2017年12月16日土曜日

いろいろ試聴記 Focal Clear

いろいろ試聴記の5回目はFocalの開放型ヘッドホン「Clear」です。

昨年登場したFocal 「Elear」の別チューニングバージョンということで、米国では現在$1500くらいで売ってます。

Focal Clear

日本では流通量の少ない輸入モノなので、値段はまだ流動的なようですが、Focalといえば昨年56万円の超弩級ヘッドホンUtopiaを発売したばかりなので、それと比べると安いかも、なんて、感覚が麻痺してしまいます。

ElearとClearはそれぞれUtopiaで得た技術をより低価格に落とし込んだヘッドホンということです。


Clear

フランスのFocal社はスピーカーでは老舗ですがヘッドホン業界では新参者なので、今のところまだロードマップや方向性みたいなものが見えてきません。今回のClearについても、Elear発売からちょうど一年経っての登場ということで、後継機なのか上位機種なのかバリエーションなのか、イマイチよくわかりませんでした。

2017年11月には、日本でのFocal輸入代理店はMr Speakersなども扱っているエミライに決まったとのニュースがありましたが、今のところ低価格なイヤホンとかの話題が主で、この手の高価な大型ヘッドホンについては不明です。代理店が力を入れないと雑誌広告や店頭試聴など大々的な宣伝ができないので、日本ではまだ知名度が低いようです。

とくにアマゾンや価格コムなどを見てもFocalは並行輸入品が多く、価格は大幅に変動しているためアテになりませんので、米国アマゾン価格を見るのが手っ取り早いです。それによると、Elearが$800、Clearが$1500くらいが相場のようなので、結構な値段の開きがありますね。

銀のClearと黒のElear

そもそもElearというヘッドホンは、Focalのスピーカー技術を惜しみなく投入したフラッグシップモデル「Utopia」をベースに、Utopiaの40mmベリリウムドライバーを40mmアルミ・マグネシウムドライバーに変更するなど、より低価格な素材を使うことで値段を抑えたモデルです。

Utopiaは確かに凄いヘッドホンだと納得できる完成度でしたが、さすがに56万円という値段をまともに検討できる人は限られていると思うので、Elearは世間のハイエンドヘッドホンの売れ筋である10~20万円という価格帯に投入する戦略的モデルとして生まれたのだと思います。

そんなElearが登場してから一年が経ち、とくにアメリカでは好評を得ていますが、やはりレビューなどではUtopiaと比較されて色々言われることもあり、不遇のヘッドホンとも言えます。Utopiaがあそこまで凄いと、Elearは弱点もあり平凡に思えてしまいます。そこで今回発売したFocal Clearは、Elear発売後に指摘された数々の不満点を一気に対策したマイナーチェンジバージョンのようです。

通気性のあるイヤーパッド

ElearとClear、具体的にどこが違うのかというと、音質面でElearは低音が強すぎるということはよく指摘されていたので、サウンドをよりクリアに変更したということが、「Clear」という名前につながっています。

また、Elearのヘッドバンドとイヤーパッドは厚手のスエード調素材で、硬くて蒸れるということで、Clearはより柔らかい通気孔のある素材に変更されました。

Elearのベタベタ3mケーブルは不評でした

着脱可能な布巻きケーブル

さらに、Elearの付属ケーブルが3mと長く太く、表面がベタベタしていると不評だったため、Clearでは布巻きに変更され、しかも3m・6.35mm、3m・4ピンXLRバランス、1.2m・3.5mmという三種類が付属するという太っ腹な判断です。値段が高くなったのはケーブルが増えたからだという理由もあるのでしょう。

そんな感じに、ユーザーの要望を余すこと無く実現したモデルがClearなので、ヘッドホン市場に攻め込みたいFocalとしては、ユーザーフィードバックを最優先ということで、かなりのフットワークの軽さを見せてくれました。

音質とか

フィット感は良好で、ヘッドバンドの調整範囲も十分にありますし、柔らかいスエードパッドのおかげで一旦装着したら手袋のように頭にピッタリ沿って密着してくれます。角がぶつかって痛いとかそういうことは無いので、デザイン的にはかなり快適です。

しかし450gという重さは首と肩にズッシリくるので、長時間リュックサックを背負っているかのように、徐々に披露が蓄積されます。ウッドハウジングとか平面駆動ドライバーとかでもないので、完全開放型だからこそ、もうちょっと軽く出来たらと思います。

