2016年2月17日水曜日

2015年 良かったCDとか、ハイレゾダウンロードとか(ジャズ編)

ちょっと時間が開いてしまいましたが、以前、2015年にリリースされた高音質クラシックアルバムなどを紹介しましたので、今回は同様にジャズのアルバムについてまとめてみようと思います。

2015年も新譜・リマスターともにいろんなリリースがありました

一般的に、クラシックとあわせて、ジャズというジャンルは高音質な「オーディオ愛好家向け」の録音が多いと言われています。とくに、トランペットやサックスなどが参加する、オーソドックスな演奏(たとえばハードバップなどと言われるサブジャンル)や、ピアノ、ベース、ドラムというシンプルな構成のピアノトリオなどが、世界中のオーディオマニアに愛されています。

それらは、よく「即興性」という表現が使われるように、ポピュラー音楽で多用されるシーケンサーによる自動演奏(ドラムマシンや、MIDIピアノ)とは無縁であり、なおかつエレキギターなどのようにアンプやスピーカーに頼らないため、楽器から直接発せられた空気の振動が、そのままマイクに記録されているという、生々しさが魅力的です。

即興性といっても、ジャズマンたちは自由に好き勝手をやっているわけではなく、多くの場合、長年連れ合ったバンドメンバーたちが、毎晩ジャズクラブで演奏して磨き上げた楽曲レパートリーの数々を、満を持してスタジオに集結、その成果を記録する、というようなストイックな生き様が感じられます。

莫大なお金が動くポピュラーミュージック産業が徐々に崩壊していく一方で、ジャズのマイナーレーベル達は、これまで以上に高音質・高品質なアルバムを続々とリリースしています。



ジャズの新譜

ジャズのニューアルバムは、レーベルによって、未だにCDのみリリースしている会社もあれば、ダウンロードとCDの両方を併売している会社もあります。

一番やっかいなケースが、「まず最初にCDが店頭に並び、数週間ほど時間を置いてハイレゾダウンロード版が発売される」ことです。とくに、雑誌の新譜レビューなどで気になったアルバムは、ついつい店頭で見かけてCD版を購入してしまい、あとでCDより安いハイレゾ版が出て後悔する、なんて事態を少なからず経験しています。

どうしよう・・・ もう昨日CDを買っちゃったよ・・・

かといって、同じレーベルでもCD販売のみで、ハイレゾダウンロードがいくら待てども発売されない、なんてことも多々あるため、なかなか法則が読めません。ハイレゾダウンロードサイトも、リリース予定とかの告知をちゃんとやってほしいですね。

ところで、ジャズの録音というのは、入念に録音環境を整えた「スタジオセッション」が主流ですが、ジャズバーやライブハウスでのステレオマイク「一発録り」でも十分商品になりうるので、駄作も意外と多いです。

とくにダウンロード販売のみの「ハイレゾ高音質」を掲げる弱小レーベルなどは、「内容はともかく、とりあえず録ったものは全部売る」みたいな無頓着なところもあります。

スタジオ録音

昔からジャズ録音は、レーベルごとに専属アーティストやプロデューサーは異なれど、使っているスタジオとエンジニアが同じであるケースが多いです。セッションごとに、お気に入りのスタジオルームとエンジニアの時間を予約して、録音に使わせてもらうわけです。

とくにここ数年の一流アーティストは、ニューヨークにあるAvatar StudiosSystems Twoなどのスタジオを使う率が半端無く多いです。

ジャズアルバムを聴いていて、特定のサウンドを気に入ったら、録音されたスタジオやエンジニアつながりでアルバムを選ぶのも楽しいかもしれません。たとえばAvatar Studioの公式サイトは、そこでレコーディングされたニューアルバムを(ジャズに限りませんが)紹介しています。

