2024年11月4日月曜日

UM Maven II とか、最近のUnique Melodyイヤホンについて

つい最近Unique Melodyの新作イヤホンMaven IIを試聴してみたのですが、そういえば、ここ数年のUMイヤホンは個人的に結構気に入っているのに、ブログで取り上げる機会も無かったので、あらためて振り返ってみました。

Unique Melody

MEXT、MEST MK II、MEST MK III、Maven Pro、Maven IIの五種類をじっくりと聴き直して感想などをメモしておきます。

Unique Melody

近頃のUnique Melody(UM)は新たなルネッサンスというか黄金期を迎えていると思います。最近試聴した新作はどれも特徴的でありながらサウンドとデザインの完成度が高く、常用に耐えうるハイエンドイヤホンとしてかなりお薦めできるブランドです。

私にとってUMはずいぶん付き合いが長いメーカーです。MaverickとMavisのどちらを買うかで真剣に悩んでいたのは2016年頃で、こうやって8年経った今でも直系の後継機を着々と出し続けている筋の通ったメーカーというのは意外と稀です。

しかし2~3年前のUMを思い出すと、初代MEST、Maven、ME-1など、斬新なドライバー技術の開拓に重点を置いて、かなりピーキーで使いづらいモデルが多かった印象です。社名の通り「ユニーク」なサウンドを提示してくれるのは良いのですが、常用できるかというと辛いところがありました。

ところが、近頃それらがMK IIなどに進化するにあたり、サウンドの実用性が大幅に改善しています。結果として、奇抜な実験期間を経たおかげで、ありふれた凡庸なイヤホンメーカーとは一味違う、独自の魅力を持つハイエンドブランドとしての存在感が確立できたように思います。

MEXT、MEST MK II、MEST MK II、Maven Pro、Maven II

そんなわけで、今回はMEXT、MEST MK II、MEST MK III、Maven Pro、Maven IIという五種類のイヤホンを聴いてみました。この中では銀色のMaven IIが最新作です。それ以外のモデルも英語公式サイトでは現行ラインナップに載っていますが、そろそろ売り切りで廃番になるモデルもあるかもしれません。

UMのイヤホンは他にもMasonやMentorなど色々あり、どれも「M」から始まる名前なので混乱しやすいので、見た目のデザインで覚えるのが一番良いと思います。

スペックをまとめてみると

  • MEXT: 1 BC + 1 DD + 2 mid-BA + 2 high-BA ($1200)
  • MEST MK II: 1 BC + 1 DD + 2 mid-BA + 2 high-BA + 2 EST ($1799)
  • MEST MK III: 1 BC + 1 DD + 2 mid-BA + 2 high-BA + 4 EST ($1919)
  • Maven Pro: 4 low-BA + 2 mid-BA + 4 high-BA + 2 EST ($1799)
  • Maven II: 2 DD + 2 mid-BA + 2 high-BA + 4 EST ($1799)

価格は英語公式サイトのものです。BCはBone Conductionで骨伝導ドライバー、ESTはElectrostaticで静電ドライバーの事です。UMはこれらドライバー技術に力を入れており、モデルごとに数を増やすだけでなくドライバー自体も全く違うものを使い分けていたりします。

他にもシェルハウジングの素材や内部回路など色々な違いがあると思いますが、ものすごく単純化すると、上級機になると静電ドライバーの数が増えていき、MEXT・MEST系は骨伝導を搭載する系列といった感じです。

Maven Pro、Maven II

まず最新作のMaven IIから見ていこうと思います。青い方が2022年のMaven Proというモデルで、銀色が2024年新作のMaven IIです。

どちらもチタンの3Dプリンター製シェルということで、削り出しでは実現できない複雑なグリル構造をしています。ちなみに初代Mavenは2019年発売、Maven Proと同じ形状で銀色でした。そちらはマルチBAのみで、そこに静電ドライバーを搭載したのがMaven Proです。

Maven Pro

Maven II

古いMaven Proの方がジュエリー的なギラギラした高級感を演出しているのに対して、新型Maven IIはもっと落ち着いたシリアスな形状です。ポリッシュではなくブラスト処理っぽいサラッとしたフォルムに対して鋭角なグリルのインパクトがあります。手触りもサラサラした質感で傷や指紋も目立ちません。

サイズやフィット感はどちらも一般的なIEMの想定範囲内ですし、チタンなので見た目以上に軽量で快適です。このあたりは長年カスタムIEMも作ってきたUMだけにノウハウの蓄積が実感できます。

