HE1000 |
日本での発売は2015年夏いうことで、まだこれを書いている時点では販売価格はわかりませんが、米国で$3,000ということなので、40万円程度でしょうか。かなりの高額商品です。ここまで高価なヘッドホンというのは本当に必要なのでしょうか?残念ながら私の財布では手が届きそうにない価格ですが、じっくりと試聴してきたので感想をまとめておきます。
HiFiMANは中国の天津を拠点とするオーディオメーカーで、高音質なヘッドホンやデジタル・オーディオプレイヤー(DAP)などを小規模で生産しています。
2005年に誕生した比較的新しいメーカーですが、創設者のFang Bian氏がニューヨークに滞在中に立ち上げた個人的なガレージビジネスから始まり、最近では世界中に製品を展開する一流ヘッドホンメーカーになりつつあります。創設当初は中古品売買や、DIY改造を施した自作ヘッドホンをウェブショップやネット掲示板で販売する程度だったのですが、2015年現在では完全自社製ヘッドホン5種類と多数のイヤホン、そして据置アンプやDAP、アップグレードケーブルやアクセサリなど、幅広い商品展開に成長しました。
2015年現在、日本でのHiFiMAN製品の取り扱いはちょっと微妙な状態のようで、4月ごろから価格.comやアマゾンなどの在庫がある日突然消滅したため不思議に思っていたところ、日本の正規代理店TOP WINGが代理店契約を解消したそうです。TOP WINGはHiFiMAN以外ではiFi Audio、M2Tech、Gradoなど有名所を取り扱っている経験豊富な会社ですが、HiFiMAN製品に関しては色々と問題があったようです。
今後はHiFiMANが直営で日本法人を立ち上げるといった話も上がっていますが、そうなるとこれまでの代理店のようなサービス対応は期待できないので若干心配です。
個人的な経験では、とくにDAP製品の品質管理に問題が多く、10万円クラスのHM901など操作系が急に動かなくなったり、バグでフリーズする、画面が消える、電池がなくなるなど不良品が多かったです。メーカー自体も中国ベースなので日本や欧米と同レベルの品質チェックやアフターケア・サポート対応が期待できず、その辺は高額商品を扱っていながら、まだ一流企業というよりは自作メーカーの域を超えてないようです。
DAPについては多少痛い目にあいましたが、ヘッドホンはそれほどの品質問題は経験していないので、いまのところ個人的には好印象です。
現在HiFiMANのヘッドホンラインナップは
HE400S $300
HE400i $500
HE560 $900
HE6 $1,300
といったシリーズ構成で、さらに今回登場した最上位機種のHE1000がなんと$3,000という価格で、これまでのHE6を超えるフラッグシップ機になりました。
HiFiMANのヘッドホンがユニークなのは、全てのモデルが大型の平面駆動型ドライバを採用していることです。平面駆動型ヘッドホンのベテランのFostexそして最近レファレンスになりつつあるAudez'e LCDシリーズに次ぐ、第三の選択肢として注目を浴びています。
平面駆動型といっても永久磁石形であって静電パネルではないので、STAXのような専用電源回路は必要とせず、ごく一般的なヘッドホンアンプを利用できます。しかしFoxtexやAudez'eの例に漏れず、このタイプのドライバは能率が低く、それなりのアンプが無いと駆動力不足で苦しむことになります。
ヘッドバンド調整機構 |
まずHE1000の外観についてですが、さすが$3,000に見合うだけの高級感があり、削りだしのメタルパーツやステンレス製ヘッドバンドなど、むき出しの金属の質感が印象的です。あえて塗装や派手なアルマイト処理を行わず、それぞれのパーツが工作時そのままのブラシ加工で仕上げてあります。ヘッドバンド調整機構の部分など、生々しく仕上げてあるため工業的でスチームパンクっぽくも見えます。
ドライバハウジングは楕円形で、なんとなくゼンハイザーのHD598を彷彿させます。銀色のグリルの下にドライバを保護するための金属メッシュが配置してありますが、音響の妨げにならない完全開放型設計だということは一目瞭然です。
メッシュグリルの中に振動板が見えます |
ハウジングは木目がきれいです |
