SP2000 |
2017年モデル「SP1000」の時点ですでに凄いDAPだったので、今回さらにそれを上回る上位モデルとしてSP2000が登場したことに驚きました。さらにSP1000用AMPはこれまで用途不明だった拡張端子がようやく活用できる、オーナー待望のオプションです。
SP2000と、SP1000 AMPセットは価格がほぼ同じくらいになるので、これは単なるSP1000オーナー救済のための処置なのか、それとも異なるコンセプトなのかという点が気になります。
SP1000 AMP
まずはSP1000アンプモジュールの写真です。これはSP1000専用の追加部品で、SP1000本体にドッキングするように作られています。SP2000を含めた他のAK DAPとは一切互換性が無いので、既存のSP1000オーナーのためのオプションパーツと考えれば良いと思います。
SP1000 AMPにはDACは搭載されておらず、SP1000本体下部にあるアナログ出力端子からライン信号を受けて増幅します。つまりデータ処理やD/A変換はSP1000で行い、ヘッドホンアンプのみAMPで行うという事です。
ヘッドホンアンプというのは、合わせるイヤホン・ヘッドホンのインピーダンスや能率など、用途に応じて適切な設計が異なるので(つまり万能で完璧なヘッドホンアンプというのは存在しないので)、いわゆるポータブル向けのIEMなどではSP1000内蔵アンプ、そして家庭用ヘッドホンなど強力なパワーが必要ならAMPモジュール、と切り替えることは、コスト度外視で実現できる最善の回答だと思います。
SP1000 AMP |
今回SP2000という上位機種が登場するまでは、2017年発売のSP1000がAK DAPのフラッグシップでした。SP1000は型落ちというわけではなく、まだ現行モデルとして売っているので、今あえてAMPとセットで購入するという選択肢もあります。
価格的には、約44万円のSP2000に対して、SP1000が34万円、AMPが10万円くらいなので、セットで買うとほぼ同額になります。
つまり、もし手元に44万円あるとして(私は残念ながらありませんが・・・)、どちらを選ぶべきか、差別化できているかというのが一番気になるポイントです。
AMP |
SP1000本体はこれまでステンレス、銅、ブラックの三種類が登場しているので、AMPも色をマッチできるように三色から選べます。音質の違いは無いようで(それでもやっぱり音質が違うというのがマニアなのですが)、今回はステンレス用AMPを試聴しました。
ただし、上の写真を見てわかるように、実際色がマッチしているのは本体前面下部のプレートのみで、裏面の板はどの色を選んでもブラックになります。
SP1000ブラックにスレンレス用AMP |
AMP |
ためしにSP1000ブラックモデルにステンレス用のアンプモジュールを装着してみたところ、違和感は無いというか、ずいぶんカッコいいです。
AMP出力 |
AMPの下面にジャック類があります。SP1000本体のイヤホンジャックは上面にあるので、間違えないよう注意が必要です。
AMPにも大型バッテリーが内蔵されており、USB C端子で本体と合わせて充電できるようになっています。ちなみにフルパワーで8時間持つそうなので、SP1000本体の12時間よりは短いです。
このUSB C端子で本体側からの認識も行っているようで、本体インターフェース上からAMPのON/OFFが行えます。専用設計だけあって、このあたりはスムーズに使えるよう上手く作られていると思いました。
LED |
ちょっとしたアクセントとして、ボリュームノブの位置に青色LEDが発光するようになっています。
付属レザーケース |
レザーケース裏面 |
付属レザーケースはSP1000とAMPが一式全部収まるような巨大なものです。表面はいたってシンプルなのですが、裏面は強力なアンプのため放熱が気になるのか、グリル構造のようになっています。よく見るとグリルが「A」文字になっていますね。
以前AK KANNとかは放熱が心配だからという理由でケースが付属していませんでしたから、今回はちゃんと上質なものが付属しているのはありがたいです。
