2019年11月発売、価格は約2万円という超低価格の据え置き型DAC・ヘッドホンアンプです。
iFi Audio Zen DAC |
ベストセラーnano iDSD・micro iDSDの技術をベースに、新たに4.4mmバランス出力に対応した、意外と侮れないモデルです。
Zen DAC
英国オーディオブランドiFi Audioといえば、バッテリー駆動のポータブルDAC・ヘッドホンアンプなどで、ヘッドホンブームの最初期から活躍しているメーカーです。中でも代表作のnano iDSDは2013年 、そのパワーアップ版のmicro iDSDは2015年発売なので、もうずいぶん古いモデルになりますが、2020年現在でもなかなかこれらを上回るモデルは思い浮かびません。
Zen DAC、micro iDSD BL、xDSD |
2017年にはマイナーチェンジ版のBlack Label (BL)に進化しましたが、基本的なコンセプトは変わらず、ファームウェアアップデートで新設計デジタルフィルターやMQA対応といった新機能を続々追加するなど、決して古さを感じさせません。
私自身も、職場のパソコンにはmicro iDSD BLを常時接続してあり、2017年に購入してからほぼ毎日電源を入れっぱなしにして使っています。自宅のパソコンにはnano iDSD BLを接続してあり、カジュアルに動画を見たりゲームをするときなどに多用しています。つまり個人的にかなり信頼の置ける、愛着のあるメーカーです。
主力のnano & micro iDSDとは別に、2018年には40万円の据え置き型モデルPro iDSDと、6万円でBluetoothにも対応した次世代ポータブル機xDSDを発売するなど、ラインナップのバリエーションを増やしています。
nano iDSD BLとZen DAC |
今回登場したZen DACは、簡単に言えばバッテリー未搭載のデスクトップDAC・ヘッドホンアンプなのですが、まず2万円という価格に驚きます。
これまでエントリーモデルのnano iDSD BLでさえ3万円だったので、一体どうやってここまで安くできるのか不思議に思います。相当な数を売る覚悟が無いと難しいでしょう。
思いつくままに機能を並べていくと:
- 4.4mmバランス & 6.35mm ヘッドホンアンプ
- ハイ・ローゲイン切り替えスイッチ
- 低音ブーストスイッチ
- 4.4mmバランス & RCA ライン専用出力
- ライン出力の可変・固定切り替え
- DSD256・PCM 384kHz・MQA対応USB DAC
- USB バスパワー & 別売ACアダプター駆動
回路設計や製造技術は過去作品のノウハウを流用して、コストがかかるバッテリーを排除することでギリギリまで価格を抑えることが出来たのでしょう。
本体サイズはデスクトップ用途にはちょうど良いです。安いのでペラペラなのかと思いきや、実物を持ってみると490gと意外なほどに重量感があり、とくに外枠のアルミ押出材はしっかりした剛性があります。卓上にズッシリ安定してくれて、ボタンやボリューム操作でガタガタ動いたりはしません。
組付け、表面の質感、角の面取りなどの質感が良好なのも嬉しいです。安価な無名オーディオだと、写真ではカッコいいのに、実物はパネルに隙間があり、表面がザラザラ、角がギザギザ、なんて事がありがちなので、やっぱり安くてもちゃんとしたブランドを買うメリットが実感できます。
フロントパネル |
ボリュームノブはエンコーダーではなくアナログタイプで、フロントパネルにしっかりと固定してあるためガタガタしません。回す感触もスムーズな抵抗感があり、想像以上に上質です。こういったものは実物を使ってみるまで伝わらないものなので、写真で見て興味が湧かなくても、機会があれば店頭で触ってみるべきだと思います。
小音量時の左右ギャングエラーは気になりませんでしたが(micro iDSDではこれが弱点でした)、開封後、初回使用時はボリュームを回すとチリチリというガリノイズが気になりました。何度かグリグリ回すと解消されたので、大した問題ではありません。
多色LED |
ボリュームノブ周辺のLEDは多色タイプで、micro iDSDなどと同様に、再生音源のサンプルレートによって色が変わります。DSDを再生すると上の写真のような空色になりました。
