2017年8月21日月曜日

Unique Melody Mavis II イヤホンのレビュー

Unique MelodyのハイブリッドIEMイヤホン「Mavis II」を買ったので、感想とかを書いておきます。

Unique Melody Mavis II

ダイナミックドライバーとBAドライバーをそれぞれ二基づつ登載する、異色な構成の4ドライバー型イヤホンです。これまで旧モデル「Mavis」を一年ほど愛用してきたので、せっかくなので新型に買い換えることにしました。

2017年2月発売、値段は旧Mavisから据置きの約12万円で、スペック仕様はほとんど変わらないものの、音質面では大幅な変化を遂げています。


Mavis

旧モデルの「Unique Melody Mavis」は2015年9月に登場したイヤホンで、私は2016年に購入しました。それ以来ずっとメインで使うイヤホンとして、ほぼ毎日通勤や散歩で愛用していました。

旧Mavis

もちろん娯楽趣味として後学のため、というか日頃の刺激と変化のために、他にも色々なメーカーのイヤホンを買っているのですが、一年経って振り返ってみると、普段用として一番よく使ったのがMavisでした。

もちろんどんなイヤホンであっても完璧なサウンドというわけではなく、Mavis独特のクセが自分の好みにマッチしたというだけのことです。暖かく余裕を持った「丸い」音色で、派手な刺激が少なく、しかも見通しが良い、とくにジャズや室内楽との相性が良く、楽器の音色や歌手の歌声なんかを味わうにはうってつけの「疲れない」イヤホンでした。

そんなMavisですが、後継機のMavis IIが2017年に登場したものの、そこまで焦る気持ちもなく、とりあえず何度かじっくり試聴した結果、ようやく購入することになりました。

今回Mavis IIに乗り換えるにあたって、古いMavisを友人に買い取ってもらえることになったので、定価の半分くらいの出費で済みました。

Mavis II

Unique Melodyというと、Mavis II以外にも、とくにMaverick IIという5ドライバーのモデル(ダイナミック×1・BA×4)が一番人気だと思います。他にも12BAのMason IIや、BAのエントリーモデルMacbeth IIなどもラインナップにあり、さらにカスタムIEMも豊富に揃っています。

カスタムIEMの経験を活かしたシェルデザイン

Unique Melody自体は中国のイヤホンメーカーなのですが、これらのモデルについては、日本の販売代理店(ミックスウェーブ)主導で日本市場向けに独自設計しているということで、基本的に国内限定販売です。12万円のMavis IIは、値段的にはMacbeth IIの7万円、Maverick IIは16万円、Mason IIが27万円といったラインナップの中間に位置します。もちろんカスタムIEMになると、さらに高価なものも存在します。

Mavis II(左)とMason II(右)

カスタムIEM版のMaverick II(左)とMason II(右)

ただし、モデルごとにBAとダイナミックドライバーの組み合わせも違いますし、音の方向性も大幅に異なるので、ドライバー数が増えれば必然的に値段も高くなるものの、上下関係というよりは、それぞれが独立した魅力を放っています。

実際私自身も、Mavisを購入する前は上位のMaverickを買うつもりでいたのですが、「とりあえず」全モデルを試聴してみたところ悩んでしまい、最終的にMavisを選びました。また、一番安いMacbethでさえも、値段の差を感じさせない独自の魅力があります。

Unique Melodyといえば包装紙です

MavisからMavis IIにアップグレードしたといっても、本体以外は全く同じなので、開封時のワクワク感はあまりありませんでした。パッケージは包装紙でギフトラッピングされている、Unique Melody独特のプレゼンテーションです。ちなみにMavisと同じ包装紙とボックスでした。

四角い紙箱の中にアルミケースが入っています

本体とアクセサリー類

中の紙箱にはアクセサリー類と、本体が入ったアルミケースがあります。よくあるネジ込み式の丸いアルミケースで、中は結構狭いので、社外品ケーブルなどを使う場合は入らないと思います。私はこのケースは使わず、別途ペリカンケース1010を使っています。