駆動能率はElear・Clearとも104dB/mWですが、Elearが80Ω、Clearが55Ωと公称インピーダンスが違います。交互に聴き比べてみるとアンプのボリュームはほとんど同じでよかったので、あまり気にする程のことでもないです。たぶん音響チューニングが変わったことによるインピーダンス特性が若干変わっただけだろうと思います。

双方を聴き比べてみると、たしかにElearは中低音が充実していて、Clearはより高域が目立つようなチューニングです。どちらもダイナミックドライバー開放型ヘッドホンとして典型的なサウンドで、これまでゼンハイザーやベイヤーダイナミックなどの開放型を聴き慣れている人ならば驚きは無く安心して楽しめるような仕上がりです。

上位モデルのUtopiaと比べると、Elearはとくに全周波数に渡ってうっすらとヴェールのようなフィルターがかかっている感じがするので、それが独自の個性を与えているようでした。どの帯域の楽器にも特徴的な金属っぽいザラッとした質感が乗っているようです。

スムーズでまろやかという感じとは正反対なので、エレキギターとかこぶしの利いたヴォーカルとかはElearの質感がプラスになると思います。一方グランドピアノとかでは普段よりも倍音成分が上乗せされたような響きかたをするので、ちょっと音響が派手すぎるように感じました。これがとくに低音では押し付けがましく感じることもあるので、量感よりも鳴り方の意味で、中低音が過剰に聴こえてしまいます。

一方Clearを聴いてみると、たしかにElearと比べると中低音の厚さが消え去り、だいぶクリアで音抜けが良くなります。そもそもElear・Clearのどちらも空間表現は良好で、開放型ヘッドホンとして左右の広さや距離感は優秀です。そこにClearのクリアサウンドが加わることで、より遠くへ拡散していく広々とした音場展開を実現できています。中低域よりも下の低音は削られておらず、しっかり出ているので、Clearだからといってスカスカというわけではありません。

Elear・Clearそれぞれに個性があることはわかりましたが、やはり冒頭で感じた金属っぽいザラッとした質感がどちらにもあるため、あくまで兄弟モデルであることがわかります。たぶんドライバーのクセなのでしょう。

普段はそこまで気にならないかもしれませんが、たとえばエフェクトを多用しない生楽器のアルバムなどでは、集中して聴けば聴くほど、どの楽器のディテールも、一番細かい情報よりはヘッドホン由来の響きの方が勝ってしまうというもどかしさです。

この特徴的な質感のせいで、細部のディテールに最後の一絞りの解像感が足りず、また最高音の伸びやかさも制限を受けているように感じるので、それがHD800などの定番ハイエンドヘッドホン勢にあと一歩追いつかず惜しいと思いました。Utopiaではそんなことはなく、まさに完璧に近い解像感と伸びやかさを実現できているので、そのせいでElear・Clearは今一歩妥協した部分があるように思えてしまいます。

Clearの方がクリアではあるので、それだけ音抜けがよくなり、結果的に音の重なり合いが改善され、細かな音色の聴き分けはしやすくなっています。

しかし、長く試聴していると、そんなClearにも欠点はあるようでした。Clearが音抜けが良いというのは、高音が高いところまで鳴るというわけではなく、あくまでElearと同じサウンドをもとに、ある特定の中低域が大幅に抜き取られたように聴こえます。

つまりサウンドの特徴そのものは変わっていないので、たとえばフルートなど高音楽器を聴いてみると、響き、量感、帯域上限のどれもElearと同じような鳴り方です。そして、その下のチェロなどの帯域がゴッソリ削減されているので、楽器によっては自然音が物足りなく、薄味で、フィルターを通したような鼻声っぽい音色になります。

先入観として、Elearは低音豊かだからポピュラー向け、Clearはクリアサウンドだからクラシック向け、なんて思っていたのですが、いざ聴いてみると、むしろ逆のように思えてきました。

Elearの方が空間表現はどの帯域でも均一なので、楽器の自然な音響が実現できています。様々な楽器がせめぎあうオーケストラでも全体像が現実によく似ていて違和感がありません。もちろん中低域の量が多いという点はありますが、そもそもクラシック録音で中低音が過剰で圧倒されるなんてことはありません。

