2025年1月2日木曜日

2024年 個人的に気に入った最新(有線)イヤホン・ヘッドホンとかのまとめ

2025年になったので、この一年間で個人的に購入や試聴して気に入ったポータブルオーディオ機器についてまとめたいと思います。

2024も面白い新作が色々ありました

業界全体が安定・成熟してきた一方で、意外と大きな変化も感じられた一年だったので、自分でも欲しいと思える新製品が多かったです。

2024年

今回は2024年を通して個人的に気になった新作などを思い浮かぶままに書き留めているだけなので、ここで取り上げなかったからといって音が悪いとか、お勧めできないわけではありません。試聴してみたくても、身の回りで試聴機を貸してくれるところが見当たらなかったモデルも結構多いです。

私の場合、身近な友人が入手したものを貸してくれたり、店頭デモ機などを試聴することが多いので、基本的に運任せなのは例年と変わりません。

もう一点、最初にお断りしておきたいのは、Bluetoothワイヤレスイヤホン・ヘッドホンは今回まったく取り上げていないので、そちらに興味がある人はこれ以上読む価値は無いと思います。

それらも新作が出るたびに試聴しているのですが、なんだか停滞気味に思えて、あえて2024年の最新作にこだわらずとも、数年前のモデルで十分良いものが出揃っています。

ついに正真正銘のワイヤレスになりました

2024年のBluetooth新作で紹介しておきたいのは、KOSS PortaPro Wirelessが新型でちゃんとワイヤレスになったくらいでしょうか。(旧型では短いケーブルに受信機がついているタイプでした)。

あいかわらずEAH-AZ80で満足しています

私自身はテクニクスEAH-AZ80を2023年から使い続けており、サウンドと使い勝手のバランスでこれに敵うものは無いと思っています。他社がどれも「ワイヤレスっぽい」サウンドなのに対してテクニクスは有線イヤホンを太いアンプで鳴らしたような落ち着きがあり、だいぶ気に入っています。ちなみにテクニクスに限らず高価なBluetoothモデルを使うならLDACやaptX Adaptiveでないともったいないので、その点iPhoneユーザーはずいぶん損をしています。

BOSE Ultra Open Earbuds

Bluetooth技術やアクティブNCの性能もここ一年でそこまで進化していないようなので、無理に主力機を毎年更新するよりも、たとえばソニーに続いてBOSEも耳を塞がない開放タイプを積極的に展開するなど、各メーカーがこれまでとは異なる路線を模索している印象があります。ちなみにBOSEのUltra Open Earbudsは装着にコツがいるものの、サウンドはBOSEらしく中低音が出ていて音漏れも少なく悪くないです

Bluetooth通信の発展は、数年前に大々的に公表されていたBluetooth LE Audio/LC3コーデックは頓挫したのか全然話題に上がりませんし、aptXの方も「LL・HD」世代から「Adaptive・Lossless」系への移行を急ぎすぎて、互換性の無いチップでスマホやヘッドホンの買い替えサイクルとのタイミングが合わず、混乱した状態が続いています。

つまりイヤホンを新調したのにスマホが旧世代だからコーデックが非対応、もしくはその逆というケースが多く、実際のところ自分のスマホとイヤホンがどのコーデックと品質プロファイルで接続しているのかわからない一般ユーザーが大多数だと思います。

QualcommによるXPAN技術の解説

今後のBluetooth機能としてはQualcomm Snapdragon Sound 7 Gen 1チップのXPAN技術は有用だと思いますが、実際に広く普及するのはいつになるでしょうか。XPAN対応機器同士なら勝手にBluetoothとWiFiを飛び移り、通信距離や圧縮転送レートなどの問題を解消するというアイデアです。つまり現在Airplay・DLNAとBluetoothデバイスを使い分けているのが、そのうち統合される日がくるのなら革新的だと思います。

2024年のトレンド

昨年もちょっと触れましたが、最近の面白いトレンドとして、世界的にカセットテープやCDなど30~40年前のレトロ家電が若者を中心にファッションアイテムとしてリバイバルしており、主に中国オーディオブランドからそのような製品が多く見られるようになりました。カメラや高級時計などと同じで、レトロ復刻デザインが人気というのは、一般ユーザーにとってこれ以上の技術革新はもう不要になってきているという信号でしょうか。

ソニー40周年、水月雨Golden Ages、Fiio KA15

ソニー公式のワイヤレスイヤホンケース

ノスタルジーデザインのリバイバルといえば、ソニーが2019年にウォークマン40周年の復刻ケースを出したあたりが発端でしょうか。今では水月雨Golden AgesやFiio KA15などカセットウォークマン風のデザインが広く見られ、本家ソニーからもワイヤレスイヤホン用レトロケースが出ています。

SNOWSKY

年末にはFiioがサブブランドSNOWSKYを発表、レトロ風ガジェットを多数披露しています。たとえばRETRO NANOはBluetooth DACヘッドホンアンプですが、小さな液晶ディスプレーの使い方やボタンの配置なども上手ですし、リチウムイオン充電池を昔の乾電池っぽくするなど、さらに上位DAPのECHO MINIはちゃんと四角いアルマイト風で当時のハイグレード機らしさを出すあたり、よくわかっている遊び心のある設計です。

これらデザイン上のオマージュとは別に、中国のメーカーから実際のカセットやCDプレーヤーの新製品が続々と登場しているのも面白いです。しかもハイエンド機ではなく、ウォークマン風のポータブル機や安価な卓上プレーヤーなどが多く、若者だけでなくミニコンポ世代の人なんかでも興味を持ちそうです。

こういうのが増えてます

Fiio DM13・CP13、Shanling CR60、水月雨のDiscdreamシリーズ、SMSL PL100など、CDプレーヤーだけでも多くのメーカーが新製品を出しており、DACとヘッドホンアンプが搭載されているなど、単なる当時の復刻ではない斬新なアイデアが充実しており、こういうところは若手開発者の多い中華メーカーならではの発想の魅力があります。これが日本のメーカーだと、きっとウッドパネルでFMラジオ搭載の年寄り向けを作るでしょう。

2024年新製品とは思えないFiio FJ11

さらに極めつけは、1990年代のアイワV14のオマージュに見えるFiio JF11など、古風なイヤホンのリバイバルも出てきています。このタイプの耳乗せ式?イヤホンは遮音性が無く開放感があるため以前から一定のニッチ需要がありましたが、ここまでレトロ復刻を意識したモデルはありませんでした。当時の音を知っているなら今更使いたいと思いませんが、若い人や、とくに20世紀ガジェットに簡単にアクセスできなかった中国本土のオーディオマニアには一種の神秘的な魅力があるのかもしれません。

カセットやCDプレーヤーのリバイバルとなると、日本各地のブックオフや渋谷レコファンみたいな膨大な中古レガシーメディアが中国の若者の身近にあるのかという疑問が浮かびます。さらに私のような旧世代のオーディオマニアとしては、やはり高品質なカセットメカやCDレーザーメカを搭載していることが最重要なので、昨今のオマージュ製品はありふれた量産メカを採用しているため興味がわきません。

最近は日本のメーカーの高級CDプレーヤーを見てもメカ外枠を強化する程度で、メカ自体を新規開発できるほどのスタミナは無いと思うので、私としては、このブームの波に乗って中国メーカーが新規OEMメカを開発してくれたら嬉しいのですが、あちらは電子基板は強くてもメカは断然弱いので望みは薄いです。現代の技術を駆使してガラスレンズでダイキャストのスイングアームメカとか、新たな三光軸のリニア式SACDピックアップとか、高速演算ICサーボスタビライザーと自動バイアス制御のテープメカなんか出してくれたら一部マニアは喜ぶかもしれません(私は多分使いませんが・・・)。

2024年の有線ヘッドホン

有線のヘッドホンに話を移すと、2024年に試聴したかったけれどできなかった製品で、真っ先に思い浮かぶのはフォステクスの平面型TH1000RP・TH1100RPです。

Fostex TH1000RP & TH1100RP

個人的にダイナミック型TH909を長らく愛用しているので、それと同じスタイルで平面ドライバー密閉型・開放型が登場したのは、思い切って乗り換えるべきか非常に興味があり、今後じっくり試聴できる機会を探しています。

この一年で私が自宅で使っていたヘッドホンを思い返してみると、高級機と呼べるものでは相変わらずTH909をメインに置いています。他にも色々と持っているものの、とくに平面駆動型ヘッドホンは思ったほど活躍する機会がありませんでした。

