2022年3月23日水曜日

Astell&Kern ACRO CA1000の試聴レビュー

Astell&KernのACRO CA1000というモデルを試聴してみたので、感想を書いておきます。

ACRO CA1000

2022年1月発売、約27万円の高級モデルで、一見してわかるように、ポータブルというよりは据え置きのスタイルで使うためのDAPです。近頃はどのメーカーのDAPも似たりよったりなので、このような奇抜な提案には個人的に興味がわきます。

CA1000

このACRO CA1000というモデルについて、まず最初に誤解しないように言っておきたい事があります。十中八九の人はデザインを見ただけで「AK DAPのためのドックだろう」、もしくは「ディスプレイ部分が分離してDAPになるのだろう」と想像しているかもしれませんが、この写真に写っている全体で一つのポータブルDAPです。

既存のAK DAPと同じOSインターフェースに、D/AチップはESS ES9068ASを四枚搭載、PCM 384kHz/32bit DSD512ネイティブ再生対応という、れっきとしたハイエンドDAPです。

ドックではありません

画面がチルトできるのはあくまで便利機能であって、着脱分離はできません。上の写真での角度くらいが限界で、単純に画面の上の方を持ってグイッと引き起こすだけです。

側面から見ればわかりますが、これはタッチスクリーンしか入っていない薄い部品で、実際のDAP回路はベース部分に格納されています。

また、側面のタイヤみたいな部品は位置的にも画面をチルトするためのノブのようにも見えますが、実際はボリューム調整のエンコーダーです。

画面は薄く、本体はベース内部にあります

コンセントやACアダプター駆動ではなく、大容量バッテリーを搭載しており、必要な時にUSB Cで充電するスタイルです。スペックでは10.5時間再生で、9V3AのPD2.0充電器に対応しているそうです。

ACRO L1000と比較

AKの中でもACROシリーズといえばL1000・S1000スピーカーオーディオシステムや、BE100 Bluetoothスピーカーといった、電源を確保して据え置きで使うようなモデルを担当していたブランドなので、今回のCA1000もそれらと同じような部類だろうという先入観もありそうです。

今回数週間に渡ってCA1000を使ってみた結論としては、これはあくまで「ポータブルDAP」として扱うべきで、その中でもとりわけ大型ヘッドホンを鳴らすための高出力に特化した、KANN Alphaなどの延長線上にあるモデルのようです。

シャーシに余裕があるため、普段DAPには無いRCAライン入力などの便利機能も搭載されているものの、それらはあくまでオマケであって、本質的には現行AK DAPと同じインターフェース操作性に、Highゲインモードのさらに上の「Super」ゲインモードが追加されている、というだけの話です。

CA1000・KANN Alpha・SP2000T・SP2000

参考までに、他のAK DAPと並べて比べてみたところ、CA1000は確かに存在感がありますが(残念ながらKANN Cubeは手元にありませんでした)、大型DAPというアイデア自体はKANN Cubeをはじめとして、Hiby R8やiBasso DX300 MAXといった前例もあり、さらにソニーDMP-Z1というのも、この部類に含まれます。

約500gで20万円のKANN Cubeと、2.5kgで100万円のDMP-Z1に対して、1kgで27万円のCA1000はサイズも価格もそれらの中間に収まるモデルだと考えれば、なんとなく説得力があるかもしれません。

そもそも、1kgもするようなモデルを「ポータブル」DAPと呼べるのか、そんなのを誰が使うのか、という疑問を持つ人もいると思いますが、KANNシリーズが好評だったように、大型DAPというのは少なからずニッチな需要があります。

DAPを通勤通学で外に持ち出すのではなく、あくまで自宅での音楽鑑賞のみに活用している人は実際かなり多いです。出先でも車移動でしたら1kgでも全然問題ありません。

イヤホンにはそこまで興味が無くて、大型ヘッドホンで音楽をじっくり楽しみたいけれど、DAPではパワー不足の音質に満足がいかず、わざわざオーディオラックにフルサイズの据え置きヘッドホンアンプを導入するのも気が引ける、という人は多いでしょう。CA1000のようなバッテリー内蔵であれば、リビングや書斎など、好きな部屋に持ち歩いてバッテリー駆動で楽しめます。

さらに、私としては、むしろこちらのメリットの方が大きいと思うのですが、パソコンやスマホとの接続に依存せず、ゴチャゴチャしたケーブル類も不要な、完全に独立したユニットとして、ストリーミングサービスやマイクロSDカードに入れておいた楽曲を再生するための装置というのは、信頼できて心が落ち着く存在です。

