Hidizs AP80 ProというDAPを買ってみたので、感想とかを書いておきます。
Hidizs AP80 Pro |
2020年6月発売の超小型DAPで、私が買ったのは3万円くらいのステンレス製限定版でしたが、通常モデルのアルミ版はもっと安くて2万円くらいです。
100gを切る超軽量DAPなので、最近肥大化しているメインDAPとは別に気軽に使えるモデルとしてどんなものか、ためしに買ってみました。
Hidizs AP80 Pro
実は私はこれまで超小型DAPのShanling M1(2016年発売)というやつを使っていたのですが、近頃はバッテリーの持ちが悪くなってきて、そろそろ買い替えようかとネットレビューとかをチェックしていたところ、このHidizs AP80 Proが評判が良かったので買ってみました。
そんなわけで、発売直後のレビューではありませんが、買って一ヶ月くらい使ってみての感想になります。近頃は中国から新作DAPがものすごいペースで出ているので、これを書いている頃にはもう後継機登場とかにならないかちょっと心配です。
たとえばこの「AP80 Pro」も、2019年に同じデザインの「AP80」というモデルが出て、ほぼ一年でこのAP80 Proが登場しました。当時AP80を買った人はさぞ悔しい思いをしているでしょう。
このような中国ブランドの「とりあえず出しとけ」みたいな戦略は市場の活性化という点では面白いと思うのですが、流石に流行り廃りが速すぎて、いちいちレビューする気にはなれません。大昔の日本でも、カセット、CD、MDなどのポータブルプレーヤーで同じくらいハイペースな開発競争が繰り広げられていたのを思い出して懐かしくなります。
AP80 Proと、これまで使っていたShanling M1 |
今回私が買ったAP80 Proは、2.45インチタッチスクリーン液晶を搭載した、手のひらサイズ(61×56×13.8mm)の超小型DAPです。
D/AチップはESS ES9218Pをデュアルで搭載、2.5mmバランス出力、PCM384kHz・DSD256再生、Bluetooth 4.2 aptX LDAC UATコーデック対応、1時間充電で8~11時間再生、といった具合に、大型DAPと比較しても遜色ないスペックを誇っています。
Hiby R6 Proと比較 |
一昔前であれば、これくらいの小型DAPはとにかく操作性が悪く、出力も非力すぎて使い物にならないオモチャみたいなモデルばかりだったのですが、2016年のShanling M1あたりから「意外と悪くない」という感じになってきたようで、近頃はウォークマンAシリーズやFiio各種なども、単なる「iPod Nanoの亜種」というイメージから脱却して、高音質ハイレゾ対応DAPの仲間入りを果たしています。
ここまで小型DAPが進化している理由として、まずインターフェースが昔のiPodのようなテキストスクロール方式からAndroid風のタッチ操作に変わった事はかなり大きいです。
また、音質面では、一昔前まではシャーシサイズやバッテリーの制限から、あまり満足のいくアンプ回路設計ができなかったのですが、最近では表面実装部品の進化や、D/Aチップ内にヘッドホンアンプ回路の一部が内蔵されるなど、ICコンポーネントそのものの小型化や集積化・省電力化が進んできたおかげで、少ない面積で高性能なサウンドが実現できるようになってきました。
それでもあえて大型DAPを選ぶ最大の理由としては、やはりフルAndroid OSを搭載しているか、つまりAndroidアプリをインストールできるか、という点が大きいでしょう。AP80 Proはそれが不可能ですし、そもそも無線LANも非搭載なので、各種サブスクリプションストリーミングサービスを使いたいという人にとっては致命的な問題です。
スマホアプリはAP80 Proほど小さな画面で動くようには設計されていませんから、どうしても4~5インチ画面の大型DAPである必要があります。
USB OTGトランスポートとしても使えます |
そんなわけで、AP80 Proのような小型DAPを求めている人は、シンプルにマイクロSDカードの楽曲を再生するのが中心になると思いますが、他にも、パソコンと繋げて手頃なUSB DACとして使ったり、外部USB DACへのトランスポートとしてや、Bluetooth送受信機としてなど、主な機能は大型DAPとくらべても遜色ありません。
