も愛用しています)、そして1980年代からヘッドホンも作りはじめた老舗メーカーです。2015年に創業者のジョセフ・グラド氏が惜しまれつつ亡くなり、現在は彼の甥であり弟子のジョン・グラド、その息子のジョナサン・グラドが事業を引き継いで運営しています。
実際の会社運営は1990年から弟子のジョン・グラドが主導していたため(つまりヘッドホン製品はほぼジョンの構想なので)、創業者が亡くなった今でも、その意志を受け継いで順調に製品開発を行っています。
Gradoのヘッドホンは一部低価格品を除いて、すべて本社のあるニューヨーク・ブルックリンで手作りで製造されており、その稚拙なルックスから「民芸品」「日曜大工」などとからかわれているのですが、一度その音色を聴くと虜になってしまう魔力があります。
これまでのGradoヘッドホンはいくつかのクラスに別れており、低価格なプラスチックのSRシリーズから、マホガニー木材を使ったRSシリーズ、金属ボディのPSなどがあります。
基本的にどのヘッドホンも全体的なデザインは同じで、ハウジング材質やケーブルの太さ、イヤーパッド形状以外では見分けがつきません。そのため、1万円のエントリーモデル「SR60」と、10万円のハイエンドモデル「RS1」の違いが明確ではなく、一部では、「Gradoはどのモデルでも全部同じドライバを使っている」などと噂されています。
実際に比較試聴してみると、確かに高価になるにつれて明確な音質向上が感じられるのですが、技術的になぜそこまでの差が出るかは謎に包まれています。そのためHead-Fi掲示板などでも論争になることが多いです。
Grado本社工場の写真を見ると、汚らしいガレージのような場所で、パートのおばさんがせっせと手作業でヘッドホンを組み上げている光景が見えるので、これも噂なのですが、「Gradoでは同じドライバを何個も選定して、特性の良い物をマッチングして高価なモデルに使っている」、なんてことも言われています。色々な噂や謎に包まれた、技術というよりも魔術師のような魅力がGradoにはあります。
↓Gradoの公式Youtube動画があります。手作り感が溢れていて、町工場のような雰囲気ですね。
↓さらに、このGrado工場見学のYoutube動画は非常に面白いです。グラド氏のリスニングルームに入ると、そこには何十個ものGradoドライバを装備した大型スピーカーが鎮座してます・・。
Gradoのヘッドホンは高スペックという概念から遠い世界にあるため、実際にInnerfidelityなどの測定グラフを見ると、散々たるパフォーマンスなのですが(歪み率が一般的なヘッドホンの10倍だったりします)、それでも音が良い!音楽に感動がある!というファンが多いです。
スポーツカーの世界では、ドライブが楽しめる自動車を作るメーカーと、世界最高スペックを目指すメーカーがありますが、それらの優劣を比較したところで無意味です。
世界中で無粋な測定スペック信者と、自分の心を信じるGrado信者の間で論争が繰り広げられているのが面白いですが、そういった意味では芸術品に近いのかもしれません。
これまでのGradoヘッドホンについて
Grado GH1について語る前に、これまでのGradoのラインナップについて簡単にまとめます。左からSR80、RS1、PS500 |
低価格帯のSRシリーズはプラスチックの筐体で、音質もワイルド系のチューニングなので、大抵のヘッドホンマニアは上位クラスのRSかPSシリーズを購入します。私が最初に購入したGradoのヘッドホンはSR125で、10年以上前に初めてアメリカ旅行に行った時に購入して、ワクワクした記憶があります。
それから数年後、上位モデルが気になり、RS1iを購入しました。今回のGH1は三台目のGradoヘッドホンになります。Gradoレコードカートリッジのほうも、すでに四種類使っているので、実はGradoのファンかもしれません。
SR325 |
SRシリーズ最上位の「SR325」というモデルだけは異例の人気商品で、このモデルのみプラスチックではなくアルミのハウジングを採用しています。エッジの効いた極めて個性的な音色のため、ハードロックやメタルのファンに愛用されている銘器です。(ただし高価なハイエンドヘッドホンに慣れている人は、SR325ではクセが強く厳しい部分があります)。
