ベイヤーダイナミックの新作イヤホンXelento 2nd Genを試聴してみたので、感想を書いておきます。
Beyerdynamic Xelento 2nd Gen |
海外では2022年10月発売、有線版の価格がUSD$999で、Bluetoothワイヤレスアダプター付属版が$1199だそうです。初代Xelentoが2017年発売ということで、ずいぶん時間が空いてしまいましたが、期待していた人も多いだろうと思います。ちなみに今回試聴できたのは有線版のみです。
Beyerdynamic
ベイヤーダイナミックは個人的に古くから愛着のあるメーカーです。特にプロ用のスタジオモニターヘッドホンでは30年以上の歴史があり、一万円台のエントリーモデルからドイツ本社工場で作っているものもあったり、業務用から音楽鑑賞まで幅広いユーザー層からの定評と信頼があります。
私自身もDT1770PROという密閉型モニターヘッドホンを愛用しており、発売から7年間経った今でも、毎日酷使していて壊れる気配も見せません。もちろんT1やT5pといったリスニング向けの高級ヘッドホンも独特の魅力があり手放せない存在です。
Xelento 2nd Gen |
ベイヤーダイナミックの上級モデルというと、2009年発売のT1から始まったテスラテクノロジーというドライバー技術が有名です。一般的なヘッドホンに使われるよりも強力な磁石を搭載することで振動板の振幅を正確に制御する、というコンセプトは同社のトレードマークとなり、これ以降多くのメーカーが磁石の強さについて言及するようになる新たなトレンドが生まれました。今作「Xelento 2nd Gen」でもテスラテクノロジーを主要技術として採用しています。
もちろん強力な磁石を搭載するだけで音質が良くなるというほど簡単な話ではなく、それを保持する強固なフレームや応答性の優れた振動板といった総合的な設計が必要になるので、初代T1ヘッドホンではそのあたりを含めての完成度が非常に高く、ダイナミック型ヘッドホンの次世代を提示するターニングポイントだったと思います。
AK T8iE・T8iE MkII・Xelento |
Xelentoの話に戻りますが、このイヤホンシリーズの歴史はちょっと複雑です。T1ヘッドホンによってテスラテクノロジー誕生してから数年後の2015年、同じ技術がイヤホンに導入されるということで大きな話題になりました。
しかも、実際に登場したイヤホンはベイヤーダイナミック名義ではなく、DAPメーカーAstell&Kernとのコラボレーションモデルとして、「AK T8iE」というモデル名で販売されました。
AK T8iE |
この当時、高級イヤホンといえばマルチBAドライバー型がまだ主流であり、ダイナミック型で(つまりドライバーを一つしか搭載していないのに)10万円の高級機というのはとても挑戦的な試みでした。
もちろんゼンハイザーには2012年からIE800がありましたし、他にもシンガポールのDitaなど、ダイナミックドライバーのメリットを主張するニッチなメーカーも存在していましたが、プロ用モニターヘッドホン大手のベイヤーによる高級イヤホンということもあり、当時はずいぶん注目を集めましたし、そのサウンドも期待を裏切らない素晴らしい仕上がりでした。
AK T8iEの発売当時、私も真っ先に購入したのですが、当初は初期不良に悩まされて何度かショップで返品交換することになり、半年後くらいに受け取ったロットからは一切の不具合が無く、これは今でも手元にあり現役で活躍しています。
この時の体験を振り返ってみると、AK T8iEイヤホンには「Beyerdynamic」のロゴがあるものの、返品修理などの対応はAstell&Kernを通して行い、ベイヤーはあくまでOEM製造元のように、直接問い合わせても「ベイヤーのイヤホンではありませんので」という対応をとっていました。私を含めて、当時の掲示板にて初期不良報告の多さを垣間見るあたり、まだ2015年のあの時点ではベイヤーはイヤホン開発製造のノウハウが十分でなく、そのジャンルの先輩であるAstell&Kernとコラボすることは良い経験になったのだろうと思います。
