Dita Audio Dream XLS |
チタンハウジングに10mmダイナミックドライバーを搭載するシンプルなイヤホンですが、価格は約28万円という超ハイエンド機です。2017年の旧モデル「Dream」は私のメインイヤホンとして長らく愛用しているので、新型でどれくらい変わったのか気になります。
Dita Dream
シンガポールのDita Audioはダイナミック型イヤホンのみに特化して、2010年の発足以来、主に3種類のデザインを継続的にリファインしながら作り続けているユニークなメーカーです。創立者DannyとDesmondの二人組によるデザインワークショップのような体制を維持しており、フラッグシップの「Dream」以外では「The Answer・Truth」「Fealty・Fidelity」のどちらも鋭角なメタルデザインが印象的です。余計な複雑化は避け、シンプルでピュアであることを尊重するポリシーが伝わってきます。
The AnswerシリーズとFidelity/Fealty |
大手メーカーのようなラインナップの明確な上下関係が無く、サウンドの性格が異なる作品を不定期に出すスタイルなので、かなりニッチで趣味性の強いメーカーなのですが、音作りに関しては卓越した才能と技術を持っていることは確かです。
私も今まで色々なイヤホンを聴いてきた中で「一番凄いイヤホンは」と聴かれたら、真っ先に「Dita Dream」だと即答できるくらい好きなメーカーです。
初代DreamとDream XLS |
Dreamは10mmダイナミックドライバーという、ごく一般的なイヤホンなのですが、2017年の発売時に購入してから現在までずっと愛用しています。決して万人受けするサウンドやデザインではありませんが、何度聴いても飽きることなく、素晴らしいイヤホンだと実感できるため、これを超えるモデルは未だに見つかっていません。
そんなDreamはチタン削り出しハウジングの量産が難しいということで少量の限定生産で終わってしまい、発売当時はなかなか店頭で手に入らない事でも話題になりました。
一過性のブームは去って、現在は中古品もそこそこ手に入るようになりましたが、珍しい存在であることは確かです。私の身の回りのイヤホンマニアは意外とDreamオーナーが多いようで、なにかで集まるとDreamばかりになることもあります。
身近にDreamオーナーが多いです |
Dream XLS |
今回登場したDream XLSは、初代Dreamと同様の10mmダイナミックドライバーとチタン削り出しハウジングというコンセプトを継承しながら、ドライバーを含む全ての要素を新たに作り直した、いわばMk 2といった感じのモデルです。
とくに初代Dreamは音質面ではかなり特殊で、好き嫌いが分かれるタイプだったので(私は大好きでしたが)、ユーザーフィードバックを元に大幅な設計の見直しが行われたようです。さらに量産体制も改善されたそうで、初代のような限定生産ではなく、長期的に販売できるようになったそうです。
Dram XLSとDream |
初代Dreamはまるで石の塊のようで、あまりにも地味すぎて店頭で目立たないというのが問題だったのですが(逆にそれが「知る人ぞ知る」という魅力でもあったのですが)、Dream XLSは鏡面仕上げでキラキラと輝き、見るからに高級そうな派手めのデザインに仕上がっています。
小さな通気孔が見えます |
ハウジングの形状はDream以降に発売したFealty/Fidelityというモデルに近く、まるでコインのような円盤デザインはThe Answerシリーズから変わらずDita Audioの特徴になっています。
実際、初代Dreamも公式サイトのCGモデルではもっとエッジが立ったデザインなのですが、実物はまるで南部鉄の鋳物みたいなゴロンとした荒削りな質感なので、もしかすると本来はXLSみたいなカチッとしたデザインにしたかったものの、当時は製造上困難だったのかもしれません。
ガラスパネルが綺麗です |
ケーブル
ケーブルは一般的な2ピン着脱式で、OSLO-XLSという名前の高級そうなケーブルが付属しています。OSLO-XLSケーブル |
多くのIEMイヤホンメーカーはユーザーがケーブルを別途購入することを想定して、かなりベーシックな「お試し用」程度のケーブルを付属している事が多いのですが、Dita Audioの付属ケーブルはどれも優秀なので、このOSLO-XLSもとりあえずそのまま使い続けるのが良いと思います。
2ピンコネクター |
