B&Wの2019年モデル |
すべてBluetoothワイヤレスで、一番安いPI3を除いてアクティブノイズキャンセリング搭載です。とくにヘッドホンの方は、名前やデザインからして代表作P7・P5の後継機と考えられるので、どちらも所有している私としては、どう変わったのか興味があります。
B&W
英国のスピーカーブランドB&W(Bowers and Wilkins)はハイエンドスピーカー、とくに大手レコーディングスタジオで活用される業務用メインモニターとして絶大なシェアを誇っている大手メーカーです。B&W公式サイトより、Abbey Road StudiosのB&Wスピーカー |
最上級の800シリーズスピーカーはAbbey Road StudiosやTeldex Studio Berlinなど世界最高峰スタジオで長年の導入例があるため、一般家庭でも「いつかきっと800シリーズを」と夢見ているオーディオマニアは多いです。たぶんハイエンドシステムにおいて一番普及しているスピーカーではないでしょうか。
そんなB&Wですから、ヘッドホンに関してもさぞかし凄いプロフェッショナルな高級機を出しているだろうと思いきや、2010年頃ヘッドホンに参入してから現在まで、意外にも比較的カジュアルなポータブル向けモデルに専念しています。
P5 P7 P9 PX |
同じくハイエンドスピーカーメーカーでライバルのフランスFocalが40万円もする超高級ヘッドホンを展開しているのに対して、B&Wの場合ヘッドホンはあくまでスピーカーとは別物で、代用品にはなりえない、と主張をしているかのようです。
ポータブル向けとはいえ、2010年のP5・P3、2013年のP7、2016年のP9はそれぞれ3・5・9万円と、決して安くありません。とくにP5・P7は厚い本皮と光沢のある金属パーツによる重厚なデザインが当時としては斬新で注目を集めました。
その後P5とP7はワイヤレスバージョンが登場し、2017年にはワイヤレスアクティブNCタイプのPXが約5万円で発売しました。
そんな過去のラインナップに対して、今回の新作ヘッドホンは、あらためてP5・P7という初期モデルのデザインとPXのワイヤレスアクティブNC技術を融合した、次世代のスタンダードモデルという位置付けになると思います。価格やスペック的にもBoseやソニーの売れ筋と十分健闘できそうです。
PX5とPX7 |
一番大きいアラウンドイヤーヘッドホン「PX7」のスペックは、310g、43.6mmダイナミックドライバー、アクティブNC ONで30時間再生、15分の急速充電で5時間再生だそうです。有線接続も可能なので、1.2mの3.5mmケーブル、そして収納ケースとUSB C充電ケーブルが付属しています。
オンイヤータイプの「PX5」はほぼ同じスペックですが、若干小さいので重量が241g、35.6mmダイナミックドライバー、25時間再生、15分急速充電で5時間再生となっています。
PI4とPI3 |
イヤホンモデルでは、アクティブNC搭載の「PI4」が14.2mmダイナミックドライバー搭載、40g、10時間再生、15分急速充電で3時間再生です。
今回のラインナップで唯一アクティブNCを搭載していない「PI3」は9.6mmダイナミックドライバーと1×BAドライバーのハイブリッド構成です。重量は31g、8時間再生、15分急速充電で2時間再生と書いてあります。
イヤホン・ヘッドホンともにBluetooth 5.0を搭載しており、コーデックはaptX Adaptive、aptX HD、aptX Classic、AAC、SBCに対応しています。残念ながらLDACには対応していません。最新のaptX Adaptiveというのは、これまで固定だったLow LatencyからHDまで、通信環境や用途に応じてリアルタイムで切り替わる可変モードなので、対応しているスマホを持っているなら有利です。
それぞれ発売価格はPX7が6万円、PX5とPI4が5万円、PI3が三万円くらいだそうです。
ヘッドホンとイヤホンで値段にあまり大きな差が無いので、どちらを買うべきかは各自好みがあると思いますが、唯一見落としがちな点は、ヘッドホンは3.5mmケーブルで有線接続ができますが、イヤホンでは不可能です。たとえば飛行機内のエンターテインメントに接続したい人にとっては重要かもしれません。
