2021年2月10日水曜日

iFi Audio iDSD Diablo の試聴レビュー

 iFi Audioから新型ポータブルDACヘッドホンアンプ「iDSD Diablo」が登場したので、試聴してみました。2021年2月発売、価格は約12万円です。

iDSD Diablo

2020年に登場したmicro iDSD Signatureとよく似たモデルで、私はそちらの方を購入しているので、今作は一体何が違うのか気になって試聴してみました。このDiabloは現時点でiFi Audioのポータブルシリーズ最上位モデルだそうです。

iDSD Diablo

今回登場したiDSD Diabloは赤いボディが印象的ですが、個人的にちょっと悩ましいモデルです。

というのも、ほんの数ヶ月前にmicro iDSD Signatureというモデルが登場しているわけで、Diabloが後継機ならタイミングが早すぎますし、並行するには価格も仕様もあまりにも似すぎています。

iDSD Diablo & micro iDSD Signature

iFi Audioの「micro iDSD」シリーズは、2014年の初代モデルから、2016年にmicro iDSD Black Label (BL)、2020年にmicro iDSD Signatureと、数年の期間を置いてマイナーチェンジを繰り返してきました。

私も初代モデルから大変気に入っており、代々新型が出るたびに買い換えてきたのですが、つい数ヶ月前にSignatureを買って「これで当分の間は愛用できるな」と思っていた矢先にDiabloが登場したので、買い換えるべきなのか、そもそもどういった意図なのか、怒るというよりも、むしろ困惑してしまいました。

実際にSignatureを職場で毎日使ってきた上で今回Diabloを借りて使ってみたわけですが、結局その答えは得られず、まだ困惑したままです。

両者の違いを簡潔に言うなら、DiabloはSignatureにあった数々の機能を削除することで、基板上の余剰スペースを利用してバランスアンプ化したモデルです。

つまり、これまでのmicro iDSDの総決算としてはSignature、バランスアンプのパワー優先ならDiabloといった感じの兄弟機の位置づけになるようです。派手な赤色もかなり好き嫌いが分かれそうです。

Signatureのレビューで私が指摘した問題や不満点も、対策されているものもあれば、そうでない部分もあり、Diabloの登場でSignatureが御役御免というわけでもなく、結論から言うと、私はこのままSignatureを使い続ける方が良いと判断しました。

今回はそういうわけで、Signatureのレビューの続編という感じになってしまうので、そちらも参照していただけると幸いです。

DAPとOTG接続

iDSD Diabloはバッテリー搭載のポータブルDACヘッドホンアンプで、一般的な用途としては、これまでのmicro iDSDシリーズと同様に、パソコンと接続して卓上機として使うか、スマホやDAPをデジタルソースとして、USB OTGケーブルを介して使う事を想定しています。

とりわけポータブルヘッドホンアンプとしては異例の5Wという高出力を発揮する事で、どれだけ鳴らしにくい(感度が低い)ヘッドホンでも十分な音量が得られるというのが最大のセールスポイントです。

「重厚な据え置き型ヘッドホンアンプの方がきっと強力だろう」と盲信する人も多いようですが、さすがに5Wもの出力を発揮できるヘッドホンアンプというのは、据え置き機でもなかなかありません。

よくヘッドホン談義で、高価なヘッドホンのポテンシャルを引き出すためには強力なアンプで「鳴らしきる」必要がある、なんて話がありますが、micro iDSDシリーズは正真正銘の「鳴らしきる」ためのヘッドホンアンプだと言えると思います。

SignatureとDiablo

DiabloとSignatureの本体デザインを比較してみると、サイズ感はほとんど同じなのですが、機能面では変更点が多いです。

Signatureから変更された点のみを挙げていくと:

  • IEMatchスイッチ削除
  • XBass・3D Holographicスイッチ削除
  • デジタルフィルタースイッチ削除
  • 位相反転スイッチ削除
  • RCAライン出力削除

といった具合に、これまでmicro iDSDシリーズの定番だった機能がことごとく削除されています。

さらにSignature iDSD以前のmicro iDSD BLから比較してみると、ライン出力のボリューム可変・固定切り替えスイッチが削除されて固定のみになり、さらにアナログライン入力も無くなったので、アナログポタアンとしても使えなくなりました。