イヤーチップはコンプライっぽいのが標準で付いていますが、他にはシリコンタイプや6.35mm変換アダプターと飛行機アダプターといった感じで、無難なアクセサリー類です。

Mavis II(左)とMavis(右)

イヤホン本体は、旧Mavisから若干デザインが変更されましたが、サイズや装着感はほとんど同じでした。Mavis IIになって、前方が若干耳に沿って凹んで、同社のカスタムIEMに近い形になりましたが、そもそもMavisの装着感が良好だったため、あまり装着時の違いは感じませんでした。

かなり厚みがあります

さすがカスタムIEMのノウハウが豊富なメーカーだけあって、たとえユニバーサルタイプであっても、耳に入れたときの安定感や快適さは本当に素晴らしいです。

世間にあれだけ多くのIEMイヤホンブランドが出回っているにもかかわらず、未だにデザイン優先で装着感が悪い商品が沢山ありますが、ぜひUnique Melodyを見習ってもらいたいです。そういうメーカーは多分、開発に関わっているスタッフ勢が普段イヤホンなんて使わない人達なんでしょう。

もちろんUnique Melodyが蓄積してきた人間工学による三次元モデルデータや3Dプリンター製造技術などは、一昼夜で容易に真似できるものではありません。

カーボンパネルとクリアーレッド

MavisからMavis IIになって一番目立つ変更点は、本体がこれまでのブラックから、透明なレッドになったことです。これまでのUnique Melodyユニバーサルモデルというと、黒と銀など、なんとなくダークなロック・メタル系イメージがあったのですが、第二世代モデルからは、Mason IIは紫、Maverick IIは青、Mavis IIは赤といったテーマカラーで個性を出しています。

Macbeth II Classic

エントリーモデルのMacbeth IIのみ、メタルバンドTシャツみたいなワイルドな絵柄で、これも魅力的です。こういうのは日本やドイツの「お硬い」大手メーカーでは真似出来ない芸当です。

中に二基のダイナミックドライバーが見えます

Mavis IIは赤いクリアーシェルになったおかげで、Mavisでは見えなかった内部構造がしっかり観察できるようになりました。いつの時代も、どんな年齢でも、スケルトンモデルというのはマニア心をくすぐります。

他社のマルチBA型だと、たとえクリアーシェルでも中身はBAドライバー群がぎゅうぎゅうに詰め込まれているだけで面白味が無いのですが、Mavis IIの場合はまず、7mmのダイナミックドライバーを2基登載しているということで、それらの配置がハッキリと見えますし、各ドライバーが音導管までどうやって接続されているかもよく見えます。

通気ポートの中身も見えます

さらに、シェル外側に二つの通気ポートを設けてあるセミオープン構造ということで、それらが内部でどうなっているか、背圧空間はどう仕上げてあるかなど、眺めているだけで楽しいです。

Mavisのゴムチューブ

Mavis IIから導入されたプラチナメッキ金属管

MavisからMavis IIで変更されたポイントは、単純にシースルーになっただけではなく、出音部分がMavisではゴムチューブだったところ、Mavis IIでは金属管になっています。それにともない音導管のデザインが変更され、イヤホン全体のサウンドチューニングも変更されたそうです。

このチューブ部品はドライバーの帯域ごとにわけて4本あるのですが、それぞれ音が複雑に反射しながら鼓膜に届けられるので、素材や形状によって音色が変わってしまいます。どんなに高性能なドライバーを登載していたとしても、結局ここの設計次第でイヤホン全体のクセが決まってしまう難しい部品です。

Mavis IIでは金属にすることで、Mavisのねじ曲がったゴムホースよりも安定した特性が得られるのでしょうけれど、そのせいで金属っぽくキンキンと音が響いてしまっては本末転倒です。そのため金属管に柔らかいプラチナメッキを施すことで響きを抑え、チューニングも合わせて再調整しているそうです。

