2025年12月2日火曜日

Astell&Kern SP4000 DAPの試聴レビュー

 Astell&Kernの新作DAP SP4000を試聴してみたので感想を書いておきます

Astell&Kern SP4000

2025年8月発売、価格はなんと70万円という、今回試聴機を借りて使うのもハラハラするくらいの高級機です。前作SP3000の発売が2022年だったので、待望のアップデートということで首を長くして待っていた人も多かもしれません。

AK DAP

たかがポータブルDAPがなぜここまで高価なのか・・・なんて新作が出るたびに毎回言っているような気がしますが、2022年に出た前作SP3000もメーカー希望価格は66万円だったので、今回SP4000が70万円というのも、昨今の物価高を考慮するとそこまで暴力的というわけでもありません。むしろ買い替えを検討している人は、100万円とかにならなかっただけでも一安心ではないでしょうか。

SP3000よりも大きくなりました

SP3000の後にもL&PやNIPOなど他社からも超高級DAPが続々登場しているので、私では手が届かないとしても、これら高級機が実際に売れていることは確かなようです。

毎度のことですが、AKが提示したフラッグシップ価格を他社が参考にして、下に見られてはいけないと思い、負けじと高価なモデルを出すというチキンレースのような状況が怖いです。

SP4000は6インチ画面のAndroid OS搭載DAPで、筐体はステンレス、D/A変換は旭化成AK4191EQ + AK4499EXを採用しています。それだけ見ればもっと安いライバル候補もたくさんありますし、実際AKは他社と比べると無駄な機能を省いたシンプルなデザインなので、コストパフォーマンスや多機能性を求めている人には価値が見えにくいメーカーです。

これまでもAKのフラッグシップシリーズというと、その時代ごとの最高峰レファレンスとしての設計を行っており、それらのモデルチェンジの合間に、真空管搭載のSP3000TやコンパクトなSP3000Mといった別路線のモデルを提案するという製品サイクルを繰り返して、今作SP4000に至ります。

前作SP3000との目立った違いとしては:

  • 画面が5.46から6インチに拡大
  • D/A変換が2×AK4191EQ + 4×AK4499EXから4×(AK4191EQ + AK4499EX)に増強
  • 新たなHigh Driving Mode (HDM)追加
  • Google Play Store対応

といった点が挙げられます。とくにGoogle Play対応は待望していた人も多かったと思います。私は内蔵ファイル再生しか使わないので不要ですが、ストリーミングアプリなど色々とインストールしたい場合、SP3000まではAPKファイルのサイドローディングのみ対応していたところ、SP4000はGoogleアカウントから正式にインストールできるようになります。

D/A変換とHDMについては後述するので、ひとまずデザインの方から見ていきます。

パッケージ

今回の試聴機はパッケージも含めて借りることができました。普段ならスルーするところですが、あまりにも豪華なので写真に収めたくなります。

右がSP4000の箱です

奇遇にもSP3000のボックスが身近にあったので、並べて比べてみると尋常でない大きさが実感できると思います。

高級嗜好品のパッケージ問題というのは、たとえば腕時計などでもたびたび議論に上がります。私の場合は収納スペースに困るのでなるべくコンパクトでシンプルな方が嬉しいのですが、逆に所有感を満たしてくれるような演出を期待する人も多いですし、メーカー側としても意気込みを伝えたい部分でもあります。

このSP4000の箱は長方形なのがせめてもの救いです。凝ったプラスチックの立体造形とかだと収納を考えると買いたくなくなります(DVDボックスとかでよくあります)。

内箱

品質の高さが伝わってきます

内箱はラッチ付きのハードケースです。AKの凄いところは、表面上の高級感を演出するのではなく、丁寧で規則正しいステッチやエッジ処理などを見るとわかるように、本当に高級な作り方を熟知して、良いものを作ろうという誠意が伝わってきます。

他社がこれを真似ても、箱の直角が上手く揃わなかったり、テカテカの合皮が剥がれてきたり、ヒンジのメッキが酸化したりなど、本物の職人技を知らない人がそれっぽく作った子供騙しになりがちです。

中身

謎のレザーポーチ

レザーケースと保護シール

蓋を開けて左側が本体で、右側にレザーポーチがあります。昔の人が使っていた万年筆ケースみたいなデザインのもので、品質はとても良さそうなのですが、保護ケースとしては使いづらそうだなと思っていたところ、それとは別にこれまでどおりのレザーケースも付属していました。

デザイン

SP4000の基本的なデザインはSP3000を踏襲して、全方向に大型化した印象です。ただし細部を比べると違う部分も目立ちます。

SP4000・SP3000

SP3000と同じ904Lステンレス製で、今回借りた試聴機はシルバーですが、ブラックも選べます。SP3000の方は数年後に金メッキやプラチナメッキ版など高価な特別版でテコ入れしていたので、今後SP4000もそういうのが出るかもしれません。

実際に手に持ってみると、画面サイズよりも重さの違いが目立ちます。493gから615gと約25%増えており、本当に金属の塊というか文鎮のようです。SP3000でさえ重すぎてポータブル用途には辛いと思っていたところ、一度SP4000を体験してしまうと、SP3000がなんだか軽く思えてしまいます。

個人的にはHiby RS6(5インチ315g)くらいがポータブルDAPにはちょうどよいので、普段はそれを使っており、SP4000の615gの重さを痛感します。

付属レザーケース

今回はPerlingerです

ボリュームノブのみ露出

付属レザーケースはSP3000と同様に側面のタブを折り込むタイプで、全体的にしっかり保護してくれますし、キツすぎてボタンが押されてしまうようなトラブルもありませんでした。

AKは毎回異なる一流レザータナリーを選んでおり、今回はドイツPerlingerのシュリンクレザーを採用しています。Perlingerのシュリンクといえば身近なところだとボナヴェンチュラとかが使っているようです。AKのケースはレザーだけでなく縫製もしっかりしており高級感が実感できます。パッケージの話と同じで、他のDAPメーカーが真似をして高級風レザーを採用しても、コバが汚かったり型紙やステッチが歪んでいたりで、品質の評価基準を理解していないと思えることがよくあります。

