2016年2月23日火曜日

ゼンハイザー IE80 イヤホンの謎と、ケーブル交換の音質変化について

今回は、イヤホンやヘッドホンのケーブル交換によって、本当に音質が良くなるのか、という話題です。

ゼンハイザーIE80というイヤホンは、2011年に発売して以来、ずっと好調な売上をキープしている、息の長い商品です。

発売当時から高音質イヤホンとして人気がありましたが、あの頃はバランスド・アーマチュア(BA)型イヤホン全盛期だったので、3万円台という価格帯でBA型に対抗できるダイナミック型イヤホンということで、IE80は珍しい存在でした。

最近ではBA型を押しのける勢いで、様々なメーカーによるダイナミック型イヤホンの人気が再燃しているようですが、そんな中でも流行に流されない「オススメ定番モデル」として不動の地位を得ているのがIE80です。

IE80についてはちょっと前にレビューで紹介したのですが、先日ネットでIE80用のカッコいいケーブルを見つけて、ついつい買ってしまいました。(メーカーとか素材は不明です)。

IE80用の社外品アップグレードケーブル

このケーブルに交換してみたところ、IE80の音質が飛躍的に良くなりました。全く別物だと断言出来るほどの性能アップです。

たかがケーブル交換だけで、ここまで音質が変わるというのも信じ難かったため、色々と調べてみたところ、意外なところに確かな理由がありました。


私自身はヘッドホンのケーブル交換についてはあまりこだわっておらず、使い勝手が良くて音質劣化を極力避けられれば、それで十分だと思っています。

世の中には多種多様な高級ケーブルが売っていますが、それぞれ多少の音色変化があっても、それは味付け程度であって、これまでヘッドホンそのものの音質が格段にアップするようなケーブルには遭遇していません。「音色が変わる」のと「音質が良くなる」のは同意義ではないです。

ゼンハイザーIE80については、個人的にとても好きなイヤホンなのですが、レビューでも紹介したとおり、いくつかの不満がありました。

ツルツルしており耳掛けしづらい純正ケーブル

まず、本体の形状が耳かけ装着(いわゆるシュアー掛け)を想定しているのに、ケーブルの耳かけ部分に形状記憶ループがついていません。ケーブル自体もツルツルしているため、装着時によく耳から外れてしまいます。

特殊なコネクタ形状

また、ケーブルは幸いにも交換可能なのですが、コネクタ形状が特殊で、一般的なMMCXやカスタムIEMタイプの交換ケーブルを装着できません。もちろん断線した際にはゼンハイザー純正のケーブルが手に入るため、そういった意味では交換可能のメリットはあるのですが、MMCXのように無数の社外品アップグレードケーブルが売っているわけではないのが残念です。

とは言ったものの、上位機種IE800はケーブル交換が不可能なので、それと比べるとラッキーといった感じです。

IE80用社外品アップグレードケーブルというのも、ネットで調べるといくつかのメーカーが販売しており、これまで何度か物色したのですが、イヤホンは他にもいくつか持っているため、わざわざケーブル交換するほどでも無いかな、なんて思っていました。

eイヤホンとかではIE80用ケーブルも結構売ってますね

IE80最大の問題は、その音質のクセです。リスナーごとに、かなり意見が別れるタイプのサウンドだと思います。(個人的には結構好きなのですが・・)。

とてもダイナミックで、リアリズム溢れるパワフルなサウンドが特徴的で、とくにBA型IEMなどとは一線を画する音場の安定具合が魅力的です。目の前で音楽が広々と展開するさまは、解像感重視のマルチBA型などとは大きく異るプレゼンテーションなので、どちらが優れているか単純に決められるものではないと思います。

このIE80特有のサウンドですが、どうにも中低域がどっしりと盛りすぎている感じもあり、多くのイヤホンマニアにとっては、「こもっている」「歯切れが悪い」「クリアじゃない」といった悪い印象を与えています。

IE80にはギミックとして低音調整用ネジがついていますが、それをかなり絞って、ボンボンと弾ける低域は押さえ込めても、やはりなんとなく中域のモヤモヤ感はぬぐえないという欠点がありました。

