2020年1月4日土曜日

2019年 よく聴いたジャズアルバム

2019年に発売されたジャズのアルバムで、個人的に気に入った作品をいくつか紹介します。


今や歴史上の古典芸能になりつつあるジャズも、2019年は驚くほど活気がある一年でした。私が今年一年で買ったジャズアルバムの数は(全てが新譜ではありませんが)195枚にものぼります。

そんなに買った覚えは無いのですが、ジャケットを観覧してみれば、確かにどれも印象に残る演奏ばかりです。今回はその中でもとくに内容や音質が良かったものを紹介したいと思います。


アマゾンリンクを貼っていますが、紹介したのと同じ盤だとは限りませんのであしからず。

ジャズ遺産の喪失

2019年、ジャズファンにとって一番残念なニュースとなったのは、2008年ユニバーサル・スタジオ大火災による損害の全貌がようやく公表されはじめたことです。

これまで被害については最小限だと主張されてきたのですが、今年6月ニューヨーク・タイムズの記事によると、実は500,000曲を超える膨大な量のオリジナルマスターテープが焼失していた事が判明したということです。ユニバーサル社はマスターの所有権を持っているものの、人類の芸術遺産として適切に保管・管理する義務がありますし、保険対応や損害賠償請求などの問題もあり、なかなか明確な発言に踏み切っていません。

デッカやインパルスなどの多くが焼失したので、有名なところだけでもコルトレーンやエラ・フィッツジェラルドなど多くのマスターが失われ、ポップスも含めるとレイ・チャールズからニルヴァーナまでも含む甚大な被害があったそうです。

もちろん有名盤はデジタル化が済んでおり、コピーテープなども各所で見つかるかもしれませんが、最新ハイレゾリマスター技術で目覚ましい音質向上が体感できることからも、マスターテープにはまだまだ秘められた潜在能力が残っている事がわかりはじめていますので、そう考えると非常に大きな損失です。

改めて考えてみると、アナログと比べてデジタルの最大のメリットというのは、単一マスターの保管に依存しない、オリジナルマスターデータのコピー拡散による、消失リスク低減なのかもしれません。

2019年のジャズ

ジャズというジャンルは、近年の高音質録音技術や、オーディオ再生機器の進歩が存分に体感できるジャンルです。

ジャズは1940-60年代に全盛期を迎えたジャンルですが、それ以降に栄えたロック、R&B、ポップスなど、どれも演奏の時点でアンプとスピーカーによる拡声に依存するため、そもそも間近で生演奏を体験する事は重要視されません。

一方ジャズは、今でも一流のミュージシャン達が生楽器を駆使して、聴衆の目の前でリアルタイムのバンド演奏を繰り広げるという形式が主流なので、録音もそれを再現することに重点を置いており、音楽演奏の本質に一番近いです。つまり小細工無しのストレートな音を限りなくベストな状態で収録することを念頭に置いており、再生機器にもそれが要求されます。

また、今回紹介するように、ジャズは大規模なポストプロダクションを必要とせず、一流のアーティストが集まって自由なセッションを行うだけでも十分聴き応えのある作品になるので、世界各地でたくさんの自主制作アルバムが作られています。そういったシンプルさが、いまだにジャズがしぶとく愛されている理由だと思います。

2019年のニューアルバム

まず、個人的な今年ナンバーワンのアルバムを紹介したいです。PI Recordingsというレーベルから、Sam Rivers 「Reunion: Live in New York」です。このアルバムは本当によく繰り返し聴きました


2011年に亡くなったサックス奏者サム・リヴァースですが、このアルバムは2007年にニューヨーク・コロンビア大学で行われたライブの収録です。

地元ラジオ局WKCRの「サム・リヴァース・フェスティバル」という企画でライブ放送されていた音源をようやく発売したもので、アルバムタイトルにReunionとあるように、Dave Holland、Barry Altschulといった70年代当時のバンドメンバーとの再結成コンサートという企画でした。

全編インプロヴィゼーションの白熱した演奏で、録音も良好、何度聴いても飽きません。フリーというよりはアバウトな組曲みたいな展開で、ホランドがしっかりとメロディラインを押さえているので迷うこともありません。安っぽいデジパックCDを手に取った時はここまで良いとは想像していなかったので、これこそジャズ新譜をチェックしつづけていて良かったと思える作品です。

ジャズというと、往年の名盤を延々と繰り返し聴いているようなイメージがありますが、こういう凄いアルバムが度々登場するので、挑戦しないのはもったいないです。



2019年で、音質がもっとも優れていると思ったアルバムは、Sound Liaisonというレーベルの二作品でした。

Reiner Voet & Pigalle 44 「Ballade pour le nuit」はジプシージャズのような陽気な作品で、Juraj Stanik 「I Wonder」はディープなソロピアノです。あまりにも地味なジャケットですが、中身は圧倒的な高音質です。演奏も高水準で申し分ありません。

聴衆を入れてのライブ演奏を、ミキシング無しのステレオマイク一発録りでDXD録音という、かなり気合が入った作品です。

ライナーノートによると、当初は一般的なマルチマイク構成で収録していたところ、Josephson C700Sというマニアックなマイクをちょっとテストするつもりでとりあえず接続していたら、実はそのマイクで録った音だけで聴くのが一番良かったので、以来「One Microphone Recording」を追求するようになったそうです。一番の決め手は、聴衆の拍手ですら位相がピッタリ正確に収録された事で、限りなくリアルに迫っていることが確認できたそうです。