フロントパネル左側の「POWER MATCH」はゲインスイッチで、白LEDが点灯していればハイゲインモードです。
となりの「TRUEBASS」は低音ブーストですが、micro iDSDのものと同様に、かなり低い帯域のみをブーストするので、EDMとかには効果がありますが、クラシックなどそもそも低音があまり入っていないジャンルでは効果がわかりづらいです。
右側のヘッドホンジャックは6.35mmシングルエンドと4.4mmバランス出力を装備しています。
nano iDSDとmicro iDSDが発売した頃はまだヘッドホンのバランス出力がそこまで流行っておらず、iFi Audioとしても、バランス化のために回路規模とコストが二倍になる事への懸念から、あえてシングルエンドのみだったのですが、それ以来バランス出力がどんどん普及してきたので、Zen DACではバランス設計を採用しました。
据え置き型なので、個人的には4ピンXLRコネクターの方が良かったのですが、流行りの4.4mmの方が人気は出ると思います。ただしXLRと違って4.4mmは3.5mmっぽく見えるので、知らないと見落としがちです。
バランスはアンプ回路コストが二倍になる(つまり同じ予算なら、シングルエンドの方が高級回路が作れる)、出力インピーダンスが悪化するなど、デメリットも多いですが、高電圧が得られる、クロストークが低減できる、機器グラウンドの影響を抑えるなど、メリットもあります。できれば両方交互に聴き比べて、音色の好みで選ぶべきだと思います。
リアパネル |
背面右端にも4.4mm出力があるのが珍しいです。こちらはヘッドホンアンプ回路を通さないライン出力用なので、ケーブルさえ手に入れればアクティブスピーカーやパワーアンプに繋げる事ができます。
変換アダプターケーブルを自作するのは容易ですが、4.4mmコネクターは高価なので、今回は作りませんでした。となりにRCAライン出力もあるので、どうしてもバランスを試したい人以外はこちらを使えば良いでしょう。
切り替えスイッチで、4.4mm・RCAともに、ラインレベル固定(Fixed)か、ボリュームノブを通す(Variable)か選べます。よく他社だと起動時にボタン同時押しとか、ディスプレイの階層メニューで選んで選択とか、ややこしい事が多いので、こういう物理スイッチはわかりやすくて安心できます。(設定がわかりにくいと友人宅の高価なオーディオに接続する時など、急に爆音になったりしないかヒヤヒヤするので)。
ちなみに固定ライン出力だと、フルスケール信号でRCAは2.1V、4.4mmバランスは4.2Vとスペックに書いてあります。可変出力だともうちょっと上までゲインが出るようです。どちらも一般的なライン出力として使うには問題ない、理想的な設計です。
電源
電源はUSBバスパワーとACアダプターの両方に対応しています。注意点として、ACアダプターは付属していません。これは個人的にちょっと残念でした。パソコンに接続するならバスパワーのみでOKですが、スマホやDAPとOTG接続するなら別途ACアダプターを用意するか、それとも電力供給できるUSBハブが必要になります。たとえばiPhoneなら「Apple USB Lightning to USB 3 Camera Adapter」とUSB C充電器を合わせれば使えました。
公式スペックによると消費電力は5V・1.5W、つまり300mAなので、そこまで強力な電源は必要ないようです。余裕を持って500mA以上のアダプターなら大丈夫でしょう。
バスパワーがあればACアダプターは不要です |
USB 3.0のB型コネクターを採用していますが、一般的なUSB DACと同じようにUSB 2.0ケーブルでも問題無く使えます。
ただし、ユーザーが知らずに古い粗悪なUSB 1.1ケーブルと混同したり(古いUSBケーブルはシールドされておらず、ノイズが出ます)、バスパワーが貧弱な古いパソコンと接続したり、といったトラブルを懸念して、あえて品質や構造が十分に保証されているUSB 3.0ケーブルが使えるようにしたのでしょう。
ACアダプターは一般的な5.5mm丸形ピンの5Vセンタープラスです。iFi AudioはiPowerというそこそこ高品質なACアダプターを販売しているので、必要ならそれを買えということでしょう。そのiPowerが付属していれば嬉しかったのですが、単品で約7,500円と結構高価なので、さすがに2万円のZen DACに同梱するのは厳しいですし、かといって変な安物を入れるのも憚られると考えたのでしょう。
