2021年7月10日土曜日

ADAM Audio SP-5 ヘッドホンのレビュー

 ADAM Audio SP-5ヘッドホンを買ったので、感想を書いておきます。デザインを見てピンとくる人もいると思いますが、Ultrasoneとのコラボです。

ADAM Audio SP-5

価格は約7万円の密閉型プロスタジオモニターで、2018年発売なので結構古いのですが、まだ現行モデルですし、かなり良いヘッドホンだと思うので、今更ながら紹介しようと思いました。

ADAM Audio

先日UltrasoneからSignature Proの後継機の発表があり、それを見て、そういえば同じシリーズの兄弟機であるADAM Audio SP-5を使っているのに、まだブログで紹介していなかったな、と思い出して、これを書いています。

Ultrasone Signature Pro/Master

Ultrasone本家のラインナップでは、Signature Pro、Signature Studio、Signature DXPという三兄弟がそれぞれSignature Master、Signature Natural、Signature Pulseという新型に更新される予定になっており、一方このSP-5はADAM Audioとのコラボモデルということで、それらのどれにも該当しない独自デザインのモデルです。

今後SP-5もモデルチェンジする可能性もありますが、今のところは発表は無いので、当面はこのままで売り続けるのかもしれません。

ADAM Audio A8X

ADAM Audioはドイツ・ベルリンにあるスタジオモニタースピーカー専門のプロオーディオ機器メーカーです。ニアフィールドから本格的なメインモニターまで、音楽制作に関わっている人にとってはかなり有名な存在です。

1999年に発足して以来、業務用機器に専念しており、アマチュアにとっては高嶺の花だったのですが、最近では生産体制も拡張されてペア4万円くらいから買えるような低価格スピーカーも手に入るようになり、日本でも知名度が上がっています。エントリーモデルでも玩具っぽくなく、ADAM Audioらしい実直で地味なデザインと、同社のシンボルとも言えるリボンツイーターを搭載している本格派なのが好評を得ているようです。

そんなADAM Audioを中心とする、ベルリンでのモニタースピーカー業界の変遷はちょっと面白いです。

まず2011年には発足時の社長が独立して、同じくベルリンにてEVE Audioを設立(名前からしてライバル視してますね)、伝統的なモニターらしさを追求するADAMに対してDSPなどを積極的に導入するEVEといった感じで、どちらも最高峰のモニターブランドなので、個人的にはモニタースピーカーとなるとジェネレックやJBLよりもまずこの二社が候補に思い浮かびます。

さらに2015年には発足メンバーの一人が独立して、同じくベルリンでHEDD Audioを設立、こちらもリボンツイーター搭載のスタジオモニタースピーカーを作っています。最近では、そんなリボンツイーターをそのままヘッドホンに転用したHEDD Phoneが発売されて話題になりました。

そして2019年には本家ADAM Audioが同じくプロオーディオの一大企業Focusriteグループの傘下に入り、現在に至ります。変な持株会社とかコンシューマー企業に買収されるのではなく、比較的真面目なFocusriteグループ系列になったのは良かったかもしれません。現在のFocusriteグループ企業を見ると、オーディオインターフェースのFocusrite、コンサートPAのMartin Audio、シンセのNovationやSequentialなど、それぞれが競合せず、プロオーディオ全体をカバーするような方向にブランド展開しているようです。

そんなわけで、ADAM Audioの成功から様々なスピンオフが生まれて、自社も大企業に成長したことで、健全なライバル関係が生まれています。ハイルドライバーと呼ばれるリボンツイーター関連の特許が切れたタイミングも関係しているのでしょう。それにしても、EVEもHEDDも同じベルリンでリボンツイーター搭載のモニタースピーカーのブランドを設立するのはよっぽど度胸がありますね(スタッフの引き抜きとかあるでしょうし)。

ADAM Audioはモニタースピーカー専業といえど、やはり時代の流れとしてモニターヘッドホンも必須だろうということで登場したのがSP-5です。2018年に発売して以来、ヘッドホンはこれしかありません。

ヘッドホンとなると、HEDD Audioがやったように、自慢のリボンツイーターをそのままヘッドホンに応用するという選択肢もあっただろうと思いますが、ADAM AudioはあえてUltrasoneとのコラボという道を選んでいます。

