2019年4月2日火曜日

イヤーパッド交換の音質変化とか

今回は地味な話題です。私は古いヘッドホンをたくさん所有しているのですが、イヤーパッドの劣化にはずいぶん悩まされています。

最後に使った時は新品同様だったのに、久しぶりに取り出してみたらボロボロに朽ち果てていたという事が何度もあり、とくにあまり使わないモデルだと、わざわざ交換パッドを買うのも勿体無いです。

いろいろイヤーパッドを買いました

今回は、いい加減どうにかしようと思っていたヘッドホンがいくつかあったので、純正もしくはYAXIのパッドを買って交換してみました。意外と大きな音質変化が感じられたので、下手な改造やチューンナップよりも有意義かもしれません。


イヤーパッド

ヘッドホンのイヤーパッドというと、一部の高価なモデルでは本革やスエード、一般的にはレザー調ビニールなどプラスチック製合成皮革(合皮)である事が多いです。

レザー系はピッタリと耳周りを密閉するので、遮音性や音漏れ防止といった点で有利ですが、夏場は蒸れますし、ドライバー出音(特に低音)を反射して響きやすいという特徴もあります。

開放型ヘッドホンのように通気性や音抜けの良さを重視したい場合はコットン・フリース・マイクロファイバーなども使われています。ただしレザーやビニールと比べて摩耗しやすく汗や汚れを拭き取ることができないため、プロ用機材では敬遠され、主にプライベートの音楽鑑賞用ヘッドホンで使われる事が多いです。

たとえば家電量販店のデモ試聴機は酷使されているので、パッドの劣化しやすさとか、故障しやすい箇所とかが把握できたりします。とくに繊維素材パッドのやつはジメジメと汚い感じがして、試聴機をあまり使いたくありません。

内部のクッション材も、最近はテンピュールのような低反発ウレタンの物が増えてきたので、従来のベーシックなスポンジよりも耳周りにピッタリと密着してくれて、これも遮音性向上や音響チューニングの安定性に貢献しています。

ほぼ新品でもパッドが破裂してました

ヘッドホンのイヤーパッドというのは不思議なもので、10年使っても全然大丈夫なモデルがある一方で、2年ほどで劣化してしまうものもあり、収納ケースに数ヶ月保存していただけでボロボロになってしまったものもあります。

ショップで交換パッドを購入したら、その在庫自体が古くて、すでに劣化していたなんて事もあります。

本革は、さすが人類が何千年も愛用してきただけあって、ちゃんと手入れさえすれば半永久的に使えます。一方、合成皮革の寿命についてはまだ予測が難しいようです。「加水分解」という化学変化による劣化が有名ですが、メーカー開発者も、どの素材なら10年使えるかというのはわからないでしょうし、紫外線や汗、湿度など、ユーザーごとの環境の違いもあります。コストや音響特性との兼ね合いもあるでしょう。

また、特定のビニール・プラスチック同士が密着していると、そこから化学変化が起こる組み合わせもあり、合皮製のポーチに入れっぱなしにしていたら溶けてくっついたものもあります。よくギターなんかでも、安いラックに立てかけておくと、そこからラッカー塗装が溶けてしまうという問題があるので、それと似たような現象でしょう。

そういえば、個人的な昔話になりますが、私が学生の頃にソニーMDR-Z700DJというDJヘッドホンが人気があり、私も当時がんばって貯金して購入しました。念願の高級ヘッドホンだったので(といっても2万円くらいでしたが)大事にしようと思い、合皮とも知らずイヤーパッドに革靴用の保湿クリームかなにかを塗ってしまったところ、一ヶ月もしないうちにまるでクッキーのようにボロボロとパッドが崩れ去りました。子供心にかなりショックだった記憶があります。

なんにせよイヤーパッドは消耗品なので、簡単に交換できれば良いのですが、手に入りにくかったり、高価だったり、取り外しが面倒なものもあります。フィット感だけでなく、寿命や交換しやすさなどまでしっかり考え尽くされたヘッドホンメーカーは一目置くようになります。

