B&W PX |
B&W PX
最大手スタジオモニタースピーカーのメーカーとして飽き足らず、近頃はヘッドホンにも精力的なBowers & Wilkins社ですが、今回登場した「PX」はAPT X HD対応Bluetoothワイヤレス+アクティブノイズキャンセリングというハイテク志向のヘッドホンになりました。これまでのB&Wヘッドホンは「P3・P5・P7・P9」と上位になるにつれて数字が大きくなるラインナップでしたが、今回は異例の「PX」という名称です。Xは10という意味なのかどうかは不明ですが、値段は5万円台ということで、トップモデルで10万円のP9よりは安く、P7とP9の中間に収まる位置付けです。
「P9」が純粋なアナログヘッドホンとして同社スピーカー技術を振り絞ったモデルだったのに対し、「PX」はBluetoothワイヤレス+デジタルNCというハイテクのかたまりなので、単純なグレード比較はできないという意味で「PX」と名付けたのかもしれません。
P9はアナログケーブルのみですが、すでにP5とP7はBluetoothワイヤレスモデルが登場しているので、無線技術についてのノウハウは実証済みです。しかしそれらはアクティブNCを搭載していなかったので、今回PXにて初めての試みになります。
PXとP7 Wireless |
私自身は有線版のP5 Series 2とP7を持っており、昨年登場したP7 Wirelessの音も気に入っているのですが、アクティブNCではないとワイヤレスは使う機会が無いだろうということで購入しませんでした。(P7を持っていなかったらP7ワイヤレスを買っていたと思います)。それくらいB&Wは好きなメーカーなので、今回PXの出来具合も非常に興味があります。
PXはこの手のハイテクヘッドホンとしては定番のBOSE QC35やソニーWH-1000XM2などと比べると割高感はあります。さらにPXの重量は330gで22時間再生だそうなので、スペック的にはソニーWH-1000XM2の275g・30時間と比べると若干不利です。金属とレザーを多用したデザイン重視の設計なので、その高級感を気に入った人なら許容できる数字だと思います。
デザイン
B&Wヘッドホンと言えば、複雑な曲線を描くハンガー部品が印象的でしたが、今回は定番のクロムメッキではないものの、ガンメタルっぽいカラーリングが渋いです。実機は広報写真よりも色が薄めでした。ちなみにゴールドカラーもありますが実物は見ていません。派手ではないものの、凝ったデザインです |
ケーブルがハンガーの外側に沿っているのは機能的には無意味ですが、デザイン要素としてはインパクトがありカッコいいです。
手にとって見ると、とにかくカッチリしていてギシギシ・グラグラせず、ヘッドバンド調整スライダーも絶妙な摩擦でスーッと伸縮できるので、見た目だけでなく工作精度の作り込みも素晴らしいです。メカニカルでありながら自然な曲線で、部品の組み付け跡やネジ穴などが見えないよう入念にデザインされています。
ボタン類は右側に集約されています |
タッチセンサーではなく物理ボタン操作なので個人的に嬉しいです。再生・曲送り・戻し、そしてNCとBluetooth電源スイッチのみという、一昔前のシンプルさですが、私は逆にそれが良いと思っています。ボタンはしっかりした手触りで、凹凸で識別できるので、即座に使えこなせますし誤動作がありません。
写真では見えませんが、下部にあるUSB端子はマイクロUSBではなくUSB Cタイプというのが珍しいです。ちなみに充電のみでなくUSBオーディオとしても使えるそうなのですが、残念ながら試せていません。
B&Wアプリ
PXヘッドホンを試聴するにあたって一番問題になるのは、様々な機能を設定するためにはスマホアプリとの連携が必須だということです。これはソニーとかも同じなのですが、店頭で事前にアプリを用意していないと困ることになります。というのも、PX本体側面にあるNCボタンは単純に「NC ON・OFF」ではなく、「ユーザーが事前に選んだNCモードON・OFF」という扱い方なので、つまり前に使ったユーザーが選んだ設定がそのまま記憶されていることになります。