他にも、2018年のFeenbrothers 「Play Dave Brubeck」はオーソドックスなカルテットのスタンダード集、Carmen Gomes 「Don't You Cry」は女性ボーカリストと、それぞれ全く違うので、全部買っても作風のダブり感はありません。

高音質ヘッドホンとDXD対応DAPなどを持っているなら、この凄い音質はぜひ体験してみるべきです。本来DSDやDXDはこういった用途で活かされるのですが、ここまで高水準な生演奏一発録りセッションを行えるアーティストやエンジニアはなかなかいません。

定額ストリーミングでミリオンヒットを狙うのではなく、あえて高価でも買う価値が十分あると思える高水準な作品を作ることが、ジャズにおける活路なのかもしれません。

定番ジャズレーベル

現在のジャズは、メジャーレーベルではなく独立系ジャズ専門レーベルによって支えられていると言ってよいと思います。

ちょっと前までは、ほんの駆け出しで、行き先も不明な自主制作レーベルだったのが、今では何十枚ものカタログを持つベテランに成長した例も多いです。どこも共通しているのは優れたアーティストを見つけるプロデューサーの手腕と、音楽のアイデアを形にできるレコーディングスタジオの存在です。もちろん、アーティストたちが自由にアイデアを展開できる環境やスタッフの人柄も最重要です。

あいかわらずジャズ録音の最高峰はニューヨーク・ブルックリンのSystems Two Recording Studioだと思います。フリーランスで予約できるスタジオなので、多くの作品で使われています。他にも、とくに欧州では多くの個人スタジオがあり、それらも個性的なセンスと機材を駆使して優れた作品を輩出しています。

しかし独立系レーベルのアルバムを色々と聴いていてたびたび感じるのは、ジャズを「ジャズらしく」録音するのは意外と難しい、という事です。

つまりはジャズバーなどでのライブギグの音を再現できているか、という事に尽きるのですが、多くの多目的スタジオでは、マイク機材のセッティングやマスタリングの手法などがラジオヒット収録のままだったりして、音楽はジャズなのに、音はカリカリなポップスサウンドだったりします。

とくにドラムにおいてはこれが顕著で、新譜を再生して真っ先に「これはロックドラムの音だ」なんて感じる事も多く、生演奏との格差にひどく落胆します。

また、往年のジャズ名盤を好んで聴いている人は、50-60年代のブルーノート、ヴァンゲルダースタジオのサウンドに魅了されている部分も大きいです。あれを現代に蘇らせようと思ってもなかなか難しいところがあり、つまり全く同じアーティストの演奏であったとしても、現代の最新スタジオで制作されたら、一聴して「音が違う!」と納得できないだろうと思います。

そういった部分が伝統芸能であって、ジャズの難しいところだと思います。




あいかわらず、リアルタイムなニューヨークのジャズシーンを堪能するならSmoke Sessionsレーベルが代表格です。2019年は8枚のアルバムが登場しましたが、どれも「いかにもジャズ」を体現しています。

とくに他のレーベルと比べてサックスやトランペットなどがバリバリと活躍するような、いわゆるハードバップに通づる作品が多いことも魅力的です。逆にあまりインテリ臭い頭脳派ジャズみたいなのは少ないので、気楽に凄い演奏を味わうには最適です。

Steve Davis「Correlations」は堂々とした三管セクステットで、オリジナル曲以外ではシルバー、タイナー、サド・ジョーンズなどの曲も扱っていることで、大体の傾向が想像できます。典型的なリズムセクションとアンサンブル、そしてソロ回しというスタイルです。

Jimmy Cobb 「This I Dig of You」は90歳になる伝説的ドラマーをリーダーに置いたアルバムですが、ピアノは同じくベテランの(コブからすれば若手ですが)ハロルド・メイバーン、ギターが実質リーダーのピーター・バーンスタインで、年齢差を感じさせないスリリングな演奏を披露してくれます。残念ながらメイバーンは今年9月に83歳で亡くなってしまったのですが、近年このSmoke Sessionsでの数々のアルバムのおかげで、第一線で活躍している姿を記録に残してくれました。

Nicholas Payton 「Relaxin' with Nick」はレーベル本拠地Smoke Jazz & Supper Clubでのライブ収録で、曲間に観客の食器がカチャカチャ聴こえるのも雰囲気が出ます。一見ピアノトリオですが、リーダーのペイトンは多目的アーティストを自負しており、ピアノ演奏をたびたび中断しては、トランペットとシンセエレピも演奏し、さらには右手がトランペット、左手が鍵盤、なんて器用な事もできます。奔放なペイトンですが、このアルバムがしっかりまとまっている最大の理由はベースのピーター・ワシントンとドラムのケニー・ワシントン(兄弟ではありません)の最強リズム・セクションです。この二人を主軸に置いて聴くことで、ジャズの、しかもライブ演奏であることの凄さが肌で体感できます。ジャズの良さがわからないという人は、まずホーンやピアノではなくドラムとベースを聴いてみてください。



