2025年6月20日金曜日

Luxury & Precision EA4 ヘッドホンアンプの試聴レビュー

 Luxury & Precision (L&P)のポータブルヘッドホンアンプ EA4を試聴してみたので、感想を書いておきます。

L&P EA4

2024年11月発売で約49万円というとんでもなく高価なモデルです。Nutube搭載の純粋なアナログヘッドホンアンプで、DACは内蔵していません。

L&P

今回試聴したL&P EA4は私には高価すぎて縁が無いと思っていたのですが、奇遇にも身近な友人が購入しており、二週間ほど貸してくれることになったので、じっくり聴いてみることができました。

50万円近いヘッドホンアンプ、しかもバッテリー駆動のポータブル機で、DAC非搭載の純粋なアナログ回路のみという仕様を見ると、もはやポータブルオーディオの世界もここまで来たかと驚愕します。さすがに私では手も足も出ない価格帯です。用途としては、自前のDACやDAPのライン出力から接続して使うことになります。

L&P EA4

典型的な使い方

L&Pが中国深センのメーカー(深セン市楽彼精密楽器有限公司)ということからも、現在のポータブルオーディオ市場が中国を中心に盛り上がっていることを実感します。

アクティブな若者富裕層が、昔ながらの大掛かりなスピーカーオーディオに魅力を感じておらず、ポータブルに傾倒しているわけですが、どちらにせよ音楽鑑賞という趣味に熱中しているのは嬉しいかぎりです。

もちろん高価な嗜好品だけでなく、FiioやMoondropなど低価格帯で好評なメーカーもたくさんありますし、アリエクなど見れば、さらに安い無名ブランドが乱立しており活気があります。

100W規模の大電力と発熱を考慮しなければならないスピーカーシステムと比べて、ヘッドホンアンプは出力がそこまで高くなく、むしろ逆に微小な歪みやノイズとの戦いになるので、昔風のオーディオの職人気質よりもデジタルデバイス・エレクトロニクス的な開発手腕が求められており、そのあたりは日本や欧米の老舗メーカーよりも中国の方が一枚上手なのかもしれません。

L&P P6 PRO

そんな中国市場でもL&Pはかなりハイエンドに位置するメーカーで、スペックやデザインは大したことなく見えても、実際に音を聴いて驚き、値段を見てさらに驚くような存在です。65万円のP6 PROというDAPもちょっと使ってみた事がありますが、独自のサウンド設計を全面的に押し出した、そうとうニッチなファンに絞られたメーカーだという印象を受けました。

そんなL&Pも、最近では数万円のUSBドングルDACを出すなど裾野を広げる動きが見られますが、そこへ来て今作EA4はあらためて同社のハイエンドぶりを見せつけてくれます。

内部に二枚のNutubeが見えます

Cayin C9iiと比較

Cayin C9iiと比較

EA4の根幹にはNutube 6P1を二枚搭載しているため、似たようなコンセプトで同時期に登場したCayin C9iiとのライバル的な存在と勝手にイメージしていたのですが、いざ並べて比べてみると、EA4の方がはるかに巨大で、あれだけ大きいと思ったC9iiがむしろコンパクトに見えます。年配の方ならEA4を持った感触はVHSビデオカセットを連想すると思います。

カチッとしたデザイン

側面の彫り込みアクセント

明らかに安くないことが伝わってきます

デザイン面でも、曲線や金メッキのアクセントを駆使した比較的オーソドックスなCayin C9iiに対して、EA4はこれまでのL&P製品にも共通する鋭角な立方体モチーフになっています。

トグルスイッチや小さなトリムポットなど1980年代ソニーのビデオデッキを連想する懐かしさがあり、唯一ボリュームノブだけ高級車のホイールのような金色デザインとエンブレムでラグジュアリーを演出しています。

各パネルの角がしっかりと立っていますし、たとえばサイドパネルが単なる平面ではなく、縁取りのような溝が彫ってあったり、接合面やネジ類が徹底的に隠してあるあたり、かなりの高級感があります。

