2022年2月24日木曜日

iFi Audio xDSD Gryphon 他新作の試聴レビュー

 iFi Audioから新作ポータブルDACアンプxDSD Gryphonを試聴してみました。

新作の数々

2018年に登場したxDSDの後継機として2021年11月に発売したモデルで、価格は9万円くらいです。他にも色々と新作が一気に届いたので、今回は一番気になるGryphonを主に聴いてみました。あとGO Bluも結構良さそうです。

iFi Audio

イギリスiFi Audioはヘッドホンアンプを中心に非常に多くの製品を展開していることで有名なブランドです。

数ヶ月ごとに似たようなコンセプトの新型が続々登場するので、私みたいに相当熱心なファンでもなかなかついていけません。

また近頃はデスクトップセパレートのZENシリーズや、電源やUSBフィルターなど音質向上アクセサリーも色々と出しており、スピーカーオーディオ界隈でもそこそこ有名になってきています。特に低ノイズACアダプターの「iPower」シリーズなど、ありそうで無かった需要のニッチを突いた、手軽に試してみたくなるような製品が多く、効果のほどはさておき、熱意と勢いのあるブランドであることは確かです。

私自身はとりわけmicro iDSDというシリーズを2014年の初代デビュー当時から現在までずっと愛用しており、今でも現行モデルのmicro iDSD Signatureを毎日活用しているのですが、それ以外でも最近はストリーマーのZen StreamやフォノアンプのiPhonoシリーズなどが自宅で活躍しています。

xDSD Gryphonとhip-dac2

今回試してみたのはxDSD Gryphon、hip-dac2、Go Blu、ZEN One Signatureといった、2021年末に登場した製品群です。

ちなみにhip-dac2は初代hip-dacからの主な変更点が搭載マイクロプロセッサーの更新でMQA対応になり、あとはシャーシが青からオレンジに変わっただけのようなので、一応新旧で出力など比較してみますが、アンプ設計は基本的に同じもののようです。

また、ZEN One Signatureは単体でヘッドホンアンプ機能は無く、従来機の組み合わせのような感じだったので、今回は試聴しませんでした。

やはりmicro iDSDシリーズ(写真の一番左)は巨大です

私みたいなコアなヘッドホンマニアは最初からmicro iDSDの大きなサイズに慣れているため、小型機のxDSDやhip-dacはそこまで興味を持っていませんでしたが、周りの友人を見ると、スマホから手軽に高音質で音楽を楽しみたい、でもドングルよりはもっとマシな物が欲しいという絶妙なサイズ感で、これら小型機がかなり人気のようです。

やはり肝心なのは、いわゆるドングルDACというのはスマホからのUSBバスパワー給電に依存しており、どれだけ高性能を謳っていても結局はバスパワーの上限は超えられないのに対して、xDSDなどのポタアンはバッテリーを内蔵していることで、よりパワフルな駆動が期待できます。

xDSD Gryphon

今回あえてxDSD2とかではなくGryphonと命名されたのは、D/A変換とヘッドホンアンプの両方が飛躍的な進化を遂げたので、鷲の翼と獅子の体が合体したグリフォンを連想したからだそうです。いかにも英国的ですね。価格も初代の6万円台から8万円台へと一気に上昇して、単純な後継機という域を超えています。

パッケージ

付属USBケーブル

パッケージはいつもの白い箱で、高級そうなUSBケーブルが三本同梱されています。特に短いLightning - USB Cケーブルはまともな品質の物が手に入りにくいので重宝します。

初代xDSDと比較

実際に現物を手にとってみて、初代xDSDと比べてずいぶん大きくなっている事に驚きました。写真ではあまり伝わらなかったので、ここまで大きいとは予想していませんでした。アンプ回路がバランス化されたことで二倍の規模を要する事が最大の理由のようです。

デザインは初代xDSDと一見似ているようで、実はエッセンスを受け継いているといった程度で、全面的に作り直されています。特徴であるシャーシの波模様もそこまで強調されなくなり、初代の光沢のあるメタリック処理も、今回はマットな質感になっています。

