2015年7月25日土曜日

ゼンハイザー IE80 IE60のレビュー

古いモデルなので今更な感じもしますが、ゼンハイザーのIE80とIE60の紹介です。残念ながら上位モデルのIE800はあまり音色が好みではないため購入しておりません。

IE80    IE60

IE80とIE60はどちらも2011年に発売されたイヤホンで、発売当時にIE80が4万円、IE60が2万円程度だったので、かなりの価格差があります。これ以前に販売していたIE8・IE6というイヤホンの後継機となります。



ちなみに今回両方をとりあげるのは単純に両方所有しているからです。実は発売当初にIE60を購入したのですが、非常に気に入っており日常的に愛用していたので、結局上位機種のIE80も気になってしまい後日購入しました。典型的なヘッドホンスパイラルですね。両方を長期間使ってみた結果、IE80はIE60の単純な上位互換というわけではなく、どちらも独特の個性があるので現在でも用途に応じて使い分けています。

デザインはどちらも普通の安いイヤホンみたいです
IE60のほうが耳にフィットしやすい形状です

IE80・IE60はゼンハイザーのイヤホンの中でもハイエンドモデルにあたるのですが、一見してわかるとおり、これといってユニークな特徴や目新しい構造などといったセールスポイントが無く、パッと見ただけでは3,000円程度のイヤホンのように思えます。より高価なIE80にはアルミのアクセントがあるため多少高級に見えますが、IE60はほぼプラスチックなので、同じゼンハイザーの低価格モデルCXシリーズなどよりもチープです。とくに2015年に発売された新CXシリーズやMomentum In Earなどの方が何倍も高級に見えます。搭載しているドライバに関しても不明な点が多く、口径や素材などに関しても公式情報が無いため謎が多いイヤホンです。

IE80のケーブルは着脱可能ですが、MMCXではなく専用端子です

IE80とIE60の大きな違いは、IE80は着脱可能なケーブルを採用しており、さらに工具を使ってハウジング側面のネジを回転させることで低音の量感を調整できるギミックがあります。ケーブルについては着脱式でありながら一般的なMMCXコネクタではなく専用端子のため、リケーブルの選択肢は少ないです。万が一ケーブルが断線した際に純正ケーブルで交換できる、といった程度に考えるのが良いかもしれません。

IE80の低音調整ネジと、付属の工具

IE80の低音調整機構については良いアイデアだと思いますが、ネジの回転具合が目視ではわかりづらいため、一度触ってしまうと左右のバランスがピッタリと合っているか常に気がかりになります。工具無しで勝手に回ったりはしないので、一旦丁寧に調整を合わせて、あとは無視したほうが精神的に楽だと思います。以前どこかのレビューサイトで分解写真を拝見したところ、この調整ネジは単純に内部のスポンジを潰す事によって反響チャンバーの大きさを変える、非常に原始的な機構のようです。

低価格モデルのIE60にはこのような低音調整ネジは無く、ケーブルもハウジングから直出しのため交換できません。その分コスト削減をして肝心の音質については妥協していないと考えれば良いかもしれません。
付属のケースはどちらも一緒です
中のモールドもIE80・IE60兼用です
収納するのは手間がかかります
裏側には謎の収納スペースと工具ホルダーが
IE80とIE60はどちらもまったく同じプラスチック製のハードケースが付属されています。使い勝手はさほど悪くないですし、工具やスペアのイヤピースを入れるスペースなど、色々と丁寧に設計されているようですが、ケーブルを巻き取る部分が面倒で、収納に時間がかかる上、ケーブルが鋭利に曲がるため負担が掛かりそうなデザインです。以前不注意でケースを閉じる際にケーブルを潰してしまいそうになったため、それ以来使っていないです。なんとなく設計者の自己満足といった感じで実用的でないため、あまりお勧めできません。

Westoneオーナー最大の悪夢
余談ですが、Westoneなどに同梱されているペリカンタイプのケースも、開閉時にケーブルを潰しそうで心配になりますね。その点シュアーに付属しているジッパーケースが一番手軽で使いやすいです。

