2018年7月12日木曜日

final E5000 イヤホンのレビュー

final E5000 イヤホンを買ったので、感想とかを書いておきます。2018年5月発売の新作で価格は3万円くらいです。

E5000

finalはこれまでも似たようなデザインのコンパクトイヤホンを続々出していますが、今回はダイナミックドライバー搭載モデルなので、2017年末に登場したE2000・E3000の上位モデルのような存在です。

このE5000と同時に、約16,000円のE4000というモデルも発売されました。サウンドチューニングが結構違うので、両方聴き比べてみて私はE5000の方を買いました。


final E5000

final社はイヤホン・ヘッドホンに特化した日本のオーディオメーカーで、神奈川県川崎市に本社ラボとショールームがあります。2015年くらいまではファイナルオーディオデザインというブランド名でしたが、現在はシンプルにfinalという名前になっています。

約63万円のSonorous Xヘッドホンや、最近発売した39万円の平面ドライバー型ヘッドホンD8000など、上位モデルを見ればキリがありませんし、イヤホンも金属を強調した奇抜なデザインの高級モデルに目が移りがちですが、その一方で、数千円台からコストパフォーマンスの高いイヤホンも幅広く展開しています。


4万円のSonorous IIIと63万円のSonorous X

BA型のFシリーズ

私の場合、数年前までのfinalというと、「色々モデルがあるけど、何がどう違うのかよくわからない」とあまり興味を持てなかったのですが、しかし社名が変わったあたりから、普及価格帯モデルも積極的にニュースメディアに現れるようになり、スペックやラインナップの解説も充実して、選びやすく、買いやすくなってきたように思います。

2016年のSonorous II・IIIヘッドホンは、4万円以下という価格帯で「こんな高品質・高音質で、この値段で大丈夫なのか」と驚きましたし、その後F7200などBAドライバーイヤホンシリーズもずいぶん良い出来でした。

極めつけは、2017年末に登場したE2000・E3000というダイナミックドライバーイヤホンで、それぞれ約4,000円・5,000円という超低価格でありながら音が良いです。単純に「安いわりにまあまあ使える」というレベルではなく、1、2万円クラスと十分勝負できますし、とくにfinalの良いところは、数千円のモデルであっても、素材の質感や組み立て精度など、製品としてのクオリティが高いことです。

たとえば近頃は、主に中国の新興メーカーなどの高コスパIEMイヤホンとかが話題になっていますが、それらは確かに悪くないものの、実際に試聴してみると、案外「良い音のものは、有名ブランドと変わらないくらい値段が高い」という現実に直面します。さらにハウジングやケーブルなどの品質が悪く、初心者が作ったプラモデルみたいな質感に買う気が失せてしまいます。

その点Finalの場合、高水準な商品クオリティとコストパフォーマンスを両立できているので、実際に現物を見て使ってみると、その製造技術の高さに関心してしまいます。

E3000とE5000

とくにE3000は「5,000円だし、ネットで人気らしいからとりあえず買ってみるか」という程度の認識で侮っていたところ、実際買ってみたらかなり良かったので、今回E4000・E5000は大きな期待がありました。

デザイン

私が買ったのはE5000の方なので、本体は鏡面仕上げのステンレス製、付属ケーブルは銀コートOFCの高級品が付属しており、finalらしいキラキラしたジュエリー感があります。

E5000

同時発売のE4000は黒いアルミ製で、OFC線材の黒いケーブルが付属しています。単純に見た目の違いだけでも1万円の価格差に十分な説得力があると思います。

パッケージ

黒い紙箱

パッケージはスマートでカッコいいデザインです。なんだか百貨店で売ってる高級キッチンウェアとかカトラリーセットみたいな風貌です。

イヤホンは付属収納ケースの中に入っており、イヤピースなどアクセサリーの入っているビニール袋は、わざわざ和紙みたいなので包んであります。

シンプルでデラックス感があるのは良いと思いますが、収納ケースがビニールに包んであり、さらに中にあるイヤホンも左右個別にビニール、3.5mmプラグもビニールと、過剰包装すぎると思いました。こういうところが日本っぽいと思います。

付属収納ケース

収納ケースはF7200と同じ物かと思ったのですが、新たに内部のデザインが変更されています。それにしても、かなり奇抜なデザインです。フニャフニャしたシリコンゴム製のUFOみたいな形で、カラビナも付属しています。