一方Clearは空間のバランスが崩れてしまったように聴こえます。中低域だけがギュッと狭くなり、それ以外がElear並に広く投影されることで、帯域ごとの空間展開が均一ではないところが気になりました。ジャズバンドに例えると、ベースやキックドラムのみがドッシリとセンターに配置され、トランペットやサックスが周囲を飛び交うような聴こえ方です。チャート系ポップスのように中低音の主張が強く、空間の自然さはそこまで要求されないような音楽の場合であれば、Clearの方が向いていると思います。

現実の演奏会に例えると、Elearは演奏された音楽に厚みを与えて引き立てるような響き豊かな伝統的コンサートホールっぽいサウンドで、一方Clearは演劇でも演歌リサイタルでも万能に扱える(PA前提の)デッドな市民会館・多目的ホールといった印象でした。

おわりに

改めて考え直してみると、Focal ElearはFocalのエンジニアが生み出したFocalが理想とする(つまりFocalらしい)サウンドで、一方Clearは、ユーザーフィードバックを元に調整し直した、Focalらしさから距離を置いたサウンドかもしれません。

確かにClearの方が俗に言うフラットで周波数特性的には正しいサウンドなのかもしれませんが、そのせいで失われたものも多いと思えるので、私としてはどうも好きになれず、むしろElearの方が好きです。しかしどちらもUtopiaと比べると個性や主張が強く、普段のメインヘッドホンとして使おうという気にはなれなかったので、その辺はゼンハイザーHD800に対するHD700みたいなイメージが浮かびました。

Clearを一通り聴いた後、同席していた友人に、「う~ん、音は良いんだけど、8万円以下くらいだったらちょうど良いのに・・・」なんて言ったら、相手に「それFocal Elearの時も全く同じ事言ってたよ」と指摘されてしまいました。

音質の評価というのはあくまで主観的なものなので、よく雑誌にあるような五角形グラフみたいなスコア比較は無理なのですが、いざ自分が買って使うかどうかと想像すると、どうしてもコストパフォーマンスは脳裏をよぎってしまいます。

Focal Elex

そんなことを書いていた矢先に、Focal Elexというヘッドホンが登場しました。米Massdropとのコラボレーションで(限定か先行販売かは不明ですが)、Elear・Clearと同じデザインの第三の選択肢として、定価$799という安さです。

Elearの発売価格は$1000(米アマゾンで現在$800)で、Clearは$1500くらいです。ElexはElearをベースとして、Clearゆずりの通気性イヤーパッド・ヘッドバンドと布巻きショートケーブルが付属して、しかもしっかりフランス製で$799ということで、両者のハイブリッド的なモデルとなると、かなりお買い得な価格です。

まだ実物を見たわけではないので(買う予定もありませんし)音質については何とも言えないのですが、悪くないということは想像できます。ただ短期間にここまでニューモデルを展開されると、買い時がわからず躊躇ってしまう人も多いと思います。

結局これが何を示しているのかというと、やはりヘッドホンの相場がインフレ化しているのでしょう。過去にもAKGがK701〜K712まで無数のバリエーションを展開したり、ベイヤーダイナミックのDT990シリーズ、ゼンハイザーならHD25シリーズなど、イマイチ違いがよくわからないバリエーションをいろいろ出す前例は沢山ありました。

しかしそれらは2〜5万円くらいが相場で、それらでいろいろと吟味した先に、各メーカーのフラッグシップのK812、HD800、T1などが10万円台で堂々と鎮座しているような価格設定でした。それがFocalでは、バリエーション豊かな普及機が10万円台で、フラッグシップが50万円越ということになってしまったのが、他社との比較を難しくしています。

Fabriqué en Franceです

Focal Clear・Elearは、ハウジングの豪華なデザインや、フランス製であるということなど、あくまでトータルパッケージとしての値段は納得できる部分は多いので、コスパが悪いという一言で済ませてしまうのは勿体無いです。

これはたぶんフランス製自転車を買う人の気持ちと同じだと思うのですが、懐に余裕があって、試聴して気に入ったというのなら、あまり悩むこと無く財布の紐が緩んでしまいます。しかしロングセラーで最低価格に下がりきった上級ヘッドホン(HD800とか)と比較すると分が悪いです。

つまり、おのおのサウンド以外の魅力も見出だせないと、現時点でClearの流通価格はちょっと厳しいものがあると思いました。そういった意味で「嗜好品」としての魅力は十分あります。