シャーシはこれまでどおりアルミ押出成形ですが、派手な赤色の塗装に関しては、まあなんとも言えません。個人的にはSignatureの濃い緑色の方がカッコいいと思いますが、人それぞれでしょう。

唯一不満点があるとすれば、赤色はアノダイズではなく塗装なので欠けやすい事と、黒い印字が若干滲んでいて、あまり高級感が出せていない点は気になります。

思い返すと、2014年の初代micro iDSDもかなり荒削りな製品でしたが、Black Label、Signatureと更新を経て、スイッチが脱落しなくなり、表面処理はスムーズ、印字もシャープといった具合に、ようやくデザインのクオリティがハイクラスに仕上がってきた印象でした。それがDiabloで若干ですが一歩戻ったような感じがします。

フロントパネル

DiabloのフロントパネルからはXBass・3D Holographicスイッチが無くなり、代わりにゲイン切り替えスイッチがここに移動しました。

XBass(低音ブースト)と3D Holographic(ステレオクロスフィード)は単なるエフェクトなので、私を含め、ピュアオーディオ志向の人はあまり使う機会は無かったと思いますが、効果は優秀だったので、いざ無くなってしまうとちょっと寂しいですね。

リアパネル

リアパネルもRCAライン出力が無くなったことでスッキリしており、代わりに4.4mmバランスライン出力が搭載され、USB C充電端子もここに移動してきました。

ライン出力はボリューム固定で、ゲインスイッチの影響も受けません。無負荷時フルスケール8.9Vppなので3.1Vrmsつまり+12dBuくらいです。民生用としては若干高めなので、そのままバランスで使うにも、RCAへシングルエンド変換するにも、入力側が許容できる最大入力レベルを事前に確認しておくべきです。

角型TOSLINK光変換アダプター

右端はデジタル入力で、3.5mmジャックの同軸もしくは光S/PDIFの両方に対応しています。角型TOSLINK光デジタル端子アダプターも付属しています。デジタルはUSBよりもS/PDIFの方が好きな人も多いので、同軸と光の両方が使えるのは嬉しいです。

ちなみにmicro iDSD BLまではS/PDIF入出力を兼ねていたのですが、SignatureとDiabloでは出力のみに変更されました。

充電とオーディオは別です

さらにSignatureと同じように、バッテリー充電用USB C端子とデジタルオーディオ用USB A端子が別になりました。

micro iDSD BLまではUSB Aケーブルのみで充電とオーディオの両方を兼ねていたのですが、SignatureとDiabloはそれでは充電されません。つまりパソコン等に繋ぎっぱなしにする場合でも別途USB C充電ケーブルを用意する必要があります。

充電とオーディオデータ通信を物理的に分離することで余計なノイズなどの混流を回避できるというメリットがありそうですし、さらにポータブルで使う場合もスマホから余計な電力を吸わず、使いながらDiabloを充電できるのもありがたいです。

ちなみにSignatureでは充電用USB C端子は本体側面にあって不格好だったのですが、今回Diabloでは両方のUSBがリアパネルにあるためスッキリしています。

パッケージ

パッケージはずいぶん大きいので驚きました。これまでのiFi Audioといえば羊羹の箱みたいなコンパクトなパッケージが定番だったのですが、今回はPro iDSD並の巨大な箱で、まさか本体もここまで大きくなったのかと心配しました。

パッケージ

付属品

ケース

付属品

パッケージが大きいのは、これまでのモデルと比べて付属品の量が多い事が原因のようです。

まず収納ケースは無印とかで売ってそうなトラベルポーチで、スタイリッシュとは言い難いですが、実用性は高そうです。

さらに充電用にACアダプターのiPower 5Vも付属しているのも嬉しいです。先端は普通の丸形DC端子ですが、これをUSB Cに変換するアダプターが付属しています。SignatureではACアダプターが付属していなかったので自前で調達する必要がありました。

付属ラインケーブル

さらにもう一つ大きなボーナスで、4.4mmライン出力用のXLR変換ケーブルも付属しています。つまりDiabloを純粋なラインDACとして使い、家庭用オーディオのバランスラインプリに入力するためのケーブルです。ちなみにDiabloのライン出力はボリューム固定、つまりボリュームノブと連動しないので、Diabloをラインプリとして使う事はできません。そういう用途にはneo iDSDを買えという事でしょう。