装着感について

ケーブルの構造はどちらも一緒です
よくある付属の洋服クリップは着脱可能です
 ゼンハイザーIE80・IE60はケーブルを耳の上にひっかける「シュアー掛け」を想定したデザインですので、慣れればかなりしっかりとした装着感を得られます。ケーブルの材質はどちらも同じで、100円のイヤホンにありそうな安っぽいビニールゴム素材なのですが、実は表面がサラサラで絡まりにくいので気に入っています。高級なテフロン系のスリーブを使っているケーブルなどと比べてタッチノイズも低いため、実用上はそこそこ優秀なケーブルだと思います。ただし固めでクセがなかなか抜けないため、やはりWestoneやShureの付属ケーブルのほうが全てにおいて優れているように思えます。

ケーブル端子はどちらも一緒です

3.5mmコネクタはどちらも共通のL字型で、単純なゴムモールドに金メッキすらされていないので非常に簡素です。

付属の耳フックパーツ 
このようにして使いますが、簡単にはずれてしまいます
フックにワイヤーが入っているので、このように広げられます
 ひとつだけケーブルについて不満なポイントは、シュアー掛けで耳にかける部分に形状記憶ワイヤーなどが入っていないことです。このせいで、ケーブルが簡単に耳から外れてしまいます。ちなみに付属品として耳掛け用のゴムフックみたいなパーツが同梱されているのですが、数日間使用してみたところ片方を紛失してしまいました。そもそもこの耳かけパーツは装着に手間取るのであまり実用的ではありません。IE60のケーブルは着脱不可能なのでどうしようもできないですが、IE80はケーブルが着脱できるので、他社製のワイヤーが入っているケーブルに取り替えることができます。現在eイヤホンなどで数種類のIE80用社外品ケーブルが販売されています。

IE80はアルミパネルが印象的です

IE60はゴールドのアクセントです

イヤホンのハウジングはIE60のほうがコンパクトですが、どちらも手軽に扱えてフィットしやすい形状だとおもいます。IE60はハウジングの形状を見て左右を判別しやすいのですが、IE80は左右のデザインが似ているため毎回LRの印刷を確認しないといけないのが面倒です。IE60のハウジングデザインは黒いプラスチックにゴールドをあしらったもので、一見ゴージャスかと思えますが、実物はプラモデルのような質感なので高級感は感じられません。実はIE60よりも、前モデルのIE6のほうが派手なクロームの外装でかっこ良かったのですが・・。

後継機が出なかった可哀想なIE7・・・
ちなみにIE6とIE8の間にIE7というモデルもあったのですが、宇宙人の耳のようなヘンな三角形デザインが不評だったのか、IE70といったような後継機は存在しません。

IE80はカクカクした謎の多面体デザインで、装着時には耳穴から結構離れており常に浮いている感じでフィット感はあまり良くありません。たとえばシュアーのSE215など耳穴にコンパクトに収まるIEMに慣れている人は違和感を感じるかもしれません。

勝手な想像ですが、ダイナミック型のイヤホンというのは出来る限り耳穴から遠いほうが空間が広く感じられるようなので(例えばソニーMDR-EX1000などはかなり耳から離れており、サウンドステージは広大です)、あまりハウジングが耳穴ピッタリにフィットするようでは音場的にダメなのかもしれません。これについては、イヤピースの長さももちろん重要になってきます。

ソニーのノイズアイソレーションイヤーピースも使えます

JVCのスパイラルドットでも問題ないです
イヤピースはコンプライでいうところの500番でかなり口径が大きいです。ソニーなどの400番系イヤピースでも若干無理をすれば装着できるので、純正以外ではソニーのシリコンにスポンジが入っている「ノイズアイソレーションイヤーピース」なんかも使っています。逆に、ゼンハイザー同梱のイヤピースをソニーなどに装着しようとすると緩すぎて外れてしまいます。

