HIFIMAN HE6se・Arya |
HE6seは2018年9月発売で価格は約21万円、Aryaは2019年3月発売で約19万円です。どちらも平面駆動型ドライバーを搭載していて価格もほとんど同じなのですが、サウンドや使用感は全然違ったので、両方合わせて紹介しようと思いました。
HIFIMAN
私は長らくHIFIMANの「HE560」というモデルを自宅で使っています。開放型ヘッドホンは他にもたくさんのメーカーのものを所有しており、それぞれに魅力や個性がありますが、新譜チェックなど真面目なリスニングに集中したい時はこのHE560ヘッドホンを選ぶことが多いです。私物のHE560 |
HE560のサウンドは典型的なHIFIMANらしい「平面駆動ドライバー開放型ヘッドホン」といったところで、広帯域で情報量が多く、薄味で地味な鳴り方ですが、そのおかげで何年使っても不満や飽きが来ません。買った当時は11万円くらいでした。2014年発売なので、もう5年前のモデルだということに驚かされます。
HIFIMANヘッドホンに対する私の個人的な印象は、価格設定やハウジングデザインなどには未熟な部分もあり、主要モデル以外では変な寄り道も多いものの、サウンドに関しては真面目でしっかりしたメーカーで、とくに平面駆動ドライバーの技術向上に惜しみない努力を注ぎ込んでいるところが好印象です。
中国のメーカーなので、主なターゲットはあちらの富裕層ですから、ネットニュースなどでは何十万円もするような超高級モデルばかりが取り上げられがちですが、3万円台のHE400シリーズでもしっかりと平面駆動ドライバーの音が楽しめるので、意外とコストパフォーマンスの高さでも定評のあるメーカーです。
今回聴いてみたHE6seとAryaはどちらも約20万円なので、ラインナップの中ではかなりの上級モデルですが、ハウジングが円形と楕円でシリーズの系譜が異なります。
HE6se・Arya |
まずHE6seの方は、2010年HIFIMAN設立当初のトップモデル「HE6」を2019年の製造技術で再現したヘッドホンということで、当時と同じような円形ハウジングを使っています。
2010年頃のHIFIMANはまだ小規模なガレージメーカーでしたから、当時でも20万円近かったHE6を思いきって購入した人は相当なマニアでした。販売終了後もずっとサウンドに定評のあるモデルで、代用が無かったため中古も値崩れせず、新型が出るたびに比べられていたので、HIFIMANとしても「昔のモデルの方が良かった」と言われるのが気に食わないのでしょうか、今回HE6seとして新たに蘇りました。
公式サイトによると、円形ハウジングタイプでは現在のラインナップはこのようになっています。
- HE6se ($1800): 50Ω・83.5dB
- HE560 ($899): 45Ω・90dB
- HE5se ($699): 40Ω・92dB
- Sundara ($499): 37Ω・94dB
- HE400i ($449): 35Ω・93dB
この中で、HE560とHE400iは2014年モデルの名残りで、そろそろ販売終了だと思いますが、2017年にSundaraという低価格モデルが出て、もうこれで円形ハウジングは終わりだろうと思っていたところで今回HE6seとHE5seが登場しました。ちなみにHE5seの方は試聴機が無かったので聴けていません。こうしてリストを見ると、HE6seだけ83.5Ωと飛び抜けて能率が低く「鳴らしにくい」特別なモデルだという事がわかります。
2016年に登場したHE1000で楕円(というかティアドロップ型?)ハウジングがデビューして、それ以来は続々と楕円モデルが登場しています。ちなみに平面駆動型の最上位モデルSUSVARA(70万円)のみ例外的に、楕円と円形の中間のような特殊形状です。
これを書いている時点で、楕円ハウジングタイプのラインナップはこうなっています。
- HE1000se ($3500): 35Ω・96dB
- HE1000 V2 ($2999): 35Ω・90dB
- Arya ($1599): 35Ω・90dB