これらの豊富なアクセサリーのおかげで、DiabloはiFi Audioポータブル機の中で最上位モデルだという点を強調しています。

しかし、逆に考えてみると、Signatureが9万円、Diabloが115,000円くらいですが、アクセサリーの差分を含めると、本体の価格設定はそこまで大差ありません。ACアダプターのiPowerだけでも単品で7,000円くらいする優れた商品ですし、ラインケーブルやケースなど、実際に必要かというと、私はそうでもありません。

特に私の場合はすでに上位モデルのiPower Xを所有しているので、Diabloを買ったとしてもiPowerは余剰になります。もちろん持っていない人には嬉しいボーナスですので、なんとも言えません。

別売の4.4mm↔4.4mmケーブル

ちなみにiFi Audioから4.4mm↔4.4mmラインケーブルというのも別売で出ています(付属品ではありません)。これはZen DACとZen CANの間をつなげるために発売されたラインケーブルなのですが、Diabloでももちろん使えます(あえて使う意味は無いと思いますが)。

iPurifier USB

さらに、Signatureの時も指摘しましたが、iFi Audioが別売しているiPurifier 3というUSBフィルターを接続すると、そちらの方が厚いため、Diablo本体が浮いてしまいます。このままで使うとUSB端子に極端な曲げ負荷がかかってしまうので、Diabloの下にシートを敷くなりで嵩上げが必要です。

バランスアンプ

Diabloの最大のセールスポイントはバランスアンプを搭載している事でしょう。

micro iDSD Signatureでは4.4mm出力端子は搭載したものの、中身はシングルエンドアンプのままだったので、バランスアンプ駆動ではなく、単なるグラウンド分離接続でした。ようするに、6.35mmと4.4mm出力端子のどちらを選んでも得られる音量やパワーは全く一緒というわけです。

これはSignatureが初代micro iDSDからの基礎設計を継承していたからです。それ以降に登場したiFi Audio製品の多くは、たとえば低価格のZen CANなどでもしっかりバランスアンプを搭載していました。

Signatureではすでに基板上が埋め尽くされており、さすがにシャーシサイズを拡大しないかぎりバランスアンプ搭載は不可能だと思っていたのですが、Diabloではオプション機能を徹底的に排除することで、どうやらバランスアンプ(つまりSignatureと比べて二倍の規模のヘッドホンアンプ)を詰め込むことに成功したようです。

表面

裏面

Diabloの基板を眺めてみると、USBインターフェースやD/A回路はには大きな変更は見られず、全体的な回路構成は以前とほとんど同じなのですが、レイアウトはブロックごとに裏表を逆転したりなど、かなり大胆にアレンジしているようです。よくここまで手間がかかる事をやったなと関心するくらいです。しかも放熱無しで5W(さらにバッテリーの間近)なんて、よくやるなと思います。まあ近頃のスマホもそれくらいのパワーを消費していますし問題無いのでしょう。

機能削減で一部の回路や側面のマイクロスイッチ群が削除された事もありますが、特にヘッドホンアンプ回路の中核にあるTPA6120A2チップが以前のHSOPからVQNサイズの小型チップに変更されたことで、面積比で13%程度に縮小され、バランス用に二つのチップが搭載できるようになったなど、基本構成を変えずに色々と手の混んだ更新を行っています。

デジタル

D/A変換は相変わらずTIバーブラウンのDSD1793をデュアルで搭載しています。これはiFi Audioのサウンドを語る上で譲れないところでしょう。

ところでDSD1793よりも有名なPCM1792Aの方がスペックが上なのだから、なぜそれを使わないのかと言う人もいるようですが、DSD1793は電圧出力、PCM1792Aは電流出力チップなので回路設計が異なります。DSD1793のスペックは内蔵I/V変換回路を含めた数値で、PCM1792Aのスペックは外部に贅沢なI/V変換回路を用意した上での数値なので、そもそもの条件が違い比較できません。巨大な据え置き型とかならPCM1792Aのポテンシャルを引き出す事も可能だと思いますが、SignatureやDiabloの基板を見る限り、潤沢なI/V変換アンプや電源をさらに追加する余裕も無さそうですので、現状でもDSD1793を使い続けるメリットも十分あると思います。

