2023年3月28日火曜日

Astell&Kern PA10 ヘッドホンアンプのレビュー

 Astell&KernのヘッドホンアンプPA10を買ったので、感想とかを書いておきます。

Astell&Kern PA10

2023年発売で価格は約9万円、DAC非搭載の純粋なアナログヘッドホンアンプです。近頃こういう製品は極めて珍しく、以前から欲しかったジャンルだったので、思い切って購入しました。

AK PA10

このPA10という製品はAstell&Kernの中でもずいぶん異色の存在です。DACを搭載していない、単体のアナログヘッドホンアンプというだけでも初めての試みですが、さらに「A&futura」「A&norma」といったこれまでのシリーズに収まらず、立ち位置や存在意義がいまいちわからない一匹狼のような製品です。

私はこういう使い方をしています

ハイパワーで無骨なKANNシリーズとか、家庭用のACROシリーズの仲間に入りそうですが、本体にもパッケージにもそのような記載はありません。

だからどうした、と言われるかもしれませんが、我々ユーザーとしては、AKがどれくらいの価格帯の製品と合わせるのを想定したモデルなのかという点は気になります。

タッチスクリーンOSやD/A変換を搭載せずにアナログアンプだけで9万円というのは、AKのラインナップで見ても高いのか安いのかわかりません。たとえば60万円超の最高峰DAP SP3000と接続しても音質やパワーの面でメリットはあるのでしょうか。そのあたりを確認してみたいです。

実際のPA10のアンプ回路設計に関しては、あいかわらずAKらしく具体的な事は一切説明しておらず、いつもの事ながら、「TERATON ALPHAサウンドソリューション」や「クラスAアンプモジュール」といった漠然としたキーワードで紹介されています。

私としては価格相応に音が良ければそれで構わないのですが、もうちょっと踏み込んだ説明をしてくれないと購入に踏み切れない心配もあるかもしれません。FiioやiBassoみたいに、どれだけ高価なパーツやチップを詰め込んでいるか入念に解説するメーカーとは対象ユーザー層が違うのでしょう。

アナログアンプの用途

最近はほとんど見なくなりましたが、今から15年くらい前、ヘッドホンブーム最初期の頃は、このようなアナログヘッドホンアンプというのは大小様々なメーカーから出ていました。

高音質ヘッドホンやマルチBA型IEMイヤホンが話題になり、スマホにもイヤホン端子があったものの、出力が弱いため満足に駆動できず、当然まだスマホのUSB DAC対応環境も整っていませんから、必然的にブースターアンプの需要が生まれたわけです。

それらの多くは乾電池駆動でバックグラウンドノイズも目立つなど、今回のPA10ほど高性能で洗練されたものはありませんでしたし、ヘッドホンのバランス駆動ですら珍しい時代でしたが、そんなアンダーグラウンドな感じが面白かったです。

JDS Labs CMoy BB

Chu Moy(CMoy)など、ネット掲示板で公開された回路をもとに、ブレッドボードからプリント基板キットまで数千円から作れるアナログヘッドホンアンプが人気になりました。当時は大手メーカーも無かったので、こういう自作は単なる手前味噌ではなく、実際に満足のいくサウンドを得るための唯一の手段だったわけです。

そこからオペアンプ交換などの音質議論が生まれ、自己流の進化を遂げてメーカーに転換するなど、ポータブルオーディオという趣味の黎明期を牽引した大きな存在だと思います。

結局そのあとすぐにポータブルDAPやUSB DACアンプの時代になり、アナログアンプの市場はどんどん縮小していったわけで、私も初期のFiio DAPやiFi Audio micro iDSDなどデジタル機器が登場した時は喜んで飛びついたのを思い出します。

アナログポタアンというと・・・

いくつか現在でも販売しているアナログアンプを見ても、たとえば上の写真のKORG HA-K1のブリキ缶なんかはまさにCMoyアンプのオマージュですし、他の製品も未だに乾電池駆動だったり、ポータブルHDD用のアルミ押出形材ケースだったり、初心者がなかなか手を出しにくいジャンルです。

MASS-Kobo model 424

私自身、最近アナログアンプが欲しくて尋ねてまわったら、最有力候補として何度も名前が上がったのが日本のマス工房のmodel 424 & 428でした。(近々model 475に交代するようです)。

ミスミのカタログにありそうなアルミシャーシに、単三乾電池四本、マイクロUSB給電と、いかにもなデザインに、電池込み440gという重量、価格は22万円というあたりで、さすがに購入を躊躇しているものの、いざ音を聴いてみると、たしかにみんなが薦めるのが納得がいく素晴らしい鳴り方でした。

Cayin C9

他の候補となると、Cayin C9にも興味があります。こちらも20万円超で550gという巨大シャーシに、プリ回路にNutubeを搭載し、バランス接続では4.4Wも発揮できるというモンスターです。

このように、ポータブルアナログアンプというのは高価な趣味性の強いモデルが残存しているわけですが、その理由は単純に、低価格帯のDACアンプやDAPが十分すぎるほど高性能になってきたので、そもそも需要が無いのしょう。

ところが、2023年現在、ポータブルアナログアンプの需要が再燃する事情が新たに生まれてきたようです。まだ未知数ですが、今後さらに多くのメーカーから出てきても不思議ではなく、今回のAK PA10はその第一号になるかもしれません。

ポータブルアナログアンプの需要

AK PA10のようなアナログアンプを使うメリットとして、パワーアップと音質向上の両方の側面がありますが、その反面、サウンドにノイズや独特の味付けを加えてしまう両刃の剣ともなります。

そんなポータブルアナログアンプの存在意義は、二つ思い浮かびます。

まず一つ目は、近年ポータブルDAPがどんどん肥大化している問題があります。ストリーミングなどでAndroidアプリを使うため、画面が大きい方が便利という側面もありますが、それで余ったスペースにパワフルなアンプを詰め込むのが常套手段になっています。

Fiio M17に見るDAPの巨大化

極端な例では6インチ画面に610gのFiio M17なんてのもありますが、AKやiBassoなども同様に、最高音質のDAPが欲しくても、サイズが大きすぎて実用が困難というジレンマが生じています。私自身Hiby RS6 DAPを使っており、上位モデルのRS8は音質以前にサイズが大きすぎてバッグのポケットに入らないため敬遠しています。