最近は丸形ピンのACアダプターを使う機会も減ってきたので、できれば電源はUSB-Cとかにしてくれたほうが便利だったと思います。もちろんiPowerや自前の高品質5Vリニア電源などを持っているのであれば、それを使うに越したことはありません。
iPower 5VとiPurifier DCのフル装備 |
ちなみにiFi AudioはACアダプターの電源ノイズをカットするiPurifier DCというガジェットも売っており、私はChord Qutest DACで使っていたので、今回それをZen DACに使ってみたところ、問題なく動きました。
iFi Audioは商魂たくましく、他にも7万円もする電源タップ「iFi Power Station」や、同じく7万円のUSBケーブル「Gemini 3.0」、さらにUSBや電源用フィルター類など、豊富なアクセサリーを売っています。
こういうアクセサリーというのは、それ自体の音質効果というよりは、自宅の電源環境であったり、蛍光灯や配電盤からの電磁波など、何らかの外来要因トラブルがあってこそ効果が感じられるものです。ただ装着しただけで音がクリアになった、なんていうのは信憑性が低いです。それまで不具合に悩まされていないのなら、アクセサリーは「無いよりはマシ」の気休め程度か、もしくは、結局外した方が音が良かった、なんてこともあります。
デザイン
公式サイトにある基板写真を見ると、2万円にしては非常にしっかり作られている事がわかります。公式サイトより |
バッテリーが無くなったのが最大のコスト削減ですが、それ以外でも、XMOS USBインターフェースがこれまで別基板だったのがメイン基板にまとめられるなど合理化されています。
電源のフィルタリングとマイクロコントローラーは写真左側、D/A変換とヘッドホンアンプ回路は右側に最短距離でまとめられており、過去のiFi Audio製品と同様に、まるで教科書のお手本のように設計されており、眺めていて清々しいです。
経験が浅いメーカーだと、チップメーカーの取説そのままの推奨回路を切り貼りして繋げただけの「即席」設計が多いのですが、iFi Audioの場合は主任設計者が全体の構想をしっかり練って、最善のレイアウトを目指している事が伝わってきます。
iFi Audioが他社のUSB DACと比べてユニークな点として、初期モデルからずっと頑なにバーブラウンDSD1793というD/A変換チップを搭載しています。
2020年現在も製造されている現役チップですが、デビューが2003年ということで、ずいぶん年季が入っています。DSD256やPCM384kHzなどの超ハイレゾフォーマットにも対応しているため、チップが古いことによる実用上のデメリットはありません。
最新D/Aチップと比べると、チップ単価が高く、サイズが大きく、消費電力も高く、電源やクロックなど周辺回路に音質が影響されやすいので、新規開発では敬遠されがちです。
しかし、逆に言うと、技術力があるメーカーにとっては、柔軟性が高く、周辺回路の追い込み次第で独自のサウンド設計が実現できます。
流行の最新チップをいちはやく投入するのと比べて、長年蓄積した熟練のノウハウが有るということは、メーカーのサウンドシグネチャーを確立できるメリットがあります。
最新D/Aチップを入れた方が話題性があり、省電力なのでポータブルDAPなどに導入しやすいというメリットもありますが、実際のところ、音質面ではDAC部分のスペックよりもヘッドホンアンプ回路の方が歪みやノイズの要因として数倍大きいので、古いチップだからといって侮れません。
ファームウェアとフィルター
iFi Audioの魅力の一つに、ファームウェア更新によって、単なるバグ修正のみでなく新機能が追加される事があります。しかも、現行ラインナップの最上位Pro iDSDを除いて、全てのモデルが共通のファームウェアファイルを使っているので、取り残されず同時進行で進化するのが嬉しいです。
これを書いている時点では、Zen DACには最新ファームウェアVer. 5.3が搭載されており、このバージョンから追加されたMQA対応も最初から使えるようになっています。(他のモデルも5.3にアップデートすることでMQA対応になります)。