PIシリーズ
まずイヤホンの方からデザインを見てみます。アクティブNC搭載のPI4と非搭載のPI3ではデザインが全く異なるので、フィット感については好みが分かれると思います。PI4はブラック・ゴールド・シルバーの三色(写真はシルバー)、PI3はグレー・ブルー・ゴールドの三色(写真はブルー)です。
PI4とPI3 |
見てわかるように、PI4はBose QC20、PI3はソニーによく似ており、装着感も両者に近いです。
つまりPI4は浅く耳穴に「乗せる」ような感じで、一方PI3はいわゆるIEMイヤホンっぽくグッと挿入する感じです。イヤホンに慣れている私にとってはPI3の方が確実性があって良いと思いましたが、もっとカジュアルに使いたい人にはPI4の方が圧迫感が少なくて良いかもしれません。
イヤピースとStability Fins |
耳穴に引っ掛けるフックは「Stability Fins」という名前で、イヤピースとともにS・M・Lの三種類が付属しています。ちなみにPI3の方は本体に通気孔があるので、Stability Finsにもその部分に穴が空いています。PI4は本体にボタンのような突起があり、これがStability Finsの裏側にある穴に固定するようになっています。
イヤピース |
イヤピースは、PI3の方は一般的なソニーサイズのシリコンですが、なぜか中央に横棒があります。イヤピース自体は自由に回転するので、BAとダイナミックを分けるというわけでもなさそうです。ハイブリッドだということを暗示させるためでしょうか。
PI4はBoseっぽい楕円形状なので、あまりグッと耳奥まで挿入するようには作られていません。
音導管 |
一応入ります |
イヤピースを外してみると、PI3はメッシュの奥にBA用出音ダクトが見えますね。PI4の方も、強引に押し込めば一応SpinFitなど社外品イヤピースも装着できます。この方が耳穴奥へ挿入できるので、しっかりしたフィットを求める人には良いかもしれません。もちろんサウンドも影響を受けてしまうので、今回の試聴ではすべて付属イヤピースを使いました。
ネックバンド |
最近は左右個別の完全ワイヤレスイヤホンが話題になっていますが、着脱の手軽さや、紛失しにくい事などから、あえてネックバンド式を好む人も多いです。
冒頭の写真のように、左右イヤホンにマグネットが埋め込まれてあり、耳から外したら両端をピタッとくっつけてネックレス状態にしておけるので、頻繁に着脱する人にとっては便利です。
コントローラーは共通仕様ですが、PI3はアクティブNCを搭載していないため、NCモード切り替えボタンがありません。
左側には電源ボタン(長押しでペアリング)とNCモードボタン、右側はいわゆるマルチファンクションボタンとボリューム上下ボタンがあります。とくにマルチファンクションボタンが大きく滑り止めの質感になっていて、とっさの着信などでも押し間違えしにくいのはありがたいです。最新モデルだけあって充電端子がUSB Cになっているのは嬉しいです。
PXシリーズ
次にヘッドホンのPXシリーズを見てみます。デザインやサイズ感は原点のP7・P5を踏襲していながら、メタルやレザーなどのキラキラしたゴージャスさを撤去して、もっとモダンな質感になりました。PX7はグレーとブラックの二色(写真はグレー)、PX5はグレーとブルーの二色(写真はブルー)から選べます。
ヘッドバンド |
とくに一番気になったのがヘッドバンドのハンガー部品です。旧モデルではピカピカの金属棒を複雑な曲線に仕上げていましたが、今回はそれと同じような曲線を軽量なプラスチックで再現しています。
しかもこのプラスチックが未塗装で荒削りなマット質感なので、まるで石や木の彫刻のように明暗が綺麗に現れてカッコいいと思います。
PX7 |
PXとPX7の比較 |
写真はグレーのハウジングですが、繊維素材との組み合わせは、なんだかイケアや無印良品みたいなミニマリストデザイン寄りになっており、前のモデルのPXの重厚なガッチリした金属イメージと比べてオーガニックな柔らかさがあって良いと思います。
PX5 |
コンパクトです |
PX5の方はハウジングサイズ以外はPX7とほとんど変わりませんが、全体的にコンパクトにまとまっていてかっこいいです。パーツの仕上がりや組付けに高級感があって良いですね。