AP80はバランス非搭載 |
AP80とAP80 Proは5,000円くらいの価格差があり、明確な違いは2.5mmバランス出力の有無のみのようです。データシートを見比べても、他にはBluetoothにLDAC・UATコーデック対応が追加されたくらいしか見当たりません。
AP80のバリエーション |
AP80 Proのバリエーション |
どちらもアルミボディの通常モデルとは別に限定生産のステンレスがあり、それぞれ約70g・100g程度です。アルミ版はそれぞれ複数のカラーバリエーションから選べます。
今回私が買ったのはAP80 Proのステンレスタイプで、688台の限定生産、色はローズゴールドというそうです。AP80のステンレスタイプは普通に銀色だったので、Proということで差別化したのでしょうか。
そもそも小型軽量が魅力のDAPですから、ちょっとでも軽いアルミの方が有利なのはわかっていますが、それでもなぜステンレス版を買ったのかというと、単純に見た目がカッコいいと思ったからです。30gのハンデも普段から重いDAPを使っているのでそこまで気になりませんし、寸法はアルミ版と同じなのでポケットに入れれば一緒です。
既視感のあるデザイン |
Astell&Kern AK380 |
デザインは明らかにAK DAP(AK380とか)のパクりというか、ボリュームノブ付近のエッジや絞りこみとか、上手にミニチュア化していてセンスが良いと思います。
友人に手渡してみると、全員が口を揃えて「値段のわりに、意外とクオリティが高い」と言ってくれます。確かにAK DAPと比べれば切削は荒削りですが、そこそこ高精度に仕上がっていると思います。
裏面もガラスです |
裏面のガラスパネルも立体的で綺麗です。新品開封時から保護フィルムが貼ってありました。
2.5mmバランス対応です |
micro SD |
本体右面にはボリュームノブとトランスポートボタンが並んでおり、ボリュームノブは押し込む事で電源ボタンを兼ねています。下面には3.5mmシングルエンド・2.5mmバランスヘッドホン出力とUSB C端子、左面はマイクロSDカードスロットがあります。
実際に使ってみて、ボリュームノブにのみ不満があります。カチカチとクリック感のあるエンコーダーで、結構硬く、しかも横幅が狭いので、片手で持って指で回すのが難しいです。とくにポケットの中で手探りで操作する場合、ボリュームノブが電源ボタンを兼ねているせいもあり、ノブを回すつもりが押してしまい、画面が点灯し、ノブを回したことでタッチスクリーン上でボリューム操作画面になり、画面に指が触れていきなり大音量になる、というようなトラブルを何度も経験しました。
これくらい小型モデルの場合、ボリュームは素直に上下ボタンにするか、もしくはShanling M1のように親指で回しやすい横向きダイヤルにしてもらいたかったです。デザインとしては今のほうがカッコいいとは思うので、操作性よりもデザインを優先した結果という事でしょう。
AK70とかは回しやすく設計されています |
たとえばAKを見ると、小型モデルのAK70でもしっかり横幅が広いノブやシャーシの曲線など、回しやすく、かつ誤作動を防止するよう配慮されているので、こういったところはさすが老舗はちゃんと考えているなと実感しました。
パッケージ |
付属品 |
パッケージはシンプルな黒い紙箱で、本体以外では半透明のシリコンケースとUSBケーブルが付属しています。せっかくローズゴールドを買ったのにシリコンケースはダサいので使わないと思います。
別売ケース |
デザインは悪くないのですが |
ボリュームノブを回せません・・・ |
ちなみに純正レザーケースも別売しており、3,000円くらいだったのでとりあえず買ってみたのですが、このケースを装着するとボリュームノブが隠れてしまい、指で回せなくなってしまいました。横から指先でつまんで回す事もできません。このあたりはもうちょっとしっかり考えて作ってもらいたかったです。
あと、本体開封時すでに液晶保護フィルムが貼られており、スペアは同梱していなかったのですが、レザーケースを買ったらそっちにフィルムがおまけで付いてました。