ちなみにSP3000は緑色のシュリンクレザーでしたが、個人的にシュリンクはあまり好きではないので、上の写真のSP3000では、純正別売の黒いレザーケースに交換してあります。今回SP4000でも別売でオイルレザーケースが売っているようです。AKの純正別売ケースは、あとになって付属ケースがボロくなってきた頃に買おうと思っても生産終了で手に入らないことがよくあるので、DAPを買う時点で別売ケースも確保しておくのをおすすめします。

あいかわらずカッコいいです

ポリッシュが綺麗です

AKらしいデザイン

ボリュームノブは押し込むことで電源ボタンも兼ねており、ノブを保護するバンパー部分はAKらしいデザインアイコンとして継承されています。

従来のモデルと比べてエッジがだいぶ丸くなって、ポリッシュ処理もかなり綺麗に仕上がっています。腕時計とかが好きな人ならご存知のとおり、ポリッシュは平面を出すのが難しいため、下手なメーカーだと、光の反射がぐにゃぐにゃとうねるような感じに歪んで安っぽく見えてしまいます。

SP4000のように滑らかな液体のような鏡面仕上げを実現するためには、まず正確な平面を切削した上で、フラットな状態を維持しながら丁寧に機械研磨していく必要があるので、適当なバフがけでは上手くいきませんし、一箇所だけ深く磨いてしまうと後戻りできません。このあたりは量産工場では難しい職人技のコストがかかってきます。

もちろん音質には直接影響しない部分なので、無駄な贅沢だと思うのも当然ですが、たとえば腕時計や万年筆などの場合は、中身が見えないため、せめて外側を丁寧に作り込むことで、中身の精巧さや技術力の高さを証明しているという側面があります。外側の処理が粗いメーカーは、中身も同じくらい手抜きだということです。そのあたりはDAPメーカーにも共通していると思います。

側面

底面

裏面

反対側の側面はトランスポートボタンのみで、こちらも歪みのない鏡面の磨き上げによる陰影のコントラストが実に綺麗ですし、ボタンの質感もしっかりと合わせているのも素晴らしいです。他社DAPだとシャーシが金属なのにボタンが金塗装のプラで剥げてくるなんてことがよくあります。

底面にはUSB C端子とマイクロSDカードスロットがあるのはSP3000と同じです。背面は薄い格子模様があるのですが、ほぼ鏡のように反射するので指紋がかなり目立ちます。堅牢な削り出し筐体のイメージとしてはこの方が優れているのでしょうけれど、個人的には旧モデルのようなカーボンファイバーパネルもハイテクっぽくて好きでした。

上がSP3000です

ところで、SP3000と並べて比べてみて、はじめて気がついたのですが、ついに2.5mmバランス端子が廃止されて、3.5mmと4.4mmのみになっています。

直近のSP3000Tでもまだ2.5mmがあったので、AKの意地として残すつもりかと思っていたら、意外と潔く4.4mmに統合してくれました。実際のところ4.4mmから2.5mmケーブルへの変換アダプターは容易に手に入るので、古い2.5mmイヤホンを鳴らしたい人でも実用上そこまで困らないと思います。

さらにロック(ホールド)ボタンが新たに追加されたのも意外です。横にカチッとスライドするタイプのスイッチで、ボリュームノブと側面ボタンがロックされます。

実際SP3000を使っていると、側面のボタンやボリュームノブが一番突出している位置にあるため、バッグに入れた時などに押されて勝手に画面が点灯したり再生開始するトラブルが何度かあったので、ロックボタンは確かにありがたいかもしれません。

SP4000・DX340

上がDX340です

同じ6インチ画面サイズのDAPということで、iBasso DX340と並べて比べてみると、遠目では見分けがつかないほどぴったり同じサイズです。ただし重量はSP4000の615gに対してDX340は486gですし、さらにDX340はヘッドホン出力端子がSP4000とは反対の本体下面にあるので、使用感もだいぶ違います。

SP4000と比べてDX340の無骨なブラシ表面もメカっぽくてカッコいいのですが、シャーシの角が素手で掴むのが怖いくらい尖っていて、ケースに入れていてもバッグやポケットに穴が空きそうです。高級モデルなので荒削りな部分をもう少し丁寧に仕上げてもらいたいです。

歴代AK DAP

背面は昔のカーボンが好きでした

一目でAKとわかる側面

ボリュームノブ

2.5mmから4.4mmへの変遷が伺えます

せっかくなので、全部ではありませんが、歴代AK DAPを並べて比べてみました。

まるで恐竜のようにどんどん大きく進化しているのがわかります。この流れはどこまで続くのでしょうか。

DAPは流通している液晶画面部品やアプリ対応の都合上、基本的に現行スマホのサイズ拡大と平行して大きくなっているので、近頃のハイエンドスマホが6インチあたりに落ち着いているということは、DAPもこれ以上大きくならないことを祈っています。

私自身、AK DAPは銀色のステンレスモデルが好きなので選んでいたところ、今回SP4000の試聴機も運よく銀色でした。それにしても、ボリュームノブ周りの意匠など、初期から共通したデザインポリシーを貫いているのはファンとして嬉しいです。新型が出るたびにデザインがコロコロと変わってしまうと、別のメーカーに浮気するハードルが下がります。

上の写真で並べたモデルは、AK240SSは2015年発売で38万円、SP1000が2017年で50万円、SP3000が2022年で66万円です。

こういった高級DAPというのは、もちろん発売時に新型を買える余裕のある人が羨ましいですが、その人たちのおかげで、新型の買い替え需要で旧型の中古品が出回るので、私は毎回それを狙っており、SP3000もSP4000が出たタイミングで安く手に入れました。

AKは他のメーカーと比べて流通量が多いため、中古品の玉数も多いのがありがたいです。ただし新型買い替えラッシュが過ぎてしまうと、私みたいに中古で確保した人はなかなか手放さないので流通量が一気に下がってしまうため、タイミングが肝心です。

私の場合、これまでのAK DAPでは一個飛ばしでシステムOSや筐体のアップグレードが実感できたので、AK240SSからAK360を飛ばしてSP1000、そしてSP2000を飛ばしてSP3000といった感じに乗り換えてきて、それらの間に挟んでQuestyle、iBasso、Hibyなど他社のDAPを使うというサイクルを繰り返してきました。もちろん宝くじでも当たればSP4000をすぐに買いますが、当面はHiby RS6とSP3000を活用していくことになりそうです。

