2018年12月4日火曜日

Ultrasone Edition Eleven ヘッドホンのレビュー

UltrasoneのヘッドホンEdition Elevenを買ったので、感想とかを書いておきます。

Ultrasone Edition Eleven

2018年10月発売のシリーズ最新作で、ウッドハウジングにUltrasone独自の「S-Logic Plus」システムを搭載する開放型ヘッドホンです。新設計40mm TruTexバイオセルロースドライバーを採用しているので、これまでのUltrasoneとは一味違ったヘッドホンになっています。


Editionシリーズ

Ultrasoneはドイツ・ミュンヘン南部に本社を構えるヘッドホンメーカーで、おもにプロミュージシャンやDJ用ヘッドホンを作っている、1991年創業の老舗です。

海外ではオーディオショップよりも楽器店を中心に展開しており、あまりヘッドホンマニアとは縁がありませんが、日本では販売代理店が結構頑張っているおかげで、オーディオイベントやショップでの露出も多いです。

Edition 7 & Edition 8

ラインナップの中でも最上級の「Edition」シリーズは、そのほとんどがドイツの本社工場で少量ロット生産されており、かなり奇抜で独創的なモデルが多いため、マニアやコレクターに珍重されています。

Ultrasoneの面白いところは、昨今のヘッドホンブームに火が点く以前から数十万円の超高級ヘッドホンを作っており、古くからのオーディオマニアにとって、Ultrasoneといえば高価すぎるヘッドホンの代名詞でした。

Editionシリーズは番号順ではなく、
  • Edition 7 (2004 - 密閉型)
  • Edition 9 (2006 - 密閉型)
  • Edition 8 (2009 - 密閉型)
  • Edition 10 (2010 - 開放型)
  • Edition 5 (2013 - 密閉型)
  • Edition 12 (2013 - 開放型)
  • Edition M (2015 - 密閉型)
  • Tribute 7 (2016 - 密閉型 - Edition 7の復刻)
  • Jubilee 25 (2016 - 密閉型)
  • Edition 8EX (2017 - 密閉型)
  • Edition 15 (2017 - 開放型)
  • Edition Eleven (2018 - 開放型)

といった順番で登場しています。さらにEdition 8など特定のモデルは、ハウジング素材やカラーリングを変えたバリエーションモデルを定期的にリリースしています。

ロット生産というのは通常の大量生産と違い、一度に作る分(数百台とか)のみの原料を調達し、期間限定で工場スペースを割り当てる手法です。長期的な調達コストを考えずに希少な素材や製造方法を思いつくままに投入できるメリットがあります。

Editionシリーズの場合、もし好評であれば、素材やデザインを若干変更したバリエーションモデルという形で(つまりオリジナル版のプレミア性を崩さない方向で)再販するといったアプローチです。逆に、あまり売れ行きが芳しくなかった、もしくは製造が面倒なモデルは一回限りになるようです。

どのモデルも非常に高価なことで有名で、比較的安価なEdition 8でも約18万円、Edition 5をベースにした25周年記念モデルJubilee 25はなんと65万円というとんでもない価格です。ハンドメイドで高級木材などを採用しているため、高級車や高級腕時計のように、コストパフォーマンスに声を荒げるような人には縁のない世界です。

ルックスだけで、音質は大したことないのであれば、それっきりなのですが、これが実際音が良いモデルが多いことが悩ましいです。高価すぎることは十分承知していながら、サウンドに魅了されてしまい、そうなると「こんなに精巧で高級な質感なら、この値段も十分価値があるかも・・・」なんて、つい正当化してしまうのがトラップです。

もちろんUltrasoneは数千円~数万円台のヘッドホンも地道に作っており、むしろそっちがメインなので、Editionシリーズというのは、中小企業特有のネタ的な道楽心も少なからず入っているのだと思います。

Signature ProとSignature DJ

プロ・DJ用がメインなだけあって、上記リストを見ても、密閉型ヘッドホンが多いです。私自身もUltrasoneといえばEdition 8、Signature Pro、Performance 880といった密閉型ヘッドホンを所有しています。中でもSignature Proというモデルは、Editionシリーズではないものの、音質面では稀に見る傑作ヘッドホンだと思っています。