F7200では、蓋を空けて、中の円盤にケーブルをグルグル巻きつけるスタイルだったのですが、今回は中が空洞になっており、あらかじめ巻いたケーブルを詰め込むだけの構造です。個人的にはこっちの方が手軽で好みです。

使い勝手は良好です

中心部分が薄いのでイヤホンを固定します

このケースは実際に使ってみると意外と悪くないです。素材が柔らかいため、ペリカンケースのようにケーブルを挟んで潰してしまうようなリスクがありません。外周が厚くなっているのでイヤホンをしっかり圧縮から保護してくれますし、蓋の中心部分が薄いため、イヤホンをピタッとサランラップの要領で優しく押さえつけてくれます。

つまり医療や産業用でよくつかうメンブレンボックスと同じアイデアです。このコンセプトで、もっと大きめのカスタムIEMとかが入る汎用品を作ってませんかね。

イヤピースと耳掛け用フック

シリコンイヤピース各サイズが付属しています。いわゆる一般的なソニーサイズなので、使い回しもできます。

finalのイヤピースは家電店とかでも3ペア800円くらいで別売しており、色々なイヤホンで使いやすく個人的に気に入っているので、なんだか得した気分になります。

経験上、イヤホンの音質はイヤピースの長さ、大きさ、内径や密着度など、色々な要素に影響されるので、新製品を試聴する時は必ずいくつか異なるイヤピースで試してみるのが重要だと思っています。個人差が大きいので、メーカー側としても、どのイヤピースがベストか答えられないのが難しいところです。

イヤピースの話で余談になりますが、私が最近イヤホンを試聴する時には、カバンの中にfinalのやつと、SpinFit、JVCスパイラルドット、ソニー、コンプライの五種類を入れています。

どのイヤホンでも概ねfinalかSpinFitのどちらかで良好な音質とフィットが得られるので、まずこれらを試します。

finalは短くSpinFitは長いので、Finalでは奥まで挿入できていない時はSpinFitを、逆にSpinFitだとハウジングがブラブラしてしまうときはfinalを、といった感じです。E5000はハウジングが細く、挿入の妨げにならないため、finalのイヤピースで的確です。逆にSpinFitだとハウジングが宙吊りのようにフラフラして安定しませんでした。

他にも、JVCは内径が広くソニーは狭いので、音に派手さを出したい時はJVC、コントロールしたい場合はソニー、などと使い分けるのも楽しいです。(あくまで自分の耳での印象です)。コンプライは音がモコモコしがちですが、ハウジングデザインが悪くフィットしてくれないイヤホンなどは、コンプライを使うと音質改善することが多いです。

イヤピース裏側が色違いです

E5000本体にはMサイズが装着されてましたが、粋な演出で、イヤピースの左右で内側が色違いになっていました。(左がグレーで、右がピンク)。本体にもLRが印刷してあり、さらにケーブルにも黒と赤のリングがあるので、左右を間違えることはなさそうです。

E5000

音導管

イヤピースを外して音導管部分を見ると、中に薄いプラスチック膜のようなメッシュが見えます。これも音質チューニングに影響を与える重要な要素なのでしょう。

E3000とE5000

並べて見ると、E5000はE3000と同じ長さのハウジングの後ろにキャップのようなものが付いて拡張されている感じで、ケーブルが着脱可能なMMCXコネクターになっています。

E3000は背面が通気グリルのようなデザインになっていますが、E5000はキャップのせいで密閉型になったのかと思いきや、MMCXコネクターの後ろをよく見ると長方形の通気ポートが設けられています。後述しますが、これが非常に重要な要素になっていると思います。

付属ケーブル

MMCX

E5000には高級そうな銀コートOFCケーブルが付属しています。このためにE4000よりもE5000を選ぶ人も多いと思います。

F7200用と同じ線材のようですが、それらはケーブル単品で26,000円くらいするので(しかも好評なようなので)、私も「最悪イヤホンが悪くても、ケーブルだけ他で再利用できるかも」なんて考えてしまいます。実際このケーブルは他のイヤホンでも色々試してみましたが、他社の高級アップグレードケーブルと比べてもかなり良い物だと思います。