とても充実しているAvatar Studiosの公式サイト
やる気が無さそうな、一見さんお断りっぽいSystems Two・・・

また、ドイツのECMなど、長年ずっと同じ録音スタジオとエンジニアを使うことで、一種のブランドイメージ的サウンドを提示できるレーベルもあります。

最近ジャズから離れていた方や、1950年代など往年の名盤しか聴かない人には驚きの事実かもしれませんが、ジャズ黄金時代に「神」のような存在だった録音エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーと、彼のヴァン・ゲルダースタジオは、未だに健在です。

もう相当な年齢なので(1924年生まれらしいので、92歳・・・)、実際クレジットされていても彼自身がどの程度までの作業に関わっているのかは不明ですが、当時の「あのサウンド」を求めて、アーティストの録音セッションが後を絶ちません。個人的な印象では、ここ数年のヴァン・ゲルダースタジオ録音は、良い時はとても良い、当たり外れの多い印象があります。

ところで、ジャズのスタジオ録音で面白いのは、最近ポップスやクラシックの大手スタジオは、どこもモニタリング用に大型スピーカー(たとえばB&Wやディナウディオなど)に移行しており、とくにサラウンドミックスにはそのような構成が必須とも言えるのですが、ジャズ録音スタジオでは、いまだにオーソドックスな、いわゆる卓上「スタジオモニター」を使用している率がとても多いです。

1030AとヤマハNS10のコンビは、アメリカのジャズ系スタジオでは現役でよく見ます

最新のセッションでも、仕上げ工程まで15インチ埋め込みミッドフィールドや、ジェネレック1030Aなど、20年以上前の定番アクティブモニターでガンガン鳴らしているエンジニアが多いです。そのようなハードでホットなスピーカーのほうが、ジャズっぽいエネルギーをキープできるのでしょうか。

実際、最先端のハイエンド・オーディオ的なシステムを採用している録音セッションというのは、クラシックでは概ね良好なのですが、ジャズにおいては、どうも「イージーリスニング」的な、ソフトミュージックになってしまいがちです。この辺は、ジャズに鼓動と魂の揺さぶりを求めるのか、夜景とワイングラスのBGMを求めるのかで、好みが別れますね。

ちなみにジャズの老舗レーベルでは、年間で3、4回くらいに分けて、定期的に新譜CDをまとめてリリースする形式が多いようです。

Criss Cross





オーソドックスなハードバップ系トリオやカルテット録音が多い「Criss Cross」レーベルは、個人的なイチオシなのですが、いまだにCDのみの販売です。毎年2・5・9月に数枚の新譜CDをリリースしており、2015年は通算9枚のアルバムが発売されました。

とくに5月発売の「The Rodriguez Brothers: Impromtu」と、9月発売の「Danny Grissett:The In-Between」は、Criss Crossらしいかっちりとした緻密な高解像スタジオサウンドが十分に発揮されており、よく聴いています。

どのアルバムも、大抵リーダーのオリジナル曲と、スタンダード曲のミックスなのですが、結構60年代のショーターやヘンダーソンといった作曲も取り上げることが多いので、なんか「懐メロリバイバル」っぽくて面白いです。アーティストの技術的クオリティはこのCriss Crossレーベルが特出してすごいと思います。

このレーベルのCDは、一気に何枚も聴くと、どれも似たようなサウンドで退屈なのですが、年に数回のリリースなので、「お~、今月はCriss Crossの月か」なんて季節感を味わうのも一興です。

Smoke Sessions







ニューヨークのジャズバー「Smoke」が運営しているレーベル「Smoke Sessions」も相変わらず好調で、2015年も7枚のアルバムを出しました。生演奏ではなく、ジャズバーの演目とリンクしたアーティストのスタジオセッションがメインですが、数年前にいちはやくハイレゾ配信を取り入れた先見性にも感心します。

2015年は、トロンボーンリーダーという珍しい「Steve Turre: Spiritman」や、思い切りの良い爽快なブローのアルトで「Vincent Herring: Night and Day」など、快演のオンパレードです。最近のレーベルの中では60年代のブルーノートやプレステージなどに一番近いスタイルだと思います。