Edition Eleven

今回紹介するEdition Elevenは、なぜかドイツの公式サイトやパッケージではEdition 「11」ではなく「Eleven」と書いてあるので、そう呼ぶことにします。カッコいいからそう命名したのか、もしくはEdition 11だと商標権とかで問題があったんですかね。

Editionシリーズの中でも比較的安価で、日本での販売価格はEdition 8と同じ18万円前後です。

それでも十分高価なヘッドホンと言えますが、近頃のポータブルオーディオ市場はとんでもないインフレ状態なので、18万円の開放型ヘッドホンといっても、さほど珍しくもありません。逆に「これで音が良ければお買得」なんて思う人がいそうなのも、恐ろしい時代です。

これまでUltrasoneは「不条理に高価」というのが一種の珍しさというか、炎上マーケティングに近いところがあったのですが、最近はそれが通用しなくなってしまいました。

パッケージ

Editionシリーズの中では低価格とはいえ、一応高級ヘッドホンなので、パッケージデザインはしっかりしています。

実は今回私が思い切って購入したのは、ちょっと理由があります。発表時から気になってはいたものの、あまり真剣には考えていなかったのですが、仕事でミュンヘンに行く機会があり、現地のショップにて話の流れで、店頭在庫が比較的安く買えることになり、おもわず手を出してしまいました。オマケでUltrasoneのエコバッグもくれました。

ヘッドホン

アクセサリー類

外箱の中は白い紙箱で、ヘッドホン本体は厚いスポンジに挟まれています。さらにその下には結構しっかりした金属製ヘッドホンスタンドも付属していました。

Editionシリーズというと豪華なレザーハードケースなどが付属しているものが多いのですが、今回は家庭用の開放型モデルということで、ケースではなくスタンドなのが嬉しいです。

ちなみに私が買ったショップのみだと思いますが、Ultrasoneの各種ヘッドホンのロゴが入ったネックストラップみたいなものもオマケでくれました。使い所が非常に難しいです。

アクセサリー

スタンドはイケアの家具みたいに六角レンチが同梱してあり、自分で組み立てるタイプで、アルミ製で底にはゴムが貼ってあり、グラグラせずしっかりしたものです。

他には収納バッグと、派手な青い袋にケーブルが入っていました。

王道のヘッドホンデザイン

Edition Elevenのデザインは、まさに王道の大型・開放型ヘッドホンといった感じです。これまでのメタリックに輝く超合金ロボのようなEditionシリーズを期待していた人にとっては、拍子抜けというか、かなり味気ない地味なデザインだと思います。

個人的に、このレトロ調な風貌は結構気に入っており、金属ヘッドバンドやウッドハウジングの仕上がりも良いですし、高価なだけあって、チープさは一切感じさせないデザインの完成度は高いと思います。

フィットは優秀です

前方から見ても普通のヘッドホンで、フィット感も非常に快適です。重量は318gということで、とにかく見たままの「普通の」ヘッドホンです。

前後傾斜の無いドーナッツ型の円形イヤーパッドなので、ベイヤーダイナミックやAKGなどに慣れている人であれば親しみやすい装着感です。パッドはそこそこハリがあるので、AKG K701シリーズとかに近い感じがします。

ハウジングを固定するヒンジ部分は回転範囲があまり広くないので、顔への密着具合は個人差があると思います。私の頭の場合は、前後の位置を正確に合わせないと耳の下に隙間があいてしまうため、これだとフィットしない人もきっといるだろうなと心配になりました。

密閉型ならともかく、今回は開放型ですし、イヤーパッドもモコモコした通気性の高いものなので、顔とのフィットはそこまでピッタリでなくても問題ないと思います。このあたりもAKG K701シリーズと似ています。

ヘッドバンド

これまでのEditionシリーズだと、高価なエチオピアン・シープスキンなどで高級手袋のように肌に吸い付くフィット感を実現していたのですが、今回はヘッドバンド・イヤーパッドともに、タオル素材のようなマイクロファイバーになっています。