青いTH909を使っています

やはり私の感覚的にはダイナミック型の三次元的な(指向性の強い)鳴り方が好きなのと、いわゆるレファレンス測定カーブなどを頼りにしているわけではないので、自分が普段よく聴いているジャズやクラシック生楽器が良い感じに説得力のある音で鳴ってくれるという点でTH909はなかなか超えられません。

もっとシビアに聴くのならイヤホンを使えばよいと思うのと、逆に言うなら、イヤホン的な鳴り方を避けたいからこそTH909が好きなのかもしれません。

Beyerdynamic DT770 PRO X

それでは個人的に2024年で使用時間が一番長かったヘッドホンはというと、実はベイヤーダイナミックの新型DT770 PRO Xが圧倒的な一位でした。ベイヤー創業100周年記念の限定機だそうで、四月の発売時に購入して以来、ほぼ毎日数時間、ありとあらゆる場面で使い倒してきました。イヤーパッドはもう二度も洗濯しました。

三万円台と比較的安価ですし、決して最高音質というわけではありませんが、全体のパッケージとしての完成度が非常に高く、私の当初の思惑としては動画やゲームなどの雑用機として使い始めたつもりが、意外と真面目な音楽鑑賞もこれ一台で問題ないと思えるようになってしまいました。既存のDT770 PRO・DT700 PRO Xよりも断然好きです。

ベイヤーダイナミックは愛着のあるメーカーなので、高価なモデルも色々と持っているのにもかかわらず、なぜかDT770 PRO Xを選んでいます。たまに「もっとディテールを引き出せるはずだ」とDT1770 PROに替えることもあり、実際そちらのほうが明らかに高性能だとハッキリわかるのですが、翌日はDT770 PRO Xに戻っているという繰り返しです。モニター系でありながらそこまでシビアではなく、しかも軽量で扱いやすいのが良いです。

Dan Clark Audio AEON 2 Noire

毎日使うヘッドホンにおいては、いざ買ってみると「扱いやすさ」という点がネックになることが案外多いです。たとえばDan Clark AudioのAeon 2 Noireという密閉型の平面型ヘッドホンのサウンドが結構好きで、たびたび音楽鑑賞に使っているのですが、ヘッドバンドとイヤーパッドがぐにゃぐにゃして装着感や音像定位が定まらないのと、このシリーズを使ったことがある人ならわかると思いますが、イヤーパッドのスポンジが内部で捩れてしまい、毎回形崩れを直すのが面倒で、結局出番が少なくなってしまいました。こういうのは実際に何ヶ月も使ってみないとわからない不満です。

なんだかんだで密閉型ヘッドホンばかり使っているので、次回は開放型ヘッドホンを買いたいと思っています。値段を無視して構わないのならフォステクスTH1100RPやFinalのD8000 DCなんかが欲しいのですが、やはり高いですね。

もっと現実的な価格帯だと2023年に出たHIFIMAN Arya Organicは20万円前後で相変わらずお薦めできるヘッドホンで、2024年のHIFIMAN新型よりもカジュアルで親しみやすいサウンドだと思います。ただHIFIMANは相変わらず国際的な販売価格の乱高下が激しく、買い時の見極めができないのが結構大きな機会損失になっていると思います。最安で買った場合のサポートが大丈夫なのか二の足を踏んでいる人も多いかもしれません。

有線ヘッドホン市場全体を振り返ってみると、10万円以下の価格帯ではワイヤレスヘッドホンに人気を奪われていますし、新作もマイナーチェンジや改良後継機が多く、良い製品が出ていても、話題性という点ではそこまで目新しさのない一年でした。すでに良いヘッドホンを持っている人も、新しく買いたい人も、あえて2024年新型に飛びつかなくとも、ロングセラー定番機で十分優れたモデルが出揃っています。

このあたりは、新製品が発表されるたびにスペックであれこれ机上の論争を巻き起こすデジタルカメラなどのジャンルとは大きく異なる点です。そう考えると、有線ヘッドホンというのはガジェットの域を脱して、有線スピーカーのような本格派ユーザーの趣味趣向の製品になったのかもしれません。

ワイヤレスヘッドホンと競合する10万円以下の価格帯では、スタジオモニター系ヘッドホンの新作が多かったです。同じ予算でも、コンシューマーならワイヤレス、クリエーターなら有線スタジオモニターという棲み分けが確立しているのでしょう。何をもってスタジオモニターなのかという定義の議論はあるとして、メーカー側がそう主張していて、デザインもそれっぽいというだけで、べつにカジュアルな音楽鑑賞に使っても全然大丈夫です。

Fostex T50RP MK4

Sony MDR-M1

Sennheiser HD620S

冒頭で紹介したベイヤーダイナミックのDT770 PRO Xもそんなモニター系の新型のひとつですし、他にもゼンハイザーPROのHD490 PRO、ゼンハイザーHearingのHD620S、ソニーMDR-M1、フォステクスT50RP MK4、Audeze MM-100、Ultrasone Signature Fusionといった具合に、プロモニターの定番メーカーから新型が続々と登場しました。ここ数年で定番機から高級機への流れがあった上で、そこからの知見が一周回って定番機の後継機開発に反映されたようです。

とくにHD620SとMDR-M1の二台は最近じっくり試聴したのでブログで紹介しようと思ったのですが、年末は実家に帰省中でデータを持ち忘れてしまったので、また来年に取り上げようと思っています。

このあたりだと個人的な好みとしてはT50RP MK4が一番ストレートなモニター性能を誇っており優秀だと思うのですが、一長一短でどれもまだ完璧とは言えない価格帯なので、自分の用途に合うか比較試聴してみることが肝心です。

Beyerdynamic DT1770 & 1990 PRO MKII

もっと高価な10万円クラスのモニター系ヘッドホンも新作がいくつかありました。FocalからはLensys Pro、UltrasoneのSignature Master MkII、BeyerdynamicはDT1770 PRO MKII、DT1990 PRO MKIIといった具合で、どれも使ってみましたが優秀揃いです。

私自身は密閉型DT1770 PRO MKIIを購入したので、これから長期間使って様子をみたいと思います。新型ドライバーを搭載しているため従来機よりも中域がしっかり出るようなり、明らかな進化にひとまず満足できています。

ヘッドバンドが改善されました

Ultrasoneの方は試聴機を借りることができたのですが、サウンド自体は私が持っている初代Signature Masterと同じだったので買い替えはしませんでした。MkIIではバランス対応になり、これまでのSignatureシリーズで問題だった硬い本革ヘッドバンドが柔らかいメッシュ素材に変更されたのは大きな改善点です。その部分だけでも従来機を持っている人にキット部品として交換できるようにしてもらいたかったです。Ultrasoneといえば、このSignature MasterをベースにしたAstell&Kernとのコラボモデル「Virtuoso」が2025年に発売するそうなので、どの程度変わっているのか気になっています。

Focal Azurys, Hadenys, Lensys Pro

フランスのFocalに関してはちょっと悩ましい状況になりました。ヘッドホンメーカーとしてもだいぶ定着してきた様子ですが、Clearなど初回シリーズのスタイリングからついに世代交代の時期に入ったようで、2024年の新型は密閉モニターLensys Proを筆頭に開放型Hadenysや密閉型Azurysという三種とも、有線モデルもワイヤレスモデルBathysのデザインを踏襲した設計に切り替わっています。

これらのコンパクトな形状は悪くないものの、ソニーやBoseなどのワイヤレスモデルを連想する、ありふれたフォルムとサウンド設計になったので、初回シリーズの物量感と比べるとFocalらしさは薄まった感があります。ワイヤレスBathysのヒットを皮切りに大量生産できる大手メーカーへの舵取りを始めた印象があり、今後の展開が気になります。余談になりますが、旧世代のCelesteeが格安でセールになっていたので、今のうちに買っておきました。本当は上位モデルStelliaが欲しかったのですが、そちらは全然安くなってくれないためCelesteeで妥協しました。

2024年もあいかわらず最高峰ハイエンドクラスのヘッドホンは値段が高すぎて、たまに試聴する機会が巡ってきても、私ごときが真剣に批評するのは畏れ多いです。

ボッタクリというわけではなく、技術開発費や製造コストなどを踏まえると、それなりの値段になってしまうのは仕方がないと思いますし、一昔前と比べると最近の新作はどれも着実に弱点を解消する方向で進化を遂げて、非の打ち所が無く、悪い点を挙げるのに苦労するくらいです。ただし個人的な意見としては、20万円を超えたら主観や好みの世界になってくるので、ランキングや優劣を語るのは無意味だと思います。