Fiio Q7と比較

iBasso PB5 Ospreyと比較

同じく最近登場したNutube搭載アンプのiBasso PB5 Ospreyも似たような黒塗り立方体で、ヒートシンク風の溝があるビンテージ機器風デザインだったので、最近の若者にはこういう1980年代オマージュのスタイルが人気なのでしょうか。私にはどれも古臭く感じますが、このトレンドの次は宇宙船みたいな楕円形プラスチック銀塗装のY2Kデザインのリバイバルが来るのかと想像すると恐ろしいです。

Fiio Q7と比べてもEA4の異常な大きさが伝わってきます。Q7を初めて手に取った時は、こんなデカいDACアンプを誰が使うんだと驚いたわけですが、そこからCayin C9iiやEA4を体験すると感覚が麻痺してしまいます。余談ですが、L&P創立10周年記念モデルとして、総金メッキのEA4も存在するようです。

内部のCGイラスト

EA4公式サイトの内部イラストを見ると、シャーシのほとんどがバッテリーに使われているようで、18650サイズのセルが6本で合計20,000mAhだそうです。バッテリーの数が多いのは、単純に再生時間が長くなるだけでなく、高い出力電圧や瞬間的な大電流が引き出せるようになる設計上のメリットもあります。

Nutube窓

裏面のUSB-C充電端子と電源ボタン

ボリュームノブ

上面の窓からNutube 6P1が二枚見えるのもCayinと同じで、裏面にはUSB‐C充電端子とバッテリー残量表示があるのも同様です。電源スイッチも背面にあります。

側面に大きなボリュームノブがあるのはAK PA1000を連想します。ポータブルといっても持ち歩くよりは据え置き用途がメインでしょうから、手探りでサッとボリューム調整ができるのは便利です。ただしAKのような無限に回るエンコーダーではなく、ゼロから最大まで目盛りがあるポット式なのは最近では珍しいです。

フロントパネル

フロントパネルの入出力は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランス端子が用意されており、どちらを使ってもよいので、たとえばバランス入力でシングルエンド出力とか、その逆も可能です。

背面の電源ボタンを押すとボリュームノブの白色LEDが点灯して待機状態になり、ヘッドホンを接続することでNutubeが点灯して起動するという省電力設計になっています。電源ボタンを切り忘れても、ヘッドホンを外した状態で放置すると電源が自動的に切れます。

細かい点ですが、3.5mmと4.4mm入力の両方にケーブルを接続してあると、出力音が変になってしまうので要注意です。

フロントパネル

以前紹介したCayin C9iiはフロントパネルのスイッチが盛り沢山でしたが、EA4も負けていません。どちらもあくまで微小な音質変化のためだけに大量のスイッチ類を設けているのも、最近の中国オーディオのトレンドなのかもしれません。

ハイエンドオーディオというと、いわゆるピュアオーディオと呼ばれるような、余計な回路を排除してボリュームノブのみの潔い設計を期待している人も多いかと思いますが、スピーカーと比べて、ポータブルオーディオの場合は様々なヘッドホンやイヤホンをあれこれ所有して楽しむというのも趣味の一環なので、そのためにはアンプも色々と設定が変えられたほうが面白いです。

Cayinとフロントパネル比較

フロントパネルのスイッチ

EA4のフロントパネルには、中央にクラスA領域の深さを可変できるノブがあり、その下の四つのスイッチは左からILH/ILA、15V/13V、CC/CV、H/Lとなっています。

先ほどから比較しているCayin C9iiとの最大の違いは、C9iiの方は真空管とソリッドステートモードを切り替えることができるのに対して、EA4は真空管をバイパスすることはできません。そのためC9iiの方がサウンドのバリエーションが広いわけですが、逆にEA4の方が真空管アンプに専念した設計だと解釈できます。

ところで、EA4はNutube真空管を搭載しているといっても、C9iiと同じく、あくまで入力段プリアンプ回路の味付けのために使っているだけで、実際にヘッドホンを駆動するためのパワーを与える出力段は真空管ではなく強力なトランジスターアンプです。公式サイトでも、8枚のTO252サイズのトランジスターでディスクリートアンプを構成していると書いてあります。