MEST MK II、MEXT

MEXTのドラゴンマークは右側のみです

次に、MEST MK IIとMEXTです。それぞれ2021・2022年発売で、骨伝導+BA+静電ドライバーという構成のMEST MK IIに対して、MEXTは静電ドライバー非搭載の低価格モデルというイメージです。

高価なMEST MK IIの方が金箔入りカーボンシェルで高級感が伝わるのに対して、MEXTはシンプルな黒いプラスチックで、金のドラゴン風エンブレムもなんだか観光地の土産っぽいチープさがあります。

意外とサイズが違います

MEXTのみ円盤があります

並べて比べてみると安価なMEXTのほうがだいぶ大きい事に驚きます。というか、むしろ逆に、MEST MK IIは、あれだけドライバーを詰め込んでいるのに本体サイズが意外と小さいです。

MEXTはドライバー数が少ないのにシェルサイズが大きいのは不思議に思うかもしれませんが、主な原因は骨伝導ドライバーの仕様の違いだと思います。MEXTのみシェルの側面にコインのような円盤があり、骨伝導ドライバーの存在を強調しています。

UMのサイトによると、MEST MK IIの骨伝導ドライバーはDual sides bone conduction (DBC)と呼んでおり、500Hz~20kHzを出力するのに対して、MEXTはOriginal bone conduction (OBC)で、200Hz~7kHzという低い周波数に対応しているそうです。

MEST MK III

どちらもカーボン風の半透明シェルなのですが

やはり金色のトリムが目立ちます

最後にMEST MK IIIになりますが、サイズ的にはMK IIとほぼ同じでも、デザインはこれだけずいぶん異色に思えます。

青い鉱石のようなシェルに、金メッキの縁取りや金色の傷跡のようなフェイスプレートデザインなど、ハイテクとは真逆のクラシカルなラグジュアリー演出です。高級カスタムIEM風のイメージなのかもしれません。私はMEST MK IIの方がデザインは好みです。

側面

どれも2PIN端子で、一世代古いMaven Proのみソケットに奥行きがあるタイプです。それにしてもMEXTだけシェルサイズがだいぶ大きいです。

ソケットの無い2PIN端子は横曲げに弱いので個人的にあまり好きではないのですが、なかなかPentaconn EarやIPXなど新しいコネクター規格が普及する気配も見えず、高級アップグレードケーブルも未だに2PINが主流なので、当分廃れる事は無さそうです。

付属ケーブル

個人的に近頃のUMが好きな理由の一つに、まともなケーブルが付属しているという点が挙げられます。しっかりした作りでも絡まりにくく、見た目以上に柔軟に扱えます。

高級IEMブランドでも、どうせアップグレードするだろうからと粗末なケーブルを付属している製品が多い中で、今回のUMイヤホンはどれもケーブルを社外品にアップグレードする必要性を感じませんでした。使用感は良好で、音質面でもクセやボトルネックを感じません。

コネクターなどの形状を見てもPW Audio製ケーブルだと想像でき、いくつかのモデルのスペックではその通りに書いてあります。

以前のMEST MK IIIケーブル

最近のMEST MK IIIケーブル

唯一の例外として、MEST MK IIIの発売当時に試聴機を使った時は高級そうな布巻きケーブルが付属していたのですが、私の身の回りでは少なくとも二人がすぐに断線しました。なにか不具合でもあったのでしょうか。今回新たな試聴機を手にしたら、他のモデルと同じような編み込みタイプのケーブルが付属していました(公式サイトの写真もそれになっています)。

ケーブルY分岐部品

ケーブルのY分岐部品に各ケーブルのモデル名が書いてあり、一見同じように見えても「UM Copper M1」「UM Copper M2」など、それぞれ違うことがわかります(編み込みの太さを見ても明らかに違います)MEST MK IIIも新旧ケーブルどちらも「Cobalt Blue」と書いてあるので線材自体は同じなのでしょうか。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンス変動を測ってみました。

インピーダンス

位相

電気的な位相変動も合わせて確認してみると、やはりハイブリッドマルチドライバー型だけあってアップダウンが激しいですね。

Maven Proのみ他とは全然違う傾向なのが面白いですし、骨伝導ドライバー搭載の三機種は低域から中域にかけて傾向が似ていて、MEXTのみ静電ドライバーが無いので高域はBAらしくインピーダンスが上昇していくのも予想通りです。