音質について

ゼンハイザーIE80・IE60の音質ですが、まずこの2機種を簡単に比較すると、双方の特性は似ていますが、IE60が一般的なイヤホンらしい高域寄りのチューニングで、そこに低域を拡張して充実させたものがIE80です。

どちらを聴いても感じるのは、とても「つながりの良い」自然な音楽性です。このイヤホンのみを聴いただけでは凡庸な音色に思えるのですが、他の製品と比較試聴してみると、IE80・IE60の音楽性や帯域ごとの破綻の少なさに改めて感心します。

どちらかというとIE80よりもIE60のコストパフォーマンスに驚きます。実売価格2万円程度でこれほどバランスの良いイヤホンというのは、そうそう無いのではないでしょうか。傾向としては、抜けがよく開放感があり、音楽に最重要な中高域部分を清々しく演奏してくれます。低音があまり出ないためバランスは高域寄りの傾向があり、無理に低域を出そうとすると音楽にかぶってしまうため、自然で空気感があふれるオーケストラやアコースティック系など、擬似的な低音が無い楽曲がマッチしているかもしれません。

同価格帯のBA型やソニーのハイブリッド型などと比較すると解像度が高いとは言えませんし、先日とりあげたJVCのウッドコーンシリーズのようなエネルギッシュで艶やかな表現も不得意です。しかし、大型の開放型ヘッドホンに一番近いようなトータルバランスの良さがあります。ヘッドホンで例えると、ゼンハイザーのHD600の良さが継承されている印象です。

IE60のもうひとつの大きなメリットは、そのコンパクトなハウジング形状のおかげで、装着時の安定具合が高く、音像が乱れないことです。たとえば移動中や、ベッドで横になっている時でも気軽に活用できるので、寝る前の読書中などあまり深く考えずに良い音を楽しめますし、収納も手軽なのでオールラウダーとして普段使いするには最適です。

いろいろとIE60の良い点を書いていると、ベストセラーのシュアーSE215SPEと似ているように思えました。あちらもこれといって個性が無く凡庸なパフォーマンスですが、どのような音楽でも十分な性能を発揮してくれ、コストパフォーマンスも素晴らしく、コンパクトなハウジングに扱いやすいケーブルを備えて、装着感も非常に良いです。この二機種の違いは、SE215SPEが密閉型ダイナミックヘッドホンに似た音作りだとすれば、IE60は開放型ダイナミックヘッドホンのような雰囲気だと思います。

実用性という面では、SE215SPEなどのほうが遮音性が高いため電車での通勤時でも静寂なプライベートスペースを提供してくれます。しかし自宅などの静かな環境で使う場合にはこの遮音性が逆に違和感となる人も多いと思います。外界を遮断して耳栓をしているような感じよりも、多少は環境騒音が聞こえた方が、携帯の呼び鈴やドアのチャイムなど周囲の状況が把握できるため、リラックスして安心して音楽を楽しめる、というのも重要な要素だと思います。

1万円台だと個人的にはソニーのXBA-A1なんかも良いと思いましたが、あちらはもう少し金属的でアタック感の強い印象です。シュアーやソニーよりも上品で、音圧やアタック感は控えめにゆったりと音楽を楽しみたいという人はIE60がとてもお勧めです。

IE60の問題点だと思うのは、やはり「ドンシャリ」とは対照的なカマボコ型の中域重視のチューニングのせいで、派手さが無いということです。とくに同価格帯のBA型と比較試聴すると、どうしてもIE60の音像はボヤケており「ハイレゾ」っぽくない古臭い印象を受けます。こういった部分を補っているのがIE80です。

IE80については、ネットで試聴レビューなどを読むと「低音が強すぎる」という意見が多いです。これについては私も同感なのですが、いろいろと考察すると、まずハウジングの低音調整用ネジがかなり効果があるため、これの調整は必須です。しかもこのネジは「低音調整」というよりは「低音増強」というべき、過度なブーストがかかるので、一般的には調整ネジをちょうど50%の位置に合わせてもまだ低音が強すぎるといった感じです。個人的な印象では、調整ネジを最低まで回した状態でようやく低音の量感がIE60と同じくらいだとおもいました。つまり店頭の試聴機などで調整ができない場合は、過剰にブーストされている状態かもしれません。