SP2000
次にSP2000の写真ですが、こちらはSP1000ととてもよく似ています。SP2000 |
SP1000から変わった点としては、デュアルバンドWIFI、内蔵メモリー256GB→512GBに拡大、DSD512対応など、機能面でのアップデートは少ないというか、そこまで重要なものは見当たりません。
音質においては、D/A変換の旭化成AK4497EQチップがAK4499EQに変更されました。どちらもデュアル構成です。
公式サイトの解説によると、SP1000に搭載されていたAK4497EQは2chチップだったので、デュアルということは合計4chで、左右プラス・マイナスのバランス構成に使われていました。アンバランスの場合はそれらの片側のみを取ります。
SP2000のAK4499EQは4chチップなので、デュアルだと合計8chです。一般的には二つのチャンネルを合成して4ch化することでダイナミックレンジを稼ぐ手法が多いのですが、SP2000の場合はバランスとアンバランス出力用として分けて使う方法を採用したそうです。
どちらにせよS/NやTHD+Nは圧倒的に低いので、各手法によるメリット・デメリットは不明ですが、最新D/Aチップを得ることで一歩進んだ回路設計が実現できた事は確かなようです。
さらに、公式サイトではさらっとしか書いていませんが、アンプが高出力化されたことも重要なポイントです。それについてはあとで測って確認してみます。
SP1000とSP2000 |
SP1000とSP2000を横に並べてみると、サイズや手触りはほぼ同じなのですが、SP2000の方が右側面が直線ではなく、くびれているようなデザインになっています。なんとなく一世代前のAK380などを思い出しますね。そのため本体下部が若干広くなっていますが、注意して見ないと気づかない程度です。
SP1000とSP2000 |
本体底面を見ると、どちらもUSB C端子がありますが、SP2000にはマイクロSDカードスロットがあります。SP1000では上面にありました。
SP1000の方はAMPモジュールを接続するためのライン出力端子がありますが、SP2000にはありません。これまでAK380・SP1000といった最上位機種は拡張端子で追加アンプモジュールを接続する事ができたのですが、SP2000では廃止されたのは意外です。
本体サイズはほぼ同じなので、AKにその気があるなら容易にSP1000用AMPが接続できるように設計できただろうと思いますが、あえてそうしなかったのにはそれなりに理由があるのでしょう。
もちろんこれで絶対に追加アンプが出ないとは限らないので(ヘッドホンジャックを使ったりするかもしれません)、今後どうなるのでしょう。
付属レザーケース |
裏面 |
相変わらずAK DAPらしく付属レザーケースがとても上質です。ステンレスはグリーンで、銅はブラウンレザーです。オプションで他の色も売っています。
外寸はSP1000とほぼ同じなのですが、SP2000の方が下が広いので、ケースの形も微妙に異なります。SP1000用ケースに無理やり入れても入りそうですが、横幅にかなり負担がかかるのでやめた方がいいです。
SP1000とSP2000 |
SP1000とSP2000が一番見分けやすいのは、本体上面です。SP2000はこの部分が黒いプラスチックかガラスのような素材になっています。無線アンテナ強化のためでしょうか。
ヘッドホン端子はAKらしく3.5mmアンバランスと2.5mmバランスです。
裏面 |
この本体上面の黒いパーツは、裏側が斜めに仕上げてあり、よく見ると細い斜線パターンが埋め込まれているため、デザイン上のアクセントになっていてカッコいいと思います。レザーケースを装着すると見えないのが残念ですが。
SP1000のmicro SDカードスロット |
SP2000のmicro SDカードスロット |
DAPレビューのたびに毎回言ってますが、私はSP1000のような棒で押して出すトレイタイプのカードスロットが面倒で嫌いなので、SP2000ではバネ式スロットに戻ったのがとても嬉しいです。