初代Dreamも2ピン端子だったのですが、ピンの形状が若干特殊で、他社のケーブルを挿すと緩くて外れやすい事もあったのですが、Dream XLSではもっと一般的な2ピンタイプに近づいて互換性が改善されたようです。
ちなみに2ピンやMMCXによくある事ですが、メーカー毎に接点ピンの寸法が微妙に異なるので、ピンが太めな社外ケーブルを一度でも無理矢理接続してしまうと、イヤホン側の穴が広がってしまい、次からは元の細いピンのケーブルでは接触不良を起こすか、緩く抜けやすくなってしまうという事もあるため注意が必要です。
初代DreamのThe Truthケーブル |
OSLO XLSとOSLO |
初代DreamにVan den Hul製の「The Truth Custom」という黒いケーブルが付属していたのですが、音は良いものの、まるで針金のように硬く、反発力が強すぎてイヤホンが容易に外れてしまうという不満がありました。その後Ditaは公式アップグレードケーブルとしてOSLOという柔らかいケーブルを出したので、私はそれに交換して使っていました。
上の写真で左側がDream XLSに付属しているOSLO-XLSケーブルで、右側が初代のOSLOケーブルです。XLSでは外皮がグレーっぽくなり、耳掛け形状のスリーブが付き、さらによく見ると、線材のねじりも増えています。どちらのケーブルも見た目よりもフニャフニャしており扱いやすいです。
OSLOとOSLO-XLSのどちらもPC-Triple C銅線を使っており、金や銀のナノ粒子を混ぜたスクワランオイルを封じ込めることで線材間の導通を良くするという技術を採用しています。日本だとケーブルメーカーのナノテック・システムズなどが古くから行っている手法と似ていますね。
初代Dream用のOSLOケーブルのみ単品で買うと6万円くらいです。たかがケーブルに6万円払うべきかは別として、他社のアップグレードケーブルでもそれくらいするのはありますし、XLSでは標準で付属しているのは良いことです。
Y分岐とスライダー |
このチューブ部品はデザインのみで意味はありません |
Y分岐部分やデザインアクセントのチューブ部品はどちらも同じ形状ですが、ロゴがXLSに変わっています。ちなみにMade in Japanと書いてあります。
Dita Awesomeコネクター |
Dita Audioのケーブルは、コネクターを手軽に交換できるのが大きなメリットです。最近ではいくつかのメーカーが真似しはじめましたが、数年前にこれが出た時は、ちょうど2.5mm v.s. 4.4mmのバトルが始まった頃だったので、かなり先見性があったと思います。DAPを買い換える時などに悩まなくても良いのは嬉しいですね。私自身、これまで少なくとも100回以上は付け替えていますが、かなりしっかりしており、接点が劣化するような事はありません。
ちなみにDream XLSには「3.5mmシングルエンド、2.5mm & 4.4mmバランス」の三種が付属しています。上の写真にある3.5mm 4極バランスタイプは付属していませんが、別途購入できます。
このコネクターのおかげで、DAPやアンプの比較試聴が容易になりましたし、同じ機器のシングルエンドとバランス出力の聴き比べも、ケーブルの違いによる要因を排除することが可能になったので、とても重宝しています。個人的な要望としては、ぜひストレートタイプや6.35mm・4ピンXLRなども作ってもらいたいです。
ちなみに似たようなコネクター交換タイプのケーブルは、Ditaとは互換性が無いものが最近中国などから色々出ていますが、「ケーブルの音が悪くては意味が無い」という点は忘れないよう注意してください。
私もいくつか別のメーカーの類似品を試してみたのですが、そもそもケーブルの音のクセがあまりにも強すぎてダメでした。Ditaが優秀なのは、ケーブルそのものの音質がトップクラスに良い(つまり変な味付けが少ない)という点がまずあり、コネクター交換可能というのはむしろボーナスみたいなものです。
インピーダンス
Dream XLSは公式サイトのスペックによると22Ω、104dB/mWと書いてあります。実測してみると、なぜか22Ωではなく16Ωくらいになってしまいました。4-5kHzくらいの山以外はかなり綺麗な一直線です。
ちなみに初代Dreamの公式スペックは16Ω・102dB/mWなのですが、こちらは18Ωくらいです。測定機器の故障かと思い何度か別の装置で測定してみましたが同じ結果になります。Ditaは一体どのような方法で測っているのでしょうか。