さらにiFi Audioのユニークな点として、同じファームウェアバージョンでも挙動が違う「サブバージョン」というのを出す事があり、Ver. 5.3では、公式サイトにてVer. 5.3cというサブバージョンをダウンロードして導入することも可能です。
これはデジタルフィルターをStandardタイプからiFi Audio独自のGTO(Gibbs Transient Optimised)という高度なオーバーサンプリング演算フィルターに置き換えるファームウェアです。
つまりほとんどの一般ユーザーは知らなくても良い事ですが、オーディオマニアなら試してみる価値があるという意味でサブバージョンなのでしょう。音が気に入らなければ通常のVer. 5.3に戻せばよいだけです。
44.1kHz/16bit パルス波形で、上がVer. 5.3、下がVer. 5.3c |
ちなみにMicro iDSD BLでは「Standard・Minimum Phase・Bit Perfect」の三種類を切り替えるスイッチがありましたが(5.3cをインストールすると全てGTOに固定)、Zen DACにはスイッチが無いため、5.3ではStandard、5.3cはGTOという二択になるようです。
出力とか
いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波FLACファイルを再生しながら、負荷インピーダンス与えて歪み始める最大電圧(Vpp)を測ってみました。念のため、電源はバスパワーとACアダプターの両方で測ってみましたが、ほぼ同じ結果になったので省略します。(これについては後述する注意点があります)。
まずZen DACのヘッドホン出力を比べてみます。青色が4.4mmバランス、赤色が6.35mmシングルエンド出力で、それぞれ破線はPower MatchスイッチをOFFにした状態、つまりローゲインモードです。
バランス出力ではちゃんと2倍の出力電圧が得られているのがわかります。公式スペックではバランスで6.2Vrmsと書いてありますので、つまり17.5Vppですから、実測ではもうちょっと出ています。
ローゲインモードでは約1/3の電圧にリミットされる仕組みのようです。
次に、同じ1kHz信号を再生しながら、無負荷で1Vppになるようにボリュームノブを絞った状態から負荷を与えてみます。
バランス・シングルエンドともに、4Ω負荷程度まで横一直線です。そこそこ高級なヘッドホンアンプでもここまで出力インピーダンスが低い装置は珍しいというか、これ以上のスペックを要求することは困難だと思います。つまりインピーダンスのアップダウンが激しいマルチBAイヤホンなどでも、しっかりと鳴らし切る事ができます。
次に、バランス出力・ハイゲインモードの状態で、他のiFi Audioアンプと比較してみました。
相変わらずmicro iDSD BLのターボモードは圧倒的で、シングルエンドでありながらZen DACのバランス出力を大幅に超えていますが、Zen DACもxDSDやnano iDSD BLと比べればかなりパワフルです。それらで大型ヘッドホンを鳴らすのに苦労しているようでしたら、Zen DACのバランス出力を使った方が音量が得られます。
実際のところ、私がこれまで使ってきたヘッドホンで、micro iDSD BLのターボモードが必要だったケースはほぼ無いので(思い浮かぶのはHifiman HE6SEやAKG K340です)、ほとんどの場合はZen DACで十分だと思います。
参考までに、他社のヘッドホンアンプと比較してみました。DAPの一例としてAstell&Kern SP2000、人気ポタアンのChord Mojo、そしてAppleの白いヘッドホンアダプターです。
これを見てもZen DACのパワーが強力だということがわかります。SP2000も600Ω程度の高インピーダンスヘッドホンであれば健闘していますが、最近ありがちな「インピーダンスが低く、能率が悪い」ヘッドホンでは苦戦します。その点Zen DACはChord Mojoど同様に50Ωであってもグイグイ電圧を上げる事ができるので、幅広いヘッドホンに対応してくれます。
最後に、Zen DACの背面ライン出力を測ってみました。ちなみにボリューム可変のVariableモードにするとPower Matchゲインスイッチが有効になり、Fixedにすると無効になります。こういったところも実用的で嬉しいです。(せっかくFixedにしたのに間違えてゲインスイッチを押して爆音になったりしたら困りますので)。