また、「Harold Mabern: Afro Blue」は一曲ごとに超有名歌手をゲストに呼んだ、思いもよらない豪華盤なので、オーディオのサウンドテストに重宝しました。「ジャズで何を買っていいかわからない」、という人は、とりあえずこれを買えば、そこからどんどん守備範囲を広げていける、超おすすめ盤です。

High Note







2015年に一番頑張っていたと思うレーベルは、地味ながら堅実なラインナップで攻める「High Note」です。管入りカルテット、ボーカル、フリーなど、幅広いジャンルを扱っており、とくにリラックスしたルーツやブルース系のアーティストが多いのが、いまどき珍しいです。

その中でも安心しておすすめできる新譜をいくつか挙げると、ベテランピアノトリオの清々しいスタンダードが楽しめる「Cyrus Chestnut: A Million Colors in Your Mind」、よりテクニカルなアレンジの「George Cables: In Good Company」、ブルース風情溢れるボーカルの「Mary Stallings: Feelin' Good」などが印象的でした。Mary Stallingsのようなベテラン女性ボーカルのアルバムというのは、日本の歌謡曲と通ずるものがあり、しみじみと肩の力を抜いて楽しめるのが良いですね。

どのアルバムも、演目自体はリラックスしたスタイルなのですが、演奏に緊張感があり、最後まで飽きずに聴かせてくれます。

Sunnyside









High Noteと似たような企画系レーベルで「Sunnyside」があり、ここも2015年は良いアルバムが多かったです。

サニー・サイドという名前とは裏腹に、暗雲や雨音を彷彿させるダークなアルバムが多く、奥深いダブルベースの低音が味わえる「Avishai Cohen: From Darkness」や、しみじみとしたピアノトリオ「Joey Calderazzo: Going Home」が印象的でした。

また、ミンガスの名曲に自己流の歌を入れたビッグバンドアルバム「Ku-Umba Frank Lacy & Mingus Big Band: Mingus Sings」や、ベテランドラマーのアルバート・ヒースを起用した「Albert "Tootie" Heath: Philadelphia Beat」など、「もうピアノジャズは飽食気味」というマニアでも興味を惹かれる異色の企画モノが多いレーベルです。

Capri Records





マイナーレーベルといえば、非常にマイナーですが、アメリカはコロラドにあるCapri Recordsが結構好きです。フォトショップで自作したような統一性の無いジャケットが、マイナー感を引き立てていますが、音質、演奏ともに悪く無いです。

2015年は、とくにトランペッターTerell Staffordのニューアルバム「Brotherlee Love」が非常に良かったです(このアルバムだけ、なぜかジャケットがカッコいいです)。Brotherleeというタイトルの言葉遊びどおり、黄金時代の名トランペッター「リー・モーガン」に縁のある選曲で、当時を忍んだバリバリのハードバップを演奏しています。

Staffordは以前MaxJazzというマイナーレーベルでストレイホーン曲集をやったり、こういった企画アルバムで映えますね。

地味すぎる「MaxJazz」は最近見ませんね

余談ですが、このミズーリ州にあるMaxJazzというレーベルは、2013年以降ニューリリースが無いため、生存しているのか不明です。それまではRussell MaloneやJeremy Peltなど、一流アーティストのアルバムを多数リリースしていたのですが、せっかくの新譜なのにジャケットがなんか廉価版っぽくって、どうも目立たない存在でした。やはりジャケットアートは大事ですね。

Mack Avenue







これらオーソドックスなジャズ・レーベルと対照的だったのは、「Mack Avenue」と「Concord」レーベルです。どちらもさすがに大手らしく、次から次へと新たなビッグスターを生み出したい一念で、あの手この手の企画盤を出しているため、一介のジャズレーベルと言うには手広くやり過ぎているようにも思えます。

しかし雑誌の表紙を飾ることが多いため、話題性といった意味でとりあえず押さえておこうと、ついつい買ってしいます。

Mack Avenueから、オーソドックスなピアノトリオ録音では、「Christian McBride: Live at the Village Vanguard」が、ハイスピードでスリリングな演奏で、オーディオ的にも満足できる名盤でした。これは96kHzハイレゾダウンロード版も販売しており、ライブの雰囲気をたっぷりと演出してくれます。

