2024年9月18日水曜日

KuraDa KD-Q1 ヘッドホンの試聴レビュー

KuraDa KD-Q1というヘッドホンを試聴してみたので、感想を書いておきます。

KuraDa KD-Q1

2024年8月発売のダイナミックドライバー開放型ヘッドホンで、価格は22万円くらいです。知る人ぞ知るといったニッチなメーカーなので、久々の新作がどのようなサウンドか気になります。

KuraDa

最近の新参ヘッドホンユーザーはKuraDaという名前にピンと来ないかもしれませんが、この趣味を長く続けている人にとっては気になる存在です。私のイメージでは、2016年ごろに奇抜なハイエンドヘッドホンを続々とリリースして、それから現在まで影を潜めていた謎めいたメーカーです。

公式サイトにある過去作

当時のモデルKD-P1やKD-FP10の写真を見ても、只者ではないハイエンド感が伝わってきます。明らかに大量生産できなさそうな手作りの嗜好品といった風格があり、生粋のマニアが愛蔵するようなモデルなので、新品・中古のどちらも店頭ではなかなか遭遇できないレアな存在です。

2016年当時を思い出してみると、ゼンハイザーHD800SやFocal Utopiaヘッドホンが登場して、本格的にヘッドホンブームが全盛期を迎えた勢いがありました。(それ以前の初代HD800などは「とりあえず、こんな高価なモデルを作ってみました」という手探り感がありました)。それら大手メーカーの量産モデルが容易に手に入るようになったことで、新たな高級ヘッドホンユーザー層が生まれた事は間違いありませんが、普通では飽き足らないマニアはむしろKuraDaのようなニッチブランドを追い求めていました。日本でしか手に入らない幻のレアアイテムとして海外掲示板でそこそこ話題になっていたのを記憶しています。

KuraDaというブランド自体も不思議な存在です。静岡にある飯田ピアノという会社が母体になっており、こちらはピアノの販売買取修理などを行っている、いわゆる我々が想像するような大手ピアノ店です。それと同時にAmbient AcousticsやHidizsなどマニアックなポータブルオーディオブランドの輸入販売も行っており、さらにKuraDaという独自ブランドも展開するなど、全貌が計り知れない会社です。上の写真のKD-FP10ヘッドホンを見ても、たしかにグランドピアノのような楽器製造の職人技を連想します。

そういえば、飯田ピアノという社名自体は私も以前触れたことがあるのを思い出しました。私が愛用しているHiBy DAPの日本の輸入代理店が最近まで飯田ピアノでした。(2023年からミックスウェーブに移行)。

私自身はHiByの出世作R6PROをスタートアップ支援のKickstarterサイトから購入したので、飯田ピアノを通しては買わなかったのですが、日本でHiByを取り扱うというニュースを見て、よくこんな新参メーカーを扱う覚悟があるなと驚いた記憶があります。HiByのその後の活躍を見ても先見の明があったことが伺えます。

他社とサイズ比較

そんなわけでKD-Q1ヘッドホンの話に戻ります。モデル名からも前作KD-P1の後継機であることが伺えますが、外観はずいぶん違います。

KD-P1の方はスピーカーを耳元に置いただけのような完全開放構造になっており、似たようなデザインとしてソニーMDR-F1やAKG K1000、最近だとMySphereなんかが連想されます。

それに対してKD-Q1は一般的な円形ハウジングですし、イメージとしてはHifimanやAudezeのスタイルに近いので、ダイナミック型だと知らなければ平面駆動型だと思っていたでしょう。逆にこのタイプのハウジングでダイナミック型というのは案外珍しいです。

3Dプリンター

KD-Q1のユニークな点として、構造の大部分を産業用3Dプリンターで製造している事が挙げられます。公式サイトでもそのあたりの工程が写真で解説されています。

旧モデルKD-P1は金属の削り出しで、製造にずいぶん手間がかかっているのは明らかです。嗜好品としてはその方が魅力的ですが、KD-P1の価格が48万円で、その内訳のどの程度が工作費用かと想像すると、3Dプリンターで価格を抑えられる方が嬉しいです。

また、金管楽器や弦楽器の例からもわかるように、楽器の場合は金属や無垢木材特有の響きが演奏の個性や魅力につながるわけですが、オーディオ機器の場合はそういった響きのクセはむしろマイナスになってしまうため、それらを排除するためにあえて合板や複合材を使う事が多いです。その点でも3Dプリンターの方が有利ということで、最近ではIEMイヤホンのシェルに広く使われるようになりましたが、大型ヘッドホンでは3Dプリンター製というのはまだ珍しいです。