シープスキンも結構ですが、蒸れやすく、傷が付きやすいのと、交換部品が非常に高価(パッドは数万円台)だったので、このマイクロファイバーの方が良いと思います。

調整機構

ヘッドバンド内部にシリアルナンバーとMADE IN GERMANYの印刷が見えます。ヘッドバンド調整機構は他のEditionシリーズと同じデザインですが、それにしてもパーツごとの表面処理や、内側に見えるアルミNC削り出しが綺麗ですね。こういったところが大量生産ではできない、町工場のロット生産っぽいです。

S-Logic EXではなくPlusです

反対側のヘッドバンドを見るとわかるように、S-Logic Plusを搭載しています。現在UltrasoneはモデルごとにS-Logic PlusとS-Logic EXを使い分けているのですが、今回はPlusなので、Edition 8やSignature Proなどにも使われている一番オーソドックスなタイプです。

S-Logicが見えます

イヤーパッドは近頃のUltrasoneらしく両面テープで接着されているようなので、内部を確認できませんでしたが、S-Logicのポートがメッシュを通して薄っすらと確認できます。

Edition 8やPerformanceシリーズなども両面テープで、イヤーパッド交換時のみバリバリと引き剥がして、新しいパッドをペタッと貼り付ける仕組みでした。

S-Logic Plusというのは、Ultrasoneヘッドホンのサウンドを特徴付けている独創的なアイデアです。ダイナミックドライバーの前に、一枚の厚い金属板を配置し、写真で見てもわかるように、ハウジング中央よりも若干前方の下方向に出音孔を設けています。そうすることで、ドライバーからの直接音が鼓膜にストレートに到達せず、まるでリスナーの前方から音が届いているかのような錯覚が得られるという仕組みです。

SignatureシリーズのS-Logic Plus

SignatureシリーズのS-Logic Plusを見るとわかるように、モデルごとに金属板の開口位置や穴形状、周囲の穴のメッシュなどを調整することによって、直接音と反射音の割合や周波数帯域バランスを巧みにチューニングすることがUltrasoneヘッドホンのユニークなアイデアです。

素人が真似をしても、モコモコ・シュワシュワと響き過多で変な音になってしまうのですが、上手に工夫すれば、ヘッドホン特有の音圧の圧迫感や、耳障りな脳内定位を回避して、より自然でスピーカーっぽい頭外前方音源のように聴こえるようになります。

Edition 8 EXのS-Logic EX

Edition ElevenはS-Logic Plusを搭載しているのですが、Edition 5・Edition 8 EXといった別のモデルでは、この金属板を立体的にしたS-Logic EXというシステムを搭載しています。個人的な感想としてS-Logic EXはちょっと効果が過剰すぎて、派手なコンサートホールエフェクトみたいに感じてしまうため、今回Edition Elevenでは通常のS-Logic Plusを搭載していることが購入の決め手になりました。

そもそもS-Logicというのは、Ultrasoneの主流である密閉型ヘッドホンにおいて、ドライバー直接音とハウジング反射音のバランスを上手にブレンドすることができる手法です。つまりEdition 8やSignature Proのようなコンパクトな密閉ハウジングで、想像を超える立体的な鳴り方を実現しているのがUltrasoneの魅力です。

Edition Elevenはハウジングに余裕がある開放型ヘッドホンなのですが、グリル形状やウッドの響きを巧みに応用して、S-Logicの新たな可能性を引き出すことに挑戦しているようです。

従来のUltrasoneドライバーと、Edition ElevenのTruTex

Edition Elevenはドライバーを根本的に変えてきたのも新たな試みです。

これまでのUltrasoneといえば、プラスチック製の40mm振動板に金やチタンなどの合金を蒸着するタイプを使っていました。基本的な形状は変えずに、蒸着する金属を変えることによって硬さや振動の減衰を調整して、とくに高域の響きなどをチューニングする手法で、写真で見てもわかるように、ソニーやオーディオテクニカとよく似たスタイルです。

今回Edition Elevenで初めて、40mm振動板をバイオセルロースで作っています。細かい繊維を重ねて作る素材で、たとえばフォステクスのバイオダイナドライバーなんかが有名です。