JVC HA-MX100-Z

最近買ったヘッドホンで、すぐ朽ち果てたイヤーパッドといえばHA-MX100-Zが記憶に残ります。

イヤーパッドが・・・

音質は良いので2016年8月に買ってから雑用で愛用しており、デスクのフックに掛けておいたのですが、2年ほど経ったときにはすでに写真のような状態になっていました。全く使い物になりませんし、黒いビニールカスが散乱して困ります。

散々な状況です

原因は二つあると思います。まずスポンジの張力に耐えきれなかったようで、内部から縫い目が破裂しています。私のゼンハイザーHD8DJなども全く同じ症状で2年で破裂しました。

もう一つの理由は、黒いビニールが最近のハイテク合皮ではなく、昔からよくあるペラペラのやつです。劣化すると揉み海苔みたいな薄皮が散乱するタイプといえばわかると思います。これは長持ちしたものを見たことがありません。

STPAD-DXとSTPAD2

純正パッドを買い直したくなかったので、今回は社外品をアマゾンから買ってみました。

評価が良かったYAXIのソニーCD900ST用のやつで、パッケージによるとATH-M50xやSignature Proなど幅広いヘッドホンに対応しています。メーカーにこだわらなければもっと安いやつも売ってましたが、以前AKG用に無名ブランド製パッドを買ったら薬品臭くて耳がかぶれてしまったので、今回はちゃんとしたメーカーの物を買いました。

左が純正品です

YAXIのパッドは何種類か選べるようで、せっかくなので二種類、JVC純正に近い合皮タイプと、開口が広くなっているタイプを買ってみました。

STPAD-DX

合皮タイプのはSTPAD-DXというやつで、スポンジの厚みは純正とほぼ同じですが、レザーっぽい厚手の外皮を使っているので、ぐしゃっと潰れず装着感はしっかりしています。上の写真のようにJVCが見違えるほどに蘇りました。

JVCのヘッドホンは、他にもHW-SW01とか総じてイヤーパッドの厚さが足りず、外耳がドライバー面にぶつかって痛くなりやすいです。一方オーテクはATH-M50xやMSR7などイヤーパッドが硬すぎて圧迫で痛くなりがちです。YAXIはそれらの中間くらいのちょうどよい具合のしなやかな密着感です。オーテクなどでちょっと側圧が痛いという人もこのパッドに変えてみるのも良いかもしれません。

音質はほぼJVC純正と変わりませんでした。密閉感は若干強くなりましたが開口が同じくらいなので、音の響きも似ています。ちょっと低音にピークのようなものが出て、歯切れ良くなります。HA-MX100-Zらしい、モニターヘッドホンとしては意外なほどに厚みや温かみのあるボーカル中心のサウンドがちゃんと維持できています。

STPAD2

前後の素材が違います

もうひとつのSTPAD2というタイプはデザインが凝っています。開口に角度がついているので内部反射の「こもり」を低減して、さらに前方は合皮、後方は合成スエード(アルカンターラ)になっています。

前方の合皮が音は反射しやすく、後方のアルカンターラは音を吸収しやすいので、つまり前方から音が鳴っているような錯覚を生み出すそうです。

ドライバーが並行ベタ付けのスタジオモニターヘッドホンでは、楽曲によっては左右のステレオ分離が広すぎると感じることもあるので、こういったギミック効果は面白いです。パッド装着時にはちゃんと前後を確認することが大事です。

このパッドを使ってみたところ、確かにサウンドの印象がかなり変わります。先程のSTPAD-DXの方が純正のサウンドに近いのですが、このSTPAD2は空間の開放感が飛躍的に良くなり、低音が軽く、全体的にサラッとした鳴り方になります。

これに慣れてからSTPAD-DXに戻すと、ずいぶんモコモコと音がこもっていて驚かされます。最初は違和感がありますが、どちらもずっと聴いているとそれが普通だと思えてしまうのが、人間の耳の不思議なところです。耳周りの快適具合は開口が広くアラウンドイヤーなSTPAD2の方が優秀ですが、STPAD-DXの方が若干オンイヤー気味で装着位置がズレないでピタッと決まるので密閉感や安定感は高いです。

前後の素材が違うというギミックは、実際そこまで明確な効果は感じられませんでした。いきなり音像がグッと前に集まるといった凄い効果はありません。しかしわざとパッドを前後逆に装着してみると鳴り方が意外と変わって、耳の周辺で音がざわついているような違和感があったので、確かに何らかの効果はあるみたいです。過度な期待はできませんが、ステレオ感が多少は自然になり、聴きやすくなるというメリットはあるようです。

