Fostexの平面型ヘッドホンT60RPmk2を買ったので感想を書いておきます。
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Fostex T60RPmk2 |
2025年4月発売の新作で、価格は7万円くらいです。ドライバーやハウジングが新調された完全な新型ということで、初代モデルのファンとして、どれくらい変わったのか気になります。
T60RPmk2
2017年に登場した初代T60RPは個人的に大好きなヘッドホンなので、そのコストパフォーマンスと完成度の高さから、今まで多くの人に勧めてきました。2023年にはベースモデルT50RPの方が新型ドライバー搭載のT50RPmk4にモデルチェンジしたことで、T60RPもそのうち更新されるだろうと思っていたら案の定、今回紹介するT60RPmk2が登場したわけです。
新型ドライバーは音質向上だけでなくインピーダンスが下がり感度も上がったことで、「ポータブルでは音量の確保が難しい」という従来のRPドライバーの弱点が改善されたのも注目ポイントです。
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T60RPmk2と初代T60RP |
T50RPmk4・mk3 |
ラインナップの中ではT50RPの方がプロ向けの主力モデルということで、分析的でシビアなサウンド、業務用のための堅牢かつ軽量なプラスチック製といった目線を重視しているのに対して、T60RPは趣味の音楽鑑賞向けにウッドハウジングで音の響きをもう少しリラックス系にアレンジした高級モデルです。
そのため単純な上下関係というわけではなく、プロは相変わらずT50RPを好んで使う人が多いです。低価格なわりにポテンシャルが高いため、とくに欧米にて改造カスタマイズのベースとして活用する人も多く、現在まで続く平面駆動型高級ヘッドホンの雛形となったモデルなので、T60RPはそれに対するフォステクス自身の回答という見方もできます。
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新型RPドライバーのロゴ |
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特徴的なRPドライバー |
フォステクスとしては平面駆動型とは言わずに全面駆動型平面振動板のRegular Phase(RP)ドライバーと呼んでいるわけですが、フィルムのような薄膜に音楽信号を流して、その前後に配列された棒磁石と反発させることで音波を発生させる技術です。
平面型の特徴として、低音から高音まで広い周波数で動作が極めて安定しており、負荷も一定になるためアンプへの依存が少なく、電気的にも物理的にも位相が安定して、帯域間での音のねじれや違和感が少ないです。そのためRegular Phaseというネーミングにも説得力があります。
ただし、たとえインピーダンスや位相が安定していても、薄膜を大振幅で動かすという構造上、再生周波数のフラットさや強弱のダイナミクスを実現するのが難しいため、そのあたりの性能向上に挑戦しているのがAudeze、Dan Clark Audio、Hifimanなどの新興メーカーなのですが、試行錯誤で新作を続々出すことで製造開発コストも価格も飛躍的に上昇してしまい、平面型というと超高級ヘッドホンのイメージが定着してしまいました。ところが最近では設計や製造技術も落ち着いてきて、中華系メーカーを中心に安価なモデルも続々登場しているため、平面駆動型というだけで高級機という印象もだいぶ減り、ダイナミックドライバー型ヘッドホンと一進一退で競い合っている状況です。
フォステクス自身も、これまでのフラッグシップTH900(密閉型)とTH909(開放型)のどちらもダイナミック型だったところ、2024年にはRPドライバーの最上級モデルTH1000RP(密閉型)とTH1100(開放型)を発売しています。ただしこれらは40万円近いため、今回のT60RP MK2とは大きな開きがあります。
私自身フォステクスのダイナミック型TH909をメインのヘッドホンとして長年愛用しているだけあってTH1100RPも欲しいのですが、高価でなかなか手が出せません。その点T60RPは自分の予算でそこそこ手が届く価格帯なので嬉しいです。
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T60RP・T60RP50th・T60RPmk2 |
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デザインが微妙に違います |
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50thだけヘッドバンドがゴムなのが謎です |