常にモダンジャズの王道で第一線を歩んできたCriss Cross Jazzレーベルですが、毎年2・5・10月に新作数枚がリリースされるはずが、2019年は2・5月のみで、10月のリリースは不在でした。

どうしたのかと不安に思っていたところ、社長でありプロデューサーのGerry Teekens氏が10月に83歳で亡くなったそうです。

1990年のレーベル発足時から常にニューヨークで活躍する一流アーティストによるセッションを行っており、初期はヴァン・ゲルダー・スタジオ、近年はブルックリンのSystems Two Recording StudioにてMax Bolleman、Michael Marcianoといったジャズ最高峰のエンジニアの手による録音を行ってきました。演奏、サウンドともに、まさに近代のブルーノートと呼ぶにふさわしい素晴らしいレーベルで、ジャズの近代史をそのまま体現しています。

今年はとくに、初めて96kHzハイレゾ配信を試みたり、新譜Lage Lund 「Terrible Animals」にてあえて最初期ジャケット・デザインのスタイルを復刻したりなど、面白いチャレンジがあったので、それが途絶えてしまうのは残念です。とくに往年の名盤は今こそ復刻すべきだと思います。

公式サイトにて息子さんの言葉によると、ある程度落ち着いてから未発表新作をリリースするよう努力するということですが、私みたいに過去10年間の全リリースを欠かさず買ってきたファンとしては、今後の活動についてはどうなるのか非常に気がかりです。


Criss Crossとともに近代のジャズを牽引してきたドイツのECMレーベルですが、2019年は創立50周年ということで様々な企画がありました。

ECMといえば、一聴してわかるフワッとした優しいサウンドと、以降多くの人が真似してきたオシャレでハイセンスなジャケットデザインのおかげで、創立時からずっと「ECMしか買わない聴かない」というファンも多いと聞きます。

膨大なバックカタログがあり、一体どこから手を付ければよいのか、初心者には難易度が高いレーベルですが、今回の50周年記念で、ダウンロードショップなどで各世代ごとの名盤セレクションが安売りになったりして、あらためてこのレーベルの歴史と懐の深さを再確認できた一年でした。

50周年企画でとくに面白かったのは、記念すべき1969年の第一号アルバムECM1001 Mal Waldron 「Free At Last」のハイレゾリマスター復刻です。聴いてみると今よりもずいぶんオーソドックスな60年代ジャズなので、当時はこんなのだったのかと思うと面白かったです。




2019年も20枚超の新作が出ましたが、半分くらいが王道ジャズセッション、残りの半分がいわゆる「ECMっぽい」浮遊感溢れる情景音楽みたいなスタイルなので、このバランス配分と懐の深さがECMの魅力です。

まず「王道ジャズセッション」側のアルバムで、個人的に特に印象に残ったのは、Ethan Iverson Quartet with Tom Harrell 「Common Practice」です。あえて堂々と書いていないのがECMらしいですが、ジャズミュージシャンなら一生に一度は出したい「ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ盤」です。しっとりしたアイバーソンのピアノ・トリオに、名手トム・ハレルのふくよかなトランペットが重なり、全編スタンダードで、雰囲気豊かな名演です。ビル・エヴァンスとかでジャズに興味を持った人でも十分満足できる作品だと思います。

一方、「情景音楽っぽい」アルバムの中でも、その度合の幅が広いのがECMの面白さです。

たとえば年末にリリースされたアルバムでも、比較的ジャズっぽいのがJulia Hülsmann Quartet 「Not Far From Here」です。サックス入りのカルテットですが、そのサックスがふわーっと広がり、ドラムが遠くでシャラシャラ、ベースとピアノがエコーたっぷりにズシーンと響くような感じが、ジャレットやガルバレクなど、ECMを代表する作風に一番近いです。

そしてかなりマニアックな情景音楽寄りなのがKit Downes 「Dreamlife of Debris」です。ピアニストKit Downesは元々教会オルガン奏者ということで、サックス・ギター・チェロ・ドラムというメンバーの組み合わせで、多重録音を駆使して、イギリスにある実際の石造りの教会にて分厚いオルガンの響きと共に演奏するというアイデアです。オルガンの複雑な和声はまるでシンセパッドのように空間を覆い尽くし、そこにミステリアスなメロディが奏でられる、まさに異世界の音響体験が味わえます。

とりあえず今年はこの三枚を買ってみれば、ECMレーベルの幅の広さと、大体の性格がつかめると思います。あとは気に入った方向に、興味を持ったバンドリーダーやサイドメンバーつながりでどんどん開拓していけば、気がつけばもうECMマニアの一員になっています。





Jazz Depot系列レーベルのSavant・HighNoteからも、幅広いスタイルのジャズアルバムが続々登場しました。

その中で、もっとも印象的だったのがJeremy Pelt 「The Artist」です。トランペットのリーダーに、ヴィブラフォンやエレピも入ったバンドです。芸術肌なPeltらしく、アルバム前半はロダンの彫刻にインスパイアされたという本人作の組曲で(といっても、言われないとわからないですが)、後半は単曲です。なんとなく60年代後半のフュージョンに差し掛かる手前のハンコックなどのジャズを彷彿とさせる、流れるような優美な演奏で、綺麗な世界観が作り込まれています。