上の写真にある初代xDSDは撮影前に入念に拭いたのですが、それでもずいぶん汚く見えてしまいます。これは指紋や油ではなくメタリック処理そのものが経年劣化でかなり汚くなって、下地からプツプツとサビのような物が浮き出ていたり、どうしようもありません。

それと比べてGryphonのデザインはこれまでのiFi Audioと比べ物にならないほど高品質にカッチリと仕上がっており、表面の質感からボタンやガラスパネルの組付けまで、まるでポルシェデザインのアクセサリーみたいな精巧さです。特に初代xDSDではチープに見えたプラスチックのボリュームノブがGryphonではずいぶん高品質な部品になりました。

OLED液晶画面

今回は新たにパネル上面にOLED液晶画面が追加されており、再生中のボリュームやサンプルレート、エフェクトの状況などを表示してくれます。シンプルで見やすく、隣のxDSD Gryphonのロゴともマッチしていて、良い感じに仕上がっています。

前面の比較

フロントパネル中央のボリュームノブが電源ボタンも兼ねており、再生中に押すとミュートになります。左側には3.5mmと4.4mmヘッドホン出力、右側にはエフェクト巡回(長押しで設定メニュー)と入力選択ボタンがあります。エフェクトはXBass IIとXSpaceという二種類が搭載されています。

ボリュームはデジタルエンコーダー制御のアナログステップボリュームなので、小音量に絞ってもステレオの左右ギャングエラーが発生せず、さらに純粋なアナログボリュームなのでデジタルのビット落ちの心配も無いという理想的な設計です。この部分に限っては上位モデルmicro iDSDのボリュームポットよりも優秀だと思うので、次期micro iDSDにもぜひ導入してもらいたいです。

ちなみにボリュームノブ周りはとても凝っていて、まず周囲の四つのLEDの色で入力端子や再生サンプルレート、エフェクトの有無が表示され、ボリュームノブの黒いドットもLEDで、音量によって色が変わるため、使い慣れてくると、わざわざ液晶画面を見なくても現在の状況が瞬時に把握できるようになります。多機能でありながら、こういった細かい(コストがかかる)ユーザー目線の気配りが上手なのもiFi Audioらしいです。

背面の比較

背面にはまず左側から「XBass II」エフェクトの効果切り替えスイッチ、充電用USB-C、オーディオ用USB-C、S/PDIF入力、そしてラインレベル4.4mmと3.5mm端子があります。エフェクトスイッチは音質についてのところで紹介します。

iFi Audioが凄いのは、こういったコンパクトなモデルでも可能な限り機能を詰め込んでいるところで、今回新たに追加された4.4mmと3.5mm端子のどちらも入出力を兼ねており、前面の入力選択ボタンで切り替えられます。

この手の製品でアナログポタアンとしても活用できるモデルは珍しいため、たとえば普段は卓上でDACアンプとして使って、必要に応じてDAPのブースターアンプとしても役に立つなど、一台で様々なシナリオが思い浮かびます。

ライン出力として使う場合はボリュームノブと連動する可変出力で、バランスとシングルエンドでそれぞれ6.7・3.5Vrmsまで出せます。

micro iDSDでは固定・可変ライン出力切り替えスイッチがありましたが、それはボリューム操作がポットなのでバイパスするメリットがあったためです。一方Gryphonは固定抵抗式なのでポットのデメリットが無く、現在のボリュームは液晶画面に表示されて任意の電圧にピッタリ合わせることができます。

たとえばボリュームを最大まで上げると+6dBと表示されるため、シングルエンドならそこで+3.5V、つまりボリュームを+3dBに合わせれば2.48V、0dBで1.75Vという具合に出力電圧が簡単にdB計算できるので便利です。

S/PDIFは3.5mm端子で同軸と光の両対応です。できればUSB再生中にS/PDIF出力ができればなお良かったのですが、これはMQA対応の取り決めのため(リッピングできないようにするため)断念したようです。