SRよりも高価なRSシリーズはマホガニー材のハウジングを使っており、8万円のRS2と10万円のRS1があります。濃い茶色の木材を削り出しているので、民芸品の熊の木彫りなどを彷彿させます。RS2とRS1は両者の違いがイマイチ不明瞭で、単純に値段では語れない音質差があるため、好みが分かれます。
このRS2とRS1の中間に9万円のPS500というモデルがあり、これはマホガニー材のハウジングの上にアルミのカバーが装着されており、ルックスと音色ともに、Gradoヘッドホンの中では異彩を放っています。
更に上位機種で15万円のGS1000、20万円のPS1000がありますが、これらは巨大なハウジングとイヤーパッドを採用しており、一見して判別できます。
これら大型モデルは、それ以外の一般的なGradoヘッドホンとは若干音色の傾向が違うため、別物として扱われていることが多く、「Gradoらしいサウンド」というと大抵RS1などを指すことが多いです。
このように、5万円から20万円まで豊富なラインナップのあるGradoヘッドホンの中で、今回9万円で登場したGH1は、一体どのような位置付けなのか、というのはGradoマニア全員が気になっていると思います。
実際、GH1の情報が発表された時点でも、Head-Fi掲示板などで、「これってRS2の木材を変えただけじゃない?」「限定モデルでマニア専用ボッタクリ商品?」などと噂されており、真相は実際に商品が出荷されてから徐々に判明してきました。
私自身も購入には慎重だったのですが、GH1が米国で発売してから1ヶ月ほど経ち、そろそろユーザーレビューなどが出揃ってきたのですが、全体的に非常に好評だったため気になって購入しました。
ただし、このGH1の場合「限定モデル」ということもあり、店頭の試聴機が少なく、実際の所有者のレビューが多いため、買ったからには後に引けず概ね高評価、という部分もあるかもしれません。(大抵ネガティブなレビューを書くのは、試聴のみで購入しなかった人が多いですので)。
Grado 「i」と「e」
最近のGradoヘッドホンを語る上で肝心なのが、「i」モデルと「e」モデルの違いについてです。Gradoヘッドホンは一見するとあまり違いがわからないため、年代などの識別が難しいのですが、大まかに三世代に分かれており、初代のモデルが2008年頃に全て「i」にマイナーチェンジされ、さらに2014年に「e」になりました。たとえばRS1の場合は、RS1→RS1i→RS1eといった感じに進化してきました。
外観上の変化は少ないのですが、肝心のドライバが、RS1とRS1iの世代は40mm、そしてRS1eでは50mmに変更されています。このドライバ変更は音質に大きな変化をもたらしており、賛否両論あります。
具体的には、現行モデルではドライバ大口径化により、低音の量感が増しており、その反面、Gradoヘッドホンの美点であった高音の派手さが抑えられているようです。
たしかに、最近流行している音作りに見習って低音を増強するのは理解できるのですが、高域を抑えることで、Gradoの魅力が半減され、「それだったらGradoを買う意味が無い」というマニアの悲観も理解できます。
さらに、「i」から「e」への変更では混乱する事態があります。まず一つは、正式な名称が「e」に変わる以前に数ヶ月間、「i」モデルなのに「e」の50mmドライバが使用されている時期がありました。事情はよくわかりませんが、もしかすると、GradoとしてはそのままRS1iなどの名称で売り続けるつもりだったのが、明らかに音質が変わってしまったため、急遽RS1eと名称を変えざるを得なかったのかもしれません。
このモデルでは、ドライバと木のハウジングが平面になっています |