Diabloのデジタルフィルターはこんな感じです

Signature iDSDは三種類のデジタルフィルターを切り替えるスイッチがあり、さらにファームウェアを書き換える事で四種類目のGTOというiFi Audio独自の高度なデジタルフィルターを搭載できるという柔軟な設計でした。

一方Diabloではデジタルフィルター切り替えスイッチが無くなり、さらにファームウェアがこれまでのものと互換性が無くなったため、今後なんらかのアップデートが出ない限り、現状ではデジタルフィルターは一種類に限られます。見た感じ従来のStandardと同じでしょうか。

ちなみに、SignatureまでのiFi Audio製品は共通ファームウェアという点が大きな強みであり、2014年の初代micro iDSDでさえも共通ファームウェア更新を経てMQA対応などが実装されるなど「旧モデルを取り残さない」という魅力がありました。

しかし、今回Diabloで異なるファームウェアを実装したことで、その線が断ち切られたようで、少し残念です。

標準ファームウェアで768kHzまで対応

実際のところ、これまでのファームウェアではMQAとPCM768kHz対応が共存できないため別ファームウェアに書き換えるなどの手間があったので(実際に必要かどうかは別として)、今回Diabloでそれらが両立できるようになったのは歓迎すべきでしょう。つまり標準ファームウェアでDoPのDSD256も再生可能になりました。

出力とか

Diabloはバランスアンプを搭載することで最大出力がさらにパワーアップしたわけですが、公式サイトのスペックによると、600Ωでの最大電圧が19.2Vrms、最大出力は32Ωで4980mWつまり5Wという圧倒的な数値になっています。

実際ヘッドホンごときにそこまでの高電圧・高出力が必要なのか、という疑問はありますが、スペック上のインパクトという点では十分すぎます。そもそもこれ以上強力だとスピーカーアンプの領域に入り、ヘッドホンを壊してしまうでしょう。

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、ボリュームを上げていって歪みはじめる(>1%THD)最大電圧(Vpp)を測ってみました。

電圧

グラフの赤線がDiabloのバランス出力、黄色がDiabloのシングルエンド、緑がSignatureで、それぞれ上から順にゲインスイッチをTurbo、Normal、Ecoにした状態です。

ちなみに一番下の黒い線はDiabloのライン出力なので、確かにちゃんと高インピーダンスのライン出力仕様になっています。

こうやって見ると、確かにDiabloのバランスヘッドホン出力は圧倒的です。600Ωでの最大電圧は64.3Vppだったので、換算すると22.7Vrmsになり、スペックをしっかり守っています。

パワー変換

しかもこの高出力を100Ωまでしっかり厳守しているのが凄いです。そのためパワー換算すると最大出力は100Ω付近で約4,800mWと、こちらもスペック通りです。

ちなみにインピーダンスがこれより下がると電源供給が追いつかず、測定に時間をかけると波形が不安定になるため、上記のような結果になりました。つまりもっと瞬間的な電圧を測るのであれば、スペックの32Ωで4,980mWも発揮できるのかもしれません。なんにせよ、凄い事は確かです。

Diabloのシングルエンド出力はSignatureとほぼ同じで、実際に使ってみてもボリュームノブ位置は一緒でした。Turbo、Normal、Ecoのそれぞれも一致しているのが確認できます。

DiabloではIEMatchを排除したのでEcoモードに変更が行われていると期待していたのですが、実際に見ると、バランスアンプを追加した意外では、Signatureとほぼ変わらないようです。

先程のグラフの100Ωまでを拡大したものです。これを見ると、40Ω以下くらいではバランス(赤)よりもシングルエンド(黄)の方が高出力が得られるようです。

これは先程述べたように、バランスではインピーダンスが下がると最大電圧付近が不安定になり、クリッピングしはじめる付近で波形が暴れてしまうためです。今回の数値は比較的安定したサイン波が継続して得られる最大電圧だと思ってください。