初代AK T8iEの発売から一年ほどで「AK T8iE MkII」という後継機に交代しました。ケーブルが変わった以外では外観デザインに変更は無く、音質面では若干ディテールが強調されたようなマイナーチェンジ版でした。
初代Xelento |
このAK T8iE MkIIの翌年の2017年には、全く同じデザインで今度はベイヤーダイナミック名義の「Xelento」が登場しました。今回紹介するXelento 2nd Genはこちらの後継機という扱いになります。
黒いAK T8iEと銀のXelentoで、一見単なる色違いのようですが、実は音質面でのチューニングが大幅に変更されており、AK T8iEは低音寄りのパワフルな鳴り方なのに対して、Xelentoはもうちょっと高音寄りでクリア感を強調したあたり、ベイヤーらしいイメージに寄せた印象がありました。
ここでややこしくなるのは、ベイヤー側のXelentoの紹介ではAKとのコラボやAK T8iEについて一切言及しておらず、独自の完全新作イヤホンという扱いになっているため、我々ユーザーからすると、AKバージョンとは一体どういう関係性で、どう変わったのかイマイチよくわからない状況でした。
その後AK T8iE MkIIはコラボモデルということもあり数年で販売終了になったのですが、Xelentoの方は当時としてはまだ珍しいBluetoothワイヤレスアダプターケーブルを付属したバージョンを出したりして、息の長い製品としてラインナップに残りました。
AKとのコラボも無事終わり、ベイヤーはこれから独自の道を歩むのかと思っていた矢先の2019年に新たなコラボモデルの「AK T9iE」が登場しました。
このAK T9iEの基本デザインはAK T8iE/Xelentoを継承していますが、側面パネルに大きな通気孔が追加され、極太MMCXケーブルを付属するなど、明らかに新設計の後継機として、これまでのベイヤーのイメージとは一味違う異色の存在でした。
Xelento 2nd Gen & AK T9iE |
そんなわけで、Xelentoの方もそのうちAK T9iE相当の新型に更新されるだろうと期待していたわけですが、その間に時代はトゥルーワイヤレスイヤホンの全盛期に突入して、ベイヤー自体も経営周りで大きな変化があってカジュアルなコンシューマー機に専念するようになり、といった具合に雲行きが怪しくなり、「もう出ないのかも・・・」と半分諦めていた中で登場したのが、今回のXelento 2nd Genなわけです。
Xelento 2nd Gen
新作Xelento 2nd Genの構造やデザインについては、Youtubeにある公式プロモーション動画を見ると面白いです。相変わらずドイツの本社工場で熟練職人によって作られているそうですが、動画にあるような手作業の工程が実際に行われているのなら、さすがに高価になっても仕方がないな、と思えてしまいます。
公式スペックを見ると、16Ωの11mmダイナミックドライバー搭載というあたりは旧作と同じですが、能率が旧作の110dB/mWから114dB/mWに向上しているあたり、全く同じドライバーというわけではなさそうです。ハウジングのデザインも初代とほぼ同じ小型ティアドロップ形状で、装着感も同じです。
美しい仕上がり |
パーツの組み上げも上品です |
ベイヤーとしては、初代Xelentoの時から「オーディオジュエリー」「宝石」というのをテーマに掲げており、今回も派手な鏡面仕上げに、ロゴエンブレムは24金をあしらっているそうで、ケーブルもそれにマッチした細い銀色のものが付属しています。
他社の高級イヤホンと比べるとかなりコンパクトです |
私の勝手な感想ですが、他社の巨大なIEMイヤホンにとりわけ不都合を感じていないような人であれば、すでにそういった巨大IEMを持っているでしょうから、ベイヤーはあえてそうではないニッチを狙っているようです。
他社の高音質イヤホンに対抗できないという意味ではなく、たとえば普段の音楽鑑賞はヘッドホンを使っていて、イヤホンはもうちょっと手軽に高音質を味わいたい、そしてデザインの高級感もやはり重要、というような人に向いていると思いますし、実際に初代Xelentoはかなり幅広い客層に売れたようです。
一般的なMMCX端子 |
4.4mmバランスケーブル |
最近あまり見ないリモコン |