もう一つの問題は、「e」ドライバの初期モデルは、ドライバがハウジングよりも数ミリ飛び出している形状のものがあり、このタイプは「音が痛い」「聴き疲れする」とユーザーに不評です。これについても正式な発表はなく、いつのまにか従来通りドライバがハウジングと平行なデザインになりました。今回のGH1も平行タイプですが、一部のユーザーの購入したGH1では飛び出しているそうです。つまりイヤーパッドとドライバの距離感が違うため、音質が変わるのは当然です。
また、PS500eなど一部のモデルでは、ハウジングに「PS500」もしくは「PS500e」と書いてある二種類があるため(どちらもPS500eなのですが)、その辺の統一性も怪しいです。
このように、品質管理が行き当たりばったりで、ギャンブル性が強いのもGradoらしいです。
2014年以降の「e」モデルはドライバが赤いです |
具体的な「i」の40mmドライバと「e」の50mmドライバの見分け方は、ハウジングのグリル側から見て、ドライバが真っ赤であれば50mmドライバです。
そういえば初期のGradoヘッドホンでも、内部配線がピンクのモデルが音が良い、とマニア間で噂になっていた時期がありました。こういった部分もマニア魂をくすぐります。
GH1
Grado GH1 |
前置きが長くなりましたが、GH1についての解説に入ります。
冒頭でも触れたように、GH1はGradoの歴史を偲ぶ「ヘリテージ・シリーズ」という新ラインで、ハウジングの木材が変更された以外では、何が違うのか不明な謎モデルです。
このGH1の木材については公式サイトなどでストーリーが語られているのですが、簡単にかいつまんでみると、Grado本社工場のあるブルックリンは、大都市ニューヨークの中でも住宅街が主体で、比較的緑の多い土地なのですが、最近都市開発のため多くの街路樹が伐採されているそうです。
近所の大木が処分されている光景を見たグラド氏が、地元のシンボルが消えていくことに悲しみ、どうにか有効活用できないかと考え、「そうだ、ヘッドホンを作ろう」、という構想を閃いたそうです。つまりGrado発祥の地ブルックリンの歴史の一部をヘッドホンとして後世に遺すという、粋な企画です。
グラド氏は個人のツテで、地元のサンセット公園から伐採されたメープルの廃材を入手することができ、その大きな一枚板を高々と掲げているグラド氏の写真がパッケージにあしらわれています。
発売前の噂では、既存のRS2eのハウジングをメープル材に変更しただけだ、と言われていたのですが、米国のショップがGradoに確認をとったところ、ドライバもメープル材に合わせて新規チューニングしてある、ということで、全く新規開発のヘッドホンらしいです。
GH1はヘリテージ「シリーズ」ということで、今後も同シリーズで別の木材や、歴史に縁のある商品が展開されるのかもしれません。
単純なバッジや色を変えただけの限定モデルではなく、こういったストーリー性のある商品というのは暖かみがあって良いですね。
パッケージ
GH1のパッケージ |
従来のGradoヘッドホンパッケージを見慣れている人は驚くと思いますが、最近のGradoはどれもこのようなコンパクトな箱になっています。
10万円のヘッドホンが入っているとは思えないくらい簡素な紙パックです。デザインは薄いブルーで、白抜きのヘッドホンシルエットが何となくiPodの広告とかを彷彿させます。
ジョナサン・グラドのサイン入りパンフレット |
ヘッドホンがそのまま入っています |
紙箱のシールをカッターで切って開封すると、中にはGH1ヘッドホンについての解説と、ジョナサン・グラド氏のサインが入っており、その下にはスポンジの切り抜きの中にヘッドホンがそのまま入っています。
従来のGradoは書類ケースのようなボール紙に、コピー機で作ったA4印刷用紙が貼ってあるだけのパッケージだったのですが、それと比べるとかなり垢抜けています。
デザイン
GH1とRS1iの比較 |
ハウジング以外はほぼ同じです |
手持ちのRS1iと並べてみました。基本的に、外観で従来のRS1などとの違いはハウジングの木材だけなので、フィット感などはほぼ一緒です。パッドも通常のRSシリーズのものが付属しています。細かいポイントでは、ヘッドバンドの調整棒がGH1のほうが数ミリ短いようなことと、ハウジング外周の黒いアームパーツ形状が若干違います。