実際に鳴らしてみると、同じボリューム位置ならDream XLSの方が音量が大きいです。もしスペック通りだとすれば、1Vrmsのボリューム位置ではDream XLSは120.6dBSPL、Dreamは120dBSPLと、ほとんど同じ音量になるはずなので、計算が合いません。
能率スペックは正しいと仮定して、測定したインピーダンスで計算してみると、1VrmsでDream XLSは122dBSPL、Dreamは119.7dBSPLくらいになるので、それなら音量差は説明できます。
大した問題ではありませんが、なぜスペック値と違うのか気になります。
音質とか
Dream XLSの試聴はやはり初代Dreamとの比較が中心になりますが、一応AK T9iE、ゼンハイザーIE800Sなど、他のダイナミック型イヤホンとも聴き比べてみました。このレベルのダイナミック型を買う人は、マルチBA型やハイブリッド型とは鳴り方が根本的に違う事は理解していると思うので、全くの別腹といった感じで、それらと比較するのは時間の無駄です。(多くのイヤホンマニアはダイナミック・マルチBA・ハイブリッドとそれぞれ別のお気に入りを揃えているだろうと思います)。
Hiby R6 PRO |
個人的に初代DreamとHiby R6 PRO DAP(4.4mmバランス)の組み合わせを聴き慣れているので、まずそれを試聴に使いました。
実際に同じボリューム位置ならXLSの方が音量が大きいですが、どちらもそこまで鳴らしにくいという程でもなく、最近の高出力DAPなら問題なく音量が得られると思います。非力なウォークマンとかだとギリギリ厳しいかもしれません。
遮音性や音漏れの少なさは初代Dream同様かなり優秀です。耳元が厚い金属の塊で塞がれるわけですから、スカスカなプラスチックのハウジングと比べて音が通りにくいのだろうと思います。
Dreamは据え置き型ヘッドホンアンプと合わせるメリットも大きかったので、Chord M-Scaler + Hugo TT 2と、Questyle CMA Twelveも使ってみました。
Chord M-Scaler + Hugo TT 2 |
Questyle CMA-Twelve |
試聴を始めて、まず最初に気がついたのは、Dream XLSは正しい装着方法を見つけないととんでもなく悪い音になってしまうという事です。低音はスカスカ、高音はシュワシュワで、まるで余計なフィルターが入っているような違和感が発生します。
そのため、まず自分の耳穴にあったイヤピースを探すことから始まるのですが、必ずしもフィットが良好だからといって音質が良いとは限らない、という点だけは注意してください。
耳の収まり具合が違います |
初代Dreamでもフィットにかなり悩まされたのですが、あちらは音導管とケーブル耳掛け角度との相対関係が悪いため、ケーブルを引っ張るとイヤピースが外れる方向に力が働いてしまうという問題でした。
一方XLSは、上の写真を見てわかるとおり、音導管周辺の本体面積が前後に広く平面になったので、耳穴奥まで挿入しようとしてもまず本体がぶつかってしまうのが問題です。
イヤピースがしっかり奥まで密着できていないと低音が大幅に薄くなりますし、イヤピースが柔軟すぎて出音穴が潰れてしまうと高音に変なクセが生まれます。削り出しなので仕方がありませんが、このあたりは3Dプリンターを駆使したIEMイヤホンなどと比べると一歩劣ります。
自前のFinalとAZLAイヤピース |
Final Eタイプのシリコンが付属していますが、私の耳ではちょっと浅めで低音が出にくかったです。個人的にAZLA SEDNAが一番相性が良かったです。こればかりは個人差が大きいため、どれが正解というよりも、各自色々と試してみるしかありません。
Finalイヤピース(実際の付属品は黒です) |
そんなわけで、装着するだけでも一苦労なDream XLSでしたが、その見返りは非常に大きいです。
サウンドの第一印象は、非の打ち所が無いというくらい素晴らしく、DAPで聴いてもこれといって不満や問題点は思い浮かびませんでした。ただし鳴り方の傾向はDreamとかなり違う事にも驚きました。
XLSは「eXtra Large Sound-stage」の略称ということですが、まさに言葉通りの印象です。Dreamをそのまま再販するのではなく、あえて新しい挑戦をしたいという意図が感じ取れます。