つまり真空管の風味を加えながらも、高負荷でも歪まない強靭なアンプ設計になっています。ギターアンプに詳しい人なら、プリ管だけのハイブリッドアンプというアイデアには親近感があると思います。

H/Lスイッチはアンプ出力ゲインのHigh/Low切り替えなので、効果がわかりやすいです。さらにILH/ILAスイッチがあり、こちらは入力信号のレベルを切り替えることができます。Input Level High/Attenuatedの略でしょうか。

音量が下がるという点ではゲインスイッチと同じなのですが、入力信号のレベルを一旦下げることで、続くNutubeプリアンプの仕事量を増やして、真空管らしさを増強する意図があるようです。こちらもギターアンプを使い慣れている人ならプリ・マスターボリュームで親しみがあるアイデアだと思います。ボリュームレベルを可変できるラインソースを使っているのなら、そちらのレベルを下げてEA4に送るのと同様の効果があります。さらに入力レベルのヘッドルームが足りない場合にクリッピングを防ぐ効果もありそうですが、今回試してみたところILHでバランス4Vrms入れても問題ありませんでした。

±15V/±13Vスイッチは電源レールを変更するようで、公式の解説では感覚的には13Vは低インピーダンスのイヤホン、15Vは高インピーダンスヘッドホンに向いているそうです。ただし入力レベルのヘッドルームも下がるので注意が必要です。先ほど4Vrmsを入れても大丈夫だったところ、スイッチを13Vにすると3.6Vrmsでクリッピングします。業務用ラインソースでは4Vrms(+14dBu)が多いので気を付けてください。良い感じにホットなサウンドだといって、実は盛大に歪んでいたら恥ずかしいです。

CC/CVはConstant Current/Constant Voltageで定電流/定電圧駆動のことなのですが、これは増幅回路ではなく、真空管のフィラメント電源の設定だそうです。Nutubeのデータシートによるとフィラメントは41Ω・12mWで定電圧加熱を推奨していますが、古典的な真空管アンプに倣って定電流で加熱するメリットもあるようです。

そんなわけで、四つのスイッチとクラスA/ABダイヤルで自由自在な組み合わせが可能なわけで、どこから手を付けていいのか悩んでしまうわけですが、公式情報によると、真空管っぽさがもっとも強くなるのが「ゲインH +ILA + CC」で、もっとも弱いのが「L + ILH + CV」だそうで、それらの間の幅広い選択肢の中から自分の好みのサウンドを模索することになります。

15V/13VスイッチとクラスA/ABダイヤルは音質以外にも最大出力とバッテリー消費の兼ね合いも考慮すべきだそうです。バランス接続にて、±15VでクラスAに全振りだと7.5Wの8時間再生で、逆に±13VでクラスABだと3.35Wで17.9時間ということです。もちろん常時フルパワーで鳴らすわけではありませんから、実際の再生時間は音量やヘッドホンの能率に影響されます。

出力

ひとまず最大出力が出せる「H + ILH + 15V」設定で、無負荷時クリッピングしない上限の4.12Vrmsの1kHzサイン波のバランス入力で、負荷を与えて歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

公式スペックでは32Ωで6.5W、説明書によると最大7.5Wと書いてあったわけですが、私の実測でも22Ωにてピッタリ7.5Wを発揮できています。

赤線がバランス、青線がシングルエンド出力で、どちらも入力はバランス接続を使いました。シングルエンドで入れる場合もゲインは同じ(+7.6dB程度)ですが、入力レベルの上限はバランスの半分になるため、グラフ上の電圧は半分になります。ただし10Ω以下で電流限界に差し掛かるとバランス接続とほぼ同じ出力カーブを描いています。

さすがにスイッチの組み合わせをすべて掲載するのは面倒なので、最大電圧が得られるH+ILH+15Vモードを基準に、そこから各スイッチを切り替えた時の出力をグラフに載せています。ちなみにCV/CCスイッチとクラスA-ABノブは出力グラフには影響しなかったので除外しました。