今回使った試聴機は「Xelento Remote 2nd Gen」という3.5mmリモコン付きケーブルと4.4mmバランスケーブルが付属しているバージョンです。
さらに$200増しで「Xelento Wireless 2nd Gen」というバージョンも売っており、こちらは3.5mmリモコン付きケーブルと、Bluetoothワイヤレスアダプターケーブルが付属しているのですが、4.4mmバランスケーブルは付属していないので注意してください。
個人的にはBluetoothケーブルはちょっと気になります。近頃この手のMMCXネックバンドタイプのBluetoothケーブルの新作を見なくなっており(最近だとShanlingのやつくらいでしょうか)、その点これは旭化成AKMチップにBluetooth 5.2、AptX Adaptive、USB C充電と、最近求められているスペックが一通り揃っており、意外とニッチで魅力的な製品だと思います。現時点ではXelento 2nd Gen同梱のみですが、今後アクセサリーとして別売してくれると喜ぶ人も多いだろうと思います。
AK T9iEとの比較 |
通気孔の位置などもほぼ同じです |
ノズルも同じようです |
ケーブルだけはずいぶん違います |
AK T9iEと並べてみました。本体のデザインはほぼ一緒なので、単なる色違いと言われたら信じるかもしれません。側面のパネル部品がAK T9iEはAKらしい直線的なデザインなのが主な違いです。
ケーブルはAK T9iEは極太ツイスト編み込みタイプで、個人的に流石にこれは太すぎて、せっかくのコンパクトな本体の軽快なフィット感が損なわれると思いました。もっとノズル部分が長く耳穴の奥までグッと挿入されるようなIEMイヤホンでしたら、これくらい太いケーブルでも問題無いのですが、こういうコンパクトなイヤホンには向いていません。
ちなみにAK T9iEはAKということで2.5mmバランスケーブルと3.5mm変換アダプターという構成だったのですが、今回Xelento 2nd Genは4.4mmバランスなのは面白いですね。
そしてXelento 2nd Genの銀色の細いケーブルは初代Xelentoのものと同じだと思いますが、これはこれで、細いからといってフィット感が良いと思ったら、意外とそうでもありません。
フィット感
Xelentoが好評を得た大きな理由の一つが、他社のイヤホンと比べてコンパクトなデザインだと思います。ツルッとした清潔感のある手触りや、細めのケーブル、そしてイヤピースのノズルが浅く、耳穴を圧迫しないデザインといったあたりも、本格的なIEMイヤホンを使い慣れていない人でも気軽に使えるように配慮されています。
実際に装着してみると、本体がとても薄いため耳のくぼみの中にピッタリ収まるのも、見た目を気にする人にとっては重要です。店頭でワイヤレスイヤホンとかを選んでいる客を見ると、フィット感や音質が良くても、耳から飛び出るような不格好なデザインだと敬遠される傾向があるようです。(そういった一般人の感覚は、我々イヤホンマニアは意外と気が付かなかったりします)。
私自身も未だに初代AK T8iEを使う機会が多いのも、本体が薄いため横になって枕に耳を当ててもイヤホンが圧迫されない事や、ノズルが短いため耳穴の圧迫感が少ないため、寝るときのリラックスイヤホンに最適だという理由が大きいです。
ただしノズルが短いという点は短所にもなります。一般的なIEMイヤホンと比べて耳穴の奥までノズルが入らないため、しっかりした密閉感を得るのがむずかしく、耳形状の個人差によってはノズルが耳穴に対して変な角度に収まってしまうこともあります。
付属イヤピース |
AK T9iEのと比較 |
私はFinalのを使っています |
初代XelentoやAK T9iEのイヤピースといえば、裾が広がっているユニークな形状が賛否両論ありましたが、今回Xelento 2nd Genに付属しているものはそこまで広がっておらず、無難なデザインになりました。それでも相変わらずかなり浅めのフィットなので好き嫌いが分かれます。
私自身はAK T8iEの頃から色々と試行錯誤した結果、Finalのイヤピースに落ち着きました。もちろん個人差もありますし、必ずしもフィット感が良いものが音質面でも最善とは限らないのが難しいところです。