実際HEDDのヘッドホンを聴いてみた限りでは、リボンツイーターのみでは帯域が狭すぎて、とくに低音はハウジングとイヤーパッドの反響に大きく依存した緩いサウンドだったので、カジュアルな音楽鑑賞には良いもののモニター用途としてはまだまだ不十分だと思いました。(結構じっくり試聴したものの、ブログでの紹介は断念しました)。

STAX静電型のように専用バイアスアンプとセットでとかなら良いかもしれませんが、一般的なヘッドホンアンプでフルレンジのリボンツイーターを鳴らすのは無理がありますし、そもそもツイーターではなく低音まで鳴らせるフルレンジのリボンドライバーを作れるのかという疑問もあります。

そんなわけで、Ultrasoneとコラボしたオーソドックスなダイナミック密閉型ヘッドホンというのは現状ではベストの選択肢だったと思います。ADAM AudioはベルリンでUltrasoneはミュンヘン近郊なので、同じドイツといっても東京と大阪くらい離れています。資本提携しているわけでもありませんし、他にもゼンハイザーやベイヤーダイナミックなどが近場にありますから、両者のコラボというのは意外な組み合わせです。

SP-5

SP-5は40mmダイナミックドライバーを搭載する密閉型ヘッドホンです。デザインは伝統的なDJヘッドホンのスタイルを踏襲しており、オーディオテクニカATH-M50xなどと同じように片耳モニターや折りたたみ収納もできるので、屋外フィールドワークやライブ用途にも最適です。

SP-5

Powered by ULTRASONE

丸く畳めます

Ultrasoneヘッドホンに詳しい人なら、このSP-5はSignatureシリーズと同じデザインだということは一目瞭然です。実は私がSP-5を買ったのも、それが主な理由です。

様々なバリエーションで息が長いシリーズです

個人的な話になりますが、私自身はUltrasoneファンで、とくに2011年に発売したSignature Proというモデルは時代を超えた傑作だと思っています。一見チープなDJヘッドホンっぽいのに10万円という発売価格には驚かされましたが、そのサウンドには十分な説得力があり、長年愛用しています。

Ultrasone本家のSignatureシリーズで現行販売しているモデルを見ると

  • Signature Pro: 40mm チタンコーティング プレミアムレザー
  • Signature Studio: 40mm チタンコーティング 廉価版
  • Signature DXP: 50mm コーティング無し

という三兄弟で、2021年にはそれぞれMaster、Natural、Pulseというモデルにアップデートされ、主にS-LOGIC板が新型に変更されるそうです。

一方SP-5は40mmドライバーがチタンではなく金でコーティングされており、ADAM Audioとの共同でサウンドチューニングを行ったそうです。そのため、いわゆるUltrasoneらしいサウンドとは一味違う独自のサウンドに仕上がっています。

ちなみに価格で比べてみると、旧シリーズのSignature Pro・Studio・DXPがそれぞれ899・499・499ユーロで、後継機のSignature Master・Natural・Pulseが949・649・549ユーロと値上がりしているのに対して、SP-5の549ユーロという価格設定はどちらかというとSignature Studio/Naturalの位置づけに近いのかもしれません。しかし個人的にStudioの音や装着感はあまり好きになれなかったのに、SP-5は大変気に入ったので、不思議なものです。

かなりボロいSignature Pro

そもそも私がSP-5を購入した理由は、長らく愛用してきたSignature Proがそろそろイヤーパッドやヘッドバンドがボロくなってきて、スポンジが完全に潰れて、耳にぶつかって痛くなってきたからです。

Signature ProとSP-5

Signature Proはプレミアムモデルということで、イヤーパッドとヘッドバンドに高価なシープスキンを採用しており、確かに革靴や革財布のように使っているうちに馴染んでくる高級感があるのですが、いざ交換しようとなると数万円もするのが最大の難点です。

イヤーパッドはATH-M50xやソニーMDR-CD900STと同サイズなので、社外品パッドも色々と試してみたり、廉価版のSignature Studioを買うことも考えたのですが、価格差を踏まえても、どうしても音質や装着感に満足できませんでした。

パッケージ
同じサイズです

パッケージはADAM Audio用にモダンなデザインになっているものの、梱包はこれまでのUltrasoneと全く一緒です。そういえば昔はDAWソフトとかもこういうサイズのパッケージで売っていたのを思い出します。

付属ケース

こんな感じです

本体は専用収納ケースに入っています。Signature Proなどと同じもので、ロゴだけ変更されています。

ケースはかなりしっかりした作りなので、スタジオで収納しておくには便利ですが、持ち歩くにはちょっと大きすぎます。ヘッドホン本体は堅牢なので、私は丸く折りたたんでそのままバッグに突っ込んでいます。