- Edition X V2 ($1299): 25Ω・103dB
- Ananda ($999): 25Ω・103dB
その下のEdition XとAnandaはどちらもインピーダンスを下げて能率を上げることでポータブル向けに作られたモデルです。
ちなみにHE1000とEdition Xの「V2」というのは、2016年の最初期版と比べてヘッドバンドの調整範囲が広くなり、ハウジングやイヤーパッドも若干変更されたマイナーチェンジ版です。ドライバー自体に大きな変更は無いようですが、ロットによるばらつきや、ドライバーのマウント位置が変わったことで音が違うなどという事も結構論議されています。
2018年に出たAnandaは楕円タイプでは最低価格なのですが、次世代のNeo supernano Diaphragm (NsD)という薄膜振動板を採用したモデルです。そして、その振動板技術をHE1000に適用して最近登場したのがHE1000seです。
米国ではHE1000オーナーは有料でHE1000seにトレードアップするプランも実施しているので、そのため初代HE1000がそろそろ古くなってきたところで、低価格版としてAryaが登場したと考えられます。
マットブラックです |
Aryaのデザインは、マットブラックのハウジングに、黒いシンプルな付属ケーブルのみと、これはどう見てもMassdrop用に作られたモデルのように思えてなりません。たとえばHD650に対するHD6XX、Focal Elearに対するElexなど、これまで数多くのMassdrop限定ヘッドホンがあり、HIFIMANもすでにHE4XXなどを出しているので、Aryaも本来はそちらで出る予定だったのかもしれません。なんであれ、そのようなモデルだと考えればずいぶん説得力があります。
HE6seのデザイン
話をHE6seに戻しますが、2010年の初代HE6の問題は、ハウジングデザインがまだ未熟だったせいで装着感があまり良くなかった事です。私も何度も中古で買おうかと思いながら、いざ装着してみて「これはダメだ」と断念しています。その点HE6seは新世代デザインを採用して装着感が大幅に改善された事が最大のメリットだと思っています。初代HE6 |
初代HE6のデザインを見ると、ヘッドバンドはGradoのような鉄板で、左右のハンガーも細い金属板を使っているため、一見そんなに悪くは思えないのですが、実際に手にとってみると非常に重く(502g)、ハウジングの重さに対して金属ハンガーが弱いためグニャグニャと曲がり、安定してホールドしてくれません。
工事現場で使うイヤーマフのような扱いにくさです。そのためイヤーパッド側面が耳周辺にフィットしてくれず、常に隙間が空いてしまうのが問題でした。つまりサウンドが安定せず、ちょっと捩れるたびに音の印象がガラッと変わってしまいます。
とくに中古品だと、経年劣化で上下スライダーが滑ってしまうか、もしくは鉄のサビが目立つ個体が多いです。
このデザインはHE5・HE6など最初期モデルにのみ使われ、第二世代HIFIMANヘッドホンは冒頭の写真でみたHE560のヘッドバンドデザインに変わりました。
さらに上の写真でも見えますが、初代HE6の着脱ケーブルは同軸SMCコネクターのようなもの(よく無線LANアンテナに使うやつ)を採用しており、これがグラグラして信頼性が悪かったのも困ります。
HE6se |
今回HE6seではHIFIMANとしては第3世代といえる最新ヘッドバンドデザインを採用しており、そのおかげか重量は470gになりました。このヘッドバンドは今のところAnanda、Sundaraなど一部のモデルのみ採用しており、まだHE1000seやAryaなどは第二世代タイプを使っているので、その導入基準がよくわかりません。
ヘッドバンドデザインの特徴は、以前のような前後の回転機構が無くなり、ハウジングをフラットに畳めなくなりましたが、そのかわりにハンガー部品や長さ調整はベイヤーダイナミックっぽい剛性の高い形状に、そしてヘッドバンドはAKGのようなレザーハンモックにと、古典的な実績のあるヘッドホンデザインを融合させたような設計です。