ドライバーは振動板以外にもコイル、磁石、ダンパーエッジ、フレームなど、様々な部品の組み合わせなので、振動板素材のみで音質が決まるわけではないのですが、一般的にはプラスチック・金属系は硬質でザクッとした鳴り方、紙や天然素材系は柔らかい鳴り方になりがちなようです。どれが正解というわけでもなく、スピーカー業界でも、何十年に渡り未だに試行錯誤が続いている分野です。

ウォールナットハウジング

ハウジングはウォールナット(クルミ)削り出しで、仕上げの質感は良好です。派手さはありませんが、木目や密度が均一な、良い木材を選んで上手に仕上げていると思います。

開放グリル

開放グリルを見てみると、太いメッシュと細いメッシュを重ね合わせた複雑な形状になっています。このあたりの音響設計がサウンドに貢献しそうです。

嵌め合いが左右で若干違っていました

全体的にEditionシリーズにふさわしく高級感あふれる作りだと思いますが、一つだけ個人的に気になる点がありました。些細な事ですが、ウォールナットハウジングと黒い金属グリル板の組付けが、左側はピッタリと面が合っているのですが、右側はかなりの段差があります。音質に影響はなさそうですが、見比べてみると結構気になります。

ケーブル

ケーブルは左右両出しで3mの長いものが付属しており、線材は銀色の編み込みタイプでTribute 7に付属していたものとよく似ています。3.5mmにねじ込み式の6.35mmアダプターが付属しています。

Edition Elevenでとりわけ物議を醸すだろうと思われるのがケーブルの着脱コネクターです。

ノッチ付きの2ピン端子です

ケーブルは着脱可能なのですが、今回はなぜか「IEM用2ピン端子」を採用しています。以前UltrasoneはヘッドホンにMMCX端子を採用したり、LEMO端子もあったり、とにかく着脱端子に関しては一貫性がありません。なんとなく、その場限りで流行ってそうな端子を選んでいるような印象です。

2ピン端子ということは、IEMイヤホン用の高級ケーブルなどが使えるので、交換の選択肢が豊富ですが、それらはイヤホン用の1m前後が一般的なので、家庭用大型ヘッドホンとしては使いづらいです(そもそも付属品が3mです)。

ちなみに端子のプラスチックの部分に、逆挿し防止のために切り欠きノッチがあります。IEM用ケーブルでも同じデザインのものが多いですが、たまにこの切り欠きが無い2ピンケーブルも販売しているので、その場合は無理やり挿すとヘッドホン側を壊してしまうので注意が必要です。


余談になりますが、2ピン端子というのは安価で小型軽量だからという理由でIEMイヤホンに採用されており、高級ヘッドホン用としてはあまり良い選択肢とは思えません。その理由は、たとえばLEMOやミニXLR、3.5mmジャックなどはバネのロック機構によってプラグに固定する仕組みです(3.5mmは先端のくびれに接点バネが引っかかります)。一方2ピン端子は丸い電極棒を丸い穴に圧入するという仕組みなので、何度も抜き差しすると穴が広がってしまい、接触不良が起こります。また、3.5mmやRCAは回転できますが、2ピンは回転できないため、接触面が毎回同じになり、そこが集中的に摩耗します。

Edition Elevenではプラスチック部分を差し込む事でグラグラを防いていますが、そこで圧入保持しているわけではないので、結局は電気接点に負荷がかかります。ようするに、ヘッドホンの場合はスペースに余裕があるのだから、長期的な信頼性を考えれば、ミニXLRや3.5mmなどを選ぶ方が良いように思います。

XLRバランスケーブルを自作してみました

ところで、Edition Eleven発売時にフジヤエービックのレビューでケーブルで音の変化について言及していました。過去のUltrasoneヘッドホンも、ケーブル交換で音が劇的に変わるモデルが多いように思います。

せっかくなのでヘッドホンのインピーダンスを測ってみたのですが、その際にモガミのOFC線材で2mのXLRバランスケーブルを作って、比較してみました。

インピーダンス

グラフを見るとわかるように、たしかに純正ケーブルだとDC抵抗がずいぶん高いので、別のケーブルに変えるだけで、全体のインピーダンスがかなり下がります。特に80Hz付近での大きなインピーダンス変動が、自作ケーブルでは100Hz付近にズレて、位相回転の周波数も移動しています。つまり低音の臨場感はケーブル次第で変わりそうです。