ちなみにMEXTのみ386Hz付近でグリッチが発生しており、測定機器由来かと思って別の機材で測っても同じ現象が起こります。クロスオーバーの問題でしょうか。

どのモデルもインピーダンスが低めで、特にMEST MKIIとMK IIIは静電ドライバーのためか20kHz以上でインピーダンスが5Ω以下に一気に下るので一応の注意が必要です。(可聴帯域外でもアンプにとっては負荷になるので)。ただし、他のメーカーと比べると、そこまで駆動が難しいというほどでも無さそうです。

音質

どれも普通のIEMイヤホンなので、特別なギミックの紹介とかも無く、実際に聴いてみることにします。それぞれ付属の4.4mmバランスケーブルを使いました。

イヤピースは気前よくAzla Sedna Xelastic(ベタベタするやつ)が付属していましたが、私の耳だとAzla Sedna Earfit Max(白いサラサラしたやつ)が最適でした。UMのシェルはノズルが長めなので、イヤピースは小さく短い方がカスタムIEMっぽくピッタリ奥で装着できます。(本体が浮かずに耳穴内でピッタリ密着するサイズがベストです)。

Hiby R8II

iBasso D16 Taipan

試聴にはHiby R8 II DAPやiBasso D16 Taipan ポータブルDACアンプを使いました。普段は自前のHiby RS6 DAPを使うのですが、故障して現在修理に出しています。そのため最近はドングルDACとかで遊んでいるのですが、せっかくハイエンドIEMを試聴するので、それなりに良いソースを使おうと思い選びました。

Maven II、Maven Pro

まず最初に最新作Maven IIについて、実は個人的に初代MavenとMaven Proはあまり好きではなかったのですが、Maven IIはかなり良いと思います。Mavenらしさを引き継ぎながら、ずいぶんモダンで使いやすいサウンドへと進化しています。

スッキリとしたクリア感を持ち、音色が鮮やかに強調されるサウンドです。派手ではあるものの、若干中高域側に傾いている程度なので、聴き疲れするというほどでもなく普通にバランスのよいチューニングだと思います。空間表現は、中高域の主役が自分に近く、左右に奥行きがあり遠くへと広がっていくような感じです。

低域がBAのみだったMaven Proと比べてMaven IIでは2×DDが追加されたことで低音が厚くなるかと思いきや、逆にクリア感が増しています。たぶんMaven ProではBAが低音をカバーするのに相当無理をしていたのに対して、Maven IIはDDが余裕を持って制御できているのでしょう。おかげでレスポンスが速く迫力のある低音が体感できるようになりました。

Maven Proの方は格別音が悪いというわけではなく、単純に古い世代のサウンドのように感じます。UMに限らず最近のIEMイヤホンはここ数年で大幅な進化を遂げている実感があり、そんな中でMaven Proはそれ以前のモデルという印象を受けます。

古い世代というのは、SE846とかJHやNobleなどの初期の高級IEMのように、マルチBAで全帯域を埋め尽くすようなスタイルのことです。それまでのイヤホンと比べると高解像・高性能であることは確かなのですが、全体的に厚塗りでダイナミクスに乏しいサウンドです。初代Mavenではチタンハウジング、Maven Proにて静電ドライバーが追加されることで、マルチBAだけでは不足していた高音の華やかさを補う意図があったのだと思いますが、全体的なバランスが高音寄りでキンキンした鳴り方になってしまい、使い所が難しいイヤホンでした。

その点Maven IIではDDの追加や全体のバランス調整に成功しており、どんなジャンルでもこなせるチューニングに進化しています。特に低音側の盛り方が上手で、ジャズやクラシックでは生楽器の音色が不自然にならない程度に抑えられている一方で、もっと低い帯域のEDM打ち込みキックドラムでは迫力のある音圧を発揮します。

さらにMaven IIの特徴として、中高域の音色が一歩前に出てくれて、ツルッとした質感の艷やかさがあるので、特に女性ボーカルに素晴らしい効果を発揮してくれます。一昔前の考え方だと、マルチBAに対してダイナミック型の方がこのあたりに優位性があったわけですが、Maven IIはそのような定説を超越して、ハイブリッド型の利点を存分に披露してくれます。

逆に弱点を挙げるなら、女性ボーカルよりも上の、強力な打鍵やヴァイオリンの激しい演奏などアタック成分に金属っぽい刺激が現れることがあります。チタンハウジングのせいでしょうか。優れた録音なら不快に感じることもありませんが、バランスの悪い録音だと、本来の高音の上に別の金属っぽい響きが上乗せされているように聴こえます。