他にも、Lafayette Harris Jr. 「You Can't Lose with the Blues」は全編聴き慣れたスタンダードのピアノトリオで、ピアニストのリーダーはあまり名は知られていませんが、スカッと明るく歌う感じのスタイルで、まるでウィントン・ケリーとかの時代にタイムスリップしたかのようです。スタンダードもストレートな解釈に好感が持てます。ベースのピーター・ワシントンも前に出てきてソロやインタープレイを繰り広げる、楽しい一枚です。

David Kikoski 「Phoenix Rising」はCriss Crossで活躍した超技巧派ピアニストのトリオに、サックスのエリック・アレキサンダーをゲストで迎えたカルテットです。キコスキーのピアノは全編通して圧倒的で、これを聴いてしまったら誰しもピアニストになるのは諦めてしまうのではと思うくらいです。エリック・アレキサンダーもリーダー作ではないせいかリラックスして自由に吹いており、往年のジョー・ヘンダーソンのような味わい深いトーンやフレーズが連発します。音質も今回のJazz Depotレーベルリリースの中で一番カッコいいと思います。そういえばこれもベースがピーター・ワシントンですね。

そしてエリック・アレキサンダーのリーダー作は、これまでの作風とは一変して「Eric Alexander with Strings」です。はるか昔、チャーリー・パーカー、ベニー・カーター、クリフォード・ブラウンと、ジャズのソリストなら生涯一度はストリングスオケとの作品をやるのが一流の証みたいなものでした。Eric Alexanderも、彼の経歴からすればそろそろストリングスも許されるということでしょう。甘々なアレンジにエコーたっぷりのサックスが響きわたり、カラオケみたいなので硬派なジャズマニアからは軽蔑されがちですが、こういうのも素直に愛せるようになれば、音楽の楽しみ方が広がります。

発掘音源

2019年は数年前と比べて発掘音源の発売ラッシュは控えめになりました。ちょっと前まではResonance Recordsとかがずいぶん頑張っていましたが、もういいかげんビル・エヴァンスやウェス・モンゴメリーの未発表発掘盤とか言われても飽食気味です。

各自楽しみ方は色々あると思いますが、私自身はやはり名盤として世に出ている作品で十分満足できているので、あえて不完全で低音質な発掘音源まで躍起になって収集する気にはなりません。もちろん資料価値としての重要性はありますし、たまに凄い大発見もあるので侮れません。


デンマークのStoryville Recordsはあまり目立ちませんが、現在も地道に活動しています。今年はエリントンのバンドが1971年にスウェーデンのウプサラで行ったツアー公演の記録が復刻されました。

エリントンは1974年に亡くなるので、このアルバムの頃は公式アルバムリリースではもう全盛期を過ぎていますが、この頃は積極的に海外公演を行っており、バンドメンバーにもゴンザルヴェスやカーニーなどトッププレーヤーがまだ在籍しています。後年に力を入れていたクラシックっぽい組曲ではなく、海外公演ということもあり、名曲メドレーみたいな演奏なので、エリントン初心者でも楽しめます。

余談ですが、Storyville Recordsは80年代とかでもかなり良いジャズ名盤が沢山あったのですが、なかなか日の目を見ないので、そろそろ体系的なハイレゾリマスター復刻とかを行ってもらいたいです。Jesper Thiloとか当時の名手は今聴いても凄いです。


今年とくに話題性があった発掘盤といえば、コルトレーンの「Blue World」でしょう。1964年、ちょうどCrescentとA Love Supremeのあいだに、黄金期バンドメンバーとヴァンゲルダースタジオで録音した未発表セッションというのだから、ファンが盛り上がるのも納得できます。私もコルトレーンならこの時期の作品群が一番好きです。

内容は、以前の名曲の再演とオリジナル曲が数曲で、モノラルですが充実しています。ライナーノートによると、フランスの映画監督が熱心なコルトレーンのファンで、どうしても映画のBGMに使いたいということで、アメリカに飛んで依頼することになったそうです。実際に映画でも使わていて、ファンも「コルトレーンの曲をBGMに使っているマイナー映画がある」くらいは知っていたものの、どうせ既存アルバムの曲を利用したのだと勘違いしていたところ、実は全く独自のセッションだったということです。監督はこの体験を一生の誇りとして記憶にとどめていたということで、それが今となって作品として脚光を浴びるのは、まさに「発掘」の醍醐味です。

独立系の企画もの

ジャズは小規模な個人スタジオや、ライブ公演にマイクを数個配置しただけでも十分な作品になるので(全ては卓越したミュージシャンの技能によるものなのですが)、有名なレーベル以外でも面白い作品が沢山出ました。


ニューヨークの中心地に、ニューヨークフィルやメトロポリタンオペラと並んで2004年に建設されたJazz at Lincoln Centerは、ウィントン・マルサリスを監督において、アメリカのジャズ文化の中心となるべく、コンサートや教育など幅広い活動を行っていますが、2015年には自主制作レーベルBlue Engine Recordsも立ち上げました。

年末にはJazz at Lincoln Center Orchestra with Wynton Marsalis 「The Music of Wayne Shorter」というアルバムが出ました。現在86歳のショーターですが、彼の長年の功績を讃えて、マルサリスのジャズオーケストラとの2015年の共演コンサートの収録です。