イヤホンのレビューでは毎回言っている事ですが、理想的なフィット感というのは、イヤホン本体が耳のくぼみに密着する時点でイヤピースが耳穴内に密着している状態だと思います。イヤピースに隙間があると低音が薄くなってしまいますし、逆にイヤピースが大きすぎて本体が耳から浮いている状態ではノズル角度や長さが不安定になり音に変なクセがつきます。
ケーブルも、純正の銀色のやつはとても細くてスマートなのですが、旧型と同じようにクセが付きやすいタイプなので、私の耳ではあまり良い感じにフィットしませんでした。耳掛けが無く、ケーブルが軽いため、耳に掛けた部分が安定せず飛び出してしまいます。もし純正ケーブルを使うなら、Y分岐あたりにクリップなど重いものを引っ掛けて、ケーブルが下に引っ張られる力を与えるとフィットが安定します。
インピーダンス
いつもどおり周波数に対するインピーダンスの変動を確認してみました。AK T9iEとゼンハイザーIE600、そして参考までに、正反対の極端な例として64Audio U18tというマルチBA型も重ねてみました。
インピーダンス |
Xelento 2nd Genは公式スペックでは16Ωということですが、さすがダイナミック型だけあって可聴帯域全体でインピーダンスがピッタリ安定しています。
高音の5kHz付近にちょっとしたアクセントがあり、これはAK T9iEとも共通していますが、全体的なインピーダンスはXelento 2nd Genの方が1Ωほど高いです。どちらにせよダイナミック型イヤホンの典型例のような特性なので、どのようなアンプやDAPでも問題なく鳴らせるだろうと思います。
U18tは18基のBAドライバーを搭載しているイヤホンで、ダイナミック型との違いは一目瞭然です。スペックでは9Ωと書いてありますが、実際は各帯域を任されたドライバーの数や特性によってインピーダンスが大きく変動しているのがわかります。
位相 |
電気的な位相変動で現してみると、Xelento 2nd Genなどダイナミック型の各モデルは可聴帯域内で位相がほとんど動いていないのに対して、U18tは45°付近にまで動いているため、これらの帯域でのアンプへの負荷は純粋な抵抗よりも高くなり、ようするにアンプによる音質の違いが発生しやすいです。このあたりも「ハイエンドなイヤホンならアンプにもこだわるべき」というのと、「どんなアンプを使っても安定駆動すべき」という各メーカーごとのポリシーの違いみたいなものが伺えます。
音質について
今回の試聴では、普段から聴き慣れているHiby RS6 DAPを主に使いました。
Hiby RS6 DAP |
まず第一印象として、当然の事ながら、サウンドの特徴、鳴らしやすさ、装着感など、全体的な傾向はAK T9iEと非常によく似ています。初代XelentoとAK T8iE MkIIの関係性を知っている人なら、それとほぼ同じ図式が当てはまるような感じです。
ケーブルが着脱できるので、ためしに左耳はXelento 2nd Gen、右耳はAK T9iEにしてモノラルの音楽を聴いてみたところ、Xelento 2nd Genの方が全体的に派手で明るめで、音量もわずかに大きく感じるものの、言われなければ気が付かない程度というか、なんとなく音像が左側に寄っていて右耳がちょっと詰まっているのかな、というレベルの差です。
次に、初代Xelentoと比べてみると、以前AK T8iEからT9iEへのアップデートで感じたのと同じように、音の圧迫感が低減されて、長時間の音楽鑑賞でも疲れにくいようなチューニングに変化しています。
初代Xelentoは耳をピッタリと塞いで、ドライバーからの音圧がダイレクトに鼓膜に届くような感触だったので、高音の硬いエッジや、低音の空気圧みたいな感覚が比較的強めで、そこがダイナミック型らしい聴き応えのあるサウンドを生み出す長所でもあったわけですが、Xelento 2nd Genでは圧力が外に抜けてくれるような緩めの仕上がりになっています。第一印象では初代の方がキラキラ感やメリハリがあって、2nd Genは緩くて無難すぎる印象を受けるかもしれませんが、アルバムを数枚通して聴いたあたりで、2nd Genの方が聴き疲れせずに楽しめている事に気がつきます。