USB端子についても、これまでiFi AudioといえばUSB AでCCK・OTGケーブルがそのまま挿せるというのが売りでしたが、今回は素直にUSB Cになっています。充電もUSB Cになったことで1.9A急速充電に対応しています。

ちなみに初代xDSDは充電用USB端子がmicro USBであまり頑丈ではなく、使っているうちにグラグラしてきて壊れたのを何度か修理したことがあるので、今回USB Cになった耐久性が上がったことを祈っています。

さらに今回は充電とデータ用USBを分けてくれただけでなく、設定メニューから、データ用USB端子からも充電できるように設定できるのも嬉しい気配りです。つまりパソコンに接続して使うならUSBケーブルが一本で済むように、そしてスマホと接続するならバスパワーから余計な電力を吸わずに別のUSB充電器で充電できるようにと、どちらのシナリオも実現できるため、これまでのポタアンにありがちな悩みを一気に解決してくれました。

設定メニューからは、さらにDACのデジタルフィルター切り替えと、画面輝度調整、Bluetooth音声メッセージ有無の設定も行えます。Bluetooth受信は5.1 (aptX, aptX HD, aptX Adaptive, aptX LL, LDAC, HWA, AAC, SBC) と主要なコーデックを網羅しており、死角がありません。

IEMatchスイッチ

底面にはIEMatchスイッチがあるので、試聴時にはこれを見落とさないように注意してください。いわゆるアッテネーターで、感度が高いIEMイヤホンを鳴らす時に音量を落とすためのものです。

ラベルには3.5と4.4と書いてありますが、効き具合が違うだけで、どちらを選んでも3.5mmと4.4mm両方の出力に影響するため、命名の意図がいまいち意味不明です。

GO Blu

Gryphon以外の新作では、GO bluというモデルは個人的に興味を引きました。

2万円台の小型Bluetooth受信機ということで、これといってオーディオファイル的に興味をひく商品でもないのですが、実際に使ってみたところ良い感じだったので、つい購入してしまいました。この手のガジェットとしては値段が高めですが、ちゃんと価格相応に高品質で優れた製品だと思います。

買ってしまいました

3.5mm・4.4mm

D/AチップはシーラスロジックCS43131で、4.4mmバランス対応、充電はUSB C、簡易的なUSB DACとしても使え、450mAhバッテリーで約10時間再生といったスペックです。

出先でスマホからIEMイヤホンを鳴らすのも良いですし、自宅でパソコンとペアリングして開放型ヘッドホンをワイヤレス化するのにも活用できます。

コインほどの大きさで27gという圧倒的な軽さのおかげで、まるで昔のウォークマンのリモコンのような手軽さで、しかもボリュームノブや入出力端子などもしっかりと作られており、よくある低価格なガジェットとは一線を画するクオリティです。

hip-dacと比べても、この小ささです

薄さも同程度です

付属品はUSB A-Cケーブルとマイクロファイバーバッグのみで、なぜか洋服に取り付けるクリップが付属していないのは残念です。100均で両面テープ式のクリップを買ってつけようかと考えています。あとストラップホールも無いのは残念です。

Gryphonに搭載しているものと同じQualcomm QCC5100という最新Bluetoothチップを採用しており、Bluetooth 5.1 ( AAC, SBC, aptX, aptX HD, aptX Adaptive, aptX LL, LDAC, LHDC/HWA) といった主要なコーデックには全対応しています。

実際にこういうガジェットを色々と使ってみるとわかるのですが、例えばボリューム操作やペアリングなど、メーカーによって挙動が結構違うので、なかなか思い通りにいかない事があります。その点GO bluはスマホ・DAP・PCなど複数の機器と登録してあっても、任意のペアリング切り替えがスムーズに行えて、ボリュームもシステムボリュームと連動してくれるので手間がかからず、さすが高価なだけあるなと思いました。

