2016年1月9日土曜日

Fiio X7 DAPの試聴レビュー

2015年クリスマス商戦から年末年始にかけて、いろいろな新製品が出ました。個人的に気になるものは一通り試聴してみたのですが、さすがに全ては買えませんし、今すぐ欲しいというものでもありません。

年明け後も色々な新製品を試聴してみた結果、唯一ベイヤーダイナミックDT1770を購入したのですが(また後日レビューします)、それ以外にも魅力的な製品がいくつかあったので、それらを簡単に紹介してみようと思います。

具体的には、
  1. Fiio X7 DAP
  2. Shure KSE1500 静電駆動型IEM
  3. HiFiMAN Edition X 開放型平面駆動ヘッドホン
の3つです。

Fiio X7

というわけで、今回はまずFiio X7について、試聴してみた際の個人的な感想などをメモしておきます。購入したわけではないので、実際に長期間使ってみれば色々なアラが出てくると思いますが、第一印象はとても良かったです。


Fiio X7

中国のオーディオメーカーFiioのポータブルDAPとは個人的に縁があり、初代X3、X5、そしてX3 2ndと、新製品が出るたびに買い続けていました。これまでのFiio DAPは頑なに「テキスト画面と大昔のiPodのようなジョグダイヤル」という古風なインターフェースを使い続けており、最近はマイクロSDカードの容量が大きくなり、保存できるアルバムの数が増えてくるに連れて、選曲操作が面倒になってきました。

そういった理由から、私自身はひとつ前のモデル「X5 2nd」は購入を控えて、ライバル社iBassoから、大画面タッチスクリーン操作を搭載した「DX80」を購入しました。

実は、「X5 2nd」を買わなかった本当の理由は、「Fiioがついにタッチスクリーン操作を導入した高級DAP(X7)を出すぞ」、という噂があったからなのですが、この「X7」がいつまで待ってもなかなか現れず、しびれを切らしてiBasso DX80を購入したというわけです。

では実際X7がもっと早く市場に出回っていれば買っていたのか、というと微妙なところで、値段が値段(9万円)ですし、Fiio初のアンドロイドタッチスクリーンOSということで、なんとなく不具合が多そうな予感がしていたので、とりあえず様子見ということにしていました。

実際、FiioというメーカーはX7を2015年9月ごろには発売開始しており、中国のメーカーらしく、まず最初に地元中国のユーザーに直販した後、海外でこれまでFiio製品を購入している「VIP会員」(つまりサイトで保証書のシリアル登録をちゃんとやっていた人たち)に優先的に販売する、という面白い販売方法を行っていました。

ようするに、「まず選ばれし勇者たちに先行販売するけど、バグとかあってもあんまり文句を言わないでね」という、被害を最小限に抑える方針です。

というわけで、Fiio X7の早期レビューや不具合報告などについては逐一Head-Fi掲示板などでFiioスタッフと先行ユーザーのやりとりが垣間見れたのですが、多くのユーザーの感想から、なんとなく「じつは結構良いらしい」という印象が伝わってきていました。

X7の特徴

Fiio X7は、タッチスクリーンということで、X3やX5など従来のFiio DAPから使用感が大きく変わっているので、変更点は膨大な数になるのですが、個人的に気になったポイントを取り上げてみようと思います。

まず、採用されているDACチップはESS9018Sということで、いわゆる高級据え置き型DACに勝負をかけてきました。ポータブル機というと、ESS9018Sの廉価版ESS9018K2Mなどを使うメーカーが多いのですが(たとえばOPPO HA-2に採用されています)、ここであえて高価で燃費の悪いESS9018Sを採用したのは面白いです。

X7に搭載されているESS9018Sは「8チャンネルDAC」で、廉価版ESS9018K2Mはそれを2チャンネルに限定したものなので、左右ステレオでは不必要な残り6チャンネル分をスマートに活用できなければ無駄になるだけです。Fiio X7では、各チャンネルごとに4チャンネルパラレルで使った豪華な構成です。

パラで使うメリットは、それだけ合計駆動電流が多くなり、その分信号対ノイズ比が向上するのですが、その恩恵を受けられるだけの電源回路が必要になるわけで、据え置き型では可能であっても、ポータブルではなかなか難しい構成です。