ケーブル交換

今回友人の勧めで、ネットオークションから、なんだかよくわからない無名ブランドのケーブルを購入しました。

実は、購入を思い立った理由の一つに、2.5mmバランス接続で聴いてみたい、という考えがありました。「IE80のモヤモヤ感はバランス接続にすれば解消するかな」なんて期待を抱いての購入でした。

2.5mmバランスと3.5mmの二種類を買ってみました

せっかくなので同じショップから3.5mmステレオ端子と、2.5mmバランス端子で、二種類のケーブルを同時に購入しました。一個7,000円くらいの、まあそこそこな値段のケーブルです。両方買ってみないと、もし音が変わっても、ケーブルのせいなのかバランス接続のせいなのか、わからないですしね。

ステマ的にお勧めしたくとも、メーカーロゴなどが一切無いので、多分中国製で色々な名前で販売されているOEM品かなにかでしょう。

耳掛け部分がフック状になっていて装着が簡単です

届いたケーブルを装着してみると、耳周りの部分に形状記憶ループがあるため、装着時にピタッと収まり、とても楽になりました。針金のように折り曲げられるタイプではなく、太いビニールチューブで形を維持しているタイプなので、不用意に変な形に曲がること無く、耳掛け式スポーツイヤホンみたいに手軽に装着できます。

これまでIE80の純正ケーブルには本当に四苦八苦していたため、この装着感だけでもアップグレードする価値があったと思います。

音質について

肝心の音質なのですが、まず純正ケーブルと社外品3.5mm端子ケーブルを比較してみたところ、非常に大きな違いが感じられます。

社外品ケーブルにアップグレードすることにより、解像感、音像の広さ、響きの伸びやかさなど、すべての要素において、格段に進化しました。とくに、IE80特有の暖かみのあるスムーズな音色は保ったまま、情報がとてもクリアで、見渡しが良くなります。

個人的には上位機種のIE800はあまり好きではないため、このIE80+アップグレードケーブルというのはIE800よりも魅力的な感じです。たとえばHD800とHD650の違いといったところでしょうか。

2.5mmバランス用ケーブルです

続いて2.5mmバランスケーブルに交換してみたところ、ケーブルの線材が同じせいか、アンバランスと比べるとそこまで大きな違いは感じられませんでしたが、それでも個々の楽器のメリハリが強くなり、IE80の若干スムーズすぎる一面が解消されます。無音時と発音時の差が明確になったとでもいう感じです。

バランス、アンバランスともに、ケーブル交換でここまで音質がアップするのはこれまで未経験だったため、一体何が原因なのか、どうしても理由が知りたくなりました。そのため、いろんなアンプや曲を試していたところ、自然と原因が分かりました。

クロストーク

原因というのは、純正ケーブルはクロストークが非常に大きいのです。つまり、左右のサウンドが若干混じってしまっているため、正しくない濁りのようなものが発生します。

クロストークが過剰だと、左右のステレオ音像がモノラル的にグッとセンターに寄るので、エネルギー感を演出したい場合や、定位を前方に絞りたい場合は有利なこともあります(クロスフィードなど)。

とはいっても、このIE80のような、意図していないクロストークは、混ざり合う帯域や位相などがメチャクチャなので、概ね良い結果にはなりません。

純正ケーブルでのクロストークは、たとえばアナログアンプを使っているのであれば、単純にアンプ入力の左右RCA端子のどちらかを外しても、その外した方のチャンネルからも結構な音量で音楽が聴こえます。

DAPやパソコンであれば、ソフト上でL/Rバランス調整のような機能があると思いますが、それを100%片方に寄せても、やはり反対側から音楽が聴こえます。

それが今回、社外アップグレードケーブルに交換すると、同じ実験をしても、反対側からは一切音が聴こえません。全くの無音です。もちろんこれが正しい反応です。

となると純正ケーブルの問題なわけですが、もしかすると私のIE80が不良品なのかもと思い、知人の持っているIE80でも試してみたのですが、まったく同じようにクロストークが発生しました。私のIE80だけの問題というわけではなさそうです。