MADE IN GERMANY

SP-5 & Signature Pro

こうやって並べて比べてみるとデザインは全く同じです。製造もUltrasoneのドイツの本社工場製です。

Signature Proのデザインアクセントだったハウジングのガラスパネルや、シープスキンヘッドバンド、イヤーパッドなどの高級部品が廃止されて、もっと実用的な合皮パッドなどに変更されていますが、ぱっと見比べても、そこまで廉価版という印象はありません。

ハウジングはSignature Proなどと同様に、プラスチックの上にゴム塗装のようなものを施しています。これは単なる滑り止めや高級感を演出するためなのか、それとも制振効果とかがあるのかは不明です。

ゴム塗装が悲惨な状態です

この手のゴム塗装は五年くらい経つと粘着テープのようにベタベタして剥がれてくる事が多いので、個人的にはあまり好きではないのですが、なぜかメーカーは使うのを止めませんね。

私のSignature Proも剥がれてきていますし、ゲームをする人なら、XboxプロコンSeries 1と同じゴム塗装だといえば劣化具合が想像できると思います。

S-Logic

イヤーパッドを外すと、Ultrasone特有のS-Logicプレートがあります。SP-5のプレートの穴形状はSignature Proと全く同じようです。

S-Logicについて知らない人のために説明すると、これはUltrasoneを象徴する独自技術で、ドライバーを金属板で塞いで、軸線上からちょっとずれた位置に出音孔を的確に配置することで、ドライバーからの直接音と、ハウジング内の反射を上手にバランスさせて、立体的な音響を作り上げる仕組みです。さらに金属板が電磁シールドの役割も果たしているそうです。

一般的に密閉型ヘッドホンというとハウジング内の反射音のせいで不明瞭で濁った音になってしまいがちなのですが、S-Logicはあえてそれを逆手にとって有効に活用するアイデアです。適当に真似しても変な響きになってしまいますから、開発にはかなりの試行錯誤があっただろうと想像します。

Signature Pro & SP-5
Tribute 7 & SP-5
Signature DJ & SP-5

SP-5のS-Logic金属板はSignature ProやTribute 7などと同じ形状ですが、ドライバーサイズが異なるSignature DJを見ると開口部のデザインが違います。

黒いグリルの下に40mmダイナミックドライバーがあります。インピーダンスは70Ωで、振動板はオーテクM50xなどのように薄いプラスチック膜に放射状のリブがあるタイプです。

写真ではわからないと思いますが、SP-5の振動板は金コーティングされているため、表面が金色に輝いています。一方Signature Proはチタンコーティングなので、振動板の表面は銀色です。

振動板のコーティングはUltrasoneの定番技術で、モデルごとにコーティング素材の種類や有無を試行錯誤しています。

振動板が正確な前後振幅を行うためには、硬く響かない素材であることが望ましいのですが、重すぎると駆動するのに大きな電力が必要になってしまいます。逆に薄く軽くしすぎると歪んでしまい瞬発力のレスポンスが悪くなります。そのため、軽量なプラスチック(マイラー・ポリエステル・PETなどとも呼ばれます)に金属薄膜をコーティングすることで、硬さと軽さを両立する手法が広く使われています。

これまではEditionシリーズを含めて上位モデルはチタンコーティング、低価格モデルはコーティング無しという感じだったので、今回SP-5の金コーティングというのは新しい試みです。

金コーティングは初めてというわけではなく、過去にはコンシューマー向けのPerformanceシリーズというヘッドホンにて、880/860/840という三つのモデルで、それぞれチタン・金・コーティング無し、という風にグレード分けをしていました。

金属コーティングというのはそれぞれ素材特有の独特の響きみたいなものがあるので、どのコーティング素材が一番良いかというよりも、総合的な音響チューニング要素の一つです。なんにせよ、SP-5は単なるSignatureシリーズのバッジを変えただけではなく、インピーダンスやコーティング素材を変えたりなど、ADAM Audioの意向に基づいた専用設計であることが伺えます。

SP-5の新型パッド

厚くて柔軟です

Signature Proのはかなり潰れてきました

SP-5はパッドもヘッドバンドもかなり肉厚で、表面は薄い合皮なので最初からとても柔軟で肌触りが良く、慣らしも一切不要で、新品から快適な装着感が得られました。低反発クッションが耳をすっぽり覆ってくれて遮音性も抜群です。感触はBOSE QCヘッドホンに近いです。