Fostex TH808 & TH909

Audio Technica ATH-ADX3000 & ATH-ADX5000

Final D7000 & D8000 DC

その一方で、フォステクスからは平面型TH1000RP・TH1100RPとは別に、ダイナミック開放型で30万円のTH909の弟分のようなTH808が17万円で登場、オーディオテクニカは25万円のATH-ADX5000とそっくりのATH-ADX3000を15万円で、Finalも60万円のD8000 DC・D8000 PRO DCの下にD7000を40万円で出すなど、メーカー側も価格高騰に懸念を持っているのか、最上級機と同じ系統で価格を抑えたモデルを出してきました。金に糸目をつけない高級ヘッドホンマニア市場と、普段の音楽鑑賞のための良いヘッドホンという市場が二分化している様子です。

STAX SR-X1(SR-X1000セット)

そんな一例として、STAXからも久々にエントリー価格のSR-X1が登場、駆動ユニットとのセットSRS-X1000でも10万円程度で手に入る静電型ヘッドホンという異例の存在です。平面駆動型の登場以来、影が薄い静電型ですが、また新たな60万円の高級機などではなく、手に入りやすい価格帯(それでも10万円しますが・・・)を刷新してきたことに、同じ価格帯の平面型モデルに対抗する意欲を感じます。SR-Lラムダシリーズとは一味違う中域重視の親しみやすいサウンドは静電型の固定概念を変えてくれます。ただしポテンシャルを引き出すためには駆動ユニット(STAXが言うところのドライバーユニット)はセットのものよりも上級機で鳴らす価値はあります。

KuraDa KD-Q1

もう一点ユニークなヘッドホンでは22万円のKuraDa KD-Q1が面白いです。日本のメーカーによるダイナミック開放型で、ハウジングやヘッドバンドが3Dプリンター製の産業用プラ・ガラス複合素材ということで非常に軽いため、海外のガッシリしたヘッドホンと比べると全然疲れません。オーテクよりも温厚で柔らかい感じの鳴り方なので、ピアノなど生楽器を長時間聴くのに最適です。

ATH-WB LTD

オーテクの密閉型は2023年末に登場した60万円で黒柿木材のATH-AWKGに続いて、2024年は30万円のATH-WB LTDが出ました。限定品ということで試聴する機会が無かったのが残念です。すでにATH-WB2022というワイヤレス版が出ており、そちらはモダンな勢いのある鳴り方で良かったです。よく似たハウジングのATH-WP900が結構好きなので、それのフルサイズ機だと思うと興味があります。

ATH-AWKGは普通に良かったので驚きました

一昔前のオーテクのウッド系というと、それぞれ奇抜でクセの強い鳴り方が一部ベテランマニアに特化している印象がありましたが、黒柿材のATH-AWKGも含めて最近のモデルは意外とスッキリした親しみやすい音色に向かっているようなので、過去の先入観で敬遠していた人も実際に聴いてみればイメージが変わると思います。

ZMF Bokeh Openは結構良かったです

Meze Liric II

これらオーテクのウッド系に代表されるように、海外からもルーマニアのMezeやアメリカのZMFといった高級木材や手作り感を全面的に押し出すヘッドホンメーカーが人気のようで、MezeもEmpyrean II以外に30万円のLiric II、ZMFのCaldra 2024やBokeh Openなど精力的に新作を出しています。私もこれらほとんどのモデルを試聴してみましたが、先ほどのモニター系とは対称的にかなり個性が強くヘッドホン自身で音作りをする傾向なので、万人には勧めがたいのと、欧米の熱烈なファン層に守られて独自の世界にいる印象があります。

Abyss Diana DZ

アメリカのAbyssも新作Diana DZが登場しました。US$7000超の超高級機ですが、かっちりした金属ハウジングに螺鈿のような美しい装飾に柔らかい本革パッドなど、価格相応にゴージャスな仕上がりです。

Dianaシリーズはすでに初代、V2、TC、MR、DZと色々なバリエーションが出すぎて、欲しくても買うタイミングがわからないという人も多いと思うので、そろそろ落ち着いてもらいたいです。私自身はDZよりもMRの方が柔らかくて聴きやすいと思いますが、最新作DZはかなりクリアな高解像系なので、もはやAbyssの出世作AB-1266よりもDianaの方が良いのではないかと思えてきます。

HIFIMAN Mini Shangri-La, HE1000 Unveiled, Susvara Unveiled

HIFIMANも2024年は相変わらず独創の道を歩んでいます。38万円の静電型Mini Shangri-Laや、平面型では46万円のHE1000 Unveiledと120万円のSusvara Unveiledが登場、ドライバーがハウジングから露出したような、明らかに音抜けが良さそうなデザインになっています。

私自身はもうちょっと丸く落ち着いたサウンドのArya Organicくらいのモデルが聴きやすくて好きなのですが、最新モデルはまるで最新OLEDテレビのような超解像サウンドなので、現代の最先端を体験する意味でも一聴の価値があります。

それにしてもヘッドホンに120万円とは凄い時代ですね。しかもハウジングやヘッドバンドは従来通りショボいままですし、希少木材とか金銀財宝の付加価値ではなくサウンドの性能勝負だけでこの価格なのは潔いです。従来のフラッグシップSusvaraを史上最高のヘッドホンと断言しているマニアも多いので、それを凌駕するモデルとなると、これくらいの値段で当然という意気込みを感じます。

Grado HP100 SE

高級機といえば、GradoからHP100 SEという40万円のモデルが出たのも驚きでした。12月発売なので試聴できていません。2021年に新型ドライバー搭載のXシリーズが出て、その中での最上位GS3000xが35万円でしたが、それとは異なる完全新設計で、Gradoの初代モデルHP1のオマージュというメタルハウジングが印象的です。Gradoとしては思い切った着脱式ケーブルなのも嬉しいです。

こういうことがあります

これも困ります

Gradoといえば、今のところ不満が二点あります。まず私のも含めて最近のウッドモデルの接着剤が剥がれるのをよく見ます。そのまま強固なエポキシとかで張り直していいものか、あえて弱いアクリル系接着剤とかを使うべきか(音質面で影響するのか)悩みます。

もう一点、以前はGradoの6.35mm→3.5mm変換アダプターケーブルの品質がとても良く、多くの人に推奨していたのですが、最近になって仕様変更があったようで(ケーブルが編み込みに変わった時点でしょうか)、6.35mm側ソケット部品が微妙に異なり、プラグを奥まで挿入できず接触不良で音が鳴らないものをいつくも確認しました。多分奥行きが長すぎてLchバネに届いていない感触です。

こういうのは対策品に変更されたとしてもわからないので(とくに店頭在庫の場合)お薦めできなくなってしまいます。そのへんについてご存知の方や、同じく入手しやすく高品質な数千円台のアダプターケーブルを知っている方はぜひ教えて下さい。ゼンハイザーのやつ(561035)の方がGrado新タイプより確実性はあるのですが、音が痩せる感じがして好きではありません。

水月雨 COSMO, SendyAudio Peacock

中華系メーカーもだいぶ高価格帯に移行しています。これまではイヤホンやDAPの傍らにコストパフォーマンス重視のモデルをちらほら出している程度でしたが、開発の腕前がこなれてきたのか、本格的なモデルにも着手するようになってきました。

水月雨の大都会COSMOは13万円、広東Sivgaの高級ブランドSendyAudioからPeacockは16万円、どれも性能や製造品質は良好で、欧米のガレージメーカーと比べると生産技術の高さを実感できるガッシリとした作りです。サウンド面では、対象ユーザー層の要望か、どちらもずいぶん真面目で型にはまった音作りなので、ハイエンドと呼べるには、もうちょっと生演奏の再現性や芸術性を見据える音作りを期待したいです。中華メーカーでもイヤホンの方ではそれが実現できているモデルが増えてきたので、ヘッドホンもあと一歩のところに来ています。

