2025年11月1日土曜日

iBasso D17 Atheris & PB6 Macaw ヘッドホンアンプの試聴レビュー

iBassoから2025年の新作ポータブルヘッドホンアンプD17 "Atheris" とPB6 "Macaw"を試聴してみたので感想を書いておきます。

PB6 Macaw、D17 Atheris

D17はDACアンプ、PB6はアナログアンプでどちらも真空管を搭載しています。ついこのあいだD16とPB5が出たばかりだと思っていたら、もう新作ということで、製品開発のスピードに驚かされます。

iBasso

iBassoは昔からファンとして追ってきていますが、前作D16 "Taipan"とPB5 "Osprey"が発売したのが2024年なので、今回の新型リリースはiBassoとしても異例の速さです。まだ前作を買ったばかりでようやく馴染んできたという人も多いかもしれません。

前作と比較

一見前作の黒いシャーシが銀色になったマイナーチェンジ版かと思いきや、D16はソリッドステートでD17はNutube真空管搭載、PB5はNutubeでPB6はJAN6418真空管と、中身の構成が大幅に入れ替わっています。

さらにPB6は全く新しい薄手のコンパクトなシャーシに変更されており、D17との差別化が明確になりました。前作では同じ筐体を兼用していたので、見間違えることがよくありました。

肝心の値段もちょっと意外です。前作D16とPB5がどちらも$1800(日本では約25万円)だったところ、新作はD17が$2000 USDでPB6が$500 USDと大きく差がつけられています(これを書いている時点で日本での価格はまだわかりません)。とくにアナログアンプのPB6が$500というのは最近の高額化の波に反して安くなったので驚きました。

サイズ比較

厚みが違います

こうやって並べて比べてみると、PB6の新型シャーシは厚さが31.6mmが19.6mmへとだいぶ薄くなったことがわかります。PB6ならポータブルに使えて、D17はデスクトップ向けといった感じです。

どちらも天板に真空管が見える窓があり、D17ではNutubeが青緑に点灯しているのがはっきり見えるのに対して、PB6のJAN6418のオレンジ色の光は特定の角度からでないと見えにくいです。

前面

PB6はアナログ入出力端子がどちらも前面で完結するのに対して、D17はヘッドホン出力が前面でUSBデジタル入力が後面なので、ポータブル用としてバッグに入れて使うならPB6の方がだいぶ便利です。D17はどちらかというと持ち運びできる据え置き機といったイメージに近いかもしれません。

D17 Atheris

まずD17の方から、主に前作D16との違いを比べてみます。iBassoはこれまでもDACアンプ製品には蛇の名前を使っており、D16 Taipanはコブラ科のタイパン蛇、D17 Atherisはブッシュバイパー蛇の別名だそうです。

D17 Atheris

シャーシ上面にはNutube真空管が確認できる窓と、さりげなく液晶画面があります。この液晶画面はモード設定以外ではあまり使う必要はありませんが、上の写真のようにだいぶ暗くて見づらいです。設定メニューに輝度調整はありませんでした。

前作D16とDX340 DAPにてiBasso独自の1-bit PWM DACを導入したことが最大のセールスポイントだったわけですが、今回D17では同じく1-bit PWM DACと、さらに追加でディスクリートR2R DACも搭載するという贅沢な仕様です。

最近はiBasso以外でもCayinやHibyなど中国系DAPメーカーが自社製D/A変換回路を導入するトレンドがあり、しばし1-bit(デルタシグマ)とR2Rの優劣について意見が分かれたりしますが、D17は一台で両方搭載するという強引な解決策を提示しています。

既存の旭化成、ESS、シーラスロジックといった大手ICメーカーのDACチップは音が悪いというわけではありませんが、近頃はこれらチップメーカーの最高性能チップが数百円程度の単価で導入できるようになったおかげで、そこそこ安価なオーディオ製品でも測定限界に迫る高性能が出せるようになりました。

そのため、多くのオーディオブランドが高級機市場での差別化のために自社製D/A変換回路を導入しています。肝心なのは、それらが必ずしも市販DACチップと比べて高性能というわけではなく、あくまでメーカー独自のサウンドシグネチャーを確立するための試みです。

つまり性能やコストパフォーマンス重視で製品を選びたいのなら、もっと低価格な選択肢に注目すべきですし、D17のようなディスクリートDACのモデルは、そういう既製品に飽き足りないマニアが選ぶニッチな製品だという点は留意しておくべきです。(なんとなく腕時計の世界と似ています)。

モード選択

D17では、1-bitとR2Rという2つのD/A変換回路を搭載しているわけですが、それらが同時並行で動いているわけではなく、どちらか切り替えて使い分けるという贅沢な仕様になっています。

設定メニューのDAC ModeでOS、DS、NOSの三種類から選べるようになっており

  • OS:PCM変換でR2R DACを使うオーバーサンプリングモード
  • DS:PWMで1-bit DACを使うデルタシグマモード
  • NOS:PCM音源はNOS-R2R、DSD音源は1-bit DACと自動で切り替わるモード

といった具合で、考え方としては大昔のCDプレーヤーにタイムスリップして、OSモードが80年代のR2R式、DSモードが90年代の1-bit式のサウンドを追体験できるような感じでしょうか。

肝心なのは、ポータブルオーディオユーザーの多くはCDプレーヤーの高級オーディオ全盛期を経験していないので、これらが新しい技術体験のように感じるわけで、昔からのオーディオファイルにとってはそこまで目新しくないというか、30年前に決着がついた議論が再燃しているレトロリバイバル的な面白さがあります。

今作を含めて最近のディスクリートDACの利点としては、FPGAで入力データをソフト処理することが可能になったおかげで、ハイレゾPCMやDSDデータも柔軟に対応できるようになったのは嬉しいです。CDプレーヤーの頃はほとんどのメーカーが44.1kHz 16bit CDデータ専用の既製品オーバーサンプリングDSPチップを使っていました。

個人的な不満点としては、今作は1-bitとR2Rを切り替えて聴き比べられるのが最大のセールスポイントなわけですから、大きなボタンや切り替えスイッチなどで、ユーザーが積極的に試せるような工夫が欲しかったです。せっかくの目玉機能がメニュー画面の奥深くに埋もれると、店頭試聴でも興味を持ってもらえませんし、購入後も操作が面倒で使わなくなってしまいます。