Signature Studio・DXPのものと同じかと思ったのですが、そちらはもっと普通のスポンジっぽくて(Pro480iとかと同じような感触で)装着時に耳の下に隙間ができて密閉感が得られなかったので、個人的にはSP-5の方が装着感が断然良いです。

Signature Proのシープスキンパッドも高級感は抜群に良いのですが、レザーが厚く、中身のスポンジが劣化して潰れやすいため、とくにメガネを使う人だとパッドが浮いてしまって密閉が得られないという問題がありました。

その点、SP-5のパッドは表面が大変柔らかく厚さも十分あるので、メガネや帽子をかぶって作業する人でもそこそこピッタリした密閉感が得られると思います。

結局のところ、メガネや帽子が必須な場合はHD-25などオンイヤー型ヘッドホンを使うのがベストなのですが(そのためHD-25はロケーションにて愛用されているわけですが)、他のアラウンドイヤー型ヘッドホンと比べるとSP-5は十分優れています。

ツイストロック式ケーブル

ケーブルは左側片出しで着脱可能です。プロモデルらしく6.35mm端子の3mコイルケーブルと、3.5mm端子の1.2mストレートケーブルの二種類が付属しているのが嬉しいです。

ケーブル線材はSignature Proとかに付属していたものと同じような黒い太いタイプです。堅牢でそこそこ柔軟なので、実用上は問題ないと思いますが、音質面では社外品のアップグレードケーブルも試してみるべきです。

M50x・HD599用だと端子が長すぎて邪魔です

オーテクATH-M50xやゼンハイザーHD599と同じ回転ロック式で互換性があるので、社外品ケーブルの選択肢は豊富にあります。

ただし、M50x・HD599用ケーブルの方が端子が長いため肩にぶつかりやすいのと、それらは回転ロックのプラスチック部分が若干細いため、ハウジング周りがグラグラして心配になります。私は端子にテープを巻いて隙間を埋めています。

片出しケーブルで、バランス対応でもないのに、わざわざケーブル交換するメリットはあるのか、と思うかもしれませんが、実際に音を聴いてみるとそこそこ効果があるようです。

これまた個人的な感想ですが、このモデルに限らず、Ultrasoneは昔からずっとケーブルに関しては無頓着というか、あまりこだわっていないメーカーという印象があります。

何十万円もするようなEditionシリーズとかでも、(音質面で)なんでこんなショボいケーブルを採用しているんだろう、と疑問に思う事が何度もありました。メーカーとしてケーブルの音質差は信じていないというならそれも結構ですが、せっかく着脱可能なので色々と試してみる価値はあると思います。

個人的には、Signature Proの時から上の写真にあるオヤイデのHPC-35HD598というケーブルを使っていますが、もう長らく販売していません。他にも探せば良いケーブルは色々あると思います。柔軟性が欲しい場合はベルデン1804Aというスターカッドケーブルで満足できています。どちらもSP-5の付属ケーブルよりも中域のクリア感が増して音抜けが良くなる印象があります。

インピーダンス

SP-5のインピーダンスを測ってみました。参考までにSignature Pro、Tribute 7、Signature DJ、そして同じく密閉型でインピーダンスが近いFocal Celesteeのグラフも重ねてみました。

まずインピーダンスグラフを見ると、SP-5はSignature Proなどと同じようなインピーダンス特性のままでスペックどおり35Ωから70Ωに持ち上げられたような感じです。

各モデルごとに低音の共振点が微妙に違っており、SP-5はSignature Proと同じ90Hzです。(Signature DJは70Hz、Tribute 7は110Hzくらいです)。

高音の方を見ると、3kHzと6kHz付近の盛り上がりはSignature DJのみありません。唯一振動板に金属コーティングしていないモデルだからでしょうか。さらにSP-5はピークが6kHzにあって幅が広いのに対して、Signature ProとTribute 7では6.5kHzにあり、特にTribute 7はかなりシャープです。SP-5は金コーティングで、Signature ProとTribute 7はチタンコーティングなのも影響しているのでしょうか(さらにTribute 7はアルミハウジングです)。

そこから高音に向かってSP-5とSignature DJは同じような曲線で上昇するのに対して、Signature ProとTribute 7は50kHzでもインピーダンスがほぼフラットなのは面白いです。だから音質的にどうなるというわけでもありませんが、どういった設計要素がこういった差を生むのかは気になります。