2014年の「Stanley Clark: Up」につづいて、往年のギター速弾きの名手スタンリー・ジョーダンとケビン・ユーバンクスの「Duets」など、フュージョン・クロスオーバー系アーティストの「あの人は今」的なリバイバル・アルバムも魅力的です。

また、2013年に話題をさらった歌手セシル・マクロリン・サルヴァントのニューアルバム「For One to Love」も、ヨーロッパを中心に、ハイレゾダウンロードで大ヒットしました。こういうのを見ると、さすがMack Avenueは、契約アーティストのプロモーションが上手だな、と関心します。

Concord



メジャーのConcordレーベルは、相変わらず「上質な大人の音楽」といった方向性のソフトジャズを得意としており、今年もチック・コリアやカート・エリングなどのベテランアルバムはどれも好印象でした。また、ブラジルの歌手イリアーヌ・エリアスが2013年にリリースした「I Thought About You」が高音質ハイレゾダウンロードとして、よくオーディオデモに使われていましたが、2015年の「Made in Brazil」も、ルーツであるブラジルの楽曲で伸びやかに歌うエリアスは相変わらず魅力的でした。

ECM



アメリカから離れて、ヨーロッパの大手ジャズ・レーベルでは、相変わらずマイペースなECMと、奇想天外なACTが頑張っています。

ECMはワールドミュージックやヒーリング的なサウンドを取り入れた、残響音の多い神秘的なジャズが十八番ですが、今年も40枚近くのニュータイトルをリリースしました。個人的にはオーソドックスなジャズが好みなので、Gary Peacockのピアノトリオ「Now This」のハイレゾPCM盤をよく聴いています。ECMもここ数年は、見慣れた専属アーティスト陣のみではなく、Chris PotterやMark Turnerなど、フリーランスの著名アーティストをフィーチャーしたスタンダードアルバムが多くなっており、挑戦的になってきたような気がします。

ACT



ECMとは対照的に、ロックやポップ系音楽をふんだんに応用する、一種のクロスオーバー的レーベルの「ACT」は、これまでCD販売に専念していたのですが、2015年になって、ここ数年のタイトルの多くをダウンロード販売に踏み切りました。

エレキギターやドラムマシンなど、アクの強いバンド演奏も多いため、自分の趣味に合うかどうか当たり外れが大きいのですが、ジャズの枠組みに固執しないアプローチは好印象です。統一性のあるジャケットアートもカッコいいですね。

その中でもオーソドックスなジャズ路線に近いアルバムでは、2014年はベース奏者ジョージ・ムラーツとピアニスト エミール・ヴィクリッキーのデュオ「Together Again」が神秘的で美しい名盤でしたが、今年はサックスの新人ヤン・プラックスの「Keepin' a Style Alive」が良かったです。若手によるデビュー・アルバムですが、コルトレーン以降のタイナーとか60年代後半からのジャズを彷彿させる懐かしい響きの一枚です。

その他







他にも、今年は各レーベルやインディーから「Kendrick Scott: We are the Drum」「Christian Scott aTunde Adjuah: Stretch Music」など、電子楽器やソウル・ファンク系サウンドを多用した、スケールの大きいアルバムが流行ってきたようで、ジャズリバイバルも、もうソウルフュージョン回帰の時代なのかと驚いています。とくに、Kamasi Washingtonの3枚組アルバム「The Epic」は、オルガン、コーラス、サンプリングなど何でもありの、後期インパルスのような壮大なアフロセントリック的ファンキーオーケストラサウンドが圧巻でした。

Xanadu Master Edition

2015年、私が個人的に一番ドキドキさせられたジャズのリリースは、「Xanadu Master Edition」でした。Xanaduというのは、LPレコードが主流だった1970年代に存在してたジャズ・レーベルで、今年になって「Elemental Music」という会社が版権を利用して、一気に高音質デジタル・リマスターを行った復刻盤です。