今回のJVC HA-MX-100Zや、似たようなフォルムのスタジオモニター系ヘッドホンは、あくまでモニターとして細かい音や低音の量感なんかを逃さないために、音が密集して詰まったような、音圧の刺激が強い鳴り方に仕上がっていると思います。もしくは、屋外でポータブルに使いたい場合にも、低音のパンチが強い方が良いです。そういった用途であれば純正パッドに近いSTPAD-DXの方が良いと思います。逆にこのタイプのヘッドホンを自宅で低音量のカジュアルな音楽鑑賞に使いたいなら、STPAD2のほうが内部空間に余裕があるので開放感が得られて気持ちが良いです。

HD25用アップグレードパッド

粉々になったPortaPro純正パッド

YAXIの交換パッド

余談になりますが、今回AmazonでYAXIのパッドを買った理由は、以前ゼンハイザーHD25のパッドが劣化した時に買ったYAXIのやつがずいぶん感触が良くて、長持ちしているからです。

さらに私はKOSS PortaProをいくつか持っていて、純正スポンジパッドがほぼ3年くらいで粉々になってくるのですが(とくに付属の合皮収納バッグに入れているとこうなりやすいです)、同時期に買ったYAXIのパッドはまだ現役で使えています。どれも個人差はありますし、いつかは朽ち果てる運命ですが、数年の差でも結構ありがたいです。

ゼンハイザーHD800

ゼンハイザーHD800のパッドの脆さについては広く知られていますし、これまでもブログで何度も不満を言ってきました。凄いヘッドホンだとは思うのですが、このイヤーパッドのせいで完全には好きになれません。

しかも純正交換パッドは非常に高価(1万円以上)で、ケチって社外品に変えると音が劇的に変わってしまうというのが困ります。

HD800のパッドは合成スエードのアルカンターラを使っているのですが、これが2年ほどで劣化して、とんでもない事になります。特に中古品を買う場合には、すでに劣化し始めているものをよく見るので、注意が必要です。

ほとんどすり減ってしまいましたが、まだ黒いカスが・・

縫い目も破れています

ヘッドバンドは大丈夫なようです

新品の頃は毛並みが整っていてしっかりした質感なのですが、ある時期から表面の黒い素材がボロボロと崩れはじめて、気がついた頃には、耳周りに黒いカスが付着、ドライバー周辺もカスだらけで悲惨な状態になります。ある程度劣化が進むとパッドの下地のガーゼみたいなふわふわした素材が露出して、音質も軽くフォーカスが甘くなってきます。

よくショップや他人のHD800を借りると、劣化しはじめた状態で使っている人が多いです。

ちなみにヘッドバンドも同様の素材でできているので、これも粉々になっているものをよく見ます。幸い私のは大丈夫そうですが、一応これも交換部品が買えるそうです。

私のHD800はパッドが劣化して以来ずっと放置していたのですが、今回せっかくなのでゼンハイザー純正パッドを買いました。

HD800の純正交換パッド

さきほどのJVCではYAXIのパッドを使いましたが、残念ながらHD800用パッドを作っていないようです。社外品ではDEKONIというメーカーのHD800パッドが有名ですが、そちらは厚さや構造が純正とまるで違うので、音質がかなり変わります(特に中低音がかなり太く甘くなります)。HD800の音に飽きてきたなら実験してみる価値はあると思います。

私の場合、社外パッドも以前いくつか借りて使ってみたところ、どれも好きになれず、HD800純正の音が一番気に入っているので、どうせ数年で劣化する事は覚悟の上で純正パッドを購入しました。

HD800のパッド構造

こうなっています

HD800のパッド交換方法はかなり特殊なので、慣れていないと苦労します。

黒いプラスチック製リングがハウジング内周のツメにパチパチとはまる仕組みなのですが、パッド自体には薄い半透明のフィルムがあり、これをリングで挟んで潰すような感覚です。