こうやって2024年の有線ヘッドホンを振り返ってみると、低価格モデルの数が減っているのは当然として、高価格帯の市場も二分化しているようです。

つまり、ヘッドホンオーディオ自体を趣味の中心に置いている生粋のヘッドホンマニアは、飽くなき探求心から頂点を求め、そしてメーカー側もその挑戦に答えるかのように、40万円超のハイエンドヘッドホンを出さざるを得ないような市場が存在しています。

それらとは別に、あくまで日頃の音楽鑑賞のパートナーとして、たとえば普段スピーカーで音楽を聴いていて、たまにヘッドホンを使いたいというような音楽マニアは、10-20万円くらいの新型がようやく充実してきた印象です。

私なんかだとKD-Q1やADX3000のような10-20万円前後の軽量な開放型が扱いやすくて音も良いので断然お勧めしたいのですが、ヘッドホンマニアからすると値段が安すぎて視野に入らないというのが残念です。もし私が本格的なヘッドホンリスニングをゼロから始めたいのなら多分このあたりを狙うと思います。

ところで、高級ヘッドホンといえば、ステレオサウンドの「“オーディオコンポーネント” としてのヘッドホンは、どのようにして生み出されたのか。」というオンライン記事が順次更新されており(前編中編)、大変面白いのでヘッドホンユーザーなら必読です。ソニーMDR-R10開発裏話で当時の写真資料などを交えた開発者の方の回顧録なので説得力があります。こういう知識はヘッドホンの本当の意味での価値や価格を見極めるのに参考になります。

有線イヤホン

私自身が2024年に一番多用した有線イヤホンはUnique Melody MEXTでした。2022年発売のモデルで、15万円くらいなので同社ラインナップの中ではエントリー級かもしれませんが、なにげなくセールで安く買って以来、音色が自分好みで無意識に毎日手が伸びてしまいます。

ドラゴンエンブレムは苦手です

Unique Melodyが得意とする骨伝導・ダイナミックドライバー・マルチBAというハイブリッド構成はいかにも強烈な低音のドンシャリかと思いきや、意外と古いジャズやクラシック録音に合う耳当たりの良い温厚な鳴り方が気に入っています。上位モデルのMEST MKIIも持っているのに、結局MEXTを使う機会が多いことに自分でも驚いています。

シェルハウジングがずいぶん大きいので、寝る時とかには使いづらいのが難点で、その場合は昨年から続投でゼンハイザーIE600やFinal A5000などコンパクトなモデルを使っています。

それ以外、飛行機や電車など外部騒音が大きい場面ではUE RRのカスタムIEMが活躍してくれます。遮音性が極めて高いのでアクティブNCイヤホンが不要になりました。しかし街中を歩いている時などは逆に危険なので、活用できる場面は意外と限られてしまいます。カスタムを検討している人はそのあたりも考慮してください。

2024年のイヤホン新作を振り返ってみると、2023年の延長で、ハイエンドモデルの市場がだいぶ安定してきた印象です。

手当たり次第に奇抜さを競うような開拓時代は終わったようで、ある程度定評を得たモデルが改良され後継機を出している状況です。逆に言うと、新参メーカーのハッタリが効かない、成熟された市場に変化しつつあるということです。

そして、ほとんどの高級機が骨伝導や静電ユニットなどを導入した高度なハイブリッド構成に移行しているのも面白いです。

Vision Ears EXT MKII LE

2024年新作の中でとりわけ関心したVision Ears EXT MKII LEなんかはハイエンド市場の成熟をよく表してくれる好例です。

66万円だそうなので自分では絶対に買えませんし、私自身はVision Ears VE10の方がリラックスできて好きなのですが(それでも46万円ですが・・・)、それにしても、一昔前まではマルチドライバー・ハイブリッドというとドライバー間クロスオーバーのつながりに捻じれや違和感があるイメージだったのが、最近の高級機ではそれが見事に解決されています。

このあたりの理由でマルチを敬遠してシングルダイナミック型を好んで使っていたユーザーも、ここ1~2年に出たハイブリッド高級機なら満足できるレベルに到達できていると思いますし、数年前の上級機を使っている人も、現行モデルを試聴してみる価値があります。

高級感溢れすぎるQDC Emperor

Macbethもデザインがちょっと・・・

上述のVision Ears EXT MKII LEの他にも、私が最近聴いた新作だけでもQDC Emperor、Forte Audio Macbeth、Empire Audio Raven、Canpur PC622Bなど、高級価格帯のイヤホンはどれも完成度への追求が凄まじいです。2023年に試聴した中で一番気に入ったQDC Anole V14もこのクラスに入ります。

ただし、それぞれ突出したクセや個性は薄れて、どれを選んでも正解という状況に落ち着いてしまった印象もあります。このあたりもハイエンドスピーカーと似ています。つまり未経験の素人が聴いても「ごく普通の音」に思えてしまい、値段の説得力は見いだせないと思います。

長年のイヤホンマニアが聴いてみれば、この「普通の音」つまり完璧さを実現するのがどれだけ大変か理解できるので、「イヤホンもついにここまで来たか」と感激するわけです。つまりハイエンド機だからといって突飛な派手さを披露するのではなく、究極の普通として、私なんかでも「これなら毎日使っても飽きないな」と確信が持てる仕上がりになりつつあります。

残念なことに、現時点ではもうちょっと低い価格帯のモデルでは、まだ完璧に届かない壁が感じられます。数年前だったら、あえて最上級のフラッグシップ機を買わずとも、中級機を定期的に買い替えていく方が賢明だと言えましたし、中級クラスであれこれフレーバーの異なるモデルを聴き比べたりするのがイヤホンマニアの醍醐味なのかもしれませんが、近頃はこれ一本で事足りると思えるハイエンド機が登場しはじめています。これもスピーカー市場とよく似ています。

私の勝手な感想としては、5-20万円くらいの中級機を買うのが一番難しい状況にあると思います。最高級機と比較できるような「普通に良い」サウンドのモデルがなかなか見つからず、好き嫌いが分かれるか、毎日常用するよりも気分で使い分けるため何種類も買い集めてしまうリスクがあります。

さらに低価格帯では、無数の中華系新興メーカー勢の中でもそろそろ勝ち負けが見えてきた様子で、1~5万円くらいのモデルがだいぶ良くなってきたおかげで、5-20万円の中級機を脅かしており、シェル材質や搭載ドライバーを含めた製造技術において低価格帯でも十分すぎるくらい高品質になっているため、1万円と10万円であまり差がつけられないというか、明確なアップグレードを実感しにくくなってきました。

逆にいうと、中級価格帯では特出してユニークなモデルも多いため、イヤホンマニアとしてはニッチに特化したモデルも見つけやすく、話のネタとしても面白い状況だと思います。

Symphonium Audio Titan

一例を挙げると、シンガポールSymphonium AudioのTitanという15万円くらいのモデルは重低音ファンへの傑作です。メーカー自身がそれを狙って設計しているのですが、単純に低音過多なのではなく、試聴してみた人の多くが「こんなに低音が太いのに、全体のバランスがクリーンで聴きやすいイヤホンは初めてだ」と驚くくらい上手にチューニングされています。上位モデルCrimsonはもっと堅実な王道チューニングになっているので、Titanの上位互換を期待するとがっかりするかもしれませんが、それにしても凄いメーカーです。

Unique Melody Maven II

他に個人的に興味を持てたイヤホンをいくつか挙げていくと、まずUnique Melodyの新作Maven IIはチタンハウジングと静電ドライバーによる高音のヌケの良さが素晴らしく、他社の一歩先を行く次世代感が体験できます。大昔にハイブリッドマルチドライバーを誰よりも早くやっていたのもUnique Melodyでしたし、相変わらず先見性のあるメーカーです。

Fir Audio Electron e12

Fir AudioのElectron e12もコンパクトなシェルに鮮烈なサウンドが魅力的でした。私自身は5x5とRadon 6というモデルが好きで、それ以外はサウンドが派手すぎて苦手だったのですが、e12では派手さとバランス感覚の調和が取れてきており、万人受けしそうなサウンドに近づいています。

Dita Audio Project M

2023年末に出たDita Audio Project Mはかなり良かったので購入しました。Ditaとしては珍しいハイブリッド型で、しかも4万円という値段も魅力的です。凡庸なフラットさを目指すのではなく中高域の艶っぽい美しさに特化した、無理のない設計が素晴らしいと思いました。透明シェルの美しさも抜群です。12月にはダイナミック型で金属シェルのDita Mechaというのも出たので、どんな音なのか気になっています。