後継機として更に上のクラスを目指すにも、何か一つを変えれば全体のバランスが狂ってしまうのが、開発の難しいところでしょう。

付属イヤーチップ

SpinFitイヤーチップ

JVCスパイラルドット

音導管部分はMavisとはデザインが変わりましたが、あいかわらず一般的なソニーサイズのイヤーチップが使えます。ツルッとしていますが、先端に向かって太くなっているので、たとえばJH Audioのようにイヤーチップが脱落する心配はありません。

シェル全体が大きくカスタムIEMのように耳孔周辺にピッタリ密着する形状なので、たとえばEtymoticのように音導管をグッと耳の奥深くに挿入しようとしても不可能です。そのため、耳孔の浅い部分でピッタリとフィットするイヤーチップ選びが肝心です。

色々試した結果、JVCスパイラルドットは開口が広く音がハキハキとダイレクトに聴こえるため、ハイレゾ高音質録音とかには良さそうです。だだし写真で見えるように、ゴミが金属管に入り込みやすそうだったので、普段使いは穴が細く距離のあるSpinFitの方が良いかもしれません。

あと、最近登場したSpinFitの二段フランジのやつを試してみたら、それも良かったです。とくに音質がそこまで劣化せず、遮音性が圧倒的に凄いので、それを着けて街を歩くのは危険なくらいです。(私は普通のSpinFitはMサイズですが、二段フランジのSpinFitはSサイズが良かったです)。

どちらにせよ、どれを選んでもそこまで音色が悪くならなかったので、許容範囲の広いイヤホンです。

ケーブルについて

Mavis IIのケーブルは2ピン端子で、モールド部分をイヤホン本体のくぼみにグッと押し込むタイプなので、Noble Audioや64Audioなど表面にピン穴があるタイプよりも破損する心配が少ないです。

2ピン端子は横曲げに弱く、最悪ピンだけ折れて穴に残ってしまうと一巻の終わりですから、高価なイヤホンだけあって、そうならない安心感は大事です。

穴に押し込むタイプの2ピン端子ケーブルです

ちなみに2ピン端子はプラス・マイナスがわかりにくいため、逆接続防止のためにモールドに溝が切ってあるタイプもあるのですが、Mavis IIの場合、シェル本体の穴には突起があるのに、付属ケーブルには溝が無いタイプという不思議な組み合わせです。

工場組み立て時にむりやり押し込んだのか、本体の突起が潰れてプラスチック破片が穴の中に付着していたので、端子接点に入り込まないようにピンセットで綺麗に掃除しました。

写真で見えるように、突起が削れていても、とりあえず見ればケーブル向きが判別できるので、それで十分です。

Mavis IIに付属しているケーブル

Mavis IIに付属している純正ケーブルは、そんなに悪い物でもないのですが、なんとなくドライで、低音の広がりが狭い感じがするのと、バランス接続なんかも試してみたいので、カッコいい社外品のアップグレードケーブルが欲しくなります。

Mavisで使っていたケーブル

これまでMavisでは、Nobunaga Labsの1万円くらいのケーブルが、そこそこ安いわりに音が良くてずっと使っていました。とくにメインで使っているDAPがCowon Plenue Sで、3.5mmバランス端子(いわゆるグラウンド分離端子)という珍しいやつなので、それに対応するケーブルは貴重です。

Mavis本体が温暖な音色なので、若干アタックの硬さと高域を持ち上げる傾向があるNobunaga Labsのケーブルが優れた相乗効果を実現してくれました。

Mavis IIを買ってからも同じケーブルを使えばいいや、なんて軽い気持ちでいたのですが、実際に試してみたところ、どうにもサウンドの相性がダメでした。

というのも、Mavis IIは金属ダクトを登載するなど、Mavisと比べて高域が出るようになったので、同じケーブルでは硬い乾いたサウンドになってしまいました。数日使ってみて「やっぱりダメだ」と断念したくらいです。