ただし本体下部にあるため、カード交換するたびにレザーケースから出さなければならないのは面倒です。
トランスポートボタン |
ボリュームノブ |
ボリュームノブ |
高級機だけあって、あいかわらずボタンやボリュームノブも高級感に溢れています。ハウジング切削の面の出し方や、ボタンなどパーツの嵌合精度といった部分で品質の高さが現れています。
他のAK DAPと比べてSP1000・SP2000がユニークなのが、単独の電源スイッチが無く、その代わりにボリュームノブを押し込むとスイッチになっている事です。
つまり押すと画面ON/OFF、長押しで電源ON/OFFで、Androidスマホと同じです。この押し込みスイッチは、SP1000発売時にはなんとなく長期的な信頼性が心配だったのですが、以来SP1000を毎日使っている友人数人に聞いたところ、とりわけ問題は起こっていないということなので、取り越し苦労だったようです。
ただ値段が高いだけで質感のクオリティが低いDAPが世間に溢れていますが、そんな中でAKは高価なりのクオリティをしっかり実現出来ていると思います。古くは高級腕時計とかと同じで、結局は所有者の自己満足が主ですが、形骸化する前の本来の意味合いとしては、外観を高精度・高品質に仕上げるということは、中身のムーブメントもそれだけ優秀であるという事を表す意味がありました。
インターフェース
SP2000のタッチスクリーンインターフェースはSP1000や現行(第四世代)AK DAPと同じものなので、使ってみて変更点などは思い当たりませんでした。中国に多いAndroidホーム画面そのままのカジュアルDAPと、日本や韓国に多い音楽ファイル再生特化DAPのちょうど中間にあたるような、現在市場にあるDAPの中でもかなり優秀なインターフェースです。
SP2000とSP1000 |
SP2000とHiby R6 PRO |
SP1000と同じ高解像大画面を最大限に活かして、アルバムブラウザーやトランスポート画面といったコアな部分はとても高速・快適で、それに付帯するように、無線LANやBluetoothなどの機能が追加されています。
さらに最近のアップデートからはAndroid APKもインストールする事が可能になったので、いくつかの大手ストリーミングアプリなども実行できるようになりました。
ちなみに今回の試聴機ファームウェアは「1.10CM」でした。
ボリューム調整 |
再生トランスポート画面 |
選曲画面 |
トランスポート画面は相変わらず優秀です。この第四世代AKインターフェースになってからずいぶん経っているので、もう慣れました。
そういえば、SP1000を長らく(友人から借りて)使っていて、旧世代AKや他社DAPと比べて唯一慣れる必要があったのが、トランスポート画面左上の「戻る」ボタンとは別に、ジャケット絵左下にもう一つ「戻る」があり、それぞれ用途が異なるという点でした。
ボリュームノブを回すと現れるボリューム調整画面は、タッチ上下で調整できるだけでなく、画面下部の+-で細かい調整もできるので、真面目なリスニング時は非常に便利です。
他社DAPの多くは、せっかく高解像画面になってもインターフェース設計が下手で、長い曲名やアーティスト名が切れたりという事がよくありますが、AKはそのへんの使いやすさが良いです。ただし上の写真の一番下の曲のように、相変わらずフランス語UNICODEが化ける事があるのは残念です。(iTunesやJRiverならWindows・Macともに正しく表示されます)。
メニュー画面 |
アプリ起動 |
フルAndroidスマホではないので、Google Playには対応していませんが、APKファイルを特定のフォルダーに入れておくと、Servicesという項目から起動できるようになります。今回この機能は使いませんでした。
写真で画面左下に見える円形の「<」ボタンはアプリ起動時でも常に表示され、戻るボタンとして機能します。オプションで消すこともできますし、長押しすると好きな位置に配置することができるので、そこまで邪魔になりません。