古典的なデザインです |
実際に装着してみると、本体は相変わらず重いのですが、新型ヘッドバンドがガッチリとホールドしてくれるので荷重が分散され、長時間着けていても疲れません。感覚としてはベイヤーT1やDTシリーズがちょっと重くなったようなものです。
前後の回転ができなくなったので密着感は個人差があると思いますが、ベイヤーやゼンハイザーなど、いわゆる一般的なヘッドホンが使える人なら問題ありません。明らかに旧HE6よりも良くなっています。
Sundaraと比較 |
Sundaraと比較 |
同じヘッドバンドを採用しているSundaraと並べて比べてみると、HE6seの方がハウジングに厚みがあり、開放グリルもワイヤーメッシュではなくパンチングメタルなので、重量感があります。
今度は左がHE6seです |
肝心のドライバーもSundaraと比較してみると違いは一目瞭然です。HE6seの振動板は金色に輝いていて、かなり厚そうなので、これを動かすために能率が悪いのは納得できます。周囲のフレームなどもがっしりと剛性が高く重量感があります。
イヤーパッド |
イヤーパッドはこれまでと同じようにプラスチックリングの四方の爪をフレームにはめていくタイプです。着脱は容易なのですが、写真で見てわかるようにパッドがプラスチックリングに接着剤で固定されているので、無理に引っ張ると接着剤が剥がれてしまいます。
以前のモデルではこの接着剤が経年劣化で自然と剥がれてしまうトラブルが多発していたのですが、今は改善されているのでしょうか。上の写真を見るとパッド右上部分で余白部分が製造ミスで折り返されていて正しく接着されていないので、パッドをちょっと引っ張るとここからビリビリと接着剤が剥がれてしまいます。やはり値段のわりに製造品質に関しては他社に見劣りします。
付属パッド |
標準パッドは前後非対称で、外周がレザー、耳に当たる部分がマイクロファイバーなのですが、それとは別に今回はベイヤーのようなベロア調ドーナッツパッドも付属していました。
ドーナッツパッドを装着 |
プラスチックリングが違います |
ドーナッツパッドの方が密着する面積が少なく通気性が良いのか音が軽めになりますが、今回の試聴では主に標準パッドを使いました。
ちなみにこのドーナッツパッドの方は、ハウジング固定用のプラスチックリングが接着剤で固定されていないので、取り外して他のパッドに再利用できます。サイズ的にはベイヤーなどと同程度なので、いろいろ実験できるのは嬉しいです。
ケーブル |
HE6seのケーブルはHE1000などと同様のデザインですが、線材まで同じものかどうかは不明です。4ピンXLRバランスケーブルのみで、6.35mmアンバランス変換アダプターケーブルが付属しています。能率の低さを踏まえてバランス駆動すべきという事でしょう。
このケーブル、すでにHE1000などを使ったことがある人なら知っていると思いますが、他のメーカーとは一味違う、ずいぶん風変わりな質感です。点滴のような半透明ゴムホースの中に銀色の線材が通してあるだけのような構造です。つまりゴムホースはただの補強で、HE1000は金色、Edition Xは白、そしてこのHE6seはグレーというかガンメタルのような色になっています。
初代HE6の着脱端子はSMC、次にHE560などは2.5mmでしたが、最近のHIFIMANは3.5mmを使うようになり、今回HE6seも3.5mmです。
3.5mmは曲げ剛性が高く、安価で容易に手に入り、太いケーブルも細いケーブルも問題なく組み付けられるので、自作マニアに喜ばれます。HIFIMANの場合ハウジング表面に剥き出しなのでぶつけて破損する心配がありますが、それでも以前の2.5mmなどと比べると信頼性は大分マシになりました。
Aryaのデザイン
次にAryaの方ですが、本体デザインはHE1000やEdition Xなどと同じなので、装着感はとても快適です。重さも404gということで、HE6seの470gと比べると数字以上に軽く感じます。イヤーパッドが大きく、顔との接触面積が広いため負担が分散されているせいでしょう。パッド内径のスペースに十分な広さがあるので、耳が大きくて通常のヘッドホンでは収まりが悪いという人でも、これなら完全にアラウンドイヤーで装着できます。