残念ながら、今のところCDのみの販売なのですが(ほぼ全部買ってしまったので、後日ハイレゾダウンロードが出たらちょっとショックです)、過去に何度か数枚のアルバムがチラホラとCDリリースされては廃盤になるを繰り返していたのが、今回一挙大量にカタログリリースされたため、多くのファンが盛り上がっています。ちなみに普通のCDのくせに、SACDタイプのケースに入ってるため、紛らわしいです。

このXanaduというレーベルは「メジャーレーベル」にカテゴライズしても良いものか、悩みます。というのも、1970年代は、ポピュラー音楽産業の煽りを受けて、ブルーノートやプレステージは解体、多くの一流ジャズミュージシャンが職を失ってしまった時代です。転職のためヨーロッパに移住、テレビ番組のBGMバンド、音楽教師、バーテンダー、なんて、過去に栄光を背負ったトップアーティスト達が、散り散りになっていました。(そのころ一番稼げたのは、日本へのツアー公演だったそうです)。

そんな時代に、当時PrestigeレーベルのプロデューサーだったDon Schlittenが、ジャズを愛するがあまり、周りの反対を押し切って設立した個人レーベルが「Xanadu」でした。行き場を失ったアーティスト達の救済処置というか、みんな「練習を欠かさず、新曲をいっぱい書いたのに、録音する機会が無い」、という時にレスキューに現れたのがXanaduです。

Xanaduがジャズ・レーベルとして面白いのは、プロデューサーのSchlittenが、これまで王道だったヴァン・ゲルダースタジオが大嫌で、あのヘボスタジオのせいで、ジャズの音質が悪いんだ、とまで言及していることです。そのため、Xanaduの多くのアルバムは、当時最先端だったRCAレーベルのスタジオをレンタルして、クラシックや映画音楽の制作に精通しているエンジニアを雇って録音しました。そのため、非常に音質が良いアルバムが多いです。





大規模なバンド録音は、1970年代ということで、ロック調やエレピなどが入った、ちょっとダサい演奏が多いのですが、それよりも、シンプルなピアノソロや、デュオアルバムに魅力があります。たとえば、ピアノソロのケニー・バロン「At the Piano」、トリオのバリー・ハリス「Plays Tadd Dameron」はどちらも最新録音以上にリアルなピアノの美しさです。

ケニー・バロンのソロアルバムは、ライナーノートに面白い事が書いてありました。プロデューサーは当時Prestigeで使っていたヴァン・ゲルダースタジオ特有の荒っぽいピアノサウンドが気に入らず、どんなに素晴らしいピアニストでも、ヴァン・ゲルダーのせいでどれも同じに聴こえてしまう、なんて思っていたらしく、どうしても世紀の天才であるケニー・バロンを、もっとまともなスタジオで録音したい、という念願があったそうです。

そしてようやくXanaduレーベルに彼を招待して、当時RCAレーベルで活躍していたクラシック界の伝説的ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインが使っているピアノと、スタジオと、エンジニアをそっくりそのまま借りきって、ケニー・バロンのジャズピアノを満足がいくまで録音したそうです。結果、よくそこまで頑張ってくれたな、と賞賛したくなるくらい、素晴らしいソロピアノアルバムです。



サックスのアル・コーンとピアノのジミー・ロウルズによるデュオアルバム「Heavy Love」も、タイトルとジャケットがどうにも怪しいですが、演奏自体はスタンダード・ジャズを最大限まで突き詰めたような透明感溢れる快演です。

1960年代までずっと続いていたジャズ演奏の伝統に「終着点」なんてものがあるなら、きっとこんな感じで、それ以降はただの惰性なのかもな、と思わせるほど、自由度、完成度、構成、音色、密度など、すべての要素が「ちょうどいい」収まり具合の録音です。こういうアルバムを美しく鳴らせるようなオーディオシステムが欲しいな、と思わせるポテンシャルの高さを感じます。

ジャズのハイレゾリマスター盤



1950年代などジャズ黄金期の名盤リマスターも着々と進んでいますが、今年一番嬉しかったのは、Clef/Verveのビリー・ホリデイ盤が192kHzで一挙リリースされたことです。