開放グリル

確かに3Dプリンターっぽいです

趣味レベルの3Dプリンターしか知らない人だと、卓上の装置で液体や粉末にレーザーを当てて積層するのを想像するかもしれませんが、近頃は産業用の3Dプリンターが急速に発展しており、精度や機械特性が飛躍的に進化しています。

私自身もジェットエンジン部品用の高温ニッケル合金3Dプリンター設備に関わった事がありますが、最大手GE社の金属プリンターは圧倒的で、数年前の鋳造や切削では考えられなかったような高性能かつ複雑な機械部品が製造できるようになりました。

同様にプラスチック素材の産業用プリンターではHP社が強く、今作KD-Q1もHP Multi Jet Fusionというプリンターにてガラスビーズ入ナイロンという複合素材を使っています。大衆向け3Dプリンターで扱うナイロン、アセテート、ポリプロピレンと比べて剛性が倍近く高く、しかも密度や異方特性が安定しているので、実際に手に持ってみても、一般的なプラスチック製ハウジングと比べて硬いです。軽量かつ硬くて響かないというのがヘッドホンハウジングの理想なので、マグネシウムダイキャストなどを採用するメーカーもありますが、今回のガラス・ナイロン複合材も理想的な素材に近づいていると思います。

デザイン

KD-Q1は53mmのダイナミックドライバーを採用しています。最近のハイエンドヘッドホンといえば平面駆動型が主流になってきていますが、そんな中でもあえて古典的なダイナミック型というのも個人的に興味が湧くポイントの一つです。

スピーカー業界を見ても相変わらずダイナミックドライバーが主流ですし、私自身一番好きなヘッドホンはフォステクスTH909というダイナミック型です(そちらは50mmです)。ドライバーの方式や口径の大きさは全体的な音作りの一要素に過ぎないので、むしろ標準的なサイズのダイナミックドライバーでKD-Q1がどのような音響設計を目指しているのか気になります。

ところで、前作KD-P1はドライバーが空中に浮いているようなデザインだったわけですが、今回あえて標準的なデザインに戻ったのも面白いです。

耳周りが露出すれば完全な開放感が得られるというメリットがあるものの、K1000やMySphereなどを聴いてみても、ドライバー単体ではどうしても低音が不足してスカスカ、シャリシャリした音になってしまいがちです。それを克服するために大口径・大振幅ドライバーを導入すると、今度は高音特性が犠牲になり、それを補うために振動板に金属コーティングすると響きにクセがついてしまうなど、悪循環に陥るリスクがあります。

平面駆動型や静電型でさえ、完全開放だと音が軽くなりすぎるためハウジングとパッドで補強する手法をとっています。(試しにパッドを若干浮かせてみると音が痩せるのがわかります)。

スピーカーであれば、3WAYなどドライバーの数を増やす事ができますし、IEMイヤホンもその手法をとっていますが、ヘッドホンでそれをやると至近距離の音波の干渉で、どうしても違和感が生まれてしまうようです。

そんなわけで、音質面で理想的なチューニングを目指すと、ドライバーが得意とする帯域は任せて、それ以外はハウジングやパッドなど全体設計でバランスを調整するのがベテランメーカーの腕の見せ所です。これはスピーカーのドライバーとキャビネットの関係性に近いです。


パッケージは白のスリップケースにスポンジクッションの黒い内箱、中身は本体とケーブルのみという非常にシンプルな構成です。必要最低限ですが高級感はありますし、個人的には無駄に豪勢なパッケージよりもこのほうが収納が楽なので嬉しいです。

付属ケーブル

ケーブルはLEMO端子で着脱可能になっています。サイズはFGG‐0Bの2ピンタイプなのでFocal Utopiaと互換性があります。

LEMOは確実性と高級感があって良いのですが、プラグ単品が非常に高価なのと、あまり太い線材は入らないため自作ファンには敬遠されがちです。(個人的にはDan ClarkのHRSコネクターとかの方が安価で好ましいです)。

付属ケーブルは1.2mで、いざ使ってみると短く感じます。コネクターがノイトリックの6.35mmなのでポータブルには不向きですし、開放型ヘッドホンなのでポータブルよりも自宅の据え置きシステムで使う事が多いと思います。

私の椅子からアンプまでは1.2mだと足りないので、できれば据え置き用の3mくらいのケーブルも欲しかったです。幸いUtopia用社外品ケーブルの選択肢も豊富ですし自作も容易です。