このあたりで一旦DAPが現実的なサイズに戻って、ブースターアンプが必要な時だけ外部アンプ接続するという考え方に戻るのも良いかもしれません。

AK HC2ドングルDACから

二つ目は、近頃USBドングルDACの音質性能がどんどん良くなっているため、DAPではなくそちらに移行している人が増えています。

ただしドングルDACはスマホのUSBバスパワー依存なので、出力はかなり非力です。それでも外出先でイヤホンを鳴らす程度なら十分なので、自宅でヘッドホンを鳴らす時にだけブースターアンプを接続するという使い方はかなり理想的だと思います。

Astell&KernからもHC2・HC3というドングルDACが出ており、今回AK PA10と並べてみるとデザインが似ているので、まるでセットで使うことを想定しているかのようです。(アンプにアンプをつなげる「ダブルアンプ」状態はダメじゃないかと心配する人もいると思いますが、それについては後述します)。

それならiFi Micro iDSDやChord Mojo 2のようなバッテリー内蔵のポータブルDACアンプを買えばいいじゃないか、という人もいると思います。

しかし、すでにDAPやドングルDACを持っているなら、優れたD/Aコンバーターが内蔵されているのに使わないのはもったいないですし、外出時はできるだけコンパクトに抑えて、自宅に戻ったらPA10を接続するほうが便利でコスパも高いとも言えます。

これまでポータブルオーディオ製品を散々見てきた私の経験としては、DAPやDACなどデジタル製品はどんどん新型に淘汰される運命なのに対して、アナログアンプはそうそう陳腐化せず、末永く使えるというメリットがあります。私だけかもしれませんが、アナログアンプというのは、デジタル機器のガジェット感とは一味違う、普遍的、芸術的な魅力に溢れている気がします。

AK PA10

実はこのPA10というヘッドホンアンプは、昨年12月のイベントでちょっと試聴する機会がありました。325gのコンパクトなシャーシは使いやすそうでしたし、ほんの数分聴いただけでしたが、サウンドも機能もかなり良さげに感じたので、それ以来、買うべきか悩んでいました。

Hiby RS6のライン出力から

私が今メインで使っているHiby RS6 DAPは、内蔵アンプ回路をバイパスした3.5mmと4.4mmライン出力が用意されており、据え置きDACに劣らない素晴らしいサウンドなので、AK PA10でそれらを活かしてみたいです。

さらにAK SP1000のサウンドが大好きなのですが、最近のDAPと比べて非力で使う機会が限られているため、イヤホン以外でもどうにか活用できないかと、ちょうどPA10みたいなアンプを探していたところでした。

いざ発売となって、製品版を聴いてみたところ、やはり期待を裏切らない仕上がりだったので、躊躇せずに購入したわけです。

パッケージ

今回はせっかく自腹で購入したので、パッケージの写真も撮りました。ちなみに日本では2023年3月末発売ですが、海外ではちょっと前から流通していたので、私のは海外版で、すでに一ヶ月くらい使っているものです。

中身

アクセサリー

本体と説明書類

パッケージは相変わらずAKらしく綺麗な仕上がりですが、黒い厚紙を中心に、比較的簡素な印象です。AKの製品で10万円以下はエントリーレベルということでしょうか。

ゴムシート

裏面は光のコントラストが綺麗です

本体はアルミ削り出しで、繊細なグレーの表面処理が、曲線や鋭角なエッジのファセットで光のグラデーションを生み出しているあたり、さすがAstell&Kernらしい丁寧なデザインです。

実際に使ってみると、どちらが表か裏なのか未だに悩みます。片方は格子模様のシリコンゴムで覆われた平面で、もう片方にはカーブがある立体的な金属面です。

DAPなどと重ねる際にはゴム面と合わせた方が滑り止めになるのですが、それでテーブルに置くと、反対側の鋭角な部分の塗装が剥げそうで心配になります。

こういう風に落ち着きました

結局、私はレザーケースに入れたDAPと繋げてテーブルに置いたまま使う事が多いので、ゴム面を下にして、DAPをカーブを避けるように乗せて使っています。そうすればボリュームノブが露出するので操作しやすいです。

シングルエンドとバランスは信号を共有しません

前面には3.5mmと4.4mmでそれぞれ入出力があります。INとOUTの表示がとても小さいので、接続するたびに混乱するため、後日テープを貼って大きな矢印を書いておきました。

入出力に関しては注意が必要です。公式サイトやネットニュースなどでも説明しているとおり、バランス入力はバランス出力のみ、シングルエンドはシングルエンドのみ、つまり、3.5mm入力で4.4mmイヤホンを接続しても、その逆でも、音が鳴らない設計です。

それについては事前に知っていて覚悟はできていたのですが、いざ購入してみたら、4.4mmのバランスラインケーブルが付属していないのは意外なトラップでした。

3.5mm→3.5mmケーブルのみ付属

3.5mm→3.5mmの短いラインケーブルは付属しているのですが、私を含めて多くの人は4.4mm→4.4mmのバランスケーブルを持っていないだろうと思うので、せっかくPA10を買ったのに音が鳴らせないという悲劇が起こりそうです。AKの公式アクセサリーでも販売していないようなので、一体どうすれば良いのでしょうか。

iFiのはどうにか端子を細くしてほしいです

レザーケースを外せば使えます

Hiby RS6だとPW Audioのは短すぎて厳しいです

身近にiFiのケーブルはあったのですが、取手が太すぎて私のHiby RS6だとレザーケースを外さないと接続できないので使いたくありません。(SP3000でもケースがぶつかります)。

せっかくの機会なので、良さげな短い4.4mmラインケーブルでも買おうかと物色してみたところ、PW Audioのケーブルを友人が持っていたのでちょっと借りてみたところ、音質面ではiFiのよりも気に入ったのですが、ちょっと短すぎてHiby RS6だと厳しかったです。

しかも、このPW Audioのケーブルは2万円、Brise Audioので5万円など、さすがにPA10の値段を考えるとちょっと手が出せません。日本ディックスのPentaconn純正のやつでも17,000円もするそうです。

アマゾンとかで謎メーカーの安いやつもありますが、4.4mmは意外と長さ方向の精度が厳しく、私も何度かバラ売りのコネクターとかを買って接触不良に悩まされたので、できれば避けたいです。(特定の位置に回さないと音が鳴らないとか)。