ブルーノート時代やウェザー・リポートなど、全編ショーター作品のアレンジで、マルサリスのビッグバンドのキレが凄いです。流石に80歳を超えたショーターの演奏は当時のままというわけには行きませんが、随所で味わい深いソロを吹いてくれます。どれも頭に残る名曲ばかりなので、あらためて彼の作曲センスの凄さを実感しました。

Youtubeでこの公演の30分くらいの公式ミニドキュメンタリーがあるので、それも合わせて見ると面白いです。(https://youtu.be/yMFgqHuvF6U)。


ニューヨークの華やかさとは対極にあるようなAndrew Dickeson 「Groove!」は、あまりにも質素でダサいジャケットからもわかるように、オーストラリアの自主制作アルバムなのですが、内容はかなり王道なピアノトリオです。

ドラマーのリーダーとピアニストWayne Kellyが現地アーティストで、ベースのRodney Whitakerは先程のLincoln Centerでも活躍しているアメリカのベテランです。Dickesonは昨年はエリック・アレキサンダーをゲストに呼んだアルバムもあり、実力は一流なのですが、かなりマニアックな専門店でないとCDが流通していないのが残念です。

とくに面白いのが、このバンドを録音しているオーストラリアのElectric Avenue Studiosは、往年のContemporaryなどの凄腕ジャズ録音に感銘を受けて、そのサウンドを現在に蘇らせようと、スタジオのセットアップから、膨大な数のビンテージマイクコレクション、アナログ録音機材などの入念な調査復元を行っており、その結果かなりそれに近いところまで成功していると思います。

シンプルなピアノ・トリオでも、現代の最新録音とは全く異なる、当時特有の、甘く丸く若干オンマイクで飽和気味に「珠のように鳴る」感覚が伝わってきます。感覚というのはやはり経験が大事で、わかる人にしか伝わらないものなので、商業的とは別の次元で、こういう人達が世界の片隅で活動していて、その音楽が聴けるのは幸運な事だと思います。


ライブ収録に特化したB-Recordsというフランスの超マイナーレーベルから、「Schubert-Ellington」が面白かったです。

クラシックとジャズのどちらで紹介するか悩んだのですが、ジャズファンの方がこういう変な企画を受け入れる広い心を持っていると思います。

ソプラノ歌手、クラリネット、チェロ、ピアノの四人で、主にシューベルトの小曲や歌曲とエリントンの名曲を重ねたり交差させたり、自由な流れで演奏するという奇抜なアルバムです。ライナーノートによると、21世紀のミュージシャンとして、過去の音楽遺産とどうやって向き合っていくべきか、つまり、過去を知ることと、それを自分自身の表現に消化することの重要性を説いています。

そういった芸術性が伝わるかどうかは別として、純粋に楽しく聴ける面白い作品です。こういったユニークな作品でも、すぐに購入して聴ける時代にいることが嬉しいです。昔なら、レコード店の輸入盤依頼で半年待つか、もしくは存在を知るすべも無かったでしょう。


もっと気軽でわかりやすい企画盤で、ピアノのスタインウェイ社からの「Cole Porter on a Steinway Vol.1」が良かったです。

ジャンルを超えたフリーなソロ活動を中心に行っているJed Distler、若手ジャズピアニストのスターAdam Birnbaum、イギリスのクラシックコンサートピアニストSimon Mulliganの三人を迎えて、全曲スタインウェイ・グランドピアノを使ったソロ演奏でコール・ポーターの名曲12曲を収録しています。

スタインウェイはピアノ本体を売るだけではなく、ピアノの素晴らしさを広めるための活動を活発に行なっており、アーティストのスポンサーシップや、今回のような録音企画も行っています。さすが公式サイトで売っているだけあって、音質は極上に美しいです。演奏も三者三様ですがどれも優雅でセンスに溢れており、変な小細工の無い素晴らしいピアノアルバムです。それにしてもコール・ポーターの作曲センスは神がかっていますね。

サイトを訪れた、ピアノに興味がある人が、このような素晴らしいアルバムを聴いたなら、ますますスタインウェイが欲しくなってしまうでしょう。最上級の意味での宣伝活動だと思います。

Bandcamp全盛期

ここ数年、ジャズはBandcampが一番熱いです。2008年から運営しているサイトなので知っている人は多いと思いますが、アーティストやレーベルが自分たちの活動を公表したり楽曲を公開・販売するためのソーシャルメディアプラットフォームです。

たとえばアマチュアバンドが自宅で録音した曲でも、Bandcampにバンドのアカウントを立ち上げて、そこでダウンロード販売を行う事も可能です(買う人がいるかは別ですが)。Bandcampはそのショッピングカートシステムを提供する事で、手数料で儲ける仕組みです。

Bandcampの弱点は、あまりにも膨大な数のアーティストが存在するため、どれだけ優れた作品であっても埋もれてしまいがちなことと、大手レーベルのようなメディアや雑誌との提携や癒着が無いため、新譜レビューなどで取り上げられる機会が少ない事です。そのため、Bandcampで活動しているアーティストやレーベルであっても、同じアルバムを別の流通に乗せて店頭販売しているケースは多いです。