Focalのケーブルと互換性があります

自作ケーブル

せっかくなので試聴のために3mのXLRバランスケーブルを自作してみました。

音質面で比べてみても、純正の付属ケーブルはクセが少なく優秀なので、長さ以外ではあえて交換するメリットは感じませんでした。つまり、もし長めのケーブルを購入もしくは自作する場合はそこそこ良い線材を選ぶべきです。

装着感

KD-Q1を手に取ってみるとまず本体の軽さに驚かされます。カタログスペックによると296gなので、そこまで軽いというわけではありませんが、ハウジングの大きさから想像するよりも軽く感じます。

ハウジング自体が軽量なおかげで、左右に重い物体を釣っているような感覚が無く、リスニング時に頭を動かしてもフィットが乱れないため、装着していることを忘れてしまうくらいです。装着時の軽快さはオーテクATH-ADX5000に近いと思いますが、あちらはヒンジがギシギシするので、私としてはKD-Q1の方がフィットは好みです。

装着した時の耳周りのホールド感や位置決めのフィットは圧倒的に良いです。軽量かつ適度なバネ感があるため、ハウジングでホールドしてくれて頭頂部に圧力がかからず、長時間装着しても痛くなる部分が一切ありません。アクティブに使うには緩いと思いますが、じっくり腰を据えて音楽を楽しむにはちょうどよい具合です。

軽さはATH-ADX5000に近いです

ハンガー部品

擦れてました

肝心の3Dプリンター素材ですが、第一印象では強度が心配になり「本当にこれで大丈夫か」と不安になります。とりわけハンガー部品は片持ちカンチレバー形状なのですが、新品開封時にすでにハウジング上部と接触して擦れていましたし、全体的にバネのようにグニャグニャした感覚があります。(Dan Clark AudioのEtherとかを使った事がある人なら、あんな感じのグニャグニャ感です)。

このあたりの耐久性は長期的に使ってみないとわからないので、なんとも言えませんが、少なくともケーブルをグルグル巻いてバッグに放り込むような手荒な使い方は怖くてできません。借り物の試聴機ということもあって、今回自宅から持ち出す際にもちょうどいいサイズのタッパーに入れて厳重に扱う事にしました。

個人的に二週間ほど常用してみた結果、強度の不安は案外気にならなくなりました。その理由として、部品単体はガラス複合材ということもあり剛性が高いため、手は曲がらないくらい硬く、意外としっかりしていると思えてきからです。

バネ的なグニャグニャ感の原因は主にハンガー回転軸の遊びに由来しているようなので、この軸受が経年劣化でガタが増すかどうか気になるところです。

イヤーパッド

接着されているようです

ドライバーがうっすら見えます

イヤーパッドは厚手で前方傾斜のある三次元タイプで、ハウジングに接着されており交換は容易ではなさそうです。そのため内部のドライバーを確認することもできませんでした。

直径は一般的な円形パッドと互換性がありそうなので、気軽に交換できないのは残念です。とくに最近は様々な材質のパッドをオプション販売しているZMFやDekoniのようなメーカーもあり、一台のヘッドホンに何種類ものパッドを使い分けることで気分を変えている人も少なくありません。その一方で、設計者としてはパッドも含めて音響チューニングを行っており、それを乱したくないという考えもあると思うので、そのあたりにメーカーの思想が現れています。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンスの変動を調べてみました。


参考までにダイナミック型のFocal Utopia 2とFostex TH909、さらに平面駆動型のDan Clark Audio Expanseも並べてみました。

KD-Q1の公式スペックは1kHzにて75Ωで、実測でもピッタリそのとおりです。ダイナミック型らしく低音80Hz付近に山があり、可聴帯域外の高周波に向かうにつれてインピーダンスが上昇します。Focal Utopiaも似たような傾向ですが、低音側の山が尋常でなく大きいです。(振動板が空気を動かす力なので、装着時イヤーパッドの密着具合で結構変わってきます)。

ちなみにHD800SやATH-ADX5000も比較しようかと思ったのですが、それらは300Ω以上でグラフ縦軸が潰れてしまうのでやめました。

TH909は25Ωなので見かけ上の変動は少ないですが、電気的な位相変動で見ると似たような傾向であることがわかります。Dan Clark Expanseのような平面駆動型というとインピーダンスや位相が平坦なイメージがあるものの、チューニング次第では若干の変動があるモデルも最近は多いようです。