ハウジングの外周は薄い色の木材でできており、このあたりはAudez’e LCDなんかとデザインが似ています。メタルパーツと木目のコンビネーションは造形物としても美しいと思います。下位モデルのHiFiMAN HE560も木目調ですが、あちらはどうもラミネートの突き板っぽいのですが、こちらは本格的なアンティーク調度品のような仕上がりです。
ケーブルは2.5mmで着脱式 |
標準プラグはノイトリック製 |
ちなみに、これらのほかに3.5mm端子の1.5メートル・ショートケーブルも付属しています。まさかこのヘッドホンをポータブルで使う勇者はいないと思いますが、そもそもポータブル環境では駆動力に問題がありそうです。大富豪がシャトーのバルコニーや洋上のヨットで楽しむのでしょうか。
ケーブルは着脱可能で2.5mm端子なのでリケーブルが可能です。これまでHiFiMANはネジ込み式のSMA式同軸コネクタだったのですが、何故か今回は2.5mmジャックに変更になりました。なぜか最近発売されたヘッドホンは2.5mm端子が多いですね。OPPO PMシリーズやAudioquest NightHawkなんかも2.5mmです。対応ヘッドホンの数が増えればアップグレードケーブルの選択肢も増えると思うので期待しています。ケーブルメーカーとしても無駄な在庫を減らすために、そろそろヘッドホンのリケーブル端子を統一して欲しいでしょう。
ヘッドバンドの調整機構 |
ハウジングは回転します |
実際に装着してみたところ、私の頭ではほぼ中間位置でベストフィットでしたが、ちょっと気になったところは、クリック位置の間隔が広いため2段目ではキツいけど3段目ではユルすぎるといった中途半端な感じでした。もうちょっと間隔を狭めるか、無断階調整にして欲しかったです。
イヤーパッド |
実は従来のHiFiMANヘッドホンの円形ハウジングはどうしても自分の耳にフィットしてくれず、かならず耳の下側に隙間ができてしまっていたのですが、今回HE1000ではハウジング形状やヘッドバンドの改良によって、かなりフィット感が良かったです。耳を包み込む優しいフィーリングながら、しっかりとホールドしてくれています。ヘッドバンドの形状からもわかるように側圧は耳を横方向に抑える形なので、感触は以前レビューしたUltrasoneのPerformanceシリーズなんかを彷彿させます。少なくともLCDやFostexなど他社の平面駆動型ヘッドホンよりも格段にイヤーパッドのフィット感が良いです。
音質について
肝心の音質は$3,000の価値があるのでしょうか。試聴を始めてみると、第一音から「これは凄い・・・」と直感的に反応しました。とにかく「凄い」としか表現できない、圧倒的な体験です。
まず一番素晴らしいと思ったのは、高域の伸びの良さと、派手気味な音作りです。高域に関してはかなり綺羅びやかなので、ニュートラルというよりは余韻や響きなどが味付けされていると思いますが、それが音楽的に成功しています。古いモノラル録音、新しいハイレゾ録音、クラシック、ポップスなど色々な音源を再生してみましたが、どういった音楽においても、音楽的に大切な部分が見事に引き出されており、ただただ聴き入ってしまいました。これこそが、単純に「高性能」というだけでなく、音楽鑑賞に適している音作りだと思います。
同じ平面駆動型ヘッドホンのAudez'e LCD3と比較しても、音色のヌケの良さや解像感はどちらも引けを取らず良い勝負なのですが、HE1000のほうが演出効果が色濃く、あえて解像感や繊細さを誇示するよりも、個々の演奏者にスポットライトを当てることでリスナーを魅了するような音作りです。つまりソロ楽器の音場が近く感じるのに、それでいて威圧感や不快感が少ないです。
このHE1000と音質面で似ていると思ったのは、GradoのPS1000です。PS1000は16万円なので、値段で比較するとHE1000の半額にも及ばないですが、このクラスのヘッドホンになると費用対効果は崩壊するので単純に2倍の価格で2倍の性能は期待できません。
PS1000はGradoの下位モデルでよくありがちな音場の狭さを解消しながら、ソロ楽器の美音を見事に演出しきっている素晴らしいヘッドホンだと思います。その反面、クセが強いためハマる人にはハマるといったニッチ感があるのですが、HE1000も似たような傾向がありながら、さらにSTAXやLCD譲りのきめ細かさがあり、PS1000よりも楽曲を選ばない万能性があると思います。