この状態から

まず黒いメッシュを位置決めして

パッド外周のツメをはめていきます

黒いメッシュが全周ちゃんと挟まれているか確認

新品パッドは半透明フィルムが硬いのでかなりの力が必要で、写真で見るよりもずいぶん苦労します。中途半端だと四隅のツメがしっかり固定できておらず脱落しますし、無理に力を入れすぎるとハウジングを壊す恐れや、手が滑ってドライバーグリルや周辺の金属メッシュを潰してしまうリスクもあります。

さらに、内部にはカップ状の黒いメッシュがあるのですが、これもパッドと合わせて、ハウジングと半透明フィルムの間に挟んで固定する必要があります。ちゃんと固定しないとメッシュがズレて耳にあたったり、音がおかしくなります。

四方全部のツメを同時にグッとはめ込まないといけないので、二人で協力してやるのが一番簡単ですが、一人なら、私の場合は自分の足の太腿にヘッドホンを装着して、上から均一に圧力を与えながらツメをパチパチはめていく方法を使います。上手くいけばパッドはガッチリと固定されますが、一つでもツメが入っていないと簡単に外れてしまいます。

すり減ったパッドと、新品パッド

パッドを新品に交換したら、音質がかなり良くなりました。HD800本来の音を取り戻したようです。これまで劣化したパッドで聴いていた音は一体何だったんだと、なんだか時間を無駄にしていた気になりました。劣化の兆しが見えたくらいでもっと早くに交換していればよかったと後悔しています。

周波数特性が変わったというよりは、全体の鳴り方がしっかり明確になり、モニターヘッドホンとしての解像感の高さを取り戻します。劣化したパッドは張りがなく潰れやすいのでドライバーが耳に近くなるのと、表面の素材が摩耗したせいで音圧が維持できなくなっていたようです。新品に交換すると、高音も低音もメリハリがしっかりして、正しく鳴っていることがわかります。

ゼンハイザーが意図したHD800本来の音は、やっぱり純正パッドでないと実現できないようです。ゼンハイザーもたぶんパッド劣化については認知しているものの、対策品だと音が変わってしまうから改善できないのでしょう。HD800の音が嫌いなら社外パッドを試すのも良いと思います。

ベイヤーダイナミック T5p 2nd Generation

次に、ベイヤーT5p 2nd Generationのパッドも交換しました。こちらも写真を見ると劣化しているのがわかります。

表面の劣化と、内周の裂け

表面が細かくボロボロと崩れ、さらに内周が裂けはじめています。

このT5p 2nd Genは、私がつい数ヶ月前に友人から中古で買い取ったもので、彼は2年ほど不定期に使っていたそうですので、そろそろ寿命のようです。

このモデルのイヤーパッド自体は、私がこれまで使ってきた数多くのヘッドホンの中でも格別に感触が良いです。

柔らかく肌触りの良い合皮に、モチモチした厚手の低反発ウレタンで、密閉型ヘッドホンとして理想的な遮音性とフィット感を実現できていると思います。写真で見てわかるとおり、ドライバー自体に傾斜がついているので、イヤーパッドに傾斜が必要無く、ドーナッツのように厚みは均一です。いわゆるAKG・ベイヤーサイズの円形イヤーパッドの中では最高峰のクオリティです。

純正交換パッド

イヤーパッド自体の性能には文句がないので、純正交換部品を購入しました。Amazonでは売ってなかったのでショップで取り寄せました。HD800よりもコストがかかっていそうな構造なのに、値段は5,000円くらいと安いです。

プラスチックのフレームが付属しています

ベイヤーの円形パッドというと、外周のビニール部分をハウジングに被せるデザインが一般的で、このT5p 2ndも同様なのですが、ベイヤーは気が利いていて、交換を容易にするためにプラスチックのフレームが組み付けられています。しかも、密閉型ヘッドホンなので気密性を高めるためでしょうか、フレームにはウレタンゴムのようなガスケットリングが圧入されています。

ギターピックなどで

簡単にはずれます

着脱方法を知っていれば、1秒で分解できます。ハウジングとパッドの隙間になにかを差し込み、パカっとツメを外します。傷をつけないために、硬めのプラスチック製ギターピックなどが最適です。クレジットカード程度では弱いかもしれません。