HE6seとArya |
ハウジングが回転できます |
こちらはヘッドバンドがHE560やHE1000などと同じような第二世代タイプです。装着感は優秀なので、HE6seの第三世代よりも劣っているということはありません。前後の回転ができる分こちらの方が好きな人も多いと思います。
HE1000seと比較 |
Anandaとの比較 |
HE1000seと並べて比べてみると、色が違うだけでデザインは全く一緒に見えます。第三世代ヘッドバンドを採用しているAnandaと並べてみると、ハウジングは一緒ですがヘッドバンドのサイズ感がずいぶん違います。
振動板 |
イヤーパッドを外してみると長方形の巨大な平面振動板が見えます。この大きさはまるでSTAX静電振動板みたいです。
左がAnandaです |
同じ楕円ハウジングでも低価格なAnandaと比較してみると、振動板デザインに違いがあることがわかります。蛇のようにうねっている銀色の金属膜に音楽信号が流れるのですが、写真右側のAryaの方がパターンが太いです。このあたりの違いが音質のみでなくインピーダンスや能率などにも影響を与えるのでしょう。
Aryaの付属ケーブル |
Aryaの付属ケーブルはHE6seほど派手ではなく、シンプルな黒い布巻きの6.35mmタイプです。ハウジング着脱端子は現行モデルらしく3.5mmです。
これまでHE400やHE560などに使われてきたケーブルと同じようなゴワゴワした硬い手触りで、音はそんなに悪くないですが、もうちょっと良いケーブルに交換するメリットはあると思います。
20万近くするヘッドホンにしてはベーシックかもしれませんが、HE1000の低価格版として、できる限りコストを削ったと考えれば我慢できます。どうせマニアは社外ケーブルを買い足すでしょうし、私自身も実はHE6seで使われているようなHIFIMANの上級ケーブルはあまり好きではありません。
インピーダンスと位相 |
HE6seとAryaのインピーダンスを測ってみました。スペックと実測でずいぶん違うようです。参考までに他のHIFIMANヘッドホンも重ねてみましたが、どれも平面駆動ドライバーらしく最低音から最高音まで横一直線の素晴らしいインピーダンス特性です。位相もほぼ0度で安定しているため、アンプは十分な出力電圧が出せるものでさえあれば安定した駆動が得られます。
もちろんインピーダンスが一直線ということと周波数特性(いわゆるチューニング)が正確ということは全く別物なので、サウンドは各モデルごとに大きく変わります。インピーダンスグラフは単純にどういったアンプを使うべきかの目安のようなものです。
鳴らしにくさ
アラウンドイヤー開放型ヘッドホンということで、主に家庭で使うことを想定して、今回の試聴では据え置き型ヘッドホンアンプのiFi Audio Pro iDSD・Pro iCANの組み合わせなどを使いました。他にもQuestyle CMA TwelveやChord Hugo TT2など色々と使ってみました。iFi AudioとQuestyle |
Aryaはいわゆる普通のヘッドホン並に鳴らしやすいのですが、HE6seは駆動能率が非常に低いため、かなりパワフルな据え置き型アンプでないと十分な音量が得られません。
HIFIMAN公式サイトではスピーカー用アンプを使うことすら推奨しており、スピーカーケーブルから4ピンXLRへの変換ボックスもあります。それくらいパワーが必要だということです。
もちろん音源にもよるので、平均音圧が高いポップスなどと比べると、演奏のダイナミックレンジの広いクラシックやジャズなどでとくに問題になります。
例えばiFi Audio Pro iDSD単体でシングルエンド(アンバランス)で聴いているとボリュームが不足気味で、ボリュームノブ70%くらいでそろそろ適音量かと思いきや、それ以上ボリュームを上げてもほとんど音量が上がりませんでした。つまり頭打ち状態です。この場合、平均音量は十分だと思えても瞬間的なアタックが潰れがちなので、もっとヘッドルームに余裕が持てるバランス出力を使うか、Pro iCANを通した方が良いと思いました。