Focal Celesteeと比較してみると、異なるメーカーなだけあって中低音の設計コンセプトが大幅に異なるのがわかります。ハウジングの反響をどのように使うかが影響しているのでしょう。どのみちこれらのように30~90Ω程度のヘッドホンでしたら、優れたアンプで鳴らせば出力インピーダンスによる影響はそこまで大きくありません。

同じグラフを電気的な位相で見るとこんな感じです。やはりSignature ProとTribute 7は6.5kHzで急激な位相回転があるのに対して、Signature DJはほぼ無く、SP-5はそれらの中間の特性です。こうやって見た方が各モデルごとの違いがわかりやすいですね。

Celesteeは可聴帯域全体でなだらかに位相が回っているのに対して、Ultrasoneは基本的に100Hzから上の可聴帯域は安定するような設計にしています。

音質とか

Ultrasoneのヘッドホンは32Ω・98dB/mWなど比較的鳴らしやすいモデルばかりなのに対して、SP-5は70Ω・95dB/mWというスペックなので、若干音量がとりにくく、オーディオインターフェースやミキサーなどで鳴らすためのプロモデルという点を意識しているようです。

そのためSignature Proと比べてもボリュームノブは二割増しくらい上げる必要があるので、ポータブルDAPなどでは駆動に苦労するかもしれません。低音までしっかりと鳴らすためにはパワフルなアンプを使いたいです。今回の試聴ではiFi Audio micro iDSD SignatureやRME ADI-2 DAC FSなどを使いました。

ケーブルは付属品だと中域がかなり籠もるようなので、もしそのように感じたなら、ぜひ社外品ケーブルを試してみてください。私にとっては必須です。

ADAM Audioの本拠地ベルリンにちなんで、ベルリンフィルではベタすぎるので、EternaレーベルからスイトナーとSKBによる1976年モーツァルト序曲集を聴いてみました。

版権元のBerlin Classicsレーベルがハイレゾリマスターに積極的なので、素晴らしい作品が続々復刻されている中の一枚です。クラシック録音において当時の作品は現在の技術では再現不可能な独特の美しい音色の魅力があると思います。


SP-5のサウンドの第一印象は、ADAM Audioらしい硬く精密なモニターサウンドと、UltrasoneらしいS-Logicの空間表現が相乗効果を生み出して、プロ用モニターヘッドホンとして大変優秀な性能を発揮している、という感じです。

Ultrasoneゆずりのシャープなドンシャリ傾向はSP-5でも健在ですが、余計な響きがほぼ感じられないよう真面目に管理されており、ヘッドホン固有のクセが少ないです。

低音は比較的多めですが、レスポンスが素早いのでクラシックでも違和感なく使えそうです。全体的にそこまで自己主張が強くなく、むしろ楽曲中で違和感のある帯域が目立って強調されやすいように作られているので、クリエイター用途には最適ですが、音楽鑑賞用としては、録音にちょっとでも不備があると(たとえば特定の帯域だけ部屋の反響が目立つとか)それがかなり目立ちます。

特にUltrasoneにありがちな弱点である中高域のシャリシャリした軽薄さがSP-5では改善されており、解像感の高さが向上しています。チタンコーティングではなく金コーティングになったおかげでしょうか。なんにせよプロ用モニターとしてはSP-5のチューニングの方が正解だと思います。

高音は情報量が多く、鋭く硬めの鳴り方で、細部までしっかりと聴き取れますが、必要以上に滑舌部分を持ち上げているような(よくある疑似ハイレゾっぽく仕上げるような)感じでもないので、試聴に使った70年代のクラシックでもバランスよく楽しめます。

空間展開はさすがS-Logicらしい鳴り方です。たとえばベイヤーダイナミックDT1770PROと比べてみると、周波数特性の違いとかを意識する以前に、まず音の空間展開が根本的に違います。どちらが良いかというよりは好みの問題でしょう。

DT1770PROはサウンドが球体状に自分の周囲を包み込むような、全方位に分散した音を聴き分けてモニタリングするような鳴り方なのに対して、SP-5は音が常に自分の前方視界の中にまとまっており、まるでクロスフィードをかけたような効果があるので、慣れるまではちょっと違和感があります。

S-Logicの効果は、三次元的な疑似サラウンドというよりは、もっと単純に「出音を耳穴の軸線上からずらして、前方に持ってくる」という感覚に近いです。ほんの一歩だけ離れたような距離感で、自分の耳穴よりもちょっと手前から音が鳴ってくれるので、それを意識して聴いてみると、ドライバーは真横にあるのに音は決して耳穴に音が飛び込んで来ないのが不思議で面白いです。