いわゆるHiby系OSです |
プレーヤー画面 |
2.45インチという超小型画面ですが、一応タッチスクリーン操作です。この点はダイヤル操作のみだったShanling M1と比べて進歩と言えます。ただし実際に使ってみると、歩行中などアクティブに使う場合は、画面上の小さなアイコンを狙ってタップするよりも物理ボタンとダイヤルの方が確実性があって良かったかもしれません。
トランスポート画面 |
一見Androidのように見えますが、ShanlingやCayinと同じようなHiby製インターフェースを搭載しています。私が普段使っているHiby R6PROはフルAndroid上で動くプレーヤーアプリでしたが、AP80 ProはAndroidホーム画面やアプリインストールなどは一切無く、純粋に音楽再生OSのみです。
Androidアプリインストールなどはもちろん不可能ですし、Bluetoothは搭載しているものの、無線LANは未搭載ですので、家庭のネットワークに接続して楽曲をストリーミングするなどの機能もありません。
下端からスワイプでショートカット |
ブラウザー |
ボリューム調整 |
プレーヤーインターフェースはまあまあ完成度が高く、慣れれば使いやすいですが、「一見Androidっぽいのに微妙に違う」という点で混乱しやすい部分もあります。たとえば、ホームボタンが無いので、左端からスワイプでブラウザー、右端からスワイプでトランスポートに行けます。
ショートカットメニューを呼び出すにはAndroidのような画面上端からスワイプではなく下端から、というのもちょっと不思議です。というのも、画面アンロックも下から上にスワイプする動作なのです。つまり、アンロックしたい時に画面下端からスワイプすると画面がロックされたままでショートカットが開いてしまいます。アンロックするためには画面下端ではなく中央に指を置いてから上に向かってスワイプする必要があります。これに気がつくまで、なぜアンロックできないのか戸惑いました。まともなスマホアプリ開発者だったら絶対NGな設計です。
ホーム画面 |
このSystem Settingsが厄介です |
基本的に音楽プレーヤー画面だけで完結するのですが、プレーヤーのメニューから「Exit」を押すと一応ホーム画面っぽいのに行けます(音楽はそのまま再生され続けます)。
一応申し訳程度にラジオやeBookリーダーみたいな機能もあるので、そのへんは昔のiPod nanoとかを参考にしているようで、古臭さを感じますね。
Play Settings |
System Settings |
ちなみに、この手のDAPによくある問題として、各種設定がプレーヤーアプリ内の「Play Settings」と、ホーム画面の「System Settings」に分散されている、というのが嫌いです。たとえば、パソコンにUSB接続した際にストレージかDACかという選択はSystem Settingsですが、DACの場合DSDはPCMかDoPかという選択はPlay Settingsといった具合です。
つまり必要な設定をまずPlay Settingsで探して、無ければプレイヤーから「Exit」を押して、System Settingsで探して、といった事の繰り返しで、ホームボタンが無く画面が小さい事もあって、結構面倒です。
もうひとつ、AndroidではないHiby系DAPにありがちな不満としては、SDカードの再スキャンが遅いです。これは同じOSのCayin N3 Proでもイライラさせられました。初期状態でカードをスキャンする場合は比較的速く終わるのですが(128GBカードで3分くらい)、一旦ライブラリーが構築された状態でカード内容を書き換えて(新曲を追加したなど)再スキャンすると、20分くらい時間がかかりました。
多分、すでにライブラリーにあるファイルとの差分確認処理とかに時間がかかっているのでしょう。AndroidベースのHiby R6 Proなどでは瞬時に終わるので、やはりこのあたりは性能差を実感します。
デジタルフィルター |
不満点はそんなところで、逆に良い部分も色々あります。
まずD/AチップがESS社の最新型なおかげで、デジタルフィルターの種類がずいぶん多いです。だからどうしたという話でもありませんが、最新型を意識させてくれて優越感があります。