想定するユースケースも変わったのかもしれません。初代Xelentoが出た頃はまだAirpodsですら珍しく、ワイヤレスイヤホンがそこまで普及しておらず、Xelentoもポータブル用途で騒音に負けないようなパンチの効いたサウンドが求められました。しかし現在の市場を見ると、騒音下で使うならワイヤレスNCが普及しており、Xelento 2nd Genはむしろそういうのとは別腹の、じっくり楽しむ嗜好品のような扱いに変化した気がします。広報写真や冒頭の公式動画とかを見ても、カッコいい大人がオフィスでゆったり音楽に没頭する、みたいなイメージを強調しているようで、そうなるとチューニングの傾向の変化にも納得できます。
この組み合わせが良かったです |
Xelento 2nd Genをしばらく聴いてみて個人的に感じたのは、付属イヤピースとケーブルのどちらも自分に合わず、別のものに交換することになりました。
まず付属イヤピースについては、軽快で手軽に装着できるため、一見悪くないように思えるのですが、実際は耳穴の内部にしっかりと密着しておらず、低音がかなり逃げてしまいます。
試聴の際、もし高音が目立ち、軽めのサウンドだな、と思ったなら、別のしっかりしたイヤピースに交換してみることをおすすめします。私の場合はFinalのイヤピースに交換することで耳穴にピッタリと密着してくれて低音のバランスも安定してくれます。目安としては、イヤホン本体を引っ張って、なんの抵抗も無く耳からポロッと外れるようでしたら、正しいフィットが得られていないということです。
軽めのサウンドを求めているなら、それでも良いじゃないか、と思うかもしれませんが、ピッタリとフィットせずに隙間があると、密着具合が左右で微妙に異なってしまい、低音のバランスが合わず浮足立った不安定なサウンドになってしまいます。
ケーブルも、付属品は中高域にアクセントがあるように感じたので、Effect Audioの一番安い銅ケーブルに交換してみたところ、この方がイヤホン自体の素性がそのまま伝わってくる感じがします。耳掛けフックと柔軟な編込み線材のおかげでフィットが安定しますし、高音の強調が取り除かれ、中低音の抜けの良さも向上する気がします。
Smoke SessionsからBobby Watson 「Back Home in Kansas City」を聴いてみました。WatsonのアルトとPeltのトランペットにChestnutがピアノと、豪華なラインナップです。
ニューヨークで活躍した後に地元カンザスの大学で20年間も教鞭をとっていたWatsonが2020年に引退することとなり、これまでの集大成として挑んだスタジオセッションです。オリジナル曲をメインに、レスター・ヤングやベン・ウェブスターから続くカンザスらしいリラックスした明るい演奏が魅力的で、終盤のスタンダード「I'm glad there is you」の真摯な吹き込みも素晴らしいです。
Xelento 2nd Genはジャズとの相性が特に良いと思います。とりわけアルトを太く描くというのはイヤホンではなかなか難しい事なので、ここまでしっかりと鳴ってくれるだけでも優秀だと実感します。温厚でありながら、帯域の狭さやこもりを感じさせず、音像が前に出てくるけれど、耳障りな押しつけがましさがありません。全体的に角が立たないけれど退屈にならないようリスニングテストを繰り返して入念に音作りを行った事が伺えます。
圧倒的な分析的解像感とか、際立った凄みみたいなものは無いため、熱心なイヤホンマニアにとってメインイヤホンとして選ぶにはちょっと物足りないというか、「悪くないけど、これといって買う意味が見いだせない」と思えるかもしれませんが、普段このようなアルバムをじっくり聴きたいと思っている人には最高のパートナーになりそうです。
特に面白いと感じたのは、このXelento 2nd Genのチューニングは、最近のベイヤーのワイヤレスイヤホンFree BYRDとか、アクティブNCヘッドホンLagoon ANC、さらにT1・T5 3rd Genのサウンド傾向を連想させます。それが良い悪いという話ではなくて、近頃の新体制のベイヤーが目指すサウンドというか、ブランドアイデンティティーみたいなものが確立してきたという事なのでしょう。例えばゼンハイザーはこういう音で、オーテクだったらこう、みたいな感じの話です。