参考までに青色でバランスヘッドホン出力もグラフに重ねてみましたが、一見してわかるように、背面ライン出力はヘッドホン出力と全く異なる、ちゃんとした高インピーダンスのライン出力専用として設計されています。
グラフでは見切れていますが、無負荷時4.4mmバランスで4Vrms、可変ローゲイン1.9Vrms、可変ハイゲイン5.9Vrmsくらいでした。RCA出力も測定したところ、固定出力で2Vrms、可変ハイゲイン3.2Vrms、可変ローゲイン1Vrmsと、ほぼスペック通りの数値になりました。
つまりヘッドホンジャックがライン出力を兼ねているDAPなどと比べて、Zen DACは家庭のオーディオシステムやアクティブスピーカーなどに組み込むのに適しています。2万円という値段を考えると、純粋なライン出力DACとして検討する価値も十分あります。
Power Matchスイッチ
Power Matchゲインスイッチは意外と有用でした。Campfire Audio Andromedaなど、能率が非常に高いマルチBA型IEMなどでは、ボリュームノブを上げていくとホワイトノイズが聴こえてしまいがちですが、Power MatchをOFFにすると、ノイズが私の耳では聴こえないレベルに低減されます。無音状態でボリュームノブを上げていって、サーッというノイズが気になるようだったらローゲインモードに切り替える、という風に使うのが良いと思います。
よくIEM用として売っているアダプタータイプのアッテネーターでは出力インピーダンスが悪化して音が悪くなりがちですが、このPower Matchは先ほどのグラフで見た通り、ローゲインモードでも出力インピーダンスは悪化しなかったので、気兼ねなく使えそうです。
電源の注意点
Zen DACはACアダプターとUSBバスパワーの両方で動かせる事が魅力なのですが、それについては注意点があります。バスパワーの消費電流を測ってみたところ、音楽再生中、ボリュームノブが最小だと約170mA程度なのですが、8Ωくらいの低インピーダンス負荷で音が歪むまでボリュームを上げていくと、シングルエンドで約330mA、バランスで約470mAまで消費が上がりました。
USB2.0バスパワー電流の上限は500mAが一般的ですので、それ以上を消費しないよう設計されているようですが、もし古いパソコンなどでバスパワーが貧弱だったり、マウスや外付けハードディスクなど他のUSB機器と共有している場合、十分な電力が得られない可能性や、それらの動作で音質や挙動が影響を受けてしまう事も考えられます。
とくに最近のノートパソコンは省電力重視の設計のため、コンセント電源とバッテリー駆動でバスパワー電力上限が別に設定されており、バッテリー駆動中に上限電流(250mAくらい?)を超えると強制的にUSB接続を遮断してしまう物もあります。つまりパソコンが貧弱だと、接続した時は問題ないのに、音楽再生してボリュームを上げたら切れる、なんて事もあります。
ノートパソコンをコンセントに挿すと復帰する場合もありますが、私のDELL XPSやSurface Goの場合、一旦リミッターで切断されたら、単なるWindows再起動ではなく、ノートパソコンの電源ボタン長押しの完全再起動しないとZen DACを再認識しない場合もありました。これはZen DACのみではなくUSBバスパワー全般の問題ですが、昔と比べて最近のノートパソコンは水面下でこういった変な挙動があったりするので、注意が必要です。
また、音質面でも、アンプというのは常に同じ電力を消費するわけではなく、たとえば低音は瞬間的な電力消費が大きいので、電源が貧弱だと低音だけダブついてしまうという事も考えられます。
出力ゲインについてはバスパワーでもちゃんとスペック通り出ている事が確認できましたが、音質には若干の違いが感じられました。
どちらが優れているかという単純な話ではなく、電源の品質が悪いと音がモコモコふわふわになる、という感じです。ノイズフロアが悪化するのか、濁って不明瞭なサウンドになります。
異なる電源で駆動 |