Moon Audioもちょっと合わなかったです

他にも、手持ちのMoon Audio Silver Dragonケーブルも試してみたところ、これまたMavis II特有の豊かさが損なわれて退屈な音になってしまい、これだったらMavis II純正ケーブルの方が良いかも、と思えるくらいです。

そんなわけで、イベントにてUnique Melody代理店ミックスウェーブに尋ねてみたところ、同社が取り扱っているBeat Audioの中ではSupernovaというケーブルがMavis IIと相性が良いと言われたので、このメーカーのラインナップを上から下まで全部聴き比べてみたところ、たしかにSupernovaが一番良い感じでした。こういうのは、日頃から自社商品と接しているプロの人に聴くのが、やはり参考になります。

もっと高価なケーブルよりも、中級価格のこのケーブルが断然良かったので、やはり値段の上下よりも相性が一番大事なんだなと実感しました。

これが一番良かったです

古めのケーブルで廃番なのか店頭在庫のみで安かったので、とりあえず一本買ってみましたが、ひとまず、ずっとこの組み合わせで良いなと思えるくらい満足しています。高域の響きが艷やかになり、ハッキリとしているもののドライさが低減されて、良い雰囲気です。今後機会があればバランス端子版も試してみたいです。

鳴らしやすさ

Mavis IIは公称インピーダンスが24.3Ω、能率が110.6dB/mWということで、DAPはもちろんのこと、スマホでもそこそこの音量で駆動できます。しかし、高価なイヤホンだけあって、音質面ではアンプとの相性には敏感です。

Mavis IIの左右インピーダンスと位相

せっかく自腹で買ったイヤホンなので、インピーダンスを簡単に測ってみました。マルチドライバー型なので山あり谷ありで、7.5kHz付近で9.5Ωと結構な落ち込みがあります。しかし位相は極めてフラットなので、あまりおかしな音像定位の乱れなどは起こらなそうです。

ただし、10Ω以下というのは、バッテリー駆動の貧弱なアンプでは駆動が結構厳しいので、音量によっては歪み始める可能性があります。たとえばAK380などでは、このインピーダンスだとボリューム90/150程度でギリギリ歪み始めます。全部ではなく特定の周波数だけが歪むので、ちょっと雰囲気が変わるくらいで、なかなか気が付かなかったりします。

ケーブルを交換してみた

ところで、付属のイヤホンケーブルの抵抗値を測ってみたらちょっと高かったため(往復で1.9Ω/2.4m)、ためしに先ほど紹介したNobunaga Labsのケーブル(往復で0.3Ω/2.4m)に交換してみたところ、上記のようになりました。(青が付属ケーブルで、オレンジがNobunaga Labsを着けた状態です)。ケーブルの抵抗値分、全体のインピーダンスが下がっています。

ケーブルの抵抗が低いほど高音質、というわけでもないのですが、これまで多くのアップグレードケーブルを見てきた中では、大体0.3~1Ω/2.4mくらいが一般的です。

もしイヤホンのインピーダンスが100Ωとかだったら、たかが1Ω程度のケーブルの差はとくに問題にはなりません。しかし社外ケーブルを着けたMavis IIは1kHzで22Ωから、7.5kHzで7.5Ω程度に落ち込んでいるので、これはちょっと気になります。

10Ω以下では出力インピーダンスがカタログ値よりも悪化し始めるアンプも多いので、同じくAK380でも、リスニング音量(0.35Vrms)にて、Mavis IIの1kHzと7.5kHzでおよそ2.5dB程度の音量差が生まれてしまいます。

ヘッドホンアンプの中でも特にIEM駆動に強いiFi Audio micro iDSDで0.3dB、Chord Mojoで0.1dB程度と、そのくらいのアンプを使って、ようやく満足に駆動できていると言えるレベルになってきます。