話を今作T60RPmk2に戻しますが、私を含めて一部のフォステクスファンにはちょっと微妙なタイミングの発売だったと思います。
初代T60RPは2017年だったので、そろそろ新型が出ても不思議ではなかったのですが、2023年のフォステクス創業50周年記念に合わせて高級木材を使用したT60RP 50th Anniversaryというモデルが発売されました。モデル末期には限定カラーバリエーションで繋ぐというのはヘッドホンに限らず多くの製品でよくある手法ですが、私もT50RP 50thを買ってまだ気分が新しい中でT60RPmk2が出たので、また買い直すのは気が引けます。
値段の方も、T60RPが約4万円、50thが5万円、そして今回のMK2が7万円というのも悩ましいです。昨今の物価高の中で2017年の初代と同じ4万円ではさすがに無理だろうとは思いますが、7万円となると判断が鈍る人も多いと思います。
それでもT60RPは素晴らしい傑作でしたし、T50RPmk4のドライバー進化も実感して「これがT60RPに搭載されていたらいいのに」と思っていたので、私は今回T60RPmk2を購入することにしました。
デザイン
T60RPmk2では、新型ドライバー搭載だけでなくハウジングデザインの変更も注目すべきです。とくにケーブルが左右両側出しに変わったのは地味に嬉しいです。
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新たな左右両側出しケーブル |
ヘッドホン側コネクターが3.5mm TS端子になったので、自作も含めてアップグレードケーブルの選択肢が大幅に増えました。初代T60RPもバランス接続可能だったのですが、そちらは片側出しの3.5mm TRRS端子だったので、フォステクス純正バランスケーブルもしくは自作できる人でないと用途が限られていました。
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綺麗なウッドハウジング |
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木目を別アングルから |
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流線型でスリムになりました |
黒胡桃(クルミ)材がとても綺麗です。発色が大人しく落ち着いており、グレーっぽい深い茶色の木目はエスプレッソのコーヒーとミルクの層を連想しました。個体差はあると思いますが、私が買ったものは横向きに虎目模様みたいなものも入っており高級感があります。
さらに、写真で見るだけではわかりにくいのですが、ハウジングの形状がだいぶスリムな流線型になっており、初代と比べると左右に重心が張り出すような感覚が低減されて、頭を動かした時にグラグラ揺さぶられず、フィット感が良くなりました。
ケーブルが左右両側出しになったことで、ハウジングからヘッドバンドへとチョロっと飛び出している配線が無くなったのも、断線の心配が減って安心感が増します。
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T60RP・T60RP50th・T60RPmk2 |
ハウジングは初代T60RPがアフリカンマホガニー、50thがアフリカンパドック、T60RPmk2が黒胡桃とそれぞれ異なる木材の無垢材削り出しを活用しています。
木材は単なる高級感演出のためではなく、楽器と同じように、ドライバー振動板の背圧を受け止める音質上重要な部品なので、たとえばT60RPと50thでは木材が変わってサウンドの印象もだいぶ変わりました。今回T60RPmk2ではドライバー、ケーブル、ハウジング形状、木材と全ての要素が変更されたので、音質の変化もかなり大きいと想像できます。
50thは限定モデルということでアフリカンパドックという希少な高級材(木琴など楽器に使われる木材)を特別に投入したわけですが、T60RPmk2の黒胡桃はすでにフォステクスの上級モデルTH616やTH808にも採用されている実績があるので、音質面では定番の木材なのでしょう。
木材の加工精度や表面処理も初代よりだいぶ良くなっています。初代T60RPはどちらかというとウッドデッキとかログハウス家具みたいな荒削りな質感だったところ、T60RPmk2はデパートで売ってる贈呈用テーブルウェア(お茶請けを入れておくボウルとか)みたいな印象です。
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新旧ドライバー比較 |
新型ドライバーは表面の金属板の丸穴が長細いスリットに変更されているため、開口率が増して音が良くなることが想像できます。
初代が50Ω・92dB/mWに対して新型は28Ω・96dB/mWに変更され、インピーダンスが下がり、感度が上がったことで、ポータブル用途でも使いやすくなったと思います。