低音の盛り方とも合わさって、自然な生演奏の帯域から外れている録音だと急にイヤホン由来の派手さが目立ってくるあたり、。EDMなら強烈なドンシャリ、、歌曲集なら美しい歌声に感銘を受けるなど、どのような楽曲を聴くかで印象が大きく変わってくるモデルです

DHMレーベルの新譜でRoland WilsonとMusica FiataによるシュッツはMaven IIのポテンシャルが上手く活かせるアルバムです。歌唱を中心に最小限の伴奏を伴う録音なので、あまり実直すぎるイヤホンだと退屈に感じてしまいます。Maven IIではソプラノの女性歌手が主役として美しく輝いてくれるため、古楽に興味がなくとも純粋に歌声だけでも楽しむことができます。

色艶が乗るタイプのイヤホンなので、レファレンスモニター系とは言い難いですが、そのあたりも含めて音楽のボトルネックになっている感覚が無く、普段以上に楽曲のポテンシャルを引き出すことができます。

MEST MK III & MK II

続いて骨伝導ドライバーを搭載しているMEXTとMESTシリーズを聴いてみました。

モデルごとに静電ドライバーの搭載数が違うわけですが、サウンド自体は段階的なアップグレードという感じではなく、三機種がそれぞれ異なるベクトルを向いています。

乱暴に分類するなら、MEXTは録音品質を問わず楽しめる温厚で力強いタイプ、MEST MK IIは全体的に繊細薄味で広大な空間を楽しめるタイプ、そしてMEST MK IIIはカチッと型にはまったレファレンスタイプといった具合です。

性格があまりにも違うので個人的に一番好きなモデルを選ぶのが難しく、シチュエーションごとに三機種揃えたいくらいに思えてきます。

まず一番安いMEXTから聴いてみると、静電ドライバー無しで、巨大な骨伝導ドライバーを搭載しているため、ものすごい低音寄りの重厚なサウンドを想像しますが、実際はかなりバランスよく調整されており、イメージ的にはシングルダイナミック型の鳴り方に近いです。

骨伝導ドライバーはサブウーファーというわけではなく、それはむしろダイナミックドライバーの方が役目を担っており、実際のところ骨伝導ドライバーの効果はいまいち明確に伝わってきません。(同じモデルで骨伝導ドライバー有無を比較できれば良いのですが、そういうわけにもいきません)。

私なりの感覚として、MEXTは温厚でありながらモコモコせず、サウンドにメリハリが感じられるので、そのあたりが骨伝導ドライバーの恩恵なのかもしれません。特に低音楽器からボーカルやピアノに至るまで、演奏の芯の部分をクッキリさせてくれるため、外出時など普段使いのイヤホンとして最適です。EDMのキックドラムが力強く感じられるのに、クラシックの弦楽四重奏でも帯域バランスの悪さを感じさせないあたり、先程のMaven IIと同様にチューニング技術の高さを実感します。

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たとえばFuga Liberaからの新譜でSergei Redkinのプロコフィエフ・ピアノソナタ集を聴いてみると、鋭角で刺激的な戦争ソナタでも、MEXTで聴くと演奏の芯がしっかりと感じ取れ、技巧的な部分に翻弄されず作曲の本質が味わえます。

とりわけ上位機種のMESTシリーズと比較すると、安いから劣っているというわけではなく、ゼンハイザーIE600とIE900の違いのように、カジュアルに使うならむしろIE600の方が良いと思わせるような魅力がMEXTにも備わっています。

MEXTの弱点と言ってよいかはわかりませんが、レファレンス用途には向いていません。録音の品質やオーディオ機器を評価する場合、それらの不具合も明らかにする解像力とレンジの広さが求められるわけですが、MEXTでは上手い具合に丸めこまれてしまい、なんだかんだで「悪くない」という結論に落ち着いてしまいます。その点でも、IE600を筆頭にAcoustuneやJVCなどシングルダイナミック型の親しみやすさと共通しています。

続いてMEST MK IIです。こちらはMEXTと比べて静電ドライバーの効果が明らかに実感でき、高音の伸びや広がりは圧倒的に優れています。MEXTほどの太い力強さを重視していないため、全体のバランスとしては結構薄味です。ただし高音だけピーキーに持ち上がるのではなく、静電ドライバーとの整合性を考慮して全帯域がフラットにつながるようチューニングを仕上げた感覚があります。そのあたりも含めてMEXTとMEST MK IIはゼンハイザーIE600とIE900の関係性に近いように思います。