このS-Logicの最大のメリットは、出音方向がある程度限定されることで、一般的なヘッドホンのような全方向の音に翻弄されず、意識を集中しやすい、という点が一番大きいと思います。慣れるまでは、多くの音が前方の一点にまとまりすぎていて、分離や見通しが悪い、と感じるかもしれません。これは特にS-Logicを搭載している低価格モデルでは弱点になりがちですが、SP-5くらい高解像な鳴り方であれば問題になりません。

むしろ、このS-Logicらしい鳴り方に慣れてくると、分析的な観察を行うのが楽になり、まるでパソコンモニターを眺めるように、一点に集中するだけで情報が自然に入ってくる、長時間聴いていても疲労感が少ない、というメリットを無意識のうちに享受できます。

密閉型モニターといえばダンスミュージックということで、ベルリンにちなんでもう一枚、老舗クラブWatergateのコンピレーションNo.27を聴いてみました。ミックスはHyenahです。

硬派なテックハウスを中心に比較的地味なシリーズですが、個人的に結構気に入っていて十年くらい前の一枚目からずっと買い続けています。

こういったコンピ集は様々なアーティストの作風を聴き比べるのにとても便利です。同じように聴こえるキックやスネアも、SP-5のように優れたヘッドホンで聴くことでトラックごとに作り込みが全然違う事が感じられるようになり、音楽の楽しみが倍増します。

ダンスミュージックのプロダクションにおいても、SP-5が搭載しているS-Logicシステムが特に効果を発揮している事が実感できます。

特にキックドラムなど低音の質感表現でS-Logicの効果が明確に感じられます。一般的に密閉型ヘッドホンというと、音圧が太鼓のようにドスンと鼓膜を打ち付ける「体感」を楽しむようなイメージがありますが、SP-5では力強い低音の量感がありながら、音が自分から一歩離れた場所から鳴っており、それを客観的に眺めているような感覚です。つまりモニタースピーカーで聴いているのとよく似ています。

さらに、この客観性とあわせて、低音の帯域が広く、特定の周波数ピークが主張しすぎる事が無いので、キックドラムひとつをとっても、作品ごとの深みや表現方法の違いが把握できます。

低音が強いヘッドホンといっても、多くの場合はハウジング内で空気をポンプのように動かしているだけで、録音本来の質感が損なわれている事が多いです。それを克服するためにはドライバーを大口径化する必要があるため、Ultrasoneは振動板を50mmに拡大したSignature DJ/DXPというモデルを出しています。しかしドライバーを拡大すると、今度は高音などの繊細なディテールを描くことが困難になるため、Signature ProやSP-5ではあえて40mmを搭載しています。

私の感想としては、ダンスミュージックのみならず、音楽鑑賞メインで、ディテールよりも全体的な雰囲気の良さや豊かさ重視で使うのであれば、SP-5よりもむしろDXPの方が良いと思います。たとえば、すでに優れた開放型ヘッドホンを持っていて、解像感や見通しの良さはそちらで満足できているなら、SP-5よりもDXPの方が密閉型らしさを楽しめます。

SP-5は高音も低音も鳴り方が明確で、細部まで見通せる能力を持っているため、トラックを作る場合はEQやコンプレッサーのちょっとした調整に敏感に反応するため、何が正解で、どこまでやると破綻するのかという塩梅が手にとるように把握できます。プロの作品を聴いていても「ここはもうちょっとこうした方が良かったのでは」なんて常に考えてしまいます。

さらに、これもS-Logicのメリットだと思うのですが、リズム、リード、パッドなどの各パートの距離感が立体的に描かれています。開放型ヘッドホンのように広大な空間にホログラフィックに広がるといった感じではなく、まるでDAWのマルチトラックを眺めているかのように、トラックごとに個別のレイヤーとして相対的な前後の配置みたいなものが非常によく伝わってきます。たとえ二つのシンセパッドが重なっている場合でも、それぞれが前後の層として分離してくれます。

Signature Proと比較してみると、一長一短といった感じです。一番明確な違いは低音側の鳴り方だと思います。SP-5ではある程度平坦に鳴ってくれるところ、Signature Proでは、100Hzくらいまでは比較的軽く、もっと低い重低音でいきなり力強く盛り上がってきます。