HIFIMANがまだ新参ガレージメーカーだった頃の技術では、振動板が厚く重く、回路パターンの最適化も未熟でした。HE6seはその当時のリバイバル復刻モデルということなので、鳴らしにくさは仕方がないです。
HIFIMANは公式ではHE6seには最低2W、できれば4Wくらい出せるアンプを推奨しているそうですが、公式スペックの83.5dB/mWで120dBSPLを出そうと思ったら、確かに4.5W必要になる計算です。ということは、スペックの50Ωで42Vpp(15Vrms)出せるアンプということですから、そこまで高出力なヘッドホンアンプは据え置き型でもそうそうありません。
Pro iDSDはバランス出力でも50Ωで22Vppくらいが上限で、Pro iCANを通すことでようやく50Vppほど出せます。
もちろん120dBSPLというのは相当な大音量なので、4Wというのは大げさで、実質2Wも出せれば十分だと思いますが、たとえばクラシック音楽など瞬間的なダイナミックレンジを確保するためにはアンプは十分な余裕をとっておくべきだとよく言われています。ダイナミックレンジが広い録音であれば、平均リスニング音圧が80dBSPL程度でも瞬間的に120dBSPLに迫ることはあるので、つまり感覚的な音量は同じでも、パワーの余裕があるアンプの方がダイナミックで自然に聴こえます。
私の勝手な感想ですが、10年ほど前からアメリカを中心に大げさな高級ヘッドホンオーディオブームが始まったのは、初代HIFIMAN HE6による影響が大きいと思います。同時期のAudeze LCDシリーズなどもあり、それらが注目を集めた結果、「良いヘッドホンは鳴らしにくいのが当然」「平面駆動型ドライバーには強力な据え置きヘッドホンアンプが必須」といった優越感や固定概念が生まれ、スピーカーアンプさながらの巨大な高出力ヘッドホンアンプ市場が生まれました。
最近ではAudeze、HIFIMANともに製造技術が向上するとともに新型ドライバーの駆動能率がどんどん高くなり、今ではハイエンドモデルであってもDAPなどでも十分駆動できるまでになりました。それでも一部マニアにとっては未だに「鳴らしにくい=高音質」という先入観に翻弄されています。
試聴する際に、もう一つ気になってしまうのはケーブルの違いです。HE6seとAryaはほぼ同じ価格ですが、HE6seはHIFIMANの高級モデルでよく見る半透明チューブ状のケーブルで、Aryaは一般的な黒い布巻きタイプのケーブルが付属しています。
これまで多くのHIFIMANヘッドホンを聴いてきた中で、私の漠然とした感想ですが、半透明チューブタイプはちょっとギラギラして派手な傾向で、黒い布巻きタイプは音が無機質で退屈な印象です。
どちらも共通して言えるのは、滑らかさや自然な緩さみたいなものがもうちょっと欲しいので、私の好みとしては、HIFIMANには銀メッキやリッツ線とかよりも、太めなメッキ無しOFCなど、余計な小細工の無いシンプルで高品質な社外品ケーブルを使った方が音質面で良い結果が得られる事が多いです。このあたりもスピーカーケーブルとよく似ています。
とくにHE6seの半透明ケーブルはHE1000やEditionXなどでも使われており、それぞれ色が違い、音質も微妙に違うようなのですが、HE1000やSusvaraなど上位モデルのケーブルであっても社外品と比べて格別良いと思えたことはありませんでした。別の言い方をすれば、HIFIMANヘッドホンの印象はケーブルの個性も強いので、別のケーブルに変えてみると意外な発見があるかもしれません。
HE6seの音質