急遽作った4.4→4.4mmケーブル

結局その場しのぎで、Hibyの2,000円くらいの安いアダプターから4.4mmプラグだけバラして適当なケーブルを作りました。これでようやくバランスのイヤホンが鳴らせます。そのうちメーカー製のちゃんとしたやつを買いたいです。

2.5mmのみのAK DAPからだとややこしいです

ところで、今更ながら、PA10はAstell&Kernの製品なのに2.5mmバランス端子が全く見当たらない事に驚きました。今作が初めてでしょうか。

別途2.5→4.4mmケーブルを買うか作らないと、上の写真のように余計なアダプターを咬ませる事になってしまいます。

AKは2.5mmファミリーの親玉として、もっと2.5mmオンリーで粘るのかと思ったら、最近のDAPでは4.4mmと両対応にするなど意外と柔軟な姿勢を見せてくれたわけですが、ここへ来て2.5mmを完全に捨てたのは勇気のいる判断だと思います。

これまで2.5mmイヤホンケーブルばかり集めていた人には辛い知らせかもしれませんが、実際のところ、2.5mmケーブルを4.4mmに変換するアダプターは色々手に入るので、そこまで問題にはならなそうです。逆に4.4mmのケーブルを2.5mmに変換する方が面倒です。

全部接続

ちなみにPA10に3.5mmと4.4mmを同時に接続したらどうなるか確認してみたところ、3.5mmの方の音が優先されて、4.4mmがミュートされる仕組みになっているようです。3.5mmの入出力どちらかのプラグを外すことで内部のスイッチが切り替わり、4.4mmから音楽が聴こえるようになります。

こういうのは下手なメーカーだと挙動がおかしくなったりするので、そのあたりもしっかりと考えられているのはさすがAKらしいです。ただし全部挿し状態は推奨されているわけではないので、あくまで自己責任になります。

短いUSB-Cケーブルがちょうど欲しかったところでした

付属品では、短いUSB-C→USB-Cケーブルが付いてくるのがちょっと嬉しいです。充電用なのですが、データも通すため、スマホからドングルDACに接続するのに便利です。

もちろんオーディオグレードの高級線材を仕様しているわけではないと思いますが、AKのロゴが入ったカッコいいデザインです。(USBケーブルよりも4.4mmラインケーブルが付属していたほうがもっと嬉しかったのですが)。

使いやすいボリュームノブ

ボリュームノブはアナログポットだそうで、最小まで絞るとカチッと電源がOFFになるタイプです。本体側面の切り欠きから操作できるようになっており、スムーズでレスポンスも良好です。

ノブ全体がしっかりフレームに保護されているため、偶然触れて回ってしまうリスクも減りますし、この手のポタアンというと、突き出したボリュームノブをぶつけて曲げてしまうトラブルをよく見るので、その点にも配慮されているのが嬉しいです。

スイッチ類

側面には三つのスライドスイッチがあり、上からCURRENTがH/M/Lの三段階、GAINがH/Lの二段階、CROSSFEEDのON/OFFという並びです。これらについては後述します。

写真に撮り忘れたのですが、底面には充電用のUSB C端子があります。公式スペックによると9V1.67Aと5V2Aの急速充電に対応しており、それぞれ約3~4時間の充電で最大12時間程度駆動できるそうです。単なるアナログアンプなので、高負荷でガンガン鳴らせばバッテリーの消費も激しいでしょう。バランス出力でGAINとCURRENTが両方HIGHだと7.5時間だそうです。 

出力

今回はアナログアンプなので、最大出力は入力電圧に対する掛け算になります。つまりライン入力信号の電圧が低ければ、PA10のヘッドホンアンプ出力も低くなるわけです。

入力端子の最大許容電圧は、公式スペックによるとシングルエンド2V、バランス4Vと書いてあり、実際に確認してみたところ、シングルエンドで約7.7Vpp(2.7Vrms)、バランスで15Vpp(5.3Vrms)で限界を迎えました。これを超えると、PA10のボリューム位置にかかわらず、入力された信号の上下が削られて歪んでしまいます。

出力電圧

そんな歪む手前の1kHzサイン波信号を入力して、負荷を与えながらボリュームを上げていって出力信号が歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧を測ってみました。

青色がバランス、緑色がシングルエンド、それぞれ破線がローゲインモード、そして赤線が今回使ったライン入力信号です。CURRENTスイッチによる違いは見られませんでした。

グラフで見るとわかるとおり、ローゲインモードにすると、ボリューム全開でほぼ入力電圧と同じになる、いわゆる+0dBゲインのバッファー的な使い方になるようです。

ハイゲインモードにすると入力信号に対しておよそ+3dBの電圧ゲインが見込めるので、そこそこのブースターとして活用できそうです。

それにしても、PA10は低いインピーダンス負荷までしっかりと高電圧を維持しており、とても優秀なアンプです。公式スペックにはパワーに関しての記載は見当たりませんが、グラフで見ると、シングルエンドで930mW、バランスで1800mW程度と、相当パワフルで粘り強いアンプです。もちろんどの程度の歪み率まで許容するかで測定値は変わってくるので、あくまで簡単な目安としてください。

他にいくつかのDAPやポタアンのグラフと重ねてみました。この方が特性がわかりやすいかもしれません。こちらのグラフでは、実線がバランスで破線がシングルエンドです。

こうやって見るとPA10がかなりパワフルなのがわかります。低インピーダンス側の粘り強さはiFi Audio xDSD Gryphonと僅差で優位ですし、SP3000に接続しても低インピーダンス負荷において大幅なパワーアップが望めそうです。

AKで高出力というとKANN MAXがありますが、グラフでは見切れている600Ωとかの高インピーダンス負荷なら45V程度まで伸びるものの、一般的な200Ω以下のヘッドホンではかなり非力なのがわかるので、想定する用途が根本的に違う事がわかります。

例外的にFiio M17だけは規格外に高出力すぎてグラフに収まりきれず載せませんでしたので、以前の記事を参照してください。ただし、そこまで来ると実際に必要かという疑問があります。

先程と同じテスト信号で、無負荷時にボリュームノブで1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。

実線のバランスと破線のシングルエンドともにしっかり定電圧を維持しており、参考までにSP3000を緑色で重ねてみましたが、ほぼぴったり同じです。グラフで出力インピーダンスを計算してみると、シングルエンドで0.7Ω、バランスで1.3Ωくらいになりました。