注意点としては、イヤーパッドのツメはハウジングと合う位置が決まっているので、組み付ける前に確認が必要です。

ドライバーが簡単にはずれてしまいます

イヤーパッドフレームがドライバーのバッフルを押さえつけている構造なので、気をつけないとドライバーがゴロンとはずれてしまいます。断線の危険があるので、イヤーパッドを外した後にドライバーを下に向ける事は避けるべきです。

プロ用モニターヘッドホンとして、分解が容易で整備性が高いというのはメリットだと思います。

交換完了

何のトラブルも無く、一分足らずで手早く交換が完了しました。中古で買ったヘッドホンだったので、やはり新品のイヤーパッドに変えると新しいオーナーとして気持ちが良いです。

以前のパッドもそこまで劣化していたわけではないので、音質面で変化は感じられませんでした。純正交換パッドは品質のわりには安いですし、いつ生産中止になるかわかりませんから、愛用しているなら事前に予備パッドを購入しておくのも良いかもしれません。

フォステクス TH610・TH900MK2・TH909

最後はフォステクスです。私は自宅でフォステクスTH610をメインに使っていて、ベイヤーT5p 2nd Genとどちらも自分の好みに合う密閉型ヘッドホンです。TH610はダークで落ち着いていて長時間のリスニングに最適、T5p 2ndは派手で立体的で楽しいといった違いで使い分けています。

日々愛用しているTH610

私のTH610はずいぶん酷使していますが、イヤーパッドは全く劣化しておらず、二年以上経った今でもまだまだ新品同様で活躍しています。品質が高く、良くできたパッドだと思います。

今回あえてパッドを交換する必要は無かったのですが、せっかくAmazonで色々なパッドを購入したので、YAXIのパッドを買って試してみようと思いました。聴き慣れたTH610に変化を与える気分転換のようなものです。もちろん気に入らなければ純正に戻すのは簡単です。

ついでに上位モデルTH900・TH909でも試してみました。

Leather Ver.とAlcantara Ver.

アルカンターラとレザー

YAXIのフォステクス用はレザー(合皮)とアルカンターラの二種類が手に入ります。どっちを選んでも、もう片方が気になると思ったので、両方買ってみました。

各6,000円くらいなので、今回買ったJVC・HD800・T5p用など合わせると、パッドだけで一度に3-4万円使ってしまいました。結構な出費です。

左側がYAXI、右下がTH610純正

フォステクスTHシリーズは純正イヤーパッドでもモデルごとに形状が異なるので、社外パッドとの比較もそれぞれ感想が変わってしまいます。

例えばTH610の純正パッドは内径が前方寄りの楕円でかなり狭く、しかも前方に傾斜しています。この傾斜で音像の前方定位を再現しているようです。

YAXIのパッドは、内径は広めの楕円で、前後の厚さは同じ、上下に傾斜があり、顔の側面へのフィット感を向上させています。

左がTH909純正、中央と右がYAXI

上の写真は開放型ヘッドホンTH909です。純正パッドは開口が広く、前後の傾斜も少なめです。YAXIに概ね近い形状と言えます。TH900は写真は無いですが開口が一番広く真円で、傾斜もありません。

それぞれヘッドホン本体の音質差と同じくらいパッド形状による音質差が大きいので、自分の好みに合わせてイヤーパッドを変える改造が流行っているヘッドホンシリーズです。

純正イヤーパッドのロック機構

このリングが厄介です

パッドを交換して交互に聴き比べてみようと思ったところ、これが想像以上に面倒でした。

フォステクスのイヤーパッドは、まずパッド内部に白いリングを入れて、四方にあるツメをハウジングの鍵穴に入れて回転させるとカチッとロックされるという仕組みです。

新品のヘッドホンは、このロックがすんなり外れるものと非常に硬いものがあり、後者の場合はかなり手こずります。一旦外れれば二度目以降はスムーズになるのですが、仕組みを理解せずに無理矢理引っ張るとパッドが破れるかツメが折れるので要注意です。

YAXIの交換パッドにはこの白いリングが付属されていないので、毎回パッドからリングを外して、次のパッドに入れて、位置決めして、ロックしてと、かなり手間がかかります。さらに純正パッドは外皮が薄く、リング収納スペースがキツいので、何度もやっているとパッドがビロビロに伸びてしまいます。