MSEB |
また、Hiby製OSにて定番のMSEBというのも搭載されています。普通のイコライザーももちろんありますが、このMSEBというのは温度や厚みなど直感的なキーワードで音色を調整できるというギミックです。
もう一つ、AP80 Proのセールスポイントとしてディープスタンバイというのがあり、これを設定画面でONにしておくと、未使用時に勝手にハイバネーションするようになります。
つまり、スマホのようにただ画面を消灯しているのと比べて、ディープスタンバイ状態だとバッテリーをほとんど消費しないため、わざわざ電源をOFFにしなくてもよい、という事です。公式スペックだと最長50日間スタンバイできるそうです。
特にこういうDAPはいざ使おうと思ったらバッテリーが空だった、でも出かけるまでに充電するのは間に合わない、という事がよくあるので、このディープスタンバイは嬉しい機能です。
さらにUSB-C 5V2A急速充電に対応していて1時間でフル充電できるというのも凄いです。フルAndroidを搭載しているDAPだと、電力消費が激しいのでバッテリーも大容量のものが必要になり、そのぶん充電時間も長くなってしまうのですが、AP80 Proは省電力設計のおかげでバッテリー容量はたったの800mAhでしっかり8~11時間再生を実現できて、そのおかげで充電時間も短くて済みます。
出力
いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生して、負荷を与えてボリュームを上げて歪みはじめる(THD > 1%)最大電圧(Vpp)を測ってみました。ちなみにソフト上でハイ・ローゲインを切り替えることができます。
まずバランスとシングルエンド、ハイゲインとローゲインモードを比べてみました。それぞれ破線がローゲインモードです。
バランスだと二倍の電圧が得られ、ローゲインモードだと半分になるので、つまりバランスのローゲインとシングルエンドのハイゲインがピッタリ重なっています。ただし50Ω以下ではバランスのローゲインモードの方が高電圧を維持できています。
他のDAPとも比べてみました。こちらのグラフでは実線がバランス、破線がシングルエンド出力です。ソニーNW-A105のみバランス出力が無いので破線のみになっています。
こうやって比べてみると、私がメインで使っているHiby R6PROが全体的に高出力ですが、AP80 Proも小型ながらずいぶん健闘しています。たとえば、あくまで高能率イヤホンを鳴らすのに特化したウォークマンNW-A105と比べると、AP80 Proなら大型ヘッドホンとかでもそこそこ鳴らせる事がわかります。
また、AK DAPの中でベーシックモデルのSR25と比べてみても、無負荷時の最大電圧はほぼ同じですが、実用的なインピーダンスではAP80 Proの方が高出力が得られます。
次に、同じテスト信号で、無負荷時にボリュームを1Vppに合わせてから、負荷を与えた時の電圧の落ち込みを確認してみました。
グラフを見ると、そこそこ落ち込みが確認できますが、バランス出力でもシングルエンドとほぼ変わらない(むしろバランスの方が若干有利)というのが意外です。
こちらも他のDAPと比べてみました。このグラフを見ると、Hiby R6PROがほぼ完璧な定電圧駆動を実現できているのに対して、それ以外のDAPはどれも似たような落ち込みの曲線を描いています。つまり、コンパクトな小型DAPと、そこそこ大きな上級DAPとの決定的な違いはこのあたり(つまり電流バッファーの余裕)にあるのかもしれません。回路的に一番コストや電力消費がかさむ部分なので納得できます。
音質とか
今回は冒頭の写真にあったUE RRなどのイヤホンを主に使いました。AP80 Proは小型DAPなので、遮音性の高いIEMイヤホンとあわせて屋外で持ち歩いて使う事が多いです。他にも個人的にはFinal E5000とかも手軽で音が良いのでよく使います。
Beyerdynamic Aventho Wired |
Fostex T60RP |
AP80 Proはせっかく2.5mmバランスで高出力が得られるので、ヘッドホンを鳴らすのも良いです。ポータブル用途だとゼンハイザーHD25とかベイヤーダイナミックAventhoのようなコンパクトオンイヤータイプをバランス駆動すると良い感じです。もちろんシングルエンドでも十分パワフルなので、鳴らしにくいフォステクスT60RPとかでもギリギリ大丈夫でした。