HE6seとAryaを同じアンプで交互に聴き比べてみると、駆動能率の違い以上に、鳴り方の違いに驚かされます。HE6seは音像がしっかりとセンターに定まり、演奏全体の音場展開がかなりコンパクトに前方にまとまります。脳内に音が飛び交うような感覚が無く、前方にフォーカスしており、レファレンスモニターとして、じっくりと音を視野内で観察して分析するような聴き方ができます。低音の方まで揃ったタイミングで鳴らせていることで、帯域のばらつきが無く、音像が正確に生み出せているのだろうと思います。
一方Aryaの方は全くの真逆で、音像が上下左右の広範囲に分散して、まるで自分が宙に浮いたようにフワフワとした音響空間で周囲を包み込みます。刺激が少なく、高解像っぽさはあまりありません。
どちらも同じメーカーの平面駆動型なのに、プレゼンテーションが根本的に違います。
ここまで音作りが違うと、優劣をつけるのが非常に難しくなるのですが、今回は双方を三日間にわたり10時間ほど試聴してみた結果、結論として言えるのは、「第一印象というのは危険だ」ということでした。
最初に聴き始めた頃は、HE6seの方が断然良いと思いました。録音のディテールを見通せるような解像感の高さがあり、「全部聴き取れるぞ」とずいぶん興奮しました。とくに自分が持っているHE560と比べてさらに明確さが増して、低音の方まで迫力があるので、HE560特有の暗さや押しの弱さが克服されているようで、「これは買い替えても良いかも」と思えました。
一方Aryaの第一印象はフワフワと地に足がつかないようなぼんやりとしたイメージで、楽器音が周囲に分散しているので、真剣に集中しようとしても、うまく演奏を把握できないようなもどかしさを感じました。そんなAryaよりも低価格なAnandaの方が発声が明確で派手なので、むしろそっちのほうが良いだろうとすら思えました。
ところが数時間かけて様々なアルバムを聴き続けていると、徐々に自分の考えが変わってきました。
優劣が逆転したというわけではありません。ランキングを作っているわけではないので、どちらが優れていると決めつけるのは安直です。
長時間かけて聴くことで、HE6seの方は、長所ばかりでなく短所も気になりはじめ、Aryaも同様に、第一印象での不安を上回るようなメリットも見えてきました。
つまり第一印象での直感的な判断よりも、何度か時間を置いて、じっくり聴いてみる事が大事です。
私がHE560を買った時もそうでした。第一印象はそこまで思い入れは無かったのですが、それから数ヶ月間試聴を繰り返した末に、最終的に「やっぱり買おう」と決断できました。
具体的に、HE6seの弱点というのは、高解像で力強いサウンドのせいでアタックの押しが強く、長時間聴くと疲れるという事です。悪い録音に対してもシビアです。
アタックと言っても高音寄りのチューニングというわけではなく、楽器音の表現として、たとえばベースやピアノ左手など低音楽器であっても、一音一音に刺激的なアタックが強調されます。そのため、ただ高音のシンバルやハイハットがシャカシャカうるさいとか、女性ボーカルが刺さるといった事ではなく、HE6seの場合は常に演奏のすべての音に、アタックの瞬間に音圧を押し出すような、わずかな金属っぽい「鳴り」が感じとれます。振動板の特性なのでしょうか。
アンプとの相性もあるので、今回は刺激的なiFi Audioよりも落ち着いたQuestyleの方が良い結果が得られました。たとえば一般的な真空管アンプであれば、低音や高音は設計上コンデンサーやトランスでカットされているので、HE6seとの相性は良いと思います。それでも他のHIFIMANヘッドホンと比べるとずいぶん刺激が強いです。
悩ましいのはHE560とHE6seの関係性です。HE560はレビューなどではダークで地味だという不満をよく見るので、それに答えるという意味ではHE6seは正しい進化だと思います。空間プレゼンテーションの良さは維持したまま、HE6seではさらに男性ボーカル、ギターやピアノなどの低音弦までメリハリの強い鳴り方を実現できているのは凄いです。明らかにHE560が持っていない物を持っているので、単純に味付けの違いというだけでなく、HE6seの方が上級機というのも説得力があります。