もうひとつは、イヤピースの種類によってはかなり低音が増すというか、高音が抑えこまれて篭った音になるので、これについては注意が必要です。とくにコンプライ系のソフトウレタンは高域が吸収されるのか、暗くヌケの悪い音色になってしまったので、個人的にはIE80に同梱されていた硬めなウレタンがベストでした。IE80はイヤホン自体の素の特性は非常に優れているので、低域の量感など自分の好みに合うようにイヤピースを選ぶことでかなりバランスの良い鳴り方が得られます。

IE80の低音というのはドンドンと鳴るサブウーファー的なものではなく中低域をリッチに盛る傾向があるので、全体的にIE60とくらべて深くパワー感が増したような鳴り方です。ダイナミック型の欠点かもしれませんが、一音一音の歯切れはよくないため、スムーズな音色な響きは美しいのですがリズム重視の音楽ではアタック感が鈍く滲んだように聴こえるかもしれません。

低音意外に関してはIE60ゆずりで、高解像度というわけではなくサラッと鳴っているのに聴き心地が良くに退屈にならない絶妙なチューニングです。とくに腰の座った音作りのおかげかもしれませんが、IE60とくらべて定位の前後感がよく出ており、彫りの深い立体的な音像が得られます。

ダイナミックドライバ特有の素直な出音を十分に楽しめる音作りなので、たとえばすでにマルチドライバのBA型イヤホンを所有しておりダイナミック型もひとつ持ちたいという場合は、このIE80が一番ダイナミック型らしさを体感できるイヤホンだと思います。

こういった意味でも、IE80というのはHD650に似ているような気がします。あちらも中低音が強いとよく言われますし、リケーブルなどで色々と調整することが可能です。この時代のゼンハイザーの特徴的な音色がIE80=HD650であれば、新世代の音色がIE800=HD800なのかもしれません。IE800は解像感が非常に高く優秀なイヤホン・ヘッドホンだとは思うのですが、個人的には、イヤホンということで外出先で利用することを想定すると、ここまでの解像感は無駄ではないかと判断しました。その点IE80のような中低音重視のボリューム感のある音色の方が、環境騒音のある外出先でも音楽を楽しめると思います。

まとめ

フィット感や開放的な音色など、気軽に音楽をエンジョイするといった用途であれば、IE60はとても素晴らしいイヤホンだと思います。なんとなく、ソニーやアップルなどの付属品のチープなイヤホンと同じような気軽さで、数倍の高音質を楽しめるといった印象です。とくにシュアーSE215SPEとは良きライバルだと思います。密閉型が好きならシュアー、開放型ならIE60です。

IE80はさらにグレードアップした音色で、とくに中低音のどっしりとした存在感が音楽のコアな部分を強調します。ただし低域に関しては個人の好みにあわせて調整できるので、試聴の際はぜひそのへんに注意しないと、過剰ブーストされている可能性があります。

IE80より高価でハイグレードなダイナミック型イヤホンはいくつかありますが、4万円程度の中価格帯でのライバルというとあまり選択肢はありません。たとえばJVC HA-FX850などのほうが、もうちょっと派手で鮮烈なインパクトのある音色です。もっと分析的な解像度を求めるならオーディオテクニカATH-CKR10なんかも良いかもしれません。

IE80より高価なイヤホンというと同社のIE800やAKG K3003なんかが有名ですが、どちらももっと繊細で解像度重視の音作りなので、好き嫌いが分かれます。どちらにせよ、BA型以外でも選択肢は豊富なので、単純にドライバ数を増やしたBA型ばかりではなくIE60・IE80のようなダイナミック型もぜひ検討してみてください。

追記:ケーブル交換などについての後日談があります
→ http://sandalaudio.blogspot.com/2016/02/ie80.html