他にも空間の立体感を演出するイヤホンはいくつかありますが、ここまで明確にサウンドステージの広さを強調するイヤホンというのは存在しないと思います。実際XLSを聴いていて一番よく似ていると思ったのがゼンハイザーHD800です。
「広さ」というよりも「遠さ」と言った方が正確かもしれません。つまり一般的なイヤホンと比べて、演奏の音像が前方遠くへ移動して、耳穴ではなく目前で鳴っている感覚は驚異的です。シンプルなハウジングとドライバーだけで一体どうやってこのサウンドを作っているのか本当に不思議です。
Viglione/Creni/Gattone 「Gypsy Jazz Trio」を聴いてみました。DSD256生録の高音質盤です。
その名のとおりジプシースタイルのジャズトリオで、演奏はかなり上手いです。ベースのRenato Gattoneをセンターに置き、ギターのMoreno ViglioneとAugusto Creniを左右両端に配置しています。それぞれ異なる音色のギターを使い、左右交互にリズムとソロパートを繋いでいく流れが堪能できる、高レートDSDで聴くべき高音質録音です。
このアルバムは最近試聴でよく使うのですが、トリオ三人ははっきり分離しているか、それぞれの音像は楽器のサイズに合っているか、ギターの高音が刺さらず綺羅びやかに鳴るか、ベースの低音が膨らまず正しい輪郭があるか、など、演奏がシンプルだからこそ確認事項が明確になります。
Dream XLSはこれらの一見相反しがちなポイントを上手にバランスよく仕上げており、濃い味付けに頼らず、全てが高水準にまとめられています。音がクリアで曇りが無く、強弱のダイナミクスが優れているものの、うるさく感じるような押しの強さはありません。
特にギターのピッキングやベースの指で弾く動作が力強く重みがあるため、リズムの躍動感が生まれます。しっかりと空気を動かす能力があり、音が重なるクロスオーバー帯域が無いため、空気感に破綻がありません。
しかも、これを10mmダイナミックドライバーだけで行っているのが凄いです。これまでダイナミック型というとどうしても全帯域をカバーすることが困難で、チューニングが偏りがちでした。
対策としてドライバーを大口径化する手法もあり、ソニーEX1000の16mmドライバーなどが有名ですが、イヤホンに使うには大きすぎて不自然な配置になってしまうのは一目瞭然です。ソニーの現行トップモデルIER-Z1Rでは12mmダイナミックとBAのハイブリッド構成を選んでいる事からも、ダイナミック型単発の難しさが想像できます。
逆に6mm程度の超小型ダイナミックドライバーと筒状チャンバーを駆使する手法もあり、そちらはゼンハイザーIE800SやFinal E5000などで完成形を得たと思います。このタイプはサラッとした繊細なサウンドを奏でる魅力がありますが、力強い重さや迫力を出すのは不得意です。
Dita AudioのFealty・Fidelityも、ドライバーサイズやハウジング形状などはDream XLSと似ているものの、XLSほどは空間の臨場感を強調せず、無理の無いようスッキリと聴きやすく調整した印象です。どちらかというとThe Answerのスタイルを進化させたような、上品で控えめな仕上がりなので、同じ価格帯のモデルと比較試聴すれば最終候補に残るような優等生タイプなのですが、Dream XLSのインパクトには敵いません。
近年、ダイナミック型ならではの魅力を世間に広めたのは、ベイヤーダイナミックAK T8iE・T9iE・Xelentoシリーズの存在が大きいです。大型スピーカーさながらに空気が動く感覚はそれまでマルチBA型しか知らなかった人達には新鮮だったと思います。
T8iEシリーズは強力なドライバーを非常にコンパクトなシェルに詰め込んだせいか、Dream XLSと比べると音場が狭く凝縮され、アタックも丸く鈍い印象があります。とくにベース楽器がわかりやすく、Dream XLSではボンッと鳴るところが、T8iEシリーズだとブォンと鳴るような感覚です。
Dream XLSは初代Dreamと同様にアタックがとてもカチッとしていて、いわゆるスピード感がある、レスポンスが速いサウンドなのですが、サウンドステージの距離感があるおかげで、たとえば左右両端の楽器でも耳障りになったりしません。とくにイヤホンの低音は耳元で鼓膜を打ちつけるように聴こえてしまいがちですが、XLSではそれがありません。
Eratoレーベルから新譜で、Diana Damrauが歌うリヒャルト・シュトラウス「4つの最後の歌」と歌曲選集を聴いてみました。