それでも本格的な平面型ヘッドホンなので、据え置きアンプもしくはしっかりしたDAPを活用することをおすすめします。その点ではポータブルで電圧を稼ぐために4.4mmバランスケーブルを付属していないのがとても残念です。
ドライバー技術の違いについては、フォステクスの公式サイト、とくにTH1100RPのサイトにRPドライバーの世代ごとの断面イラストで解説されているのが一番わかりやすいと思います。
要約すると、振動板サイズは新旧ともに同じ34×40mmですが、電気信号の経路が細かくなり、前後の磁石も細分化されることで、出音をより細かく均一に制御できるようになったようで、ドライバーを構成するすべての部品が一新されていることが伺えます。
さらに最上級モデルTH1000RP・TH1100RPでは振動板サイズが41.6×45.6mmに拡大されることで差別化されています。
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堅牢なヘッドバンド調整部品 |
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ハンモック式なので意外と快適です |
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モデル名が押されています |
ヘッドバンド部品のアーム構造は1980年代の頃から変わっていないので、堅牢さと使いやすさが実証されているのでしょう。このあたりが老舗メーカーの強みです。
極太のメタルパイプは明らかに頑丈そうですし、ハウジングと接合する部分はボールジョイントのようになっており、顔の側面にピッタリと沿ってくれます。装着した状態でも自在に調整できて、しかも勝手にはスライドしないという絶妙な塩梅です。
さらにヘッドバンドは厚いレザーのハンモック構造になっているのもT60RPの大きな利点です。
T50RPでは一般的なアーチ状のヘッドバンドのみなのですが、T60RPでは頭に接触するレザーのヘッドバンドと、左右の側圧を生み出す金属製アーチを別部品にすることで、頭頂部を金属板で押し付けられるような不快感が無く、頭にピッタリ沿ってくれます。
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新品と使い古した初代パッド比較 |
イヤーパッドは初代と同じ合皮タイプです。柔らかく密着感は良好で、私が2018年に買ったT60RPのものも、使っていてテカリが出ているものの、まだ加水分解などで劣化していません。表面の素材が薄いので、ちょっとエッジ周りが破れてきたくらいです。
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50th同梱のベロアパッド |
ちなみに50thのみベロア調のパッドも同梱されており、私はそちらが結構好きで使っています。(50thは割高なのですが、スペアでベロアパッドも入っていると考えると意外とお買い得です)。タオルのような肌触りでベタベタしないのでカジュアルに使うには良いです。
今回T60RPmk2では別売オプションとしてスエードの「EX-EP-RP-SUEDE」というのも販売しているようなのですが、50thのベロアと比べてどんなものかは不明です。
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付属ケーブル |
付属ケーブルは2mの3.5mmタイプです。こちらも別売オプションで「ET-RP4.4BL2Y」という2mの4.4mmバランスケーブルを販売していますが、平面型は鳴らしにくいというイメージがあるので、できればバランスケーブルも付属してもらいたかったです。ただし2mなのでポータブルにはちょっと長いかもしれません。
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自作ケーブル |
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市販の社外品ケーブル |
せっかくなので自作でXLRバランスケーブルを作ってみました。3.5mmTSのTがホットです。
注意点としてハウジングの穴径が8.5mmくらいなので、あまり太いコネクターだと入らないかもしれません(アンフェノールやスイッチクラフトのはダメでした)。市販の社外品ケーブルでも、上の写真のNobunaga Labsのは問題なく入りました。
ちなみにTSではなくTRSを使う場合、ハウジング内部でRは未接続なので、HOT/COLD/COLDかHOT/NC/COLDなら大丈夫ですが、一部ヘッドホンが採用しているHOT/COLD/NCだとダメです。
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初代T60RP |