公式サイトによると、スーパーコンピューター用ケーブルも作っている一流メーカーと協力して作り上げたなんてエピソードがありました。実際それで高音質になるのかというよりは、そういったシビアなスペックに対応できる技術力のあるケーブルメーカーだということでしょう。オーディオケーブルというと、いつの時代も値段だけは超プレミアムな粗悪品が横行しているので、やはり良いケーブルというのはオカルト的ギミックよりも、実績のあるメーカーによる品質管理というのが一番重要だと思います。

装着感が良いです

E5000のフィットはかなり良いと思います。手軽に耳から垂らすのも軽快ですが、さらに予想外に良好だったのが、ケーブルを耳に掛ける、いわゆるシュアー掛けです。

付属ケーブルは硬めでツルツルした質感なのですが、バネのように跳ね返るような弾性はなく、耳に沿って曲げてクセを付けやすいです。そのため、付属のイヤーフック部品を使わなくても、ShureやWestoneと同じくらい手軽にパッと耳掛け装着でき、外れにくいです。

E4000などの黒いゴムケーブルはもっとフニャフニャで弾性があり、形を維持してくれないので、耳掛けしてもケーブルの収まりが悪いです。それもE5000を選んだ理由の一つです。

さらに、MMCX端子がちょうど装着時にケーブルが耳にループする絶妙な位置にあるので、ケーブルが引っ張られてもしっかりフィットを維持してくれます。

たとえば同じような筒状ハウジングのイヤホンでも、EtymoticやCampfire Cometなど、ケーブルがハウジング後方に出るタイプのものは、ケーブルを耳に掛けるとハウジング後方が上に引っ張られるので、上手くいきません。

音質面では、錯覚かもしれませんが、E5000は耳掛けしたほうが音が良いと思いました。全体的な空間の臨場感が増して、特に低音が通常の装着法だと耳の間近で響く(ハウジングの存在を意識する)感じがするのですが、耳掛けに切り替えるとスッキリして、ハウジングの存在感が消えて、前方の空間で鳴ってくれる印象です。耳穴への挿入角度とか色々な理由があると思いますし、個人差もあるでしょうから、色々試してみるのが良いと思います。

インピーダンス

手持ちのE5000とE3000のインピーダンスを測ってみました。公式スペックだとE5000は14Ω、E3000は16Ωと書いてありますが(E4000は15Ωだそうです)、実際に測ってみると大体そのとおりでした。ちなみにそれぞれ破線は位相です。

インピーダンス

どちらも筒状ハウジングなのに中低域に変なクセが見られず一直線なのは凄いです。つまりドライバーのポテンシャルが高く、全帯域をしっかりカバーできているということでしょう。E5000とE3000のグラフが意外と似ているのが面白いです。3kHz付近にちょっとした山がありますが、これはステンレスハウジング由来でしょうか。E2000・E4000と比較してみたかったのですが持っていません。

Questyle QP2R

E5000を買ってすぐに、まずQuestyle QP2Rで音楽を聴いていたところ、たまにフォルテシモなど大音量の部分でチリチリとわずかな音割れが聞こえました。

まさか不良品を掴まされたかと落胆していたところ、QP2Rのボリュームを見たら、ほぼ最大音量に近い位置になっていました。アンプが歪みだして瞬間的な音割れが発生していたようです。

つまり、E5000はイヤホンとしてはずいぶん能率が低いです。QP2Rはそこまで貧弱なDAPというわけではないので、ここまで鳴らしにくいイヤホンは初めてです。静かな環境でBGMとして聴くくらいならQP2Rでも70%くらいの音量設定で大丈夫なのですが、外出中で騒音に負けないくらい音量を上げていくと、みるみる100%に近づいてしまいます。

とくに最新のDSDクラシックなど、平均録音レベルが低く、ダイナミックレンジが広い録音で問題になります。古いアナログ録音やポピュラー音楽なら平均音圧が高くダイナミックレンジ(録音中の最大と最小音量の差)も狭いので、適正音量にて音割れが発生するリスクは少ないです。

公式情報でも、E5000は鳴らしにくいと注意書きがあったので、まさにそのとおりのようです。14Ωという一般的なインピーダンスですが、通常イヤホンは大抵100dB/mW以上の高感度なのと比べると、E5000は93dB/mWと非常に低いです。