つまり、イヤホンのインピーダンスが低く、変動が大きいと、それだけアンプとの組み合わせで周波数特性が変わってしまうということです。

MavisとMavis II

ちなみに、MavisとMavis IIを比べてみたら、こんな感じでした。オレンジが旧Mavisです。インピーダンス変動はMavis IIよりもさらに過激で、14kHzで5.3Ωまで落ち込み、位相もそのへんを中心に46°ほど一気に回転しています。

極端な例で言うと、たとえば出力インピーダンスが10ΩもあるようなヘッドホンアンプでMavisを聴いた場合(古いハイエンド・オーディオの据え置き型タイプでよくあります)、中域と比べて高域が最大6dBくらい落ち込んでしまうため、イコライザーで高域をカットしたような、モコモコした中低域寄りのサウンドになってしまいます。

そんな旧Mavisと比べると、Mavis IIはアンプへの要求が軽減され、位相もより安定した方向に進化しているのですが、それでもアンプとの組み合わせは注意する必要がある、「鳴らしにくい」イヤホンだと言えます。

音質とか

MavisからMavis IIに買い換えた理由は、一年間ずっと楽しませてもらったUnique Melodyへの信頼と感謝の「お布施」みたいな気持ちもありますが、一方で、なんとなくMavisの限界や弱点も気になるようになってきたからです。

たとえば、最近Astell & Kernの高級DAP「SP1000」を試聴した際などに、他のイヤホンでは問題なくても、Mavisではイマイチ中高域が粗っぽく満足できない場面が何度かありました。そんな弱点に対して、Mavis IIはしっかり進化していると納得できたことで、買い換えの決心がつきました。

Cowon Plenue S

試聴には普段から愛用しているCowon Plenue Sと、据置き型はiFi Audio Pro iCANや自宅メインのViolectric V281などを使いました。

ちなみに上の写真は後日撮ったので社外品ケーブルを使っていますが、試聴時の感想は純正ケーブルでのものです。社外品ケーブルでは、高音がより艶っぽく美しくなり、低音も立体感が増すような感じでした。


44.1kHz 16bit CD音源で、カラヤン指揮ウィーンフィルのヴェルディ「オテロ」を聴いてみました。1961年のステレオ録音で、当時わずかな期間のみカラヤン&ウィーンフィルがDECCAで残した一連のスタアルバムのひとつです。

当時最高峰の指揮者・オーケストラ・レーベル・プロデューサー、そしてイタリア・オペラのトップスター達の絶世期というタイミングで、最先端の「ハイファイ・ステレオ録音」が実現できた、まさに運命の巡り合わせとも言うべき歴史的名盤です。

カラヤンというと、後年ドイツ・グラモフォンで録ったベルリン・フィルでの管弦楽曲ばかりが延々とリマスターされていますが、やはりカラヤンが一番輝いていたのは劇場だと思うので、こういうのもハイレゾリマスターとかで復刻してほしいです。もちろん上記DECCA「The Originals」シリーズのCD音質に不満はありません。


こういった古いアナログ録音では特にMavis IIの素晴らしさが輝きます。その点はMavisの長所をしっかりと継承していることが確認できて安心しました。

Mavis IIは低音から高音まで周波数レンジは広く、中域以上はある程度近い距離感ですが、低音はダイナミックドライバーのおかげで遠く奥の方に広がっていくような余裕があります。

上下左右の空間はあまり広くなく、厚みと奥行きで立体感を出すタイプです。音色が厚く、とくに中低音が豊かなわりに他の音色の邪魔をしないため、何層にも重なる複雑な味わいの、一流レストランシェフみたいな満足感です。

高音の空気感のようなものも、高級BAイヤホン勢と比べるとあまり強調されないので、リスナーを包みこむような臨場感は控えめです。この部分がとくにMaverick IIとの一番目立つ違いかもしれません。他社のイヤホンと比べても、たとえば同じくハイブリッド型のAKG K3003や、5×BA型のCampfire Audio Andromedaなどを基準とすると、Mavis IIにはそれほどの空気感はありません。