本体もシンプルに見えて、密かに機能が盛りだくさんで、Xbass & XSpaceエフェクト切り替えボタンの他にも、電源ボタン二回押しで現在の接続コーデックを声で教えてくれるとか、三回押しで二種類のデジタルフィルター切り替え、ボリュームノブのボタンで再生停止と曲送り、マイクを内蔵しており通話も可能と、とにかく多機能です。

USB DACとしては96kHz上限のClass 1のみのようです。パソコンやAndroidスマホでは問題なく認識できましたが、iPhoneでは電力不足のエラーで使えませんでした。(なにか裏技があるかもしれませんが)。ちなみにニンテンドースイッチでもUSB接続で使えるかと密かに期待していたのですが、こちらも認識しませんでした。スイッチに対応するUSB DACは運任せなので、何か手頃なのを見つけたいです。(最近Bluetoothが使えるようになったのでそこまで気にしてませんが)。

デジタルフィルター切り替えは購入時の初期ファームウェアでは利用できず、あとでファームウェア3.05というのにアップデートしたら使えるようになりました。

こういうのはいつもハラハラします

ファームウェアアップデートは今のところAndroidスマホからBluetooth経由でしかできないらしく、QualcommのアプリをAPKでインストールして、そこからペアリングしてファームウェアのバイナリをインストールするという、ちょっと面倒な作業があります。このあたりを他社みたいに専用アプリでもうちょっと洗練してくれればなお嬉しいです。(エフェクトなど設定もアプリでできれば便利なので)。

ちなみにGryphonの方はさらにややこしく、USB DAC側はmicro iDSDなどと同じようにパソコンからファームウェアアップデートを行い、Bluetooth側は上記のGO bluと同じようにAndroidアプリから行うという感じで、それぞれ別々のファームウェアを2つ搭載しているような感じです。

出力とか

いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて、歪み始める(THD > 1%)最大電圧(Vpp)を測ってみました。バランス出力がある機種ではグラフの破線はシングルエンドです。

出力電圧

まずGryphon、hip-dac2、GO blu、初代xDSDを比較してみたところ、やはり一番高価なGryphonがパワフルなのは当然として、hip-dac2とGO Bluも健闘しています。特にGO Bluはコンパクトながらバランス出力でここまでの電圧が出せるのは見事なもので、バスパワー式のドングルDACと比べて圧倒的に有利です。

Gryphonの3.5mmシングルエンド出力は初代xDSDとピッタリ重なったので、やはりアンプの基礎設計は変わっておらず、バランス化によって回路規模が二倍になったことでシャーシが大型化したというのも納得できます。

公式スペックによると、Gryphonはバランスとシングルエンドで最大電圧がそれぞれ6.7・3.5Vと書いてあり、今回の実測でも10.2・19.5Vppつまり6.9・3.6Vrmsとピッタリ合っています。さらに32Ωでの出力スペックは1000・320mWということで、こちらも私のグラフはTHD >1%で余裕を持って測っているため1100・400mWくらいと大体合っています。hip-dac2とGO Bluも公式スペックによるとバランスの32Ωでそれぞれ400・245mWも出せるので、ほとんどのヘッドホンで十分な音量が得られると思います。

hip-dac2やGO bluは50Ω以下の負荷になると一気に歪みはじめるのに対して、Gryphonの方は20Ωくらいまで粘り強く定電圧を維持できているあたりはさすが高級機です。特に最近は音量を取りにくい大型ヘッドホンでも50Ω以下の低インピーダンス設計が増えてきたので、その場合Gryphonを使うメリットは大きいです。

Diabloも比較

iFi Audioにはmicro iDSD Diabloというパワフルなモデルがあるので、それもグラフに入れてしまうと他のモデルは「どんぐりの背比べ」といった感じで圧倒されてしまいます。平面駆動型などの鳴らしにくいヘッドホンを使う場合はDiabloを選ぶべきですね。据え置きヘッドホンアンプでもここまで高出力なものはそうそうありません。ちなみにmicro iDSD SignatureはDiabloのシングルエンド(赤の破線)とほぼ同じです。(4.4mm出力はありますが差動アンプではないので)。