イヤホン・ヘッドホンの感度を上げすぎると音色にクセがつきやすくなりますし、アンプのバックグラウンドノイズなども目立ってしまうので、音質的には不利なのですが、セールス的にはスマホなど非力なデバイスでも満足に鳴らせる事が優先され、各メーカーとも「鳴らしやすい」イヤホンを作りたがります。

final Eシリーズのスペックを見ると、E2000・E3000・E4000はそれぞれ102・100・97dB/mWと感度が違います。つまり低価格なモデルほど高感度で、鳴らしやすさを重視しており、最上位E5000の93dB/mWというのは、パワフルなアンプと合わせて使う事を前提としているようです。

多くのDAP・ヘッドホンアンプの公称スペックを見ると、大抵50Ωや100Ωなどの軽い負荷で測定された最大出力電圧のみが書かれており、パワー(電力)が書いてあるものは稀です。14Ωほどの重い負荷でボリュームを上げていくと、ボリュームノブが頭打ちする前にパワー不足で歪んでしまいがちです。QP2Rのように、ある限界を超えるとチリチリとノイズが出る物もあれば、ボリューム70%くらいから徐々に丸く歪んで「ホットに」聴こえるDAPもあります。出力限界は周波数にも依存するので、十分な音量だと思えても、低音や瞬間的なアタックなどでダレてしまい、メリハリの無いフワフワした音になるケースもあります。

低インピーダンスでの音量限界

参考までに、手持ちのDAPなどで、1kHz 0dBFSサイン波信号での電圧限界と照らし合わせてみたのが上のグラフです。横軸は見やすいようにログにしました。縦の赤い破線がE5000の14Ω付近です。どのアンプも、100Ω以上での最大電圧と比べると、14Ωではパワー限界で苦しくなってくる事がわかります。特にQP2RやAK240などではギリギリ音割れが発生したので、グラフで見て2Vpp、40mWくらいでしょうか。その領域を赤い丸で示しました。

Plenue Sは14Ωでも5Vpp以上出せるので220mWくらいでそこそこマージンがあり、こういう時に頼れるDAPなので長年愛用しています。さらにiFi Audio micro iDSD BLはさすが公称1000mWというハイパワーを実測でもしっかり発揮しており、E5000でも悠々と鳴らせます。

そんなわけで、今回の試聴では主にmicro iDSD BLを使う事にしました。大抵の状況ではQP2Rとかでも全然問題ありませんが、アンプへの要求が高いイヤホンであることは確かです。

音質とか

音質に関係することで、まずE5000の装着感の良さについて書いておきたいです。

予算に糸目を付けなければ、E5000よりも高解像でクリアなイヤホンは色々あると思うのですが、E5000がそれらと比べて特に優れているのは、通気性が高く、密閉感がまったく無いということです。

イヤホン本体が小型軽量ということもあるのですが、さらに、耳にギュッと挿入しても鼓膜を圧迫するような圧力が無く、まるでストローやマカロニにイヤピースを装着しただけのような感覚です。

たとえばBA型イヤホンは耳栓のように完全密閉するモデルが多いですし、ダイナミック型イヤホンでも、ドライバーと鼓膜のあいだに空気の逃げ道が無いモデルがいくつかあります。T8iEなども、装着時に気圧変化のせいでパリパリと振動板が潰れる音が聴こえます。極端な例では、最近Campfire Atlasを試聴してみましたが、挿入すると鼓膜にものすごい圧迫感があります。空気の逃げ道が無いため、装着後20秒くらいはドライバーが加圧に負けて音が鳴ってくれず、ようやくイヤピース周辺から徐々に空気が抜けて大気圧になるとドライバーが動くようになり、音楽がボソボソと鳴り始めます。これが装着時だけの問題なら良いですが、この手の密閉されるイヤホンは、ちょっと位置調整したり、左右の動きなどで圧力が変化して、音色や音場空間も大きく変わってしまいます。

E5000は挿入時に空気が素通りして全く圧迫せず、ドライバーの鳴り方も一切変化が起きません。そのため装着後も普段どおりに自然な感覚でいられるので、イヤホンを付けているという感覚が全く無いです。音楽的にも、イヤホンの存在が完全に消えて、音が空中の一点から鳴っているような不思議な感覚です。

それでいて電車やバスの中でも十分使えるくらい遮音性が高く、低音も高音もそこそこカットしてくれるのが不思議です。この快適さに近いイヤホンというと、ゼンハイザーIE60/80は似ているかもしれません。