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自作ケーブル |
ちなみに初代T60RPは片側出しケーブルでしたが、ヘッドホン側が3.5mmTRRSでバランス配線対応でした。こちらも自作もしくは公式で別売のバランスケーブルを販売しています。ただしヘッドバンド経由で内部配線を通すのはオーディオマニアとしては不安になるので、今回mk2で両側出しになったのは嬉しいです。
インピーダンス
いつもどおり再生周波数に対するインピーダンスの変動を確認してみます。
公式スペックによると、初代が50Ωでmk2は28Ωということで、実測でもだいたいその通りです。新旧ドライバー搭載機で明らかにインピーダンスが違うのがわかります。
ちなみにT50RPmk4とT60RPmk2でインピーダンスに2Ωほどの差があるので不思議に思ったのですが、私が買ったT60RPmk2は付属ケーブルが何故か全線1.1Ω程度(つまり往復2.2Ω)とずいぶん高いです(上のグラフはすべて付属ケーブル込みでの測定です)。細いリッツ線とかでも2mでここまで高いことは稀なので、意図的なのかはわかりませんが、ケーブルを除外するか、別の自作ケーブルに交換して測るとスペックどおり28Ωになります。
それよりも、さすが平面駆動型だけあって、可聴帯域全体がピッタリ同じインピーダンスなのは素晴らしいです。つまりアンプから見ると固定抵抗を接続しているような感じで、電気的な位相変動もほとんどありません。さすがRegular Phase(RP)ドライバーと呼ぶだけあります。
RPドライバーだけだとわかりにくいので、参考までに他社ダイナミックドライバー型ヘッドホンと比較すると違いが一目瞭然です。
こうやって見ると、メーカーは違えどダイナミックドライバー勢の基本特性は似ていることがわかります。もちろんインピーダンス変動が大きいからといって音が悪いというわけではありませんが、駆動するアンプ側への要求が厳しくなります。
自宅のしっかりしたヘッドホンアンプで鳴らすのならよいですが、たとえば現場のビデオカメラとか映像機器の音声出力に接続するなど、ゲインは高くても出力インピーダンスが高い機器で鳴らす場合、インピーダンス変動が少ない方が鳴り方が影響されにくいため安心して使えます。音楽鑑賞用のT60RPではそこまで気にする必要はないかもしれませんが、RPドライバーのメリットとして説得力があります。
音質とか
インピーダンスが下がり感度も上がったということで、まずそのあたりを確認してみたところ、たしかにT60RPと交互に比べてだいぶ音量を出しやすくなりました。
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ポータブルDAPでもそこそこOKです |
単純計算では、初代の50Ω・92dB/mWで120dBSPLを出すには16Vpp程度必要だったところ、T60RPmk2の28Ω・96dB/mWでは7.5Vppと約半分で済みます。ただし聴感上の音量は電圧とリニアに比例しないので(電圧が二倍で音量は二倍になりませんし、ボリュームノブを二倍に上げても電圧は二倍になりません)、実際はボリュームノブの位置は二割下げて使うくらいの感覚です。
ポータブルDAPなどで初代はちょっと厳しいと感じた人も、T60RPmk2ならそこそこ大丈夫そうです。私のHiBy RS6では3.5mmシングルエンドでも十分でしたが、4.4mmバランスケーブルもあればなお良かったです。
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Ferrum OOR |
T60RPは音楽鑑賞向きの本格派ヘッドホンということで、しっかりした据え置きヘッドホンアンプで鳴らしたいため、今回の試聴では主にFerrumのシステムを使いました。
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バルトークはチェコじゃないだろうと言われるかもしれませんが、ソリストもオケも説得力のある雰囲気を出せています。テクニック一辺倒な演奏解釈になってしまいがちな演目でも、今作は落ち着いた熟練の解釈で、鋭角な勢いのある一番から斜陽の木漏れ日のような三番まで、バルトークの生涯の作風変遷を見事に描き分けてくれます。
まず第一印象から、T60RPmk2のサウンドは相変わらずRPドライバーの性能や特徴を最大限に引き出すための入念な作り込みが感じられ、余計な方向転換を行っていない事に一安心しました。
RPドライバーらしいサウンドというのは、まさに試聴曲のようなオーケストラ楽曲にうってつけの、複雑な作曲技法でもテキパキと処理してくれて、オケの奥行方向の情報量の多さに負けず、音楽の全体像を丁寧に観察できる鳴り方です。モニターヘッドホンとしてT50RPが重宝されている理由に納得できます。