ドイツ・ニュルンベルクのRosenau Recordsというマイナーレーベルから、Andreas Feith [Surviving Flower」を聴いてみました。リーダーはレーベル地元のピアニストで、サックスを交えた古典的なジャズカルテットのスタジオ録音です。スゥイング感のある爽快な曲や、音数の多いモーダルなインテリっぽい曲など、いわゆるMack Avenueとかでよくあるタイプのアルバム構成で、派手さは無いもののあれこれ趣向を凝らしている風景が垣間見えて素直に楽しめます。これまで個人的に使ってきたShanling M1や、他にもFiio・Cayin・Plenueなど、メジャーなブランドの小型DAPは一通り試聴してきましたが、それらの中では上位の部類だと思いますし、もっと高価な大型DAPと比べても十分健闘しています。
AP80 Proのサウンドの印象は、明るく輪郭がクッキリしていて、中高域がクリアに鳴り、余計な不快感の無い、まさにポータブル用途に適した扱いやすいサウンド、という感じです。
弱点を挙げるなら、余韻や残響、雰囲気や空気感といった空間要素があまり出てくれず、主要な音色だけが目前に陳列されているような印象です。
つまり、家庭で大型ヘッドホンとかでじっくり腰を据えて聴くのであれば、もうちょっと前後の奥行きや音響の雰囲気を出しやすい上級システムを使うメリットはあると思います。一方、屋外でポータブルで使う場合は騒音下でもしっかりと主要な楽器(もしくはボーカル)の音色が楽しめるほうが良いので、AP80 Proのサウンドで正解です。
私が普段使っているHiby R6 Proはそういった空間の豊かな雰囲気が充実しているので、据え置きシステムに匹敵する優秀なDAPだと思うのですが、出先でアクティブに使うとなると、歯切れの悪いモコモコしたサウンドのように思えてしまうこともあります。他にも個人的に好きなAK SA700、さらにもっと高級なソニーNW-WM1ZやAK SP1000とかも、それぞれ独自の素晴らしい音響表現のメリットを活かすためには、それなりに静かな環境を準備しないといけないので、気軽に持ち歩くために買うのももったいない気がします。私の身の回りで、そういった上級DAPを持っている人を見ると、あくまで自宅リビングのソファーとかで優雅にヘッドホンリスニングをするために使うという人が多いようです。外出時に持ち歩くなら、わざわざそういった巨大DAPを使わずとも、AP80 Proくらいで必要十分だと思います。
高級大型DAPをすでに持っている人の場合、安価な小型DAPを買ったはいいものの音質に満足がいかず、結局ちょっと使ってみて本命の大型DAPに逆戻りする、というのがありがちなパターンですが、個人的にはAP80 Proの音質ならその心配は無いかな、と思えました。実際一ヶ月ほど毎日持ち歩いてみて、音質面で目立った不満はありません。
フランスParatyレーベルから、Stéphane de Carvalhoというギタリストのソロアルバム「Cathédrales」を聴いてみました。ジャケット写真で想像されるようなカジュアルな演奏ではなく、かなりモダンな技工を駆使した演目も交えたスリリングな作品です。クラシックギターはレストランのBGMみたいで眠くなる、という人はぜひ聴いてみてください。
私がこれまで聴いてきた低価格DAPと比べると、AP80 Proは「デジタル臭くない」「薄っぺらくない」という二点で明らかな優越感があります。奥行きや響きで不足している部分もありますが、音楽の音色そのものは綺麗に鳴ってくれるため、限られたサイズやコストの範囲でずいぶんセンス良く仕上げたな、と感じます。
たとえばギター演奏、もしくはグランドピアノとかを聴いてみても、音色の芯と輪郭が明確で、余計な膨らみや誇張が無く、周波数バランスも中域の基調音がしっかり出ていて、低音側の箱鳴りや、高音の余計な雑音や倍音成分が不自然に強調されません。感覚的には、ラックスマンの小型モデルDA-100/150とか、そういった一流オーディオブランドのコンパクト卓上USB DAC・ヘッドホンアンプによくあるタイプのサウンドに近いかもしれません。同価格帯の安価なDAP・ヘッドホンアンプ・DAW用オーディオインターフェースとかにありがちな、とりあえず高解像だけどエッジが目立つシャリシャリした鳴り方や、回路の変な味付けで定位や位相がバラバラに乱れた濃い美音系にはなっておらず、ちゃんと音作りや鳴り方が上手くまとまっているのが意外でした。