YAXIパッドは6,000円もするので、どうせならリングも付属してくれればと、それだけが残念です。先ほどのベイヤー純正パッドはプラスチックリングが付属していたので、交換が簡単でした。

HIFIMAN HE560

ちなみにYAXIのパッドはHIFIMANの円形タイプにもフィットするらしいのですが、HIFIMANの場合はさらに悪質で、純正パッドはプラスチックのリングが接着剤で固定してあります。YAXIから別途HIFIMAN用リングも購入できるようですが、今回は手に入れませんでした。

HIFIMANは上位のHE1000などまで同様に接着剤を使っており、この接着剤が粗悪なものらしく、一年もしないうちにカリカリになって、パッドが勝手に剥がれてくるという問題が多発しています。ほんの数ミリの接着面に頼っているので、ちょっとした外力で一度剥がれてしまうともとに戻らないので、HIFIMANに返品するか、自力で接着剤で修復する事になります。

アルカンターラ

話をフォステクスTH610に戻しますが、上の写真のようにYAXIパッドに交換すると前方傾斜がなくなるので、普段のTH610を見慣れた私としては、ずいぶんスッキリした気分です。よりスタジオモニターっぽい印象になりました。

パッド上下の向きは、一般的には顔の輪郭に沿って、上が薄く下が厚い方向が正しいと思いますが、逆でもフィット自体は問題ありません。ドライバーの出音と耳穴の相対角度が変わるので、サウンドもそこそこ変わります。


音質は、純正・YAXIレザー・アルカンターラとそれぞれ極端に鳴り方が変わり、全く別物のヘッドホンと言ってもいいくらいです。それくらい変わってしまうので、単純に交換パッドとして買うのは注意が必要です。

まずTH610の純正パッドですが、スポンジが厚く、開口が狭いので、低音がかなり出る設計です。重心が低めで、上がキンキン響かないので、いわゆる暗く落ち着いた音と言われています。

低音がバネのように小気味よく弾み、あまり残留しないので、リズムの推進力や迫力につながります。ドライバーとウッドハウジングとの相乗効果で、ジャズのベースとか、重厚なクラシックとか聴き応えがあるのが、私がTH610を気に入っている理由だと思います。パッドは高音の方までは響かせず、弦楽セクションとかもスッキリ鳴るので、音抜けが悪いとは感じさせないのが良いです。ようするに純正パッドは個性的だけれど上手く考えられています。前方への傾斜も音像フォーカスの良さに効いていると思います。

低音がずんずん弾むのは作為的だと文句を言う人もいると思いますが、この方が単純に低音楽器の演奏が聴き取りやすいので、魅力として捉えたいです。低音というのは量の多い少ないだけでなく、ちゃんとリズムのテンポタイミングが合っているかどうかが重要です。多くのイヤホン・ヘッドホンでは重低音がワンテンポ遅れますが、その点TH610はよくできています。

TH610にYAXIアルカンターラタイプを装着すると、サウンドが開放型っぽく緩く広がり、空間に余裕が生まれ、高音が綺麗になります。解像感というか音のフォーカスが甘くなり、音楽が美しく楽しめる感じです。なんだかAKGっぽいような、常に空気のざわめきを表現できる雰囲気が生まれます。たとえばコンサートホール音響を目一杯使ったクラシックリサイタルとかには最高にマッチします。低音があまり弾まなくなるので、全体的に高音寄りに聴こえますが、空間情報が十分にある楽曲であれば、音像が遠くに広がるので、あまりシビアな不快感はありません。つまり良い楽曲なら爽快に聴こえ、悪い楽曲(とくにいわゆるデジタル臭い録音では)高音がきつく感じるかもしれません。

TH610にYAXIレザータイプを装着してみたところ、これが一番バランスが良いかもしれません。純正パッドほど低音は反響せず、スッキリします。帯域のバランス配分は、純正パッドは木管やベースなど中低域寄り、アルカンターラはヴァイオリンやパーカッションなど高域寄りだとすれば、レザータイプはブラス楽器あたりの中高域がよく出ます。イメージとしては、なんとなくベイヤーっぽくなるというか、反響が少なく、キチッと揃ってくれる感じが良いです。逆に弱点としては、純正パッドやアルカンターラと比べると、最高音域に天井のような上限を意識するようになります。響きに頼らずあくまでモニター用途に使うなら、純正パッドよりもこのパッドが最適です。