オケはヤンソンス指揮バイエルン、歌曲の方もHelmut Deutschの伴奏ですので適当な余白埋めではありません。特出した個性はありませんが、モーツァルトで有名なベテラン歌手なので、安心して聴ける近代の標準盤と言えそうです。
やはり個人的に気になるのは初代DreamとDream XLSの比較ですが、簡単にまとめると、クラシックなどの高音質録音と優れたアンプの組み合わせでは、私なら初代Dreamを選びます。一方、録音品質を気にせず、どんなシーンでも存分に高音質が味わえるのはDream XLSの方です。シャープでシリアスなDreamと、豪華で臨場感溢れるDream XLSといった感じでしょうか。
まず重要なポイントなのですが、Dream XLSのサウンドステージの遠さというのは、オーケストラ録音などの優秀な立体音響を正確に描写する、という意味とはちょっと違い、むしろどんな録音であっても、まるでスピーカーから鳴っているように、前方からこちらに向かって鳴っているように聴こえる、という感じです。
もちろん録音自体が良いに越したことはないのですが、Dream XLSは録音品質やジャンルを問わず、とにかく凄い臨場感が体感できるのが大きな魅力です。
初代Dreamは、古い録音のテープノイズや、下手なマイクの滑舌の刺さり、コンプレッサー、ノイズリダクションのかけすぎなどの不自然さが目立ち、録音への要求がシビアすぎる事が指摘されていたので、それに対するDita Audioなりの回答と言えます。安易に音を丸くしてカジュアルっぽく仕上げるのではなく、耳から遠ざけるという新たな試みに持っていくところが偉いです。
たとえば上記のシュトラウスは優秀な録音なので、初代Dreamで聴くと、録音スタジオのモニターのようにダイレクトでクリアな映像が浮かびます。音像は間近ですが、自分を中心に点在する各楽器がピンポイントで聴き分けられるため、自分が録音エンジニアか指揮者になったかのような没入感があります。
歌唱はまるでマイクロフォンが脳内に直結したかのように鋭く生々しい鳴り方で、ピアノとオーケストラのどちらも圧縮や飽和している感覚が一切ありません。どれだけダイナミックな音楽でも大音量の音圧に負けず、微細音の解像感が非常に高く、息使いやざわめきなど、音の粒子まで聴こえそうなほどです。
しかも、僅かに音色の色気や艶っぽさが出せていることで、単なる実直なモニターサウンドの域を超えています。個人的にAKGのモニターシリーズ(K601~K712など)が好きなので、それと同じように軽快な空気の中にも輝かしい音色があるのが魅力的です。
ではDream XLSの方はというと、クラシックファンなら共感してくれると思いますが、この録音はバイエルン放送交響楽団でヤンソンスということで、ウィーンやドレスデンと比べるとシュトラウスにしてはちょっと実直すぎて味気ないと思えたりもします。
そんな時はDream XLSで聴いた方が面白いです。歌手とオーケストラの両方を遠くに押し出し、マイクのモニターではなくスピーカーさながらの空気や雰囲気を演出してくれます。
音がそれぞれ球面が広がるように拡散され、上手い具合に響きが混じりあうのですが、楽器の音の芯はブレないので、濁りとはちょっと違います。中域にもうちょっと厚みが出て、歌手の描写の線が太くなり、余韻も深みが出るため、同じ音量でもDreamほど高域のシビアさが目立ちません。こういうところがリビングルームでのスピーカーの指向性(軸外応答)となんとなく似ています。
低音に関しては、クラシックではさほど気にならないのですが、ポップスやクラブミュージックだと好みが分かれるかもしれません。Dreamはドズンと喉や腹に伝わるような体感のインパクトがありますが、Dream XLSでは距離感のせいで客観的な聴き方になります。普段イヤホン・ヘッドホンをメインで聴いている人ほど意表を突かれるかもしれません。
この低音に関しては、XLSのハウジングを指でグッと耳奥まで押し込むとDreamと同じくらい強い体感が得られるので、調整次第で何とかなりそうですが、それだけ音が変わりやすいということでもあります。つまりIE800SやXelentoなどと比べてユーザー側の使いこなしが必須という意味でもハイエンドなイヤホンです。
ケーブルについては、OSLOとOSLO-XLSは鳴り方がちょっと違うように感じました。どちらかというとOSLO-XLSの方が好みです。
初代Dream付属のThe Answerケーブルは物理的に硬いだけでなく、サウンドもカチッとしたシャープ系で(Van den Hulとしては珍しいですが・・)、余計な音色の響きや演出が少ない印象でした。このケーブルとセットで聴くDreamが一番好きです。