出力
いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号FLACファイルを再生しながら、ボリュームを上げて音割れ(THD>1%)する最大電圧(Vpp)を測ってみました。出力 |
過去のAK DAPも重ねたのでちょっとごちゃごちゃしていますが、実線がバランス出力、破線がアンバランスです。
グラフを見てまず驚くのは、SP1000 AMPの驚異的なパワーです。ここまで強力だとは思ってもいませんでした。公式スペックでは無負荷時バランスで10Vrms(つまり28Vpp)と書いてありますが、実測でもちゃんと29Vpp出せています。
無負荷時の最大電圧はKANN CUBEの方が高いですが、SP1000 AMPの方が出力が粘り強く、400Ω以下では立場が逆転します。KANN CUBEが他のAK DAPと同じくらいの傾斜で徐々に電圧が落ちてくるのに対して、SP1000 AMPは50Ωくらいまできっちり定電圧を維持しており、そこから一気に落ちますが、それでも他のAK DAPよりも数倍高出力です。
一般的なAK DAPがパワー不足で歪みはじめると、サイン波の上下が天井にぶつかりバッサリとカットされる(矩形波っぽくなる)のですが、SP1000 AMPはもっとアナログアンプっぽく複雑に歪み、クロスオーバー歪みなども発生するので、アンプの設計自体が第四世代AK DAPとはかなり違う、いわゆる古典的なアナログアンプっぽさがあります。
SP2000の方を見ると、そこまで強烈ではありませんが、それでもSP1000と比べて結構パワーアップしています。バランス・アンバランスともに、実用で十分有意義な出力アップです。低インピーダンス負荷での傾斜から見てわかるように、アンプの設計自体は第四世代AK DAPらしい特性のようです。
SP2000とSP1000 AMPが発表された時、既存のSP1000オーナーはどちらにアップグレードすべきか悩まされたと思いますが、この出力グラフを見れば両者の設計意図はずいぶん違うということがわかり、ここまで違うと音質面でもかなりの差があることが予想できます。
1Vpp |
無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて、負荷を与えた際の電圧の落ち込みを測ってみました。
この傾斜が急激ならば出力インピーダンスが高いという事になりますが、AK DAPはどれも優秀なほぼ横一直線なので、あえて気にするほどの違いはありませんでした。
SP1000 AMPのみかなり低いインピーダンスでも粘っていますが、これは出力インピーダンスというよりも電流供給の限界に突入している部分なので、実用上は無視できると思います。
最近のDAPは出力インピーダンスが極端に低いICチップアンプなどを採用しているものが多く、総じてどれも優秀ですが、今回SP1000 AMPは極端に高出力なアンプでありながら、出力インピーダンスもしっかり他のAK DAPと同じレベルを維持出来ているのは素晴らしいと思います。
つまり、従来であれば、高出力アンプは必然的に出力インピーダンスが高いため、高インピーダンスヘッドホン専用、みたいな使い分けが必要でしたが、SP1000 AMPであれば、低インピーダンスのマルチBA型IEMなどでも問題なく使えそうです。
音質とか
今回の試聴では、普段から愛用しているDita Dreamイヤホンを主にバランス出力で使ってみました。Dita Dream |
まずSP1000・SP1000 AMP・SP2000の音量についてですが、ボリュームノブはいわゆる指数カーブで、最大150のうち、0~100くらいはなだらかで、最後のほうで一気にグッと上がるので、つまり小音量でも使いづらいということはありません。
目安として、高インピーダンスのヘッドホンであれば、SP1000・SP2000・SP1000 AMPでそれぞれボリューム数値に10~20くらいの差がある感覚です。
SP2000とDT1770PRO |