ただ、あの手の「シュワシュワ」した高域が苦手だという人も多いですし、とくに古いオペラ録音のように、背景ノイズが邪魔に感じる場合もあるので、どっちが良いかはケース・バイ・ケースです。

Andromedaなどのいわゆる空気感や臨場感というのは、常に雑多な背景音が途切れることなく聴こえていることで、目を閉じれば、その空間に自分がいるかのような錯覚に陥ることだと思います。たとえばハイレゾの教会合唱曲やライブコンサートなどでは、そういった空気感も録音の一部として丁寧に録られているので、観客席の臨場感が味わえる素晴らしい体験です。

一方Mavis IIの場合は、ソプラノ歌手やヴァイオリンなどの音色が高い周波数まで無理なく鳴り響いてくれるものの、音楽以外の環境音はおとなしく、あまり目立ちません。そのため、コンサートホールよりも、レコード鑑賞に近いです。

楽器の輪郭がしっかりしていて存在感があり、Mavisよりもトランペットやヴァイオリンなど金属的な音が明朗に鳴るのは嬉しいです。しかもクラリネットなどの木管楽器も「丸い音色」のままでクッキリ目立つので、安易な金属っぽいだけの響きではありません。


このカラヤンのオテロは、デル・モナコのテノールで演じられる主役のオテロ、ソプラノはテバルディ演じるデズデモーナ、悪役バリトンはプロッティのイアーゴと、各音域ごとに主役級が続々現れる名盤です。そのため機器の弱点を見つける音質テスト盤としても優秀です。

とくに、オペラのように情報量が多くダイナミックレンジが広いジャンルでは、並大抵のイヤホンではその全貌を「鳴らし切る」ことができません。歌手に集中すればオーケストラが濁り、ステージの群衆動作を描くにはヒロインのスポットライトが犠牲になり、かならず音作りに妥協があるものです。

Mavisはそのへんをバランスよく上手に再現できていたのですが、Mavis IIではさらに主役の存在感が強調されるようになり、一枚ヴェールが取り除かれたような魅力が生まれています。

オテロが民衆のコーラスをバックに歌うシーンなどでは、雑踏に埋もれることなく、一歩前に踏み出したヒーローとしての貫禄があり、「朗々と」歌っているという表現がピッタリです。

オーディオマニアが陥りやすい罠として、とくにオーディオ機器が高性能になり、情報量が増えるにつれて、臨場感は増すのに、主役の歌手が歌っているメロディが前に出てこなくなり、聴いていて楽しくなくなってしまいます。オペラはやはり感情的に盛り上がらなくてはなりません。

そのためオペラファンは、古いアナログレコードと真空管アンプにホーンスピーカーなどの組み合わせで、あえてハイテクから逆行して、音楽の一番美味しい部分を存分に引き出せるシステム構成を目指していることが多いです。Mavis IIがそこまで懐古主義と言うわけではありませんが、求めている「体験」は同じだと思います。

また、そんな趣向の強いイヤホンであっても、大抵は「ソプラノは良い」とか「チェロが映える」なんて、モデルごとに得意とするレンジが狭いものが多いのですが、Mavisはそこまで限定的ではなく、さすが高価なマルチドライバー型だけあって、全帯域で、全てのシーンで、聴くべきヒーロー・ヒロインを引き立ててくれます。


Analogue Productionsから2017年のSACDで、PrestigeレーベルのGene Ammons 「Boss Tenor」を聴いてみました。

五年ほど前までは精力的にジャズ名盤のSACDリマスター盤を続々リリースしていたAnalogue Productionsですが、最近は音沙汰が無く(というかポップスとかばかり出していて)、しかも数年前から「近日発売予定!予約受付中!」とか書いてあるジャズアルバムが一向に出る気配がなかったのですが、今回ようやくそれらのうちの何枚かが発売されました。マイペースなレーベルです。