PX5の操作ボタン |
PX7の操作ボタン |
操作ボタンは全部物理ボタンなので、確実性があって良いです。PX7とPX5のどちらも機能や配列は共通しており、ほとんどのボタンが右側ハウジングに集中しています。
左側下部にNCモード切替ボタン、右側には上から電源(スライドスイッチ・長押しでペアリング)、ボリュームとマルチファンクションボタン、USB C、3.5mmケーブルという順になっています。マルチファンクションボタンが若干盛り上がっているので押し間違えないのが良いです。
イヤーパッド比較(中心はPX) |
イヤーパッドを並べてみると、PXよりもPX7の方がかなり大きいことがわかります。これまでのB&Wというと、P7・P9・PXはどれもかなり硬く張ったレザーパッドで、肌への接触面積がとても狭い、まるで工事現場のイヤーマフのような硬い仕上がりだったのですが(使っているうちにだんだん柔らかくなってきますが)、PX7は最近のソニーやBoseと同じような柔らかい低反発クッションになっています。
とくにP7とPXは硬いパッドとの隙間が空きやすくピッタリ密着してくれないという人も多かったので、PX7の改善は良い判断だと思います。無難なデザインになってしまいましたが、やはり一般的に普及しているデザインが一番良いのでしょう。
もっと面白いのはPX5の方です。こちらはオンイヤーなのですが、イヤーパッドが非常に厚手でモチモチしているため、オンイヤータイプで懸念される(HD25とかのような)外耳が痛くなる問題が大幅に低減されています。とくに初代P5は結構厳しかったので、あれと比べると雲泥の差です。他社でここまで快適なオンイヤータイプは思い浮かばないので、マニアックですが、例えるならHD25にYAXIの大型パッドを装着した感覚に近いです。
ただしクッションが厚いということはハウジングがフラフラ揺れやすいので、装着時の安定感はPX7の方が優れていると思います。
PX7のイヤーパッド |
音響の窪みと、ドライバーグリル |
PX5のイヤーパッド |
イヤーパッドの着脱はそれぞれ仕組みが違います。PX7の方は周囲の爪を外すタイプです。爪が外側に向かって引っかかっているので、イヤーパッドを引っ張るのではなく、中に向かって潰すような感覚の方が外れやすいです。(わざわざ外す必要もありませんが)。
中を見るとドライバーが傾斜配置されており、耳とドライバーの間に大きな音響空間が設けられてます。黒いガーゼを透かして見ると、中に金属製のドライバーグリルがあります。
PX5の方はイヤーパッドを一方向に回転することで簡単に外せます。ドライバーの手前に金属グリルがあるだけのシンプルな構造です。
ヘッドバンド |
装着感に関しては概ね良好ですが、唯一不満があるとすれば、一般的なヘッドホンと比べてヘッドバンドが細く硬い棒状のデザインなので、上の写真のように広げた状態だと、頭頂部がほぼ横一直線になってしまいます。この点に限っては従来のP5・P7・PXなどと同じで改善されていません。
つまりこの状態だと頭頂部だけに負荷がかかるので、長時間装着していると痛くなってきます。頭の形状は人それぞれですが、特に横幅が広い人ほど負担が集中しやすくなるデザインです。
他社の場合だと、もっと頭形状にフィットしやすい柔らかい素材にしたり、幅を広げて接触面積を増やしたり、頭頂部だけ硬く曲がりにくい素材にすることで、横に広げても一直線にならず必ず左右二点で接触するように設計する事が多いです。
逆にこのように接触面積が少ない方がヘアスタイルが潰れにくいというメリットもあるので、そのへんは実際に装着して確認するのが最善です。
アクティブノイズキャンセリング
アクティブNCを搭載していないPI3を除いて、他のモデルは共通したNCプロセッサーを搭載しているようなので、NC効果もよく似ています。NCボタンを押すことで「OFF・HIGH・LOW・AUTO」の四段階で効き具合を設定でき、さらに専用スマホアプリでも切り替え可能です。ちなみにAUTOというのは周囲の騒音量によってHIGHとLOWを自動的に切り替えてくれるようです。
スマホアプリ
アプリ設定 |
上のスクリーンショットでは、PI3のみアクティブNC非搭載なので項目が消えているのがわかります。