Sundaraと比較しても、やはりHE6seは上のクラスだと思えました。SundaraはどちらかというとHE400シリーズのように表現が平面的で、HE560やHE6seのように音像を観察できるような奥行きが出せません。不満は無いけど面白くもなく、というヘッドホンです。情報量は十分にあるので、変に味付けで誤魔化さないだけ優秀だと思いますが、良い演奏の魅力を引き出すには現実味が足りません。なんとなくShure SRHシリーズとかと似ているかもと思いました。
HE6seの面白さは、似たようなサウンドのヘッドホンが他に無いという点です。ダイナミック型でもアタックが鋭いモデルは多数ありますが、どれも特定の帯域に偏っていて、HE6seほど全体のバランスの良さや位相の把握しやすさは持ち合わせていません。HIFIMANの中でも、HE6seより上は楕円形モデルになり、サウンドの傾向は大きく変わります。
Aryaの音質
次にAryaの方ですが、まずHE1000の廉価版として比較するとどうなのかというと、確かによく似ています。交互に聴き比べれば違いはわかりますが、HE1000の特別チューニングモデルだと言われれば、価格差があるとは思えません。HE1000と同様に、上下左右へ音の拡散がとても広く、楽器ごとの距離が離れているため、物理的に「分離が良い」です。混雑せず余裕を持って音楽を鑑賞できるのが良いです。
HE1000は結構明るく軽いサウンドだったのですが、Aryaはそこから高音の派手さが若干抑えられて(ハウジングの違いでしょうか)、よりマイルドにバランスが調整されているように思います。そのためHE1000と比べると個性が薄くなりましたが、その分だけ音源を選ばず幅広いジャンルに対応できるようになったと思います。
Aryaは古いジャズを聴いても録音の荒っぽさが気にならずに演奏重視でスムーズなサウンドが楽しめますし、モノラルのクラシックでも音像が小さな点にならず、スピーカーのような広い面積に投影するので良好です。
もしくは80年代以降のロックやポップなど、コンプが強めで耳への刺激が強いアルバムでも、ドラムやパーカッションの圧力に圧倒されるのではなく、Aryaなら音楽全体に包み込まれる環境を作ってくれます。
ハウスやエレクトロなどでも、単純に低音がズンズン響けば良いというなら安価なヘッドホンで済みますが、このクラスのヘッドホンが欲しい人なら、もっと複雑で重厚なシーケンスの展開に包まれるような聴き方を求めているでしょう。Aryaはまさにそういった高密度な音源に最適です。
さらに最近ハイレゾリマスターなどで、旧盤CDと比べて広帯域になったものの、古い音源のノイズや歪みが露出して、むしろ聴き辛くなってしまったアルバムも多いのですが、HE6seでは厳しくてもAryaであれば存分に楽しめます。つまりリマスターによる広帯域のメリットは感じられ、粗探し的なデメリットは気にならないのがAryaの良いところです。
たとえば、今回はHE6seがQuestyleアンプとの相性が良かったので、続けてAryaも聴いていたのですが、それでは空間が広大になりすぎてフォーカスが甘かったです。Aryaの場合はChord Hugo TT2のようにスッキリと音色を鳴らして、過度な空間展開を出さないアンプの方が相性が良いと思いました。もしくはMytekやRMEとかのプロ用機器も良いかもしれません。iFi AudioもPro iCANよりもPro iDSDやmicro iDSD BL直出しの方が良かったです。もちろん私の好みの話です。
AryaはあくまでHE1000と同じように、しっかりとした環境を整えて音楽鑑賞を楽しむためのヘッドホンです。もしポータブルや多目的に使いたいのならEdition XかAnandaを買うべきだと思います。
つまり中域の主要な楽器が堂々と前に出て、そこそこラフな質感があり、背後の細かい情報はあまり重要視しません。これは悪い事ではなく、騒音下や、シンプルなソースでも、しっかりと力強い音楽を奏でる事を目的としているからです。
もしAryaを安易なスマホやポータブルDACなどにつなげたら、装置の弱点が露見してしまいうまくいきません。デスクトップでカジュアルに使うとしても、パソコンやエアコンのファンなどに気を使わないと、Aryaではメリハリが足りずに負けてしまいます。