リーダーのジーン・アモンズは太くソウルフルなテナー奏者で、サイドメンバーにフラナガン、ワトキンズ、アート・テイラーという、王道でクオリティの高いアルバムに仕上がっています。スタンダードのバラードと合わせて、パーカーの「Confirmation」も吹き込んだり、シングルホーンであってもアルバムを通してダレない名盤です。今回Analogue Productionsによるリマスターも、以前のRVGリマスター版CDよりも落ち着いていて聴きやすい仕上がりです。

まず、全体の鳴り方は、ジャズバーの雰囲気と臨場感というよりは、自宅でじっくりレコードを鑑賞しているような、飾らない実直さです。この「レコードっぽさ」は先ほどのオペラと共通する、Mavis IIの特徴だと思います。

プラチナメッキ金属管のおかげか、高音域は出るようになったのですが、心配していたキンキンカンカンな響きは無く、楽器の輪郭をハッキリと描いて、存在感を際立たせる、補助的な効果に留まります。

たとえばドラムセットだと、ハイハットやシンバルが派手にシャンシャン鳴るというよりは、控えめで「小気味よい」という程度です。むしろスネアドラムの方にインパクトが大きく、叩いた瞬間の「バンッ」という破裂音の情報量が充実しています。

さらにこのアルバムでは、パーカッションのコンガもポコポコと鳴っているのですが、これもスネア同様に音色がリアルに再現されています。胴体の木樽から響く低音と、ピンと張った皮を手で叩いている打撃が、ポンッと高域まで抜けていき、演奏風景が手に取るように伝わってきます。

主役のテナー・サックスが登場すると、今度はそっちが主役になり、目一杯ホーンから吹き出す音が体感できます。このアルバムではエコーが結構強めにかかっているのですが、Mavis IIでは楽器とエコーの区別がちゃんとできており、サックスを吹けば、サックスが全力で前に出てきて、音が鳴り止めば、エコーが空間を満たす、という繰り返しが気持ち良いです。サックス奏者の指使いのカチャカチャや、息継ぎのスーハーではなく、ちゃんと「ホーンの音」がグッと心に響くのが、このイヤホンの素晴らしいところです。

ベースやキックドラムの低音も、ダイナミックドライバー2基というデザインから想像するようなドスンドスン響く鳴り方ではなく、これもまず中域があって、そこから楽器の音色を補うような鳴り方です。

よく低域重視のイヤホンというと、全体のクリア感が損なわれるような印象がありますが、そういうイヤホンは、たとえば100Hzとか特定の周波数レンジだけを山のようにブーストしていて、それ以外の周波数帯の邪魔をしてしまう、というケースが多いです。

その点Mavis IIはかなり低いところまでしっかり鳴るのですが、無理に強調するのではなく、山や谷が無く、スムーズに伸びていきます。

これはハウジングに設けられた二つのポートが貢献しているのかもしれません。ドライバーが自由に鳴ってくれることで、たとえばキックドラムのドスンという音がスーッと聴こえなくなるまで遠くに伸びていくのが感じられます。この余裕のある感じは、たとえばゼンハイザーHD650やFocal Elearといった、低音寄りの開放型ヘッドホンによく似た鳴り方です。

同様のアイデアは、音圧を外に逃がすフィルターを設けた64Audio APEXシリーズでも体感できますが、あちらはダイナミックドライバーを登載していないので、中低音以下はあくまでBA型っぽい鳴り方です。ただし圧迫感が少ないという点は似ています。そういえば、64Audioでダイナミックドライバーを搭載したTia Fourtéというイヤホンは、Mavis II同様に低音がすごく自然で良かったです。でもあれは44万円なので、それとくらべたら12万円のMavis IIはお買い得、なんて思えてしまったらイヤホンマニアの末期症状です。

