Madooの新作イヤホンTyp930を試聴してみたので感想を書いておきます。2025年11月発売で、価格は39万円です。
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| Madoo Typ930 |
年末は高級イヤホンのリリースが続いて試聴が追いつかないのですが、Madooは前作Typ821を個人的にかなり気に入っているので、新型のサウンドが気になります。
Madoo
私自身Madooのファンとして、今作Typ930の登場にはかなり驚かされました。
Madooというブランド自体が比較的新しく、2021年にAcoustuneの派生ブランドとして誕生したわけですが、発足当時のコンセプトはシングルダイナミック型のAcoustuneに対してマルチドライバーのポテンシャルを追求するMadooという棲み分けだったように思います。
デビュー作Typ711は2×BA + 3×平面型のハイブリッド構成でしたし、次のTyp512も1×DD + 1×平面型という組み合わせでした。
平面型ドライバーという点で独自性はあったものの、その当時のイヤホン用平面駆動ドライバーというと「高音しか出ないツイーター用」というイメージがあり(スピーカーにおけるリボンツイーターとかと似たような部類)、そのためBAやDDで低音を補うのは当然に思えました。
その流れが覆されたのが2023年のTyp821で、新開発「Ortho」平面型ドライバーは単独で可聴帯域全体をカバーすることを実現しました。ここからMadooといえば平面型イヤホンのイメージが定着したように思います。続いて2024年には同じくOrtho平面型ドライバーの単発で、ハウジングをチタンからアルミに変更してチューニングを変えたTyp622というモデルも出ました。
そんなわけで、これからもダイナミック型のAcoustuneに対する平面型のMadooというイメージで進行するのかと思っていたところ、今作Typ930では改めてマルチドライバーという原点に戻ったことに驚いたわけです。
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| Typ 930 |
モデルナンバーから想像できるとおり一番高価な最上位機種になり、これまで最上位だったTyp821の25万円から一気に39万円へと上昇しています。
MadooとAcoustuneはどちらもドライバーの製造開発が中核にあるため、他のイヤホンメーカーと比べてモデルラインナップや新作リリースの数が極端に少ないです。
ドライバーユニットをOEM供給元から購入して組み込むだけのメーカーであれば、BA、EST、DDなどドライバーの数や構成を変えるだけで幅広い価格帯のラインナップを一気に展開できます。フットワークの軽さから、小ロットの新型を続々とリリースすることで話題性を維持できるというメリットがあります。
その点Madooのようなメーカーは一年に一回新作を出すだけでも大変な苦労があると思いますし、それでも新作を出さなければ話題性が薄れて淘汰されてしまうという難しさがあります。
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| Typ930 |
そんなわけで、今回Typ930ではBAドライバーを搭載するという話を聴いた時、私の予想では、既存のTyp821にBAドライバーをポン付けしただけのバリエーションモデルだろうと想像していました。Typ821のハウジング素材やチューニングを変えたTyp622というのを昨年出しているので、今回もTyp821に毛が生えた程度だろうと思ったわけです。
ところがTyp930のリリース情報を見ると、平面ドライバーの方も完全新設計だと判明して驚きました。よく短期間でドライバー技術と量産体制を更新できるとつくづく関心します。大手ヘッドホンメーカーでも毎年新しいドライバー技術を投入するのはめったにありません。
Typ930の平面ドライバーはTyp821の10mm振動板から新たに12mmに拡大、マグネットも強化され、さらに目玉ギミックとしてパッシブラジエーターを追加しています。
パッシブラジエーター、つまり電気的に駆動しない振動板はスピーカーで稀に使われるので、そちらで馴染みのある人もいると思います。スピーカーの場合、たとえばドライバーの背圧を逃がすダクトの音圧でパッシブラジエーターを駆動することで低音を増強するなどの手法がよく見られます。上手く活用すればポートや吸音材を使うよりも背圧を使った高度な設計が実現できるのですが、余計なコストにもなるので採用例は少ないですし、イヤホンやヘッドホンではなおさら珍しいです。そういえば昔AKG K340・K240 Sextettでパッシブラジエーターが有効に使われていたのを思い出します。
Typ930のパッシブラジエーターは公式サイトの展開図によると平面振動板の真後ろに配置されており、プラスチックのドームの中心に真鍮製のマスダンパーを配置しているようです。
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| パッシブラジエーター |
イヤホン本体のガラス窓から見える真鍮のリング部品がパッシブラジエーターのマスダンパーです。
最近のハイブリッド型イヤホンで静電型や骨伝導ドライバーを搭載しているモデルが増えていますが、実際にシェルの中身が見えないと、一体どんなもので、どこに配置してあるのかいまいちよくわからないわけですが、Typ930のように窓で中身を見せてくれていると、平面振動板が音を出すことでパッシブラジエーターがピョコピョコ動くのだろうと感覚的に想像できるのが嬉しいです。
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| ノズル内のBAドライバー |