また、ハイエンドヘッドホンの中でもレファレンス的な扱いを受けているゼンハイザーHD800と比較すると、トータルバランスやフラットっぽい音作りといった意味ではHD800の性能は素晴らしいと思いますが、HE1000にはさらにHE1000特有のゴージャスさが付加されます。例えばゼンハイザーHD800が高級食材の自然食だとすれば、HE1000は一流シェフの料理といった感じです。HD800が濾過された天然水であれば、HE1000はワインかなにかのようです。必ずしも上質でない録音であっても、ヘッドホンの力量で音楽的魅力を引き出してくれる、そういった素晴らしさをHE1000から感じました。
必ずしも万人受けする音色ではないですが、そこが逆に強烈な個性になっているのかもしれません。
高域の響きの良さはもちろん強調されていますが、不快に感じるようなシャリシャリ感は無く、あえていえばトーンバランスは彫りの深さや空気感を重視しているため、モニターヘッドホンやモニタースピーカー系のニュートラルバランスにさらに個々の音色に魅力があるといった印象です。つまり中低域も十分に解像感があり質感豊かです。ただし、低音楽器のスピードがとても速いため、普段低音が増強されたヘッドホンを聞き慣れていると全体的にヌケが良すぎて軽めの音色に聴こえるかもしれません。主観ですが、HE1000はゼンハイザーHD800などよりもAKG K701-K712 Proシリーズがさらにグレードアップしたようなイメージです。AKGのフラッグシップ機K812は思ったほどK712 Proの良さを引き継いでいなかったと思うのですが、HE1000はAKGのヘッドホンに求めていたものをさらに1クラス上のレベルで達成しています。とくにAKGの過去の銘器K340が超進化したらこんな音色だろうな、と思いました。
HiFiMAN HE560とHE1000 |
せっかくですので、HiFiMANの中堅モデルHE560(10万円前後)と比較試聴してみました。HE560は個人的に大好きなヘッドホンで、いつか余裕があれば購入しようかと検討している最中です。今回HE1000を試聴することにより、HE560の魅力が崩れるかと心配していたのですが、実はそうでなく、まだHE560は好きなままです。
HE560はHE1000と比べるとダークで、そこまで綺羅びやかな高音の演出はありません。どちらかというとゼンハイザーHD600やフィリップスFidelio X2と似た落ち着いた音色です。個人的にHE560が好きな理由は、一聴して暗めで、これと言って特徴の無いような音色だと思わせながら、肝心な場面ではさり気なく綺麗な高音をたまに出してくれるところです。「聴き疲れしないのに、音色に魅力がある」というのは鑑賞用ヘッドホンでは最大限の賛辞ですが、HE560にはそれに値する秘められたポテンシャルがあると感じました。それと比較して、HE1000は「秘められた」などではなく、常に魅力が溢れ出ており、一曲の最初から最後まで音楽に釘付けになってしまいます。このアルバムをHE1000で聴いたらどうなるだろう、といったワクワク感があるので、ヘッドホンを通じて音楽の楽しみが倍増するような、一種の増幅効果があります。
HE1000の悪い点ですが、いくつか挙げられます。
音質的な面では、非常に個性的で作られた音色なので、多少なりとも過剰表現と思われるリスナーもいるかもしれません。とくにモニター系レファレンスを求めているならば適さない音作りだと思います。さらに、リラックスするBGMというよりは、音楽の響きに没頭されるような印象なので、そういった意味ではGrado PS1000やUltrasone Edition 10などと同系統かもしれません。(HE1000よりも高価なEdition 5は未聴なので比較できません)。
HE1000の一番の問題は、駆動の難しさです。これまで聴いてきたヘッドホンの中で、一番アンプを選ぶ製品だったかもしれません。高品質なヘッドホンであるほど、アンプなどのいわゆる上流にある装置の音質差が現れる、なんてよく言われますけど、HE1000はそれが顕著に発生しました。
色々なDACやアンプを聴き比べたけどイマイチ違いがわからない、という人は、ぜひHE1000を使って聴き比べてみてほしいです。アンプそれぞれの音質がとてもよくわかります。
奥に見えるのがMusical Fidelity MX-DACとMX-HPA |