ともかく、純正ケーブルでの特性(青線)を見てみると、公式スペックでは32Ωということですが、ケーブル込みでは実際は最低36Ω付近のようです。開放型なので中域のアップダウンは少ないですが、1.6kHz付近にちょっとした癖があることと、低音が70Hz~140Hzで一気に18°ほど落ち込み、そこから位相が前のめりになるのが特徴的です。ダイナミック型ヘッドホンとしては極めて一般的な特性だと思います。

音質とか

Edition Elevenを購入する前にフジヤエービックのレビューを読んだのですが、実機を聴いてみて私の感想も概ね同じでした。私のダラダラ長い文が嫌な人はそちらを参考にする方が良いと思います。

ケーブルは純正品で、アンプは主に自宅のChord Qutest → Violectric V281を使いました。開放型なので音漏れは結構あり、夜間などは注意しないといけませんが、能率は高いので、ポータブルDAPでも十分な音量が出せます。それについては後述します。


個人的に、Edition Elevenはかなり良いヘッドホンだと思いました。奇抜な色物というよりも、メインの音楽鑑賞用ヘッドホンとして使っても全然問題無いタイプのサウンドです。

ちゃんとUltrasoneらしさを継承しているので、店頭で無数に並ぶ開放型ヘッドホンの中でも存在感が埋もれず、印象に残る独自性を持っています。とくにS-Logic Plusが効果的に働いており、これまでのUltrasoneとくらべても、S-Logicのメリットを体感しやすい、説得力のあるヘッドホンです。




先月は、ヴェルディ「マクベス」ファンにとって嬉しいニュースがありました。まずドイツ・グラモフォンから、アバド&スカラ座1976年の名盤がハイレゾリマスターで登場し、さらにGlossaからはFabio Biondi指揮ポーランドでの2017年録音が発売されました。あまり録音が多くない作品なので、一気に二枚もリリースされたのは珍しいです。

怒涛のテンポで大迫力のアバドと、1847年初演版でダークなドラマ性を引き出すBiondiの双方とも素晴らしく、歌手陣も優秀です。どちらも録音品質が良く、40年もの隔たりがあるとは信じられません。


Edition Elevenの特徴を一言でいうと、録音の新旧を問わず、録音であることを忘れて演奏の世界へと没頭できるヘッドホンです。

1976年の古いアナログ・スタジオ録音でも、マイクや編集機材の存在が消えて、ステージ上の演奏そのものを鑑賞しているような錯覚が得られます。

その理由は、S-Logicによる空間展開と、新型ドライバーの厚い音色と広帯域化の相乗効果のようです。

逆に言うと、音場・音色ともに、ヘッドホンによって整えられた感じが強く、それが原音忠実ではなく作為的だという人もいると思います。個人的には、これが珍しく成功した好例だと言いたいです。とても気に入りました。

過去のUltrasoneと比べても、シュワシュワした薄さや、アタックの金属的な硬さが無く、音色はまろやかで暖かみがあります。男性・女性歌手など特定の音域に特化せず、演奏全体の鳴り方が安定しています。

体感上、どの帯域も充実していて、高音もしっかり出ますが、アタックの角が丸くなっている感じで、たとえばゼンハイザーやShureのようなザラッとした硬さ、ベイヤーやオーテクのようなピーキーな感じとはちょっと違います。

歌手とオーケストラが複雑に重なり合うオペラでも、目まぐるしく耳を刺激するのではなく、演奏の流れを客観的に楽しめるので、長時間聴いていても疲労感がありません。分離は良いのに、一歩退いた場所から全体を眺めることができるのが、Edition Elevenの良いところだと思います。

いわゆるレファレンスモニター系ヘッドホンとは趣向が違うので、たとえばHD660SとかHIFIMANなどのように録音の情報をじっくり分析するという聴き方は不得意です。最小単位まで細かく解像するのではなく、そこそこのところで丸く太い輪郭になるので、多分そのせいで、録音の新旧にかかわらず、ヴァイオリンならヴァイオリンの音、といった共通性を感じるのだと思います。