二枚のNutube真空管

D/A変換後はNutube真空管のプリアンプ回路を通り、ヘッドホンアンプには定番のBUF634A ICアンプを採用しています。毎度の事ですが、Nutubeはラインレベルのプリ管なので、据え置き真空管アンプのようにこれでヘッドホンを駆動しているわけではなく、音楽信号に真空管の味付けを加えるためのものです。

ちなみに前作D16ではNutubeは搭載しておらず、ヘッドホンアンプはICチップアンプではなくディスクリート式を採用していたので、シャーシは似ていても1-bit DAC以外はD17とは根本的に異なる構成のようです。

底面

後面

底面は派手な切削加工でR2Rであると堂々主張しています。放熱フィンの効果もあるのでしょうか。デスクトップで使うなら、せっかくのシャーシに傷がつかないようゴム足が欲しいです。

後面には同軸S/PDIF入力、電源スイッチ、そしてUSB-Cはデジタルオーディオ入力と充電用に分かれています。電源スイッチはロッカー式なのでブラインドで操作しやすいのは嬉しいですし、電源がONだとNutubeが点灯しているのが見えるので、スイッチが背面でも切り忘れる心配は無いです。

付属ケース

ケース裏面

付属のレザーケースは黄色で、前後面はカバーされず、グルっと巻いてベルクロで固定するタイプです。底面にはステッチとiBassoロゴ形状のアルミグリルがあります。スイッチ類が隠れたり操作の邪魔になるような形状ではないので、卓上に置くのもケースをつけたままの方が良いかもしれません。

D16とD17比較

後面比較

画面比較

D16と並べてみると、サイズ感や前後面の端子レイアウトはほぼ同じです。新たに前面ノブを保護するためのバンパー部品が追加されたのはカッコよくて実用的なので嬉しいです。このバンパーの分だけフロント部分が若干横に広がっています。

液晶画面がD17はだいぶ暗いのは不思議です(個体差でしょうか)。ところで、以前D16のレビューを書いた際に、画面インターフェースのフォントがセリフ体でダサいと指摘したのですが、今回D17では偶然か意図的はわかりませんが、もうちょっとモダンなサンセリフ体に変更されています。

iBassoに限らず、中華系家電メーカーは英語フォントへの馴染みが薄いせいか、タイプフェイスの古臭いデザインセンスのせいでだいぶ損をしていると思います。(製品パッケージで日本語フォントを見ただけでなんとなく中国製だとバレてしまう、あの感覚です)。その点iBassoは新型が出るたびにインターフェースデザインに色々と試行錯誤の努力がうかがえるのは嬉しいです。

液晶画面

インターフェース

フロントのエンコーダーノブを押すと画面点灯、そこで長押しするとSettings画面になります。

ゲイン設定はDAC出力とアンプ出力のそれぞれHigh/Lowに切り替え可能で、DACについてはOS・DS・NOSの三種類が選べるのは上述の通りです。InputはUSBとS/PDIFのみでアナログ入力はありません。

OutputはTubeと書いてあるので、てっきり真空管をバイパスするソリッドステートモードが用意されているのかと思ったら、TubeとLine Outのみで、つまりヘッドホンアンプをバイパスしたライン出力モードが用意されています。

あと、ファームウェアのバグかもしれませんが、左右の音量バランスのBALANCE機能は操作しても効果が感じられませんでした。

2つのノブ

肝心のボリュームノブについて解説します。こちらはD16と同じ仕組みで、ちょっと慣れが必要です。

まず右側の大きいノブがアナログボリュームで、iBasso独自のステップ抵抗式です。一般的なボリュームポットと比べて左右誤差(ステレオギャングエラー)やクロストークが少ないという利点がありますが、最小から最大まで24ステップしかないので、微妙なボリューム調整には不便です。

最近はアナログボリュームというとTI PGA2320やMUSES72320などデジタル制御のアナログ抵抗ラダーICを使うケースが多く、その場合は256ステップあるので十分ですが、iBassoの24ステップだとゲイン切り替えと併用しても厳しいです。

そのため右側の小さい方のノブで100ステップのデジタルボリューム調整が可能になっています。こちらのノブはエンコーダーで、長押しで設定メニューを操作するためにも使いますが、通常時に回すとボリューム調整ができ、画面上のボリューム数値はこちらを表示しています。

ようするにD/A変換前のデジタルデータと、変換後のアナログライン信号の両方でボリューム調整ができるので、どちらを使うかで音質にも影響してきます。

前作D16ではデジタルボリュームを使うと信号劣化がかなり目立ったので、できればそちらは常時最大にしておいて、アナログボリュームを使うことを推奨したのですが、今回D17でも1-bitモードでは同じ注意が必要なので、これについては後述します。

もうひとつ肝心な点ですが、前回D16・PB5を試聴した際に、アナログボリュームの接触不良が目立ち、ノブをカチカチと回していると高確率で左右どちらかもしくは両方の音が聴こえなくなる(ノブを何度か回すと治る)という不具合に悩まされました。不良品かと思ったら、身の回りでも同じ症状が多く報告されています。

ところがその後の製造ロットではだいぶ改善されたらしく、今回D17では音が途切れる不具合は一切発生しませんでした。これについては見た目で判別することは不可能なので、とくにD16の場合は運任せというか、実際に試して確認するしかありませんが、少なくとも今回私が使ったD17では問題ありませんでした。

PB6 Macaw

続いてアナログポタアンPB6 Macawです。DACアンプが蛇の名前なら、アナログポタアンは鳥で、PB5 Ospreyはオスプレイ(ミサゴ)、そして今回PB6 Macawとはコンゴウインコのことだそうです。こういう愛称があったほうが番号よりも覚えやすくて良いですね。

PB6 Macaw

だいぶ綺麗です

ロゴ

個人的にかなり好きなデザインで、カッコいいと思います。ユニボディ的な削り出しシャーシや天板組付けの嵌め合いからネジの選定に至るまで良好ですし、立体造形もプロポーションが整っています。