それにしても、ポータブルアンプでありながらバランス接続で最大54Vppも発揮できているのは驚異的です。ここまでくると据え置きアンプの方がパワフルという常識が崩れてしまいます。

同じテスト信号で、無負荷時にボリュームを1Vppに合わせてから負荷を与えて出力の落ち込みを確認してみました。各モードスイッチは最終的な出力インピーダンスに影響しないので、真空管だからといってインピーダンスマッチングとかを気にしなくても良いのは嬉しいです。

しっかりと横一直線の定電圧を維持できており、出力インピーダンスはバランスとシングルエンドでそれぞれ1.2Ω、0.6Ωくらいなので、大出力でありながら、マルチドライバーIEMなどでも正確に駆動できそうです。

最大出力電圧をいくつか他の製品と比較してみると、EA4の高電圧ぶりが実感できます。コンセント電源のFiio K9よりも高出力ですし、他社を圧倒しています。

また、ライバルのCayin C9iiと比べてみると、一見同じような製品に見えて、EA4はどちらかというと大型ヘッドホン、C9iiはIEMイヤホンを想定しているような、設計思想の違いが伺えます。

現実的に考えて、IEMイヤホンであればUSBドングルDAC程度でも音量は十分ですし、私が普段使っているAK PA10ですらパワフルすぎると思っているので、EA4ほどのハイパワーは本当に必要なのかという疑問もありますが、どんなヘッドホンでも向かうところ敵なし、据え置きアンプに引けを取らないという安心感は得られます。

音質

L&P EA4はDAC非搭載のアナログヘッドホンアンプなので、ソースには自前のHiBy RS6を使いました。RS6は他の高級DAPと比べてライン出力が極めて優秀なので、こういう時に重宝します。

ちゃんとした据え置きDACに接続するのも良いですが、そうなると3pin XLR → 4.4mm変換ラインケーブルの選択肢が少ないのが難点です。

HiBy RS6から

iBasso DC07PRO

結構個性が強いアンプなので、RS6 DAP以外でも、たとえばDC07PROなどのUSBドングルDACから出してもEA4の特徴は十分に掴めると思います。価格帯が不釣り合いな感じはするものの、下手に濃厚なDACを使うよりも、シンプルなドングルDACの方が意外と透明感があったりします。

付属インターコネクトケーブル

ちなみにEA4は高価なだけあって、3.5mm→3.5mmと4.4mm→4.4mmの短いインターコネクトケーブルが付属しています。とくに4.4mmの方は持っていない人も多いので、とりあえず同梱してくれているのは助かります。

音質の前に実用面から、まずノイズの低さに驚きました。ここまで電圧ゲインが高いアンプで、しかもNutubeを通しているとなればノイズフロアが心配になるわけですが、バランス・シングルエンドともにIEMイヤホンでも気になるほどのノイズは聴こえません。

また、真空管アンプといえば、本体に衝撃を加えるとイヤホンから「キーン」とガラスを叩いたような音が聴こえる問題がありがちですが、EA4ではそのあたりもしっかり対策されています。

先日試聴したCayin C9iiと同じく、これくらい高級機になると制振設計もしっかり考慮されているようです。高級機というのは紙面上のスペック数値だけでなく、実際に使ってみた時の満足度も大事なのだと実感させてくれます。

個人的にEA4の唯一の不満点は、ボリュームのゲインが高すぎることです。これはEA4だけでなく、FiioやiBassoなど、最近多くの中国系メーカーが高出力を競い合っていて、それでいてウルトラローゲインモードなどを設けている本末転倒なトレンドがありますが、EA4も例に漏れず、イヤホンはもちろんのことヘッドホンでも、ゲインスイッチ類を最小にしてもボリュームノブをだいぶ低い位置で使うことになります。

ラインソース側のレベルを下げることで対処できますが、信号品質の観点では気持ちがいいものではありません。スピーカーアンプに例えるなら、狭いベッドルームで400Wのアンプをギリギリまで絞って使っている感覚です。