長らく音楽鑑賞を趣味としてきた人ほど、死ぬまでに聴ききれないほどの膨大な数のCDやFLACコレクションがあり、それらをCA1000に入れておいて、たまに新譜を無線LAN (AK File Drop)経由で転送するといった、いわばジュークボックス的な使い方が一番しっくりきます。

デザイン

パッケージはそこまでラグジュアリー感を演出するような感じではなく、そこそこ良いデジカメとかでありがちな、しっかりしたベーシックな紙箱です。そのあたりもACROシリーズのターゲット層を象徴しています。

パッケージ
本体デザイン

長方形の塊のようで、よく見ると上面の操作ボタンに向かってゆるく傾斜して、さらに前面のヘッドホン端子列を覆い保護するような前傾角度が付いているのがユニークです。

シンプルな四角形のシャーシと比べてデザインの手間や切削コストがかかるでしょうから、こういうところが高級機だという事を実感させてくれます。

ボリュームノブ

綺麗に作られています

本体デザインで一番印象に残るのは、やはり大きなボリュームエンコーダーでしょう。まるでタイヤとホイールのようにアルミと真鍮の二重構造になっており、よく見ると内周にメッセージが刻まれているという、手のこんだデザインです。

多くのメーカーは金属削り出しの重量級な手触りで高級感を演出しがちですが、こちらはむしろ真逆で、ガタの無いしっかりしたベアリングと、わずかに感じるステップの刻みで、勝手には回らないけれど、指先を滑らすだけで正確にボリューム調整ができるよう、上手く考えられています。下手に重厚感を出すよりも、こういう方が実際に店頭で触ってみて品質の高さを感じ取ることができます。

底面

前面

底面は四隅のゴム足のみで、余計なスイッチなどは無くシンプルです。

前面のヘッドホン出力は6.35mm・3.5mmシングルエンドと、4.4mm・2.5mmバランス出力が用意されています。

AK DAPといえば2.5mmというイメージがあったものの、最近は4.4mmバランス出力も搭載している機種が増えてきたのが嬉しいです。シングルエンドの方は、個人的には6.35mmさえあれば3.5mmは直結アダプターで十分なので、わざわざ両方搭載してくれるよりも、むしろ4pinXLRバランス出力が欲しかったです。

大型ヘッドホンの場合ケーブルの選択肢がそれしか無いという事が多いですし、4.4mmからのアダプターケーブルも手に入りにくく、そういうケーブルタイプのアダプターを通すと音質にも影響がありがちです。CA1000の製品コンセプトとしても、4pinXLRを搭載することで「大型ヘッドホンに特化したDAP」だと明確に主張したほうが良かったのでは、と思います。

物理ボタン

本体上面の物理ボタンは、電源とトランスポートボタンのみです。

慣れてしまえばどうでもいい事なのですが、電源ボタンの挙動についてはちょっと気になりました。

押してみるとわかるのですが、一秒ほど押すと「カチッ」とリレーかなにかが作動する音が聞こえるので、それで電源が入ったと勘違いして指を離すのですが、いくら待っても、それを何度繰り返しても、何も起こりません。

実際はもっと長く、二秒ほど長押しすることで、OSが起動して、他のAK DAPと同じような起動画面が始まります。実際に内部でどのような手順が行われているのか不明ですが、なんだかアンプ基板とAK DAP部分の整合性が取れていないような変な気持ちになります。友人に使わせてみたところ「電源を入れても画面が暗いままなんだけど?」と戸惑う人が数人いました。

ボタンのアイコンが・・・

デザインで個人的に指摘したい点があるとすれば、物理ボタンのアイコンが画面上のデザインと一致しておらず、本体の「再生・停止」ボタンが、画面上の「曲送り」と同じアイコンになっているのはなんだか気になります。

産業デザインを勉強した人なら絶対に気がつくミスだと思いますし、もし私がCA1000の設計担当者だったら、この部分だけは不合格で作り直すように指示しただろうと思います。

特に両者は同じ視界にあるため、曲送りしようと思い、画面に指紋がつくのが嫌で物理ボタンを押そうとすると、無意識に再生停止ボタンを押してしまう、というミスを何度もやってしまいました。細かい点ですが、せっかくの高級機ということで、どうしても気になってしまいます。

4.1インチ画面

画面インターフェースに関しては、普段のAK DAPと共通したOSなので、戸惑う事もなくサクサク快適に使えました。画面は4.1インチの720×1080なのでKANN AlphaやSA700と同じです。