実はバランス出力でのこの挙動はちょっと心配になりました。低インピーダンスでボリュームを上げすぎると、素直にリミッターで落ちるのではなく、チョッパーのような波形が出たり、オフセットやスパイクが発生したりして、そこから復帰するためには一旦音量を下げて数秒待つ必要がありました。つまり、アクシデントでボリュームノブを上げすぎるとイヤホンに良からぬ事が起こりそうで心配です。パワフルなアンプなだけあって、くれぐれも音量には注意してください。

次に、同じテスト波形で、無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせてから負荷を与えていったグラフです。

こちらもやはりバランスは不利なようです。特にターボモード(グラフ上のTマーカー)は4Ω負荷では1Vpp程度でもかなり不安定になるので、どうしてもターボモードが必要な場合以外では、素直にEcoかNormalを使うべきだと思います。

シングルエンドはDiabloとSignatureがほぼ一致しており、若干Signatureのほうが有利なようです。なんにせよ、出力インピーダンスの観点からはバランスよりもシングルエンドの方が有利な事は確かなので、30Ω以下のイヤホンなどを使う場合(特にマルチBA型IEMなど)は聴き比べてみる事が肝心です。

他のアンプと比較

せっかくなので、適当に他のヘッドホンアンプを選んで比較してみました。グラフの1がDiablo、2がZen DAC+Zen CAN、3がFiio M15、4がChord Hugo 2です。Hugo 2はシングルエンドのみですが、それ以外は実線がバランスで破線がシングルエンドです。

こうやって見ると、いかにDiabloのバランス出力が圧倒的かわかります。私なんてHugo 2ですら音量が出過ぎると思っていたのに、それですらこのグラフでは最下位です。Zen CANも健闘していますが、Diabloには及びません。ちなみに同じiFi Audio製品なので、低インピーダンス側の傾斜が似ているのは面白いですね。

他のアンプと比較

最大出力だけで見ると、なぜHugo 2がそこまでもてはやされているのか不思議に思うかもしれませんが、1Vppにボリュームを合わせて比較してみると、違いは明白です。(緑線のHugo 2のみピッタリ1Vppに合っていないのはデジタルボリュームだからです)。

先程見たように、Diabloはバランス出力(赤の実線)での落ち込みが顕著でしたし、Fiio M15(青線)も同様です。これらと比べてHugo 2は4Ωの負荷でも微動だにせず、600Ωと比べて0.02Vしか変化していません。一方Diabloのバランスでは0.39V、M15は0.52Vも落ちています。

これはたとえばCampfire Audio Andromedaのように、低音側が5Ω、高音側が30Ωといった特性を持ったIEMイヤホンでは、アンプから送られる電圧が5Ωと30Ωで大幅に違ってしまうため、かなり周波数特性が乱れてしまい致命的です。(それで「バランスで鳴らすと音が変わる」なんて喜んでいては本末転倒です)。

ようするに、最大出力電圧(音量)を最優先で求めるのであればDiabloのバランス出力は有意義ですが、実際のリスニング音量でのしっかりした定電圧駆動を求めるのであればHugo 2は相変わらず優秀です。

ちなみに、このテスト波形の1Vppというのは、私がフォステクスTH909などで音楽を聴いていてちょうど良いリスニング音量だと感じたボリュームノブ位置に近いです。TH909は約25Ωですから、1Vppに必要なパワーは5mW程度です。テスト波形は1kHzなので、低域側マージンを踏まえて50mW、500mWが必要と仮定しても、Diabloが発揮できる5,000mWは異次元の大音量です。

音質とか

今回の試聴では、Hiby R6PRO DAPをUSB OTGトランスポートとして使いました。

Campfire Audio Andromeda

手始めに、これまであったIEMatchスイッチがDiabloでは無くなってしまったので、Campfire Audio Andromedaのような感度が高いイヤホンを使う場合はどうなるのか気になったので、試してみました。

まず電源投入時のポップノイズが無くなった事は多くの人に喜ばれると思います。Signatureでは「プツッ」というノイズが気になったのですが、Diabloでは全くの無音なので、対策が施されたようです。

アンプの潜在的なノイズフロア(ヒスノイズ)は私の耳では目立ちませんでした。しかしゲインをEcoモードに合わせて使ってみたところ、ボリュームノブの挙動はこれまでと全く同じで、最小から30%くらいまでステレオギャングエラーが顕著で、音量が左側に偏っています。そこを超えると左右のバランスが正しくなるのですが、さらに少し上げると音量が大きくなりすぎます。