ようするに、最近のベイヤー製品に共通するのは、温厚で不快感が少ない、長時間聴ける緩めのサウンドの中に、ちょっとだけ高音の金属っぽいアクセントを加える、というような感じです。そして、コンサートホールの空間再現みたいなものはそこまで重視せず、打ち込みやオンマイクの低音でも余裕を持たせて、中域の主役を引き立てる、といった具合に、どちらかというとB&OとかB&Wがやろうとしている事に近いような印象があります。
ベイヤーといえばDT880とかのシャープで乾いたサウンドを想像する古典的なファンにとっては、ずいぶん勝手が違うと思うでしょうけれど、現時点で大多数のイヤホンユーザーが求めているサウンドという意味では、近頃のベイヤーはぴったり当てはまると思いますし、それらの中でもXelento 2nd Genはかなり優秀な仕上がりだと思います。
Xelento 2nd Gen & IE600 |
デザインの違いが面白いです |
Xelento 2nd Genと同じ価格帯のライバル候補というと、やはりゼンハイザーIE600が思い浮かびます。どちらもダイナミック型ですし、私自身IE600のサウンドを気に入って購入したので、Xelento 2nd Genとくらべてどんなものか気になります。
どちらもMMCX端子なので、同じEffect Audioの銅ケーブルとFinalのイヤピースを装着して、イヤホン本体のみのサウンドの違いを比較してみたところ、両社のサウンドに対する考え方が根本的に違うため、もはや好き嫌いというレベルではなく、全く異なる二つのサウンドを気分次第で使い分けたくなります。
IE600は細かな音像が遠くに敷き詰められているような感覚で、帯域ごとの音量だけでなく距離感や質感においても凹凸が少なく極めてフラットに描かれています。自分の周囲の球面上にある音を眺めているような感じで、細かなディテールの多いクラシック交響曲とかには最適です。ただし上位モデルIE900ほどの鋭い解像感は無く、安定志向で一歩距離を置いた、退屈で面白味がないサウンドとも言えます。
それと比べてXelento 2nd Genは音像の距離感が遠くから自分に向かってV字を描いているような、センター音像が力強く鳴る感じです。なんというか、中華鍋を想像してもらえると、IE600は表面を見ていて、Xelento 2nd Genは裏面を見ているような感じといえば、空間の描き方がなんとなくわかるでしょうか。
これは交響曲とかの広大な空間を描くのはちょっと不得意で、主要な音像が前に迫ってきて、本来の立体的な奥行きが掴みにくいです。最近このブログでは、ゼンハイザーIE900はもちろんのこと、Simphonio VR1やDita Perpetuaといった圧倒的な空間描写をするダイナミック型イヤホンを色々と聴いてきたので、それらと比べるとXelento 2nd Genの空間の表現はそこまで特筆するほどでもありません。ただし特定の帯域だけ変な方角から聴こえるような乱雑な空間表現ではなく、安心して聴いていられます。
ようするに、普段聴いている音楽で、そこまで音像の前後の距離感とかコンサートホールの立体定位とかを気にしない場合でしたら、むしろこちらの方が力強く前に迫ってくる感じで聴き応えがあります。たとえばモータウンとかR&BはIE600よりもXelento 2nd Genの方が断然良いです。
古いジャズが蘇ります |
ピアノトリオとかには最高です |
個人的に、Xelento 2nd Genの魅力が最大限発揮されるのは、バンドのスタジオセッションだと思います。特に古いジャズには最適で、聴きづらいステレオ初期の作品とかでも、独特なセンター寄りの描き方のおかげでしっかりした音像が得られます。
クロスフィードのように左右の空間をブレンドするのとはちょっと違い、声や楽器の勢いが目前に迫ってくる力強さのおかげで、臨場感の左右のバランスの悪さをカバーしてくれるという感じです。
Red Garland Trio 「Manteca」を聴いてみました。1958年のステレオ録音です。
最近になってBandcampにてPrestigeレーベルが過去作を大量に掲載してくれて、手に入りにくくいOJC CDシリーズとかがようやく安価にダウンロード購入できるようになり嬉しいです。定番の名盤だけでなく、この頃の佳作を色々と聴くのが面白いです。