MEST MK IIの一番凄い点は、高音がかなりシャープに描かれるのに、金属っぽい歪みが一切感じられないところで、とくにチタンハウジングのMavenシリーズと大きく異なる部分です。

無尽蔵に展開する高音のディテールや、バランスよく整えられた全体のチューニングによって、たとえば古典的な開放型ヘッドホンが好きな人におすすめできます。AKG K712やゼンハイザーHD600など、押しの強さではなく情景の広がりを味わうのはMEST MK IIの楽しみ方に近いです。

これは長所だけでなく短所でもあり、とくにMaven IIと比べると、普段聴く音楽ジャンルによって好みが大きく変わります。

先ほどMaven IIの空間描写は主役が近く、左右が遠くに広がると言いましたが、MEST MK IIはそれの真逆で、センターが遠く円形劇場の観客のような位置関係です。

MEST MK IIは距離感の遠さが実感できる一方で、歌手など主役の実在感が弱く、遠くにある情景の一部に留まってしまうため、Maven IIのようにグッと前に浮かび上がってくるサウンドを体験したあとだと物足りなく、聴き取りづらく感じてしまいます。

しかし、クラシックのピアノ協奏曲などを聴いてみると、Maven IIではソリストのピアノとオーケストラの弦セクションなどが同じくらい派手に前に出てきて主役を争ってしまいます。ポップスなど主役の周辺は穴を開けている作風であれば問題ないのですが、ダイナミクスや空間の前後で分離させているクラシックでは、Maven IIのように強調効果があるイヤホンだとうまくいきません。MEST MK IIであれば、遠方で広がるオーケストラに対してソリストが若干手前で演奏している情景が浮かんできます。

RCOの新譜でJansons指揮ツァラトゥストラはまさにMEST MK IIが得意とするタイプの音楽です。雄大で重厚な大編成演目なので、個々の楽器の音色よりも音楽全体を広いキャンバスで描くことが求められ、MEST MK IIにうってつけです。

他にもたとえばサウンドトラックなど、明確な主役を置かずにアンサンブルや音響を体験するような聞き方にはMEST MK IIの相性が良いです。EDMを聴くにしても、強烈な派手さを体感できるMaven IIに対して、シンセパッドなどのアンビエントな空間音響を堪能したいならMEST MK IIが良いです。

先ほど言った、新しい・古い世代のイヤホンという分類でいうと、MEST MK IIはどちらかというと古いBAイヤホンに近いかもしれません。たとえばWestoneが好きな人ならきっと気に入ると思います。フラットに均された主張の少ないマルチBA的サウンドが中核にあり、不足している低音と高音を骨伝導と静電ドライバーで補う、まるで古い車を改造パーツでパワーアップさせたような感覚があります。そもそもWestoneのようなサウンドは退屈だと思う人ならMEST MK IIよりもMaven IIの方が良いです。

最後にMEST MK IIIの感想になりますが、これは個人的にそこまで欲しいとは思えないイヤホンです。音が悪いからではなく、むしろその逆に、あまりにも「普通に良い」優等生的なサウンドに仕上がっているため、ネタ的に面白くないというか、決定打となる特徴が無いからです。

もしハイエンドなイヤホンを一本も持っておらず、この中で一本に絞るのであれば、MEST MK IIIが一番妥当な選択肢かもしれません。

周波数特性の傾向はMEST MK IIと似ているものの、空間展開が大きく変わっており、すべての音源が自分の視野の範囲内に的確に配置されている感覚があります。

つまり、MEST MK IIの広いコンサートホール感や、Maven IIのボーカル主体の色艶とは違い、MEST MK IIIは今回聴いた中でレファレンスモニターに一番近い仕上がりです。

高音の空気感が頭上へと拡散していくような感覚が無くなり、情報が目前の範囲内で分析できる、どちらかというと密閉型モニターヘッドホンのような「すべての音が手に届く距離にある」聴き方に近いです。本格的なモニター環境では音の粒が顕微鏡のように観察でき、MEST MK IIIもそれに近い感覚があるわけですが、趣味の音楽鑑賞としては、MEST MK IIのように響きが空間に広がるような緩さも欲しくなり、両立は不可能です。

主役の主張が弱いというMEST MK IIの弱点もMK IIIではだいぶ克服できており、たぶんクロスオーバーが良くなっているのか、全体的に抜け目の無いコンパクトにまとまったプレゼンテーションの中で、聴きたいパートだけに注目できます。コンパクトでありながら音が埋もれず解像感が高いあたりは優秀ですが、静かな環境で優れた高音質録音を聴くとき以外ではなかなか本領を発揮できないため、カジュアルに使えるIEMイヤホンとしてはオーバースペックな感じもあります。