DX340 DAPも似たような削り出しデザインでしたが、あちらは角がナイフのように鋭く尖っており、レザーケースに入れていないと怖くて触れないという問題がありましたが、このPB6はしっかりとエッジが処理されており、しかも外周面取りのアールが均一なので、全体的な陰影に統一感があります。

これまでのiBasso製品、もしくは中華系ポータブルオーディオ全般と比べても一歩先に進んだ工業デザインセンスだと思うので、社内で一体なにがあったのが不思議に思います。

ちなみに写真は撮れませんでしたが、付属品に3.5mm → 3.5mmと4.4mm → 4.4mmの短いラインケーブルや12V ACアダプターも付属しています。別途購入すると結構高いので嬉しいです。

真空管が見えます

裏面

バンパー

アナログアンプなので上面窓は真空管が見えるだけで、液晶画面はありません。JAN6418という超小型管を二本搭載しているのですが、ノイズ対策のためか窓の下に金属メッシュグリルがあり、真空管がよく見えません。電源を入れるとオレンジ色に点灯しているのがうっすら確認できるくらいです。

底面はシンプルなパネルで、余計なスイッチ類などが無いのはありがたいです。前面端子やノブを保護するバンパー部品もシャーシと一体型になっており、こちらも丁寧な面取りのおかげで手触りも良好です。

ポータブルHDDケース的なサイズ感は大昔からポータブルオーディオをやってきた人ほど懐かしさと親近感が湧くと思いますし、実際に手に持ってみるとシャーシの全体的なフォルムや質感など、これまでのiBassoよりも遥かに高級感があります。なんとなく個人的に昔使っていたQuestyle QP2R DAPを思い出します。

後面

12VDCモード

後面にスイッチ類がまとまっており、ゲインHIGH/LOW、BWのHIGH/LOW、そしてTUBE/ABモードが選べます。スイッチをぶつけないようにシャーシが一段奥に凹んでいるのがありがたいです。

BWというとローパスフィルターのBandwidthでしょうか。音色の好みで選んでよいそうです。TUBE/ABでABの方を選ぶと真空管がバイパスされるので天板窓から真空管が消灯されるのが見えます。

DACは非搭載なのでUSB C端子は充電用のみです。さらにバレルジャックのDC 12V IN端子があり、同梱ACアダプターを接続することでアンプがパワーアップします。

ACアダプターを接続すると内部のバッテリーがバイパスされて、オーディオ回路が12V外部電源から直接給電されるモードに切り替わるそうです。そのためPB6のバッテリー充電はUSB Cからのみで、ACアダプターを挿しても充電されないのは要注意です。

前面

シングルエンド入力でバランス出力もできます

フロントパネルには3.5mmシングルエンドと4.4mmバランス入出力端子があり、端子周辺の凹みもそこそこ余裕があるので太めのケーブルプラグも挿せるのがありがたいです。

シングルエンドとバランスのどちらも同じアンプ回路を通るようで、たとえば入力は3.5mmで出力は4.4mmといった混在も可能です。

入力と出力を間違えやすいので、私なら天板に矢印のステッカーを貼っておくと思います。

似たような製品で、私が普段使っているAstell&Kern PA10ではシングルエンド入力でバランス出力といった混在ができない仕様なのが面倒なので、PB6の柔軟性はありがたいです。

AK PA10と比較

ほぼ同じです

そんなAK PA10と並べて比較してみると、サイズはほぼ同じです。PA10はフロント部分が厚く盛り上がっているので重ねて使う際に不便というくらいでしょうか。フロントパネルの入出力も同じような構成です。

ちなみにAK PA10は真空管は搭載していませんが、PB6には無いクロスフィード機能があり、個人的にかなり重宝しています。

ボリュームノブ

PB6の内部設計について、まず肝心のヘッドホンアンプ回路には、先程のD17と同じくBUF634AバッファーアンプICを搭載しているそうです。

同じアンプICを採用しても、基板のレイアウトや周辺電源回路などの設計次第で、必ずしも同じ音にはなりませんが、こうやって異なるモデルでもある程度共通した回路設計にすることで、メーカーのサウンドシグネチャーを確立することができます。

真空管は高価なNutubeではなく数百円で手に入るJAN6418を選んだのはコストやサイズ面での判断だと思いますが、どちらにせよヘッドホン駆動用ではなく、ラインレベル信号に真空管の風味を加えるためのエフェクト的存在なので、そこまで高性能な高級管である必要はありません。

よくJAN6418のことをミリタリーグレードと誇張しているのを目にしますが、6418という普及管を米軍の識別コードJANを付けて呼んでいるというだけで、特別なわけではありません。安価なポータブルラジオとかに大量に使われていたので現代でも膨大な余剰在庫が残っており、たとえばギターエフェクトペダルなど、真空管らしい歪みを求めている層から流行りだしました。

それと比べて、昔の高級真空管オーディオ機器というのは、当時まだトランジスターが存在せず、真空管を使わざるを得ない時代に、ノイズや歪みを極限まで下げて高出力を目指していたので高価になったわけですが、トランジスターの時代になってから真空管に求められるのは、むしろ逆に歪みによる味わいを加える事なので、昔とは目的が逆転しています。このあたりはギターアンプと共通しているのも面白いです。

真空管以外では、PB6とD17の最大の違いはボリュームノブにあります。D17ではiBasso独自の24ステップの抵抗切り替えを採用しているのに対して、PB6では日清紡NJW1195Aデジタル制御アナログボリュームICを搭載しています。

こちらは低歪み・低クロストークで256ステップのアナログボリューム制御を実現している高性能アナログICです。実際に使ってみると一般的なアナログポットの感触なのですが、それにしてはボリューム調整が繊細で、小音量時にもステレオギャングエラーが感じられず不思議に思っていたら、後日出力測定を行った際にステップ制御だと気が付きました。

つまり無限回転のエンコーダーではなくアナログポットの抵抗値でボリュームICの制御を行っているようで、ボリュームを一番下まで下げるとパチンと電源がOFFになり、300°回すとボリュームが最大になるというアナログポット風の使用感になっています。このあたりのユーザー体験のこだわりも嬉しいです。

出力

まずD17の方はDACを搭載しているので、0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて歪みはじめる最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