つまりPA10は単独のアナログアンプだからといって、なにか奇抜な回路構想であったり、あえて性能を落とす事で音に脚色を加えているわけではなく、理想を追求した優秀な設計だと思います。

注意点

今回PA10に関して一つだけトラブルに遭遇しました。別のPA10を使っていた知り合いが、「AK SP2000Tと接続すると音割れする」というのです。

そこで、実際にその組み合わせで確認してみたところ、確かに一部の曲で音割れします。その原因は、SP2000Tのライン出力モードの表示が2Vとなっているところ、実際は3Vで出力されていたせいでした。(以降ファームウェアで修正されているかもしれません)。設定画面で1.5Vを選ぶことで2Vが出力されたので、なぜか表示と実際が一段ずれているようです。

PA10が許容できる最大入力電圧は約2.7Vrmsなので、3Vの信号だと入力の時点で波形の上下両端が削れてしまいます。他にもChord製品など3Vライン出力モードが用意されているラインソースも多いので、それらを接続する際には注意が必要です。

ちなみに2Vとか3Vというのは、デジタルデータで表せる最大の振幅を2Vか3Vにするかという意味なので、楽曲によってはそこまで使わず十分なマージン(ヘッドルーム)を確保しているため、3V出力モードを選んでもPA10は音割れしないという事もありえます。

ポップス(上)とクラシック(下)

一般的に、ポップスの楽曲などはデジタルの最大ギリギリまで詰めて仕上げているため、3V出力でPA10に入力したら音割れが頻繁に起こりますが、クラシックなどはアルバム全体のダイナミクスの抑揚に合わせてレベルを決めているため、滅多に音割れしないということになります。

肝心なのは、ライン出力電圧が選べる機器なら、PA10と接続する際には2Vくらいを選んでおけば安心です。選べない場合は仕様書で事前に確認しておくべきですが、大抵のコンシューマー機器は1~2V程度のライン出力で設計されています。

ボリュームノブ

PA10はアナログボリュームということで、個人的にmicro iDSDなどを使ってきた経験上、小音量時の左右ステレオ音量誤差(ギャングエラー)が気になります。

PA10公式サイトのブロック図

ところで、公式サイトの回路ブロック図によると、PA10はアンプ増幅後にボリューム調整を行っているようで、これはかなり異色の設計です。ポットではなくアンプのゲインを直接操作しているのでしょうか。上の測定グラフで見たように出力インピーダンスには影響が無いようなので、どういった仕組みなのか、いまいちよくわかりません。

実際に使ってみると左右誤差はほとんど感じられず、しかもかなり絞った状態からスムーズかつ正確にボリュームが調整できます。ポットにありがちなバリノイズもありません。

せっかくなので簡単に左右の音量誤差を測ってみました。校正済みの1kHz・2Vrmsライン入力信号で、PA10の左右出力電圧の差をボリューム位置ごとにRME Firefaceで測ってみたものです。

あまり正確ではないので、あくまで目安程度にしてもらいたいのですが、肝心なのは、無音からボリュームノブを10%上げたくらい(-40dB)でも左右差は0.5dB程度で、ボリュームが100%に近づくに連れて誤差ゼロに近づきますが、それでもかなり狭い範囲に収まっています。シングルエンドとバランスで傾向がほぼ一緒なのも面白いです。

以前の記事で、据え置きアンプViolectric V281で同じように確認した時は、小音量時の左右誤差が1.5dB程度ありましたし、micro iDSDでは誤差が5dB以上もあり、ボリュームノブが20%を超えないと音量差が目立ちました。それらと比べるとPA10はかなり優秀なようで、実際の感触と合っています。

ちなみにアナログボリュームでもう一つ気になるのは左右のクロストークですので、こちらも簡単に調べてみました。

左チャンネルに1kHz・2Vrms信号を再生しながら、ボリューム位置ごとにPA10の左と右出力電圧の差を確認したものです。理想的には右側は常に無音であるべきです。無負荷時のレベルをFirefaceで適当に確認しただけなので、実際の数字はあてになりませんが、傾向の目安になると思います。

破線はラインソースに使ったHiby RS6 DAPの2Vrmsライン出力の(PA10を通す前の)潜在的なクロストークなので、この組み合わせではPA10がこれを超える事はできません。

グラフで見ると、特に小音量時にはバランス出力の方が有利であることが確認できます。もちろん上流機器によってはバランス出力のクロストークがここまで低い保証はありませんが、バランス接続というのは単純に大音量が出せるというメリットだけではない事がわかります。

さらに注意点として、4.4mmや2.5mmバランス端子というのはケーブルをハンダ付けする接点間が非常に狭く(つまり絶縁体が薄いため)、究極的にはこれがクロストークの原因になってしまいます。今回も左から右と右から左などクロストーク差を色々調べてみたところ、結局はケーブルやコネクター依存の誤差が数dBあって、あまり真面目に調べる気になりませんでした。

つまり、4.4mmや2.5mmはイヤホンケーブルに使う分には便利で良いと思いますが、現状で一般的に手に入るコネクターの設計では、高スペックなラインケーブル用として使うのには疑問に感じます。その点やはりXLRはケーブル接点間が広く離れているので太いケーブルやシールドの接続も容易ですし、ラインケーブル用途に理想的なコネクターだと思います。

アンプのメリットとデメリット

ちょっとした余談になりますが、古いオーディオマニアほど、アンプにアンプを繋げる「ダブルアンプ」は禁じ手と教えられてきたと思うので、PA10のようなブースターアンプを疑問視するかもしれません。

スピーカーアンプではそれが正いです。DACやCDプレーヤーなどライン出力の歪み率は0.001%(-100dB)程度と非常にクリーンなのですが、振幅2V・100mW程度の弱い信号なのでスピーカーを駆動するパワーが足りません。そのため振幅20V・100Wくらいにスピーカーアンプで増幅するわけですが、一般的な家庭用スピーカーアンプの歪み率は0.01%(-80dB)ほどなので、信号が劣化するため、アンプにアンプを繋げるのは劣化に劣化を重ねるのでダメだという事です。また、アンプの出力は8Ωのスピーカーへの接続に最適化されているので、ライン入力(10kΩとか)に入れると発振したりなど本来の性能が発揮できないものもあります。