TH900はTH610の上位モデルにあたる密閉型ヘッドホンですが、純正パッドの開口がとても広いためもあり、TH610と比べると鮮やかで高音が派手に出る傾向です。YAXIアルカンターラを装着すれば軽く音抜けが良くなる方向に、YAXIレザータイプにすれば中低音に力強さが増す方向に、どちらもTH900本来のサウンドをスタート地点として、それぞれ異なる特徴を伸ばす感覚です。私はTH900の純正パッドの音があまり好きではないので、YAXIレザーの方が好みでした。どちらもTH900の音の良さを損なわずに、サウンドの傾向を好みに仕上げることができそうです。

開放型ヘッドホンのTH909は最新モデルだけあって、純正パッドの設計が絶妙に良いです。個人的にこのヘッドホンのサウンドが最高に好きなので、YAXIパッドをいろいろ試した結果、結局純正パッドに戻ってきました。YAXIレザータイプだとドンシャリ気味で、高音のアタックや低音のパンチが刺激的になります。一方アルカンターラではサラッとカジュアルな鳴り方になるので、心地よい雰囲気を長時間楽しみたい人には良いです。真面目に細かい情報に集中するにはちょっと物足りないかもしれません。

どちらにせよ、TH909は開放型ヘッドホンだからなのか、パッドを交換してもTH610・TH900で感じたほどの劇的な音質変化はありませんでした。TH610・TH900のような密閉型ヘッドホンは空気の逃げ道が無いのでパッドの音響効果が強く現れるのかもしれません。

おわりに

今回はいくつかのヘッドホンにてイヤーパッドを交換してみたところ、予想以上に面白い体験ができました。

イヤーパッドは音響に重要な役割を果たしているのですが、毎日使っていると、だんだんと劣化しはじめても意外と気がつかないものです。思いきって新品に交換することで「本来のサウンドはこんなに良かったのか」と驚かされます。

これまでにいくつものヘッドホンを使ってきましたが、イヤーパッドのような消耗品の交換が容易で、値段も良心的な、アフターサポートが充実しているメーカーは、次回も買ってみようという気にさせてくれます。今回ベイヤーT5p 2ndでそう感じました。さらに、ベイヤーのドーナッツタイプや、ソニーCD900STの楕円タイプなど、幅広いメーカーで互換性があるパッドだとなお嬉しいです。

さらに、近頃は社外品イヤーパッド市場も活気があり、探せば色々な互換パッドが手に入ります。普段愛用しているヘッドホンで何かちょっと不満な点があるならば、高価なアップグレードケーブルとかよりも、まずイヤーパッドを変えてみる事で改善できるかもしれません。近頃はパッドメーカー側もその需要を満たすために、何種類かサウンド傾向の異なるパッドを提供しているケースが増えています。Amazonなどでは「一見純正っぽい」粗悪品も多いですが、定評のある社外メーカーも増えてきています。

数万円のヘッドホンに5,000円もする高級パッドを買うのは不相応で勿体無いと思うかもしれませんが、逆に考えれば、ヘッドホンメーカーが採算が合わず採用できなかったような高品質パッドに交換することで、装着感や音質が改善して、よりヘッドホン本体のポテンシャルを引き出せるかもしれません。メーカーが意図したサウンドチューニングが崩れるリスクはありますが、自動車や楽器とかと同じような、自己流カスタマイズの面白さです。

今回フォステクスTHシリーズのYAXIパッドはとくに音の変化を楽しめました。最新モデルのTH610やTH909は純正パッドも優秀ですが、YAXIパッドは味付けが変ってもダウングレード感がしないので優秀です。個人的には、一世代前のモデル(たとえばTH600・TH900・TH-X00・TH500RP、もしくは旧DENONなど)は純正パッドに独特のクセや弱点があるようにも感じるので、これらのヘッドホンをメインで使っているなら社外パッドをぜひ試してもらいたいです。

ヘッドホンは最新モデルが続々登場し、そちらのレビューにばかり目が行ってしまいがちですが、ちょっと古いモデルでも久々に取り出してパッドを新調してみるだけで、以外と音が良くて、最新モデルに対して十分健闘できる事に驚かされます。