せっかくなので、最新版HE1000seとも聴き比べてみました。これは友人が買った(HE1000からアップグレードした)ものをちょっと借りて数時間聴いただけなので、別のレビュー記事にするほど聴き込んでいません。
つまり第一印象のみになるのですが、HE1000seはかなり良いです。HE1000の代用はAryaで十分だと思いますが、HE1000seはさらに進化したのでAryaと競合することなく安泰だと思います。
ハウジングや振動板サイズが同じせいなのか、音響の分散や、中域付近の主要な部分は似ていますが、HE1000seはHE1000ゆずりの高音があり、それが「派手」というよりも「伸びやか」という具合に進化しているようでした。さらにHE1000seが明らかに優れていると思えたのは、音像の安定具合です。Aryaで感じたようなフワフワした緩さはHE1000seでは全く気になりませんでした。音像がクッキリ迫ってくるというのではなく、Aryaと同じ分散配置と距離感で、一つ一つの楽器がしっかり安定していて、そこを見つめると難なく最小単位まで見通せます。地に足がついた、堂々としたサウンドという感じがしました。同じ高額モデルでも、もっと音色の美音重視のSusvaraとはかなり方向が違います。
そんなHE1000seを聴いてしまうと、Aryaとの差を見せつけられるのですが、それは価格差という以上に、HIFIMANの進歩を表しています。HE1000seのサウンドが低価格帯にもたらされるには、また数年待たなければなりません。
おわりに
HIFIMAN HE6seとAryaは同じ価格帯でもサウンドのコンセプトが根本的に異なるモデルなので、そのせいでどちらを買うべきか、つまり自分にとってどちらが「正解」なのか決めにくいのが困ります。私の場合、そろそろ古くなってきたHE560の後継機として買い換えようかと検討したのですが、結局「三者三様」でHE560も捨てがたく、判断は保留となってしまいました。
モニターヘッドホンっぽくビシッとフォーカスが決まるHE6seと、ふわっと音響に包まれるAryaはそれぞれ魅力的ですが、どちらもHIFIMANらしいサウンドを象徴するようなモデルです。
同価格帯の、とくにダイナミック型ヘッドホン勢と比較すると、HIFIMANの平面駆動ヘッドホンというのはとにかく広帯域で音の表現が細かいです。ダイナミック型のような音色のツヤ、色気、厚みみたいなものは希薄なので、ヘッドホンにもっと特別な味付けを期待している人には不向きかもしれません。
今回試聴した時も、HE6seとAryaを散々聴き比べた後に、ふとGradoやFocalのダイナミック型を聴いてみたら、瑞々しい音色の厚みや美しい質感があり、全くの別世界でした。味の濃い料理みたいなもので、それはそれで魅力があります。
一方HIFIMANの場合、低価格のHE400やSundara・Anandaから、上位のHE1000・HE1000seまでHIFIMANらしいサウンドの筋が通っており、ランクが上がるごとに明確なアップグレードが期待できるという点は良いと思います。
個人的な感想としては、最上位のSusvaraはダイナミック型に劣らないような艶っぽい美音が味わえる特別な存在です。70万円ですから買う気は一切無いですが、平面駆動型のポテンシャルの高さを見せつけてくれます。最新作HE1000seも同様に、あのHE1000がここまで進化するのかと驚かされたので、まだまだ上には上があるという点でも、単なる高級志向だけでなく、ちゃんと頑張っているメーカーだと思います(価格設定が妥当かは疑問ですが)。
とくに今回、HE6seでは、会社発足時の初代コンセプトはしっかり現在でも通用するという事を実証してくれました。そしてAryaでは、一世代前のフラッグシップテクノロジーを低価格帯に惜しみなく落とし込んでくれました。
そのあたりは多くの大手メーカーのような一過性のトレンドを追うだけのプロジェクトばかりでなく、しっかり会社の主力商品として筋が通っているのが良いと思います。