Dream用のOSLOケーブルはもうちょっと音色に鈍い甘みが出る感じなので、Dreamのサウンドが硬すぎると思った人には良い処方箋になっただろうと思います。ほんの僅かな差ですが、ちょっと演出がかった感じがして、個人的にはThe Answerの音の方が好きなのですが、柔軟で扱いやすいOSLOの方を選んで使っています。
Dream XLSのOSLO-XLSの代わりにOSLOを装着してみると、ただでさえサウンドステージが広いDream XLSのサウンドが、中高域の余計な響きが増して、手に負えないような印象でした。逆にThe Answerを装着すると、若干硬質になるものの、悪くないです。つまりOSLO-XLSは中間的な特性のバランスの良いケーブルなのだと思います。どれにせよ僅かな差ですし、優秀なケーブルであることは確かなので、社外品に目移りせず、そのまま使いづつける事ができるのもDream XLSの魅力の一つだと思います。
初代Dreamを土台として新しい方向性を目指した事が明確に感じられ、それぞれに異なる魅力があります。28万円は確かに高価ですが、ハイエンドなイヤホンに興味があるなら試聴してみるべき作品だと思います。
ジャンルを選ばない汎用性があるイヤホンですが、アンプやケーブルなどよりもまずイヤピースの装着具合によってサウンドが大幅に変わってしまうことは要注意なので、試聴の際はいくつか異なるタイプやサイズを持参すると良いです。
個人的に初代Dreamから乗り換えるべきか検討したのですが、さすがに高価すぎて安易に手が出せないのと、サウンドの性格があまりにも違うため、Dreamの代用にはならない、つまりXLSを買ってもDreamを手放すことはできず、どちらを使うか悩むだろうと思ったので、今のところ保留にしています。
もしIE800SやAK T8iEといった優れたダイナミック型イヤホンを使っているなら、次のアップグレードとして検討する価値があります。もしくはマルチBA型の新作はどれも味付けが違うだけで心に響かないと行き詰まっているなら、ダイナミック型を試してみる良い機会です。
数年前に新参の高級マルチBAイヤホンメーカーが乱立しはじめた頃から、BA型の限界や弱点が見えてきて、ダイナミック型に回帰するような動きもあったのですが、2020年の現時点でも優れたダイナミック型イヤホンの選択肢はまだ一握りのメーカーのみに限られています。それだけ設計と製造が困難で、安易にコピーできないということでしょう。
つまりダイナミック型イヤホンというのは、マルチBAイヤホンや大型ヘッドホンなどと比べて価格差やメーカーの独自性が現れやすいジャンルだと思います。
そんな中でもDita Audioは一歩先を進んでおり、Dream XLSはダイナミック型イヤホンの最先端を体験させてくれます。初代Dreamもそうでしたが、Dream XLSのおかげでダイナミック型にはまだまだ伸びしろがあるということを実感させてくれるので、小さなメーカーですが、とても大きな存在意義を持っています。
対策としてドライバーを大口径化する手法もあり、ソニーEX1000の16mmドライバーなどが有名ですが、イヤホンに使うには大きすぎて不自然な配置になってしまうのは一目瞭然です。ソニーの現行トップモデルIER-Z1Rでは12mmダイナミックとBAのハイブリッド構成を選んでいる事からも、ダイナミック型単発の難しさが想像できます。
逆に6mm程度の超小型ダイナミックドライバーと筒状チャンバーを駆使する手法もあり、そちらはゼンハイザーIE800SやFinal E5000などで完成形を得たと思います。このタイプはサラッとした繊細なサウンドを奏でる魅力がありますが、力強い重さや迫力を出すのは不得意です。
Dita AudioのFealty・Fidelityも、ドライバーサイズやハウジング形状などはDream XLSと似ているものの、XLSほどは空間の臨場感を強調せず、無理の無いようスッキリと聴きやすく調整した印象です。どちらかというとThe Answerのスタイルを進化させたような、上品で控えめな仕上がりなので、同じ価格帯のモデルと比較試聴すれば最終候補に残るような優等生タイプなのですが、Dream XLSのインパクトには敵いません。
近年、ダイナミック型ならではの魅力を世間に広めたのは、ベイヤーダイナミックAK T8iE・T9iE・Xelentoシリーズの存在が大きいです。大型スピーカーさながらに空気が動く感覚はそれまでマルチBA型しか知らなかった人達には新鮮だったと思います。