適正音量は個人差があるのでなんとも言えませんが、少なくとも私の場合、感度の高いイヤホンを小音量のBGM用途で使いたい場合には、DiabloはEcoモードでも使いづらいです。

IEMatch自体は出力インピーダンスが悪化するので完璧というわけではありませんでしたが、仕方なく使う事もありました。Diabloではそれを無くしたからには、アンプの回路設計を見直すなり、何らかの改良や配慮があると期待していたのものの、単純に「旧モデルでIEMatchをOFFにした時」と同じ挙動だったので、それはちょっと残念です。

BR Klassikレーベルから新譜で、Jakub Hrůša指揮Bamberger Symphonikerのマーラー四番を聴いてみました。

豊かなホール音響にて音質も演奏も良好で、久々に素晴らしい四番を楽しめました。最近人気のHrůšaは流れるようなオーガニックなスタイルと緻密さを持ち合わせており、個々のパッセージの判断もセンスが良いです。なんだかバーンスタインを彷彿させてくれる快演です。

4.4mmバランス

まずは肝心のバランス接続を試してみました。ヘッドホンはオーディオテクニカATH-ADX5000で、ATH-AP2000Tiのケーブルを使いました。3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスで、同じ長さ、同じ線材のケーブルが付属しているため、聴き比べができるからです。

率直に言うと、Diabloのバランスアンプの効果は確かに実感できます。Signatureで4.4mm出力を使うのと比べると、明らかに力強さや立体感が向上しています。

バランスケーブルというと、左右のセパレーションが向上して、音像の実在感が増す、といったイメージがあると思いますが、Diabloではさらに付け加えてバランスアンプによる恩恵で、楽器そのものの迫力が増します。低音が緩まずにしっかりと追従してくれることで、楽器の輪郭が低音側までしっかり描かれ、良い意味で音の質量が増したような感覚です。逆に、繊細さや俯瞰で見るような感覚は低減するようなので、ようするにコンサート会場の最前列か二階バルコニーかの違いのようなもので、このあたりは好みが分かれるかもしれません。

Signatureでは、6.35mmと4.4mmのどちらかなら、とりあえず4.4mmを使えば済む話だったのが、Diabloではそれぞれの鳴り方に個性があるため、あえてシングルエンドで聴きたい場面もありそうです。

UE Reference Remastered

イヤホンはマルチBAのUE RRを使ってみました。バランスケーブルは持っていないのでシングルエンドのみです。

こちらのイヤホンは先程のAndromedaほど感度が高くないので、音量の調整範囲は良好です。ただし、Signatureでも感じた事ですが、Ecoモードは若干音が平凡になり、Normalモードの方が楽しく感じるので、Ecoモードでボリューム調整範囲を有効に使うか、それともNormalモードでボリュームを絞ってステレオギャングエラーの心配をするか、毎回イヤホンを使うたびに悩まされます。

Diabloのサウンドは相変わらずmicro iDSDシリーズらしく広帯域でスピード感があります。これまでのモデルから続く魅力として、アナログ回路に余計な演出や小細工を上乗せしておらず、極めて実直なドライブに専念している事が挙げられます。

アナログアンプにこだわりすぎるメーカーだと、エキゾチックな高級部品とかで独特の艶や味付けを仕立てあげて、試聴時には魅了されても、数週間使っているうちにクセが耳障りになってしまう、という事がよくあります。micro iDSDシリーズは第一印象では「普通に小綺麗で良い」という程度に留まるのですが、長らく使っても飽きがこないのが良いです。

逆に、サウンドがあまりにも淡々として地味すぎて飽きてしまうなんてことも、特に音楽にとりわけ熱意が無いハイテクメーカーが作ったオーディオ機器によくありがちです。その点micro iDSDシリーズは心配無く、十分な聴き応えがあって優秀です。

D/Aチップで音が決まるというのは言い過ぎかもしれませんが、洗練されたモダンな回路の中であえてDSD1793という古典的なチップを採用し続けることで、その特性やポテンシャルを引き出すための回路構成を研究し尽くした結果とも言えそうです。これは単純に最新チップを採用してチップメーカーのお手本回路をコピペしただけの製品では到底敵いません。