音質

今回KD-Q1を試聴するにあたり、身近なヘッドホンアンプを色々と試してみたところ、このヘッドホンのポテンシャルを引き出すにはアンプが結構大きな影響を与えるようなので、相性の良いものを見つけるのに苦労しました。

ひとまずChord Hugo TT2 + M-Scalerの組み合わせに落ち着きましたが、もっと良い組み合わせも見つかるかもしれません。

アンプ選びに悩まされるあたり、HD800SやUtopiaなどと同様にダイナミック型らしいと言えるかもしれません。84dB/mWという能率の低さからも、そこそこパワフルなアンプを使いたいです。

Chord Hugo TT2

KD-Q1の第一印象は、音像を鮮やかに前面に押し出すというよりも、比較的淡く拡散するタイプで、リスナーの周囲の空間を埋め尽くすような、情景全体を綺麗に描くようなサウンドです。なんとなく「世界観」や「神秘的」というキーワードが真っ先に頭に浮かびました。

特定の周波数帯が強調されたり、センターの歌手や楽器だけがが主張されるのではなく、音像とその背景や周囲の環境音を含めた空間全体を上手くブレンドして雰囲気を作り上げてくれるあたりが上手です。ブレンドというのは平面的にぼやけるのではなく、前後左右の音像配置が自然で、情景を脳内でイメージしやすいという意味です。遮音性もほとんど無いため、再生音と現実の環境音の区別がつかなくなり、録音中のノイズだと思ったら実は隣の部屋からの騒音だったなんて体験が何度かありました。

ドライバーとは別にヘッドホンハウジングを駆使して音を拡散している感覚があり、このあたりはダイナミック型らしいというか、平面駆動型の大きな振動膜が耳元で存在感を放っている設計思想とは根本的に違います。下手なヘッドホンだと無作為に反響して濁ってしまうところ、KD-Q1はハウジングを含めた音響調整をかなり入念に行っており、突発的に変な方角から音が飛び出してくるようなこともなく、全体の音響が丁寧に作り込まれている事が伝わってきます。

もっと抽象的に言うなら、大型スピーカーを鳴らすための部屋を作り込むような、リスニングルーム設計の考え方に近いようです。ステレオの左右が広く立体的で、上下前後の広がりはそこまでではないあたり、横に長いリスニングルームとフロアスピーカーみたいなイメージが浮かんできます。

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MirareレーベルからJean-Baptiste Doulcetのソロピアノ「søleils blancs」を聴いてみました。ジャケットからも想像できるとおり、グリーグ、シベリウス、ニールセンと北欧作曲家に焦点を当てたリサイタルです。

弦楽版が有名なホルベルク組曲のピアノ原曲からシベリウスの樹木組曲まで、あまり聴き馴染みのない珍しい選曲は嬉しいですし、静寂や哀愁を感じさせる北欧の神秘的な作風がKD-Q1のサウンドと絶妙にマッチしていると思います。

楽器音だけを押し付けるのではなく、冷たい空気感に佇むピアノの生み出す世界観が堪能できます。一歩離れた距離感はあるものの、俯瞰や客観的に眺めるような聴き方ではなく、演奏者の思い描く情景に包みこまれるような没入感があります。

ピアノそのものに集中して聴いてみると、KD-Q1の周波数バランスは意外と現代的で、中低域も豊かに鳴ってくれて、高音はそこまでシャープに主張しません。私の先入観としてはオーテクの開放型、たとえばATH-AD2000XやADX5000っぽい音を予想していたのですが、実際はそうでもなく(オーテクの方が音色重視で打鍵がハッキリ出ます)、色々比較してみると、むしろFocal Clear MgやUtopia 2ndのバランスに近いように思いました。

大型スピーカーっぽく聴こえるKD-Q1と、大手スピーカーブランドのFocalで類似性があるのも当然かもしれません。ただしFocalの方がもっと鮮烈に音響を前に押し出す傾向があり、高音も頭上にキラキラと明確に展開させる、Focalスピーカーと共通した性格です。一方KD-Q1はどちらかというとRogersとかBBC系が好きな人に合いそうです。

なんとなく方向性が似ています

KD-Q1は良いヘッドホンであるものの、弱点や短所もいくつか思い浮かびます。

まず第一に、ステレオ音響が横に広く分散しており、センター音像が比較的ワイドに現れるため、モニターヘッドホンのようにイメージがビシッとフォーカスする聴き方は不得意です。