1Vppにて

同じ1kHzテスト信号で無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。ボリュームノブのステップの都合でピッタリ1Vに揃っていないだけで、全てのモデルが綺麗な横一直線です。出力インピーダンスを測っても、どれも0.2Ω以下とかなので、インピーダンスが低いIEMイヤホンでも安心して使えます。それにしても、低価格なhip-dac2とGO Bluでさえもここまで理想的な特性だと、上位モデルの出る幕がありません。

GryphonのIEMatch
1Vppにて

GryphonにはIEMatchアッテネーターが搭載されているので、それの挙動も確認してみました。先程言ったように、IEMatchスイッチは「3.5」「4.4」が選べるものの、効き具合が違うだけで、どちらの出力にも影響を及ぼします。

スイッチで4.4を選んだ方がアッテネーターの効きが強くなります。さらに1Vppでのグラフを見ればわかるように出力インピーダンスが悪化するので、どうしても必要な場合以外ではオフにしておくのが良さそうです。グラフからの計算だと出力インピーダンスは3.7Ωくらいのようです。

hip-dacとhip-dac2

せっかくなので、hip-dac2と初代hip-dacの出力を比較してみたところ、ピッタリ重なったので、やはり両者のアンプの性能は同じようです。どうしてもMQA対応とオレンジ色のケースが欲しい人以外は初代hip-dacのまま買い換える必要は無さそうです。

ドングルDACと比較

参考までに、他社のUSBドングルDACと比較してみると、やはりどれもバスパワーの上限で似たりよったりなのに対して、hip-dac2とGO bluはかなり高い電圧が得られることがわかります。グラフは3.5mmシングルエンドのみなので、4.4mmも使えばさらに高電圧が得られます。

音質とか

今回の試聴では、まず低価格なhip-dac2とGO bluから聴いてみたところ、やはり価格相応といった感じで、完璧とは言えません。どちらもパワーは十分にあるものの、ノイズフロアが高めなので、特に感度が高いBA型イヤホンとかだとホワイトノイズが目立ちます。

もちろん屋外でカジュアルに使う分には問題にならないと思いますが、静かな自宅でじっくり音楽を聴き込むといった用途ではちょっと気になるレベルです。一応hip-dac2にはハイ・ローゲイン切り替えボタンがあるのですが、ノイズフロア自体は変化しません。

一旦これらを試したあとでGryphonを聴いてみると明らかにノイズレベルが下がるので、それだけでも高価なGryphonを選ぶ価値があると実感します。さらにGryphonはIEMatchスイッチを搭載しており、そちらをONにするとノイズフロアがもう一段下がるので、Campfireなど感度が高いイヤホンでは絶大な効果があります。

私自身はアンプのノイズフロアはそこまで気にならない性格なので、むしろIEMatchをOFFにした状態で鳴らした方が音質的には好みなのですが、イヤホンマニア界隈では、ちょっとでもノイズが聴こえるのが耐えられないという人もいるらしいので、そういった場合はGryphonをおすすめします。

低コストなアンプ設計ではノイズフロアが高くなってしまうのは必然ですから、むしろhip-dac2やGO bluのような安価な製品にこそIEMatchアッテネーターを搭載してもらいたかったのですが、コスト的に難しいのでしょうか。

他社の場合、こういった安価なアンプでもIEMatch相当の出力抵抗を常に通すことで出力インピーダンスやゲインと引き換えにノイズレベルを下げておく設計が多いのですが、iFiは高出力をポリシーとしているので、それはやりたくないのかもしれません。

やはり物量はアンプの品質に影響します

ノイズに関してはさておき、肝心の音質については、ちょっと面白いことに、hip-dac2やGO bluが無難で普通なサウンド傾向なのに対して、Gryphonは意外と個性的で好みが分かれるタイプです。