たとえば、そこそこ鳴らしにくい大型ヘッドホンのベイヤーダイナミックDT1770 PROでは、SP1000では楽曲によっては140~150に近づいてしまったのですが、SP2000では120くらいでも十分な音量が得られます。DAPを多目的に使いたい人には、この差は大きいです。
SP1000 AMPは強力なだけあってボリューム100程度で十分で、まだまだ余裕がありました。
一般的なイヤホンでは大体50~80くらいだったので、十分な調整幅があり、ちょっと上げただけで爆音になるというようなトラブルはありませんでした。かなり感度が高いCampfire Audio AndromedaでもSP2000では50~60程度がちょうどよかったです。
バックグラウンドのホワイトノイズはSP2000では全く聴こえませんでした。SP1000 AMPではAndromedaで若干あるか無いかという感じで、私は問題なく使えました。そもそもここまで高感度なイヤホンならAMPを通さず素のままのSP1000で聴くという選択肢があります。
ダニエーレ・ガッティ指揮コンセルトヘボウのシュトラウス「サロメ」を聴いてみました。オケの自主制作レーベルRCO Liveからで、ブルーレイでも出てますが、映像があるよりも音楽のみのほうが何度も繰り返し聴くには適してます。
サロメはMalin Byström、ヨカナーンはEvgeny Nikitinとかなり良いキャストです。往年の鮮烈な名演名盤と比べてしまうと、最近のオペラはどうしても生ぬるい仕上がりが多いですが、この録音は久々に凄く良いと思えました。歌手陣は大時代的なオンマイクではなく後方気味で、ステージの雰囲気がリアルに出せており、オーケストラがとくに重厚で迫力があります。コンセルトヘボウらしさが存分に発揮できている素晴らしいアルバムです。
Storyville Recordsからリマスター新譜で、エリントンの発掘盤「Uppsala 1971」を聴いてみました。Bandcampで安く買えます。
タイトル通り、1971年欧州ツアー時の、スウェーデンの都市ウプサラでのライブ録音です。隠し録りの海賊版とかではなく、当時のライブ録音としては音質はずいぶん良好です。この頃のエリントンバンドはもはや終幕の消化試合みたいなものなので、公式スタジオ・アルバムでは迷走しがちですが、こういった海外遠征ライブは現地ファンを喜ばせるため「懐メロメドレー」みたいな選曲で気楽に聴けます(変なボーカルもちょっと入っていますが)。録音もモノラルっぽいセンター寄りで、若干ステレオ展開があるといった感じなので、こういう方がヘッドホンでも聴きやすいです。
AK1000 AMPの音質
まずAK1000 AMPを試聴してみましたが、これは凄いです。先程のパワーグラフを見て想像できるように、十分すぎるほどの高出力を発揮できますが、それとは別に、サウンド面でもかなり強烈です。これまでのAK DAPのイメージとは一線を画する新たな試みのように感じました。たとえば以前のAK300シリーズ用アンプモジュールはコンセプトとしては同じ形式ですが、サウンドはマイルドで温厚なゆったりとした仕上がりで、続いて登場したAK KANNも同様の印象でした。その後KANN CUBEから新たな試みの片鱗が感じられましたが、今回のSP1000 AMPでそれを飛躍的に突き進めたようです。
追加アンプモジュールというと、暖かく豊かな鳴り方に変化することを想像しますが、このAMPは激しく力強い、迫力のあるサウンドです。AK300 AMPとは真逆の性格と言って良いかもしれません。
SP1000 AMPでまず感じるのは、最低音と最高音の拡大です。高音はSP1000のような遠くに分散するのみでなく、「遠く」と「近く」を使い分けて、派手気味になります。SP1000は俯瞰で見るようなジオラマ感がありましたが、AMPではその中に飛び込むような目線になります。とくにクラシック録音では、観客席二階から演劇を楽しむのではなく、指揮者付近のざわめきが間近で感じられます。全体が近くなったというわけではなく、演奏やステージはSP1000のように遠くに展開しますが、目前で起こっている音の区別がわかりやすく強調されるようになったという意味です。