メープル材は、広報写真で見るよりも薄い肌色で、木彫り細工のようなRS1とくらべて、GH1は表面がつるつるしており、繊細な印象です。傷がつくと目立ちそうなので丁寧に扱おうと思います。
Grado伝統のゴワゴワしたスポンジパッド |
装着感については、慣れるしかないと思います。Gradoヘッドホンというと、この独特な装着感が有名です。非常に軽量なので長時間の使用でも負担は少ないのですが、イヤーパッドがゴワゴワしたスポンジでできているため、耳が痛くなります。このスポンジは固くザラザラしているため、実際パッケージで本体が収納されていたスポンジのほうが肌触りが良いと思います。
実はこのスポンジの質感には意味があり、よく見ると密度の違う二種類の部分に分かれています。音響的に意味があるのか、それともフィット感や形崩れを防止するためなのかは不明なのですが、このスポンジパッドでないと音が変わってしまうという問題があります。
ちなみにちょっとした裏技として、Gradoヘッドホンを購入したらまず最初に、薄めた石鹸水でパッドを洗うと、ゴワゴワがかなり解消されます。
別売りのGパッド(左)と標準パッド(右)の比較 |
別売りのGパッドを装着した状態 |
このスポンジが不快で、別のものに交換するユーザーも多く、なかでもGS1000、PS1000に使われているアラウンドイヤー型の大型パッド(通称Gパッド)に交換するのも有名です。
実はこのGパッドは純正品を購入すると1万円近くするため勇気がいるのですが、多くのGradoユーザーが「Gパッドに交換すれば、15万円のGS1000の音になるんじゃないか」と期待して購入するのですが、実際に装着してみると、全然GS1000に及ばないショボい音色で落胆するというのが、Gradoマニアが一度は通る道です。
Gradoの本場アメリカでは、純正以外でも安価で耳触りの良いイヤーパッドが販売されていますが、どれも音質が変わってしまうためギャンブル性が高いです。
ゼンハイザーHD414用パッドはGradoの定番です |
HD414パッドを装着した状態 |
安価なカスタムで定番なのは、ゼンハイザーHD414に使われている1000円程度の黄色いスポンジパッドがGradoにピッタリ装着できるので、これを使っているユーザーもいます。
このパッドを使うとスポンジがドライバ面を覆って音色がマイルドになるので、標準パッドだと高音がきびしいというユーザーには好評です。
GH1(上)とRS-1i(下)のケーブルとコネクタ |
ケーブルはGrado特有の太いタイプで、2mという長さも従来と同じです。唯一「i」から「e」になって変更されたのは、ケーブル端子が6.35mmから3.5mmミニジャックになったことで、これはRS1eなどでも同様です。ちなみに6.35mm変換アダプタが装着されています。
従来のGradoに付属していた6.35mm→3.5mm変換ケーブルは非常に高品質で重宝しているのですが(単体でも2000円くらいで販売しているので、持っていない人はぜひ買ったほうがいいです)、今回はケーブルがすでに3.5mmなので付属していません。また、以前のモデルでは延長ケーブルが同梱されていたのですが、最近のモデルでは無いようです。
音質について
私が購入したのは7月に発売された米国モデルで、そろそろ100時間ほど鳴らしこんだので、ようやくちゃんとした評価が出来そうな感じです。Gradoは非常に高能率なのでスマホなどでも楽々と駆動できるのですが、今回はLehmann LinearとOppo HA-2を使いました。Grado GH1 |
ルックスやデザインについては、従来のRSシリーズとほぼ同じなのですが、肝心なのは音質です。
まずはっきりと感じたのは、このGH1はRS1eやRS2eとは別物、ということです。さらに言えば、これまでのGradoヘッドホンの中で一番バランスが良く、上手に調整してある音作りだと思いました。
個人的な感想では、近年のRS1eやRS2eはあまり好印象ではありません。実は、このGH1を購入する前にちょっとした個人的エピソードがありました。