D17

赤色がバランスで青色がシングルエンド出力、それぞれDACとAMPのゲインをHIGH/LOWで切り替えられるので、上からH/H、L/H、H/L、L/Lの順番で出力電圧が下がります。

D17はアンプ回路が優秀なので、ゲインを変更しても最大電圧の上限がリミットされる程度です。昔の真空管アンプとかだと、あえてプリのゲインを下げることでパワー回路でしっかりドライブするというテクニックが使えましたが(ギターアンプのプリとマスターボリュームみたいなものです)、D17の場合はどちらかというとイヤホンの感度に合わせてアナログボリュームノブの使いやすい範囲にゲインを設定するくらいです。

ちなみにDACはOSモードを使いました。OSとNOSの出力は同じですが、DS(1bit)モードだと最大電圧が10Vくらいに下がります。

ライン出力モードはヘッドホンアンプを通らないので、かなり非力なのがわかります。無負荷時はバランスとシングルエンドがそれぞれ最大5Vrmsと2.5Vrmsで、ボリューム調整が可能です。

D17

D17で無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて負荷を与えたグラフです。アナログとデジタルボリュームのどちらもアンプ前なので同じ結果になります。

DACとAMPゲイン設定は出力インピーダンスには影響しないようなので、感度の高いIEMイヤホンを鳴らす場合も安心してローゲインモードを選べます。バランスで1.4Ω、シングルエンドで0.7Ωくらいになりました。

ライン出力モードはバランスで44Ω、シングルエンドで22Ωくらいなので、ライン接続専用です。

PB6

続いてPB6はアナログアンプなので、入力信号のレベルによってアンプの出力レベルも変わります。

PB6の設定はMode = AB、BW = H、Gain = Hで、ボリュームノブを最大まで上げて、次にラインソース側のボリュームを徐々に上げていくと、無負荷2.3Vrms程度でPB6の出力が歪みはじめました。

2.3Vrms入力で最大9.2Vrms(26Vpp)出力が得られるということは、計算すると+12dBゲインになり、公式スペックとぴったり合います。

もちろん3Vrmsとかを入力してもPB6が壊れるわけではありませんが、その場合PB6のボリュームノブを最大まで上げきる手前で音が歪みはじめます。ボリュームノブの全域を有効に活用するには2~3Vrmsあたりを目安に入力するのが理想的です。

上のグラフでは破線が12V外部電源モード、実線が内蔵バッテリー駆動、バランスとシングルエンドでそれぞれハイ・ローゲインモードです。

こちらもD17と同様にゲインをLowにすると最大電圧がリミットされるだけで、アンプの音質特性にはそこまで影響しないようなので、ボリュームノブが使いやすい範囲にゲインを切り替えて問題ありません。

Mode = Tubeだと出力電圧が僅かに上がりますが、アンプの出力上限が変わるわけではないので、グラフ上では掲載しませんでした。BW H/Lも影響ありません。

12V外部電源モードでは最大出力がだいぶ向上しているのがわかりますので、これはハッタリではなく実際に効果があります。バッテリー駆動との差が一番大きい38Ω付近では1.5Wが2.4Wにパワーアップしており、とくに最近の大型ヘッドホンはこれくらいのインピーダンスのモデルが増えているので、実用的な効果が期待できます。

PB6

無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせたグラフです。12Vモードでもアンプ回路は同じなので出力インピーダンスは変わらず、バランスで1.3Ω、シングルエンドで0.7Ωくらいと、D17とほぼ同じになります。どちらもアンプにBUF634Aを採用しているので、基礎設計が似ているのでしょう。

参考までに、最近のiBasso製品と最大出力電圧を比較したグラフです。それぞれバランス接続で最大電圧が得られるモードのみです。グラフがカクカクしているのはボリュームノブのステップのせいです。

こうやって見ると、PB6の12Vモードがだいぶパワフルなので驚きますが、15Ω以下くらいからは、ほとんどのモデルの出力上限が同じような傾斜なので、低インピーダンスのIEMイヤホンではそこまで高出力の恩恵は感じないかもしれません。

この中でも出力特性が明らかに違うのがDX340のA17モジュールとPB5の二機種で、どちらもオペアンプではなくディスクリートアンプ構成なので、やはりディスクリートを選ぶメリットはあるようです。

D17のDACモードとボリューム

前作D16と同じく、1-bit (DS)モードではデジタルボリュームの挙動に注意が必要です。

OS

NOS

1-bit DS

上のオシロ画像では、1kHzフルスケール信号を左はアナログボリューム、右はデジタルボリュームのみを使って約1Vppまで下げた波形です。NOSとOSの違いがわかるように44.1kHz/16bit音源を使ってみたところ、NOSではちゃんと階段が見えます。

R2RのOS/NOSモードではアナログボリュームとデジタルボリュームの見分けがつきませんが、1-bit DSではアナログボリュームは綺麗で、デジタルボリュームだと高周波ノイズが顕著に現れます。

これはD16の時と全く同じ現象です。D16は1-bit DSモードしか搭載していなかったので、デジタルボリュームは避けるべきと言ったのですが、D17のR2Rモードであれば使っても大丈夫なようです。

この現象について、D16の時はDSPアルゴリズムのビット削りのせいかと思ったのですが、今回確認してみたところ、デルタシグマのノイズシェーピングによって発生する高周波がフィルターされず流出しているようです。

人間の可聴帯域外の高周波なので問題ないと思うかもしれませんが、アンプにとっては増幅する対象になりますし、イヤホンもドライバーの構造によっては高周波振動に共振してノイズが聴こえることもあります。さらにアルゴリズムの作り込みによっては複数のノイズの組み合わせで可聴帯域にビートが発生するため、それを未然に防ぐのが肝心です。

矩形波

たとえば192kHz・24bitで1kHz矩形波を再生して高周波をFFTで見たものですが、上からNOS、OS、1-bit DSで高周波の処理が異なります。

無音

さらに、無音を再生してみると、NOSとOSでは当然のごとく無音が出力されますが、1-bit DSでは幾何学的な高周波ノイズパターンが発生しているのがわかります。

高周波ノイズのみ

横軸をLog10ではなく20kHz‐2MHzのリニアに変更して、ワンショットのキャプチャで見ると、このように複数の中心周波数に対してノイズが鏡のように折り返しているのがわかります。リアルタイムで観測すると、各ノイズピークが左右に周期的に動き回り、干渉して山や谷が生まれます。