ところがヘッドホンアンプの場合はそうとも限りません。大抵のヘッドホン・イヤホンなら2V・100mW程度でも十分な音量が確保できるので、実はラインレベル出力にボリュームノブを付けただけでもそこそこ音が鳴ります。

多くの場合、実際その通りで、冒頭のCMoyアンプなどもラインレベル用に使われるオペアンプを電池で駆動するだけでヘッドホンを鳴らすのに十分なパワーが得られるわけです。据え置きDACやCDプレーヤーのフロントパネルにヘッドホン端子があるのも、その手軽さが理由です。

その後、汎用オペアンプをヘッドホン駆動に最適化したICチップが登場、TPA6120Aなどの有名なチップは多くのポタアンやDAPに採用されました。続いて、そんなICチップを周辺回路と一緒にパッケージ化したTHXなどのモジュールが登場するなど、ようするに高性能ヘッドホンアンプというのは、スピーカーアンプの弟分というよりは、ラインレベル回路を強化するような方向で発展した経路を辿っています。

それと並行して、旭化成やESSなどD/A変換チップメーカーもヘッドホンアンプICに参入、ドングルDACの原点Audioquest Dragonflyシリーズに搭載されたES9601チップアンプなんかが有名ですが、最近ではES9281Aなど、DACチップの中にヘッドホンアンプ回路を詰め込んだオールインワンチップが各チップメーカーから続々登場し、USBドングルDACがますます作りやすくなり、爆発的に普及しはじめました。

冒頭の「ダブルアンプ状態はダメなのでは」という懸念に関しては、DAPやドングルDACの場合、スピーカーアンプと違って信号品質はラインレベル信号と同程度に保たれているため、意外と問題ありません。たとえばTPA6120AやES9281Aなどのデータシートを見ると、増幅後でもCDプレーヤー並の-110dB以下のTHD+Nを保証しています。

唯一の心配としては、上流機器でボリューム調整ができてしまうと、ドングルDACのボリュームが低いせいでPA10のボリュームを大幅に上げることになりノイズが目立つとか、逆にDAPの出力が2Vrms以上でPA10の許容電圧を超えてクリッピングしてしまうといったトラブルはありますが、それはユーザーの知識不足が原因です。

私が使っているHiby RS6のように、内蔵ボリュームやヘッドホンアンプ回路をバイパスした2V固定ライン出力の端子があるDAPもありますが、AK DAPの場合、内蔵ヘッドホンアンプ自体が非常に低歪みだという自信があるためか、ヘッドホン出力をそのままソフト上でボリュームを2Vに固定した状態をライン出力モードと呼んでいます。

また、ほとんどのドングルDACは、スマホ上のボリュームを最大にした状態で2V出力になるモデルが多いです。(メーカーごとにスペックを確認してください)。

たとえばAK HC3 (3.5mm)は公式スペックによると最大2V、AK HC2 (4.4mm)は4Vと書いてあるので、それぞれスマホのボリューム最大にしてPA10に接続しても問題ありませんし、そのように使うのが理想的です。

据え置きヘッドホンアンプ

さらに余談になりますが、それでは巨大な据え置きヘッドホンアンプの存在意義はあるのか
というのは、長年の議論が絶えない話題です。

私自身、自宅ではViolectric V281やSPL Phonitor Xのような、コンセント電源の巨大なヘッドホンアンプを使っており、それらはまさにスピーカーアンプの弟分のような過剰設計で、スペックによるとV281は5.6W、Phonitor Xは3.7Wも発揮できるそうです。

では実際そこまでの高出力が必要なのかというと、そうではありませんし、純粋な自己満足かもしれません。唯一の理由として考えられるのは、パワーではなく電圧ゲインが必要な場合です。

ポータブル機ではどうしてもバッテリーに依存するため高い電圧が得られません。PA10だと最大で20Vpp程度です。それらでボリューム全開でも音量が足りないような感度の低い高インピーダンスヘッドホンを鳴らすには、もっと電圧ゲインが必要になるので、据え置きアンプが役に立ちます。V281なら100Vpp以上の電圧が発揮できます。

これら据え置きアンプが高価な理由は、単純に、これほどの高電圧と低歪み・低ノイズを両立するためには、電源などを含めた回路の構成コストが高くなるからです。

私が使ってきたヘッドホンの中で、V281ほどの高電圧が必要なモデルというと、HIFIMAN HE-6とかAKG K340、AKG K1000くらいしか思い浮びませんが、それでもなんとなく、どんなヘッドホンが来ようとも余裕で駆動できるという安心感から、強力な据え置きアンプをレファレンスとして使うメリットはあると思います。

ちなみにヘッドホンと違って、スピーカーの場合は、鳴らす空間の規模によって、必要なスピーカーのサイズやアンプのパワー(空気を動かす力)が変わってくるので、たとえば大邸宅の30畳吹き抜けの応接室とかだったら、巨大なスピーカーを600Wのアンプで駆動するような場面もあります。逆に言うと、一般家庭の居間で現実的なサイズのスピーカーを現実的な音量で鳴らすのなら、600Wの超弩級アンプでボリュームを絞って使っても、ノイズが目立ってかえって逆効果なので、自分の部屋と音量に見合ったパワーに最適化されたアンプを使った方が高音質が得られます。

ヘッドホンはそのあたりの環境格差が無いため、スピーカーほど物量投入にこだわる必要はありません。鳴らしにくいヘッドホンに優越感を持つ人もいますが、逆に、DAP程度でもちゃんと高音質が引き出せるヘッドホンの方が優れた設計と言えるかもしれません。

音質とか

今回の試聴では、ソースとして主にHiby RS6のライン出力端子と、AK SP1000のライン出力モードを使いました。

AK SP1000と接続

まず最初に、PA10の無音時のホワイトノイズはこれらDAP単体で使うのと比べると多めです。

私の耳では、普段使っているUE-RR、64Audio Nio、ゼンハイザーIE600などのイヤホンではバランス・シングルエンドともにノイズはほぼ無音で気にならないレベルですが、感度が高いUE LiveやCampfire Audio Andromedaでは明らかに「サーッ」という音が聴こえます。

シングルエンドよりバランス接続の方がノイズは多く、ゲインスイッチ、カレントスイッチ、ボリュームノブはノイズの量に影響しません。

PA10は入力側にもケーブルを挿さないと出力がミュートになっているため、ノイズを確認したければ、何も接続されていないラインケーブルを入力に挿した状態が一番わかりやすいと思います。