これまでずっとRS1iを愛用してきたのですが、そろそろ別のGradoも欲しいな、と思い色々と試聴してきたところ、これまでずっと格下に見ていたメタルボディの「PS500」が非常に素晴らしく、その音色に感動しました。
具体的には、RS1iで感じていた問題点は、出音がキツくドライで、高域の強調具合と比較して音に「ボディ」が無いため、あまり楽しくないヘッドホンだと思っていました。つまり、ノリが良く、歯切れも良いのですが、美しい響きなどが不得意な軽量級ヘッドホンという印象です。それに対して、PS500は高音の響きに重金属のような鈍い輝きが付加され、中低音も増強してあるため、RS1iよりもはるかに音楽的で美しい響きのヘッドホンだと思いました。とくに弦楽四重奏のヴァイオリンの響きなどは息を飲むほどの美しさで、これまでどのような高級ヘッドホンでも体験したことの無いような美音でした。
そういった思いを秘めて、いつかそのうちPS500を購入しようと思っていた矢先、新モデル「PS500e」が登場するということで、きっとそちらのほうが良いと思い、心待ちにしていました。
実際にPS500eが発売されて、試聴してみたところ、これまでPS500で感じていた高域の美しさが抑えこまれており、中低域の量感が増し、なんというか「一般的な」ヘッドホンの音色に退化してしまったようで落胆しました。(もちろんPS500eのほうが良いと感じる人もいます)。
同様に、RS1iもRS1eにモデルチェンジしたところ、「騒がしい」、「疲れる」、「中低音が盛ってある」などとHead-Fi掲示板などで不評が多く、なんとなく全体的に新型50mmドライバの「e」モデルは失敗作だというムードが漂っていました。ドライバが大きくなることで、Gradoらしさが失われた、ということです。
そんな中、欲しかったPS500ももう容易に手に入らず、ではどのGradoを買えばいいのか、と悩んでいたところ、登場したのが「GH1」でした。GH1ももちろん50mmの「e」ドライバなので、きっとRS1eなどと同じような高音がしょぼい問題を抱えているのだろうと疑っていたのですが、実際に試聴してみると、これが全くの見当違いでした。
GH1は、従来のGradoらしい高音の美しい響き成分と、中低域のバランスが非常に良くとれており、「e」シリーズとは一線を置いた、Gradoの本質を重点的に置いたヘッドホンだと思います。
なんとなく、Gradoの開発スタッフが、これまでのRS1eなどの不評をフィードバックして対策した、本来あるべき姿の「e」シリーズなのではないか、と想像してしまいます。
まず定位感や音場は従来のGradoらしく、非常に狭く自分の周囲を取り巻くような密接感があります。よく使われる表現ですが、他社のヘッドホンが客席から音楽を聴いているような雰囲気なら、Gradoのヘッドホンは自分がステージの真ん中に飛び込んだかのようなインパクトがあります。つまりリアル体験の音場というよりは、体で浴びるような没入感です。
EDMやポップレコードのように音響体験を重視したアルバム、そしてエネルギーとパワーを提供するロックアルバムでは、このヘッドホンの音作りが絶大な効果を発揮します。ロックコンサートでは、「二階バルコニー客席の音場感」なんてものは不要です。
GH1がGradoヘッドホンの中でも特出しているのは、瑞々しく味わい深い高音です。単純に高音の量が多いのではなく、錦のように太く鮮やかなのです。これはRS1よりもPS500寄りの演出ですが、PS500は若干金属的な響きであり、GH1はヴァイオリンのような木と弦の響きがあります。これはもしかするとメープル材の効果かもしれません。そうでなければ、なぜ見た目が同じRS1eとGH1がここまで音艶が違うのか理解不能なのが、Grado特有のミステリーです。
独特の高音の響きのおかげで、GH1が得意としているのは、クラシック全般かもしれません。四重奏などの室内楽から、大編成オーケストラまで、とにかく艷やかで線の太い油絵のような響きがあります。その反面、開放型なので反響のこもりや混雑さが無く、爽快な印象があります。実はこの高域の豊かさは、単純に高域重視の音作りというわけではなく、タイミングが同調した十分な中低域があってこそ達成できている音色です。