初代xDSDの時もそう感じたのですが、あえてmicro iDSDシリーズとは異なる系統の、もうちょっとカジュアルで親しみやすい鳴り方に仕上げているような気がします。

まずGryphonと比べてhip-dac2が無難なサウンドだというのは、悪い意味ではなく、あえて奇抜なことはせずに、与えられた枠組みの中で万人が満足できるようなサウンドを目指したという印象です。たぶんhip-dac2を購入するのは、非力な駆動環境からの初めての本格的なアップグレードという人が多いでしょうから、そのメリットがハッキリと実感できるように、アンプの傾向も粒立ちが粗っぽくパワフルな迫力が体感できるような、ガツンとくるサウンドになっています。

とりわけイヤホンから大型ヘッドホンに移行した人への初めてのアンプとしては最適で、ヘッドホンならノイズフロアもイヤホンほど気になりませんし、モニター系の開放型ヘッドホンでもスカスカにならずに芯のある音楽を奏でてくれます。たとえばDT990やHD660Sなどレビューの評判が良いからと買ったはよいものの、スマホから鳴らしても生気が無く、パソコンのヘッドホン出力だと音が鋭角で耳障りで、イマイチ期待していたのとは違う、と悩んでいる人が、後日ショップに行って、同じヘッドホンをhip-dac2を通して聴いてみることで、その音質メリットに十分納得して購入する、というパターンが思い浮かびます。

ただし、もうちょっと突き詰めて聴き込んでみると、やはり上位クラスのアンプと比べて高音の伸びが不十分だったり、解像感や奥行きが不足していたりなど、細かい部分で劣る部分は目立ちます。ギターアンプをマイキングしたような力強い音楽には合っていますが、ヴァイオリンなど生楽器の音色の質感があまり綺麗に出てくれない点は不満です。その点は同じ価格帯でもnano iDSD BLの方が断然上手いと思いますが、そちらは軽めで線の細い鳴り方なので、外出先で騒音に負けずに音楽を聴くような環境ではhip-dac2の方が有利です。

GO bluは、hip-dac2よりも鳴り方がもうちょっと軽く、中高域が目立つような傾向です。Bluetoothを経由しているためサウンドの印象がUSB接続のGO bluと違うのは当然ですし、コーデックや通信環境によっても変わってくると思いますが、多分それ以上に電源やアンプの違いが現れていると思います。特に低音のパワー感みたいなものがhip-dac2よりも弱く、立ち上がりのタイミングが滲んで遅れるような緩い鳴り方なので、音楽全体の中で低音の存在感が乏しく、そのせいで中高域に意識が行ってしまう感じです。aptXだと高音付近のシュワシュワ感がさらに強調されるので、どちらかというとLDACで接続したほうが落ち着いていて良いと思いました。

Gryphon

次に、Gryphonを聴いてみると、先程言ったようにノイズフロアがグッと下がるおかげで、録音に含まれる細かな残響音などが聴き取りやすくなり、ステレオの臨場感が向上します。解像感が上がったことが明らかに実感でき、さらに低音と高音の両端も拡張されて、聴き慣れた楽曲でもじっくり聴き込みたくなる意欲が湧いてきます。

Gryphonのサウンドは、特に同じiFiのmicro iDSDシリーズと比べて、もっと幅広い音楽鑑賞に向けて仕上げたような印象を受けます。micro iDSDはどちらかというとRMEやMytekなどプロ用オーディオインターフェースのような繊細で高解像な方向性で、楽曲の悪い部分をも露見させてしまうようなシビアさを持ち合わせているのに対して(それでも初代と比べればBLやSignatureになってだいぶ美音傾向になってきましたが)、Gryphonは中~低音にかけて厚くゆったりと、まるでラウンジの大型スピーカーで聴いているかのように温厚な雰囲気を演出してくれます。そんな低音に対して、中高域は控えめで、プレゼンスや打撃音などの高音になって金属的な鋭さが感じられる、といった印象です。