ここで肝心なのは、この高周波ノイズはD17の1-bit DACの出力として常時漏れているので、音楽信号とは無関係で、たとえ無音時でも膨大な量が流れ出ています。

つまり、1-bitモードでデジタルボリュームを使うと、DACに入力される音楽データのレベルが下がることで、相対的に高周波ノイズの割合が高くなり、出力波形が汚くなるわけです。

デジタルボリュームを最大にしておけば、音楽波形の割合が高くなり、DAC出力後にアナログボリュームで下げることで、音楽データと高周波ノイズの両方が下がるため、信号品質が確保できるというわけです。

どちらにせよ、ここまで派手に高周波が飛び回っているのはDACアンプ設計として良くないです。Nutube真空管を通しているのに3MHz付近までノイズが筒抜けなのも意外です。

CDやSACDプレーヤーの時代から、1-bitデルタシグマは必ず50kHzや70kHzあたりでローパスフィルターを使うことが鉄則になっており、現代の高級SACDプレーヤーでも(ラックスマンやアキュフェーズなど)、このローパスフィルターの設計に物凄い労力をかけていることを開発インタビューなどでよく目にします。アナログローパスフィルターの設計と作り込みは優れたDAC機器のサウンドシグネチャーに貢献している大事な要素なので、iBassoも1-bitを採用するならこのあたりにも注力してもらいたいです。

音質とか

今回はD17とPB6を同時に試聴してみたわけですが、製品ジャンルがだいぶ異なるので音質比較というのも難しいです。

いまさら二つの記事に分けるのも面倒なので、まずD17の方から聴いた感想を書いておきます。

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スゥエーデンのProphoneレーベルから新譜でIrma Neumüller & Seth Sjöström 「Come Give Me Love」を聴いてみました。ボーカルとギターというシンプルなデュオで、ジャズスタンダードと自作曲を交えたアルバムです。

よくこの手の歌手アルバムだと声質が一本調子すぎて三曲で飽きてくるというのがありがちですが、今作は歌唱の腕前が素晴らしく、囁くような陰影の深い歌声を聴かせてくれます。ジャズというよりはフォーク系でゆったりとした北欧らしいサウンドで、37分という短いアルバムですが全編通して統一感のある作風なので満足度の高い一枚です。

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ライプツィヒのAccentusレーベルから新譜でテノールEdgaras Montvidasが歌うショーソンとブリテンです。リトアニア出身の歌手ということで、Modestas Pitrėnas指揮リトアニア室内と国立交響楽団によるゴージャズな伴奏入りの、純粋なオーケストラ楽曲としても楽しめます。

二つの演目はどちらも19世紀末フランスの詩集を歌詞としているものの、作曲は50年ほど離れているため、ショーソンはドビュッシー世代フランスの淡い優雅さを彷彿とさせ、ブリテンは1930年代らしい生命力と曲ごとの世界観の作り込みが堪能できます。アンコールでサン・サーンスのExtaseも素晴らしいです。


D17はDACアンプとして一台で完結しているおかげで音質の印象が掴みやすいです。しかもNutubeをOFFにできないシンプルな設計なので、あとはDACのモード切り替えのみです。

注意点として、DACのモードを1bit (DS)からR2R (OS/NOS)に切り替えると音量が上がるので、サウンドがパワフルになったと勘違いしがちです。

まずは新しいR2Rモードを試してみました。第一印象では、音楽が塊となって質量や存在感を放つスタイルのようで、一般的にR2R DACといって想像されるサウンドを踏襲しています。私も普段Hiby RS6というディスクリートR2R式のDAPを使っているので、親近感もあり、結構好きなタイプのサウンドです。

中域が力強く、歌手の実在感をしっかりと描いてくれる一方で、そこまで刺激的に前に飛び出してくる感じではなく、明確な枠組みの中で等身大の定位や距離感を維持してくれます。ギターの高音弦やオーケストラのヴァイオリンも3Dエフェクトのように奔放に飛び回るのではなく、適切な視野にまとまってくれるおかげで、じっくり集中して音楽に専念するための音作りだと実感します。

もうちょっと初心者向けのアンプだと、エッジの派手さやサラウンド感を強調する方がハイレゾっぽく聴こえるため好ましいのですが、D17はそうではなく、一見地味で普通なようで、解像感と統一感のバランスが取れており、しっかりと聴き込める奥深さを秘めているあたり、さすがベテランマニア向けのハイエンド機という説得力があります。

FIR Audio Radon 6

VE EXT2

とりわけハイブリッドマルチドライバー型イヤホンとの相性が良いです。各ドライバーがバラバラの動きをするのを防いで、ひとつのサウンドに仕立て上げてくれるような安定感が得られます。

たとえば上の写真のFIR Audio Radon 6やVision Ears EXT MKIIといった、クロスオーバーのアップダウンが激しく、コントロールが難しいイヤホンでは、D17が普段とは一味違う落ち着いたサウンドを提供してくれます。

安価なドングルDACなどで十分に制御しきれていないと、ドライバーごとのタイミングや方向感覚が揃っていないような不安定さに翻弄されます。せっかく買ったイヤホンなのに、目まぐるしくてどうにも落ち着かないとか、長時間聴いていられないという場合はD17で鳴らしてみるべきです。

Nutubeとの相乗効果かもしれませんが、音楽全体がセピア調の単色になるというか、雰囲気が統一されるため、ハイブリッドマルチらしい色彩豊かな表現は落ち着いて、奔放なステレオの広がりや周波数帯両端の音圧がおとなしめになり、前後の奥行きで立体感を表現している感じです。第一印象では高価な割に地味すぎると感じるかもしれませんが、長く付き合うならこれくらいでちょうどよいとも思えてきます。

試聴に選んだ歌手とギターの作品は、D17のR2R NOSとOSの違いを際立たせるために、あえて44.1kHz・16bitのアルバムを選びました。OSと比べてNOSの方がギラッとした荒っぽさが若干増すので、マイルドなイヤホンでロックなどをガンガン無らしたい時はNOSの方が良いかもしれませんが、試聴曲のようなスムーズに囁く歌唱の場合はOSの方が良いと思いました。NOSだと歌唱の合間にギターが割り込んでくるような主張の強さが目立ちます。