このSignature Pro特有のサブウーファー的な低音表現は、そこまで低音が無い作品であれば(生楽器では、そんな重低音はそもそも含まれないので)クリアで軽い鳴り方になり、一方、ダンスミュージックのキックドラムだと急激にパワフルになります。この意図的な変身はリスニング用途ではとても効果的だと思うのですが、クリエイターのモニター用途としてはちょっと予測不能で使いづらいです。先程のオーケストラ作品とかだと、普段は軽快なのに、稀にティンパニーなどの重低音が入っており、それらが急に強烈に鳴るのでびっくりします。

また、高音側も、Signature Proの方が音色の色艶が派手に出るので、特にアコースティックギターなどの艶っぽい美音のキラキラ感は本当に素晴らしく、SP-5とは比べ物になりません。特に一点集中で女性ボーカルやピアノなどのソロを楽しみたい人は断然Signature Proの方が良いです。

そもそも私がSP-5を買ったのはSignature Proが劣化してきたからなので、ではSP-5のイヤーパッドをSignature Proに装着したらどうなのか、気になって試してみたところ、どうにも上手くいきませんでした。装着感はたしかに良くなるので、これで音も良ければ完璧だったのですが、SP-5のパッドでは、Signature Proは音が軽くシュワシュワして、本来の良さが損なわれるようです。硬めのレザーパッドありきのサウンドなのでしょうか。

余談になりますが、Signature Proの上位モデルとも言えるTribute 7はどうなのかというと、金属ハウジングということもあって、Signature Proの特徴である急激な重低音と高音の艶やかさが過剰なほどに強調された鳴り方です。ここまで来ると、もはや相性が良い音楽を探すような感じになってしまいますが、上手くいけば圧倒的な凄い鳴り方をしてくれます。こういう奇抜なハイエンドモデルのせいで「Ultrasoneは超ドンシャリだ」というイメージが定着しているようです。

また、Signature Proの廉価版Signature Studioはどうかというと、実はSP-5を買う前に、こちらを候補として試してみたのですが、サウンドはSignature Proには到底敵わず、しかも独自の魅力があるわけでもなく、どうしても「廉価版」というイメージが拭えませんでした。一方SP-5は鳴り方の路線が根本的に違うからこそ良かったのかもしれません。Signature StudioはSignature Proと同じような鳴り方でありながら、なぜか高音も低音も余計な響きが多く、録音に含まれない反響が長引くような感じでした。M50xなどと同じようなプラスチックっぽい響きというと伝わるでしょうか。そんなわけでStudioを断念したちょっとあとにSP-5が発売して、それを買ったわけです。

まだUltrasoneの2021年新作は聴いていないので、それらがどのように仕上がっているかは全く見当も付きませんが、SP-5はこれまでのUltrasoneとはかなり違う、ADAM Audioのスタジオモニターにかなり寄せた鳴り方だという事は確かです。音楽鑑賞用として使うには分析的すぎて退屈かもしれません。たとえば試聴で使ったダンスミュージックでも、オーテクATH-AWAS、WP900、ソニーMDR-Z1R、Focal CelesteeやBeyerdynamic T5など、音楽鑑賞に特化した密閉型ヘッドホンを選んだ方が、それぞれ独自のサウンドの魅力が付加されて、より一層楽しめると思います。SP-5はそういうのとは別に、ちょっと真面目に聴いてみようと思い立った時に頼りになる存在です。

おわりに

そろそろ古くなってきたUltrasone Signature Proの代用としてADAM Audio SP-5ヘッドホンを買ってみた時は、価格が安いということもあり半信半疑だったのですが、数ヶ月間使ってみた結果、音質と装着感の両方において期待以上に満足できるヘッドホンでした。

いわゆるUltrasoneらしい鮮烈なサウンドとは一味違うので、単純に「優れた密閉型スタジオモニターが欲しい」という人も、ぜひ検討してみる価値がある傑作ヘッドホンです。ADAM Audioのモニタースピーカーとセットで使えば、トップクラスのプロダクション環境が整うと思います。

世の中には「スタジオモニター」と自称しながら、実際は「DJプロデューサーを夢見る初心者向けに低音を盛りまくった子供騙しの製品」が多い中で、SP-5はしっかりとプロ用モニターとしての分析力を優先しており、ミックスにおける帯域や空間のバランスがかなり敏感に感じ取る事ができます。