どおりで、音がモヤモヤしているわけですね。純正ケーブルから社外ケーブルに交換するだけで、絶大な音質アップ効果が見込めるのは当然のことです。

クロストークの原因

クロストークの原因としては、まずケーブルの絶縁や線間容量に問題があり、音楽信号がそのまま隣のケーブルに流れるというケースがあります。これはオーディオよりも、高周波データ信号などでよく起こる問題です。

もうひとつ、オーディオでよくある問題は、ケーブルに流れる音楽信号の電流によって磁界が発生して、それが隣のケーブルに乗り移って電気が生じる、という現象です。

磁界は距離で弱くなるため、単純に二本のケーブルをちょっと離せばいいのですが、イヤホンケーブルの場合は細いほうが好まれるため、難しくもあります。左右の線材の周りにホイルなどを巻いて「シールド」するのも効果的ですが、その分太くなります。

また、ケーブル同士をツイストしたり編みこんだりすることで、差動の配線で磁界がキャンセルしあうという解決策もあります。

蛇足になりますが、磁場の強さは、電圧ではなく、ケーブルを流れる電流で決まるので、ヘッドホンのインピーダンスというのも重要になってきます。

たとえば、IE80は、スペックによると能率が125dB/mWでインピーダンスが16Ωですので、125dBの音を出すには、1mWの電力が必要です。インピーダンスは16Ωなので、おおまかな計算で、アンプのボリュームを調整して電圧を0.13Vにすれば、電流は7.9mA流れて、125dBの音が出ます。

一方で、たとえば同じ125dB/mWの能率でも、インピーダンスが600Ωのヘッドホンがあったとしたら、同じく125dBの音を出すには、電圧は0.77V、電流は1.3mA流れます。

つまり、同じ能率のヘッドホンでも、低インピーダンスモデルは低い電圧で高い電流、一方で高インピーダンスモデルは高い電圧で少ない電流が流れます。

同じ能率でも、インピーダンスが違うと、流れる電流量が違います

スマホなど、バッテリーの事情で高い電圧が出せないデバイスでは、低インピーダンスモデルのほうが適していますが、その分だけ多くの電流が流れます。

というか、クロストークを低減したければ、そもそも左右のケーブルを物理的に離せば良いだけのことですね。例えばスピーカーなんかはアンプから左右のスピーカーケーブルが別々なので、線間クロストークの心配はほぼありません。

クロストークの量

IE80の話に戻りますが、どの程度のクロストークなのか実際に測ってみました。

まずケーブルを含めたイヤホンのインピーダンスは、10kHz以上まで16.3Ωだったので、スペックどおりで極めて優秀です。この安定具合がダイナミック型の魅力ですね。ちなみに社外品ケーブルに変えると1kHzで15.3Ωにまで下がりました。

ケーブルそのものの特性は、どちらも1.3mで、線材のインピーダンスは、1kHzで純正ケーブルが0.76Ω、社外ケーブルが0.49Ωでした。

容量値は純正ケーブルが信号↔グラウンド間で290pF、L↔R線間で91pFで、社外ケーブルでは信号↔グラウンド間が219pF、L↔R線間で67.8pFでした。意外と違います。

線間容量がそんな感じなので、線間のインピーダンスを測ってみると、こんな感じです。

線間インピーダンス

純正ケーブルではケーブル間インピーダンスが一桁ほど悪いのが気になります。オーディオ機器のボリュームノブが100kΩ(1E5)とかが一般的ですから、その付近まで落ち込むと、クロストークが聴こえるようになってきます。

1kHz信号を再生しながらクロストークを測ります

実際に、左チャンネルのみに1kHzの信号を流しながら、右チャンネルのクロストークを観察してみます。

グラフ化はRME Babyfaceを使いました。まずなにもイヤホンを接続していない状態で、1kHz信号をグラフで見ながら、DAPのボリュームで-20dBに合わせました。(あまり高音量だとドライバが死ぬのが怖いので)。その状態で、右のイヤホンを外した状態と、つけた状態で、左チャンネルの信号を観察します。