とくに高音の仕上げ方が上手で、あまり優れていない録音であっても、硬く刺さるのでもなく、かといって詰まるようなロールオフを感じるでもなく、自然な感じに伸びていきます。高価なアナログアンプのような艶や輝きを加えるほどではないにしろ、とても綺麗でスッキリした魅力的な鳴り方なので、そのあたりがラックスマンなどとの共通点を感じました。
低音側も、カッチリと正確にコントロールしているという感じではなく、もうちょっと自由に弾ませていますが、余計な厚みは加えておらず、引き際がスッキリしているので、特に密閉型ヘッドホンとかで力強い低音を味わうには最適です。騒音下でも迫力のある低音が楽しめて、重苦しく不快には感じさせない、というちょうどよい仕上がりです。
全体的に、いわゆるモニター的な実直な鳴らし方よりも一歩先の楽しさや面白さを上手に演出することができている点が、他の低価格・小型DAPと比べて一枚上手ですし、ベテランオーディオメーカーが作る低価格モデルというイメージに近いと思いました。
おわりに
評判の良さを頼りに買ってみたHidizs AP80 Proですが、実際に使ってみて確かに優秀なDAPなので、市場の評価にも納得できます。これまで使っていたShanling M1から乗り換えても十分なアップグレードが実感できました。
小型液晶やAndroidアプリ非対応といった点も、弱点というよりは、純粋な音質面においてコストパフォーマンスの高さに貢献していると思います。たとえば4-5万円のフルAndroid大画面DAPとかだとコスト的にオーディオ回路をかなり切り詰めているはずなので、AP80 Proの方がむしろ贅沢かもしれません。
フルスペックで、さらにオーディオ回路に十分な予算が回せるくらいのDAPとなると、やはり10万円くらいで、サイズも大きくなってしまうと思うので(アンプが高級になるにつれ電力消費が上がり、それに伴うバッテリーの増大など)、それとは別に、あくまでSDカードのファイル再生をメインで使う人なら、AP80 Proは手軽さだけでなく音質面でも価格以上のポテンシャルを持っていると思います。
AP80 Proを長らく使ってみて、唯一の不満点はボリュームノブの回しにくさ、とくにレザーケース装着時の使いづらさが残念でした。普段一番よく使う部分なので、もうちょっと考慮してもらいたかったです。
それ以外では、AP80 Proに限った話ではありませんが、Hiby OSはやはり古臭く時代遅れに感じるので、もうそろそろ引退させて、新世代の優れたDAP OSを開発してもらいたいです。
特にこの手の低価格・小型DAPではAndroid OSでアプリを動かすのは現実的では無いので、まだまだDAP専用OSの需要はあると思います。Hiby OSは初代Fiio DAPの頃から10年近く活躍してきましたが、やはりガラケーっぽい時代錯誤な部分もありますし、最新DAPを手にとっても「また同じやつか」と、感動や満足感がありません。
インターフェースの使いやすさを見直すのはもちろんですが、データベース読み書きの最適化、正しい外国語Unicode対応、レンダリング高解像・高速化など、全体的な作り直しが求められる時期だと思います。
なんにせよ、たった2万円台のDAPにあれこれ言うのもバカらしいでが、それだけのポテンシャルを持っている優秀なDAPだということです。
今回私はAP80 Proを買いましたが、他にも定番のソニーウォークマンはもちろんのこと、Fiio M5、Shanling M0、Hiby R3Pro、Plenue D2など、用途や予算に応じて小型DAPの選択肢も豊富になってきており、どれも好評なようです。
近頃は高級DAPが停滞気味で、何十万円もするようなモデルが増える中で、どれも特出したブレイクスルーが無い「横並び」感が強いので、その間にAP80 Proのような低価格・小型DAPの追い上げが無視できないレベルになっています。