ホリディは、10インチと12インチ盤で録音セッションや曲目がバラバラに販売されていたりなど、全部聴くのは結構骨が折れるのですが、今回の192kHzハイレゾリリースで、必要なアルバムはほとんど揃いました。



後期の名盤「Body and Soul」「Songs for Distingue Lovers」などは、数年前にAnalogue Productionsが素晴らしいDSDリマスターを行ってくれていたのですが、今回のハイレゾダウンロード盤で個人的に一番嬉しかったのは「Music for Torching」の発売です。マイルドなラブバラード主体で、「ホリディといえば苦悩と枯れた歌声」を期待しているリスナーからはあまり人気が無いのですが、LP盤でよく聴いているので、今回ハイレゾPCM化は、音質の仕上がりも上々で満足しています。



「苦悩と枯れた歌声」を期待している人には、最晩年の59年録音「Last Album」も同時発売されたので、このようなマイナー盤を全部一挙にハイレゾ化を手がけてくれたことに感謝します。

Verveは盤質が悪いのか、手荒に扱われることが多いのか、LPオリジナル盤はあまり音質がパッとしないものが多いので、このようなハイレゾリマスターは大変ありがたいです。





ブルーノートのリマスターは、「Art Blakey:A Night in Tunisia」や「Lee Morgan: No Room for Squares」など、既存のSACD版などとかぶるリリースが多く、あまり買っていないのですが、2015年には、10インチのカタログ5000番台から「Elmo Hope Quintet」や「Sal Salvador Quintet」など、CDではなかなか見かけないアルバムがちらほらと出てきたので、面白い企画だなと思いました。

10インチ盤はLPでも探しにくいため、意外とコレクションに穴があったりします。ただ、別ジャケットで12インチやCDコンピレーションでリリースされているものもあるため、ジャケ買いは注意が必要です。



2015年のジャズ復刻盤で注目されたのは、オスカー・ピーターソンのアルバムが一挙大量にリリースされたことです。とくに、これまで小出しでCD化されていたVerveのアメリカ作曲家ごとのSongbookシリーズや、ドイツMPSでの録音など、続々と出てきました。オスカー・ピーターソンといえば「We Get Requests」が名盤中の名盤ですが、マイナーなところとしては「West Side Story」も快録音だと思います。これもVerve謹製の192kHz PCMと、Analogue ProductionsのSACD盤の2つがありますが、音質的にさほど違いはありません。

古いジャズアルバムで一つだけ文句を言いたいのは、録音の短さに見合わない値段の高さです。たとえばオスカー・ピーターソン「Cole Porter Songbook」などは、たった33分なのに、e-Onkyoで3680円という高額です。米国でも$25(約3000円)ということで、日本だけの問題ではないですが、流石に33分のアルバムは、もうちょっと安くしてほしいものです。Songbookのようなシリーズものは、将来的にセット販売されたりするのが常套手段なので、なおさら33分単品に3000円以上払うのはちょっと気が引けます。



そういえば2014年にBethlehemレーベルがハイレゾリマスターされた際に、「オスカー・ペティフォード」のアルバムが1850円だったので買ってみたら、収録時間がなんと16分だった、という悲劇がありました。



年末には、リヴァーサイドから単発で、ナット・アダレイの「Work Song」が192kHzで発売されて、とても喜びました。リヴァーサイドの名盤は、数年前に「Keepnews Collection」というシリーズでリマスターCDで販売されたものが多く、音質的にもまあまあ満足できたのですが、「これから続々登場」という時期に残念ながらプロデューサーのKeepnews氏が死亡してしまい、プロジェクトも止まってしまいました。

Riversideは80年代のOJC CDリリース以降未発売のタイトルが多いため、今後ハイレゾ化に向けて宝の宝庫なのですが、今回の「Work Song」リマスターは本当に良い仕事をしたなと感心しています。「Keepnews Collection」CDとくらべて楽器の鮮度や空気のリアルさが断然優れていますし、オリジナル盤LPと比較しても、ハイレゾ盤はあえてレコードの音圧演出よりも、近年のスタジオ録音のような解像感を重視しており、対象的なアプローチで両方楽しめるように感じます。