じっくり聴き比べるつもりが・・・

肝心の音質について、私の当初の予定ではライバルCayin C9iiとの詳細な聴き比べをしようと思っていたのですが、EA4の音をほんの数秒聴いただけで「これは全く別物だ」と感じて、細かく考えるまでもありませんでした。

好みがはっきり分かれるので、迷っているなら一度でも聴いてみれば即決できると思いますし、逆にここまで違うと両方欲しくなってしまうかもしれません。

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ワーナーからジュリーニのEMI録音が最新ハイレゾリマスターで続々出ているので、ドヴォルザークを聴いてみました。同時に出たフィガロも傑作です。

まず42枚CDボックスを出してから、ハイレゾダウンロード・ストリーミング版は順次小出しにするという、最近のワーナーがよくやる手法です。カラヤン直後60年代フィルハーモニア最盛期の演奏で、当時のEMIの録音品質も素晴らしいため大変聴き応えがあります。とくに最近のリマスター処理はハイレゾ初期ほど高音を強調しておらず、丸く温厚なサウンドを目指しながら、過度なノイズ除去もしていない良い感じのバランスなので、旧盤を持っている人でも改めて聴いてみる価値があります。


EA4のサウンドは、まさに真空管らしいリッチでツヤツヤの音色です。あえて言うなら、本当に真空管らしいかはともかく、多くの人が「真空管サウンド」に期待している味わいを提供してくれます。

とくに最近はNutubeやJAN6418サブミニチュア管のおかげで各メーカーから安価な真空管搭載アンプが続々登場しているわけですが、実際に音を聴いてみると、本当に真空管の効果があるのか、いまいちピンとこないモデルが多いです。それらに対してEA4は明らかに真空管っぽさが実感でき、満足度が極めて高いです。

ジュリーニとフィルハーモニアの録音は1960年代としては驚異的に高水準なのですが、テープ劣化や当時の編集技術の限界でギクシャクする部分もあったり、一部楽器が遠かったりするのですが、EA4を通して聴くと、そういった細かい不具合は忘れて、純粋に音楽の流れと演奏技術の上手さ、そして楽器の音色の美しさを堪能でき、高揚感があります。

アナログレコード的と言うと語弊があるかもしれませんが、ハイレゾPCMにありがちなアラが目立つシビアな感じは身を潜め、かといってライフスタイル的にマイルドに丸く収めるのでもなく、色濃く鮮烈に迫ってくる迫力があります。

UM Mest MKII

ヘッドホンも抜群に良いです

私が普段から愛用しているイヤホンのゼンハイザーIE900、UE Live、UM Mest MKIIなど、身近にあるイヤホンを手当たり次第試してみたところ、どのイヤホンでもとりわけ相性が悪いものは見つからず、EA4の効果が存分に実感できました。逆に言うと、イヤホン・ヘッドホンの細かい違い以上に、EA4の個性が前面に来ている感じです。

ヘッドホンではFostex TH909やATH-ADX3000など使ってみたところ、据え置きアンプと比べて音量やパワー感が物足りないと感じることもなく、とくにポータブルDAPから移行すると明らかな変化が実感できると思います。

とりわけDan Clark Audio E3のような平面型ヘッドホンとの相性が良いです。E3は実直で真面目な音作りで、退屈になりがちなので、EA4の鮮やかさが効果を発揮してくれます。できるだけEA4と喧嘩しないような素直な特性のヘッドホンを選ぶと良いようです。

平面型ヘッドホンを駆動できるほとパワフルなことからもわかるとおり、実際のところEA4の増幅段はトランジスターなので、真空管信者から見れば正当な真空管アンプとは呼べないかもしれませんが、原理的なことは別として、多くのポータブルオーディオユーザーが想像して探し求めている「真空管サウンド」を見事に実現してくれます。

ここでいう真空管サウンドとは具体的にどういうものなのか、EA4の特徴をもうちょっと細かく要素を切り出してみると、三つのポイントが思い浮かびます。

まず主要なメロディ楽器(ボーカル曲であれば歌手)以外の雑多な情報が隠されるというか、背後に引っ込むため、主役の周囲に余白が生まれて、音楽の肝心の部分だけが強調されるメリハリが生まれます。