とくに最近の平面型ヘッドホンっぽいサウンドに慣れている人だと、この音像の甘さがもどかしく感じると思います。

モニターヘッドホンでソロピアノ演奏を聴くと、自分の耳がピアノ間近のマイクの位置にあるようなダイレクト感が得られるのですが、KD-Q1ではそれら複数のマイクで拾ったピアノの合成音が全体的に上手くブレンドされて、ピアノとステージという音場の臨場感を満たしてくれます。解像力が不足しているというよりは、音源とリスナーのあいだに空気の層があり、ピアノから発せられた音がその層を経て自分に届いている感覚です。

そんなわけで、私の感想としては、KD-Q1は最初に買うハイエンドヘッドホンには向いていないと思います。もっとカッチリしたモニターヘッドホンで音源の細部まで解像する鳴らし方を体験してから、さらに音楽鑑賞の本質を模索してたどり着くようなヘッドホンです。

KD-Q1の二つ目の弱点は、音量によって鳴り方の印象が大きく変わるところです。ボリュームを上げすぎると、中低域の響きが鈍くメリハリが損なわれる一方で、中高域が擦れるような濁りが感じられ不快になってきます。私自身、なぜかKD-Q1は夜中に聴いた方が音が良いので困惑したのですが、日中は車道の騒音が大きいためボリュームを上げ気味だったことに後日気がつきました。

目安としては、ピアノなど現実のリサイタル客席の音量と同程度であれば問題ありません。しかし普段から微細音にこだわるあまり音量を上げすぎるクセがあると、KD-Q1は音が悪く感じます。

オーテクやGradoなどでも同じような問題を感じるので、ダイナミック型はドライバーとハウジング音響の配分が崩れやすいのでしょうか。その一方で平面駆動型はかなりの大音量まで特性が安定しているモデルが多いように思います。

開放型ヘッドホンは周囲の環境騒音に邪魔されてしまうので、それを上回るようにアンプのボリュームを上げると音質が悪くなってしまうとなれば、本来意図したサウンドを引き出すには静かなリスニングルーム環境が求められますし、そのような環境を準備できる玄人向けのヘッドホンということになります。

レビューを参考にするにしても、その人がどれくらいの音量で聴いているかわからないため、たとえば店頭の騒音下にて大音量で聴いた人と、理想的なリスニングルームで最小限の音量で聴いたのでは印象が全然違いますから、この問題はKD-Q1に限らず意外と根深く、頭の片隅に入れておく必要があります。

アンプ選びでも似たような問題に遭遇しました。KD-Q1を非力なドングルDACやDAPを使って鳴らすと、さきほど音量を上げすぎた時に感じたような、メリハリが損なわれ中高域が擦れるサウンドになってしまいます。

パワフルなら大丈夫というわけでもないのが不思議なもので、自宅にあるViolectric V281とSPL Phonitor Xで比べてみたところ、どちらも強力な据え置きアンプなのですが、SPLだとなぜかメリハリの無さが感じられ、Violectricを好んで使うことになりました。どちらも普段はここまで好き嫌いが分かれるアンプではありません。冒頭で述べたとおりViolectric以外だとChord Hugo TT2での鳴り方に満足できました。

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ECMから新譜でDominic Miller 「Vagabond」を聴いてみました。ギターがリーダーのカルテットです。

先ほどの北欧ピアノアルバムもそうですが、こちらも無音を含めた綺麗な情景を描く、まさにECMが得意としている作風で、KD-Q1で聴くことで神秘的な侘び寂びの世界への没入感が得られます。

ピアノ、ベース、ドラムという一般的な構成ながら、ありふれたリズムバンドではなく曲ごとに参加する楽器の組み合わせが変わり、ギターも多重でアレンジされているため、結構厚く複雑な演奏になっています。そのため多くのイヤホン・ヘッドホンでは個々の楽器音像は細部まで聴き分けられたとしても、アンサンブル全体のハーモニーや流れが掴みづらかったりします。

たとえば三曲目の「Open Heart」では、冒頭アコースティックギターの艷やかな音色、指板を擦れる音など、生っぽさや美音を追求するならATH-ADX5000とかの方が良いと思いますし、ギター奏者が遠方のステージに佇んでいるイメージを俯瞰で体験したければHD800Sの方が良いです。