ジャズとDSD

高音質ハイレゾ楽曲というと、最近はDSDが流行っていますが、DSDで販売されているジャズアルバムというのは、往年のアルバムをアナログテープからデジタル化した、いわゆる「DSDリマスター」アルバムが多いです。

実はジャズの最新レコーディングでDSD録音というのはあまりありません。大抵どのレーベルも96kHz PCM録音が主流です。

逆に言うと、ジャズでDSD録音にこだわっているレーベルというのは、最近ライブで活躍しているアーティスト達のフレッシュなサウンドというよりも、もっとオーディオマニア受けの良い、高音質プロデュース企画のモノが多いようです。

これはなんていうか、たとえば最近話題になっている超高画質の「4K」動画を見たくても、実際は流行りの映画やドラマなどではなく、そのためだけに作られた「世界遺産めぐり」とか「海洋生物の神秘」といった映像ディスクしか売ってない、みたいな感じです。

もちろんそれらが駄作というわけではないのですが、DSDはやはり「ジャズマニア」よりも「オーディオマニア」向けに、マイルドで当たり障りのないようなアルバムが多いことも確かです。



たとえば日本が誇る高音質ジャズ・レーベルのVenus Recordなんかも、毎回新譜が出るたびに、まったりしたカクテルピアノとかベストスタンダード集みたいなのが多くて飽きてきました。もちろん、各自の趣味や好みによるのでしょう。

とは言ったものの、Venus Recordは近頃、いままでCDで販売していたアルバムを、続々とSACD化してリリースしているので、非常に嬉しいと同時に、すでに持っているアルバムは買い直すか悩ましいです。ピアノトリオ系はどれも美音すぎて眠たくなるのですが、管楽器が入ると、逆にこのレーベル特有の太くて鈍く輝くようなサウンドが、とても見栄えします。



オーディオマニア向けというと、2015年に人気だったのは、女性ヴォーカルLyn Stanleyの「Interludes」です。非常に聴きやすいスタンダード中心のジャズ・ヴォーカルアルバムですが、じーんと身にしみるような高音質で録音されており、多くのオーディオデモなどで見かけました。とくにヘッドホンリスニングでもキンキンしないような、ウォーム系サウンドで、ジャケットに見える夜景のごとく、ジャズの美しい世界に浸れます。

そういえば、前回クラシックで、高レートのDSD128やDSD256アルバムを紹介しましたが、ジャズではまだ、そのようなフォーマットでは良い巡り合わせが無いようです。



DSD128といえば、12月にアメリカのダウンロードショップで、アート・ペッパーの1979年録音「So In Love」などが、DSD128で販売されました。

最晩年のアート・ペッパーによる、心に響くストイックなアルト・サックスのブローが、深い神秘性すら感じさせます。また、このアルバムは二つの録音セッションから構成されており、東海岸のバンドは「ハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、アル・フォスター」、そして、西海岸でのバンドは「ジョージ・ケーブルス、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンス」という、全く性格の異なるラインナップなのが、とても面白いです。

ところで、このアルバムは、今回DSD64とDSD128で販売されたのですが、思い出すと、結構昔にAnalogue Productions名義でSACDとして販売されていた記憶があります。「わざわざDSD128で再度リマスターしたのかな?まあ名盤だから、とりあえず買ってみようかな・・・」なんて、不思議に思ってDSD128版を買ってみました。

30kHz付近に不審な残留ノイズが

なんか、SACD版をアプコンしただけみたいです。タグ情報にKORG AUDIO GATEって書いてありました。DSD64由来の高周波ノイズが30kHzでバッサリカットしてある形跡が見えます。

だからなんだ、音が悪いのか?と言われると、実際素晴らしく生々しいサウンドなので、文句は言えないのですが、せっかくニューリリースDSD128として(割高で)販売しているのですから、もうちょっと親切になってもらいたいです・・。