ためしにかなりショボいUSBハブを経由してテスト信号を鳴らしてみたところ、どうしても同じノイズフロアが得られなかったり、たびたびチリチリノイズが飛び入ったりしました。聴感上問題ないレベルかもしれませんが、何が音質に影響を与えるかわかりませんし、自分で歪み測定などをする場合も、電源の電力はもちろんのこと、グラウンドの取り方や安定具合も肝心になりそうです。
しっかりグラウンドがとれているデスクトップパソコンのUSBバスパワーや、リニアタイプのACアダプターを使うのがベストですが、スイッチングタイプのACアダプターやノートパソコンのバスパワーを使うとチリチリノイズが出やすいようです。
これはZen DACのみでなく、Pro iDSDでも接続次第では同様のトラブルを体験しました(DAPとOTGする場合など)。私が普段使っているChord Qutest DACも5VのACアダプター駆動ですが、やはり電源品質で音が変わってしまうように感じます。
全ては周辺環境次第ですが、万が一こういったノイズや歪みっぽさが気になるようでしたら、電源・USBノイズフィルター系アクセサリーで改善することもできますが、それよりもまず機器のグラウンドをしっかり確保するのがオーディオの基本です(たとえばRCAケーブルを据え置き機器に繋げてみるなど)。
音質とか
今回の試聴では、Hiby R6 PRO DAPをトランスポートとして使い、ケーブルはAudioquestのUSB C → Bタイプです。このDAPはOTGバスパワーを500mAまでしっかり供給できる設計なので、電源はバスパワーでも問題無く駆動できたのですが、念のためiFi iPower 5Vを使いました。Hiby R6 PRO |
さきほどの出力グラフで見たとおり、駆動力に関しては心配無さそうです。
代表的な大型ヘッドホンをいくつか鳴らしてみましたが、フォステクスTH610、Audeze LCD-2C、そして4.4mmバランスケーブルでゼンハイザーHD660Sなど、どれもハイゲインモードでボリュームノブが半分を超える事はありませんでした。
フォステクスTH610 |
Audeze LCD-2C |
HD660Sをバランス接続 |
バランス・シングルエンド出力の音質を比較するために、両方のケーブルが付属しているゼンハイザーHD660Sや、コネクター部分を交換できるDita Dreamを使いました。
Dita Dreamならバランス・シングルエンド比較も容易です |
まず普段から聴き慣れたDita Dream シングルエンドでの第一印象ですが、Zen DACのサウンドはnano iDSD BLとよく似ています。価格が近いので当然かもしれませんが、高解像でありながら落ち着いていて角が立たない安定したサウンドです。ジャンルの得意不得意は無く、高レートDSDからストリーミング圧縮音源まで幅広く対応できます。
初代nano iDSD(銀色のやつ)ほど高音のギラッとした鋭さは無いので、どちらかと言うとnano iDSD BLの方に近く、IEMイヤホンなどでも耳障りにならないような傾向は似ています。
micro iDSD BLやxDSDとも性格が異なり、どちらかというと、どんなヘッドホンと合わせても破綻しないよう、さらにライン出力DACとしてどんな下流機器と合わせても大丈夫なように上品に仕上げてあるように感じます。
とくにこの価格帯で奇抜なことをやろうとすると(たとえば真空管とか、エキゾチックなコンデンサーを入れるとか)、どうしても一辺倒で癖の強いサウンドになってしまいがちですので、限られたコストの中で音を組み立てるというのは、ハイエンド機とは違う難しさがあると思います。その点Zen DACは上手く成功させていると思います。
フィルター設定はVer. 5.3のStandardとVer. 5.3cのGTOフィルターを聴き比べてみましたが、その名のとおりStandardの方が聴き慣れた感覚で、GTOは若干柔らかくナチュラルっぽい感触です。どちらを選ぶか迷ってしまいますが、主にポップスを聴くならGTOの方がデジタル臭さが低減されて心地良く楽しめると思います。いわゆるオーバーサンプリングフィルターなので、ハイレゾ音源であれば効果はほとんどありません。
4.4mmバランス接続を使うメリットは極めて大きいと思いました。nano iDSD BLには無かった機能なので、それだけで十分な差別化が実現できています。単純にパワーが2倍になるだけでなく、音質面でも空間の立体感が増して、とくに高音のキラキラした質感が遠くまで広がってくれます。