各国ジャズクラブで活躍している若手アーティストの名前を検索すると、大抵はまずBandcampにたどり着きます。最近流行りのサブスクリプション・ストリーミングというのが大手レーベルが儲けるための集金システムだとすれば、Bandcampはその対極にある、アーティストに直接対価を払うシステムの完成形だと思います。

昔のように大手レーベルに「発見」されるまでの自己アピールの足掛けとして使うのではなく、長年新作をずっとBandcampで出し続けているアーティストやレーベルも多いです。以前はCD郵送かMP3での販売が主流でしたが、最近はハイレゾFLACも買えるようになってきて、ますます新鋭アーティスト発掘のプラットフォームとして充実してきました。販売価格も大体10ユーロ以下で、手軽に試聴もでき、ソーシャルでコメントを残したりもでき、売上はそのままアーティストに貢献できるので、新作を気軽に色々と買ってみたくなります。

上で紹介したSam Rivers ReunionやEllington Uppsala 1971などの復刻盤も、各レーベルのBandcampサイトにてリリースされているので、探せばどんどん出てくる宝の山です。


Gearbox RecordsからBinker Golding 「Abstractions of Reality Past and Incredible Feathers」はBandcampで見つけた中ではとくにおすすめの一枚です。ロンドンで活躍するサックス奏者で、いかついジャケットとは裏腹に、かなり軽快なカルテットです。

サックスの腕前は相当なもので、音楽も90年代のブレッカー・ブラザーズとかを彷彿とさせるようなスカッとする歯切れのよいジャズです。サウンドも素晴らしく、クレジットを見たらJames Farberがエンジニアをやっています。ブレッカー、レッドマン、スコフィールド、メルドーなど、まさにそれっぽい爽快なサウンドを作ってきた第一人者です。


Cuneiform RecordsからTomeka Reid Quartet 「Old New」は一転して70年代の実験的フュージョンのような個性派です。チェロ・ギター・ベース・ドラムのカルテットというだけで、一体どんな音か想像すらできませんが、ベースとドラムのウォーキングリズムの上をエレキギターと弓弾きのチェロがハモったりフリークトーンを出したりメロディを奏でるという感じです。

メロディは目まぐるしく展開しますが、全曲通してドラムとベースのグルーヴやスウィング感が良好なので、そのリズムに乗ることができれば、トリップ感があり意外なほど楽しめます。


LionsharecordsのMike Nock 「This World」は一見ECMかと騙されそうなジャケットですが、リーダーのNock自身が過去にECMにて名盤「Ondas」を出したベテランピアニストなので、まあ許せます。

サウンドもまさにECMっぽいモーダルな浮遊感溢れるジャズで、サックスJulien Wilsonの空を切り裂くような吹き方もジョー・ロヴァーノやマーク・ターナーとかが好きな人にピッタリです。以前ベーシストJonathan Zwartzのアルバムが結構気に入っていたら勝手に報告が来たので、Bandcampはそういう横のつながりでの開拓が面白いです。





フランスのJazz&PeopleレーベルはBandcampの中でもとくに活発です。アーティストによる音源持ち込みで、プロデュースのサポート行うコミュニティレーベルのようなので、それだけジャンルの幅も広いです。

さらに新譜発売前にクラウドファンディング告知があり、そこで出資すればアルバムが安く買えたり、デラックス版やサイン入り物販があったりなど、ファンベース確立のための努力を惜しみません。まさにインディーズらしいインディーズです。

中でも今年はPlume 「Escaping the Dark Side」が最高でした。アルトサックスのリーダーがドラマチックな感情一杯に吹き込み、リズムセクションはコルトレーンバンドのようにグイグイと引っ張って盛り上げていきます。クールではなく、かなりエネルギッシュな熱のこもった作品です。しかも数曲でアンブローズ・アキンムシーレをゲストに迎えています。

Jazz&Peopleレーベルからは他にも、上に挙げただけでもFrank Ansallem 「Gotham Goodbye」、Yes! Trio 「Groove du jour」、Christophe Panzani 「Les Mauvais Tempéraments」ほか多数、国境や様式を超えた様々なジャズがリリースされています。それぞれアーティストもレコーディングスタジオも違うので、音質はバラバラでギャンブル性はありますが、試聴は容易にできるので、気に入ったならアーティストを支援する気持ちで購入するのが良いと思います。一枚でも多く売れれば次の作品につながります。

ジャズ復刻盤

2019年もジャズのリマスター復刻盤は色々出ましたが、さすがにもうブルーノートベストセレクションの焼き直しとかは無くなったのでホッとしています。

とくにハイレゾFLACのダウンロードショップは、もはやネタ切れなのでしょうか、できればもっと版権元が頑張って、体系的なコンプリートコレクションのリマスターとかに踏み出してもらいたいです。たとえば前述のStoryvilleとか、ドイツのEnja、アメリカはSavoy、Argo、Roulette、Milestoneなど、まだまだ各国に優秀なジャズが眠っています。


個人的な2019年ジャズ復刻盤の最優秀賞は、Analogue ProductionsからKenny Burrell 「Bluesy Burrell」です。

最近はSACD復刻がめっきり減ってしまったAnalogue Productionsですが、今年も健在っぷりを見事に証明してくれました。音質が本当に素晴らしいです。オリジナルマスターテープに忠実というよりは、できるだけLPレコードの聴こえ方に近づけるような温かみのあるサウンドで、ノイズカットもそれなりにやっているのに息苦しく感じさせないのが凄いです。