他社のヘッドホンであれば、音抜けや見通しを良くするためには音の線が細くなりがちですが、Edition ElevenではここでS-Logicが上手く働いてくれます。

一般的なヘッドホン(左)とS-Logic Plus(右)

誇張気味ですが、イラストにするとこんな感じです。頭を上から見た図ですが、S-Logicでは音像が前方に移動して左右両端も耳元から離れます。つまり音楽を目前で「鑑賞」している感覚に近いです。

ステレオの左右両極端の音まで、すべての音像が前方に一歩離れた位置から聴こえるため、耳元で音がざわめく感覚がありません。何メートルも離れるのではなく、ほんのわずかな距離なのですが、明らかに耳穴よりも前から音が聴こえるというのは、結構大事です。そのおかげで、客観的にパフォーマンスが楽しめることが、ライブっぽい印象をあたえて、聴き疲れしないことの大きな理由だと思います。

鼓膜を刺激しないので、変な言い方をすれば、レストランのBGMのように、聴き流そうと思えばいくらでも無視できるという事です。こういう特性のため、派手さを求めてボリュームノブを必要以上に上げてしまいがちですが、私の場合は、普段のヘッドホンよりもちょっと音量を落とした方が、かえって生のオペラ公演に似てきて良い感じでした。


Smoke Sessions Recordsから新譜で、ハロルド・メイバーン 「The Iron Man: Live at Smoke」を聴きました。

メイバーンのピアノトリオにエリック・アレクサンダーのサックスが参加したカルテットです。普段Smoke Sessionsレーベルのアルバムは、Smoke Jazz & Supper Clubで演奏したバンドを後日スタジオで録音するという方式が多いのですが、今回はクラブでのライブです。音響も録音も大変素晴らしく、気持ちの良いストレートなハードバップ調のジャズです。アレクサンダーも、ライブのゲスト参加だからか、はつらつとしてカッコいいです。

こういったジャズ演奏はEdition Elevenと相性が良いようで、楽しく堪能できました。ここでも特殊な効果を発揮してくれます。

効果というのは、空間の振り分けの上手さです。感覚的なものですが、バンドの楽器の音域範囲は(例えば50Hz~5kHzまでとか)、低音から高音まで、どの楽器も太く立体的に鳴っており、それよりも高い音や低い音、つまり会場に響く音響や余韻なんかの環境音は、その背後でフワッと広がっていくように聴こえます。

開放型ハウジングのおかげで、響きは外向きに発散するため、不快に感じず、爽快感があります。ためしに左右ハウジングを両手で覆ってしまうと、高域のシャカシャカが脳内で飛び交うような鳴り方になり、楽器音と混じり合って不快になります。

帯域で振り分けている感じです

演奏と、それ以外の響き成分とで空間的に分離されるので、わざわざ意識しなくても自然と演奏に集中できるような感覚です。

これは新型ドライバーによる貢献も大きいと思います。たとえば、過去モデルEdition 12も似たような効果があったのですが、ドライバーが狭い帯域だけをギラッと強調して、それ以外のほとんどの音が広範囲にシュワシュワと拡散されるような印象でした。密閉型Edition 8では、そこにハウジング反響による低音が付け足されます。つまりドライバーの帯域の狭さの両端をS-Logicや密閉ハウジングで補うような感じで、結果的にドンシャリになります。

そう考えると、Edition Elevenは単純にこれまでと味付けを変えたというよりも、進化したと感じられます。

私が普段よく使っている、一般的な開放型ヘッドホンのHE-560やDT1990PROで同じ曲を聴くと、すべての音が、左右の耳を結ぶ横一直線を起点として、脳内で広がり、その中で、じっと集中して、個々の楽器音を拾うような聴き方になります。その方が鳴り方として正確なのでしょうけれど、Edition Elevenと比べて余計な神経を使います。