また、中低音に定評のあるゼンハイザーIE80ともよく似ている部分がありますが、やはりMavis IIはマルチドライバーだけあって、IE80では再現できない広帯域を実現できています。Mavis IIからBAドライバーや金属管を取り除いたらIE80っぽく鳴るのかもしれません。

ともかく、低音が豊かで、しかも邪魔をしない、というのはジャズやR&Bなど、「低音のグルーブ感を味わいたい、でもうるさいのは困る」というジャンルにうってつけです。

ジャズバンドの演奏では、そんな豊かな低音の波に乗って、サックスやピアノ、ドラムなど、その場その場で臨機応変に主役が交代して、音楽の何を聴くべきか、Mavis IIがスポットライトを当ててくれるようです。スポットライトというほど刺激的ではないので、暖かいキャンドルライトと言うべきでしょうか。「味わい深い」というのは、こういうことを言うのでしょう。

おわりに

一年間お世話になったMavisから、Mavis IIへの乗り換えは大成功でした。新たに進化したサウンドは、Mavis特有の暖かなマイルドさを維持しながらも、主役がハッキリと存在感を出してくる心強さがあります。

イヤピースはどれを使ってもそこそこ大丈夫でしたが、ケーブルやアンプには影響を受ける感じだったので、色々試してみることをお勧めします。


実は今回も、せっかくだからMavis IIよりも上位モデルのMaverick IIに乗り換えてみようかな、なんて考えて、店頭でじっくり試聴してみたのですが、やはり店を出たときにはMavis IIを手にしていました。それだけ私の趣味に合っているのでしょう。

誤解してもらいたくないのは、トータルバランスや、いわゆるランキング的な「高音質」という意味では、Mavis IIよりもMaverick IIの方が優れていると思います。

ただ、私の場合、趣味のためのイヤホンなので、なんでもできる万能選手というよりも、特別な魅力を放っているイヤホンを何本か持ちたい性格です。その点でMavis IIの個性に惹かれました。もし手元のイヤホンを全部捨てて、たった一本だけしか持てないのであれば、その時はMaverick IIがかなり有力な候補になると思います。

Campfire Audio AndromedaとUnique Melody Mavis II

具体的には、Maverick IIの方が高域の澄んだ感じとか、空間の爽快さがよく出ているのですが、私はそっち路線のCampfire Audio Andromedaをすでに持っているので、性格がかぶるような印象を受けました。Maverick IIがAndromedaと似ているというよりも、Mavis IIとAndromedaが両極端で、Maverick IIがそれらの中間にいるような感じです。

なんにせよ、高級イヤホンでどれを買うか悩んでいるなら、Maverick IIのユニバーサルかカスタム版を選んでおけば失敗は無いと思います。一方Mavis IIは、試聴してどうしても音色に惹かれてしまった、という人だけが手を出すべき個性的な逸品です。


Mavis IIはシビアなモニタリング用途よりも、レコードプレーヤーと真空管アンプのような、じっくり時間をかけて音楽を味わうスタイルに適しています。それでいて高価なイヤホンだけあって見通しの良さもしっかりしています。

聴きやすいサウンドというのは、ただマイルドでパンチが弱いのではなく、小音量でも痩せず、ボリュームを上げても刺激が増さないので、リスニングの楽しみが得られる許容範囲が広いということでもあります。

キラキラしたハイファイ調なサウンドを期待している人には、多少物足りない感じもします。たとえば、もし超ハイレゾな高音質録音とかなら、他のイヤホンも色々と試して、録音に込められたポテンシャルを引き出してみたくなります。

一方、普段の通勤で、気に入ったアルバムを数枚選んで味わいたい、心を安らげたいという時には、良きパートナーになります。

微小ノイズを聴き分けるテストをするなら他社の高級イヤホンに負けるかもしれませんが、自分の愛聴している歌手の歌声で選ぶなら圧勝する自信があるイヤホンです。