音数が多くなっても、音の響きが常に耳周りに漂うのではなく、スッキリ切り替わりが速く、譜面に瞬間的に現れる余白部分も感じ取れるため、その背後で鳴っている小さな音でも聴き取りやすいです。
ステレオイメージは耳元や頭内よりも一歩離れて前方に出ているものの、奥行きを強調するほどではなく、目の前に高解像スクリーンが配置されているような感覚です。
バルトークらしいピアノのタタタタンと階段を登っていくような作風も歯切れよく描かれ、とくに個人的に協奏曲二番の第二楽章が好きなのですが、静けさと騒がしさが共存するような細やかなピアノのタッチとアンサンブル演奏を丁寧に描き、神秘的なざわめきを見事に表現してくれます。
ウッドハウジングも余計な響きを盛っている感じではなく、良い具合にドライバーと調和して音に厚みや芯を持たせる効果があります。プラスチックのT50RPmk4はもっと臨戦態勢でシャープな感じがするのに対して、T60RPmk2は全体の重心が低く、落ち着いたバランスに仕上がっています。
ウッドハウジングを採用しているヘッドホンというと、ドライバーそのものの出音とハウジングの反響で、それぞれ時間差で二つの音が鳴っていたり、特定の周波数だけが耳の後ろなど変な方向から響いているように感じる製品が多いのですが、T60RPmk2ではそれがほとんど無いのがありがたいです。
さらに、RPドライバーらしさという点では、鳴り方が音量にあまり依存しないというメリットも健在です。ティンパニの打撃やオケのトゥッティの音圧が潰れないため、ドラマーなどダイナミクスの激しいミュージシャンがモニター用に好んで使っている事に納得します。
たとえばGradoヘッドホンなどは正反対の性格で、静かな環境にて小音量で聴くと素晴らしく美しいのですが、音量を上げると過剰に刺激的に、疲労感のある鳴り方になってしまいがちです。ところがT60RPmk2は音量を上げていっても暴れにくく、無音の余白やレスポンスの速さを感じられるクリーンな描写を維持してくれるため、特にオケのような大編成の演奏や、複雑な打ち込み楽曲のリズム感、さらには映画サウンドトラックやゲーム音響などを楽しむのにも最適です。ただしもっと3Dサラウンド的なエフェクトを求めているならダイナミック型のソニーMDR-MV1とかの方が良いかもしれません。
ちなみにT60RPmk2は公式でセミオープン型とあり、たしかに開放型と密閉型の中間という感じがします。Gradoやオーテクのような開放型モデルだと、ハウジングの横で手をかざすだけでシュワシュワと鳴り方が変わってしまうため、リスニング中の姿勢にも気を使うのですが、T60RPmk2ではそれが起こらないため気軽に使えます。ただし遮音性があまり高くなく、外部の騒音も結構通るため、密閉型の用途に使うのはおすすめできません。
ATH-R70xaと比較 |
これはR70xa以外でも、フォステクスTH909やベイヤー、Focalなどダイナミック型らしい鳴り方に慣れていると、それらの先入観でRPドライバーを評価しても見当違いというか、本質を逃してしまいそうな気がして、意図的に頭を切り替えないといけないなと自覚しました。
R70xaのようなダイナミック型は明らかに「音色の美しさ重視」という印象を受けます。ボーカルはもちろんのこと、ピアノやヴァイオリンなど楽器そのものが鮮やかで色濃く主張する感覚があり、無意識に自分の耳もそちらに引き寄せられます。
そこからT60RPmk2に乗り換えると、協奏曲の中でのソリストのピアノなど肝心の主役の主張が弱く、奥まっているような印象すらあります。
もっとじっくり聴き続けてみると、ステレオイメージの安定感や個々の音像の収まりの良さ、音量の強弱のコントラストなど、空間と時間軸の表現は非常に優秀だと気づきます。それに慣れてから改めてR70xaに戻ると、音像の主張が強すぎて、お互いを邪魔し合っているように感じるのですが、それでもピアノのタッチの艶っぽさやヴァイオリンの鮮やかさなど美しいなと思えます。
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ジャズでPosiToneレーベルからJosh Lawrence 「Measured Response」を聴いてみました。トランペットのリーダーで、Diego Riveraのテナーサックスも加わり、Posi-Toneのレギュラーメンバーの豪華なクインテットです。
ジャケット絵が昔のベツレヘムレーベルとかを彷彿とさせますが、今作の演奏はどちらかというと60年代後半のスタイリッシュな雰囲気を、曲ごとに異なる側面で見せてくれる感じです。温厚なフリューゲルホルンにも持ち替えて、サックスとの連携も絶妙な心地よさで非常に聴きやすい一枚です。
初代T60RPをすでに持っていて、T60RPmk2に買い替えるべきなのか気になっている人も多いと思うので、じっくり聴き比べてみます。