個人的には、せっかくの大型据え置きDAPなのですから、できればSE180やSP2000Tと同じ5インチ1080×1920を搭載してもらいたかったです。高価なモデルなのでコスト的な問題は無いと思いますから、なぜあえて4.1インチを選んだのか謎です。もちろん実際に使う分にはそこまで気になりません。

スワイプダウンメニュー

CA1000ならではのユニークな機能としては、まず画面上部のスワイプダウンメニューから、アンプのゲインで「Super」が選べるようになったのが大事です。

それと、AK DAPに慣れている人なら上の写真で気がついたと思いますが、一番下にinput/output terminalsというメニューが追加されており、これについては後述します。

Crossfeed

Crossfeed設定

新たにCrossfeedというボタンも追加されており、メニューでさらに細かい調整が行えます。

ヘッドホンのステレオクロスフィードというのは、AKだけに限らずポータブルDAPで真面目に取り組んでいるメーカーは意外と少ないので、今回AKがようやく導入してくれたのは嬉しいです。

実際に試してみたところ、色々とスライダーを調整してみたものの、SPLなどの優れたクロスフィードと比べると現状ではあまり満足できる効果は得られませんでした。

優れたクロスフィードというのは、1.5m 30°配置のスタジオモニタースピーカーの鳴り方をシミュレートするか、大きなリビングのフロアスピーカーを想定するかで解釈は変わりますが、どちらにせよ「スピーカーで聴くことを想定して作られた音楽」をヘッドホンで聴くと違和感があるので、それを補正するためのエフェクトです。

つまり低音に向かうにつれて指向性が失われていく感覚や、トーインで高音の軸線がずれてダイレクト感が減って広がりを持つ感覚、左スピーカーから左耳と右耳では高音と低音の到達時間つまり位相がずれて届き、しかも外耳に反射する成分が異なる感覚などをシミュレートすることで、音が左右の耳の間近ではなく前方遠くから鳴っている錯覚を与えるのが求められます。

その点今回CA1000に搭載されているクロスフィードはEQで左右の信号をブレンドしただけのような聴こえ方なので、個人的にはスピーカー感覚は得られませんでした。将来的に他のAK DAPにも搭載して、DSP処理をどんどん高度なものに進化させてくれると嬉しいです。

設定
設定
Bluetooth

他の設定メニューなどは一般的なAK DAPと同じです。AndroidアプリインストールやAK File Dropなど新しめな機能もちゃんと搭載しています。Bluetoothは優先するコーデックを任意で決められるのが便利です。

後日アップデートがありました

Roon Ready機能追加

ちなみに最近のAK DAPなら搭載しているはずのRoon Ready機能が見当たらなかったので変だなと思っていたら、最近になってファームウェアアップデートで追加されました。すでにRoonサーバーを構築している人なら、メインのオーディオシステムとは別に、CA1000をカジュアルな受信機として同じライブラリーを共有できるので
便利です。

リアパネルについて

CA1000が他のAK DAPと比べてユニークな点といえば、背面にある豊富な入出力端子が気になります。

RCAライン入力まであります

S/PDIF光・同軸入力とRCAライン出力、そしてRCAライン入力もあるのはDAPとしては珍しいです。

これらは普段のAK DAPには無い装備なので、OS上でどうやって切り替えるのか気になっていたのですが、スワイプダウンショートカットから新たなメニューが用意されています。

入出力選択メニュー

各端子に接続検知があり、最後に接続したケーブルが自動的に選択され、さらにメニュー上で任意の入出力を切り替えられます。たとえば4.4mmと3.5mmヘッドホンを両方接続しておいても、両方から音が鳴るのではなく、画面上でどちらか選んだ方がハイライトされて、そちらから音が出るというAVアンプ的な切り替え方式です。このあたりの設計はかなり直感的でエレガントだと思います。

入力信号(赤線)とCA1000を通した信号(緑線)

背面のRCAアナログライン入力は内部で48kHzのA/Dコンバーターを通るようなので、あくまで便利なボーナスとして捉えた方が良いと思います。

上のグラフはサイン波スウィープを再生したもので、赤線はmicro iDSDからのアナログRCAライン出力、緑線はそれをCA1000のRCAライン入力に入れてヘッドホン出力から測ったもので、24KHzのロールオフと高周波のエイリアシングノイズが確認できます。


また、DAPとしてmicro SDカードから1kHzテストファイルを再生した時(赤線)と比べて、USB DAC入力(緑線)やS/PDIF入力(緑線とほぼ同じ)はノイズが高めなので、多目的なDACとしてではなく純粋なDAPとして使う方が向いているように思います。