インターフェース

SP4000の大きなセールスポイントとして、新たにGoogle Play対応になったわけですが、そのわりにOSインターフェース自体はSP3000世代からあまり大きく変わっていません。

アプリ対応をそこまで重視していない私みたいなユーザーにとって、これまでどおり音楽再生に特化したインターフェースというのはむしろ嬉しいです。

中央のボタンで

App Drawerが開きます

ホーム画面の中央に新たに追加されたボタンを押すとApp Drawerというメニューが開き、そこでGoogle Play Storeやインストール済みのアプリが選択できます。さらに画面左下のボタンで起動中アプリ一覧を表示して終了させたりできます。

スマホのようなAndroidホーム画面になっていたらと不安だったのですが、うまいことAK DAPらしい音楽再生最優先のインターフェースとPlay Store対応の折衷案を実現できていると思います。

CDジャケットの方が良かったです

個人的に一つだけ不満点があります。注意深い人なら先程の写真で気がついたかもしれませんが、SP3000のホーム画面ではアルバムがCDケース風のデザインで観覧できたところ、SP4000ではレコード盤デザインに変更されました。

実用上はどちらでも変わらないので、最近流行りのレコード盤の方がオーディオファイルっぽいのかもしれませんが、個人的にはCDケースの方が親近感や意外性があって好きでした。設定で切り替えたりできませんかね。もうちょっと凝ればソニーのカセットテープ画面みたいにレトロ趣味に刺さるポテンシャルがあると思います。(1980年より前のアルバムならLPレコード、それ以降はCDジャケット、DSDならSACDジャケット、短いEPならドーナツ盤もしくはCDシングル風とか、夢が広がります・・・)

ファームウェア

アルバムブラウザー

VUメーター

設定画面

DACフィルター

今回借りた試聴機は初回起動時にファームウェアアップデートがあり、1.02CMというバージョンを使いました。

アルバムブラウザーや設定画面などはSP3000など現行AK DAPと共通しているので、使い慣れていればスムーズに移行できます。VUメーターはせっかく画面下に専用アイコンを用意しているのだから、もうちょっとLEDスペアナとかカッコいいバリエーションを増やしてくれませんかね。

DACフィルターはSP3000と同じ旭化成のD/Aチップなので選択候補は変わらず、Short Delay Sharp Roll-Offをデフォルトとして推奨しています。

スワイプダウンショートカット

クロスフィード

Digital Audio Remaster (DAR)

各種オーディオ設定もSP3000とほぼ同じです。画面上部スワイプダウンのショートカットメニューからオンオフの切り替えと、長押しで詳細設定に飛べます。

クロスフィード機能はそこそこ良い感じなので、SP3000の頃から頻繁に使っていました。スライダーで効き具合を調整できるので自分の好みに合わせて活用できます。デジタルエフェクトなのでDSDでは使えないのが残念です。DSDアルバムこそ古いステレオ復刻盤が多いので。

Digital Audio Remaster (DAR) というのはAK独自のアップスケーリング機能で、ソフトウェア上で高レートのPCMもしくはDSDに変換してからDACに送るという仕組みです。音質効果については後述しますが、設定画面はSP3000から変更無いものの、アップスケーリング演算自体は進化しており、倍音復元アルゴリズムを導入しているようです。JVCのK2みたいなものでしょうか。

SP4000では新たにHigh Driving Mode (HDM)という機能が追加されており、こちらもショートカットからオンオフが切り替えられるようになっています。

ちなみに本体サイズが大きくなったことでバッテリーもSP3000の5050mAhから6780mAhに増量されています。再生時間スペックはどちらも10時間ということですが、これは再生するファイルフォーマットやアンプへの負荷で大きく左右されます。

SP3000は待機中もバッテリーの消費が結構速いのが難点でしたが、80%充電から画面消灯のスタンバイ状態で一日放置したところ、SP3000は48%、SP4000は62%まで下がったので、バッテリーの増量分とほぼ同じ、三割ほど持ちが長くなったようです。

どちらにせよ、Androidスマホ系DAPと比べるとスタンバイ電力消費が高いのがAKの弱点です。Android SoCで集中管理せず独自のTeraton Alpha電力制御を使っているからでしょうか。スリープではなく電源オフにするか、こまめな充電が必要です。QC3.0に対応しているので最新の高性能充電器なら充電自体はだいぶ速くなっているのは助かります。

USB DACモード

DACモードはメニューの挙動が怪しいです

OSインターフェースは熟成されているだけあって、これといって致命的なバグは見つからなかったのですが、今後アップデートで修正してもらいたい点は一つだけあります。

パソコンやスマホにUSBケーブルで接続すると、DACモードに移行できて、専用画面に切り替わるのですが、ここでスワイプダウンショートカットのページを移動することができません。具体的にはHigh Driving Mode (HDM)のオンオフを切り替えたかったのですが、ショートカットの別ページにあると辿り着けませんでした。

SP3000でもDACモードだとスワイプダウンのショートカット自体が呼び出せないという謎の仕様がありました。そのためDACモード専用画面上でDARとDACフィルターのオンオフができるよう用意されているわけですが、SP4000で新たに追加されたHDMモードの切り替えをDACモード画面に用意するのを忘れているのだと思います。致命的な問題ではありませんがいつか修正してもらいたいです。

DACとHDM

SP3000からの変更点で、肝心の音質に影響しそうなのは、D/Aチップの増強とHDMが挙げられます。

他にも電源回路の強化やノイズ対策なども進化しているようですが、それだけではセールスポイントしてのインパクトが弱いので、これら二点が紹介されています。

まずD/A変換については、SP3000では左右で二枚のAK4191EQから左右バランス(L+/L-/R+/R-)で四枚のAK4499EXに送るという構成だったところ、SP4000ではAK4191EQも四枚に増えています。

旭化成AK4191EQ+AK4499EXはこれまでの最上級チップAK4497の中身を二つのチップに分割したようなICで、2022年の登場以来、多くの高級オーディオ機器に採用されています。

入力された音楽データがひとまずAK4191EQチップで7bit 256fs (11.2896MHz/12.288MHz)のマルチビットデルタシグマ変換され、それがAK4499EXチップで高速スイッチングされてアナログ信号になるという仕組みです。