今回FiioがESS9018Sを採用した理由の一つとして、実はX7の開発が始まった頃に、Head-Fi掲示板にてFiioが、「もしハイエンドDAPを買うとしたら、どのDACを搭載して欲しい?」なんて投票を行っており、そこでESSがトップでした。それ以外にも、FiioはDAPの色々なスペックや機能についてHead-Fi掲示板でユーザーの生の声を参考にしており、最終的に形にしたのが今回のX7というわけです。

結果的に、ESS9018Sが採用され、それ以外にもコアなユーザー層から要望が強かった、交換型アンプモジュールも搭載されました。もし同じ投票ランキングが2016年1月現在に行われたら、一体どのDACチップが選ばれたでしょうね?(最近人気急上昇の旭化成AKM 4490シリーズとかでしょうか)。

ところで、第二世代のX3、X5では、新機軸テクノロジーとして、水晶クロックに変わって高性能MEMSクロックが採用されましたが、今回X7ではそういった記述が無いので、一体どうなったのでしょう。通常、高級DAPというのはどんな高価なクロックを採用したかがセールスポイントとなるのですが、X7においてはそのような情報はありませんでした。

大きいですが、5インチスマホに慣れていれば、どうということはないかも

まず全体的なデザインは「しっかりしたスマホ」といった感じで、X5 2ndと同じような、剛性の高い仕上がりです。実は手にとって第一印象は「デカイ!」と思いました。普段写真で見るよりも大きく、全高130mmということで、iPhone 6とか5インチスマホと同程度です。


左右のボタン形状が同じなのが困る(写真はクリアケース装着時)

側面に物理ボタンが配備されていますが、一つ気になった点が、左右にある「上下」ボタンが、どちらも同じラベル表示なので、どっちが音量で、どっちが曲送りか不明な点です。慣れれば大丈夫なのでしょうけど、ポケットの中でブラインドで押す際に何度か間違えました。

X7のセールスポイントである交換型アンプモジュールですが、発売前の写真などを見た限りでは、「この部分がグラグラしたり折れたらどうしよう」と心配していたのですが、実物を見る限りかなりしっかりしており、壊れる心配はなさそうです。

X7のアンプモジュール


両側面からトルクスネジで固定してあり、今回は借り物だったため分解はしませんでしたが、広報写真を見ると、接続端子もPCB基盤のようなしっかりしたものです。

ちなみにX7本体の同梱品は「IEMアンプモジュール」という、3.5mmステレオ端子のみのシンプルなもので、将来的にバランス接続や大型ヘッドホン用大出力モジュールなどが別売されるらしいです。つまり、DAP単体は9万円と割安感がありますが、色々とアップグレードモジュールを買うと最終的に上位価格のAKなどに出費が近づく可能性がありますので、注意が必要です。

アンドロイドOS

X7で一番の注目点が、「アンドロイドOS」を搭載していることなのですが、それ自体はソニーのNW-ZX1、NW-ZX2や、最近のオンキヨー・パイオニアDAPなども同様なので、さほど珍しいことではありません。

Fiio X7のユニークな点は、アンドロイドOSで2つの起動方式が選択可能で、まず一般的なスマホっぽいインターフェースの「アンドロイドモード」、そして、Fiio製オーディオプレイヤーアプリのみが起動できる「ピュアミュージックモード」があります。

これらは、設定画面上でボタン一つで切り替える事ができるのですが、再起動が必要なため、切り替えが終わるまで数分かかります。(スマホの再起動とほぼ同じです)。

つまり、Fiioの構想としては、通常はFiio専用アプリのみのシンプルなモードを使い、もしTidalやSpotify、Onkyo HF Playerなど、ユーザー好みのアプリを起動したい場合はアンドロイドモードを使え、ということでしょう。

実はこのアンドロイドモードというのが結構なクセモノで、Google Playを実装していないため、一般的なスマホのように簡単に自分のGoogleアカウントでアプリをダウンロードするという手法が使えません。これは、オンキヨー・パイオニアDAPでも同様でユーザーから不満の声が多かったです。

たとえばソニーのNW-ZX2などはGoogle Playを搭載しているので、いわゆる「通話ができないスマホ」同様に使えるのですが、Fiio X7ではそうは行きません。