とくにIEMイヤホンでじっくり集中して聴いてみると、何か一点に特化させているのではなく、音色の艶やかさ、高音の伸び、低音の抜け、前後の距離感など、全てにおいて平均よりも必ず優れているといったバランスの良い仕上がりが実感できます。往年のハイエンドCDプレイヤーのような高い信頼感や安心感があり、さらに加えてハイレゾPCMやDSDの魅力を引き出す事においては、これ以上に無いほど優秀です。つまり音源のポテンシャルを潰さず細部まで再現してくれるということです。

唯一挙げられる弱点としては、Signatureのレビューでも書きましたが、音場展開と解像感が高い故に、なんとなく全ての情報が自分の視野に収まるような、遠くまでしっかり解像して見通せる、まるでジオラマのような非現実的な情景になってしまう事です。もっとハイエンドなオーディオ機器になると、このあたりは敢えて不明瞭にすることで計り知れない広大なスケール感を出すような製品も増えてきます。

Fostex TH610

交互に試聴

私にとって今回の試聴で一番気になったのは、シングルエンド出力にてSignatureとDiabloのどちらの音が好みか、そもそも違いは感じられるのかという点でした。この結果次第では、せっかく購入したSignatureを処分してDiabloに買い換える事もやぶさかではありません。

真面目な音質評価用に信頼を置いているフォステクスTH610とTH909を使って、micro iDSD BL、Signature、Diabloの三機を並べて交互に聴き比べてみたところ、ほとんどの楽曲では違いが感じ取れなかったのですが、いくつか特定の楽曲では意外なほどに鳴り方の差がありました。

念のためデジタルフィルターなどのスイッチ設定が同じである事を確認して(ハイレゾ楽曲なのでフィルターはほぼ無視できますが)、さらにテスト波形とテスターでボリュームをピッタリ一致させてから再度聴き比べてみても、やはり違いが感じ取れます。

Brilliant ClassicsからEkaterina Leventalの歌うメトネル歌曲集Vol.2を192kHzハイレゾで聴いてみました。

それぞれの違いが一番わかりやすいのは、今作のように小規模なソロリサイタルなど、メインの音像がしっかりしていて、そこから生まれる空間音響の広がりが豊かな楽曲が良いです。歌手とピアノ伴奏というシンプルな構成だからこそ、それぞれの音像サイズ、輪郭、距離感なんかが把握しやすく、音色と周囲の音響との関係も理解しやすいです。

色々と聴き比べてみた末の結論としては、Diabloはどちらかというとmicro iDSD BLの方に近いという印象でした。DiabloとBLが全く同じというわけではなく、若干の違いもあるのですが、特定の曲を聴き慣れてくると、DiabloとSignatureでは違いがわかるのですが、DiabloとBLではブラインドで聴き分ける事ができませんでした。

具体的にわかりやすい違いは、残響の広がりかたです。DiabloとBLはリスナーを包み込むような間近に迫る音響があり、この楽曲はちょっと響きが強いな、と思えたところ、Signatureでは同じ量の音響が前方遠くへ広がってくれるおかげで、演奏から一歩退いた立場で聴いているようです。

さきほどDiabloのシングルエンドとバランス接続での違いは、音像そのものの距離感や迫力といったところが目立ちましたが、これら三機種の違いはあくまで周囲の空間情景の話であって、歌手とピアノの音像そのものの距離感や輪郭の太さなどはどれもほぼ同じです。

私のように、こういったクラシック音楽ばかり聴いている人にとっては、Signatureの方がリアルな「良いリサイタルホール」の雰囲気を出せているように思います。一方Diabloは響きが前に迫ってくるような迫力が出せるので、他のジャンルでは有利かもしれません。と言っても些細な違いです。

肝心なのは、シングルエンド接続にてDiabloのサウンドは根本的に違うとか、明確な進化が感じ取れるわけではなく、あくまで既存のmicro iDSDシリーズの路線をそのまま継承しているように思えた、という事です。