わざわざチップを二分割する理由としては、デルタシグマ変換とアナログスイッチングではIC内部の設計から電源の要求など大幅に異なるため、それぞれの役割に特化したチップを作ったほうが都合が良いのでしょう。またオーディオ機器メーカーも、チップごとの要求に特化した電源などの周辺回路で囲い込むことで性能を引き出すことができます。

つまり、単純にAK4191EQ + AK4499EXを導入するだけで高音質になるというよりも、むしろ逆に、オーディオメーカー側の技量次第で潜在能力を引き出せるような提案という見方ができます。

それではSP4000でチップを四枚に増やした理由としては、そもそもAK4191EQは一枚でステレオ出力が可能で、それをあえてモノモードで二枚活用したとしても、出力されるのはデルタシグマ変換されたデータなので、わざわざバランス用にさらに分ける必要はありません。AK4499EXも一枚でステレオの差動出力ができるため、単純に見ればAK4191EQ + AK4499EXをそれぞれ一枚づつでもステレオバランス出力は可能です。

AK4499EXの方を四枚にする利点としては、アナログ信号を出力するICなので、パラレルで駆動させることでダイナミックレンジを稼げるのと、左右クロストークを低減するといったわかりやすいメリットが思い浮かびます。一方AK4191EQまで四枚にする理由としては、もはや執念というか、L+/L-/R+/R-という四つの信号経路において、電源やIC内部由来の変動やノイズ、クロストークなどを完全に分離独立させたいという努力の結論だと思います。

アナログオーディオの場合、ここからさらに左右をモノブロック化するなどの道筋もありますが、デジタルの場合は左右筐体を分けることでデータ伝送のタイミング誤差ジッタ増大がかえって悪影響を及ぼすため、とくに超高レートのDXD/DSDを扱う場合、一つの筐体内の至近距離でどれだけ信号経路を分離独立できるかという事を突き詰めると、SP4000のような回答に行き着くのでしょう。

続いてHigh Driving Mode (HDM)の方ですが、こちらは公式の説明が抽象的でイマイチ掴みにくいのですが、HDMオンにするとオペアンプの数が並列二倍に増えて、電流出力が増強されるという仕組みらしいです。公式サイトによると「四輪駆動車が悪路を確実に走破するような、トルク感があり力強く安定した出力によって・・・」とあります。

オペアンプといっても、D/A変換後にはI/V変換やローパスフィルターなどいくつかのオペアンプを通すのが一般的なので、一体どれを指しているのか不明ですが、公式スペックではHDMオンとオフで数値を分けていないため、多分プリアンプ部分のどれかで、最終的なヘッドホンアンプICを二倍にしているわけではなさそうです。

出力

いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて、ボリュームを上げていって歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧を確認してみました。

SP4000はハイ/ローゲインの切り替えが無い潔い設計なので、測定に余計な手間がかからなくてありがたいです。FiioやiBassoなどモード切り替えが多い製品は全通りの組み合わせを確認するだけで時間かかってしまい非常に面倒です。

一応SP4000にはLine Outモードがありますが、これまでのAK DAPと同じく、単純にヘッドホン出力を2Vrmsなど規定電圧に固定するだけの機能なので、高インピーダンスのライン信号出力は用意されてません。そのあたりも含めて、純粋にヘッドホンを接続して音楽を聴くことに特化したDAPです。

公式スペックによると無負荷時の最大出力電圧はバランスで8.2Vrms、つまり23Vppなので、実測グラフとぴったり合います。最大出力は100Ωあたりで600mW程度でしょうか。最近のDAPの中では低い方だと思いますが、あくまで音質最優先で設計するとこれくらいに落ち着くのでしょう。無駄に高出力化してもノイズや歪みが増えるだけで実用上メリットが薄いです。

今回新たに搭載されたHigh Driving Mode (HDM)を確認してみたところ、基本的にアンプの出力グラフには影響しませんでした。上のグラフでは破線がHDMオンなのですが、HDMオフの実線と被ってしまいます。一応ONにした瞬間にアンプが切り替わるのが波形で確認できるのですが、その後の出力数値はほぼ同じです。

やはりHDMモードは最終的なパワーアンプICではなく、そこに送るためのラインステージのオペアンプを二倍に増やすギミックのようなので、据え置きオーディオシステムで例えるならプリアンプをアップグレードするような感じで、パワーアンプの出力が上がるわけではないようです。つまりHDMのON/OFFは純粋に音質の好みで決めるべきです。

同じ信号を再生しながら無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。しっかり横一直線の定電圧駆動を維持できており、出力インピーダンスを計算するとバランスで1.7Ω、シングルエンドで0.7Ω程度になり、これも公式スペックとぴったり合います。最近のDAPはどれも非常に優秀なので、わざわざ気にする事も少なくなりました。

こちらもHDM ONの破線とOFFの実線がぴったり重なってしまいました。出力インピーダンスが下がるとか電流バッファーが倍増するといった効果は無さそうです。

バランス接続での最大出力電圧を他の製品と比較してみました。まず前作SP3000・SP3000Tと比べて全面的にパワーアップしていることがわかります。出力曲線は似ているので、アンプの基礎設計はSP3000から大きく変えずに電源周りなどで出力の余裕を向上させているあたりはハイエンドオーディオ機器におけるモデルチェンジとよく似ています。

また、単純に最高出力を求めているなら、もっと安い製品でも選択肢はたくさんあるので、たとえば上のグラフのFiio Q15なんかは非常に高出力なので私も重宝しています。40Ω以下、つまりほとんどのIEMイヤホンにおいては、SP4000よりもiBasso DC07PROのようなバスパワーのUSBドングルDACの方が高出力が出せています。

SP4000は出力の高さではなく、実際に聴いてみて本当に良い音だと納得した人が購入するような製品です。同じAKの製品でもPA10ポタアンは低インピーダンスでの出力がSP4000よりも圧倒的に高いですが、音質はSP4000とは明らかに違うので、AKは単純な優劣ではなく製品ごとにコンセプトを明確に分けているようです。

音質

AKのフラッグシップDAPということで、試聴にはできるかぎり最先端の高音質音源やイヤホンを使いたいです。

Madoo Typ821

イヤホンにはひとまずMadoo Typ821を選びました。高解像で空間再現性の高いサウンドであると同時に、平面駆動型なのでインピーダンスが一定で、ソース側に優しい負荷なので、DAPの純粋なサウンドの特徴が引き出せます。もっと難しい負荷もあとで試してみます。