アプリをインストールするには、Fiioが選定したアプリのリストから選んでインストールする方法と、いわゆる「サイドローディング」と言われる手法でアプリのAPKファイルをそのままぶち込む方法があるのですが、どちらにせよめんどくさいです。無料アプリであればそこまで手間はかかりませんし、Fiio認定アプリも今後増えることでしょうけど、HF Playerのような有料アプリの場合はGoogle Playに購入情報が紐付けられているため、手間がかかります。

ともあれ、アンドロイドだからといってスマホやタブレットのように色々活用できるわけではなく、基本的にはFiio謹製ミュージックプレイヤーアプリを使うことがメインのようですので、機械に詳しくない人に売る際には注意が必要なようです。

X7は無線LANが使えるので、SpotifyやTidalなどのストリーミングアプリも設定次第ではちゃんと動きます。しかし、これはオンキヨーDP-X1でも感じたことなのですが、標準アプリ以外の社外アプリを動かすと、バッテリーの消耗が極端に激しいものがあり、ストリーミングサービスを使っていると2~3時間でバッテリー残量ゼロになった、なんて報告も散見します。

X7標準アプリ

標準アプリは、ごく一般的なアンドロイドのミュージックプレイヤーアプリで、使い勝手は思いのほか良好でした。ソニーのウォークマンアプリや、AKシリーズのインターフェースというよりは、どちらかというとOnkyo HF-Playerに近い操作感です。

Fiio X7純正アプリ

相変わらず「アーティスト」「ジャンル」「アルバム」などから選ぶシンプルなタイプで、あまり高度なメタデータ選曲はできませんが、他社も似たようなものなので、実用上は問題ありません。

インターフェースについては、ユーザー各自で使いやすいスタイルというのがあると思いますが、個人的にFiio X7のものはちょっとゴチャゴチャしすぎて、初見ではどのアイコンが何なのか、今どの画面にいるのか、など、試行錯誤が面倒でした。まあHF-Playerに慣れていれば、それの亜種といった感じです。

一つだけイライラしたのは、選曲画面に戻ると、アルバムやジャンル一覧ではなく、曲の一覧になるのですが、アルバムアートがズラッと並んでいるためアルバムと勘違いして選択してしまうと、一曲だけの再生になる、など、視覚的なインターフェース設計についてまだまだ研究不足のようです。アップルiOSやアンドロイドの設定画面などに慣れていると、X7アプリでは「なんでここにこれがあるの?」と困惑したりします。

このFiioアプリが非常に優秀だと思った点は、マイクロSDカードの読み込み速度です。他社製DAPとくらべて結構速いなと思いました。実際どれくらい速いのかは実測できていません。というのも、カードを挿入すると同時に、バックグラウンドで順次アルバムがリストに追加されていくタイプ(Cowon Plenueとかと同じタイプ)で、しかも、64GB目一杯のカードも読み込みが数秒で終わったため、拍子抜けの快適具合でした。たとえば同じカードをiBasso DX80やAK 120II、Fiio X5などで読み込むと、3分ほどかかりますし、読込中は他の作業は何もできません。

DSDファイルも問題なく再生できました
DSDファイルも、DSFでDSD64のファイルを何枚か入れておいたところ、なんの不具合も無く表示、再生できました。情報画面を見ると、ちゃんとネイティブDSDである旨が書いてあります。

内蔵メモリとデータ転送

個人的に、Fiio X7を購入しなかった原因の一つに、マイクロSDカードスロットが一つしかない、という理由があります。また、内蔵メモリも32GBのみなので、たとえばカードが二枚挿せるiBasso DX80や、カード一枚プラス内蔵メモリ128GBのAK120II、AK320などと比べると不利な部分があります。

とくに、最近の192kHzやDSDハイレゾファイルはサイズが大きく、128GBカードがすぐに一杯になってしまうので、X7のカード一枚というのは心許ないです。もちろん、カード読み込みが高速なので、何枚か入れ替えるという手は使えます。

最近、DAPを買うと、まず気になるのがUSB接続時のカード書き込み速度です。せっかく大容量カードに対応していても、書き込みが遅いと、転送にものすごい時間が掛かるので、別途カードリーダーなどを用意する必要があるからです。

今回は、手持ちで一番高速なSandisk Extreme Pro 64GBを使ってX7の転送速度を計測してみました。比較にUSB3.0カードリーダーKingston Traveller G3も使いました。