つぎに、それら主役のまわりの余白部分に、主役の音色の響き、余韻のようなものが追加され、まるで後光が差しているかのように音像が浮かび上がり、立体感が生まれます。

さらに、音色自体に複雑な高次倍音成分などが付加され、音としての魅力が増します。フルート、ヴァイオリン、ピアノなど、安物の楽器が高級品にアップグレードしたような効果であったり、古い録音ならテープで掠れた音が当時の鮮やかさに復元される感覚です。

これらEA4で体感できる三点の魅力は、真空管アンプならどれでも実現できるわけではありません。多くの場合、真空管モードに切り替えると、上で挙げた一つ目のポイントのみ、つまり「主要な楽器が強調されて背景音が消える」効果は実感できるものの、音色の厚みが付加されないため、なんだか簡素で余白の空いたサウンドになってしまいます。Cayin C9iiのクラシックモードやiFiのTube+なんかがそのような方向性です。

そもそも電子回路なのに、どうやって恣意的に主役の歌手や楽器だけを引き出すことができるのか、AIでも導入しないかぎり不可能だろうと思うかもしれませんが、それが真空管というガラス管の中の非線形な熱電子放出を通すことで生まれる謎であり、何十年も根強い支持者がいる理由です。

熱心な真空管マニアなら、三極管だビーム管だUL接続だと、いろいろ経験則での好き嫌いがあると思いますが、それが自分の音楽の好みに合うかは実際に聴いてみないとわからないのが真空管アンプの面白いところです。

簡単にはシミュレートもしくはクローンできないというのも真空管アンプの魅力です。もし誰かがEA4のコピーを作ったとしても、電源のレギュレーションや基板の引き回しなどわずかな差で印象が変わってしまうので、万人が満足できるギリギリのチューニングを見極めるための試行錯誤がハイエンドオーディオの人件費・試作開発費つまり販売価格に乗ってきます。

嗜好品の価格設定というのはそういうものだと頭では理解していても、実際に肌で体感したことが無いのなら、EA4を聴いてみれば率直に実感できると思います。

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こちらもベタな定番ですが、最近Concordの公式復刻サブレーベルCraft RecordingsからRiversideの名盤が続々リマスターされており、直近ではBill Evans1962年「Moon Beams」が登場しました。アマゾンとかだと新旧混同されがちなので注意が必要です。

OJCやK2 CDも十分良いのですが、今回久々のデジタル化なので、改めて最新リマスターを聴き直してみるのも面白いです。この手のしっとりしたピアノトリオはヘッドホンだと録音ノイズが結構邪魔になるもので、しかしカットしすぎると繊細なブラシワークなどが潰れてしまうため、最近のリマスター技術ではノイズは完全に除去せず耳障りにならないよう処理する傾向にあるようです。


EA4は先程のドヴォルザークを大迫力で浴びるだけでなく、こういった深みのある演奏をしっとり味わうのにも向いており、アナログ録音以外でも、たとえば80年代デジタル初期のシャリシャリ・ギラギラした録音とかも、技術的な古さを意識させず上手く音色だけを引き出してくれます。当時に沿ったNOS R-2R DACとかが好きな人はEA4と合わせれば絶大な効果が引き出せると思います。

フロントパネルのスイッチ類も色々と試してみたところ、そこそこわかりやすい効果が実感できるものと、そうでないものがあります。たとえば真空管ヒーター電源のCV/CCスイッチは私の耳では違いが感じられませんでした。

私の使い方として、まずスタート地点としてILH、15V、クラスA-ABノブは中間に合わせて、音楽を聴いているうちに、雰囲気の硬さと柔らかさのバランスを探りながら調整する感じです。とくにクラスA‐ABノブを触る機会が多かったので、もうちょっと回しやすいデザインにしてもらいたかったです。