一方そこから曲が展開していってピアノやベースが続々と入ってくることでKD-Q1のメリットが実感できるようになります。音色はADX5000よりも地味で、奥行きはHD800Sほど遠くなくとも、各演奏者がそれぞれ空間に自立した豊かな存在感を持ち、ベースの低音も太く出るものの鼓膜を圧迫せず音像定位がしっかりしており、ドラムの高音も上空に散らばるのではなくドラマーの想定される位置で鳴っています。

それぞれの音像が与えられた定位置に収まっているため、楽器の直接音は混じらず、そこから周囲に音が拡散する響きは混じって空間を埋め尽くすという区別ができています。なんのために左奥でギターコードが鳴っているのか、なぜベースが一発だけ音を入れたのか、それらが全体の音響にどういう影響を及ぼすのか、といった曲の展開上の意図が伝わりやすいため、音楽の没入感へとつながるのかもしれません。

全体のバランス感が良く、低音から高音まで均等な音に包みこまれる感覚が得られるおかげで、ECMのような最新録音はもちろんのこと、私がよく聴くアナログ世代のオペラでは歌手陣がそれぞれ良い具合に丸く浮かび上がり、ハウスなど打ち込み系でも低音の量感もタイミングも良好といった具合に、鳴り方の特性に慣れてくると、意外とジャンルを問わず魅力を届けてくる万能なヘッドホンになってくれます。

そんなKD-Q1の全体の雰囲気の良さを体験してから他のヘッドホンに切り替えると、特定の要素が際立つ一方で、それ以外が把握しづらい気がしてきます。逆にAudezeやHIFIMANなどに慣れた耳でKD-Q1に切り替えると、見通しやフォーカスが甘くもどかしく思えるので、どちらが正解というよりも、楽しみ方が根本的に違うようです。

おわりに

KuraDa KD-Q1は久々にオーディオファイル的に面白いヘッドホンに出会えたという新鮮な気持ちを与えてくれました。

古典的なダイナミック開放型だから古臭いかというとそうでもなく、最近のトレンドを熟知した上で、情景の空気感や雰囲気を重視する独自のポリシーを貫いている印象を受けます。荒削りな見た目とは裏腹に、サウンドのバランス感はもちろんのこと、軽さやフィット感の良さなど他社のヘッドホンをしっかり勉強して最適解を見出した事が伺えます。

モニター的なシャープさは持ち合わせていないので、クリエーターやゲーミング用途には向いていません。逆に言うと、そのようなヘッドホンを持っている人への二台目に良いかもしれません。静かなリスニング環境と、相性の良いアンプが必須というあたりも、二台目以降の玄人好みと言えそうです。

とりわけ私のように、AKGやGradoなど古典的なヘッドホンサウンドに少なからず魅力を感じているものの、クセが強すぎて長続きしないと感じている人はKD-Q1を試してみる価値があります。色艶を誇張するような奇抜な一発芸ではないため、飽きずに常用でき、新譜チェックのレファレンスに使えるレベルに仕上げているあたりは意外と珍しい存在です。

余談になりますが、「意外と珍しい」というのはどういう意味かを少し解説したいです。

少し前までは、音楽鑑賞用ヘッドホンというのは家庭用オーディオシステムの代用品であって、ハイエンドな高級スピーカーのリスニングルームと同じ音が得られれば素晴らしいという考え方がありました。しかしいつごろからか、二次元グラフ的な評価基準が重視されるようになり、三次元的な空間の過渡特性(ヘッドホンにマイクを当てただけでは測れない特性)は評価が難しいため話題に上がらなくなったように思います。

ヘッドホンの評価基準が素人でもわかるよう簡素化する流れで、良いヘッドホンとは「再生環境の再現」から「音源データを直接届ける」に変化していったような感じです。

つまり高レスポンスで高解像なダイレクトサウンドこそ良いヘッドホンなのだという先入観が強くなり(それ自体は良いのですが)、生演奏やリスニングルーム体験とは別物として扱う人が増えている気がします。

それでは古いヘッドホンの方が良いのかというと、当時のドライバーやハウジングの技術的な限界から、レンジが狭く低音が全然出なかったり、ダイナミクス不足を補うため派手な色艶を乗せたり、響きが乱雑だったりなど、今あらためて聴くと不十分に思えてしまいます。

もし昨今のヘッドホンブームにおける変な潮流が無く、順当にヘッドホンがスピーカーオーディオを嗜む人が購入するリスニングルームの代用品でありつづけたなら、現代の技術進歩によって、きっとKD-Q1のようなスタイルのヘッドホンがもっと増えていただろうと思わせてくれます。そういった意味で、意外と珍しい存在だと思ったわけです。


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