手元にあったもので最終的に一番良かったのは、最近発売されたイギリスのMusical Fidelity MX-HPA(http://www.musicalfidelity.com/mx-hpa/)でした。MX-DACとのセットで20万円程度の卓上ヘッドホンアンプです。フルバランス駆動で、高出力がセールスポイントのヘッドホンアンプなのですが、これまで一般的なヘッドホンで使ってみてもこれといって個性が感じられず、あまり気に留めていなかったのですが、HE1000を駆動して始めて底力の凄さに感心しました。基本的に硬質な音作りのクラスABトランジスタアンプなので、似たような出力重視のアンプであればHE1000と相性が良いかもしれません。
Musical Fidelity MX-HPA |
まずはじめにHE1000を試聴した際、ポータブルアンプのOPPO HA-2を使ってみました。HA-2はこれまで大概の大型ヘッドホンの性能を十分に引き出せるだけのポテンシャルがあったため、個人的に出先で愛用しているのですが、今回HE1000には完敗しました。音量は十分出せて、ハイゲインモードであればボリューム70%程度で適正音量が得られるのですが、とにかく低域がスカスカで地に足がついていない、ふらふらした音色になってしまいました。
OPPO HA-1では楽曲によってはボリュームMAXでも足りないことも |
次に、同じくOPPOの据置型ヘッドホンアンプHA-1に接続してみたのですが、標準ジャックのアンバランス接続では、クラシックなど平均レベルが低い録音ではハイゲインモードであっても音量が頭打ちでした。同じくスカスカの音色です。4ピンXLR端子のバランスケーブルに変更してみたところ、ようやく適正音量が得られたのですが、それでも高域の瑞々しさが低減しており、なんとなく機械的に鳴っているだけ、といった感じでした。
Musical Fidelity MX-HPAは3ピンXLRのバランス端子だったため、残念ながらHE1000同梱の4ピンXLRでは対応できず(アダプタを持っていなかったため)、標準ジャックのアンバランスモードに戻したのですが、音質はOPPO HA-1よりも優れていました。まず高域の響きが充実しており、空気感が広がります。音量もハイゲインモードで70%程度で適正でした。
ベイヤーダイナミック A20も試してみました |
さらに、ベイヤーダイナミックのA2、A20を使ってみたところ、A2ではMX-HPAと同じくらいHE1000の良さが引き出せました、A2の方が低域がしっかりしておりソリッドな音作りで、MX-HPAほど空気感が出ない反面、力強さは感じられます。廉価版のA20ではA2と同様のどっしりとした印象ですが、駆動力不足なのか若干高域のヌケが悪かったです。A20ではボリュームがほぼMAX状態でした。
アンプに関しては、値段と音質が正比例するとは限りませんが、ベイヤーダイナミックA2とMusical Fidelity MX-HPAはどちらも15-20万円クラスのアンプですし、どちらも似たようなスペックなので、きっとHE1000は高出力トランジスタアンプを好むのでしょう。よくあるオペアンプバッファの真空管アンプなどの高級ブティックアンプでは駆動に難があるかもしれません。どちらにせよ、HE1000はアンプそのものの個性を露わにするようなので、あまりクセのあるアンプよりも質実剛健な大出力アンプを狙ったほうが良さそうです。
おわりに
HiFiMAN HE1000はさすがに同社のフラッグシップ機というだけあって、非常に高音質であり、音楽性も優れた素晴らしいヘッドホンでした。$3,000の価値があるかというと、購入を検討している方でしたら十分に価値があるヘッドホンだと思います。個人の好き嫌いはありますが、これと対等に渡り合えるヘッドホンとなると、片手で数えるほどですし、どれも15万円クラスになると思います。古い録音でも、新しい録音でも、ジャンルを選ばず音楽の魅力を引き出してくれるので、とにかく楽しく音楽に没頭したい方に最適なヘッドホンです。私のように手頃なヘッドホンを色々買い漁っている人は、まずとにかくHE1000を試聴することで、目指すべき方向性が確認できるかもしれません。
ただし、アンプに関してはそれなりの投資が必要かと思いますので、HE1000を購入するとそこで終了ではなく、さらに奥深いハイエンドアンプ購入のスパイラルに陥ってしまうかもしれません。このヘッドホンにはそこまで追求するだけのポテンシャルがあります。
残念ながら私の予算では手が届きませんが、将来的にこのようなヘッドホンが一般ユーザーの求めやすい価格にまで降りてくることを期待しています。