もう一つ、HiFi News誌3月号のCA1000レビュー記事にて、S/PDIF入力では24bitデータが16bitに削られてしまうという報告があったので、それを心配していたところ、私が借りた試聴機ではそれは発生しませんでした。初期サンプル版のみの不具合だったのでしょうか。ちゃんと24bitで-96dB以下のS/PDIF信号を入力しても正しい波形が確認できます。

あと、細かい点ですが、デジタルフィルターを確認している時に気がついたのですが、シングルエンドヘッドホン出力は反転で、バランスヘッドホン出力と背面RCAライン出力は非反転出力でした。そういうのを気にする人もいると思うので一応書いておきます。

今私が使っている現行ファームウェア1.07で確認できている、再生関連のバグで、今後修正してもらいたいものは二つあります。まずS/PDIF入力にて176kHzまでは問題なく通るのでが、192kHzだけはランダムなノイズになってしまいます。

それと、DSD256ファイルを再生している時にボリュームノブを操作すると、チリチリというグリッチノイズみたいなものが気になります。DSD128では発生しません。

これら二つについて、ファームウェアアップデートで修正できるようでしたら、ぜひ行ってもらいたいです。

全体的に見て、CA1000のDAPとしてのコアの部分はこれまでのAK DAPと比べても遜色無い優秀な設計で、一方CA1000のために新たに追加された入出力関連に関しては、あくまでカジュアルな使い勝手重視で、オーディオファイル面では若干の懸念があるというような印象です。それぞれ設計担当が別だったのでしょうか。

出力とか

いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波を再生して、負荷を与えながらボリュームを上げていって歪みはじめる(THD > 1%)最大電圧(Vpp)を測ってみました。

バランスとシングルエンドでそれぞれLow < Mid < High < Superと4段階のゲインが選べて、さらに背面にはRCAライン出力もあります。

バランス出力を使うことでシングルエンドの約二倍の電圧が得られ、しかもバランスのSuperゲインでは無負荷時に最大42.5Vpp(つまりスペックどおり15Vrms)という大変な高電圧を発揮していることがわかります。無負荷時の最大電圧のみで言えば、以前テストしたQuestyle CMA TwelveやdCS Bartokのヘッドホン出力と同じくらい出ています。

ちなみに背面RCAライン出力はヘッドホン出力と同じように通常の可変ボリュームからラインアウトモードで固定ボリュームに切り替える事ができ、ラインアウトモードの電圧は設定メニューで事前に選択しておけるので、上のグラフでは2Vrms(つまり5.65Vpp)を選んでおいたことで、ほぼそのとおり(5.3Vpp)出力されています。

ヘッドホン出力の低インピーダンス側での挙動はちょっと変な感じになっています。グラフの横軸を80Ωまでに拡大してみるとわかりやすいと思いますが、負荷インピーダンスがある程度低くなってくると、赤線のバランスよりも青線のシングルエンドの方が高出力を発揮できています。

さらによく見ると、60Ω以下からはバランス出力のSuperよりもHighの方が高い電圧が得られ、20Ω以下になるとLowが一番高い電圧が得られるという逆転現象が起こっています。一方シングルエンド出力の方はそのような変な挙動ではなく、高いゲイン設定を選ぶごとに上限が上がっていく素直な特性であることが確認できます。

なぜこんな結果になっているのかというと、特にバランス出力では、通常のパワー限界によって発生する「頭打ち」的な歪みとは別に、負荷が60Ω以下になったあたりから、謎のグリッチみたいなものが発生するからです。

ボリュームをどんどん上げていってアンプが限界に差し掛かるとサイン波の上下が潰れて歪み始めるのが、一般的なアンプでよく見る傾向です。普段私のグラフではボリュームを上げていって正しいサイン波と比べて歪み率が1%を超えた時点での最大電圧を記録しています。

しかしCA1000のバランス出力では、そのようにサイン波の上下が潰れるよりも先に、ある程度の負荷に達した時点で、上の波形のようなグリッチが発生します。

このグリッチが発生していても、サイン波の上下は綺麗に出ているため、瞬間的なダイナミックな波形であれば、もっとボリュームを上げていって上下が潰れはじめるまで余裕があり、聴いていても気が付かないだろうとおもいます。しかしこれでは正しい増幅とは言えませんので、今回のグラフではグリッチが発生した時点を最大電圧として記録しました。