まず、初代と違って、T60RPmk2は明らかにT50RPmk4を経由した形跡が感じ取れます。
とりわけ高音側が大幅に拡張され、アタックの明確さはもちろんのこと、背景の空気感もだいぶ発揮されるようになりました。トランペットの突き抜けるような破裂音やドラム・パーカッションの切れ味が増して爽快感があります。それと比べるとT60RPは上下のレンジが狭く、とくに高音は控えめな感じがします。
さらにRPドライバーのメリットとして音像の定位が掴みやすいという点でも、T60RPmk2になって低音側のイメージがだいぶ明確になりました。ベースの弾むようなリズム感の輪郭が増して、演奏の進行にメリハリを与えてくれます。量が増えたというよりも、力強さは損なわずにコンパクトに引き締まった感覚です。それと比べると初代はだいぶ低音がぼやけているように思えてしまいます。
ちなみにT50RPmk4は低音の描き方が不十分だと思ったので、T60RPmk2は新型ドライバーだけでなく新設計ウッドハウジングが貢献しているのかもしれません。
T60RPmk2には新たな弱点もあり、これは気になる人もいると思うので、T60RPからの買い替えを検討しているなら試聴は必須です。
具体的には、ピアノの高音部分に若干の金属的なクセが付帯してアタックが鈍る感覚があります。カチンと硬く尖るというよりも、余計な質感が被っているような、極端に言うとグランドピアノの響板の下に鉄板を置いたような感じです。
この高音の特徴は私がT50RPmk4で気になった点と同じだったので、たぶん新型ドライバーに共通する特性なのだと思います。ボーカルやヴァイオリンなどレガートな音色ではそこまで気にならず、しかも複雑なアンサンブルになると目立たなくなりますが、ジャズやクラシックのピアノでソロパートに入ると結構気になってきます。
これがたとえば真鍮や銀のような美音を増強するタイプの響きだったら良いのですが、なんとなく鉄とかステンレスっぽい機械的な響きなので、そこまで音色の魅力に変換されません。勝手な想像ですが、ドライバーのヨーク部品の剛性や材質などが影響するのかもしれません。
もしかするとT60RPでも同様の金属的な響きがあったのかもしれませんが、そもそも振動板がそこまで高音を出せておらず表面化していなかった可能性もあります。どちらにせよ、私はこういうのが結構気になる方なのですが、普段聴く音楽ジャンルによって個人差はあると思います。
この弱点に関連して、ケーブル交換は必須とまではいかなくとも、ぜひ試してみる価値はあります。
別のバランスケーブルに変えることでステレオイメージが前後左右に拡大し、より複雑な楽曲を見通せる能力が向上するように感じます。耳から距離が生まれることで高音の響きのクセも低減されますし、ケーブルの線材次第で質感を調整できると思います。基礎がしっかりしているヘッドホンなので、ここから真空管アンプやNOS DACなど上流機器であれこれ自己流のアレンジを加えていくのにも最適です。
最後に、すでに初代T60RPは販売が終わっているようですが、これを書いている時点ではまだT60RP 50thの方は購入できるようです。50thは初代と同じ旧世代のドライバーなので、いまさら購入するメリットは無いように思えますが、こちらは意外とT60RPmk2とは正反対の理由で面白いヘッドホンだと思います。
私の感覚では、初代T60RPからの発展型として、50thとmk2の二手に分かれたような印象があります。50thは初代のサウンドを基調として低音側が非常に豊かに盛られており、付属ベロアパッドも含めると、かなり濃厚で優雅な音楽体験が味わえます。一般的に低音を盛った時にありがちなピーキーな音圧強調ではなく、希少木材の効果なのか、中域から最低域まで緩やかに上昇していくようなラグジュアリーかつ自然な仕上がりです。すでにモニター系のヘッドホンを持っていて、もうちょっと響き豊かなヘッドホンが欲しいという人は50thもおすすめしたいです。
初代と50thのどちらにせよ、mk2と比べるとだいぶ丸く収められたサウンドなので、旧型RPドライバーの限界と捉えることもできますし、逆にこれくらいがちょうどよいと満足できる人も多いと思います。
それらからmk2に乗り換えると、帯域も音場展開もスッキリ整えられた次世代感があり、どちらかというとモニター寄りの完成度の高さも両立できるような音作りを目指した印象を受けます。
つまり屋外や収録スタジオの業務用備品としてはT50RPmk4が良いかもしれませんが、PCデスクでの編集作業などに活用するのであれば、むしろ汎用性が増したT60RPmk2を選んだ方が正解とも思えます。
おわりに
初代T60RPと比べるとだいぶ値上がりしたT60RPmk2ですが、昨今の物価高騰も考慮すると、期待通りの素晴らしい進化を遂げたヘッドホンです。7万円弱という価格設定は本格的な音楽鑑賞用ヘッドホンとしては最近では安い部類に入りますし、音質と本体の質感の高さも含めて、あいかわらずコストパフォーマンスが高いモデルであることに変わりありません。