NOSとOSのどちらを選んでもD17特有の単色系の表現という点は変わらないので、デジタルフィルターの影響よりも、たぶんNutubeやアンプ回路による個性が強いのでしょう。

Madoo Typ821

続いて1-bit DSモードに切り替えると、音量が下がるのでボリュームノブを上げることになりますが、それでも中域付近がだいぶ薄味で軽くなる印象です。音像がどっしり構えるというよりも、音の粒子が流れているような浮足立った感覚があり、演奏と空間残響の境界が曖昧になります。

前述の高周波ノイズのせいか不明ですが、一部のイヤホンでは1-bit DSモードでDSDやハイレゾPCM音源を聴くと、チリチリといった微細なノイズが聴こえます。同じ楽曲でもR2Rモードだとノイズはありません。Madooなど平面型やEXT IIのような静電ツイーター搭載機の方がノイズが聴こえやすいです。

帯域を限定してミックスされたポピュラー楽曲ならば高周波ノイズはそこまで目立ちません。オーケストラの高レートDSDやDXD音源で気になる感じなので、可聴帯域外の信号がノイズシェーピングに影響しているのかもしれません。明確な雑音というよりは、常に高音域にザワザワする空気感やエネルギー感みたいなものが感じられるため、相対的に中域が薄く感じられ、足場が不安定な感覚になります。

前作D16も1-bit DACを採用していたものの、D17ほどの浮足立った感覚はありませんでした。D/A回路の変更によるものか、それともD16のディスクリートアンプが優れていたのでしょうか。1-bitに限定するならD16の方が良いと思うのですが、R2Rも含めるとD17も魅力的なので、純粋な後継機というわけではなく、なかなか評価が難しいです。

なんにせよ、音楽を聴きながらブラインドでDACモードを切り替えていると、私はほとんどの場合R2R OSモードを選んでおり、1-bitモードの出番は少なかったです。楽曲ごとに、ちょっと試してみては「なんか落ち着かないな」とOSモードに戻してしまいます。D17はシャーシ底面に大きく「R2R」と刻印されているだけあって、それがセールスポイントとして正しいのですが、個人的にDSD音源もたくさん聴くので、できれば1-bitも有効活用したかったです。

1-bitモードが有効活用できるジャンルとしては、音の粒子感や流れる雰囲気が活かせる、打ち込みのEDMトラックやアンビエントエレクトロ系など、歌詞や楽器ではなく音響全体の雰囲気に浸るようなジャンルには向いていると思います。その点でも、大昔のテクニクスMASHやフィリップスBitstream系CDプレーヤーの特徴を思い出すので、目論見は正しいのでしょう。その当時も、重厚なR2R系CDプレーヤーと高スルーレートでデジタル対応と謳ったアンプの時代から、流れるような繊細な1-bit CDプレーヤーとクラスAバイアスを深くとった重厚なアンプという組み合わせに移行するトレンドがありました。

抜群に良いです

D17の本質を掴むために、色々と試してみたところ、大型ヘッドホンとの組み合わせが抜群に良いということに気が付きました。これはイヤホンよりもヘッドホン、とくに開放型ヘッドホンを鳴らすべきです。

上の写真のComposerや、Utopia、HD800S、もしくは平面駆動型各種など、普段から愛用している開放型ヘッドホンがある人は、騙されたと思ってD17で試してみてください。

ポータブル機だからイヤホン用だと決めつけていると損をします。むしろ逆にイヤホンならDX260MK2 DAPやNunchakuドングルDACでも十分良い音が楽しめるため、D17の必要性をそこまで実感できず、ヘッドホンを駆動してみることでようやくD17のポテンシャルを体感できます。

D17がヘッドホンと相性が良いといっても、典型的な据え置きヘッドホンアンプと同じサウンドをポータブルで実現できるから凄いというわけではありません。どちらかというと、普段とは異なるサウンドを提供してくれて、自分が愛用しているヘッドホンの新たな側面が体験できます。

イヤホンの時と感想は似ており、派手さが控えめで地に足のついた統一感のあるサウンドを繰り広げてくれるわけですが、イヤホンよりも開放型ヘッドホンの方が音場が広大すぎて音楽の全体像を掴みにくいというケースが多いところ、D17が音楽の情景を整えて、現実的なプレゼンテーションに落とし込んでくれる効果があります。

DSDのオーケストラ録音を聴いてみても、普段ならもうちょっと腰高で浮遊感のある臨場感に包まれるような体験なのに対して、D17のR2Rモードでは良い感じに空気を整えてくれることで、音楽の情景が明確になり、演奏に集中しやすくなります。

帯域やダイナミックレンジが狭くなったような悪影響はそこまで感じられず、クロスフィードエフェクトほど左右をブレンドするわけでもない、必要な情報を取捨選択してくれる感覚です。演奏そのものにDSP風の不自然な捻じれや干渉が感じられない、アナログ的な親近感があります。

たとえるなら、これまでジェネレックのような高性能モニターで聴いていた音楽を、LS5/9とかHarbeth M30のようなそこそこ大きな古典モニターで聴いているような、ゆったり感とフォーカスの効いた統一感があります(DACアンプに対してスピーカーで例えるのも変ですが、そんな変化があります)。

ここまで大きな変化をもたらすのは、D/A変換やNutubeなど普通とは違う要素が沢山導入されているからだと思いますが、それらを個別にセパレートシステムで組み上げるのと比べて、D17ではiBassoが上手に仕上げてくれているため、ごった煮感が少ないあたりが優秀です。

ただし、このあたりがD17の弱点でもあります。魅力的なサウンドを提案できる反面、いわゆる典型的なレファレンス系アンプのサウンドではないので、高価な製品だからといってプロオーディオ系のハイスペックなサウンドを期待すべきではありません。

他社の高級機では、様々なスイッチ類で特殊効果を切ってオーソドックスな状態に戻せるタイプが多いのですが、D17の場合、D/A変換は1-bitとR2Rのどちらもユニークですし、Nutubeはバイパスできないなど、サウンドの選択肢が個性的で絞られています。