ちなみにシングルエンド出力でもグリッチは発生するものの、それよりも先に波形の上下が潰れ始めるため、そこまで問題になりませんでした。アンプや電源回路の挙動に違いがあるのでしょう。

そのため、負荷インピーダンスが低い場合はバランス出力よりもシングルエンド出力を使った方が、より高い電圧まで正しい増幅を行ってくれるという結果になったわけです。また、バランス出力でも、ゲインモードをLOWに設定しておくとグリッチが発生しにくいため、冒頭の電圧グラフで見たように低インピーダンスではより高い電圧が得られるという結果になります。

これらをまとめた例としてはこんな感じになります。12Ωという非常に低い負荷を鳴らした場合、バランス出力のSuper、High、Midを選ぶと、紫線のように、そこそこ低い電圧でグリッチが発生します。バランス出力のLowは緑線で、グリッチが発生せずに上がり、若干頭が潰れているくらいです。そしてシングルエンドのSuper、High、Midでは、青線のように、最大まで上がりきります。シングルエンドのLowではそもそもここまでボリュームが上がりません。

結局のところ、12Ωなんて低いインピーダンスのイヤホン、ヘッドホンを鳴らす場合に、実用上ここまで高い電圧(つまり高いボリューム位置)が必要なケースは極めて稀ですから、歪まずに適正音量が得られれば問題ありません。肝心なのは、最近は感度が低いのにインピーダンスも低いヘッドホンが増えてきたので、その場合は必ずしもバランスのSuperゲインを使うのが最善ではない、という事です。


最大出力電圧を他のDAPなどと比較してみました。それぞれ実線がバランスで破線がシングルエンドです。

やはりmicro iDSD Diabloが圧倒的ですが、実際ここまで高い電圧が必要な事はほぼありません。その点CA1000はシングルエンドではDiabloとほぼ重なるくらいの特性で、極めて優秀です。同じAK ACROシリーズのL1000は最大電圧はそこまで高くないものの、ACアダプター駆動なだけあって低インピーダンスでの出力は粘り強いです。SP2000TやSP2000などのDAPはかなり非力で、KANN Alphaも600Ωとかの高インピーダンス負荷ならそこそこ高電圧が出せますが、基本的なアンプ設計がSP2000とかと同じ傾向なので、低インピーダンスでは弱いというのがわかります。

肝心なのは、これは各インピーダンス負荷における最大電圧(つまり最大音量)の話であって、音質の善し悪しとは全く別の話です。

次に、CA1000のみで、同じテスト波形で、無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせてから負荷を与えていって、電圧の落ち込みを測ってみました。バランス(赤線)、シングルエンド(青線)、背面RCA(緑線)とどれも似たような特性で、さらに、各ゲインモードでの結果がピッタリ重なっているため、どのゲインモードを選んでも特性は変わらないようです。

傾斜から出力インピーダンスを計算してみると、バランスで1.8Ω、シングルエンドが1.1Ωくらいになるようです。大型ヘッドホンを鳴らすなら十分な部類です。ちなみに、グラフで見てわかるとおり、背面RCAも2.2Ωくらいのそこそこ低インピーダンス出力なのは意外でした。

音質とか

今回CA1000を試聴するにあたって、どうすべきか悩みました。いつもどおりのAK DAPとしてIEMイヤホンを中心に評価すべきなのか、それとも据え置きヘッドホンアンプとして大型ヘッドホンに注目すべきなのか、という点です。

豪華な聴き比べです

まず結論から言ってしまうと、今回比較してみたAK DAP(SP2000・SP2000T・KANN Alpha・CA1000)の中で、鳴らしにくい大型ヘッドホンで音楽を聴くなら、私なら断然CA1000が良いと思えました。しかも試したヘッドホン全てで、そしてどんな楽曲でもそう感じたので、単純な相性とかではなくて、なにか明確にそう思わせる理由があるようです。

逆に、鳴らしやすいIEMイヤホンなどでは、私はSP2000のサウンドが一番好きで、CA1000は最下位でした。なんだかAKの思惑通りの感想に至ってしまったような気がして、自分の耳が安直すぎると思えてしまうのですが、何度比べてみてもそう感じるので仕方がありません。

Dynamicレーベルからメータ指揮フィレンツェ五月音楽祭オケの「運命の力」を聴いてみました。このレーベルのオペラはライブ録音ということもあって音質のアタリハズレが大きいのですが、今作はかなり当たりの部類です。