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Channel Classicsからの新譜でNing Fengのブラームスを聴いてみました。Antony Hermus指揮ベルリンコンツェルトハウスという渋いオケです。DSD録音の第一人者Channel Classicsから、今作もDSD256録音ということで(ファイルサイズがデカいので私はDSD128で聴いてますが)、こういった大編成オケのDSD録音で右に出るものはいません。

試聴に高レートDSDやDXD録音を選ぶ理由として、D/Aのアップスケーラーなどをバイパスして一番ストレートな形でSP4000の音質を評価できます。


私自身SP3000をだいぶ聴き慣れているため、今回SP4000でどう変わったのかという点が一番気になっています。たいした変化がなくコメントが思い浮かばなかったらと心配していたところ、実際はすぐに違いがわかるくらい変わっていたので一安心しました。

こういう順当な後継機の場合、なんとなく音色の力強さが増したというような抽象的で微妙なケースが多いと思いますが、SP3000からSP4000への変化はもっと具体的で明確です。

まず左右両極端にある音がくっきりと聴き取れるようになりました。センター音像から離れるにつれて音が薄くなっていくのではなく、端から端まで演奏の存在感と奥行きが感じられます。今まで完璧だと思っていたSP3000ですら、SP4000と比べると端の方の音はそこまで聴き取れていなかった事に驚きます。

これは左右のステレオ感が強まったというよりも、オーケストラの演奏が、左端のヴァイオリンから右端のチェロの最後列までしっかり描かれて、両端の座席の演奏者の位置とそこから広がっていく奥行きがリアルに把握できるようになった感じです。SP3000では、協奏曲であれば主役ソリストを中心に音が広がっていくことでコンサートホールのステージ音響が想像できていたのに対して、SP4000ではオケの両端の最後列からも存在感と奥行きが感じ取れることで、より一層リアルな演奏とホール音響が体感できるようになりました。

聴く側としては忙しくなりますが、音源にここまで正確な情報が記録されていたのかと驚かされ、アルバムに秘められたポテンシャルを最大限に引き出せていると確信が持てるため、過去の優秀な音源もSP4000で聴き直してみたくなります。

忙しいといっても、ソロがオケに埋もれてしまうというわけではなく、現実のコンサートホールのように、複雑に入り組んだスコアを多面的に描き出す環境を生み出してくれます。楽譜がすでに頭に染み付いている楽曲であれば、全てのパートを無理なく追いかけることができ、普段何気なくスルーしていた場面でも聴きどころを発見してしまう面白さが忙しいというわけです。

SP3000と比べて低音側の描写もリアルさを増しています。量感はそこまで増えていないのに迫力が増した感覚で、なかなか言葉で説明するのが難しいです。低音楽器に与えられた空間が新たに増築、拡張されたような感じで、たとえばティンパニやホルンの音が広がっていく空間が、他の楽器に邪魔されず大きく描かれる、しかし俯瞰で見ると全体のバランス配分は低音寄りに傾いていないのが不思議です。

実際これをどうやって実現しているのか、AKのセンスと技術力に脱帽します。大抵は低音を増強すればタイミングが鈍るとか、中高音の居場所を圧迫したりなどの弊害があるため、あえて低音は軽めでもいいという考え方だったのですが、SP4000では上手い具合に低音の質感と存在感を拡張できています。

私の勝手な感想として、これまでのAK DAPでは、AK240からAK340、SP1000からSP2000と、同系の後期モデルではメインの音像が厚くなる一方で細やかな空間描写などは犠牲になる印象があり、個人的に好きになれず、それらを飛ばしてAK240→SP1000→SP3000と乗り換えてきたのですが、今回SP3000からSP4000への変化はこれまでの法則とは違い、単なるパワーアップのマイナーアップデートではない、一歩先へ進んだサウンドを実現できています。公式リリースやスペックを見ただけではSP3000とあまり変わらないと思えても、三年間の開発努力が実感できます。

大型ヘッドホンの駆動もそこそこ良くなっています。SP3000よりも前の世代のAK DAPを現役で使っている人にとって、実はここが一番大きな進化が感じられるかも知れません。SP3000も悪くありませんでしたが、それでも一部のヘッドホンで感じられた一瞬のためらいや詰まりのようなものがSP4000ではだいぶ改善されています。

出力グラフで見た通り、シングルエンドなら50Ω以上のヘッドホンはボリューム最大付近まで音が歪まないので安心して音量を上げていけます。たとえば470Ω・97dB/mWのオーテクATH-R70xaはSP4000のボリューム120/150くらいで問題なく鳴らせます。

やはり鬼門はHifimanやDan Clark Audioのようなインピーダンスと能率のどちらも低い平面駆動型で(たとえばDan ClarkのE3は20Ωで90dB/mWです)、SP4000では音量はそこそこ出せても抜けの悪さを感じます。インピーダンスが低い方が鳴らしやすいと誤解している初心者が陥りやすいトラップです。

こういった平面駆動型は鳴らしにくさでハイエンドぶりを強調して、そこへきて最近の高出力系DAPはそれらを軽々鳴らせると主張する、いわばマッチポンプのような側面があるため、AKはあえて競争から距離を置き、イヤホンや中~高インピーダンスのヘッドホンを常識的な音量で楽しむことに専念している様子です。他社のように1W、2Wといった過剰な高出力設計にしなかったことで得られる音質メリットは大きいと思います。

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Enjaレーベルから新譜でRebecca Trescher「Changing Perspectives」を聴いてみました。クラリネット奏者のリーダーによるカルテットで、サックス、フルート、ギターのゲストを迎えての自作曲アルバムです。

Enjaレーベルといえば昔からアバンギャルドなジャズを中心に、同じミュンヘン発祥のECMとは一味違う緊張感のあるサウンドが愛されてきましたが、今作もまさに象徴的な一枚です。アルバム全体を通して神秘的なアンビエントの雰囲気を土台に、録音はケルンのドイツ放送ラジオで、音質とプロダクションのセンスも抜群に良いです。


個人的にそれなりに多くのハイエンドDAPを聴いてきた上で、この手の優秀なアルバムにはどうしてもAK DAPを使いたくなり、今回のSP4000も例外ではありません。