おわりに

今回のiDSD Diabloは、ひとます音を聞いてみるまでSignatureから乗り換えるべきか判断できなかったので、個人的にもかなり気になる存在でした。

結論から言うと、私自身はあえてDiabloに買い換えるまでのモチベーションは湧かず、Signatureのままで良いという結論に至りました。

もし新規でどちらかを購入するとなれば、なかなか判断は難しいと思います。

Diabloの方が高価だから優れているというわけでも無さそうです。各種スイッチの排除など機能面ではかなりのデメリットがありますし、豪華な付属品も値段に含まれています(ACアダプターiPowerはすでに持っていないなら有意義なボーナスだと思います)。

一番重要なのは、4.4mmバランスアンプを活用できるか、という点のみに尽きます。これについては、音質もパワーも十分なメリットが実感できると思います。

私の場合、手持ちのイヤホン・ヘッドホンはほとんどシングルエンド接続ですし、バランスケーブルを持っている大型ヘッドホンは4ピンXLRケーブルで自宅の据え置きヘッドホンアンプ(V281)を使いますので、小型卓上のmicro iDSDにバランス出力は求めません。IEMイヤホンのバランス接続にもそこまでのメリットも感じませんし、むしろゲインが上がってしまうのも困るのでSignatureの方が使い勝手が良いです。

Diabloの自慢の高出力も、2014年の初代micro iDSDを買ってから今に至るまで、Turboモードでさえ使った事がほぼ無いので、それ以上の高出力が必要になる事も考えにくいです。そんなわけで、Diabloに買い替えても、せっかくのバランスアンプを持て余してしまうだろうと思いました。それよりもデジタルフィルター切り替えが無くなったのは地味に痛いです(とくにDSDのLPF切り替え)。

なんにせよ、Signature、Diabloのどちらも、約10万円という価格に十分見合う音質を備えた優秀なDAC・ヘッドホンアンプです。大型ヘッドホンを買って、そろそろしっかり鳴らせるアンプも、と考えているなら、どちらを選んでも満足できると思います。

他社のライバルを挙げるとしても、この手のポータブルUSB DAC・ヘッドホンアンプはライバルがことごとく脱落して選択肢がほとんど無いため、もはやSignatureとDiablo以外に有意義な候補が思い浮かびません。いつの日かソニーPHA-3やJVC SU-AX01の後継機や、消えていったVenturecraft VantamやALO Cypher Labsとかも復活して、壮絶なバトルを繰り広げてくれる事を夢見ているのですが、もはや絶望的ですね。

ライバルというとChord Hugo 2くらいしか思い浮かびませんが、27万円と三倍近くの価格差があり現実的ではありません。こういうのは他人に言われて買うものではなく、純粋に音に惚れ込んだ人くらいしか手を出さないでしょう。

Diabloに関して、個人的な感想としては、前回Signatureでも指摘したように、やはりボリュームポットとゲイン回路周りが利便性や音質面でのボトルネックになっていると思うので、今後このあたりを改善してもらいたいです。それと比べたら、バランスアンプの有無というのは、個人的に正直あまり気になりません。

現在のシャーシサイズにこだわらず、もうちょっと大きくなっても良いと思うので、デジタル制御アナログ抵抗ICボリュームなど、何か優れたボリューム回路を導入して、高感度イヤホンの使いづらさ、小音量時のギャングエラー、ゲインスイッチによる音質変化などの煩わしさから開放されたいです。

たとえばChord Hugo 2を使ってみると、最小音量から最大音量までスムーズに不具合なく調整でき、余計なゲイン設定なども無く、イヤホンからヘッドホンまで難なく使えるという点において、micro iDSDではどうしても敵いません。

そのあたりが初代micro iDSDから改善されていないため、Diabloは次世代の新設計というよりは、むしろ四苦八苦してバランスアンプを詰め込んだだけのモデルという風に見えてしまいました。

世の中はネットを中心に日夜スペック論議や机上の空論が繰り広げられ、Signatureのようなハッタリバランスでは非難の対象となり、ここでDiabloは「5Wフルバランスアンプ」と掲げればティーンエージャーが狂喜乱舞するのは理解できるのですが、長らくmicro iDSDのファンを続けてきた私としては、現状はどうにも収まりが悪い、なんともいえない中途半端な感じがします。

私はひとまずSignatureで安泰ですし、今後Diabloもファームウェアアップデートなどで色々できるようになったら考えも変わるかもしれません。しかし、もし今どちらを買うべきかと問われたら、答えに困ってしまいます。