HD800のように、ドライバーを前方に傾斜配置して立体音響を作る構造のヘッドホンともちょっと違います。HD800の場合、各楽器が結像する距離感は録音された位相情報によるので、上等な録音であれば、奏者同士の前後関係など、奥行き方向での立体的な配置が生まれます。逆に、そういった情報が乏しい録音だと、全部がベタッと平面的になります。

Edition Elevenは録音の情報に頼らず、あくまでヘッドホンが作る音響効果として、前後の配置を決めているので、楽器演奏は一定距離で横一列に並び、その奥に響きが広がります。奏者同士の前後の奥行きなどはあまり感じられません。そのかわりに、どんなに録音が悪くても、同じように、演奏者が前、響きが後ろという立体効果が得られます。

感覚としてはクロスフィードとか、DSPエフェクトに近いのですが、それらでありがちな位相の捻じれや、櫛状フィルターっぽさが無いのが優秀です。

高音質録音のみで本領を発揮するヘッドホンと、録音品質を問わず演出してくれるヘッドホンのどちらが優れているとは言えませんが、それぞれのメリットを理解できれば、音楽鑑賞の楽しみが広がります。

なんにせよ、これまでのヘッドホンとは一味違った音楽体験を、独自の技術を駆使して上手に引き出せたところがEdition Elevenの凄いところです。


Impulseからの新譜で、チャーリー・ヘイデン&ブラッド・メルドー「Long Ago and Far Away」を聴いてみました。

2007年ドイツでのコンサートを新たに公式アルバム化した作品です。ヘイデンとメルドーでは年齢に30歳以上のギャップがありますが、どちらもその道を極めた達人だけあって、スタンダード曲であっても瞑想のような神秘的で奥深い共演を繰り広げます。発掘音源とは思えないほど高音質で、たまに観客の咳き込みで、ライブ音源だということを思い出させるくらいです。

ベースとピアノのみのシンプルな構成で、かなり低い音まで自然に録れているため、オーディオのテストにはもってこいのアルバムです。


このアルバムで、Edition Elevenがとくに優秀だと思う点が二つあります。まず、ピアノは鍵盤の最高音から最低音まで均一な鳴り方で、特定の帯域だけ主張が強かったり、引っ込んだりといった事がありません。

二つ目は、低音がかなり低いところまでリアルに鳴ってくれることです。一般的な開放型ヘッドホンと比べて量は多めなのですが、鼓膜への圧迫感が無く、ウッドベース生演奏にここまで近いヘッドホンというのはかなり稀だと思います。ハウジングで無理に音圧を稼いでいるようには感じられず、ピアノやサックスと同様に、音色や音像がしっかりと頭外で聴こえます。

ドライバー単体では引き出せないような深く重い低音まで鳴らしているのですが、その境界線が目立たない事が優秀です。

スピーカーとサブウーファーのクロスオーバー調整をした事がある人ならわかると思いますが、サブウーファーというのは、その存在が安易に聴き取れるようではダメで、単体では聴こえないほどに低い、数十ヘルツ程度に合わせるのが理想的です。そのためには、メインのスピーカーがかなり低い帯域までフラットに鳴らせる事が前提なのですが、Edition Elevenの場合もまさにそんな感じで、ドライバー自体にキックドラムやウッドベースなどの楽器音をリアルに鳴らせるだけのポテンシャルがあるため、その下の重低音との境界線が感じられません。

低音は好きだけれど、密閉型ヘッドホンの音圧や息苦しさは嫌だという人は、ぜひEdition Elevenを聴いてもらいたいです。また、他社の開放型ヘッドホンが正解だと思っている人も、Edition Elevenで聴くことで、これまで見逃していた低音の素晴らしさを発見できるかもしれません。


Edition Elevenにひとつだけ難点があるとしたら、アンプとの相性には結構悩まされました。同じ楽曲でも、選んだアンプによって高音と低音の鳴り方、とくに配分バランスが意外なほどに変わります。

たとえば、まずiFi Audio nano iDSD BLを使ったところ、ウッドベースの量感が強すぎて、ピアノが背後に隠れてしまうようでした。低音そのものの質感は非常に良いので、生演奏のウッドベースに近い理想的な鳴り方なのですが、量が多すぎます。