SP4000を選ぶ理由として、楽器の音色への忠実さ、もっと具体的には、収録現場への忠実さというのが根底にあると思います。

クラリネットの音色ひとつを取っても、演奏者は一音ごとに理想の音を引き出すことに心血を注いでおり、極端な話、優れた奏者であれば、たった一音を延々と吹いているだけでも聴衆を魅了することができます。このあたりがDAWの打ち込みとは決定的に違う部分です。

そんなクラリネットからドラムのブラシワークまで、セッションで放たれた音色と空気感が見事に収録されているアルバムなので、スタジオのマイクで電気信号に変換された空気振動を新鮮な状態でイヤホンへと届けるのが、SP4000が得意とするところです。

タイトル曲「Changing Perspectives」で後半のソロに注目すると、感覚が研ぎ澄まされるようなベースとピアノとのデュエットに始まり、続いてクラリネットの暖かいメロディにギターが寄り添い、そこからギターとピアノの華やかな展開で空間が一気に広がるといった具合に、ペアの配役で色彩と情景を提示した上で、展開はソロ奏者に委ねることで未知数を呼び出す、優秀な作曲者・アレンジャーの手本のような一曲です。

これらの楽器が立体的なレイヤーとして重なっているおかげで、デュエットが混じり合って親密な響きを生み出したり、アンサンブル合奏の複雑な奥行きを実現しているわけですが、SP4000は各楽器ごとの音色や空間配置と広がり方まで、十分な余裕を持たせて精密かつ丁寧に描き分けてくれるため、複数の楽器が混じって濁るのではなく、たとえばギターの前後の広がりの後ろでピアノの左右の広がりといった三次元的なレイヤーのグラデーションを録音から引き出してくれます。

これは当たり前のようで、案外そうでもありません。チープなスピーカーやイヤホンで聴いても見通しが良いように、楽器の両端をEQでカットして、周波数帯が重ならないよう短冊状に配置して十分な余白を開けるというのが、ポピュラー楽曲で定着している手法です。そういった楽曲を本格的なオーディオ機器で聴くと、楽器の質感や乏しさや余白が目立ってしまうため、K2などの再構築DSPアルゴリズムや真空管を通すことで、欠落している高次倍音の質感や響きを補間するというステップが有効になりますし、私も録音によっては重宝していますが、今作のような優れたジャズ録音では、むしろリアルなレイヤーを塗りつぶしてしまうので不要です。

先程のブラームスのヴァイオリン協奏曲でも、ソリストFengの技巧と感性に呼応して、1710年ストラディヴァリウスがとてつもなく美しい音色を放っており、それをChannel Classicsのエンジニアが最高の状態で記録保存しています。DAP側が濃い響きや輝かしい色艶を付加すると、ストラディヴァリウスが偽物のように聴こえてしまい、かえって逆効果です。

ようするに「良い音」のエッセンスを楽曲の作り手に委ねるのか、それとも自分の再生機器の方で生み出すのか、普段どのような音楽を聴いているかで変わってきます。

SP4000のように、優れた音源のエッセンスを一番ピュアな状態で届けるという姿勢が、いわゆるピュアオーディオと呼ばれるジャンルに相当するのでしょう。それとは真逆の位置にある、響きや味わいを増強させるタイプの機器がポータブルオーディオの高級機では最近増えているので、SP4000がむしろユニークで新鮮に感じます。

Vision Ears EXT MK II

ヴァイオリン協奏曲は平面駆動型のMadoo Typ821が得意とするジャンルですが、ジャズのカルテットはもうちょっと派手で力強いイヤホンで聴いてみたいです。

そんなイヤホンの一例としてVision Ears EXT IIを使ってみました。大小二つのダイナミックドライバーに4×ESTという奇抜なハイブリッド構成で、公式スペックは10Ωですが中高域で2.5Ωまで下がる、アンプにとって厳しい負荷です。

EXT IIの他にもVE10など、Vision Earsは駆動が難しいモデルが多く、私も色々なアンプで試聴するたびに感想が変わってしまい、なかなか評価が定まりません。逆に言うとアンプとのシナジーが開拓できるとも解釈できますが、どちらにせよ、合わせるアンプによって鳴り方が左右されやすく、他人の音質評価をあまり参考にできない、玄人向けのメーカーです。

ところで、AK DAPといえば「レファレンス」というイメージが定着しているわけですが、その理由はSP4000でEXT IIを聴いてみることで理解できます。

SP4000では、これまで他のDAPで悩まされてきた暴れるようなバランスの悪さや、響きが重なり合う暗さといった問題が解消され、純粋にEXT IIの良い部分を引き出せているという実感があります。ツインダイナミックドライバーのベースの重さ、静電ドライバーの艷やかなサックスやピアノの金属感といった、EXT II特有の音作りが十分な空間余裕を持って披露されるため、普段よりも落ち着いた心構えでEXT IIの構成音や表現方法を把握しながら、美しい音色に魅了されることができます。

EXT IIのような非常に高価なイヤホンほど(60万円だそうです・・・)、アンプとの相性にシビアなので、色々なDAPで試して自己流のシナジーを追求する楽しさがあるのですが、最初にSP4000のようなレファレンス機を使わずに、風変わりなアンプで鳴らしたせいで、「どうも音が自分に合わないな」と手放してしまう人が結構いると思います。(おかげで中古市場に流れるので文句は言いません)。

似たようなハイブリッド型イヤホンでも、EXT IIほど優れた音作りができていないモデルだと、SP4000で聴くことでドライバーの安っぽさやクロスオーバーの整合性の悪さなどが包み隠さず現れてしまいます。DAPの個性が強ければ、そういった悪い部分も塗りつぶされるので、安価なイヤホンを使っているなら良いのですが、いざEXT IIのような凄いイヤホンと聴き比べても周波数特性の違いくらいしか実感できず、一体どこか凄いのか理解に及びません。

他にもEmpire Ears、Unique Melody、Fir Audioなど個性の強いイヤホンは、ひとまずSP4000を通して聴いてみることで、最上級モデルでも過不足なくベストな姿を引き出すことができて、メーカーが意図している音作りへの理解が深まるあたりがレファレンスにふさわしいというわけです。

ところで、SP4000の強みは今回紹介したような高音質録音で発揮されるわけですが、作曲や演奏が凄くても録音があまり良くないアルバムもたくさんありますし、だからといって避けるわけにもいきません。