まとめ

ジャズは古臭い音楽だ、なんて言う人もいるかもしれませんけれど、実際音楽ファンにとって、ここまで活気があり、生演奏と録音芸術との両立が上手くいっているジャンルも稀だと思います。

最近では、あまり学術的で無駄に高度な演奏や、速弾き、クレイジーなブロウなどは敬遠されている(というか、流行ってない)ようで、ジャズの世界に興味があるという入門者でも、気楽に飛び込める時代になっています。(昔は、もっとサブジャンルごとに信者が張り付いていて、閉鎖的でした)。

つまり、あまり深く考えず「普段聴いている音楽の延長線上でのジャズ」という視点が、一番正しいのだと思います。

また、今年になって、またジャズとロックや電子楽器を混ぜた「フュージョン」的音楽が再評価されているようにも思います。もはやスタイルやジャンルに固執した古い世代は一線を退いている(もしくは耳が遠くなっている)ため、リスナーはもとより、新世代の演奏者たちも、スタイルにこだわらない自由な構想を持っているようです。

そういったクリエイティブな演奏の中で、ふと現れる、聴き慣れた往年のスタンダード曲であっても、無駄にねじ曲げた解釈はもはや流行らないため、よりストレートに、心から純粋に生まれるような演奏が、最近は増えてきたようです。

オーディオマニア的には、現状では新譜は96kHzハイレゾPCM、アナログのリマスターはDSD、という住み分けになっています。

とくにオーディオ機器の聴き比べなどで悩んでいる人にとっては、高音質なジャズの新録音というのは、実際ライブハウスやジャズバーで体験できる生演奏にどれだけ近づけるのか、という明確な目標があります。それは、ロックなどで一旦会場のPAスピーカーを通った音とは質感が違います。

たとえば私の場合、最近、さきほど紹介したTerell Staffordバンドの生演奏を間近で経験したため、頭の中にサウンドの「レファレンス」が形成され、それと同じ体験をオーディオで再現するという明確な目的ができました。実際ライブ後に家にダッシュで帰って、彼のアルバムと聴き比べて、自分のオーディオセットアップの何が不満なのか、というポイントがなんとなく理解できました。

その一方で、古い録音のDSDリマスターというのは、テープノイズや音割れが存在するため、オーディオ的に一番扱いが難しい部類でもあります。また、当時にタイムスリップ出来るわけでもないので、素晴らしい演奏は、素直に録音芸術として味わいたいです。

どんなに高性能で、最高スペックを誇るアンプやスピーカーであっても、1947年のビリー・ホリデイの歌声を美しく鳴らせるか、というのは別問題です。ヘッドホンではなおさら、たとえばSE846みたいな超高性能なIEMイヤホンを使ったとしても、ノイズや音割れが目立つだけで、歌声が楽しめない、なんてこともあります。

つまり、最高のオーディオというのは、どのような難しい楽曲にも負けることなく、美しく聴かせることが出来るシステムだと思っています。結局のところ、オーディオ装置ではなく、音楽を聴いているわけですから、「録音のせいだ」と割りきってしまうのは、手段と目的が逆転しています。

やっぱりジャズはこれじゃなくっちゃ、という人もいますし、純粋に羨ましいです

そういった観点でオーディオ機器を試聴してみると、実はどんなに高性能なモデルでも一長一短、明確な回答は無い、ということに気づきます。ジャズオタクが後生大事に50年前のアルテックやJBLスピーカーを愛でているように、もしかすると、20年後くらいには、「2010年代のビンテージアルバムを楽しむには、HD800みたいなビンテージヘッドホンを使わなきゃダメだ!」なんて語り出すマニア爺さんが出現するのかもしれませんね。

願わくば、全ての名演奏が超高音質リマスターで蘇ってくれれば、それこそHD800一台で済むわけですけど、現実問題として、音楽を聴くことが好きであるかぎり、オーディオマニアの苦難の道筋はまだまだ続きそうです。