つまり安直に言えばドンシャリ傾向というわけですが、低音側に過度なピークが無く、安定した厚みと距離感があり、他のアンプで聴くよりも堂々と落ち着いたスムーズさがあります。そんなゆったりした低音だけで退屈させないために、高音にちょっとしたシャープさを加えることで解像感を与えるという、まるで優れた2WAYスピーカーのような演出です。

中高域のボーカルやソロ楽器がそこまで主張が強くないため、色々なヘッドホンを鳴らしてみたところ、特にGradoヘッドホンとの相性が良いと思いました。Gradoの開放的な音抜けの良さは独特の魅力がありますが、メインの歌手や楽器が間近で激しく鳴って、やかましく感じることがよくあるので、その点Gryphonで聴くことで刺激が抑えられて一歩下がった客観的な目線で楽しむことができます。他にはたとえばオーテクとかも相性が良いと思います。逆に、すでに中域が控えめな傾向があるソニーはGryphonの特徴とかぶってしまうため、肝心の歌手が前に出てきてくれずもどかしく感じました。イヤホンだと、ShureのようなマルチBA型で、もうちょっと豊かさが欲しいけれど、持ち味のシャープさも失いたくない、という場合には最適です。

そんなGryphonの感想はバランスとシングルエンドの両方に当てはまるので、つまり初代xDSDと比べても鳴り方が変わったようです。先程のグラフでは出力特性がピッタリ一致したわけですが、アンプ回路の設計コンセプトが共通していたとしても、それ以外のバッテリーや電源回路であったり、コンポーネントや基板パターンの見直しなど、様々な要因で音質は変わります。

低域が厚めで高音のエッジが目立つという点では初代xDSDも同じなのですが、Gryphonと比べると安定感や落ち着きが無く、ホットすぎて疲労感のある印象でした。Gryphonはもっと余裕を持った鳴り方になったことで、xDSDの長所はそのままに、弱点だけが解消されたようです。チューニングによって味付けを変えただけではなく、確実にアップグレードしたと実感できるので、やはり電源やシャーシなど全体的な余裕が増した結果なのかもしれません。

最後に、搭載エフェクトについての感想です。hip-dac2はXBass、GO bluはXBassとXSpace、GryphonはXBass IIとXSpaceといった具合に三者三様です。

XSpaceはいわゆるクロスフィード機能で、従来の3D+モードの発展型のようです。3D+で個人的に不満だった高音のシャリシャリ感が低減され、センター付近のフォーカスはそこまで変わらずに、ステレオ両極端の信号がちょっと前寄りに移動する感じなので、古いロックやジャズなどステレオ感が広すぎる楽曲で試してみると効果がわかりやすいです。個人的にこれなら使う機会も多いかもという具合に満足しています。

XBassはその名の通り低音ブーストですが、今回はGryphonのみ「XBass II」ということでプレゼンス帯のブーストが搭載され、背面スイッチで低音とプレゼンスの両方かどちらかを選べるようになっています。

iFiのxBassは低音全体をモコモコ持ち上がるのではなく、聴くというよりは体感するレベルの最低音のみを持ち上げてくれるため、生楽器ではそこまでの変化は感じられませんが、EDMなどでは気持ちの良い効果があります。さらにXBass IIではプレゼンスを持ち上げることで、キックドラムなどに付帯する空気が動く感覚も増して、より体感的に勢いのあるリアルな低音が味わえます。Gryphonではこの機能のためだけにわざわざスイッチを設けているわけですから、相当の自信があるのでしょう。

このXBassエフェクトは楽曲に対してというよりはむしろイヤホン特有の弱点を補うような使い方を想定していると思うので、例えば低音が弱いマルチBA型なら低音ブーストを、高音のキレが甘いシングルダイナミック型ならプレゼンスを、といった感じに使い分けるのが良いと思います。

おわりに

iFi Audioは新作の数が多すぎて「またか・・・」とスルーしている人も多いかと思いますが、今回xDSD Gryphonは久々に注目に値する意欲作だと思います。