とくにHD660Sはバランス化で本領発揮するようです。音圧やメリハリといった部分はシングルエンドとあまり変わらないので、押しの強いパワーアップではなく、より開放感や余裕が生まれ、楽器の位置が明確になり、ステレオ音響が正確に描けるようになったような印象です。バランス化で電源由来のノイズが改善されるためでしょうか。せっかくバランス出力にするならちゃんとしたものを設計しよう、という意気込みが感じられます。
micro iDSD BL |
上位にはxDSDとmicro iDSD BLがありますが、まずxDSDの方はZen DACとは方向性が違うサウンドだと思えたので、好き嫌いが分かれます。xDSDは中域全体のエネルギーが強く、グイグイ攻めるような鳴り方です。ロックやメタルなどで体感を重視したいならxDSDの方が良いです。その点Zen DACはちょっと行儀が良すぎるのですが、自宅でのリラックスしたリスニングには適しています。一方xDSDはポータブル向けということで、あえて騒音下でもガッツリ聴こえるように仕上げてあるようです。
micro iDSD BLは個人的に大好きなので贔屓目になってしまいますが、やはり一気にグレードが上がるように感じます。特にZen DACやxDSDと比べてハイレゾなど高解像音源との相性が良く、メリハリの効いたアタックや、無音から最大音量までの広大なスケール感が得られます。逆に動画とか圧縮ストリーミング音源とかでは刺激や不快感が出やすいため、汎用性が高いとは言えません。つまり真剣に高音質な音楽鑑賞に専念するのであればmicro iDSD BLにアップグレードする価値はあると思いますが、もっと多方面で活用したいのなら、むしろZen DACの方が気兼ね無く使えます。
おわりに
iFi Audio Zen DACは基本的なスペックにおいて一切妥協しておらず、ほとんどのヘッドホンが満足に駆動できる高性能アンプだと思います。シンプルな外観や2万円という低価格から侮られがちですが、ここまで真剣にヘッドホンオーディオ機器を開発しているメーカーというのは稀だと思います。身元不明の無名メーカーならまだしも、ちゃんとした専門店で買える一流ブランドの商品として、このコストパフォーマンスの高さは圧倒的です。しっかりした金属筐体やスムーズなボリュームノブ動作など、質感も価格以上の価値があると思います。
とくに、「高価な大型ヘッドホンを買ったけど、パソコンやスマホ直差しは卒業したい。DAPだとパワーが心配」という人の第一歩としては最適です。
オーディオメーカーよりもパソコンのサウンドカードメーカーと競合する価格帯だと思いますが、たとえばCreative SoundBlasterXやASUS Xonarなど、パソコンブランド系が中途半端なプレミアムオーディオ路線を打ち出そうとしてことごとく失敗したのとは対象的で、しかもそれらよりも安いです。
十万円を超えるような高価なモデルと比較すると、電源やUSB周りの周辺環境によって音質や動作が影響を受けやすいと思います。これはZen DACに限った事ではなく、低価格のオーディオ製品における妥協点だと思います。
高価なハイエンドオーディオ機器は、必ずしもD/Aチップやアンプ回路自体が優れているとは限りませんが、電源に巨大なトランスやコンデンサーを搭載したり、銅板やアルミシャーシでしっかり電磁シールドやグラウンドを確保したりなど、外来の影響を最小限に抑えるための物量投入にコストをかけているという側面もあります。そういったコストをかけた設計は際限が無く、個人の利用環境にもよるので、何を持ってして必要十分とするか判断するのは難しいです。
Zen DACの場合、一般ユーザーが求める「挿せば音が鳴る」という最低限の機能とスペックは保証されており、さらにマニアックな道に進みたい人は、ファームウェアアップデートでフィルターを変えてみたり、電源やUSB環境を整えたり、バランス接続を試してみたりなど、いわゆるオーディオマニアの泥沼へのエントリーモデルとしても十分なポテンシャルを秘めているところが魅力的です。
Zen DACで色々と実験してみて、さらに据え置きで上を目指したいと思ったのなら、75,000円のmicro iDSD BLや、40万円のPro iDSDなどにアップグレードする価値はあると思いますが、それくらいに至るまでは2万円のZen DACで十分に満足できると思います。