たとえば私の場合、寝る前にゆったりと音楽を聴きたいのですが、ヘッドホンだと蒸れますし、イヤホンでも耳が詰まるような圧迫感があると、ちょっと聴いただけで不快になり、すぐ外したくなってしまいます。E5000の場合はとても快適に、まさに眠ってしまうまで長時間聴いていられます。

私を含めて多くの人は、必ずしも完全密閉の超高解像なギラギラしたIEMサウンドを求めているのではなく、こういった疲れを癒やすようなリスニングに魅力を感じると思います。「眠くなるイヤホン」なんて言うと開発者に失礼かもしれませんが、ストレスを感じずリラックスできるイヤホンというのは確かだと思います。


ECMからMichel Benita「River Silver」を聴いてみました。2016年のアルバムですが、最近ECMのセールをやっていたので買ってみたところ、とても良かったです。

リーダーのBenitaはベースで、そこにフルーゲルホーン、シンセ、ギター、琴、ドラムという異色の構成です。日本人として注目すべきは、著名な琴奏者Mieko Miyazakiが縦横無尽に凄い演奏を披露しています。近頃は和製ポップスで和風テイストを出すのに琴っぽいシンセ音源が多用されていますが、やはりプロによる生楽器演奏は音色と表現のレベルが桁違いです。フルーゲルホーンの甘いメロディやシンセのバックドロップとも調和して、ジャズというよりはアンビエント系な美しい世界観を作り上げています。


E5000のサウンドをまとめてみると、自然で圧迫感が無く、一音ごとに艷やかな味わいがあり、左右に広がり、余韻や空気感が豊か、といった感じです。

ステンレスから想像するような金属的なトゲはなく、むしろ儚い優雅な美音を生み出すのに貢献していると思います。アタックが柔らかく、引き際が速いので、キンキン響きすぎてクリア感が損なわれるようなことはありません。

録音の不具合を見つけるような高解像モニターサウンドではありませんし、ワイルドな荒っぽさを浴びせるようなライブサウンドでもありません。どちらかというと、リスニングルームのソファーで高級オーディオシステムを通して堪能している感覚に近いです。

低音も意外と力強いことに驚きました。特にBA型のF7200では低音の鳴り方が地味で、帯域に制限が感じられたのですが、E5000はその点とても満足できます。ベース奏者がリーダーのアルバムなので、ウッドベースの重低音がボンボンと鳴りますが、E5000は重く豊かに再現してくれます。センター前方に重低音の音像がホログラムのように生まれるので、鼓膜への圧力や左右ハウジングの箱鳴り感が無く、不快になりません。

ドラムや琴、トランペットも宝石のようにコンパクトにキラキラと輝いています。脳内で派手な音楽が飛び交うというよりは、前方にぼんやりと綺麗に整えられたイメージが形成される感じで、鼓膜付近ではなく空中で音が生まれているようです。

変な喩えですが、よく漫画やイラストの表現で、想像や空想を表す、雲のようなフキダシを使いますが、音楽がその中に入っているようなイメージがわきました。もしくは、透明なガラス玉の中で雪が舞うやつ(スノーグローブ)を眺めているような感じでしょうか。


今回、E4000とE5000のどちらを購入するかで結構迷いました。E5000のほうが値段が高いから、それを買っておけば大丈夫だろうと思う一方で、ネットレビューなどではE4000の方が中域重視でボーカルに良いなんて声も多いようです。結構な価格差がありますし、E3000からのステップアップでカジュアルなイヤホンと考えていたので、E5000はちょっと高価過ぎる気もします。

個人的に、E5000を選んだ決定的な理由が、高音の鳴り方でした。ステンレスハウジングとケーブルの相乗効果だと思いますが、これがかなり魅力的です。別の人に言わせれば、わざとらしい過剰表現だと指摘されるかもしれませんが、それが耳障りなクセにならず、音楽を引き立てる方向に成功しているケースだと思います。

E5000の方が高音寄りとか、多めにキンキン鳴っているというわけではありません。色々なアルバムを聴いていて気がついたのは、E4000だと、高音の表現力にバリエーションが少なく、たとえばヴァイオリン、ドラム、トランペットなど、どんな楽器音でも、アタック部分が似たような鳴り方に聴こえます。特定の響き方で全て丸く収めたような感じで、意識しだすと結構気になりました。一方E5000の方が楽器ごとにアタックや余韻などそれぞれ個性豊かで、天井や上限みたいなものは感じられませんでした。