スマホアプリはNCモード切り替え(本体ボタンと同じ)と周囲の音のパススルー量(Ambient Pass-Through)の調整くらいしか使い道が無いので、とりわけ必須というわけではありませんが、今後ファームウェアアップデートを行う場合などのため、インストールしておいて損は無いでしょう。あとは、Settingsで着脱時の自動ポーズ機能や、ボイスプロンプトの有無なども設定できます。
ちなみにGoogle Playストアにて、アプリ名は「Bowers & Wilkins Headphones」といって、旧「Bowers & Wilkins PX」アプリとは別なので、間違えないよう気をつけてください。私は最初知らずにPXアプリをインストールしてしまって、ヘッドホンを認識してくれなくて困りました。
NC効果についてですが、ヘッドホンのPX7とPX5は最新のソニーWH-1000XM3などと比べると絶対性能は一歩劣ります。大通りや電車の騒音下ではそこそこ効いていると感じられますが、中低域の特定の帯域に集中した効き具合のようで、それ以外の低音や高音などはNC ON時でも結構聴こえてしまいます。
あまり騒音が多くない環境だと、NCの効き具合はわかりにくいです。つまり、自宅やオフィスなど静かな環境で、さらなる無音に近い静粛性を求めるのは不得意なので、そういう用途ならソニーとかの方が有利です。
B&Wのメリットとして、NC HIGH時でもあまり耳への圧迫感が強くないため、よくNCでありがちな閉鎖感や、うねるような耳が詰まったような違和感は少ないです。さらに、昔のアクティブNCにありがちな、段差や衝撃で低音がボコッと鳴ったり、音がうねったりという誤動作が起こりにくいです。(NC効果をテストする際には、じっと座って試すのではなく、歩いてみたり、普段どおりの使い方を実践することが重要です)。
こういった部分は最新アクティブNCプロセッサーのメリットが十分感じられるので、数年前の古いアクティブNCヘッドホンを使っている人なら買い換える価値はあると思いますし、アクティブNCが苦手でこれまで敬遠してきた人でも使いやすいヘッドホンだと思います。
イヤホンのPI4も、ヘッドホンと同じように完全な無音状態を得るのは不得意で、あくまで耳が不快になるほど効きすぎない程度に、特定の騒音をカットしてくれるといった感じです。
とくに純正イヤーチップだと私の耳では全然密閉してくれないため、外の騒音が素通りしてしまい、NC ONとOFFの違いがほとんど感じられないくらいでした。もっとしっかりしたイヤーチップだと多少は改善されます。私の感覚では、Bose QC20やQC30などと比べると消音効果は控えめのようなので(耳との相性は個人差がありますが)、やはり強烈な消音効果というよりは、常時装着していても大丈夫なよう、できるだけ不快感を与えないようにという考えのようです。
イヤホンの音質
今回の試聴では、AndroidスマホにaptX・aptX HDでBluetoothペアリングして聴きました。サウンドの個性が強いヘッドホンなので、コーデックによる違いはわかりにくく、SBCコーデックでも悪くないです。接続は安定しており、音切れやノイズなどはありませんでした。こういった部分は昔のモデルと比べてかなり進化しているようです。
音質に関しては、アクティブNC搭載機のPX7・PX5・PI4と非搭載のPI3で大きな差があります。個人的な感想ですが、PI3が一番オーディオマニア的に「普通に良い」と思えるサウンドで、それ以外は結構独特な個性があるため、好き嫌いが分かれると思います。
PI3・PI4 |
PI3は唯一BAドライバーを搭載しているハイブリッド型ですが、サウンドはかなりまとまっており、ドライバー間の繋がりの悪さは感じられません。最近増えてきた低価格ハイブリッドIEMにありがちな高音と低音の質感がバラバラな「ハイブリッド臭い」印象が無いところが優秀です。
全体的な鳴り方は、たとえばShure SE215などのようなダイナミック型IEMに近く、中域がクッキリ鳴ってくれて、BAドライバーはそれを補うように輪郭にエッジを付ける程度の効果です。高音の空気が派手にシャリシャリするような不自然な鳴り方ではないので、ロックでもクラシックでも、どんなジャンルでも不満無く対応できる優れたイヤホンだと思います。