シングルドライバー型のイヤホンも廃れたわけではなく、むしろ私はこっちの方に興味があるのですが、マルチドライバーと比べて設計開発が難しいためか、新製品の数が非常に少ないです。

Acoustune HS1900X

2023年はMadooの平面型Typ622が自分なりのトップでしたが、2024年も兄弟ブランドAcoustuneから18万円でダイナミック型の新作HS1900Xが気になっています。チタン+ドライカーボンシェルはAcoustuneのメカっぽいデザインにピッタリで最高にカッコいいです。

発売したばかりなのでまだ試聴できていませんが、自分が持っているHS1697Tiを超えることができるでしょうか。最上位HS2000シリーズももちろん凄いとは思うのですが、ドライバーユニット交換式ということで散財してしまうのが目に見えているため躊躇しています。私と同じ考えでHS1900Xのようなモデルを待望していた人も多いのではないでしょうか。

iBasso 3T-124

もっと安い価格帯では、iBassoの3T-124というモデルは外見からもわかるとおり15.4mmという巨大なダイナミックドライバーを搭載しており、3万円以下という手頃な価格です。ネタ的な重低音モンスターかと思ったら、意外とまともに鳴ってくれます。iBassoの他のイヤホンは無難なありふれたモデルが多いのですが、たまにこういうユニークなものを作ってくれるのが面白いです。

Final A6000

ダイナミック型の代表格Finalからは6万円のA6000が出ました。私自身A5000を長らく愛用してきたので乗り換えたいのですが、残念ながらまだじっくり試聴する機会がありません。外観はA5000で、中身はA8000直系のステンレスマウントドライバーというギャップが好きです。

ちなみにA5000は3万円台で相変わらずおすすめできる傑作です。ダイナミック型らしいスムーズなサウンドに、柔軟なケーブルとコンパクトなシェルのおかげで、夜寝る時などに耳を圧迫せず使えるイヤホンとしてずいぶん活躍しています。

Final S5000 & S4000

さらにFinalからは、最近ではめずらしい細身のチューブ型イヤホンの新型も出ています。真鍮のS5000とステンレスのS4000、どちらもシングルBAで、デザインはダイナミック型のEシリーズとよく似ており、2000円台のE1000からEシリーズはどれも傑作ぞろいだったので期待が持てます。

私のE5000も使いすぎてケーブルが断線したので買い直そうかと思っていたところなので、S5000かS4000を試してみようと思っています。

QDC Fitear Superior EX

これらFinalと同じような価格帯ではQDCとFitearのコラボモデルSuperior EXも凄かったです。シェル形状と音質の両方がハイレベルでまとまっており、3万円以下でここまで上質なイヤホンが買えるのなら、これ以上のアップグレードを望むには一気に10万円以上のモデルに行かないと明確なメリットは実感できないだろうと思えてしまいます。

現在のイヤホン市場を振り返ってみると、ユーザーがどの段階にいるかでお勧めできるモデルがだいぶ変わってくるのが難しいところです。

どのイヤホンを買うべきか、私も友人からよく尋ねられるのですが、あいかわらず初心者は本格的シェルハウジングのIEMイヤホンを嫌うようで(具体的な理由は無く、ただ先入観からでしょう)、もっと自分が見慣れたオーソドックスなデザインを求める傾向があるようです。

Meze Alba

未だにベイヤーXelentoとかを欲しがる人が多いのも理解できますし、たとえば3万円弱のMeze Albaなんかはうまくターゲットを考えて作られていると思います。私もひとまず耳掛け式の導入剤としてFinal A5000やゼンハイザーIE600あたりから勧めることが多いです。

さらに本格的IEMに興味がある人なら、上述のQDCや、水月雨、Thieaudioなど大手の低価格帯モデルを紹介しますし、そこから趣味が始まって自然と5-10万円くらいの上級機をあれこれ比較するようになって、どうしても満足できず、結局、数年後には最高級機に到達してしまうというのがよくある沼パターンです。冒頭でも言ったように、最初から高級機を買っても、最近のはどれも基本がしっかりしているため、普通すぎて違いがわかりにくく、それまでに色々と経験を積んだ人でないとメリットが伝わらないと思います。

DAP

ポータブルDAPは近年ずいぶん停滞気味に感じます。現在のDAPの標準である「大画面、Android OS、USB C、4.4mmバランス」といった基本スペックが定まったのがFiio M11など2019年くらいで、当時のモデルは現在でも十分通用するため、買い替える意欲がわかない人が多いと思います。

最近の新型DAPでは、アンプ回路のモード切替で音質の変化を楽しむというのがトレンドのようですが、そろそろ次世代機と呼べるような斬新なアイデアを望んでいます。

真空管搭載機も、NutubeよりもJAN6418サブミニチュア管の採用例が増えてきました。Nutubeよりも低価格でコンパクトに収まるため、実装や振動ノイズ対策などが行いやすいようです。逆に大ぶりなポタアンの方ではNutubeを導入するメーカーが多いのが面白いです。

JAN6418自体が当時そこまで優れた管ではなかったのですが(ポータブルラジオとかで使われていたので膨大な数の在庫が残っています)、現代において真空管に求められるのは性能の高さではなく、むしろどれだけ真空管っぽく高調波で歪ませるかなので、音質効果としてはむしろ好都合なようです。不要ならOFFにすればいいだけですし、たとえるなら、カメラのビンテージレンズとかも、カチッと正確に映る当時の高級レンズよりも、色味や収差が悪い方がむしろエモい写真が撮れて人気なのと同じでしょうか。

Shanling M8T

そんな言っている矢先から、年末にShanling M8Tが登場しました。本体上部ノッチにサブミニチュア管を二本搭載しているのは見た目のインパクトがあって良いです。Shanlingはこの手のシュッとしたデザインが上手ですね。

2024年のDAP市場について、私の率直な感想としては、このようなマニアしか買わないような高級機ならば、音質最優先の奇抜なモデルがあっても大歓迎なのですが、カジュアルに使いたい低~中価格帯モデルでは、現行スマホと比べても操作性がだいぶ見劣りするようになってきたので、そろそろSoCの高速化とOSインターフェースやアプリのパフォーマンス改善を第一に考えてもらいたいです。

操作性さえ良ければ買いたかったHiby R1

たとえば最近Hibyから一万円台の低価格モデルR1を試聴してみたのですが、音質面ではそこそこ良い感じで、本体がスモーククリアなのも懐かしさがあって気に入ったのですが、インターフェースが古代からタイムスリップしてきたかのように古臭く、読み込みがカクカクして挙動が遅く(アルバムジャケットを表示するのに数秒かかるとか)、自前のSDカードの曲をスキャンしようとしたら、1秒に3曲くらいのペースで、30分放置しても終わらず、途中で本体がスリープしてしまい、電源を再投入したらスキャンが最初からやり直しで、といった具合に、結局面倒くさくて諦めてしまいました。

十年前なら「一万円台だからしょうがない」と思ったかもしれませんが、流石に2024年でこの遅さは困ります。一万円台の格安スマホでさえSDカードをスキャンすれば30秒ほどで完了しますし、無料のMusicoletアプリとかの方がはるかに多機能でサクサク快適にブラウズ選曲できます。べつにUHS-IIを採用しろというわけでなく、SoCやメモリーを高速化するだけでもなく、単純に先読みとリアルタイムデータベース設計が時代遅れなだけです。十年前のDAPでも、もっと処理がサクサク快適なモデルはありました(Plenueとか)。

近頃はUSBドングルDACに移行しているオーディオマニアが増えてきているので、これからもDAPというジャンル自体が存続していくためにも、あえてDAPを選びたくなるユーザービリティの価値を見いだせる進化を期待したいです。

私自身の2024年のDAPは、あいかわらずHiby RS6を使っています。2021年発売のモデルなので、未だに後継機が出ていないのは驚異的ですが、音質が素晴らしいので買い替える気が起きません。そろそろOSの世代(Android 9.0)が古く感じるくらいです。

ただし2024年はRS6を修理に出すことになり、数カ月間使えない時期がありました。以前からUSBの接触が不安定だったところ、実体顕微鏡で確認したらピン接点が一つ破損していたので修理に出したわけです。

DAPが不在の間にドングルDACなど一時しのぎを色々と試してみたのはいい経験になりました。こういう時のために二台目のDAPを買おうかとも思い、理想のSP3000は高くて買えないので、Fiio M15Sが最有力候補だったのですが、色々あって何故かAK CA1000Tが手元にあります。完璧とは程遠い奇抜なモデルですが、独自の魅力もあるのでまた今度ブログで紹介したいと思います。