結果、楽曲の書き込みに重要なシーケンシャル書き込み速度(256kブロック)は

  • X7内蔵メモリ:6.3 MB/s
  • X7マイクロSDカード:7.2 MB/s
  • USB3.0カードリーダー+マイクロSDカード:72.1 MB/s

ということで、X7のカード書き込みは悲惨な結果になってしまいました。USB2.0接続なので、USB3.0カードリーダーに敵わないのは当然ですが、以前iBasso DX80(USB2.0)を測定したときは23.4MB/s出せたので、それと比べても決定的に遅いです。

内蔵メモリは仕方がないですが、X7でマイクロSDカードを使う際には、別途USB3.0カードリーダーを使うことは必須のようです。

オーディオ出力

X7のセールスポイントの一つである、「交換可能アンプモジュール」ですが、実はこれはセールス的に仇となっている可能性もあります。

というのも、同梱品は3.5mm端子の「IEMモジュール」といって、出力が比較的弱いと言われているアンプモジュールだからです。将来的に高出力モジュールや、バランスアンプモジュールなどが「続々発売される」と公言しているからこそ、「じゃあ同梱のIEMモジュールモジュールはいらないじゃん」という結論に落ち着いた人もいると思います。

さすがに標準でバランス出力が無いのは今時致命的だと思いますが、ではこの同梱のIEMモジュールはそこまで非力なのでしょうか?実際に測定してみようと思います。

ちなみにメーカー公称スペックでは200mW/16Ωということで、そこまで非力というわけではありません。

いつもどおり、0dBFS(デジタル最大音量)の1kHz信号を再生した状態で、X7のボリュームを最大にして、負荷を与えてみます。

結果は下記のグラフのようになりました。

最大音量時の出力電圧比較

やはり、公表通り、最大出力電圧は約5.4V(p-p)に抑えられていますが、それよりも注目すべきは負荷インピーダンスへの耐性です。

DX80とX5は負荷インピーダンス(つまりイヤホンのインピーダンス)が50Ωを切ったあたりからアンプの出力が電流不足で定電圧を維持できなくなりますが、X7ではここが4Ω程度まで非常に安定していました。つまり、低インピーダンスIEMにおいては、DX80やX5よりもX7のほうが安定した高出力が期待できるということです。

実際、一般的なイヤホンの能率を考えると、低インピーダンスIEMで5Vを超えるような電圧では鼓膜を破ってしまいますが、それだけこのX7というのはIEMに特化したアンプモジュールだということです。

最大音量で0dBFS信号(600Ω負荷)

6Ω負荷で、ようやく下半分がクリッピングを始めました

今回X7の出力グラフを見て、とても関心した点は、X7の音量を最大にして、負荷インピーダンスをどんどん増やしていっても、上記グラフで見られるように、テスト波形(1kHzサイン波)が全然潰れなかったことです。大抵、他のDAPであれば、50Ω程度の負荷から波形が潰れてくるものが多いですし、そもそも無負荷時に音量MAXにするだけで波形が潰れて矩形波みたいになってしまうアンプもあります。その点X7は、ずっと綺麗なサイン波を維持してくれました。負荷が5Ωを切ったあたりから若干の潰れが確認できましたが、5Ωで最大音量なんて、実用上どうでもいいことです。

肝心なことは、低インピーダンス・高能率のIEMを使う場合は、あえて高出力アンプモジュールを装着するメリットが無いですし低インピーダンスでの相性が悪いので推奨できません。逆に、高インピーダンス・低能率ヘッドホンを使う場合は、このX7のIEMアンプモジュールでは電圧不足で十分な音量が稼げない可能性があります。

つまり、使い分けが重要であって、何でも全て高電圧アンプが優れているというのは、大型四輪駆動車を街中で乗り回すような愚かさがあります。とは言っても、ソニーNW-ZX1のように、最大電圧が低すぎて(1.7V)、一般的な小型ヘッドホンですら満足に駆動できないような非力アンプも考えものです。

もう一つ、非常に重要なポイントですが、今回Fiio X7では、ESS9018S DAC内蔵のデジタルボリュームを使っているようです。アナログボリュームではないため、音量を下げることにより有効ビットが削られるわけです。実際ESSの場合、音量処理の内部演算は64ビット精度だと思うので、音質的なデメリットは微々たるものでしょうけど、それでも音量を大きく削る(-30dB以上とか)場合は内部演算的に音質が悪くなります(ビット落ちというか、信号補間が激しくなるので)。