フィレンツェの定期公演で歌手陣もそれほど派手ではないものの、逆にそれが地元感というか本場のサウンドを醸し出してくれます。会場の音響がそうさせているのかわかりませんが、五月祭オケの演奏はメジャーレーベルのパリッとしたスタジオ録音とは違った古き良きイタリアオペラっぽい雰囲気があるのが嬉しいです。DVDジャケットを見る限り美術演出には共感できそうにないので、音だけハイレゾダウンロードで販売してくれたのはありがたいです。

64 Audio Nio

UE Live

まず感度の高いイヤホンを鳴らした場合を試したかったので、普段から聴き慣れている64 Audio NioやUE Liveを使ってみました。

SP2000など普段のAK DAPと比べてアンプのバックグラウンドノイズが若干多めです。ボリュームをゼロにするとミュートされてノイズが確認できないため、静かな楽曲を再生しながらボリュームを1に上げると、楽曲からではないアンプ由来のホワイトノイズがうっすらと聴こえてくるのがわかります。ゲインモードを切り替えてもノイズレベルは変わらないようです。

一部の感度が高いイヤホンでのみ聴こえる程度で、ほとんどの場合、録音自体のノイズの方が上回るので音楽鑑賞を台無しにするほどではないものの、IEM用の高価なDAPとして期待している人は気になるかもしれません。

音質面では、KANN Alphaと似たような傾向で、もうちょっと余裕を持って抑揚の息使いみたいなものが豊かになったような印象です。歌手を中心に丸く落ち着いた鳴り方なので、どんなイヤホンでも相性が良いと思いますし、耳障りに感じるような奇抜なクセもありません。特に響きに余計な味付けをしておらず、高音のギラギラ・シャリシャリ感も抑えられているあたりはACROシリーズが想定している室内用途を踏まえてのチューニングなのかもしれません。つまり、屋外で持ち歩く事を想定して周囲の騒音に負けないように派手なドンシャリに仕上げるのではなくて、静かな環境で長時間じっくり音楽鑑賞に専念できるようなサウンドという事です。

いくつかのAK DAPと交互に聴き比べてみたところ、個人的にはSP2000の歌唱や弦楽器の艶やかな高級感や、SE200のスッキリしたコンサートホール空間のクリアさなど、プレーヤーごとにそれぞれ明確な魅力があり、価格相応になにか凄いものを体験しているような実感が湧いてくるのですが、その点ではCA1000は普段どおりの良い音という印象が強く、なにか湧き上がってくる非日常なスリルみたいなものはありません。

逆にこういう方が飽きずに長く使えると思うので、悪いことではありません。ただイヤホンで使う分にはCA1000が得意とする高出力を活かしきれているとは言えず、10万円台のKANN Alphaとかでも十分、もしくはCA1000と同じ値段ならSP2000TやSE180とアンプモジュールオプションを買った方が色々と遊べて、自分の好みのサウンドが得られる満足感があるので、そっちの方が良いように思えてしまいます。

HIFIMAN HE6SE

やはりCA1000は大型ヘッドホンを鳴らす事で、その真価を発揮してくれます。ところが、これが単純に「大音量が出せるから」という理由だけではなく、実はもっと奥が深いようです。

どういう事かというと、今回CA1000を試聴する際に、一般的なHD800Sなど以外にも、Hifiman HE6SEやDan Clark Audio、Audeze LCDシリーズなど平面駆動型を中心に「鳴らしにくい」とされる、ありとあらゆるヘッドホンを試してみたのですが、それらですら実はCA1000のSuperゲインモードを必要と感じた事は一度もありませんでした。Highゲインモードでも十分な音量が得られます。

私が聴く程度のリスニング音量であれば、KANN Alphaでも十分余裕がありますし、SP2000やSP2000Tでさえもボリュームが頭打ちすることは無く、CA1000よりも10%ほど上げたくらいで十分な音量が得られます。

たとえ電圧を測って音量を合わせたとしても、各DAPごとの鳴り方の印象は大幅に違い、とりわけ今回試した「鳴らしにくい」とされているヘッドホンの全てにおいて、CA1000で鳴らしたサウンドが個人的にベストだと思えたのが、オーディオの奥が深いところです。

音量は問題ありません

まず、SP2000とSP2000Tのどちらも、バランスとシングルエンドを問わず、大型ヘッドホンとの相性は一番悪いように感じました。

特に試聴に使ったオペラのライブ録音では、一言で表すなら「地に足がついていない」といった感じで、オケも歌手陣も全体が不安定に宙を漂っているような、うねるような鳴り方です。優秀なDAPなだけあって、周波数特性はフラットで、個々のディテールも聴き取れるのに、それがどこから鳴っているのかという空間の相対関係みたいなものが不明瞭で、ぼんやり漠然と雲を眺めているような感覚です。イヤホンで聴くなら最高に素晴らしいサウンドが得られるDAPですし、ヘッドホンを鳴らしても必要十分だと思えても、いざCA1000に乗り換えてみることで、これまで失われていたものを取り戻したような、明確な違いを一瞬で実感できます。