特に兄弟機のSignature Proとはサウンドの印象がずいぶん違う事に驚かされ、しかしその一方で、Ultrasoneの特徴であるS-Logicシステムのメリットがこれまで以上に実感でき、正直モニターヘッドホン用途にS-Logicがここまで有効で効果的であることは意外でした。

もちろんモニターヘッドホンといっても、マスタリング用途などでは開放型ヘッドホンやスピーカーを使うべきだと思いますが、レコーディングやロケーションにて密閉型ヘッドホンが必要な状況は多々あり、そういった場合にSP-5はトップクラスにおすすめできる候補です。とくに入門機ベストセラーのオーテクATH-M50xやベイヤーDT770からのアップグレードを検討している人は、シュアーSRH1540やベイヤーDT1770PROなどと合わせて、このSP-5も候補に入れるべきだと思います。

私自身はこれまでSignature Proをかなり手荒に扱ってきて傷だらけになっていますが、ドライバーはもちろんの事、回転ヒンジなども壊れる気配が無いので、SP-5の耐久性も信頼できそうです。私のようなヘッドホンマニアでも音質に満足できて、ラフに扱えるヘッドホンとしてお薦めできるモデルは意外と選択肢が少ないかもしれません。

ところで、ひとつ面白い考え方として、オーテク、シュアー、ベイヤー、ソニー、ゼンハイザーなどは本来レコーディング用マイクを作っているメーカーで、ヘッドホンもそれに伴った忠実さを目指しているのに対して、ADAM Audioはモニタースピーカー専業のメーカーなので、サウンドに対する考え方もスピーカーを前提にしたものです。この違いは結構大きいのではないでしょうか。それを踏まえた上で聴き比べてみると、サウンドの理解も高まるかもしれません。(他にモニタースピーカーのメーカーでヘッドホンを作っているのはフォステクスとFocalくらいでしょうか)。

登録者27人のうちの一人です・・・

ところで、Ultrasoneは近年のヘッドホンブームになってからあまり話題に挙がらなくなってしまいファンとしては残念だったので、もうちょっと広く知れ渡ってもらいたいです。

2021年になってようやく公式Youtubeを始めたり、ハイエンドなヘッドホンアンプやイヤホンを模索するなど、自由奔放にやっているようですが、ようやく重い腰を上げてSignatureシリーズのアップデートに取り掛かったのは歓迎します。

個人的な要望としては、今後さらにPRO480iからPRO2900iの抜本的なブラッシュアップを望んでいます。2016年以降、すでに多くのモデルが欠番になって久しく、昔は日本でそこそこ人気だったHFIシリーズとかも、ひっそりと消えてしまいました。(茶色のHFI-2200が思い出深いです)。

長年のUltrasoneファンとして、ひとつだけ言わせてもらえるとすれば、UltrasoneはEditionシリーズのせいで損をしている部分もあると思います。低価格なベーシックモデルでは価格相応に「普通に良い」と思えるメーカーなのですが、多くのヘッドホンマニアは高価なEditionシリーズの突飛なサウンドだけを試聴して偏見を持ってしまう、という事です。

Editionシリーズというのは決してレファレンスではなく、むしろ熟成された発酵食品のように人を選ぶサウンドですので、もうすこし普及価格帯で誰もが納得するようなベストセラーモデルを作ってもらいたいです。あまり売れすぎてもドイツ本社工場では生産が追いつかないというのもあるかもしれませんが。

近頃はコンシューマー方面ではトゥルーワイヤレスが覇権を握っていますが、それとは別に、若者を中心にクリエイティブな用途で使える本格派ヘッドホンの需要や認知度が拡大しています。Apple Musicのロスレス対応でBluetoothによる圧縮の問題や外付けDACのメリットが周知の事実になったり、有線入門機としてのM50xやDT770などの人気を見ても、Bluetoothワイヤレスとは別腹として、まだまだ真面目な有線ヘッドホンの需要は健在ですので、そのあたりにUltrasoneが入り込んでもらいたいです。

ADAM Audioの方も、もしUltrasoneとのコラボを続けてくれるのであれば、個人的にはPRO2900iやHFI2400を発展させたような開放型モニターヘッドホンをSP-5と同じくらいの価格帯で出してくれたら、なんて願っています。もちろんADAM Audioが誇るリボンツイーターとUltrasoneのヘッドホン音響技術が融合したら、なんて想像を膨らませたくもなります。

なんにせよ、ADAM Audio SP-5には非常に満足できているので、もっと知名度があってもよいのではと思い、今更ながらこれを書くに至りました。