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そんなMEST MK IIIが得意とするアルバムを考えてみると、ECMの新譜でTrygve Seim & Frode Haltliの「Our Time」は相性が良いと思います。

サックスとアコーディオンのデュオという変則的な組み合わせでの対話形式の演奏で、ドイツの教会での録音、ECM特有の濃い響きが楽しめるアルバムです。楽器の音色や教会の音響といった個々の要素を引き立てるタイプのイヤホンも良いですが、演奏そのものの構想や技工を細部まで堪能したいのならMEST MK IIIで聴くべきです。

他にも、自身の演奏の参考にしたいとか、ミックスの仕上がりを分析したいなど、明確な目的を持って聴き込みに集中したい場合は、他のイヤホンだともどかしく感じる部分でも、MEST MK IIIでは驚くほど簡単に実現できます。

おわりに

今回はUnique Melodyから五種類のモデルを聴いてみたわけですが、価格による明らかな性能の格差や、突拍子もない奇抜さなども無く、総じてチューニングの完成度が高いイヤホンでした。

複雑なハイブリッドマルチドライバーでもクロスオーバーの捻じれを意識させないフラットな鳴り方でありながら、骨伝導、静電ドライバー、チタンハウジングといった各モデルごとのセールスポイントを実感できるように仕上げているあたりが優秀です。

どれだけユニークな技術を詰め込んでいても、出来上がったサウンドが従来のIEMと大差無いのでは意味がありません。その点UMは新技術を研究して上手く応用できているので、数年前の初代モデルを聴いてクセの強さに気が引けた人も、あらためて現行モデルを聴いてみれば、その進化に驚くと思います。

余談になりますが、今回聴いた中でMEXTとMEST MK IIは個人的に所有しているものです。

なぜ両方買ったのか話せば長くなるのですが、まず発売当時に色々と試聴した中でMEXTとMEST MK IIのうちどちらかを買いたいと悩んで、結局MEXTのカジュアルさを気に入って、値段も安いということで、セールのタイミングで購入しました。

ところが同時期に友人がMEST MK IIを買っており、後日別のイヤホンにアップグレードするので安く引き取らないかと言われて、結局MEST MK IIを中古で手に入れる事になったわけです。

文中でも言ったとおり、ゼンハイザーIE600とIE900のように、それぞれ独自の魅力があるので両方持っていても持て余している感じはありません。

私の用途としては、繊細なクラシックの新譜など「通勤中の騒音下だと細かいニュアンスが聴き取れないから、あとで自宅でじっくり聴こう」と思いながら、結局その暇が無くて聴けていない、ということがよくあるのですが、MEXTなら屋外の騒音に負けない力強さで鳴ってくれるため、ピアノソロとかも通勤中に気兼ねなく聴けるようになりました。こんなふうに、自分の音楽鑑賞を妨げている習慣を思い返してみると、本当に買うべきイヤホンの特徴がわかってきます。高価な開放型ヘッドホンと据え置きアンプを買ったのに、結局腰を据えて使える時間がとれないなんて、よくあるパターンです。

MEXT以外では、MEST MK IIはクラシックやサウンドトラックなど大編成のスケール感、MEST MK IIIはレファレンス的な分析力、そしてMaven IIは女性ボーカルなどの艶やかな美しさと三者三様に完成度が高いです。

近頃はハイエンドイヤホンのブランドが多すぎて、しかも各メーカーが明確なフラッグシップモデルを提示するのではなく、バリエーションや限定モデルを出しすぎて、10万円以下から60万円以上まで、ハイエンドの線引きが曖昧になっています。

プラスチックシェルに大量のドライバーを詰め込んだ高級機が乱立しており、それらを試聴してみると、もちろんサウンドは全然悪くないわけですが、裏を返せば、万人受けするようなチューニングに収束して、ブランドごとの違いが曖昧になっています。

そんな中で、UMのように新しい技術の応用を積極的に実践してきたメーカーであれば、他社よりも一歩先に進んだサウンドデザインを体験できます。10万円台や30万円台といった価格帯を絞って候補を絞るのではなく、各メーカーの技術力や方向性を理解した上で、価格を問わずラインナップを幅広く試聴してみる方が、実際の自分の用途に合ったイヤホンが見つけやすいです。


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