T8iEシリーズは強力なドライバーを非常にコンパクトなシェルに詰め込んだせいか、Dream XLSと比べると音場が狭く凝縮され、アタックも丸く鈍い印象があります。とくにベース楽器がわかりやすく、Dream XLSではボンッと鳴るところが、T8iEシリーズだとブォンと鳴るような感覚です。
Dream XLSは初代Dreamと同様にアタックがとてもカチッとしていて、いわゆるスピード感がある、レスポンスが速いサウンドなのですが、サウンドステージの距離感があるおかげで、たとえば左右両端の楽器でも耳障りになったりしません。とくにイヤホンの低音は耳元で鼓膜を打ちつけるように聴こえてしまいがちですが、XLSではそれがありません。
Eratoレーベルから新譜で、Diana Damrauが歌うリヒャルト・シュトラウス「4つの最後の歌」と歌曲選集を聴いてみました。
オケはヤンソンス指揮バイエルン、歌曲の方もHelmut Deutschの伴奏ですので適当な余白埋めではありません。特出した個性はありませんが、モーツァルトで有名なベテラン歌手なので、安心して聴ける近代の標準盤と言えそうです。
やはり個人的に気になるのは初代DreamとDream XLSの比較ですが、簡単にまとめると、クラシックなどの高音質録音と優れたアンプの組み合わせでは、私なら初代Dreamを選びます。一方、録音品質を気にせず、どんなシーンでも存分に高音質が味わえるのはDream XLSの方です。シャープでシリアスなDreamと、豪華で臨場感溢れるDream XLSといった感じでしょうか。
まず重要なポイントなのですが、Dream XLSのサウンドステージの遠さというのは、オーケストラ録音などの優秀な立体音響を正確に描写する、という意味とはちょっと違い、むしろどんな録音であっても、まるでスピーカーから鳴っているように、前方からこちらに向かって鳴っているように聴こえる、という感じです。
もちろん録音自体が良いに越したことはないのですが、Dream XLSは録音品質やジャンルを問わず、とにかく凄い臨場感が体感できるのが大きな魅力です。
初代Dreamは、古い録音のテープノイズや、下手なマイクの滑舌の刺さり、コンプレッサー、ノイズリダクションのかけすぎなどの不自然さが目立ち、録音への要求がシビアすぎる事が指摘されていたので、それに対するDita Audioなりの回答と言えます。安易に音を丸くしてカジュアルっぽく仕上げるのではなく、耳から遠ざけるという新たな試みに持っていくところが偉いです。
たとえば上記のシュトラウスは優秀な録音なので、初代Dreamで聴くと、録音スタジオのモニターのようにダイレクトでクリアな映像が浮かびます。音像は間近ですが、自分を中心に点在する各楽器がピンポイントで聴き分けられるため、自分が録音エンジニアか指揮者になったかのような没入感があります。
歌唱はまるでマイクロフォンが脳内に直結したかのように鋭く生々しい鳴り方で、ピアノとオーケストラのどちらも圧縮や飽和している感覚が一切ありません。どれだけダイナミックな音楽でも大音量の音圧に負けず、微細音の解像感が非常に高く、息使いやざわめきなど、音の粒子まで聴こえそうなほどです。
しかも、僅かに音色の色気や艶っぽさが出せていることで、単なる実直なモニターサウンドの域を超えています。個人的にAKGのモニターシリーズ(K601~K712など)が好きなので、それと同じように軽快な空気の中にも輝かしい音色があるのが魅力的です。
ではDream XLSの方はというと、クラシックファンなら共感してくれると思いますが、この録音はバイエルン放送交響楽団でヤンソンスということで、ウィーンやドレスデンと比べるとシュトラウスにしてはちょっと実直すぎて味気ないと思えたりもします。
そんな時はDream XLSで聴いた方が面白いです。歌手とオーケストラの両方を遠くに押し出し、マイクのモニターではなくスピーカーさながらの空気や雰囲気を演出してくれます。
音がそれぞれ球面が広がるように拡散され、上手い具合に響きが混じりあうのですが、楽器の音の芯はブレないので、濁りとはちょっと違います。中域にもうちょっと厚みが出て、歌手の描写の線が太くなり、余韻も深みが出るため、同じ音量でもDreamほど高域のシビアさが目立ちません。こういうところがリビングルームでのスピーカーの指向性(軸外応答)となんとなく似ています。