個人的な感覚としては、UE Liveなら気にならない程度ですが、Andromedaだと推奨できません。これくらい高感度なイヤホンになると、そのままDAPで鳴らした方が澄んだ音が楽しめると思います。それ以外なら、PA10はイヤホンを鳴らすのに十分実用的だと思います。(ちなみに公式スペックでUE Liveは10Ω・120dB/mW、Andromedaは12.8Ω・112.8dB/mWですが、実際はAndromedaの方がノイズに敏感なので、こういう数字はあまり比較の参考になりません)。

接地状況や充電中もノイズが変わらないあたりは優秀です(電源ケーブルを挿すとノイズが増えるDAPは意外と多いです)。電源の入切時やスイッチ切り替えでバチッというノイズが発生しないのも、よく考えられて作られていると思います。

それと、クラスAアンプということで、本体の発熱も気になったので確認してみました(熱くて触れないようでは困るので)。

ゲインとカレントスイッチをHIGHで、バランス駆動で鳴らしながら保温バッグに入れて一時間ほど放置して温度を測ってみたところ、37℃くらいで安定したので、触って温かい程度で全然問題無いようです。

Fuga LiberaレーベルからKonstantin Emelyanovのピアノアルバムを聴いてみました。ドビュッシー前奏曲一集、プロコフィエフ束の間の幻影、バーバーのピアノソナタという充実したプログラムです。特にバーバーのは知らない作品でしたが、ずいぶんカッコいいです。

このアルバムは演奏と音質の両方で、ここ最近でもっとも感動した一枚です。作品のテーマ性に入念に配慮したEmelyanovの演奏とヤマハCFXのダイナミックな音色が見事に組み合わさって、とんでもない音楽体験を生み出しています。彼の演奏は正確でありながら単なる機械的や技巧的ではなく、思い描いているアイデアを精巧に映し出す技術を持っています。

Audeze MM500

PA10で聴いてみた第一印象としては、ピアノの音色や質感が豊かに描き出されており、アナログポタアンと言われて想像するようなドライブ感の強い押しつけがましさは一切ありません。

刺激的、高圧的、ドンシャリ、飽和、といったキーワードは全く当てはまらず、低音も高音も素直にコントロールされた上質な音楽体験が味わえます。空間展開も狭まる事は無く、変な位相の捻れなどの違和感もありません。ただしイヤホンでSP1000単体と比べると、澄んだキラキラした輝きは若干損なわれ、もうちょっと丸く温厚になる印象です。そのあたりは使い分けが大事です。

Hiby RS6と組み合わせた場合、そもそも丸みや厚みのあるRS6のDAC出力が、PA10でさらに豊かになり、全体的にアップグレードしたような充実した鳴り方になります。RS6のDAC以降が別のアンプに入れ替わったようなものなので、FiioやiBasso DAPのようにアンプモジュールを交換する感覚でしょうか。刺激は控えめでも無駄な響きは少なく、解像感はしっかりしているため、眠くなるような緩い鳴り方ではありません。なんとなく往年のマランツのシステムとかを思い起こす印象です。広帯域よりも声や楽器の音色重視で楽しみたい人なら、この組み合わせはなかなか良いです。

駆動力もそこそこあるので、上の写真のAudeze MM500のような大きな平面駆動型ヘッドホンであってもシングルエンドで十分鳴らせます。このヘッドホンはインピーダンスが18Ωと低めなので、たとえばSP1000単体では電流限界で頭打ちして歪んでしまうのですが、PA10は先程のグラフでも見たとおり、そんな心配もなく余裕を持って楽しめます。よく大型ヘッドホンをDAPで鳴らした時に感じる薄さや弱さはありません。

ただし、私が普段使っている据え置きアンプViolectric V281と比べると、ダイナミックな迫力や、無音から最大音量へのコントラストや衝撃みたいなものはそこまで際立たず、PA10はどちらかというと音楽の流れるような展開や、整った質感のニュアンスを味わうような聴き方になります。おかげで長時間の音楽鑑賞には適していると思います。

ちょっと抽象的な言い方になってしまうのですが、私がPA10を聴いてみて真っ先に思ったのは「これはたしかにクラスAっぽい音だ」という印象です。

そもそもPA10がどの程度クラスA動作なのかも不明ですし、この「クラスA感」というのは、ヘッドホンオーディオではあまり縁がない感覚ですが、スピーカーオーディオを昔からやっている人なら、なんとなく理解できる共通意識だと思います。昔のパイオニアとか「100WのクラスABではなく、20WのクラスA」と言われてピンとくる人も多いのではないでしょうか。V281とPA10の違いもそれと似ています。

ここで言うクラスA感というのは、必ずしも優れているという意味ではなく、独特のニュアンスや感触の話です。

PA10の鳴り方は、ソロピアノやアコースティックギターのようなパーカッシブな楽曲を聴いた方が伝わりやすいです。とくに私がクラスAぽいと思うポイントは、アタックが一点の刺激ではなく、時間軸方向で分散するような感覚です。ピアノなら打鍵のアタックが一瞬の出来事ではなく、その中に含まれた無数の成分を味わうだけの時間的余裕を与えてくれ、本来刺激に覆い隠される部分が浮き上がってくる感じです。

演奏の一音一音が断続的ではなく、アタックの成分から響きの音色まで一連の繋がりを持っているため、演奏の流れが実感でき、演奏者のタッチの細かな変化も感じ取れるようになります。これは真空管などで本来無い響きを付加したものとは感覚が違います。

逆に言うと、もっとスカッとしたオンオフのメリハリみたいなものは希薄なので、そういったパンチが欲しいのであればPA10は向いていないと思います。

SP3000(左)とSP1000AMP(右)

今回私が使っているAK SP1000というDAPには、SP1000AMPという専用ドッキングアンプモジュールが存在しました。SP1000とPA10の組み合わせは、それとは根本的に違い、むしろ真逆の性格なのが面白いです。

私の場合、このSP1000AMPはサウンドがいまいち好きになれず購入しなかったのですが、今回改めて聴いてみても、やはりAMP自体の存在意義を強調するようなダイナミックで荒っぽい鳴り方で、SP1000本来の繊細な音作りを覆い隠してしまう印象でした。逆に言うと、この大幅なギャップこそがAMPを導入するメリットでもあります。