KANN Alphaはその点ちょっとマシなようでしたが、やはりCA1000には一歩及ばないと思いました。SP2000・SP2000Tと比べて、KANN Alphaであれば、歌手やソロ楽器のある中域の大事な部分だけはクッキリと鳴ってくれるので、だいぶヘッドホンの性能を引き出せている感じはします。しかしCA1000では低音から高音まで広帯域で同じようにクッキリと安定した鳴り方をしてくれるため、さらにヘッドホンを鳴らしきっている実感があります。

Craft RecordingsからMichael Feinstein 「Gershwin Country」を聴いてみました。タイトルどおりガーシュウィン曲集のカントリーアレンジというスタイルなのですが、実際はカントリーのスターをゲスト起用しているだけで、そこまで本格的なカントリーっぽくはありません。

Feinstein自体がガーシュウィンと縁が深い有名なナイトクラブ歌手で、これまでに何枚もスタンダード曲集を出しているため、嫌味のない極めて王道なアレンジで気軽に楽しめる歌謡曲集です。モダンジャズの難解なアレンジを聴き慣れていると、こういうオーソドックスな方が意外と新鮮です。ジャズ復刻で勢いのあるConcord傘下Craft Recordingsなので音質も素直で良好です。

iFi Audio micro iDSD Signature

次に、私にとって一番身近な存在のmicro iDSD Signatureと比較してみます。

micro iDSDシリーズは、よく「シビアな鳴り方」だと言われる事があると思いますが、それがどういう意味かCA1000と比べてみるとよくわかります。単純に音がシャープで刺さるという意味では無さそうです。

私の解釈としては、シビアな鳴り方というのは、適正音量をちょっとでも超えてしまうと楽曲やヘッドホン由来の耳障りな要素がすぐに目立ってしまうような、ギリギリのラインがあるという感覚です。

CA1000はそうではなく、ボリュームの許容範囲がもっと広く、音量の上下が音楽の聴こえ方にそこまで影響しないように感じます。つまり、ボリュームをちょっとくらい上げても、シンプルに「音量が大きくなる」というだけで、耳障りにならないという事です。

micro iDSDシリーズは個人的に長らく愛用している優秀なアンプだけあって、音が悪いと言っているわけではありません。micro iDSDを使って聴く場合、ほんの少しボリュームを上げただけで楽曲に含まれる細かな情報であったりヘッドホンごとのクセや特徴が明確に現れるため、つまり解像感が高く、分析的に魅力を引き出せる(逆に不具合も目立つ)という点が気に入っています。

逆にCA1000はそういった情報の分析みたいな事を気にせずに、幅広い音源とヘッドホンで楽しめるという魅力があります。たとえば、試聴したアルバムの「I Got Rhythm」のベースラインを聴くと違いが一目瞭然です。micro iDSDの方が立体的で空気感があり、優れた低音だと思います。しかし、それをじっくり聴けるレベルに音量を上げると、ギターのジャカジャカ、ドラムやフィドルと、色々目まぐるしくてやかましく感じてしまいます。一方CA1000で聴くと、ベースラインが前方目前にてシンプルに太く奏でられるため、ディテールやリアリティは損なわれるものの、しっかりとリズムとメロディが把握できて、音楽の芯がブレません。

たとえばGradoヘッドホンなんかはCA1000とかなり相性が良いと思います。Gradoに限らず開放型ヘッドホンの多くは小音量で聴けば繊細で美しいけれど、ボリュームを上げてガッツリ聴きたいと思うと高音の刺激が強すぎて耳障りになってくるモデルが多いです。その点CA1000ならそこそこ音量を上げていっても鳴り方がそこまで変わらず快適に楽しめます。

Dan Clark Audio Ether 2

Fostex T60RP

色々なヘッドホンを鳴らしてみた結果、とりわけCA1000によってポテンシャルを引き出す事が実感できたのが、Dan Clark Audio Ether 2やFostex T60RPのような大人しめの平面駆動型ヘッドホンでした。

どちらもマイルドなサウンドのヘッドホンなので、弱いDAPなどで鳴らしても凡庸で面白みが無く、優れた据え置きヘッドホンアンプで一気にポテンシャルが開放されるような、意外と扱いが難しいヘッドホンです。つまりアンプの鳴り方を探るには最適です。