とくにネックバンドワイヤレス型というのは意外と選択肢が多くないので、ワイヤレスであっても有線と遜色ないサウンドを求めている人にオススメできます。
ライバルを見てみると、ソニーはネックバンドタイプはアクティブNC搭載モデルばかりで、IEMイヤホンとしての音質優先のモデルはありません。ゼンハイザーはMomentum Wirelessがありましたが、私はPI3の方がポテンシャルが高いと思います。PI3の音抜けの良さや解像感の高さはMomentumよりも上のIEシリーズに近いです。
PI3と勝負できるライバルというと、Shureなどケーブル着脱式IEMとワイヤレス化ケーブルの組み合わせでしょうか。この場合、イヤホンとBluetoothレシーバーICとの相性によって音が結構変わるので(特に不必要にシャリシャリする事が多いです)、その点レシーバーDSPと合わせてイヤホンを設計したPI3は完成度が高いと思いました。
次に、PI4はシングルダイナミックドライバーなので、PI3とは全く別物のサウンドで、まるで別のメーカーの商品のようです。
アクティブNCを搭載していますが、NC ON・OFFを切り替えてもサウンドの印象はほとんど変わらない事に驚きました。NC用のDSPがそのへんの処理を上手に行っているということでしょう。
PI4のサウンドはPI3と比べてかなりマイルドでサラッとしています。押し付けがましさが無く、とてもカジュアルです。アクティブNC搭載機ということもあり、長時間活用しても不快にならないようにという配慮かもしれません。コンセプトの時点からPI3とは別のユーザー層を想定して設計したかのような印象を受けます。
PI4がマイルドだといっても、高音から低音までしっかり出ているので、安っぽいというような不満はありません。じっくり聴けば全部の音が聴こえるけれど、音楽の躍動感や強弱のダイナミックさを控えめに調整されたような、角が立たないサウンドです。
一般的なイヤホンの場合、騒音下でボリュームを上げても、刺激的なアタックばかりが目立って音楽の中身が聴こえないという問題がありますが、PI4の場合は微細音のディテールやダイナミックなアタックはあえて目立たなくすることで、ボリュームを上げてもちゃんと歌唱やソロが聴き取れるように作ってある感じです。ようするにダイナミクスよりもコンプレッション寄りです。
ソニーやBoseの(たとえばQC20の)ようなアクティブNC搭載イヤホンも似たような系統の仕上がりなので、やはりこの手のイヤホンには共通するものがあるようです。PI3が音楽メインだとしたら、PI4は動画やビデオチャットなど普段の雑用も考慮して、快適で聴き取りやすく、毎日ずっと使っていられるイヤホンを目指したような印象を受けました。
実際AirPodsとかを使っている人を見ると、本当に常時装着しているようなので、そういう人なら明らかにPI3よりもPI4の方が向いていると思います。
ヘッドホンの音質
ヘッドホンの方は、まずPX5を試聴してみましたが、これはかなり迫力があってパンチが強いサウンドです。
高音のキレは鋭く明確で、低音がズシンと体感できる重さがあるので、屋外の騒音下でもしっかりリズムを楽しめるように、ちゃんとポータブル用途に向けてチューニングしているのだと実感できます。
PX5とPX7 |
初代P5(とくにP5 Series 2)も似たようなパワフルなサウンドが魅力だったので、私も結構気に入っていました。
やはりB&W独自のダイナミックドライバー技術が効果を発揮しているのでしょう。他社のヘッドホンドライバーと比べて、B&Wのものはスピーカーのドライバーに近い構造をしており、とくに振動板の外周を抑えているエッジにこだわりを感じます。
同じ音量を鳴らすにも、他社が大きな振動板を細かく動かす(最たる例は平面駆動型)のに対して、B&Wの場合は中型の振動板で前後のストロークを大きく取るような構造です。つまりコンパクトサイズでも大型ドライバーと同じくらいの空気量を動かす事ができるということです。
やみくもにストロークを増やそうとしても、振動板が不安定に乱れて歪みが増してしまいます。そのへんB&Wは長年スピーカー設計のノウハウが活かされているのでしょう。