つまり、高出力アンプを装備して、音量が大きすぎるからボリュームを絞る、というのは音質的にデメリットが大きいです。それよりも、X7同梱のIEMアンプモジュールで、ボリュームが高めの位置で使うほうがベストです。

ライン出力

X7には固定ライン出力もついているので測ってみたところ、0dBFS信号で3.6Vp-p (1.3Vrms)でしたので、至極まともな出力電圧です。以前Chord Mojoで見られたような9Vp-pなんてとんでもないライン出力もあるので、X7はまともなのが嬉しいですね。

ライン出力ジャックは、同軸デジタル出力としても使えるのですが、これはプレイヤーの設定画面で切り替えられるようになっています。

音質について

実際にFiio X7の音を聴く前に、メーカーの事前情報で「ESS 9018S」を使っているということは知っていたので、「これまでのFiio DAPとはひと味違ったサウンドなんだろうな」、と想像していました。

Fiioは、たとえば第二世代のX3はシーラス・ロジックCS4398、X5はバーブラウンのPCM1792など、毎回新作DAPを作るたびに、搭載するD/A変換チップを変えてくるという珍しい(というか冒険心あふれる)メーカーです。

D/A変換チップを変えるというのは、単純にそのチップ部品単体だけではなく、制御ソフト系や前後に接続するインターフェース、さらに電源やグランド回しのノウハウなど、一筋縄ではいかないので、各オーディオメーカーごとに、得意不得意なD/Aチップというのがあります。

例えば、シーラス・ロジックは、元フィリップス系のDAC企業なので、同じくフィリップス系であるマランツは、かれこれ四半世紀以上もシーラス系チップを使い続けており、それだけ「良い音」を出すためのノウハウを蓄積しています。

ESSやシーラス・ロジックなどのD/Aチップを購入すると、「推奨オーディオ回路」なる回路図面が添付されてくるので、チップのノウハウが無いメーカーの場合は、このような「推奨回路」を丸々コピーしたりします。そういった事情から「ESSの音」や「シーラスの音」などといったレッテルが生まれるのだと思います。

逆に、D/Aチップを上手に料理して、商品として独自の個性を持たせる事ができれば、上記のような一般的オーディオメーカーよりも一歩先に進んだ存在になれます。

Fiio X7は、そのような一歩先に進んだサウンドのように感じました。今回試聴には、最近多用しているベイヤーダイナミックAK T8iEと、AKG K3003を使いました。アンプの音量はどちらのイヤホンも問題なく、クラシック試聴でも大体70%くらいのボリュームで十分でした。

まず、音の傾向は、明らかにX5 2ndとは異なりました。X5はどちらかというとシャープで切れ味のある、高解像、ハイスピード、艷やかでメリハリのあるサウンド、といった印象でした。一方X7は、空間の密度が高く、繊細ながらも、どっしりとした存在感があります。

どっしりといっても、低音が強調されているわけではなく、楽器の付帯音がふらふらせず、しっかりとした存在感があるといった感じです。空間はあまりサラウンド的に四方八方に広がるのではなく、音像がセンター前方に寄る感じです。解像感は価格相応に高く、残響の見通しが良いので、楽器の主体音とホールの反響要素が、見事にリアルになっている感じがして、とくにオペラなどのライブ歌唱ステージが上手に再現できていると思いました。

X7と、それ以外のDAPの多きな違いは、音像そのものの繊細さだと思いました。たとえば歌手やヴァイオリン、ギターなど、アタックがキツくなりがちなサウンドも、X7では硬質にならず、常に細身です。しかし、それでもX7が「か細く」ならないのは、一音一音の音色に付帯する空気感が濃厚で、それを合体させたサウンドがふらふらせず「どっしりと」聴こえるのです。

たとえば、ソニーでいうと、PHA-3よりはNW-ZX2に近い部分があります。でもX7はNW-ZX2よりも音像の締りがあるので、出音と残響音がバラバラにならず一音一音のメリハリとして維持されています。ZX2は残響が必要以上に広がりすぎるように思えます。

一方、PHA-3のようなアンプは、ドーンと出音そのものが力強く押し出されるような感じなので、X7とは根本的に異なります。X7は「出音は繊細に、空間はしっかりと」、という感じのアプローチです。