パワフルなバランス対応ヘッドホンアンプに、DSD512・DXD高性能USB DAC、光&同軸S/PDIF入力、シングルエンド&バランスアナログライン入出力、aptX HD, aptX Adaptive, aptX LL, LDAC Bluetooth入力と、ここまで「全部入り」なポータブル機はそうそうありません。デザインもmicro iDSDや初代xDSDのチープさから一気に高級感溢れる仕上がりになりました。

参考までにサイズ比較です

新旧合わせて、ポータブル機の種類があまりにも多すぎるので、結局どれを買うべきか迷ってしまうかもしれませんが、いざ並べて比べてみると、値段とサイズと機能で案外明確に分かれています。

まず初心者がヘッドホンアンプを求める理由はパワーですから、それを2万円台で提供するhip-dacとGO bluがあり、そこからライン入力などを含めた全部入りの多機能機として9万円のGryphonになり、そして機能性はあえて絞ってレファレンス音質を目指すmicro iDSD Signature/Diabloが10~13万円台といった具合に、価格帯ごとのユーザー層(初心者、ガジェットマニア、オーディオマニア)が何を求めているのかよくわかっているモデル展開だと思います。

結局買ったのはこれです

今回怒涛の新作試聴ラッシュで、どれも優秀なモデルだと思ったのですが、個人的にはGO Bluを購入しました。製品としての完成度が高いことと、自前のイヤホンを手軽にワイヤレス化するのに便利だと思ったからです。

近頃は2pinやMMCXのBluetoothケーブルであまり使わなくなったイヤホンをワイヤレス化してみたりしていますが、やはり安価な受信機は感度が貧弱で、スマホを右ポケットに入れると大丈夫だけど左ポケットだと音が途切れる、なんてことがよくあるので、その点GO bluは感度も強く、適当に胸ポケットなどに入れておけるので便利です。

また、ケーブルタイプの小さな受信機はバッテリーの持ちが悪いものが多く、数日放置していて、いざ使おうと思ったらバッテリーが空になっているなんてことがよくあったのに対して、GO bluは一週間放置しても80%くらいを保ってくれていたので、そういう細かい点がありがたいです。

また手で持っているときのホールド感やボリュームノブの軽いカチカチ感とかのクオリティが絶妙に良く、現物を手にとった時の感触で購入を決めました。

そういった意味ではGryphonも魅力的ですが、私はmicro iDSD Signatureを愛用していて手放せないため、両方持つ意味も無いため購入しませんでした。

どちらかというとmicro iDSDはデスクトップの据え置き用で、Gryphonは外出向きだと思うので、よく考えてみると、私がGryphonを買わなかったのはmicro iDSDとかぶるというよりは、むしろポータブルDAPとかぶるからという理由の方が大きかったかもしれません。DAPを使いたくない人、たとえばスマホのWIFIと5Gでサブスクを聴くとかなら、高級DAPに匹敵する音質を誇るGryphonを選ぶのが最善だと思います。

DAPの代わりとしてスマホとスタックするにはmicro iDSDやHugo 2とかではちょっと大きすぎますし、昔ならソニーPHAやJVC SU-AXシリーズ、オンキヨーやティアック、Venturecraft、ALOなど様々なDACポタアンがあったのに、今は本当に選択肢が少なくなってきたので、そんな中でGryphonはひときわ輝いている存在です。最近だとMojo2が出て、価格も近いので、音質面ではそれがライバルになるだろうと思います(残念ながらまだ未聴です)。機能性ではGryphonの圧勝ですね。

iFi Audioからは、同時期に発売したZEN One SignatureやPro iDSD Signatureなど、今回紹介できなかった新作もまだまだあるので、よく長年ここまでエネルギーを保てるなと、つくづく関心します。せっかく高級イヤホンやヘッドホンを購入したのなら、iFi Audioに限らず、とにかく優れたヘッドホンアンプで鳴らしてみることをオススメします。