右イヤホンをつけていなくても左チャンネルにクロストークがあるならば、コネクタやケーブル内損失による漏洩ということになりますし、左イヤホンをつけた状態でのクロストークは、イヤホンに電流が流れている事によるグラウンド回り込みや磁界の飛び移りです。

IE80純正ケーブルのクロストーク

まず、IE80の純正ケーブルを見てみます。イヤホンを接続していない状態でも、左チャンネルでわずかなクロストークが確認できます。-20dB信号に対して、-130dB程度なので、気にならない程度ですが、例えばアンプのボリュームをガンガン上げれば確認できるレベルです。

イヤホンを接続した途端、クロストークが膨大になることがわかります。-20dB信号に対して-50dB程度なので、これは難なく聴き取れるレベルですね。

3.5mm社外品ケーブルのクロストーク

次に、3.5mmの社外品ケーブルですが、イヤホンを接続していないと、見事なほどにクロストークが一切見えません。イヤホンを接続すると、クロストークが発生しますが、それでも-90dB程度なので、気にならないレベルです。もちろんゼロであるに越したことは無いですが。

2.5mmバランスケーブルのクロストーク

最後に、2.5mmバランスケーブルを試してみます。ヘッドホンのバランス接続の利点として、「左右のグラウンドが分離しているため、クロストークが生じない」ということがよく言われていますが、実際どうでしょうか。

意外にも、イヤホンを接続していない状態でも若干のクロストークが確認できます。-20dB信号に対して-130dBなので、微々たるものです。3.5mmのケーブルでは確認できなかったので不思議ですが、コネクタの違いでしょうかね。2.5mmコネクタはとくに端子間の絶縁が薄いなんて言われています。

いざイヤホンを接続してみると、やはりバランス接続のメリットが明白になります。-20dB信号に対して、-110dBのクロストークが見えます。この程度であれば、ほぼ無視できます。

まとめ

高価なアップグレードケーブルはオカルトだ、なんて言う人もいますが、今回の例を見ればケースバイケースだということがわかります。純正ケーブルでは、明らかにリスニング中に体感できるレベルのクロストークが発生しており、サウンドに影響を及ぼしています。

今回のまとめです

社外品のケーブルに交換することで、クロストークは気にならない程度にまで改善されました。特にバランス接続でのメリットは明らかだと思います。

重要なポイントは、クロストークに限っては、IE80に限らず、どのヘッドホンやイヤホンでも少なからず発生しているということです。特に、グラウンド線を共有している片出しケーブル(AKGなど)では顕著になるので、無視できるレベルにまで抑えこむのは困難です。たとえば、しっかりとしたシールド線や、線間が開いているフラットケーブルの方が好ましいこともあります。

もちろんそのようなケーブルは、ポータブル用途には適しません。また、例えば片出しケーブルの場合は、ヘッドホン内部の(左右の橋渡し)配線はどうにもできないため、内部配線まで完全自作しないかぎり、クロストークの問題が改善されない場合もあります。たとえばAKG K701などでクロストークを嫌って、左右両出しに改造するマニアも多いです。

もう一つ注意する点は、クロストークは音質、とくにステレオイメージに直接影響するということです。

たとえば、どのヘッドホンも純正ケーブルがショボいというわけではありません。また、謎のガレージメーカーの高価な社外品ケーブルは、実は線間のクロストークがかなり発生するような劣悪な(もしくは意図的な)ケーブルだったりするケースも多いです。それらを使うことで、「ステレオイメージがセンター寄りになって、音が太くしっかりする」なんて印象を受けるかもしれません。

意図的にクロストークが発生しやすいケーブルを使って、サウンドを演出することは結構ですが、そういったギミックを知らず、このケーブルはパラジウムメッキクライオ処理の肝油漬け波動エネルギークリスタルだから音が太くなる、といった路線になるとオカルトっぽいので、注意が必要です。

ケーブルの音質差はクロストークのみではなく、他の理由もいくつかありますが、今回のIE80のように違いが明確な場合は、ぜひ社外品の交換ケーブルを試してみることをおすすめしたいです。