それに対して、PA10を通したサウンドは、もっと和みのある音色です。SP1000の絶対的な透明感は多少損なわれるものの、空間展開の広さや、広帯域な解像感は失われず、いい感じに厚着をしたようなパワーアップ感が得られます。

現在SP1000やSA700など非力な世代のAK DAPを愛用していて、音色は好きだけど、ヘッドホンを鳴らすにはパワーが足りないと感じている人は、DAPを買い替えるよりもPA10を検討する価値は十分あります。

AK HC2

今回試聴していて想定外に良かったのが、AK HC2との組み合わせです。(この場合HC2のボリュームは最大にしておきます)。他のドングルDACもラインソースとして試してみる価値があると思います。

切れ味の鋭い高解像なHC2のサウンドが、PA10によって厚みや広がりの余裕を帯びて、新鮮で脂の乗ったサウンドが楽しめます。Hiby RS6のような、それ自体が厚みのあるラインソースを使うよりも、むしろHC2くらいシャープな機器と繋げた方がPA10との相性が良いかもしれません。

たかが2万円台のドングルDACで本当に大丈夫なのかと思うかもしれませんし、私自身、HC2単体でイヤホンを鳴らした時は、ちょっと硬く高解像を押し出しすぎて、そこまで好みのサウンドではありませんでした。(3.5mmのHC3の方が無難です)。

しかし、HC2のようなドングルDACは、素のD/Aチップからそのまま音を出しているような設計なので、AK公式サイトのスペックでSP3000と比較しても、THD+Nは若干劣るものの、クロストークやIMD(相互変調歪み)などの数値ではHC2の方が優秀です。

つまり、SP3000を含めてDAPというのは、D/A回路後に強力なヘッドホンアンプを搭載する事による若干のトレードオフがあるのかもしれません。

もちろん測定スペックが音質に必ずしも直結しない事はSP3000とHC2を聴き比べてみれば明白ですが、HC2のような安価なドングルDACも、ラインソースとして使う場合はSP3000クラスの高級DAPに決して引けを取らないと感じました。スマホアプリで音楽を聴きたい人なら、このAK HC2 + PA10のコンビネーションはコストパフォーマンスの面でもおすすめです。唯一のネックは、冒頭で言ったように、4.4mm→4.4mmケーブルを別途購入する必要がある事でしょうか。

CURRENTスイッチ

側面にあるH/M/Lのカレントスイッチについては、具体的な効果は謎めいています。

公式サイトの説明によると「Class-Aアンプのカレント(電流)を3段階設定でコントロールすることで、電流値に対するA級アンプの特性を強調し・・・」なんて書いてあるので、純A級ではなくAB級のクラスAバイアス(アイドリング電流)の事でしょうか。

このPA10のアンプに関しては、クラスAというものの、ディスクリートなのか、全段クラスAなのか、そもそも何段なのか、プッシュプルなのか、コンデンサーやDCサーボを通しているのかなど疑問が尽きません。ヘッドホンアンプなのでスピーカーアンプとは根本的に異なる考え方で設計されているかもしれません。

それはさておき、カレントスイッチを切り替えても音量は変わらず、ミュートされたりもしないので、回路的にそこまで大きな変化は与えていないようです。

ヘッドホンとの相性にもよります

実際の効果については、楽曲によっては全然違いがわからない時もあれば、なんとなく変化を感じる場合もあります。あくまで感覚的なものなのですが、LOWの方がスッキリしていて、HIGHだとちょっと滲むような気がします。どちらが良いかというよりも、楽曲の雰囲気によって切り替えています。

AKの公式サイトの説明によると、スイッチで「・・・音のディテールや濃密さの変更が可能です」と書いてあり、確かにその通りかもしれません。

そもそもPA10の性質として、アタックの成分が時間軸で解像している感覚があるのですが、カレントスイッチをHIGHにすることで、より長い時間に情報が引き伸ばされるような感覚です。別の言い方をするなら、HIGHの方が一音ごとの空間の隙間が埋まるような感じです。

たとえば、上の写真のAbyss Diana TCのようなモダンな開放平面駆動型ヘッドホンは、サウンドがざっくりしすぎていて、立ち上がりの勢いに対して質感の伸びやかさが弱いと感じる事があるので、その場合はスイッチをHIGHにして、もうちょっとゆったりさせる方が良い感じです。

使っているイヤホンや楽曲によって、ちょっとシャープで硬いなと思ったらスイッチをHIGHにして、逆に重くて厚いなと思ったらLOWにするような感じで、ほんの僅かな差なので、言われなければ気が付かない程度なのですが、実際に使っていると無意識にスイッチを切り替えるようなクセがついたので、多分効果があるのでしょう。

クロスフィード

私にとって、AK PA10の最大の目玉はクロスフィード機能です。これが優秀だったことが購入の決定打になりました。

クロスフィード機能があるアンプは他にもいくつかありますし、最近はデジタル上で有効にできるソフトも増えてきましたが、PA10のアナログクロスフィードはその中でもかなり優秀な部類で、私が愛用しているSPL Phonitorの効果に近いです。

なぜ優れたクロスフィードがそこまで重要なのかというと、2つの理由があります。

まず、Craft Recordingsから最近リリースされた、Benny Carter「Jazz Giant」のハイレゾリマスターを例に挙げます。ベニーカーターは私にとってジャズの頂上神のような存在なので、こうやってOJC以来の丁寧なリマスターを行ってくれるのは嬉しいです。

この1958年のアルバムのようにステレオ初期に作られた作品は、ジャケットに堂々と「STEREO」と掲示してある通り、当時最先端のステレオ効果がやたら強調されており、ドラムは右のみ、ピアノは左のみといった具合にハードにパンされています。

スピーカーで聴く分には、左の音が右耳にも届くので、そこまで問題ありませんが、ヘッドホンだとかなり違和感があります。ジャズ以外でも1950~60年代の音楽を聴く人にとっては致命的な問題ですし、最近の音楽でもステレオミックスが下手でヘッドホンでは聴きづらい作品は意外と多いです。