低音に関しては、クラシックではさほど気にならないのですが、ポップスやクラブミュージックだと好みが分かれるかもしれません。Dreamはドズンと喉や腹に伝わるような体感のインパクトがありますが、Dream XLSでは距離感のせいで客観的な聴き方になります。普段イヤホン・ヘッドホンをメインで聴いている人ほど意表を突かれるかもしれません。
この低音に関しては、XLSのハウジングを指でグッと耳奥まで押し込むとDreamと同じくらい強い体感が得られるので、調整次第で何とかなりそうですが、それだけ音が変わりやすいということでもあります。つまりIE800SやXelentoなどと比べてユーザー側の使いこなしが必須という意味でもハイエンドなイヤホンです。
ケーブルについては、OSLOとOSLO-XLSは鳴り方がちょっと違うように感じました。どちらかというとOSLO-XLSの方が好みです。
初代Dream付属のThe Answerケーブルは物理的に硬いだけでなく、サウンドもカチッとしたシャープ系で(Van den Hulとしては珍しいですが・・)、余計な音色の響きや演出が少ない印象でした。このケーブルとセットで聴くDreamが一番好きです。
Dream用のOSLOケーブルはもうちょっと音色に鈍い甘みが出る感じなので、Dreamのサウンドが硬すぎると思った人には良い処方箋になっただろうと思います。ほんの僅かな差ですが、ちょっと演出がかった感じがして、個人的にはThe Answerの音の方が好きなのですが、柔軟で扱いやすいOSLOの方を選んで使っています。
Dream XLSのOSLO-XLSの代わりにOSLOを装着してみると、ただでさえサウンドステージが広いDream XLSのサウンドが、中高域の余計な響きが増して、手に負えないような印象でした。逆にThe Answerを装着すると、若干硬質になるものの、悪くないです。つまりOSLO-XLSは中間的な特性のバランスの良いケーブルなのだと思います。どれにせよ僅かな差ですし、優秀なケーブルであることは確かなので、社外品に目移りせず、そのまま使いづつける事ができるのもDream XLSの魅力の一つだと思います。
おわりに
個人的に初代Dreamを非常に高く評価しているだけに、Dream XLSがどの程度の仕上がりなのか不安だったのですが、いざ聴いてみると、期待を裏切らず凄いサウンドでした。現時点で購入できるトップクラスのイヤホンだと思います。イヤホンを超えた素晴らしい作品です |
初代Dreamを土台として新しい方向性を目指した事が明確に感じられ、それぞれに異なる魅力があります。28万円は確かに高価ですが、ハイエンドなイヤホンに興味があるなら試聴してみるべき作品だと思います。
ジャンルを選ばない汎用性があるイヤホンですが、アンプやケーブルなどよりもまずイヤピースの装着具合によってサウンドが大幅に変わってしまうことは要注意なので、試聴の際はいくつか異なるタイプやサイズを持参すると良いです。
個人的に初代Dreamから乗り換えるべきか検討したのですが、さすがに高価すぎて安易に手が出せないのと、サウンドの性格があまりにも違うため、Dreamの代用にはならない、つまりXLSを買ってもDreamを手放すことはできず、どちらを使うか悩むだろうと思ったので、今のところ保留にしています。
もしIE800SやAK T8iEといった優れたダイナミック型イヤホンを使っているなら、次のアップグレードとして検討する価値があります。もしくはマルチBA型の新作はどれも味付けが違うだけで心に響かないと行き詰まっているなら、ダイナミック型を試してみる良い機会です。
数年前に新参の高級マルチBAイヤホンメーカーが乱立しはじめた頃から、BA型の限界や弱点が見えてきて、ダイナミック型に回帰するような動きもあったのですが、2020年の現時点でも優れたダイナミック型イヤホンの選択肢はまだ一握りのメーカーのみに限られています。それだけ設計と製造が困難で、安易にコピーできないということでしょう。
つまりダイナミック型イヤホンというのは、マルチBAイヤホンや大型ヘッドホンなどと比べて価格差やメーカーの独自性が現れやすいジャンルだと思います。
そんな中でもDita Audioは一歩先を進んでおり、Dream XLSはダイナミック型イヤホンの最先端を体験させてくれます。初代Dreamもそうでしたが、Dream XLSのおかげでダイナミック型にはまだまだ伸びしろがあるということを実感させてくれるので、小さなメーカーですが、とても大きな存在意義を持っています。