このBluesy Burrellというアルバムは、個人的にジャズのトップ10に入るくらい好きな作品で、Prestige・Moodsvilleのオリジナル盤LPも持っていますが、このSACDの方が良いかもしれません。ジャケットにBossa Novaと書いてありますが、全然そんな雰囲気ではなく(たまにコンガが入っているくらいです)、それよりもコールマン・ホーキンスとの共演というのが最高です。とくに5曲目のスタンダードバラード「I thought about you」は何度聴いてもジーンと来ます。ちなみに一曲目のTres Palabrasが、ジャケットだとTres Talbrasと誤記されているのがいつも不思議に思ってました。それくら愛着があるアルバムです。

Analogue Productionsは、復刻するアルバムを決めたらLPレコードとSACD用を同時に作成するのですが、多くの場合LPが先行して、SACDは延々と延期されがちです。このBluesy BurrellもLP発売から5年は待ったと思いますが、その甲斐は十分ありました。


同じくAnalogue Productionsからはコルトレーンの名盤もすでにたくさん出ていますが、今年はPrestigeのStandard ColtraneがSACDで出ました。

Lush LifeやStardustに挟まれて、Prestigeの中でもあまり目立たない存在ですが、内容が悪いわけがありません。初期のコルトレーンらしく、しっとりしたバラードが上手いですし、このアルバムではトランペットにさらにしっとり系のウィルバー・ハーデンが参加しているので、後年のBalladsとかが好きな人にもオススメします。音質は以前のRVG Remaster盤とかと比べても飛躍的に良くなっており、ステレオですが聴きやすいです。

それにしても、Analogue Productionsのリマスターは、どれもバラードが胸に染みます。



Mobile Fidelityも不定期にジャズのSACD復刻を出していますが、こちらも出たものは必ず買って間違いありません。

Analogue Productionsとはまた一味違う、空間系のスカッとしたサウンド表現が良いですし、こちらはコロンビア系中心なのでラインナップもかぶりません。

とくにコロンビアのオリジナル盤LPはそこまで音が良くないものが多いので、Mobile FildeityのLP・SACD復刻の方が当時以上に凄い音に蘇る事も多いです。

今年前半にはマイルスの1959年「Porgy and Bess」が出ました。ギル・エヴァンスのアレンジで、アーニー・ロイヤル、ジョニー・コールズ、ジミー・クリーヴランド、キャノンボール・アダレイなど名手が参加する大編成作品で、この次のKind of Blueと合わせてコロンビア期のマイルスを象徴するような一枚です。

Mobile Fidelityから今年の極めつけはチャールズ・ミンガスの「Mingus Ah Um」です。マイルスKind of Blueセッションのほんの二週間後、全く同じスタジオで収録されたということで、当時コロンビアレーベルのジャズの意識の高さが伺えます。

このアルバムは当時からミンガスを代表する名盤で、とりわけブッカー・アーヴィンがソロをとるGoodbye Porkpie Hatが有名なのですが、今回のMobile Fidelityリマスターで飛躍的に音質が向上しました。まさに圧巻です。ジャズCD専門店のスタッフも「ここまで凄いとは・・」と驚いてました。クリアでダイナミック、解像感の高さは現代の多くのアルバムよりも優れているかもしれません。

ちなみに、Wikipediaによると全9曲がほぼ半分づつ二日に分けて収録されたのですが、実際聴いてみると、なぜかその片方が非常に高音質で、もう一方はそこまででもないのが面白いです。



ジャズのリマスター盤は高価なDSD・SACDのみでなく、リーズナブルな価格のレーベルも頑張っています。

今年はチェット・ベイカーの有名なRiverside四作品が新たに公式リマスターされました。地味な新ボックスアートだとわかりにくいですが、オリジナルジャケットは見覚えがあると思います。

現在Riversideレーベルの版権はConcord Musicが所有しており、その中でRiversideやPrestigeなどの復刻を任されているのがCraft Recordingsというサブレーベルです。最近ではThelonious Monk with John Cotraneや、Coltrane '58などの復刻で好評を得ました。

これらチェット・ベイカーのアルバムが最後にリマスター復刻されたのは2010年のOJC Remastersシリーズ(いわゆるオレンジ帯)でしたが、今回改めてのリマスターで音質が大幅に改善されました。とくに旧盤では低音の位相が狂っていて気持ち悪かったのですが、それがスッキリ解消されています。



Omnivore Recordsから、アート・ペッパーの1979年Artists Houseレーベルでの四作が、別テイクを含めた「Promise Kept」という名前の完全ボックスにてリマスター復刻されました。

近年、ペッパーの未亡人が先導して精力的に復刻を試みており、TampaのThe Art Pepper Quartetや、ATLAS四部作など、入手困難だった名盤が続けてリマスターされています。

今回のArtists Houseセッションは「Hank Jones、Ron Carter、Al Foster」と「George Cables、Charlie Haden、Billy Higgins」といった錚々たるメンバーによる二つのセッションによって、当時「So In Love」「Artworks」「New York Album」「Stardust」という四枚でリリースされました。ストレートな吹き込みで、音質と内容の良さに定評があるため、2004年には一部がAnalogue ProductionsからもSACD化が行われています。(上の絵はSACDとオリジナルLPジャケットです)。