色々なアルバムでSP4000を試聴していると、SP3000や他のDAPと比べて帯域レンジが狭くなったように感じることがあります。たぶん冒頭で言ったように、左右両端までハッキリと聴こえるようになったことと関連しており、そもそも主役以外の伴奏のリアリズムに乏しい楽曲では録音の明確な限界が目立ってしまいます。

このSP4000特有の曖昧さを残さない鳴り方は、とくに古いデジタル録音などで作品の限界が顕著に目立ってしまい、音が硬くて聴きづらく、もっと緩くリラックスしてくれないかと思えてしまいます。とくに安易なデジタルリバーブの薄っぺらさなどが辛くなってきます。原音忠実なレファレンスとしては正しくても、融通が利かない真面目さが弱点にもなるわけです。

そんな時は、もっと美音効果のあるDAPで表現を濁した方が良いですし、私もAK PA10やCayin C9iiなど甘めのアナログポタアンを通した方が録音品質を機にせずリラックスして楽しめます。つまりSP4000は高価だからといって万能選手ではなく扱いづらさもあります。

欲を出すなら、個人的にはAK PA10のクラスAアナログサウンドやアナログクロスフィード効果が大好きなので、SP4000がここまで重く巨大なら、レファレンスモードからオンオフで切り替えられるPA10相当の回路を詰め込んでくれれば、私にとって死角の無い完璧なDAPになるのに・・・なんて妄想しています。

そんなキメラのようなギミックはAKフラッグシップには相応しくないかもしれませんし、これ以上高価になっても手が出せないので、PA10が単体で売っていることに感謝すべきでしょう。そのあたりはSP4000ではデジタル領域のDigital Audio Remaster (DAR) 機能に委ねています。

Digital Audio Remaster (DAR)

SP4000では前作SP3000と比べてDAR機能も進化したということですが、実際に聴き比べてみても確かにそう感じます。

DARはアップスケーラーなので、44.1/48kHz・16bit音源で最大の効果を発揮してくれて、音源自体が192kHz・24bitなどでは効果が薄れます。

DARをONにするとオーバーサンプリングされたデータがDACに送られるわけですから、旭化成DAC内蔵のオーバーサンプリングフィルターは意味を成さなくなるので、そちらはどれを選んでも大差ありません。ちなみにDARオンでの過渡特性は旭化成の「Short-Delay Sharp Roll-Off」つまりAKがデフォルトで選んでいるものに近いようです。

たとえるなら、640×480ピクセルの動画があるとして、それを4K画面全体に拡大したい場合、パソコン上の超解像アルゴリズムを通すのか、それともテレビのICの内部処理に任せるのかという感じです。

SP3000のDARは明確な効果があり、とくに高音域が拡張されて音の伸びや空気感みたいなものが増強される感覚があったのですが、そのため全体的なバランスも高音寄りになり、ちょっと浮足立った落ち着きがない感じもありました。DARはPCM(DXD)とDSDモードが選べるのですが、個人的にはDSDモードはちょっとフワフワしすぎる感じがしてPCMモードの方を使うことが多かったです。

SP4000のDARもおおまかな効果は同じなのですが、高音寄りの軽さや落ち着きの無さはそこそこ改善されています。たぶん画像や動画の超解像技術と同じで、高周波の情報だけをそれっぽく補間するのではなく、アルゴリズム的にもうちょっと気の利いた事を行っているのでしょう。サックスやベースなどの中低域も、DARをオンにすることで時間経過のグラデーションが増すというか、急激に立ち上がるのではなく、その過程を解像できている感覚があります。

ただし逆に荒々しい刺激や打撃の爽快感みたいなものは損なわれて鈍る感じもあるので、私の場合は常時DARをオンにしておくよりは、DARの効果が期待できそうだと思えた楽曲のみ試してみるという使い方に落ち着きました。たとえばストリーミングで44.1kHz・16bitの懐メロを聴き漁っているような人なら、DARの効果を重宝すると思います。

High Driving Mode

SP4000に新たに追加されたHigh Driving Mode (HDM)モードの方も試してみました。こちらはD/A変換後のアナログアンプ回路に影響するので、音源データのサンプルレートなどは影響しません。

画面のスワイプダウンメニューでオンオフできて、音量も変わらないため、手軽に聴き比べできるのはありがたいです。

HDMオンの効果は確かに感じられるのですが、こちらもDARと同じく、常時オンというよりも、効果的かどうか判断して切り替える方が良いと思います。私の場合、DARは音源次第で選ぶのに対して、HDMは接続したイヤホン・ヘッドホンによって選ぶ使い方になりました。

HDMの効果は、説明から想像できるとおりで、音がだいぶ太く厚くなる印象です。冒頭で解説したとおり、スピーカーオーディオの経験がある人なら、パワーアンプではなくプリアンプの方を強化したような効果といえば理解してもらえると思います。つまり音量やダイナミクスの強弱といった部分ではなく、ライン信号が太くなった感じです。

これは必ずしも良い効果だけではなく、押し引きのメリハリが強くなりすぎて、サラッとした侘び寂びの感覚が損なわれる側面もあります。ただでさえ細部までカッチリと聴かせるSP4000なので、HDMオンの効果はそれを増長するような効果が過剰と思えることもありました。

私の場合HDMが有効だと思えたのは、IE900やUE-RRのような中低域がサラッとして押しが弱いタイプのイヤホンであったり、大型ヘッドホンでもう一踏ん張りが欲しい場面で使えます。パワーアンプ終段の出力が増したわけではないのに、このようなメリハリの力強さに影響を与えるのは不思議に思うかもしれませんが、スピーカーオーディオにおけるプリアンプにも同じような効果があるので説得力があります。

そもそも、わざわざ基板上にオペアンプを実装した上で、常時活用せずHDMモードのオンオフで切り替えるという設計判断はちょっと不自然です。たとえばデジタルフィルターICのAK4191EQは二枚から四枚に増強されましたが、二枚に落とすモードは提供していません。

私の勝手な考察としては、本来はオペアンプをフルで使う設計になっていたところ、試作テストの段階で、実は減らした方が音が良い場合もあると判断してHDMモードを用意したのかもしれません。どちらにせよユーザーが選べるようになっているのは嬉しいです。