Cayin N6iiiのオーディオマザーボード

2024年の新作DAPを振り返ってみると、直近ではCayin N6iiiは結構良かったです。22万円で5インチ液晶という手頃なサイズで、これ以上高価なモデルだと大きすぎて実用的でないので、これくらいがポータブル用にちょうどよいです。

アンプ基板をモジュール交換できるDAPはこれまでもいくつかありましたが、N6iiiはオーディオマザーボードと称してD/Aからアンプまでオーディオ回路全体を交換できるという奇抜なシステムです。冒頭で述べたとおり、液晶画面、Android OS、バッテリーなどの部分は近年そこまで進化していないので、それらはそのままにしてオーディオ回路だけ交換できるというのは理に適っているアイデアかもしれません。モジュール交換のアイデアは抜きにしても、付属モジュールでのサウンドもCayinらしく重厚で力強い鳴り方なので、低価格DAPやドングルDACからのアップグレードに最適です。

Cayin N3Ultra

Cayinは他にもN3Ultraという9万円のDAPも出しており、こちらはサブミニチュア真空管を搭載する、真空管アンプの老舗Cayinらしいギミックの製品です。真空管とソリッドステートモードを聴き比べる楽しみもあるので飽きが来ない製品です。


iBassoからは8万円のDX180と16万円のDX260が出ました。もうモデル名を見ても、DX170とDX260でどっちか新しいかなど混乱してしまうので、そろそろ別のネーミング方法を考えてもらいたいです。たとえばDX1-2024やDX2-2024などクラスと年式にしたほうが単純でわかりやすいです。

どちらも前作と比べて鋭角なデザインになり、背面パネルがネジで外せるのは将来的なバッテリー交換などのためにありがたいです。(他のDAPは両面テープや接着剤が多いので)。

ただし実際に使ってみるとデザイン面で使いづらい点もあったせいで、購入欲は下がってしまいました。

DX170(上)とDX180(下)

たとえば上の写真のとおり、新型はボリュームノブに保護バンパーが無いため、バッグに入れる時などに勝手に回ったりボタンが押されたりのトラブルが多発して困りました。さらにDX180とDX260のどちらもSDカードが物理的に抜けなくなってしまい(イジェクトバネの不具合のようです)、背面パネルが取り外せるので想定外に助かったなど、高価なモデルにしては、AKやソニーなどと比べると、物理的な製造技術の面で安っぽく感じる点が多かったです。

逆にいうと音質に全振りしているから他社よりコスパが良いという考え方もできますが、最近は低価格なDAPもだいぶ音が良くなってきたので、iBassoは今後音質向上よりもむしろUI設計や使用感の高品質化に力を入れてもらいたいです。一旦デザインのガイドラインが定まれば、低価格モデルでも同様のポリシーを反映できるようになって底上げできると思います。

かなり小さなチップです

それにしても近頃シーラスロジックの快進撃は凄いですね。iBassoはDX170からDX180でCS43131を続投していますが、上位モデルのDX260でも従来のESSからCS43198へ変更しており、上で紹介したCayinを含めて他のメーカーもシーラス採用例が一気に増えたことで、これまでのESS対旭化成AKMという図式がとうとう崩れてきました。

シーラスのチップは性能の割に省電力で周辺回路も扱いやすいので、高価な大型チップを苦労して詰め込むよりも、DX260のようにパラで8枚入れるなど柔軟な回路設計が魅力です。そういえばCDプレーヤーの末期にも似たような並列DACのトレンドがありました。

Fiio M23

Fiioからは新たに12万円のM23が登場しました。こちらはiBassoとは真逆で、これまでのモデル名と決別したようで、実質的にロングセラーM11系の後継になるようです。音質面では個人的にM11Sよりも良いと思いますが、M15Sの方が好きです。

公式の発表によると、イヤホンやヘッドホンなど多方面に展開する一環で、命名方式を統一する目的があり、M23のMはMusic Playerカテゴリー、2は世代で3がグレードだそうで、さらに末尾にProやPlusなどで派生モデルを表すそうです。私が気に入っているM15Sはまだ販売終了になっていませんが、後継機が出るとしたら名前はM25とかになるのでしょうか。

なんにせよ、これまでのM11、M11Plus、M11Sなど違いがわかりにくかったので、今後そのあたりをもうちょっと明確にしてもらいたいです。(これからM23PlusとかM23Sなどで混乱させないことを願っています)。

ちなみにM23は12万円のDAPなのに旭化成の最上級チップAK4191EQ+AK4499EXを搭載しているあたりにM11系からの再スタートの意気込みを感じます。一昔前ならD/Aチップのグレードで優劣を競うような時代もありましたが、最近はむしろ高価なDAPの方がユニークなチップや独自設計のディスクリートD/A変換回路を採用するなど、単純な上下関係ではなくなり、これまで以上にスペックに頼らず自分自身で試聴して判断することが求められます。

Hiby R4

Hibyは2023年に最高クラスのR8iiを出しましたが、2024年は高級機ではなくR1、M300、R4と1~3万円台で手頃な価格帯でも新型を出してくれているのが嬉しいです。とりわけR4はポップなデザインでエヴァとのコラボモデルも出すなど幅広いユーザー層に向けての商品展開が伺えます。

AK SP3000T

Astell&Kernは中級価格帯が静かな一年でした。SP3000があいかわらず最高峰DAPとして定評があり、2024年は小型化したSP3000Mと真空管搭載のSP3000Tが登場しました。

これまでのAK最上級機はD/Aチップの進化とともに更新される流れがあったので、その点では時期モデルはまだ先かと思いますが、すでに中級モデルSE300で独自のディスクリートD/A変換を導入しているので、もしかすると他社に倣ってAKも次期フラッグシップはディスクリートになるのかもしれません。

それよりも、SP2000とSP2000Tの時もそうでしたが、SP3000とSP3000Tはサウンドの方向性が全く違うDAPなのが面白いです。SP3000はレファレンス機として最高性能を目指すのに対して、SP3000Tは比較的温厚で力強いサウンドで、真空管も搭載しているため、好みに合わせて様々な音色を選べる楽しさがあります。

Onyx Overture XM5

久々に新しいDAPブランドが参戦したのも嬉しいです。Onyxというメーカーで、Overture XM5という13万円のモデルを投入してきました。昔のiBassoを連想する3インチ液晶の無骨なシャーシにES9039SとTPA6120という極めてオーソドックスな構成なので、こういうのが好きな人も多そうです。

Onyxというブランド自体は昔イギリスにあった社名を台湾のメーカーが受け継ぎ、現在はShanlingとの共同開発を行っているようです。腕時計とかスピーカーオーディオの方ではよくある話ですが、ポータブルオーディオでも往年のブランドアイコンを復活させるレトロリバイバルが到来するのでしょうか。山水とかナカミチのDAPなんて出たら香港とかで人気が出そうです。

ポータブルDAC・アンプ

私の身の回りでポータブルDACアンプを活用しているオーディオマニアを見ると、近頃はスマホからUSBとBluetoothに派閥が別れているようです。

近年Bluetooth送受信チップの性能が良くなって、接続トラブルもだいぶ改善されましたし、LDACやaptX Adaptiveコーデックなら普段使いに十分な音質が得られます。USBとBluetooth両対応のDACアンプ製品も増えてきており、真面目なリスニングではUSB接続を使うつもりだったのが、Bluetoothの音が意外と良くて、それだけで十分になってしまった人もいます。

相変わらずiPhoneだけBluetoothコーデック対応が弱いのがネックになっています。LDACを使いたいがために、わざわざFiio BT11などの送信機を使っている人もいるくらいです。

幸いUSB DACの方はiPhoneが非力なLightningを廃止してUSB-Cになったので、ようやく互換性トラブルや、iPhoneだけ出力や音質が弱いという問題が解消されました。

Lightningを切り捨てることでバスパワー電力に余裕を持った設計ができるようになり、音質重視のドングルDACも多くなってきました。ただし、その分だけスマホのバッテリーを消費するので、単なる物量投入だけでなく、しっかりと省電力設計とのバランス感覚を心がけているメーカーを支持したいです。