もしかするとステンレスの方がレスポンスが速く、アルミは低い帯域から響きが間延びするのかもしれませんし、ドライバー自体にも差があるのかもしれません。なんにせよ、今回は単純に上位モデルだからという理由ではなく、双方聴き比べてE5000の方が自分の好みに合いました。E4000の方が優しくまとまる印象もあるので、そっちが好きな人も理解できます。


フリードリヒ・グルダのモーツァルト・ピアノ協奏曲25・27番のハイレゾダウンロードが発売されたので、試聴に使ってみました。アバド指揮ウィーンフィルと1975年のセッション録音で、以前のCD版と比べても音質が相当良くなっています。録音当時はレコード業界の絶頂期だったので、熟練スタッフの手により潤沢な時間と機材を使い作品を作り上げています。現在はどれだけハイテク化したとはいえ、ここまで贅沢なアナログ録音セッションというのは不可能なので、もはや失われた技術と言えるかも知れません。

このアルバムは、E5000との相性が抜群に良く、聴きどころを存分に引き出してくれます。美しいクラシック音楽の極地だと思えるので、ぜひこの組み合わせを聴いてもらいたいです。

先程のECMアルバムでも感じたのですが、E5000は高級オーディオシステムの鳴り方に近いと思います。ピアノのタッチはツヤツヤで、オーケストラも色っぽくフワッと広がり、一音一音が綺麗です。音色が丸く、豊かな広がりを持っているので、美しいメロディの間にも矯め(タメ)や余韻が感じ取れます。こういうのが雰囲気というのだと思います。

この余裕を持った鳴り方は、E5000の空間展開と関係していると思います。左右に大きく広がるパノラマスクリーン的なイメージで、ステレオイメージは左右遠くまで展開して、センターに置かれたボーカルやソロ楽器が前方の空間を広く使うことができます。単純に楽器の音が左右に引き伸ばされるのではなく、音と音の間の空間に余裕が生まれ、その隙間に楽器の余韻とかが薄く乗るので、それが美しく感じるのだと思います。

こういったE5000の性格が逆効果になり、うまくいかないケースもありました。例えば60年代のジャズやロックなど、ステレオ感を不自然に誇張しすぎて、音像が左右両極端に振り分けられている場合です。マイルスの1967年「ソーサラー」がハイレゾリマスターで出たのでE5000で聴いてみたのですが、ステレオミックスが当時らしく「サックス右、トランペット左、ドラムがセンター」という安直な配置です。E5000だと左右に広がりすぎて、前方の大部分の空間をドラムが占拠しているので、ずっとドラムソロだけを聴いているような気分でした。

スピーカーであれば、こういった音楽を聴く場合は左右のトーインを調整するなどして、音像のステレオ展開を狭め、フォーカスを高めることができるのですが、イヤホンでそれはできません。DSPのクロスフィードなどに頼ることになります。つまりE5000は、ECMやドイツ・グラモフォンなどの完成されたステレオ作品で真価を発揮できるイヤホンだと思います。


エレーデ指揮ローマ・サンタ・チェチーリアによる1954年ヴェルディ「リゴレット」を聴いてみました。デル・モナコが公爵を演じるDECCAスタジオ録音で、良盤ですがモノラルなためかあまり話題になりません。2015年にEloquenceからデジタルリマスターされました。EloquenceはCDジャケットがダサいので、上の画像はオリジナルLPジャケットです。

デル・モナコ主演のヴェルディ作品というと、先月Esoteric SACDでDECCAカラヤン・ウィーンフィルのオテロが出たので、それを紹介しようと思ったのですが、そういえばエレーデとのオテロも、それならエレーデとのリゴレットも、なんて芋づる式に聴き直してしまい、その中でも特にこのリゴレットはモノラルだからという理由で、E5000で聴くことで面白い発見がありました。

このアルバムは50年代のスタジオ録音らしく、主役歌手陣がオンマイクでハッキリと録音され、その後ろで豊かな響きを持たせてオーケストラが鳴っている、いわば大時代的な歌謡曲スタイルです。

実際のオペラ座を想像すると、この配置は前後逆です。つまり座席から見てステージ上に歌手がいて、その前のオケピットにオケがいる方が正しいです。(コンサート形式という例外もありますが)。