長期間使っていくうちに、シチュエーションごとに好みのモードが無意識に定まってきて、必要に応じて直感的にスイッチを操作できるようになれば理想的です。

ともかく、スイッチ操作での音質変化は極めて繊細で、EA4本来のサウンド傾向を覆すほどの効果が無いので、そういった意味ではEA4に汎用性を期待すべきではなく、サウンドに心酔した人のみが買うべきです。

汎用性という点ではC9iiはソリッドステートと真空管を切り替えることができ、真空管もモダンとクラシックモードが選べるので、サウンドの変化の幅が格段に広いですが、EA4に匹敵するほどわかりやすい「真空管らしい」サウンドは引き出せません。

C9iiの方がオーソドックスなヘッドホンアンプの流れをくむサウンドで、SPLやFerrumなど据え置きヘッドホンアンプの代用として使える印象があります。ソリッドステートモードの完成度が非常に高いため、真空管モードは特殊効果という感じがします。私は結局ソリッドステートモードばかり使っていたので、できれば真空管モードを排除した低価格モデルも出してもらいたいと思えたくらいです。

私だったら汎用性の高くてオーソドックスなC9iiの方も欲しくなりますが、たぶんEA4の価格帯を検討しているユーザーは他にもDAPやアンプ製品を持っていると思うので、汎用性よりも一点特化で凄いサウンドを求めている人も多いと思います。

SP3000から

今回EA4を私に貸してくれた友人もまさにそのような感覚で、普段はAK SP3000 DAPを常用しており、プラスアルファの特別感を求めてEA4を導入したようです。つまり繊細な高解像サウンドならSP3000をそのまま使えばいいだけで、ここぞというところでEA4を追加するわけです。

SP3000から別のDAPに乗り換えるという手もありますが、それで失うものも多いですので、それならSP3000は使い続けて、気分に応じてブースターアンプを追加するというのは意外と合理的な判断なのかもしれません(もちろん予算次第ですが・・・)。

そんなわけで、EA4が与えてくれる音質向上効果はものすごいのですが、裏を返せば最大の弱点でもあります。

つまり、ストレートな原音忠実を求めている人はEA4は避けるべきですし、どんなソースでもEA4を通すことでEA4らしいサウンドに仕上がってしまいます。冒頭で述べたとおり、イヤホンの微細な違いを上回るくらい主張の強いアンプです。

また、EA4が歌手や主役楽器を強調する効果は、逆に言うと背景の臨場感を構成する細かな環境音を塗りつぶしてしまうことになるので、音源そのものの立体音響を再現するのには向いていません。音場空間が奥行き方向に展開するというよりは、顔面間近に平面的に描かれる傾向です。オーケストラのホール音響をリアルに再現するといった聴き方は不得意です。

オーディオマニアにも二通りあり、様々な録音芸術の表現手法を聴き比べて楽しみたい人と、自分の愛聴盤を繰り返し聴くためのベストな環境を求めている人に分かれます。私はどちらかというと前者なので、EA4を通して聴いていると「これは音源を聴いているのか、それともEA4を聴いているのか」という迷いが生じてしまいます。一方、これまで何百回と繰り返し聴いてきたお気に入りの曲を、いざEA4を通してみれば、新たな魅力を引き出せて、極上の体験が得られると思います。

私の経験では、JVC SU-AX01などもこれに近いです。非常に美しいサウンドのDACアンプなのですが、「SU-AX01を聴いている」という感覚が強すぎるため、たまに出して堪能するという伝家の宝刀みたいな使い方になります。

とくにポータブルオーディオを長くやっている人は、このような「たまに聴いてみたくなる特別なサウンド」のモデルがいくつかあり、(私の場合はSU-AX01以外だとSoundroid Vantamとかmicro iDSD Signatureでしょうか)、今作EA4もまさにその中に該当する名機だと思います。