高音よりも特にわかりやすいのが、低音の立体感の広さです。量は多めですが、それが遠く奥へと抜けていきます。この感触はDAPでは結構珍しいと思います。顔面に音圧を浴びせるのではなく、低音楽器の位置から音が空間に拡散していくのがリアルに、広々と再現できています。
例えるなら、SP1000がスタンドマウント・ブックシェルフスピーカーで、SP1000 AMPは大口径ウーファーを二基三基搭載するフロアスタンディングスピーカーです。どちらがレファレンスモニターっぽいかといえば前者かもしれまんが、どちらが迫力や聴き応えがあるかといえば後者です。アンプなのにスピーカーで例えるのは変ですが、実際それくらいの違いが感じられました。
SP1000 AMPが特に面白いのが、根底にはSP1000のサウンドが確認できることです。つまりSP1000ゆずりの空間展開の広がりや、音像配置の正しさ、クリアでありながら尖ってはいない音色などの特徴があり、AMPではそこからさらに前後に立体的な凹凸が加わって、個々の要素の主張が強まるという事です。
クラシックでは、ちょうど歌手の帯域が前に飛び出してくるので、重厚なオーケストラをかいくぐぐって、向こうからこちらに声が飛んでくるような感覚です。SP1000の方が実際のライブ公演を聴いている感じに近いですが、AMPを通したほうが、いわゆる自宅のオーディオで大迫力で聴いている感じに似ています。
ジャズを聴くと、キックドラムやベースの低音は奥の方へ展開しコンサートホールの広さを表してくれますが、中域は逆に、遠めの定位置からリスナーの方へ音が飛び出してくるような、つまり低音とは真逆の、体で浴びるようなサウンドが得られます。トランペットやサックスなどの楽器が刺激的に鳴るのが良いです。アタックが歯切れよく、ブラス楽器のベル(音が出る部分)がまっすぐこちらに向かっているような迫力のある演奏体験になります。
こういった具合に、帯域や楽器ごとに音の押しと引きを使い分けることで、イコライザーのような音量のアップダウンに頼らずに、音楽にスリルと迫力を生み出す事に成功しています。
SP1000とAMPのどちらが「正しい」かというと、私としては前者だと思いますが、しかし「エキサイティング」なのはAMPの方です。これまでSP1000や他のAK DAPでスムーズなサウンドにずっと聴き慣れていた人がAMPに移行すると、ずいぶん激しくグイグイ来るので意表を突かれるかもしれません。しかし、少なくとも私が思うのは、IEMイヤホンなど耳の間近で鳴るようなタイプの場合はSP1000のようにスムーズで繊細で遠いサウンドが適していますが、大口径ヘッドホンを使う場合は、AMPを通すことで生まれる迫力や刺激が大きなプラスになると思います。
これまで「DAPでヘッドホンを鳴らす」というと、メリハリが足りず単調でつまらないと思っていた人ならば、SP1000 AMPは最高のアップグレードになりうるので、「追加アンプモジュール」としての価値や意義は確実に満たしています。
SP2000の音質
SP2000 |
次にSP2000を聴いてみました。
SP1000・SP1000 AMP・SP2000と順番に聴いてみると、まさに三者三様といった感じで、サウンドの印象に違いがあります。
論理的に考えれば、アンプが高性能になるほど(歪みなどが限りなくゼロに近づくので)サウンドの違いはわからなくなるはずなのですが、これほどハイエンドなDAPでも違いが感じられるのは不思議なものです。ただし、良い悪いではなく、どれも基本的な部分は優秀で、それぞれになにか特徴的なメリットがあるような感じです。つまり「どちらが上か」というような短絡的な話は無意味です。
SP2000はSP1000のサウンドを基本として、そこにさらに中域の楽器音に厚みが強調されて、伸びやかな音色の質感が感じとりやすくなった、という印象です。
アンプのパワーアップと新型D/Aチップの両方が貢献しているのでしょう。解像感を損なわずに音が太くなったように聴こえるのは凄いことだと思います。とくにSP1000の大きな魅力だった空間展開の広さ、空気のリアル感は健在で、その点は相変わらず他のDAPを圧倒しています。