Gradoなので鼓膜が震えるような低域は感じられませんが、ウッドベースやティンパニなどの低域楽器の沈み込むような低音は豊かですし、従来のRS1iやSRシリーズと比べると量感はかなり増えています。個人的には、低音がこれ以上強いと音楽の邪魔になると思うので必要十分です。RS1eのようなふわっとした低音ではなく、PS500っぽい打撃音の質感が実現出来ているので、たとえばスネアドラムの打撃とスナッピー音なんかがリアルすぎるほど現実味を帯びています。
完璧なように思えるGH1にも、不得意な点はいくつかあります。まずは全てのGradoヘッドホンに言えることですが、中域の腰が高いため、男性ボーカルなどディープな音色が、若干浮ついた表現になってしまいます。その辺りの周波数に穴があるような印象です。
また、音場の密度が高いため、モニターヘッドホンのように細部を聴き分けるというよりは、なんとなく「雰囲気で」乗り切ってしまうようなワイルドさがあります。繊細でありながら正確とは言えないので、HD800などの正統派ヘッドホンに慣れていると、「ジャンジャンやかましい」と感じるかもしれません。
Gパッドの使用
Gパッドを装着した状態 |
GH1の面白いメリットとして、「Gパッドとの相性が良い」というのがあります。
実はGH1発売以降Head-Fi掲示板などで話題になっていたのですが、同梱の通常パッドも良いですが、Gパッドを使ったら結構良かった、というユーザーが多数います。
冒頭にも触れましたが、従来のGradoヘッドホンでは、GS1000、PS1000用のGパッドを装着すると音が軽くフワフワになってしまい、基本的に失敗するのですが、GH1は例外のようです。
GH1にGパッドを装着すると、高音の高い部分が強調され、たとえば録音のテープノイズや空気感などが聴こえやすくなります。ノイズの多い録音では不快感が増すかもしれません。その反面、大きいパッドのおかげでドライバが耳から離れて音場が広くなり、広大なサウンドステージを楽しめる事になります。どちらのパッドが良いかというと、標準パッドの音色が定番サウンドだと思うのですが、Gパッドも悪くないです。
なぜGH1はGパッドとの相性が良いかというと、それなりに理由があります。そもそもGS1000とPS1000の二機種は、Gパッドの使用を前提とした音作りをしており、ドライバを耳から離すことによる中低域の音圧不足を、本体の音色をホット気味にすることで補っています。つまりそれ以外のGradoヘッドホンでは軽快な音作りなため、Gパッドによる音痩せが発生するので、相性が悪いです。
それらと比較して、GH1はそもそもの音作りが(GS1000やPS1000ほどではないにせよ)艶やかでエネルギッシュに作られているため、Gパッドによる音痩せ後も十分な音圧が確保出来ているのだと思います。ともかく、面白い遊びなので、すでにGパッドを所有しているユーザーでしたらGH1を購入する理由の一つになるかもしれません。
まとめ
GH1は従来のGradoヘッドホン特有の高域のヌケの良さ、美音の響き、そして新世代「e」シリーズ50mmドライバの中低域を上手にミックスした、非常に完成度の高いヘッドホンです。既存のGradoマニアはもちろんのこと、「Gradoヘッドホンっていうのはどんな音色だろう」と興味を持っている人にもぜひ試聴してもらいたい、Gradoらしさに溢れた製品です。これまで従来のGradoヘッドホンで感じていたのは、それぞれの機種に得意、不得意があり、結局どれも中途半端な印象があるため、SR325、PS500、RS1など、それぞれに熱狂的なファンがいます。そういった意味で、完成度の悪いガレージメーカーといった印象が拭えませんでした。今回GH1でようやく、バランスの良さとGradoらしさを両立したヘッドホンの完成形が見えてきたかもしれません。
このGH1は過去のGradoヘッドホンの良い部分を集めて作り上げた、「ベストヒット盤」のようにも思えます。ジョン・グラド氏が自社の歴史を振り返り(そして昨年亡くなった創業者を偲んで)渾身の作品となったGH1には、それに見合った十分な素質と完成度を感じました。