ポータブルDAPのPlenue S を使ってみたところ、低音はかなりスリムになりましたが、今度はちょっと物足りないというか、質感が維持できていない印象でした。低音は電源が重要なんてよく言われますけど、DAPだとやはり厳しいのかもしれません。これはこれで良い音ですが、真価を引き出しているとは言えません。

ポータブルで一番相性が良かったのがJVC SU-AX01でした。低音はかなり太く出るのですが、彫りが深く、低いところまでしっかり出ている事が実感でき、さらに高音のキラキラした鳴り方も良好で、録音のレベルが一気に上ったようでした。

アンプを選びます

結局、自宅のViolectric V281や、借り物のiFi Pro iDSD・Pro iCAN、さらに新作のChord Hugo TT2など、据え置きヘッドホンアンプもいろいろと試してみたのですが、どれも高音と低音の鳴り方に個性があり、ベストを選ぶことは不可能でした。

Edition Eleven自体が個性が濃いヘッドホンなので、アンプは地味で実直な方が良いかと思ったのですが、実は真空管アンプとか、響きに鮮やかな倍音を味付けするようなアンプの方が好印象だったり、ずいぶん迷わされます。

ある程度以上のアンプであればどれでも大丈夫と言い切れないので、アンプ選びにかなり影響を受けるヘッドホンであることは確かです。


ケーブルも、実験のためにいろいろと試してみたのですが、たとえばモガミの太いOFCでは、音の力強さや厚みが増すように感じましたが、そもそも音色が厚めな傾向のヘッドホンなので、ちょっと重すぎるようでした。細めのPCOCCでも作ってみましたが、こちらのほうがダイナミックレンジは狭く感じるものの艶っぽくて良いです。

IEM用2ピンケーブルは種類が豊富なので、純銀や銀メッキOFCとかも試してみて、結構良かったのですが、2ピンなので、あまり重いケーブルだと脱落しますし、2mくらいの長いやつはレアなので、まだ良いケーブルにめぐりあえていません。純正品がベストとは言えませんが、当面の間はこれで満足しています。

おわりに

Edition Elevenは、どんな音楽でも聴くのが楽しくなる素晴らしいヘッドホンです。

Editionシリーズだけあって、ヘッドホン本体のクオリティは一級品ですが、マイクロファイバー製イヤーパッドなど、新たに実用性も考慮してくれたのも嬉しいです。唯一、2ピン端子の耐久性が心配なので、それだけは注意しています。

18万円前後の開放型ヘッドホンということで、HD800SやAudezeなど、最上級クラスを考えている人なら、視野に入るかもしれません。

絶対的なパフォーマンスとしては、HD800Sはもちろんのこと、個人的にはATH-ADX5000とTH909などを強くおすすめします。Edition Elevenは、ひととおり高解像なレファレンスモニター系ヘッドホンを使ってきたマニアが、一段落ついたところであえて選ぶようなモデルです。なんとなくアナログレコードやビンテージオーディオに通づる世界かもしれません。(実際レコードを聴くのに相性が良いです)。

私自身は、標準的な開放型はHE-560・T60RP・DT1990PROとかで十分満足しているので、同じ路線で上級モデルを買い足す気になりませんが、Edition Elevenは試聴して即決で衝動買いしてしまいました。

解像感はそこまで高くなくとも、メロディに合わせて自分がピアニストか指揮者のごとく体を動かしてしまうようなヘッドホンなので、私の場合、雑用のBGMとか、夜寝る前にアルバムを一枚通して聴く時なんかに適しているようです。まるでサロンの室内楽や、レストランのジャズトリオみたいな大人な音楽体験と言ったら、シリアスなオーディオマニアとしては不謹慎でしょうか。それくらい聴きやす く味わい深いという意味です。

とくに、S-Logicを未体験の人は、試聴してみるべきです。鼓膜への刺激が少ないからといって、過剰に音量を上げすぎず、あくまで家庭用ヘッドホンとして、静かな環境で、生のリサイタルコンサートと同じレベルの音量でゆったり聴くのに適しています。

これが今後のUltrasoneの指標になるのか、それとも一点限りの異端児になるのかは不明ですが、音作りの絶妙さに恐れ入りました。