ライン出力モード

SP4000を絶賛してばかりでも面白くないので、最後に、個人的にあまり好きではない点を挙げたいと思います。ライン出力用として使った時の音はあまりパッとしません。これはSP3000でも同じでした。

専用のライン出力端子を持っておらず、ヘッドホン出力のボリュームをレベル固定しただけだからでしょうか。自宅の据え置きヘッドホンアンプ、たとえばViolectric V281やAustrian Audio Full Score Oneなどに接続してみると、バランスでもシングルエンドでも、出てくる音は悪くないものの、他のラインレベルDACを選びたくなります。あくまで好き嫌いの話で、不具合があるわけではありません。

全体的に情報量が多くザワザワするというか、後続するヘッドホンアンプとは別のベクトルに無理に向かっているようなまとまりや収まりの悪さがあります。据え置きアンプだけでなく、Cayin C9iiやAK PA10などポタアンと繋げたときも同様です。

普段から使っているChord Qutest DACとか、DAPならライン出力端子のあるHiby RS6、さらに極端な例だとAK HC4やiBasso DC07PROなどドングルDACをラインソースとして使った方が、よりシンプルで落ち着きます。AKだとCA1000Tもライン出力が優秀です。

その理由を考えてみても、ライン信号は出力インピーダンスが高い方が良いという点ではHiby RS6やAK CA1000Tなどが当てはまりますが、QutestやDC07PROはそれには該当しません。では3.5mm→RCA変換ケーブルがあまり良くないのかと思いましたが、RS6やDC07PROも同じ変換ケーブルで良い音を出しています。

そんな感じに謎は深まりますが、やはりSP4000はあくまで直接イヤホンを鳴らして最高の音質を発揮するように設計されているため、ラインソースとして使うような多目的用途は優先度が低いと考えた方がよいのでしょう。

おわりに

ポータブルDAPはこれ以上の進化が望めないと思っていたところ、SP4000は見事に私の予想を上回ってきたので、素直に驚きました。とくにSP3000から明らかに音質が良くなっていると実感できるのは凄いです。

DAPの音質は順当に進歩していると思うかもしれませんが、実はここ数年はそうでもありません。一昔前のようなD/AチップやアンプICの更新も落ち着いて、各メーカーが同じフィールドで競い合うことが難しくなってきました。

そのため、多くのメーカーが最上位モデルでも真空管やビンテージDAC-IC、ディスクリートDACなどの別路線を模索しているのは、行き詰まりの現れだと思いますが、AKは横道にそれず、メインストリームなオーディオ設計にまだ伸びしろがあり、上を目指せるということをSP4000で実証しています。

これはDAP市場において重要な分岐点だと思います。つまり、真空管や希少ビンテージIC、ディスクリートR-2Rなど部品点数と製造コストが上昇することで高価になるという理論立てができる一方で、SP4000のように最先端の基礎設計を洗練させてベストの音を引き出すための時間と労力が価格に反映される、いわゆるピュアオーディオ的な方針も理解する必要があります。

逆の言い方をすると、たとえばディスクリートDACは「高級で高音質」という風潮がありますが、その具体的な理由を示せておらず、ただ高価である理由に使われている印象もあります。そういった情報を信じてしまう人が、AKはディスクリートDACを使っていないから劣っている、という歪んだ論調を持ってしまう悪循環が懸念されます。全てのメーカーがAKのようなレファレンス機を追求すべきというわけではありませんが、近頃はAKのライバルになりそうなDAPの選択肢がだいぶ減っていることは確かです。

今回の試聴でSP4000の問題点もいくつか思い浮かびました。

まず最初に、SP4000は音源の最深部まで再現してくれるのですが、現実問題として、多くの音源がそれに追いついていません。

私の身の回りでSP4000を聴いた人の感想の中で、「音が硬い」というフレーズが何度か浮かびました。私もいくつかの楽曲でそう感じましたが、それらが音源由来だと理解していたので、高音質録音を聴くことでSP4000の本来の凄さを引き出すことができました。

しかし普段から高音質録音ばかりを追い求めている人は稀です。そのため昨今の高級DAPでは真空管やロービットNOS-DACで美音効果を引き出すのが好まれるのも不思議ではありません。

つまりSP4000がレファレンス級だからといって、全員にそれがベストとは限りませんし、味付けの濃い高級DAPのモード切替で変化を楽しむのが現在のトレンドだとすれば、むしろSP4000の方が異色に感じるかもしれません。

そこで、もうひとつの懸念点になりますが、SP4000は確かに凄いですし、私もぜひ欲しいとは思いますが、いざ普段持ち歩くポータブルDAPとしては重すぎますし、何でもこなせる汎用機というわけでもありません。それくらい浮き世離れした存在になっています。

前作SP3000ではSP3000Mという4.1インチ235gの軽量モデルがあるので、今後SP4000Mみたいなモデルが出るのかもしれません。その時はぜひ画面サイズは小さくても解像度を上げてもらいたいです。

汎用機としても、たとえばAK PA10の方がヘッドホンで古い楽曲にクロスフィードをかけて聴くのに向いていますし、据え置き兼ラインDAC用ならAK CA1000Tの方が良いといった具合に、モデルごとに長所が分散しており、いくらSP4000が最上位といっても、これら全てを包括できるオールマイティなモデルではありません。私の場合、年末に実家に帰省する際に何を持っていくかと考えると、もしSP4000を買ったとしても、やはりPA10など他にあれこれ持って行きたくなりそうです。

それでも、私自身なんだかんだでAKのレファレンスサウンドが好きで、2014年のAK240からずっと途切れず使い続けており、世代ごとの進化を体験してきた上で、SP4000も例に漏れず圧倒的なレファレンスサウンドであることが実感できました。

オーディオを趣味とするなら、機器だけでなく高音質録音の探求というのも一つの大きな側面なので、そこに踏み込まないのは趣味の半分くらい損をしています。もしSP4000を試聴する機会があったら、今回紹介したような高音質音源を聴いてみて、それらのポテンシャルがどれだけ引き出せるかに注目してみると、SP4000の凄さが実感できると思います。

価格やサイズを気にせず、据え置きかポータブルを問わず、現時点で最高峰のイヤホンサウンドを求めている人なら、迷わずSP4000を勧めることができます。その姿勢を十年前のAK240から貫いて、常に頂点を更新し続けていることにAKの技術力の高さを実感します。


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