これらのヘッドホンをCA1000で鳴らすことで、DAPよりも明らかに据え置きヘッドホンアンプ寄りの充実した音が引き出せました。さらにCA1000の鳴り方をじっくり聴いてみると、一見重そうな音なのに、良い感じに統一感があってスッキリしている、まとまりの良さが印象的です。

日本のアンプメーカーとかでよくありがちな、こってりしたゴージャス感や響きの美しさを強調するような演出でもありません。試聴に使ったガーシュウィン盤で例えると、アコースティックギターやフィドルのアタック部分の鮮やかな輝きや、女性歌手の艶っぽい息を呑むような表現みたいなものはCA1000ではあまり目立ちません。

どちらかというとプロオーディオのような真面目に太く鳴らすタイプなのですが、よくプロオーディオ機器を音楽鑑賞用に使おうとして失敗しがちな、ワイドレンジを意識しすぎて高音がザラザラ刺さったり、低音がホットに押し付けがましいといった弱点がCA1000では感じられず、高音と低音をギリギリのところでツルッと仕上げているような、洗練された「引き算」の音作りという印象を受けました。

ただし、逆に言うと、帯域両端は限定的で、深く立体的に沈み込む低音とか、広大な空間にパーッと広がっていく空気感のような感覚も味わえないので、そういうスケール感を期待していると、なんとなく音場の天井が低いような感じがして物足りなく思えてくるわけですが、普段の音楽鑑賞を楽しむのに「これで十分、むしろこれ以上は不要」と思わせる説得力があります。まるでCoplandやPrimareのような北欧ブランドにあるような、いい意味でライフスタイル系っぽい、押しが強くなく節度を持った仕上がりに魅力を感じました。

おわりに

今回AK ACRO CA1000をじっくり試聴してみたのですが、これはなかなか判断が難しい、異色の存在です。

デザインを見た時の第一印象では、「色々と詰め込んだガジェット的なカジュアル路線のモデル」かと思いきや、いざ使ってみると、「大型ヘッドホンを鳴らし切る事に特化したポータブルDAP」という、かなり明確な目的に特化した、一点集中型のモデルだった事に気がつきました。

つまり「まさにそれを求めていた」という人にとっては、ライバル不在で唯一無二の存在ですし、その用途においては、音質もデザインのクオリティも価格相応に十分なので、買って損はないと思います。

音質の好みはさておき、価格相応というのは、たとえば純粋にオーディオ性能としては10万円のmicro iDSDの方がコストパフォーマンスは高いとは思いますが、もしそれに液晶画面と洗練されたAK DAPインターフェース、重厚な削り出しシャーシとボリュームノブなど、CA1000と同じ水準のものを作るとなったら、結局30万円近い価格設定になってしまうでしょう。ようするに、こういった用途で音質面でもそこそこ納得できる、もっと安いライバルは思い浮かびません。

では私の場合はどうなのか、CA1000を買うべきなのかというと、現在micro iDSDを愛用していて、USBケーブルとパソコンでゴチャゴチャとやっていて、それで満足していますし、それとは別に本格的な据え置きヘッドホンアンプシステムとなると、DACやケーブル、オーディオラックなども含めてかなりこだわって楽しんでいます。

つまり、私と似たようなコアなヘッドホンマニアであるほど、CA1000の素晴らしさは認めるものの、その存在意義というか、居場所が見つからないというところで、判断が難しいわけです。

逆に、フルサイズオーディオシステムやポータブルDAPとは別腹で、中間を埋める第三の存在としてはかなり魅力的です。デスクやベッドサイドに置いておいて、仕事の息抜き、読書のBGMとかで使うのであれば、変に重厚なシステム構成にこだわるよりも、単体で完結しているCA1000が最適解なのかもしれません。ソニーDMP-Z1が高価なわりにそこそこ好評だったのも、意外とそのようなニッチ需要が存在していたからでしょう。

私も今回CA1000を借りて使っていて「これが自宅にあったら、さぞかし便利で重宝するだろうな」という憧れや確信は持てたのですが、しかし自分の財布ではそこに新たに出費する余裕が無い事も確かです。

これはつまり、ラリックやバカラのデカンタのような物だと思います。現実的に必要かどうかと考えるよりも、いざ実物を手にとってみると、どうしても欲しくなってしまうような魅力的な商品で、思い切って買ってしまえば、実用的で、毎日が楽しくなりそうだな、なんて思えてしまいます。