KA15は省電力・高出力を売りにしています

Fiioの新作KA15を見ると、USBバスパワーの電力モニタリングを行い、非力なスマホでも駆動できるよう省電力を心がけながら、パソコンなどに接続した場合はアンプ回路がパワーアップするように作られています。それを積極的にアピールしているのを見ても、旧世代のドングルDACではこのあたりが問題だったことがわかります。

iBasso DC07PRO

iBasso JR Macaron

ドングルDACでは相変わらずiBassoのラインナップが充実しています。2024年も1万円以下のMacaron、2万円のDC04PRO、35,000円のDC07PROと新型が三種類も出ており、私も各社色々試した結果DC07PROが一番音が良かったので購入しました。

CS43131を4枚搭載しており、クリーンな鳴り方は上位機種と比べるとシンプルすぎると感じるかもしれませんが、ライン出力DACとしても非常に優秀で、スマホからの手軽なラインソースとして大いに活躍しています。液晶画面もあって便利なのですが、UAC1.0に対応していないのだけ残念です。

Macaronも安いわりに意外と音が良いのですが、スマホにiBassoアプリをインストールしていると、接続時に急にアニメキャラが登場するので注意が必要です。こちらもゲーム機などに最適だと思うのですが、なぜかUAC1.0モードが無いのが不思議です。そのせいで買えないという人も多いでしょう。

iFi Audio GO Bar Kensei

もっと高価なドングルDACでは、2023年のiBasso DC-Eliteが相変わらず強いですが、2024年はiFi AudioからGO Bar Kenseiが登場しました。値段もDC-Eliteと同じ7万円台です。

iFiらしくマニア向けの製品で、JVC K2テクノロジーを搭載しているという点が極めてユニークです。私もK2ファンなので購入しましたが、K2は楽曲によってアタリハズレはあるものの、とくに古い音源では明らかな音質向上効果が実感できます。一言では語れないクセの強い製品なので、検討している人はぜひレビューをチェックしてからにしてください。

Fiio BTR17 & Q15

バッテリーを内蔵している、つまりスマホのバスパワー電源に依存しないポータブルDACアンプでは、Bluetooth受信機能を搭載しているモデルが増えてきたので、たとえばFiioの新作を見ても、Bluetooth受信機のBTR17とポータブルDACアンプのQ15ではジャンルの境界線が曖昧になってきました。

BTR17は3万円台でES9069QとTHXアンプを搭載しており、本格派DACアンプと遜色ない性能を誇っています。一方Q15は7万円でAKM4191+AK4499EXと強力なアンプを搭載、大型ヘッドホンも余裕を持って駆動できるため、私も購入したいモデルの一つです。Fiioはやはりこのあたりの中級価格帯が一番強いメーカーだと思います。

Questyle CMA18

他には変わり種でQuestyle CMA18というのもあります。価格は10万円くらいで、透明な天板で中身の基板を披露するという、回路設計にそうとう自信があることが伺えます。D/Aは省電力のAK4493で、独自のCurrent Mode Amplificationヘッドホンアンプ回路を搭載しています。従来機と同様に感度の高いIEMではノイズが目立ちますが、ヘッドホン駆動ではQuestyleらしい鮮やかな音で鳴ってくれます。

iBasso D16 Taipan

極めつけは25万円のiBasso D16 Taipanです。2023年に出たヘッドホンアンプPB5 Ospreyと同じシャーシサイズで、今回は独自のディスクリート1-bit PWM DACとDX320MAXゆずりの強力なアンプを詰め込んだモデルで、さすが値段相応に凄いサウンドです。ボリューム操作だけクセがあり注意が必要なので、検討しているならレビューをチェックして判断してください。

DAC非搭載のポータブルヘッドホンアンプも新たな活気を見せています。スマホにヘッドホン端子があった時代には、その信号をブーストするためのアナログポタアンというのが流行っていましたが、最近では最上級ユーザーがDACアンプ複合機ではなくセパレートが好まれるようで、昔のような三段、四段重ねを輪ゴムでまとめたスタックが見られるようになってきました。

私自身は二年前のAstell&Kern PA10を相変わらず気に入って使っています。私がPA10を買った当時は、真剣に検討したライバルというとマス工房くらいしか思い当たらなかったのですが、ここ一年で魅力的な新型がだいぶ増えました。ただし、どれも値段が高くて買えないので、私なら今でもPA10を選んでいたと思います。

Brise Audio Tsuranagi V2・L&P EA4

40万円のBrise Audio Tsuranagi V2、同じく40万円のCayin C9ii、52万円のLuxury & Precision EA4といった具合に、ものすごく高価なポータブルモデルが続々登場しています。ちなみに昨年のiBasso PB5もそうでしたが、CayinとL&PもNutube真空管を採用しているのは興味深いです。Tsuranagiは聴いてみる機会があったのですが、なんの味付けも無い、まさにレファレンスといった感じなので、もっと凄い音質変化を期待している人は意表を突かれると思います。

高級品だけでなく、安いモデルは無いのかと思うかもしれませんが、価格を気にする人はセパレートではなくDACアンプ複合機を選んだ方がコストパフォーマンスが高いので(シャーシや電源のコストが一台分で済むので)、現在のアナログポタアンというのは、さらに上を目指すマニアのためだけに用意されているようです。

多彩な音色モードを備えたCayin C9ii

個人的にCayin C9iiは据え置き機を凌駕するサウンドの完成度に圧倒されました。できればあれこれモード切り替えなどの余計な機能を省いて、DACを搭載した低価格な複合機を出してもらいたいです。

据え置きヘッドホンアンプ

まずDAC非搭載の据え置きヘッドホンアンプはライフサイクルが長く、新作の数も少ないジャンルなので、逆にいうと、良い物を買えば相当長いあいだ活用できるというのはスピーカーアンプなんかと同様です。私も相変わらず自宅ではViolectric V281とSPL Phonitor Xを使っており、とくにV281はもう9年目に入りますが故障もなく毎日快調に動いています。

Luxman P-100は二台買うと良いそうです・・・

2024年の新作ではラックスマンP-100 Centennialが真っ先に思い浮かびます。

90万円という価格はなかなか手が届くものではありませんが、エソテリックやアキュフェーズなどと肩を並べる国産ハイエンドオーディオブランドの旗艦システムに相当する純粋なヘッドホンアンプというのはこれまでにない試みで、従来のP-750uシリーズからも大幅にグレードアップしています。

今回ラックスマン100周年記念Centennialシリーズの第一弾がヘッドホンアンプというのも、ヘッドホンユーザーとして感慨深いです。

GoldenWave GA-10

もうちょっと手頃な価格帯ではHIFIMANのGoldenWave GA-10という22万円のアンプも意外と面白いです。一見無難な外観ですが、ECC83にEL84パワー管を搭載するフル真空管アンプです。

真空管ヘッドホンアンプと称する製品は沢山ありますが、大抵はプリ管のみで味付けして、実際の出力増幅はトランジスターで行っている回路構成が多い中で、GA-10は入口から出口まで真空管増幅なのがユニークです。真空管増幅はノイズや歪みが多く、出力インピーダンスが高いためヘッドホンの鳴り方に大きな影響を及ぼしてしまうのですが、逆にそれさえ覚悟していれば、トランジスターでは味わえない音色の変化をもたらしてくれる場合もあります。

TEAC UD-507

TEAC HA-507

DAC内蔵の据え置きヘッドホンアンプの購入を検討している場合、最近はヘッドホンアンプ以外のカテゴリーの製品でも上質なヘッドホンアンプ回路を搭載しているモデルが増えてきているため、選択範囲が広くなっています。

たとえばティアックの新作を例に挙げると、30万円のUD-507は新たに独自のディスクリートDACを導入したDACプリ、一方HA-507は純粋なアナログプリで、同じ500シリーズのパワーアンプAP-505とのセットでスピーカーシステムを組めるのですが、どちらも優れたヘッドホンアンプを搭載しており、さらにその上のクラスでUD-701Nはネットワークオーディオプレーヤーのカテゴリーに入っていますが、そちらにも高品質なヘッドホンアンプが組み込まれています。

それにしても、ティアックはシャーシデザインや入出力レイアウトなどわかりやすく充実していて、さすが日本の大手が作っているという感じがして安心できますね。

ティアックの場合、さらに上のエソテリックN-05XDもネットワークDACというカテゴリーでありながらフロントパネルにバランスヘッドホン端子が用意されており、こちらをヘッドホン用DACアンプとして活用しているマニアもいます。