同じくESS9018系を搭載している、OPPO HA-2と比較してみると、X7のサウンドの個性がさらにわかりやすかったです。HA-2は、X7同様に繊細な出音で、残響音などの空間表現力も十分にあるので、一見X7と似たようなサウンドかとおもいきや、その空間が高域のサラッとした「空気感」のみで、X7のように低域の方まで伸びていきません。つまり、HA-2は空間の位置関係を表現することは上手なのですが、楽器そのものの厚みや実在感はX7の方が断然あります。この辺は、アナログヘッドホンアンプの開発実績が豊富なFiioならではの特技なのかもしれません。

たとえばAK120IIやAK240なんかも、腰の座った存在感がありますが、AKシリーズは全般的に音場や響きが優等生的で、個人的にこれといって語るべき特徴が無いサウンドです。それだけクセや特出した要素を排除した、丁寧な音作りなのかもしれません。なんというか、試聴していると、「定位感・・よし、空気感・・・よし、高域の音色・・・よし、低域の充実感・・・よし」といった感じに、目立った不満点が現れません。

一方、たとえば現在私が使っているDX80は、明らかに低域にスポットを当てた個性があり、その反面、もうちょっと音色の艶があればいいな、なんて常時思っています。

X7は、DX80よりも高く、AK120IIよりも安いという、価格はちょうど中間的位置付けですが、音質的にもそんな感じがします。つまり、特徴的な悪い癖や、不足している点は少ないものの、未だ個性を感じられ、AK120IIのように万能を追求しているサウンドではない、満点を目指さない遊び心のような余裕があります。

じつはここ数週間、借り物でAK240をずっと使っているのですが、トータルでとても満足していながら、やはりFiioのほうが面白いサウンドを作っているな、と常々実感しています。

ではX7の音質に不満点があるか、というと、個人的な好みの問題で、私自身はどうしても、X5のサウンドの方向性をもうちょっと先まで追求して欲しかったと思っています。X5の艷やかで美しい響きと、スピード感のあるサウンドは、あえてハイエンドの枠から外れた、「元気なオーディオ」といった路線を高水準で突き進んでいます。X7の落ち着いたサウンドも悪く無いですが、なにかX3、X5で培った大切な部分が失われたような気もします。

なんだかんだ言っても、結局将来的にリリースされるであろうアンプモジュールを交換することで、音質の根本が変わってしまうのも、X7の面白いところです。X7がヒット商品になって、Fiio以外のオーディオメーカーもX7用アンプモジュールなんて発売してくれたら、面白いことになりそうだと思いませんか?

まとめ

FiioのフラッグシップDAPとして堂々登場したX7ですが、長い開発期間を経て、価格相応に十分満足できる素晴らしい商品として仕上がっています。今回は実際購入したわけではなく、借り物だったため、第一印象のみで十分な評価はできなかったのですが、使用中に不具合などに遭遇せず、快適に使えました。

大画面タッチスクリーン操作はスマホ的で快適ですし、アンドロイドアプリを色々と活用できるようになれば、末永く楽しめるDAPになりそうです。また、音楽再生用の純正ミュージックアプリも、以前のFiio製DAPと比較すると非常に高性能で、Onkyo HF-Playerなどと似た操作性でスイスイと選曲できます。ただし、画面上のボタンや機能などが若干ゴチャゴチャしているため、DAP慣れしていない一般ユーザーには難解かもしれません。

アンプモジュールについては、IEMや高能率ヘッドホンを活用する際には、標準のモジュールがベストなので、低能率ヘッドホンを駆動する必要がなければ、あえて高出力モジュールを待つ必要はありません。

音質面では、フラッグシップらしく上質に仕上がっており、これまでのFiio DAPよりもスケール感や音場の密度が断然優れているように思えます。ギスギスしたエッジが感じられないふわっとした仕上がりなのに、まったりとしない緊張感も維持できている、いいところを突いたアンプなので、これだけ素晴らしいアンプを設計できるFiioというメーカーの技術力に感心しています。

逆に言うと、悪い癖はあまり感じられなかったので、一番「普通に」どんなジャンルにも対応できる汎用DAPのようにも思えます。

やはり9万円はちょっと高価なので、個人的に今回は購入を控えましたが、将来的に我慢できず買ってしまうかもしれません。また、アンプモジュールや無線LANなど多機能は必要ないので、今後は下位モデルでも、タッチスクリーンを採用した後継機を出して欲しいと思います。