息使いも聴こえるほど張り詰めたリアルさを強調したAnalogue Productions盤と比べて、今回のOmnivoreリマスターはもっと自然な雰囲気で、バンドが和気あいあいと楽しくセッションを繰り広げられている風景が思い描けます。


ハイレゾダウンロードショップでSolid Stateレーベルのチック・コリア1968年「Now He Sings, Now He Sobs」がひっそりとリリースされてました。

彼のデビュー二作目で、ベースはミロスラフ・ヴィトウス、ドラムはロイ・ヘインズと、若手ながら凄いメンバーです。音楽も後年のエレピやフュージョンっぽいのとは違い、普通に聴きやすいアコースティックピアノトリオです。


Impulseからロリンズの1966年盤「Alfie」のハイレゾPCMリマスターです。Analogue Productionsからは出ていないので嬉しいです。

同名の映画のための音楽ですが、テーマソング冒頭がキャッチーなだけで、あとは普通に良いジャズです。オリバー・ネルソンのアレンジに、J.J.ジョンソンやフィル・ウッズも参加する6管バンドです。さらにギターのケニー・バレルも光ります。

そもそもヴァンゲルダーの手による素晴らしい録音なので、今回のリマスターでさらに聴き応えが増しました。私自身、ヴァンゲルダーの頂点はインパルスレーベルだと思うので、こういった復刻はもっと増えてほしいです。


ジョー・ヘンダーソンのブルーノート1985年「The State of the Tenor Vol.2」のハイレゾPCMリマスターです。まるでロリンズの1957年A Night at the Village Vanguardの再来のような、Ron Carter、Al Fosterとのピアノレストリオによるヴィレッジ・ヴァンガードでのライブです。当時停滞気味だったアコースティックジャズに新たな息を吹き込み、多くの若手を触発させた、ジャズ新世代の幕開けとも言われている名盤です。

オリジナルのアルバムが出た頃はちょうどLPレコードからCDへの転換期だったのですが、当時の軽めで硬質なサウンドはあまり優れているとは言えませんでした。今回のリマスターで、とくに中低音の重みが増して、より太く力強いサックスが味わえます。本来はVol.1&2の二枚組だったので、今回はなぜかVol.2のみの復刻なのが残念ですが、それでも出してくれた事だけでもありがたいです。


Verveの1957年カウント・ベイシー「April Paris」のハイレゾPCMリマスターです。ビッグバンドといえばカウント・ベイシー、そして彼の代表作といえばこのアルバムを挙げる人は多いと思います。

ビッグバンドの素晴らしさというのは、楽譜通りの予定調和な演奏ではなく、20人近くのバンドメンバー全員の長年の経験と熟練のセンスによって自然で自発的に生まれる一体感だと思います。

Verveと、その前身のMercury・Norgran・Clef Recordsはオリジナル盤LPを聴くと相当な高音質のポテンシャルがあると思えるアルバムが多いのですが、有名盤を除いてデジタル化がかなり適当で、CDの音質のバラつきが大きいです。初期の10インチ盤などもまだまだ再考する価値があると思います。たとえばJATPなども入手困難盤が多いので、いつか完全版を出してもらいたいです。

おわりに

2020年になってもジャズは健在です。往年の名盤リマスターが一通り出揃って、一段落ついたと同時に、各地で活躍している新しいアーティストによる作品が続々現れています。

現在のジャズは変なブームやトレンドに拘束されず、アーティストが自由な表現ができるプラットフォームとしての活気と生命力があります。

ソーシャルメディアの発展で、国をまたいだアーティストの共演や、セッションを行う段取りが容易になりましたし、ファンとの距離もグッと近くなりました。高音質録音が手軽になったおかげで、地方の音楽祭やワークショップなどでのライブ公演も作品として記録に残すことが容易になりました。

一方、アーティストの現状を見ると、定額サブスクリプションストリーミングだけで十分な収入を得ることは無理なので(Apple Musicで最低でも年間240万再生を越さないとアメリカの最低賃金にすら到達できません)、あいかわらずジャズミュージシャンの収入源はライブ公演と物販、オンラインダウンロード販売に依存することになりそうです。ジャズに限らず業界全体のビジネスモデルの転換期なので、2020年以降のシーンがどういった形になるのか想像も付きません。

オーディオマニア、ヘッドホンマニアとしても、今年のジャズはぜひ聴くべきです。Sound Liaisonレーベルのようにワンマイク録音でDXDのメリットを最大限に引き出す超ハイレゾレーベルがある一方で、Smoke SessionsやJazz Depotなど第一線の今を伝えるレーベルは音質に妥協がありません。

リマスター復刻盤も、ハイレゾ初期の頃のような不自然な派手さが無くなり、自然で聴きやすい、よりオリジナルLPに近い仕上がりが増えてきました。ハイレゾブームのリリースラッシュが終わり、作品にじっくり取り組む時間が増えてきたからかもしれません。

古い名盤も、若々しい新手も、即座に聴くことができる今ほどジャズを身近に感じる時代はありません。この機会にぜひ色々聴いてみてください。