SP1000 AMPが派手で力強くなったのと比べると、SP2000は温厚なアナログ的というか、音色重視の進化を遂げたようで、それぞれ別の道を歩んでいます。
ポタアンで例えるなら、SP1000をスタート地点として、SP2000はChord Hugo 2やJVC SU-AX01のような方向性に近寄り、SP1000 AMPはiFi Audio micro iDSD BLなどに近寄るような印象です。
SP1000に欠点があったとすれば、音場空間の再現性が凄いということは、それは音源のクオリティに依存するので、下手な録音ではその魅力が存分に伝わらないという不満がありました。とくに得意だったのがコンサートホールのワンポイントマイク録音で、そこに記録されたホール空間の広さや、その場にいるような空気の漂いなどが非常にリアルに表現できることがSP1000の特徴です。単純に言えば、ものすごく細かい情報の位相や倍音構成などが正確に再生されるため、脳内でそれらをもとに安定した空間が再現されやすい、という事です。フィルターやEQなどのせいでこれらが狂うと、空間が一気に失われてしまいます。
つまりSP1000は空間重視で、音楽演奏そのものはあくまで空間上で起こっているイベントを正確に再現するというアプローチだったので、そのあたりが不十分な平面的な録音では、音色に面白みの無い、極めて退屈なDAPのように聴こえてしまいました。線が細く、色彩に乏しいDAPとも言われたりします。
SP2000では、意図的かどうかはわかりませんが、この部分がピンポイントで改善されています。もし意図的だとしても、それを物理的にどうやって実現するかというのがオーディオメーカーの腕の見せどころです。
試聴に使ったオペラ録音では、ピットが前方下にあり、その先のステージ空間は深い奥行きが感じ取れます。オケの演奏はピットから湧き出してホールに立体的に展開している様子がわかり、録音エンジニアが意図したプレゼンテーションを、苦労せずに、あくまで自然に体感できます。SP2000ではそこにさらに、歌手の存在感が増しています。SP1000 AMPのように大迫力で前に飛び出してくるという感じではなく、遠くの定位置で、演技力が増したような、輪郭の中身に多彩な質感が凝縮しているような、感情表現の一挙手が明確で、ドラマチックなストーリー展開が伝わりやすくなっています。
ジャズ録音では、そもそも古い録音なので空間は不安定なのですが、十人以上の大規模なバンド演奏が手に取るようにわかります。単純に「今はどの楽器」という分離と見通しの良さのみでなく、「前のソロと今のソロとリズムセクションと」といった時間空間の厚みのある連携が、目まぐるしく交錯するのではなく、一連の流れとして把握できます。
これはよく、ハイレゾとは真逆の、蓄音機やカーラジオなどで聴くと、演奏が一つの塊になるため、余計な情報が無くなって、音楽の流れが聴きやすく親しみやすくなる、という考え方と似ています。最近ではあえてステレオ分離を捨てた無指向性(オムニ)スピーカーをテーブルに置いて、まるでキャンドルを眺めるようにカジュアルに音楽を聴くという趣向も流行っています。
オーディオ機器も、下手に高性能なものでは、解像感と分離だけが増して、音楽の流れが損なわれがちなのですが、本当に優れたオーディオであれば、もっと高次元で、蓄音機のような親しみやすさが実現できます。SP2000もそんな感じで、ハイレゾ・オーディオというような広帯域と空間展開でありながら、そこに親しみやすさをプラスしたような印象を受けました。
今回一番困ったのは、SP2000のステンレスと銅モデルの違いについてです。ハウジングの金属素材を変えるのは、たとえば腕時計のステンレスとチタンケースの違いのようなもので、あくまでデザイン上の所有感を満たすものだと考えたいのですが、少なくともAKの場合、以前からAK240・AK380・SP1000の三世代とも、ハウジング素材による音質差というのがなんとなく感じられました。