たぶん、すでに優秀な据え置きアンプをメインシステムとして活用している人が、それとは別腹で全く違う体験を得るために、サブシステムとしてD17を導入するのが理想的です。

たとえばComposerの場合、普段RME ADI-2PRO FS、Chord Hugo TT2といった定評のある据え置きDACアンプで駆動して、ある程度ヘッドホンの性能や性格を理解できたつもりでいたところ、D17で鳴らしたサウンドはだいぶ雰囲気が変わり、固定概念が覆されます。Composerの本来の性能や特性を存分に体験するには、これまでどおり王道なシステムで鳴らす方が優れていと思いますが、D17を使うことで別のヘッドホンのように変身するので、鳴り方の違う高級ヘッドホンをもう一台買う金額を考えると、D17の価格もそこまで悪くないかも、と思えてしまうのが怖いところです。

DC07PRO + PB6

つづいてPB6の方を試聴してみます。こちらはアナログアンプなのでソース機器によって音質が左右されるため、色々と試してみたところ、やはりDC07PROのようなドングルDACと組み合わせることで一番良い結果が得られました。

PB6のサウンドは、エキサイティングでスピード感があり、力量の余裕が実感できる、まさにアナログポタアンに求めているサウンドといった実感が湧き、かなり優れた製品だと思います。

普段音楽を聴いていて、イヤホン・ヘッドホンが息切れしているような物足りなさを感じるなら、PB6を挟むことで音のクッキリした勢いや伸びやかさが強化され、たとえば歌手の発声から減衰の終わりまで余すことなく聴き取れるようになります。

感度の高いIEMイヤホンでもノイズは目立たないため、微細なニュアンスや強弱のコントラストも損なわれません。アナログポタアンにありがちな、音の要素が混ざり合って押し出される感じではないので、試聴に使った歌手とギターのデュオでも、それぞれの独立した音像として力強さと余白を楽しめます。

ただし、ラインソースとの組み合わせ次第では、力量が強すぎて、緩急差の少ない、余裕の無いサウンドになってしまいがちなので、もしDAPと接続するなら、私が普段使っているHiby RS6や多くのiBasso DAPのように、ヘッドホンアンプを通さない純粋なライン出力モードが用意されているモデルが良いです。

Hiby RS6のライン出力から

つまり上流ソースの品質がサウンドに現れる純度の高いアンプです。ポータブルオーディオの世界ではよく「二重アンプは避けるべき」と言われているわけですが、PB6ではまさにそれが実感できます。AK SP3000のようにヘッドホン出力をラインレベル電圧に固定するタイプのモデルでは、PB6を通すと音が厚く鈍くなりすぎて、うまくいきませんでした。

BWモードスイッチについては、切り替えてみても、なんとなく変わるような、そうでもないような、明確な違いが感じられませんでした。Highにしたほうが刺激的で派手になる感覚もあるものの、先入観による思い込みかもしれません。そこまで気にせず気が向いたら切り替えて違いを感じ取るくらいです。

Tubeモードは違いが感じられます。こちらは最近のポータブルオーディオにおける真空管搭載機で得られる効果とよく似ています。とくにJAN6418プリ管はNunchakuからCayin N3Ultra、AK SP3000Tに至るまで様々なモデルで採用されているので、基本的な回路構成や効能も似ているのでしょう。

華やかでリッチな響きになるというよりも、どちらかというと余計な情報を取り除いて音楽そのものを聴きやすくするようなフィルター的な効果で、スッキリとしたプレゼンテーションに仕立ててくれます。イコライザーなどでは同じ効果は得られない、真空管ならではのメリットです。

トランス変換で出力インピーダンスが劇的に上がるとか、高周波に膨大な歪みの倍音成分が付加されるといった、いわゆるスピーカー用の真空管パワーアンプにおける効能ほどの劇的な変化ではないので、楽曲によってはTube/ABのどちらで聴いているか忘れてしまうくらいの些細な違いです。

古いアナログのロックや歌謡曲など、いろいろな音が混ざり合って、圧迫感があり聴き疲れしやすい楽曲の場合、真空管モードに切り替えることで余計な雑味が控えめになり、聴くべき音がクッキリと浮かび上がってきてリラックスして楽しめるという傾向です。

ただし弱点として、フィルター的な悪影響も若干感じられる事もあります。試聴に使ったクラシックの歌曲集では、真空管モードでは歌手が若干うわずった鼻声のようになってしまい、管弦楽器も人数が減ったような感じです。つまり余計な雑味を取り除いて音楽を聴きやすくするという効果が、逆に生楽器やコンサートホールの自然な音響を過剰に簡略化してしまうのかもしれません。

これまでに使ってみた機器でも、NutubeとJAN6418のどちらもスッキリ聴きやすくする効果があるものの、JAN6418の方がPB6で感じたような鼻声っぽい悪影響が目立つ印象なので、やはりコスト差ゆえに仕方がないのか、逆に考えると、良くも悪くも真空管っぽい効果を強調するなら、真面目なNutubeよりもアバウトなJAN6418の方が向いているのかもしれません。

ちょっとした注意点で、PB6のシャーシを指で叩くと「キーン」とワイングラスを叩いたような高音がイヤホンから聴こえてきます。高価なモデルではゴムクッションなどで振動ノイズを低減するため、シャーシが大きくなってしまう原因になるのですが、PB6は価格も安いですし、シャーシが薄いことがセールスポイントにもなっているので、振動ノイズは我慢するしかありません。

卓上で使う分には問題ありませんが、出先で携帯する際には注意が必要です。高音の響きは数秒間続きますし、指で叩いた時ほどのわかりやすい響きではなくとも、シャーシが動いていると細かい振動が音楽波形と同じ熱電子として真空管内を通るため、音楽に独特の響きが加えられます。

AK PA10

個人的にPB6は真空管よりもソリッドステートアンプとしての性能を気に入ったので、同じジャンルで私が普段から愛用しているAK PA10と比較してみました。余談ですが上の写真のMiterのPA10専用レザーケースは質感が良く使いやすくて気に入っています。