他にもNaim Uniti Atom Headphone Editionなど見かけによらずヘッドホンアンプがしっかりしているストリーマー製品も増えてきました(NaimはFocalと同じ会社なので納得できます)。ただし全てのメーカーがそうというわけでなく、高価な製品だからさぞかし高音質だろうと思ったら、ヘッドホン出力にはそこまで注力していない陳腐な回路だったなんてこともよくあります。

このあたりの見極めは高級な複合機になるほど難しくなり、たとえばティアックのUD-507とUD-701Nでは約10万円の価格差があり、単純なUSB DACヘッドホンアンプとしての音質はそこまで変わるものなのか、それともネットワーク機能など他の部分にコストがかかっているのか、よくわからなくなってきます。

TEACも二段重ねを推奨しています

私の感覚ではUD-701Nのスカッとした高解像なサウンドの方が好みなのですが、それよりもUD-507とHA-507をセットで組んだ方が良いのか、それならUD-701NとHA-507のセットにすればもっと良いのか、そこまで来たらならエソテリックN-05XDが買えるじゃないかと、予算が30万円のつもりが一気に90万円クラスまで空想を巡らせてしまうのが怖いところです。

SMSL H400・DL400

SMSL RAW-DAC1・RAW-H1

もちろんそんなに高額商品でなくとも優れた据え置きDACアンプの選択肢は多く、最近では10万円以下ならToppingやSMSLなど中華系を買っておけば、どれも失敗はないと思います。むしろ下手にオーディオファイルっぽいガレージブランドを選んでしまう方が出力インピーダンスが高くイヤホンで使い物にならなかったりなど意外と失敗しがちです。

しかしSMSLを例に挙げても、似たようなハーフラックサイズのモデルをあれこれ出しすぎていて、2024年新作だけでもH400とDL400にRAW-DAC1とRAW-H1、それぞれの違いはなんとなくわかっても、たとえばセパレートと複合機など、結局どっちを買えば良いのかわからず混乱してしまいます。ひとまず中華系メーカーで安く済まそうと考えていたのに、あれこれカタログスペックを見比べていると、結局そこそこ高価なモデルに行き着いてしまうので注意が必要です。

Fiio K9 AKM

私の感想としては、ポータブル製品と同じように、中級価格帯ではやはりFiioの完成度が高く、2024年のK9 AKMは堅実な選択肢です。K9シリーズは2022年からK9 ESS、K9PRO AKM(銀ノブ)、K9PRO ESS(金ノブ)とバリエーションが出てきて、現在はこのK9 AKMに統合されたようです。外観はチープですが10万円以下で買える据え置きDACアンプとして完成度が非常に高く、これより上は完全に趣味趣向の世界に入ってしまいます。

Fiio R7とR9

Fiio K19

Fiioが中級価格帯に強いというのは、逆にいうと、それ以外はあまりパッとしないという感じもあるので、低価格の新作K11・K11-R2Rは無難で地味な印象がありましたし、逆に20万円超の高価なR9・K19は縦置きフォームファクターが使いやすくて良いと思ったのですが、サウンドが中級機のレベルを超えておらず、ここまで来ると別のメーカーに移行した方が良いと思えました。

とくにR9はアイデアとして悪くないので買おうかとも思ったところ、操作性は単なるAndroid DAPのままなので、これならR7で十分かなと思えてしまい、R7からR9、K9からK19と、Fiioは高級路線への誘導が弱く感じます。値段が倍になるのなら、パワーや回路スペックとかだけでなく、音質や質感・操作性の面での洗練と高級化が求められます。

iFi Audio Zen DAC V3 & Zen CAN V3

もっと安い価格帯だと、相変わらずiFi AudioのZenシリーズが強いようで、3万円台のZen DACとZen CANはどちらもVer. 3に進化しました。外観の違い以外では、USB-Cに変更されるなどの細かい違いのようですが(DCオフセットは低減されたようです)、サウンド面ではV2からあまり変わっておらず、価格も徐々に上がっているので、Zen DACとZen CANのスタックを組むか、それとも最初からFiio K9のような複合機にするか悩むところです。

Shanling EH1

それでもやはり、そこそこ良いヘッドホンを買ってパソコンで使いたいけれどマザーボード直挿しやドングルDACでは心もとないという人は多いようで、Zen DAC 3以外でも、たとえばShanling EH1のような手頃なバスパワー給電の卓上ヘッドホンアンプは使い勝手が良いので、一台持っていればなにかと役に立ちます。

おわりに

2024年もヘッドホンオーディオは話題に事欠かない一年でした。とりわけイヤホンやヘッドホンの新型機はどれも健全な技術的進化の方向へと進んでおり、少し古いヘッドホンを使っている人なら、最新機種に乗り替えることでだいぶ大きな音質向上を実感できるだろうと思います。

イヤホン業界も数年前に水月雨などを中心に中華新興メーカーが超低価格なIEMイヤホンで魅力的な製品を出してくれたおかげで、比較的若い人たちも興味を持って上級機に移行する動きが見え、業界の新陳代謝が上手くいっていると思います。凝り固まった考えや古いブランド信奉が無いおかげで、無名の新作でも積極的に挑戦してみたくなる意欲が感じられます。

その一方で、DAPやヘッドホンアンプまわりのデバイスはちょっと停滞感があるので、すでに持っているもので機能的に不満がなければ、同じ価格帯の最新作に買い替えてもそこまで音質向上は感じられないと思います。しかし最高峰を目指す余裕があるのなら、40万円超のポータブルアンプとかは本当に凄い音なので、ひやかし程度でも試聴してみれば驚くと思います。

個人的に2025年に期待したいのは、これ以上のハイエンド化よりも、初心者の引き込みと、エントリーから本格的オーディオへの引き上げを狙った製品の充実が見たいです。

たとえば、ちょっと興味を持ってドングルDACとIEMイヤホンを買った人は結構多いと思いますので、その上に進む道筋が不足しているように思います。スマホに慣れている人にとって安価なDAPは明らかに古臭いですし、スマホとのスタックを念頭に置いた(たとえばMagsafeと連動するとか、USB-C接続がグラグラしないような)本格的なポータブルDACアンプの選択肢も充実してほしいです。

デスクトップPCでも、プラスチック玩具のような陳腐なゲーミングヘッドセットから卒業して、ゲーマーやクリエイター全員が本格的なヘッドホンシステムを求めるようなトレンドが生まれてほしいです。最近流行っている高級カスタムキーボードのように、ゲーミングデスクトップ一台につき優秀なDACアンプとヘッドホンが必須という流れになれば理想的ですが、それには魅力的な商品が豊富に用意されてないといけません。個人的にFiio K9やATH-ADX3000くらいまでの価格帯を推しているのも、そのあたりのユーザー層を想定しています。

さらに、ミュージシャンの方々にも優れたヘッドホンシステムが普及してもらいたいです。楽器やエフェクトペダルとかには金を惜しまないのに、音楽再生の音質にこだわらず、ボロボロのHD215とかを延々と使い続けている人が意外と多いです。DAWでDTMとかをやっている人はオーディオインターフェース関連でヘッドホンにも興味を持つようですが、ギターや電子ピアノ演奏などの王道の楽器趣味では意外とヘッドホンの重要性が浸透していません。べつにそれ専用のモデルが必要だというわけではなく(コイルケーブルとかは有用かもしれませんが)、メーカー側の楽器や演奏関連へのマーケティングが弱いのか、Youtubeなどでも市場のクロスオーバーがほとんど感じられず、もったいない気がします。

他のジャンルと同様に、高価なハイエンドモデルばかりでは口うるさい中高年の巣窟になってしまうだけなので、せっかく低価格IEMなどで新鮮な空気が入ってきているのだから、もっと多角的にヘッドホンオーディオの魅力や重要性が広まってくれることを望んでいます。

数万円のワイヤレスヘッドホンが大衆に普及したように、他にもスマートウォッチ、ランニングシューズ、EDCグッズ、コーヒー器具など、一時的なブームを経たことで、多くの人が知識と経験を身に着けて、陳腐な大衆ブランドに扇動されるのではなく、ブーム後でも高くても上質なものを選ぶ客層が広く定着しているジャンルは意外と沢山あります。イヤホン・ヘッドホンも高級先鋭化だけでなく、このような広い層を大事にするような市場であってほしいです。


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