そしてSP2000では、これまでで最も、その違いが感じられたように思えます。SP1000では「なんとなく違うけど、どちらも良いかな」と思えた程度だったのが、SP2000では「買うとしたら相当悩む」というくらいの違いでした。
もし内部回路がどちらも全く一緒なのでしたら、ここから先はオカルトの部類になりますが(そもそも40万円のDAP自体がオカルトかもしれませんが)、SP2000のステンレス版は、あくまでSP1000ステンレスの延長線上で、上で述べたようなサウンドの違いは、そこまで強調されていません。話半分というか、50%くらいだと言いたいです。一方SP2000の銅はそのあたりがずいぶん強調されており、かなり音色の聴きやすさ、質感・厚みが向上しています。
SP1000の銅でも似たような傾向がありましたが、あちらは個人的には、ステンレスと比べると響きが間延びして音の歯切れが悪く、どちらか選ぶなら断然ステンレスでした。SP2000の銅は、私にとってそんなマイナスイメージは無く、響きよりも色艶が濃くて、むしろこっちの方が良いのではないかと思わせてくれます。
一日交互に聴き比べただけですが、頭ではステンレスの方がレファレンスっぽくテキパキしていて優れていると考え、心の方は銅を聴くたびに「やっぱりこっちのほうが良いかも」と疑念を呼び起こします。こればかりは長期間聴き比べてみないと判断できません。ソニーのWM1A(アルミ)・WM1Z(銅)のようなどちらが上位というわけでもないのが難しいです(ぜひソニーもステンレスで作ってもらいたいです)。
SP1000でそこまで違いが無いと思った人もぜひSP2000で聴き比べてもらいたいです。私と同じ感想になるか、とても気になります。
おわりに
今回はSP1000 AMPと二種類のSP2000という贅沢な試聴ができました。どちらもヘッドホンオーディオとしてはトップクラスに高価なラグジュアリー商品ですが、海外を中心に好調に売れているので、市場がそれを求めているのでしょう。あいかわらずAK DAPのクオリティと完成度は他社を圧倒しています。まずSP2000の方ですが、あくまでSP1000の上位モデルという扱いで、次世代の後継機というわけではないので、極端な変更点はありませんでした。音質もSP1000を基本としながら一歩先に進めたような感じで、とくに中域の音色が豊かになり、より幅広い音源で満足感が得られる印象です。さらに出力アップによってイヤホン・ヘッドホンの選択肢も広がったので、簡単に言えば、SP1000にて指摘されがちだった不満点を堅実に克服したモデル、つまりSP1000 ver.2のようなイメージです。あくまでハイエンドDAPとして、高能率イヤホンで高音質音源に特化した聴き方をする人ならば、SP1000でもまだまだ十分満足できると思います。
SP1000 AMPは予想を遥かに上回る高出力ぶりに驚かされました。SP2000がフラッグシップDAPの正統進化であれば、SP1000 AMPはむしろ好評なKANN・KANN CUBEの系統をハイエンドにもたらしたようなコンセプトです。実用上の出力はKANN CUBEよりも優れている部分も多いので、現在手に入るDAPの中で最も高出力な部類であることは確かです。
音質面でもそんなパワフル感を強調する刺激的な鳴り方なので、SP1000単体との使い分けも面白いですし、SP2000との方向性の違いも明確です。現状でどちらを買うべきかとなると、パワーの違いよりもまずサウンドの違いの方が重要な要素だと思いました。常に新しいものを求める、変なネットレビューなどがはびこる市場に対して、SP2000とSP1000 AMPというのは、音質設計のポリシーを曲げずに最先端の進化を見せつけてくれる、AKらしい回答だと思いました。
私が思うAK DAPの魅力は、世代が変わることで機能性やインターフェース面での進化が行われる一方で、同世代モデルのあいだの上下関係はあくまで「音質」で差をつけている事です。そしてそれらは変な癖や味付けに頼るのではなく、誰が聴いても納得できるような着実な音質向上を目指している事が伝わってきます。もうおよそ8年間、脇見や息切れもせずに常に進化を続けているのは、メーカーとして凄い事だと思います。