ステレオ音像の描写が素直なので、ゲームや映画鑑賞などにも最適ですし、潜在能力の高さから、別途バランスケーブルなど色々と試してみる価値があります。左右3.5mmという手に入りやすいケーブル規格になったのもありがたいです。
私は超高級ヘッドホンよりもこれくらいのモデルを普段使うことが多く、高音質でありながら、ソファとかに置いて気軽にパッと装着できるような扱いやすさを重宝しています。2018年に買った初代T60RPが結構手荒に扱っても今まで壊れることなく持ちこたえてくれたことも新型の購入を後押ししてくれました。
余談になりますが、個人的にRPドライバーを支持する理由として、フォステクスは平面型特有のメリットを尊重した音作りを大事にしている印象を受けます。別シリーズでダイナミック型も出しているのも強みだと思います。
とくに私を含めてジャズやクラシックのファンの多くは、音楽を構成する要素として「リズム、ハーモニー、メロディー」という優先順位で聴いており、その点でRPドライバーのメリットは大きいです。
一方バンド音楽やポップスでは優先順位が逆転して、歌手や楽器のメロディーを追う聴き方が中心で、リズムとハーモニーだけに集中する事は稀だと思います。その場合はT60RPmk2は向いていないと思いますし、私もダイナミック型と併用して気分で使い分けています。
ところで、私の勝手な感想ですが、ここ数年の欧米の平面型ヘッドホン高級機を試聴すると、皮肉にもダイナミック型に近づけるような音作りを目指している印象があります。
多くのヘッドホンマニアが音楽鑑賞に求めているのは本質的にダイナミック型が得意とする歌手や主役楽器が映える鳴り方なのかもしれません。それでも「平面型の方が高級」という先入観があるため平面型を欲しがるという価値観の交錯が伺えます。そのため平面振動板に指向性を持たせたり、ハウジング部品で過剰な響きを加えたりなど、あらゆる手法でダイナミック型っぽい鳴り方を真似ているモデルが増えてきました。
もっと根本的に考えてみると、ほとんどの人が音楽鑑賞といって連想するのが家庭用ダイナミック型スピーカーでの体験であり、それらのように音像が飛び出してくるような鳴り方に近いのがダイナミック型ヘッドホンだと思います。たとえば昔の家庭用ダイナミック型スピーカーの雰囲気を基準としたハーマン補正カーブなんかは最たる例ですが、それを求めて平面型にも適用するのは、目的と手段が逆転した本末転倒な気もします。
平面型は本来そのようなスピーカー越しの鳴り方ではなく、コンサートホール収録やDAW上の音をそのまま耳に流しているような頭の切り替えができないと違和感があるかもしれません。聴かせたい部分を鮮やかに押し出すのではなく、集中して自分から聴きに行ければいけないかわりに、それができる土台がしっかり整っているのがRPドライバーの魅力です。
T60RPmk2はそのようなRPドライバーの長所を理解した上で、それをさらに発展させているあたりに好感が持てました。
そんなわけで私の手元には初代T60RP、50th、T60RPmk2と三台も揃ってしまい、これらをどうか、布教のため誰かにあげようかと悩んでいるところです。これで今後また希少木材のmk2スペシャルとかリミテッドみたいなモデルが出たらなんて心配もあります。
アマゾンアフィリンク
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FOSTEX T60RPmk2 |
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FOSTEX T60RP 50TH ANNIVERSARY |
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EX-EP-RP-SUEDE |
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FOSTEX T50RPmk4 |
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FOSTEX TH616 |
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FOSTEX TH808 |
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FOSTEX TH909 |
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FOSTEX TH1100RP |
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NOBUNAGA Labs 霧降 |