それでは、50万円のEA4まで登り詰めなくても、もっと低価格でライバルはあるかと考えてみると、意外と難しいです。

メーカーによって設計思想やターゲット層が違っており、たとえばFiioは最近のR9やK17などを使ってみても設計やデザインは充実しているものの、多機能な器用貧乏のイメージが強くなっており、サウンドは無難で地味な方向に落とし込んでいて、EA4に匹敵する濃い製品は最近出していません。逆にiBassoの近況は、DC-EliteやPB6 Ospreyなど、サウンドの独創性を重視して、強烈に濃い製品を出していますが、シャーシやインターフェースの作り込みが荒削りで、それを許容できる熱心なガジェットマニア以外にはなかなか勧めにくいところがあります。

そうやって実際に色々と試してみると、確かにそれぞれのメリットはあるものの、EA4のライバルとなるようなモデルは案外思い当たりません。

おわりに

最近は真空管ポータブルヘッドホンアンプが流行っているので、わざわざ50万円のL&P EA4を選ばなくても、もっと安価なモデルの選択肢は豊富です。

私も新作が出るたびに試聴していますが、ノイズが大きかったり、本体を叩くとキーンと音が鳴ったりといった基礎的な問題から、音質が地味で退屈だったりなど、今のところEA4ほど強烈な印象を与えてくれた製品はありません。

そもそも真空管らしさが感じられなければ、わざわざ真空管アンプを選ぶ意味がないので、その点EA4は太鼓判の製品だと思います。

L&Pのようなハイエンドブランドというのは、スペックだけ見ても「なんでこんな高価なのか」と理解しがたくとも、実際に使ってみると欲しくなってしまう説得力が求められます。

それが必ずしも全員に響かなくても、一握りの熱烈なファンを獲得できれば十分成立する業界です。逆にもっと値段を安くしたところで製造が追いつかないため、「欲しい人だけが買う」という絶妙なバランスで回っています。

ひとまず冷やかしのつもりで試聴してみて、そのサウンドが頭から離れなくなってしまい、それから二回三回と店頭に足を運び、試聴を繰り返し、そのつど「やっぱり良いな」と確信が強くなり、最終的に我慢しきれずに購入してしまう、というのがよくあるパターンです。そうなると価格の妥当性はどこかに飛んでいってしまいます。ハイエンドオーディオを趣味としている人は、そういう体験を求めているからこそ、なかなか脱却できない沼なのでしょう。

ところで、近頃これだけ高級アナログポタアンが復権しているのだから、それらに接続するためのちゃんとしたポータブルラインレベルDACが欲しいです。今回EA4を試聴するにあたり、一体どのようなラインソースから駆動すべきか悩みました。

ちなみにL&P公式としては、E7 DAP + AD1955モジュールをEA4のラインソースとして活用するのを推奨しているようです。AD1955なんて20年前のCD・DVDプレーヤーとかで使われていたのでずいぶん懐かしいD/Aチップですが、EA4のレトロなスタイリングとマッチしています。

最後に余談になりますが、L&Pに限らず中小ハイエンドブランドを検討するなら、販売とサポートに関して事前に調査しておくことが肝心です。

アリエクとかを見ると、EA4に匹敵するような超高級ブランドも無数乱立していますし、ケーブル類なども尋常でない価格のものがたくさんあります。それくらい出せば売れる市場なのでしょう。安価なガジェットをネタで買う程度なら良いですが、高価な製品だとリスクもあります。

EA4においても、中国国内向けの最初期ロットは返送すれば内部配線をマイナーチェンジ改修してくれるという発表が現地ではあったようです。(日本で流通しているのはそれ以降のロットだと思います)。

別の話で、私の友人のEA4も初期不良でバランス接続の片側チャンネルだけ徐々にチリチリノイズが目立ってきて、一度ショップで修理に出すことになりました。そのあたりは昔からハイエンドオーディオをやっている人なら慣れたものですが、量産ITガジェット系からオーディオに入った人は意外と盲点かもしれません。

壊れやすいという意味ではなく、中古や謎の格安品は初期ロットや細かい不具合を持った個体が市場を転々としている事がよくあります。オーディオに限らず、価格には信頼を買うという側面もあるので、とくにこれくらい高額商品になると、無闇に最安値を追うのではなく、どこで買うかの判断も大事です。


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