しかし、E5000で聴いていると、視点が180度逆転して、まるで自分が歌手としてステージに立っている状況を思い浮かべてしまいました。

E5000は開放感があり、パノラマ的な空間の広がりがあるので、(モノラルなので左右の振り分けはありませんが)、手前の歌手は丸く豊かに、奥のオケはフワッと広がりをもってくれます。

モノラルなら、もっとレーザービームのように細く、音像がビシッと縦一直線に揃うイヤホンのほうが正しい、という考えもありますが、E5000はむしろ白熱灯のような豊かな広がりがあるおかげで、声に立体感があり、生身の人間の声の感触にとても近いように感じます。

文章で書いてみると馬鹿っぽいのですが、男性ならデル・モナコのテノール、プロッティのバリトン、女性ならギューデンのソプラノの歌声が、まるで自分の口から出てオケや観客席に向かって大声量を発しているかのような爽快感が体験できます。

もちろんオペラだけでなく、ボーカルユニットでもラップでも歌謡曲でも同様です。エアーギターさながらに、(人目につかない場所で)口パクすれば、まるで自分が歌手になったような錯覚が得られます。つまりそれだけE5000の出音が自然だということでしょう。

客観的に録音を分析するというよりも、音楽の本質に迫ることができ、飽きが来ません。何度も聴き返すごとに新たな発見があり、今まで気づかなかったようなさりげないニュアンスや感情表現などがより一層伝わってくると思います。

おわりに

このあいだフォステクスT60RPヘッドホンでコストパフォーマンスの高さに驚いたのですが、今回のfinal E5000も、サウンドはもちろん異なるものの、総合的なクオリティと3万円という価格が不釣り合いのように思えました。

能率が低く、鳴らしにくいという点は注意が必要ですが、パワフルなアンプと組み合わせれば、かなり良いイヤホンだと思います。

いつも思うのですが、イヤホンというのは嗜好品であって、同じメーカー内のラインナップならまだしも、異なるメーカーの価格で比較するというのは無駄に等しいです。

ガレージメーカーがせっせと手作りしているイヤホンは、少量生産で利益を出すためには10万円、20万円でも妥当だと思いますが、一方でしっかりした生産技術による3万円のイヤホンは、10万円のモデルに必ずしも劣るわけではありません。嗜好品ということは、どちらか気に入ったものを買えば良いだけです。10万円のワインを飲む人に無駄遣いだとは思いませんし、3万円でもっと良いのがあるのに、なんて言うものでもありません。

それでもイヤホンのサウンド傾向によって向き不向きはありますし、個人的に気づいたことを書いておく意味も多少はあると思います。

E5000は装着感の軽快さと音色の相乗効果で、美しくゆったりと、バランスのとれた、聴き疲れしないイヤホンです。そういったイヤホンを求めている人には真っ先に薦められます。

特に、ECMやドイツ・グラモフォンの例を挙げたように、空間や世界観が仕上がった高音質スタジオ・アルバムで極上の美しさを体験できます。古いモノラル録音であってもシビアにならず、音楽の世界に入り込めます。そんなレーベルやジャンルを好んで聴いている人と相性が良いと思います。

一方、そこまでこだわりのない録音だと、E5000では自己主張が弱いので、全体的にベタッとした扁平なサウンドになってしまいがちです。意識しないとつい聴き流してしまう、整いすぎたサウンドとも言えます。

そんな時は、やはりもっと刺激的でパンチのあるイヤホンも使いたくなります。趣味というのはそういうもので、綺麗な音で優雅に楽しんでいると、「本当にこれで良いのだろうか」と脳裏に疑問が浮かび、急に思い立ったようにド派手なイヤホンで聴きたくなり、またちょっとしたら自然な美音系に戻りたくなる、そんな繰り返しで、あれこれイヤホンを買い集めてしまうようになります。

E5000はその振れ幅の最極端に位置するようなイヤホンで、これより自然で綺麗に整ったサウンドのイヤホンにはなかなか巡り会えないと思います。

最近は膨大な数のイヤホンが店頭に並び、「まあ悪くないけど、他にも似たようなのは色々あるよね」と思えるモデルが大多数な中で、E5000ほど明確なポリシーを忠実に突き進み、他社の追従を許さないレベルに仕上げたモデルというのは希少で、とても魅力的です。