どちらもシンプルなアナログポタアンでありながら、iBassoらしい、AKらしいサウンドというのをそれぞれ表現できているあたり、オーティオは奥が深いと実感します。

AK PA10の方が温厚でゆったりした雰囲気が味わえて、ノイズも若干高めなあたり、イヤホンよりもヘッドホンを鳴らすのに適しています。イヤホンを使うなら、上の写真のMadoo Typ821のように能率が低いモデルをしっかり骨太に鳴らすのに効果的です。

個人的な音質の好みでいうとPA10の方が一段上です。PB6はアンプに求められる力強さや明瞭さがしっかりと提示されており、優れたアンプの定義を初心者に伝えるのに最適な万能選手といった感じなのに対して、PA10の方がアンプの作り込みに芸術性が感じられ、あえてスペック性能を妥協してでも音色の質感を追求している印象を受けます。

このあたりが私がPB6を購入すべきかの判断に関わってきます。ドングルDACをメインで使っているのなら、そこにPB6を追加することで音質と出力のどちらにも大幅なアップグレードが実現できるわけですが、私が普段使っているHiby RS6 DAPからPB6に接続しても、確かに出力アップは期待できますが、音質面でのメリットは少ないです。その点AK PA10の方がRS6 DAPとは異なる深い音色が引き出せる実感があります。

そんなわけで、私にとってのHiby RS6のように、すでに個人的に音色を気に入っているDAPを持っているのなら、音質向上のためにPB6を導入する必要は無いと思います。真空管モードもそこまで劇的な変化というわけでもありません。PB6はヘッドホン駆動のためにもう少しパワーが欲しいとか、スマホとドングルDACの現在の構成からもう一段アップグレードしたい場合に、そこまで悪い影響も無く、常識的な予算で安心して導入できる万能選手です。

おわりに

今回iBasso D17とPB6を試聴してみたわけですが、PB6は汎用性とコストパフォーマンスの高さで初心者にもおすすめできる力作で、一方D17は特定の条件下で優れた相乗効果を発揮してくれる上級者向けの製品といった具合に、それぞれの対象ユーザー層を分けて作り込んでいるように感じました。

個人的にはD17ももうすこし無難で汎用性が高いデザインの方が嬉しいのですが、しかしそうなると、もっと安い他社製品でも十分ということになってしまうので、高価格帯ならD17くらい尖った製品の方が特定の人にすごく刺さると思います。

たとえばD17のDACモード切り替えは面白いのですが、1-bitとR2Rのどちらもハイスペックなレファレンスという感じではなく、個性的な音色を気に入った人が価値を見出すマニアックな製品です。もっと安いモデルと比べて劣っているというわけではなく、スペックやレファレンス的な評価基準に当てはまらないので、万人におすすめできるモデルではないという意味です。

二つの自社製D/A変換にNutubeという贅沢仕様が高価になるのは当然で、説得力は十分あります。FPGAベースの自社開発DACにはAKMやESSなど大手D/Aチップと比べて明確な優位性があるわけではないので、費用対効果を度外視できる人でないと踏み込んではいけない世界だと思います。

普段使っているメインのDAPなどとは別に、他では実現できない特別な体験のために導入するという図式です。とりわけ今回は開放型ヘッドホンとのペアリングが最高に素晴らしかったです。

スピーカーオーディオにおいても、高価なモデルほどレファレンス的な汎用性や互換性から離れていきます。特定のスピーカーを鳴らすためにアンプを選定するといった試行錯誤の過程が趣味として面白いわけです。ポータブルオーディオはまだ歴史が浅いため「高価な方が高性能で高音質だ」という先入観が拭えない人が多いと思いますが、D17くらいのクラスになってくると、システムとしてのペアリングやマッチング、音源との相性といった部分が際立ってくる、ハイエンドオーディオの世界に突入しているように感じます。

PB6の方は、D17とは真逆の汎用性の塊のような、万人におすすめしたい製品です。他のiBasso製品と比べても値段がだいぶ安く感じますし、堅牢なシャーシに精巧なボリュームノブなど初心者でも扱いやすく、真空管ON/OFFや外部電源モードなどで音色の違いを聴き比べるのが楽しいあたり、オーディオという趣味の探究心を手軽に満たしてくれる製品です。

とくにUSBドングルDACとの組み合わせは高級DAPに迫るサウンドを比較的安価に実現できます。ケーブルは煩わしいですが、スマホをメインで使っている人なら、 DC07PROとPB6を持っておけば様々なシナリオに柔軟に対応できて最強です。

最後に、個人的な感想ですが、今回D17とPB6を体験してみたことで、iBassoにそろそろ王道の普及価格帯ポータブルDACアンプを作ってもらいたいという願望が強くなりました。

私にとってiBassoは昔から「アンプの音が良いメーカー」というイメージがあり、この話題になると毎度のことながら、個人的に2016年のD14 BushmasterがiBassoの最高傑作だと主張したいです。

そんなiBassoらしいアンプの音の良さを今回PB6であらためて実感できました。シンプルにトランジスター式アナログポタアンとしての音が良いですし、値段が安いので、真空管はたまに使うギミックとして割り切ることができます。

私がD14 Bushmasterを傑作だと言っているのは、現在のiBassoがこれと同じレベルのモデルを「作れない」からではなく、「作っていない」からなので、それが残念です。

D17は自社製D/A変換とNutubeという個性的な組み合わせで、王道から外れたニッチな構成ですし、価格も必然的に高価になってしまいます。

自社製D/Aではなく最先端の高性能D/Aチップ、真空管ギミックではなく技術の粋を結集させたディスクリートアンプといった、王道デザインを極めた十万円以下くらいの製品を期待しているのですが、やはり話題性を考えると、どうしてもユニークな機能を搭載せざるを得ないのでしょう。ニュースやレビューでも、自社製D/A変換や真空管といったキーワードが押し出されるばかりで、実際にそれが必要なのかという本質的な部分は無視されがちです。

たとえばFiio Q15は王道のレファレンス設計としてかなり良い製品だと思いますが、iBassoなら同じ路線でもっと良い音が出せると信じています。これまでiBassoの弱点だったシャーシやインターフェース設計の甘さもPB6では見事に克服しており、現在の開発陣のもとで確実に進化していることが実感できるため、今後どのように発展していくのか期待しています。


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