とくにPX5のメリットは、ドライバーそのものの低音を駆動する能力が優秀なので、ハウジングによる反響にあまり頼らなくても良いという点です。つまり低音過多なアルバムだったり、イコライザーで低音をブーストしたい時でも、ドライバーの許容範囲を超えずにしっかり力強く鳴らしてくれます。よく、低音が弱いならイコライザーで持ち上げれば良いだろう、なんて言う人がいますが、実際にそれを貧弱なヘッドホンで行っても、ドライバーの限界に到達して、ハウジングがモコモコと響くだけの不快な低音になってしまいます。
PX5はドライバーが耳元間近に配置されて、ヘッドホンと耳の間にほとんど隙間が無いため、音がダイレクトに鼓膜に伝わります。そのため余計な濁りが少なく、低音寄りとはいえ中高域も負けないほどに明確です。空間の広がりや音場のスケール感みたいなものはほとんどありませんが、ポータブルで聴くなら最適なチューニングかもしれません。静かな場所でじっくり比較試聴すると他社の方が繊細で綺麗だと思えても、いざ騒音下で使ってみるると、それらでは物足りなく感じます。PX5は実際に屋外に持ち出してメリットを実感するようなヘッドホンだと思います。
装着感やサイズ的にも、初代P5はもちろんのこと、似たようなオンイヤータイプのHD25やT51p・Aventhoなどを使い慣れていれば、それらに近い延長線上のサウンドで、より低音の重みがあり、アクティブNC対応という理由から、買い換える価値があるヘッドホンだと思います。
最後に、大型ヘッドホンのPX7ですが、このヘッドホンのサウンドはちょっと不思議で、最初は意図が掴めずコメントに困りました。今回試聴機を持ってきてくれた友人も、私がPX7を手にとった時からニヤニヤしており、いざ音を聴いて困惑した表情をしたら、「やっぱりな」と爆笑していました。それくらい特徴のあるサウンドです。
簡単に言えば、しっかりした低音と高音と比べて、中域一帯が広範囲にフワフワと響きが乱反射しているようなサウンドです。音量は十分なのですが、まるでモザイクがかけられているように音像や輪郭が甘く、たとえばグランドピアノだと鍵盤の帯域ごとに音色の太さや位置・距離感などにばらつきがあり、自然な一つの楽器のような掴みどころがありません。
なんとなくAVアンプのコンサートホールエフェクトに似ているので、真っ先に、スマホアプリで3DモードとかDSPエフェクトが有効になっているのか確認してみたのですが、そういうものはありませんでした。
じっくりと聴いてみると、まずPX5とPX7の一番の違いはドライバーと耳のあいだの空間のようです。PX7は耳周りにバスタブのような広いスペースがあるので、そこで音が反射して、一種の擬似的な距離感や残響を生み出しているようです。PX5が間近にダイレクトな音圧を感じるスタイルだったのに対して、PX7はすべての音像が一歩離れた場所にあるように聴えます。他のヘッドホンであればこの空間に通気メッシュなどを設けてある程度逃がすのが定番ですが、PX7ではまるで耳をカップで覆ったときのような響きを生み出しています。音楽を聴かずにただ装着するだけでカップっぽさを感じるので、これが出音を滲ませるようです。
さらに思ったのは、PX5と比べて、PX7はもっとフラットっぽい仕上がりを狙った感じがします。まるで周波数グラフの山や谷をイコライザーで平坦に調整したような聴こえ方と似ています。グラフ上でフラットに見えても、倍音成分や時間軸の残響は改善されません(位相が更に乱れるため)。DSP処理でしょうか、PX5と音作りの方向性が違うことは確かです。
理由はなんであれ、PX7はクラシックやジャズなどのワンポイント生録音は向いていないようです。中域が前や後ろに飛び出し、響きが重なりあい、違和感がありました。
ではPX7はダメなヘッドホンなのか、というと、そういうわけでもありません。私はクラシックやジャズの生録が好きなので、そういう曲ばかり聴いているのですが、それ以外で色々と試してみたところ、非常に相性が良いアルバムが見つかりました。
ハービー・ハンコックの1972年「Crossings」、ウェザー・リポートの1974年「Mysterious Traveller」、どちらもフュージョンの代表的傑作です。
それ以前の音楽とは違い、シンセやサンプルを多用する多重録音バリバリの作風で、生アンサンブルの自然な空気感や奥行きといったリアルタイムの概念が無くなり、現代のマルチトラック・オフラインミックスの原点とも言えます。