こういうありふれたピアノトリオ盤というのは、下手なヘッドホンで聴くと凡庸でBGMのように聴き流してしまいがちです。その点Xelento 2nd Genはがっつりと「聴かせる」鳴り方です。ピアノのタッチに重みがあり、ベースは弾むようなリズム感、高音のハイハットやシンバルがそこそこ金属らしい硬さと輝きを持っているあたりは、さすがベイヤーらしいです。
色々聴いていて、特にこのアルバムを取り上げたのは、レイ・バレットのコンガの力強い鳴り方が、Xelento 2nd Genの魅力を如実に表していると思ったからです。
この頃のヴァンゲルダースタジオのジャズでコンガなどのパーカッションが入っていると、「アフロ・キューバンっぽい雰囲気を出すためによくあるやつね」と大抵聴き流してしまう人が多いでしょうけれど、このイヤホンで聴くと真っ先に注目が行きました。「彫りが深い」という表現がピッタリの、実際に叩いている音が背景から飛び出してくるといった感じで、音色の質感や強弱の付け方などの一部始終が伝わってきます。
ソロを取っている楽器の音像が近くても、背景にいるそれ以外のバンドメンバーとの奥行きの距離感が出ているので、音抜けがよく、混雑しません。特に一曲目中盤でアート・テイラーのドラムとバレットのコンガが激しいインタープレイを見せるあたりも、双方の楽器の音色が鮮明に描かれて、白熱した演奏の中にも美しさが見いだせます。このようなバンド演奏の名人芸みたいなものをじっくり堪能するには最適なイヤホンです。
おわりに
ベイヤーダイナミックXelento 2nd Genはまさに初代Xelentoの順当な進化系といった感じで、よりリラックスした音楽鑑賞が楽しめるイヤホンになりました。
全体的なデザインは旧型からそこまで大きく変わっておらず、熱心なイヤホンマニアにとっては奇抜さが足りないかもしれませんが、総合的に良く出来た製品だと思います。
ただ小型軽量というだけでなく、スマホドングルDACやポータブルDAPでも鳴らしやすく、アンプとの相性もそこまで気にしなくてもよいので、手軽に高音質を味わいたい人におすすめしたいです。ただしケーブルとイヤピースを変えることでサウンドも変化するので、試聴の際にはそのあたりも実験してみる価値があります。
世の中にはもっと高価なイヤホンも色々と出ていますが、たとえば感度が高すぎてアンプのノイズが目立ってしまうとか、インピーダンスが低すぎてアンプの出力インピーダンスに応じて周波数レスポンスが狂ってしまうなど、それなりのアンプを用意しないとまともに鳴らせないイヤホンも結構多いです。そういった難しいイヤホンのポテンシャルを引き出すのもハイエンドオーディオ趣味の楽しみなのかもしれませんが、その点Xelento 2nd Genは上流機器との相性に左右されにくく、メーカーが意図したサウンドが手軽に得られるあたりは、さすが大手メーカーらしく優れた設計手腕だと思います。
従来のプロオーディオに特化した毅然な態度から比べると、近頃のベイヤーダイナミックはずいぶん丸くなった印象があります。コンシューマーの音楽鑑賞に求められるサウンドというものをかなり熱心に追求しており、ワイヤレスなどのカジュアルモデルから本格的な音楽鑑賞用ヘッドホンまで一貫した体験を提供しようという意図が感じられ、今回のXelento 2nd Genはその成果の結晶という印象があります。
私自身は、こういうブログを書いているくらいですから、願わくば今後ベイヤーにはぜひ「小型軽量なオーディオジュエリー」といった枠組みから飛び出した、なにか凄い奇抜な超高音質イヤホンを開発してもらいたいです。
特に最近はDita Perpetuaを筆頭にゼンハイザーIE900などでダイナミック型イヤホンの新たなポテンシャルを見せつけられ、「まだこんなに凄いサウンドが引き出せるのか」と驚かされています。
もちろんそうなるとXelento 2nd Genよりもワンランク上の価格帯になってしまうかもしれませんが、ベイヤーダイナミックの技術力とノウハウがあれば不可能ではないはずです。ビジネスとしてはあまり合理的ではなくとも、次世代を象徴するステートメントモデルみたいなもので、また業界をリードするような存在感を放ってもらいたい、なんて思っています。