8MBくらいだったので、その場でダウンロードしたのですが、最近のヘッドホンメーカーはどこも独自アプリを作りたがるので、私のスマホはヘッドホンアプリだらけになってしまいました。
ペアリングにアプリは不要です |
B&W PX専用アプリ |
具体的には、まずNCのモードが「オフィス・シティ・フライト」という三種類から選べて、それぞれキャンセリングの特性が若干変わります。たとえばオフィスは効き具合は弱いけれど、NC特有のサーッというホワイトノイズが少ないですし、フライトだとエンジン音に特化した効き方で、静かな場所では「うねり」やホワイトノイズが目立ちます。
次に、ボイス・パススルーというのがあり、スライダーを上げることで、声を意図的に強調して聴き取りやすくできるという機能です。デフォルトで若干効くようになっているので、完全にNCしたい人はアプリにてOFFを選ぶ必要があります。
Wear Sensor |
さらに、何人かにPXを使ってもらって一番コメントが多かったのが、Wear Sensorという機能についてです。これはヘッドホンにセンサーがあり、耳から浮かせると音楽再生が自動的に止まり、再度装着すると音楽が自動的に再開する、という機能です。
便利な機能だとは思うのですが、挙動がイマイチ把握しづらいです。再生アプリとの相性や、スマホとの通信に時間差があるせいかもしれませんが、ヘッドホンをちょっと浮かせらたら音楽が止まり、すぐ装着し直しても音楽が止まったままで「あれっ?」と思うことなんかもありました。とくに頭が小さい人は誤動作が多かったです。この機能はアプリでOFFに出来ますし、さらにセンサーの感度が三段階に調整できます。私自身はOFFにして手動で音楽再生停止する事にしました。
つまり購入後に自分に合うように設定すれば良いだけなのですが、たとえば試聴時にわざわざアプリをダウンロードしてまで詮索するような人は少ないと思うので、「なんだか挙動がややこしい」という理由で買わなかった人もいるかもしれません。たかがヘッドホンなのに、機能が複雑になるにつれて、気軽な店頭試聴のみでは十分な理解が得られないという時代になってきたようです。
装着感
PXはアラウンドイヤー型なのですが、柔らかくフカフカというのとは真逆で、かなりカッチリした楕円形のレザー枠組みをカポッと耳周りに被せるような感じです。近頃のヘッドホンとしては珍しいというか、工事現場の防音イヤーマフやパイロットが使う通信機器みたいな硬派な装着感です。B&W P7もアラウンドイヤーで長方形の「硬めの箱」みたいなイヤーパッドでしたが、あれよりも狭く、より耳に沿って覆うような感じです。
かなりしっかりした装着感です |
遮音性重視なので側圧は強めですが、肌触りは良好ですし人間工学的にもよく考えられているので、痛いとか不快ではないのですが、「密閉型ヘッドホンを付けている」感が強いです。BOSEよりもソニー1000Xに近いですが、それよりもさらにピッタリしています。中途半端に緩くフカフカすることで静粛性が犠牲になるよりは、この方が良いのでしょう。
NC機能については、試聴したのがエアコンが若干うるさいオフィス環境だったので、「オフィス」モードでボイス・パススルーは「OFF」に設定しておきました。
ホワイトノイズはほぼ聴こえず、イヤーパッドの密着具合と相まって静音効果は抜群に良いです。さらにNC特有のうねりみたいな気持ち悪さも少ないので、ずっと装着していても不快感はありませんでした。NCヘッドホンはいろいろ試していますが、これはかなり優秀な部類だと思います。
ソニー・BOSE以外のアクティブNCというと、メーカーによっては全く使い物にならないものも多いのですが、PXはB&W初のアクティブNCとしては上出来で、これ以上多くは望めません。
音質とか
PXのサウンドは過去のB&Wヘッドホンの中ではどちらかというとP5 Series 2に近い感覚で、中域がグイグイ前に出てきてエッジが際立つアグレッシブ気味なサウンドでした。派手な音色ですが破綻しているわけではなく、ドンシャリっぽくアタックがキンキン刺さるというよりは、ボーカルのシャウトとかに勢いのある派手さです。NC ON/OFFを切り替えてもサウンド特性はあまり変わりませんでした。