この頃から、それぞれの演奏パートを個別に録音して、周波数帯域が被らないように、余計な成分をイコライザーでカットしたものを短冊状に並べるミックスが主流になってきました。つまりライブとは全く異なる音楽体験です。
こういった、当時のファンクやソウルをはじめとして、70年代後半からのグラムロック、テクノポップなど、パリッとした刺激的なスタジオミックス録音では、PX7のサウンドがかなり相性が良いです。
とくにCrossingsは、PX7でボリュームを上げて聴くと、今までの疑念が一気に晴れるかのような爽快さにビックリしました。B&Wのドライバー特有の、低音のパンチ、高音のシャープさが、明確に演奏を描いてくれます。中域の響きの厚みのおかげでリードシンセやエレキベースソロなどのパートが普段以上に厚く太くなり、しかもハウジング立体空間のおかげでPX5よりも音が広範囲に分散してくれて、目まぐるしいミックスに周囲を包まれるような感覚がとても楽しいです。とくにベースギターのグルーヴが際立っており、エレピやモノシンセが太いということで、モータウンやそれ以降のR&Bなんかとも相性が良いです。
この特徴は、ソニーやBoseといった、わりと優等生キャラっぽいアクティブNCヘッドホンとは一味違う魅力なので、それらが退屈で無難すぎると思ったなら、ぜひPX7を試してみてください。
映画音楽・映像BGMといった作品も、似たようなスタジオミックス編集なので、PX7と相性が良いです。Boseがどちらかというとプレゼンターやナレーション(いわゆるYoutubeコンテンツ)とかを聴きやすいよう丸くマイルドに仕上げているところ、PX7は低音・高音の両端がハッキリして、その間が擬似立体っぽく鳴るので、映画やドラマなどの迫力を味わうには良いと思います。しかもアクティブNCも快適なので、たとえば普段は音楽よりも海外ドラマとかを何時間もずっと見ているような人にもオススメできます。
おわりに
思い返してみれば、B&Wの初代P5・P7が発売した当時はかなり異彩を放っていました。ヘッドホンのデザイン、素材の質感、店頭パッケージといったすべての面で、大人が使える高級感を演出するという新しく画期的な試みで、以降多くのメーカーが真似を試みてきました。私もたしかアップルストアで見て「カッコいいな」と思って買った記憶があります。その頃売れ筋だったBeatsなどと比べて、B&Wのヘッドホンは、専門店ではなく家電量販店で買える最高のプレミアムモデルといった魅力があったと思います。
今となっては、少なくとも日本では、何十万円もする高価なヘッドホンが当たり前に量販店のショーケースに並ぶ時代になってしまったので、あえてB&Wがその路線に踏み込むメリットは薄いのかもしれません。
そう考えると、今回の新作は、クロムとレザーでデザインの独創性が強かった従来機と比べて、ずいぶん大人になったというか、いつどこで誰が使っても「場違い」な感じがしない、より万人受けするようなデザインに仕上がっていると思います。それだけニッチだった市場規模が拡大したということでしょう。
とくに実感したのは、どのモデルも自宅ではなく屋外、オフィス、移動中などに使うために最適な設計になっている印象です。やはりB&Wは大手スピーカーブランドですから、帰宅後はぜひスピーカーを使ってほしい、ヘッドホンはあくまでスピーカーが使えない場所で、という棲み分けを提案しているのだと思います。
今回使ってみたどのモデルも、飛び抜けて異彩が際立つような奇抜な作品ではありませんが、高品質な仕上がり、充実した機能、用途に合わせたサウンドチューニングといった具合に、平均点が高く魅力的なラインナップです。
音楽や動画など普段使いでそこそこ良いヘッドホンを買いたいけれど、誰もが持っているソニーやBoseよりも、もうちょっと個性やこだわりを感じるブランドが良い、でも子供っぽいデザインや、仰々しいヘッドホンマニアっぽいのは嫌だ、という人なら、かなり良い候補ではないでしょうか。
私自身、知人から「ソニーとBose以外でなにかオススメなヘッドホンありますか?」なんてよく聞かれますが、まず真っ先に「最新のB&Wなんかどう?」と気兼ねなくオススメできる、そんな作品です。