この場合、PA10のクロスフィードをONにすることで、左右両端のサウンドが耳穴の軸線よりも前方に移動して、スピーカー的とまではいかないものの、不快感が大幅に解消されます。逆に言うと、クロスフィードをONにしてもそこまで鳴り方が変わらないのであれば、ステレオミックスが自然で優秀な曲とも考えられます。

クロスフィードのもう一つの使い道としては、クラシックなど、現実のコンサートホールでの鳴り方が前提になっている作品の場合です。オーケストラやピアノリサイタル、とくに弦楽四重奏など室内楽作品では、録音手法によっては、自分が奏者の一員として、音楽の渦の中に投げ込まれたような、目まぐるしいサウンド体験ができるのですが、そこでクロスフィードをONにすることで、ステージから一歩退いた観客席視点で演奏を楽しむ事ができます。

クロスフィードというのは、あくまで左右の信号を若干ブレンドするだけであって、DSPエフェクトのような疑似エコーで立体空間を演出する効果はありません。そのため、耳の真横で鳴っている音がちょっと前方に遠ざかる感じが大事なのであって、センター付近にある音像の距離感にはそこまで変化はありません。

そんな一見単純そうなクロスフィードの何が難しいのかというと、スピーカーの扱いに慣れている人ならわかると思いますが、低音と高音では音の広がり(指向性)が違うため、設置角度(トーイン角)によって左右の耳が感じる高音の強さや音像のフォーカス具合が変わってきます。それを無視して、ただ左右信号を均一にブレンドするだけでは、高音がキツすぎて違和感があります。

つまり、ヘッドホンにおける正しいクロスフィードは、高音と低音で混ぜる割合や量を調整することで、理想的にはスピーカーとヘッドホンを交互に聴き比べた時に同じ鳴り方がする事を目指しています。

SPL Phonitorシリーズのクロスフィード

私にとって今のところ理想的なクロスフィード効果というと、SPL Phonitorシリーズが真っ先に思い浮かびます。

Phonitorは大きな据え置きアンプなので、クロスフィード機能の広さやブレンド具合などを細かく調整する機能があり、メーカー側も、モニタースピーカーとヘッドホンを交互に切り替えて同じように聴こえるよう調整しろと指示しています。

その点AK PA10はON/OFFのみで、ここまで詳細に追い込む事はできませんが、それでもPhonitor X/XEで中間くらいに設定した鳴り方と似ているため、かなり満足できています。

一方、昔から言っている事ですが、iFi Audio micro iDSDシリーズに搭載されているクロスフィードは、ONにすると高音がかなり目立ってシャリシャリした鳴り方になるので、あまり好きではありません。他にもソフトウェアのデジタルエフェクトとしてのクロスフィードは、どれもコムフィルター的な「うねり」のような不安定な気持ち悪さが感じられ、満足できるものが見つかっていません。

AKがPA10の公式サイトでも「ハードウェアによるクロスフィード」と主張しているように、私の経験でも、クロスフィードはデジタルでは駄目で、アナログ回路で行う事にメリットがあるようです。(その理由はいまいちよくわからないのですが)。

おわりに

2023年にもなってPA10のようなアナログポタアンは必要なのかと言われると、実際そこまで必要ではないと思います。

強力なDAPが欲しければいくらでもありますし、小さなUSBドングルDACも高性能になっており、イヤホンを鳴らす程度ならそれで十分です。

では私みたいなヘッドホンマニアがなぜPA10を買うのかというと、純粋に音質にメリットがあると感じるからです。イヤホンとヘッドホンのどちらでも、長時間の音楽鑑賞を楽しむ人にとって、PA10のゆったり整った豊かな鳴り方は理想に近い仕上がりです。

新型DAPが出るたびに買い替えたり、最先端DACチップの性能を議論するのも面白いかもしれませんが、正直近頃の進展には行き詰まりを感じていたのも、アナログポタアンに興味を持った理由です。

ESSやAKMのチップが理論上の測定限界を迎えた今、多くのメーカーが独自のFPGAコードでR2Rや1bitなどのレトロな方式に回帰しているのは面白いトレンドだと思います。アナログ領域でもNutube真空管やTHXモジュールを導入するなど、それぞれの独自色を模索する方向に変わりつつあります。

そうやって様々なアイデアを盛り込んだ新作DAPを色々と聴き比べるのも楽しいのですが、このまま続くと、単なる「日替わりランチ」を試しているだけで、しかも値段はどんどん高額化しています。

D/A変換とヘッドホンアンプの両方を一つのパッケージにまとめたDAPはとても便利なアイデアだったと思うのですが、ここまで技術が発展すると、メーカー側としても、もはや一つのパッケージで全てのユーザーの欲求を満たす事が不可能になってきたように思います。

そこで、PA10のようなアナログポタアンの出番になります。たとえば、今回とても好印象だった「スマホ + AK HC2 + PA10」という比較的安価な組み合わせを見ても、据え置きオーディオにおける「トランスポート + DAC + プリメインアンプ」というシステムと同じように、ユーザーがそれぞれの機器に求めているものを柔軟に組み合わせて、理想のシステムを組める、セパレート式の感覚に近いです。

DAPのアンプモジュール交換のような制約もなく、機器間で柔軟に組み合わせるのは、一旦DAPという便利アイテムに集約されたポータブルオーディオから、もう一度要素分解して原点に立ち返る面白さがあります。しかもポータブルですから、ショップでの聴き比べや、友人との貸し借りなども盛り上がります。

実際そのようなセパレート機の接続が面倒だからオールインワンのDAPが生まれたわけですが、当時と比べてスマホとUSB DACの親和性も良くなり、乾電池から開放されてUSB充電池になるなど、技術の進歩で便利になった面もたくさんあるので、今一度ポータブルオーディオのセパレート化を再考するタイミングが来たのかもしれません。

2023年になってアナログポタアンが必要だと思っている人は、まだ少ないかもしれませんが、また新しい奇抜なDAPに買い替えるのと比べれば意外と有意義な提案だと思えてきたら、ポータブルオーディオの視野が広がります。

私の場合、今回PA10が期待以上に楽しめる製品だったことで、これで一件落着、優れたポタアンを手に入れて満足した一方、そのせいで他のメーカーのポタアンにも興味がわいてしまうのが、オーディオ趣味の恐ろしいところです。しかしPA10以外の候補となると20万円超があたりまえの世界なので、その点ではPA10はかなりコストパフォーマンスが高い、意外なニッチを満たす製品だと思います。