低音も立体的に展開するのではなく、音圧の塊となってドスンと攻め寄ってくるような表現なので、とくに騒音下のNC状態でもロックボーカルなんかがガンガン聴ける力強さを発揮してくれます。従来のNCヘッドホンというと、どうしてもシュワシュワして「もどかしい」からと敬遠していたという人でも、このPXであれば存分に楽しめると思います。活きが良くノリが良いサウンドのヘッドホン、というのはこういうものなのでしょう。
B&W P7の方が高音がよく目立つ明るめのサウンドで、空気感や爽快さの表現は一枚上手です。さらに低音もP7の方がより深く立体的で、頭内というよりは周囲近辺から音が飛び交う「ホログラフィック」と言われるような鳴り方です。P7は密閉型でありながら大きめのハウジングで開放感を実現し、高音質録音を余すこと無く味わえるような、真面目なリスニング向けヘッドホンだと思います。
私自身はP7のサウンドが大好きで、特にクラシックにおいては室内楽から交響曲までしっかり余裕を持ってこなせる優秀なヘッドホンだと思っています。しかし、もしP7にNCを搭載したら、たぶん同じサウンドは維持できなくなるでしょう。
アクティブNCというのは原理的に逆位相信号でキャンセルするため、最高音と重低音の空間表現(つまり位相管理)を苦手としているので、PXはあえてP7とは方向性を変えることで、NC特有の違和感に翻弄されない、それでいて音楽が楽しめるサウンドを目指したのだと思います。
たとえば、高音の位相ズレでシュワシュワしてしまうよりは、マイルドに丸めて仕上げたBOSEや、NCであろうともハイレゾっぽくしっかり高音を出そうとNC控えめドンシャリ強めにしているソニーなど、それぞれNC効果とサウンドを合わせたチューニングに試行錯誤が感じられますが、B&W PXの場合は中域のドライブ感を強調することで絶妙な充実感を実現しています。
PXはじっくり腰を据えて批評する気分で聴いていると、そこまで完璧とは思えないのですが、室内でも屋外でも、立ち上がって歩き回って聴いてみると、BGM以上の主張があり、なんだか自然に音楽が頭に入ってくるような、「結構良いじゃないか」と思えてくるのが不思議です。そんな実用性重視の聴き方・聴こえ方をしっかり理解して開発しているのだとすると、さすがベテランメーカーの技量なのでしょう。
ただしこのPXの勢いのあるサウンドは音楽ジャンルによっては合う・合わないはあると思います。たとえばクラシックの室内楽なんかはP7ではそこそこ楽しめたのですが、PXでは優雅さの片鱗も見せず、ピアノトリオですらアグレッシブに感じてしまいます。もちろん多くの人はマイルドなクラシックばかり聴きたいわけでは無いと思うので、普段BOSEやソニーではイマイチ退屈で飽きるという人ならばPXの方が満足度は高いと思います。
おわりに
B&W PXはBluetooth周りの操作性、NCの効き具合、そして音質の仕上がりと、これといって不満が見つかりませんでした。硬めの装着感や、スマホアプリとの連携など、人を選ぶ部分もありますが、全体的に高水準で死角の無いヘッドホンです。デザインの美しさも含めて、これだったら定番のソニーやBOSEと比べても若干プレミアム価格でも納得できます。よくNCやワイヤレスヘッドホンは回路コストがあるから同じ価格のアナログヘッドホンには音質で敵わない、なんて言いますが、B&Wの場合、P5、P7、そしてPXと、どれもしっかり価格相応の優れた音質を維持出来ているのが凄いです。
特に今回B&Wに感心したのは、ヘッドホンのサウンドチューニングにおいて、メーカーのシグネチャーサウンドというものに固執せず、モデルごとに想定するユーザー層や使用環境なんかを考慮している、柔軟性や作り込みを感じます。
これはB&WスピーカーのCMや600・700・800シリーズなどでもそうなのですが、全部同じ系統のサウンドで低級・高級の差を付けるのではなく、それぞれが独自に満足できる音に作り込んでいます。その辺が、老舗スピーカーブランドとして、一辺倒ではない懐の深さなのでしょう。PXはそんな一流ブランドの妥協しない姿勢が実感できる、とにかく良く出来たヘッドホンだと思いました。