続いてBAドライバーですが、こちらはスーパーツイーターとして出音ノズルの中に収めてあるそうで、実際にノズル内を覗いてみると四角い箱が見えます。アイデアとしては64AudioのTiaユニットなどと似ており、高音はハウジング内の長いダクトを通すと音が乱れてしまうため、耳穴に一番近い最短距離で鮮度の高い音を届けるための仕組みです。
そんなわけで、Typ930はTyp821と比べても全くの別物に進化したわけですが、平面ドライバー自体が新型になったのだから、BA無しのシングルドライバーでの音を聴いてみたいという気持ちも湧いてきます。しかしよく考えてみると、振動板の大型化とパッシブラジエーター導入のどちらも低音側が充実するような変化なので、全体のバランスを考えるとBAツイーターを搭載した理由もなんとなく理解できます。
一般的にスピーカーやイヤホンの平面振動板というと高音が得意で、低音を補うためにダイナミックドライバーを搭載するというパターンが多いため、今回Typ930がパッシブラジエーターとBAスーパーツイーターという両方向で平面ドライバーを補う方針を考案したのが突飛すぎて驚いたわけです。
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| Typ821 & Typ930 |
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| Typ821 & Typ930 |
シェルハウジングはTyp821と同じくチタンブロックからの削り出しを採用しており、色合いや表面の質感はTyp821とほぼ同じです。
並べて比べてみるとTyp930の方が一回り小さく見えるのが不思議です。搭載ユニットが複雑化したことで、スペック重量はTyp821の45gから64g(ケーブル含む)と増えたようですが、装着してみるとTyp930の方が耳の外に張り出さずコンパクトにフィットしてくれる感覚があります。
ゴツゴツしたメカっぽいデザインですがフィット感は意外と良好で、ノズル部分がしっかり耳奥まで入ってくれる形状で、ノズル先端が楕円形になっているのが効果的です。
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| Typ821 & Typ930 |
これまでのMadooは八角形の窓やネジが船舶の窓や、そこから派生してロイヤルオークとか腕時計のデザインを連想させましたが、Typ930はなんとも説明しがたい独創的なデザインです。
パッシブラジエーターを披露するガラス窓を中心に置いているわけですが、MADOOロゴの空色の部品や、その周囲のリングの段差など、明らかに細部までこだわってデザインしていることは確かです。公式サイトによると、パッシブラジエーターの真鍮マスダンパーと空色の部品で窓から見た月に見立てているそうです。そう言われると、なるほどそう思えてくる気もします。
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| 普通のイヤピースも使えますが |
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| MDX30が格別に良いです |
イヤピースは一般的な丸いシリコンタイプでも問題なく使えますが、付属品のMDX30という楕円タイプはかなり優秀なのでおすすめします。
MDX30はTyp821発売以降に別売品として登場した新しいイヤピースで、私にとってTyp821はMDX30に交換してからようやく本領発揮できたと思っています。
直線的で硬そうな形状でも意外と不快感は少なく、装着時の安定具合と遮音性が抜群に良いです。もしTyp821やTyp622を使っていてMDX30イヤピースを持っていなければ、ぜひ試してみるべきです。
私の個人的な評価基準として、S/M/Lのどのサイズを選んでもフィットしてくれれば優れたイヤピースだと判断しています。自分に合わないイヤピースだと、あれこれサイズを変えても外れやすかったり、隙間ができて低音が逃げるなどのトラブルが起こりがちです。
MDX30はサイズを問わずフィットしてくれるおかげで、耳穴奥までしっかり挿入できて高解像サウンドが得られるMサイズと、ドライバーが耳から離れることで空間が広くなりリラックスできるLサイズといった具合に、フィットよりもサウンドの好みで使い分けることができます。
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| スパイラルドットの楕円タイプ |
楕円ノズルといえばVictor HA-FW5000Tワイヤレスイヤホンに付属しているSpiral Dot PRO SFというイヤピースも楕円形で、MDX30とは一味違うソフトな質感なので相性が良かったです。(単品で別売しているか不明ですが)。
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| Pentaconn Earコネクター |
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| ケーブル比較 |
ケーブルはこれまでどおりPentaconn Earコネクターを採用しています。MMCXの上位互換のような感じで優秀だと思うのですが、社外品の選択肢が少ないのが難点です。
古河PCUHDという高純度銅の線材を採用しているそうで、3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスの二本のケーブルが付属しています。
Typ821のケーブルと外見は似ているものの、そちらは銀メッキ銅でした。耳掛けの熱収縮チューブが廃止されているのはなにか理由があるのでしょうか。
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| Dita Mechaと比較 |
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| HS2000MXと比較 |
似たようなチタンシェル質感のDita Mechaと並べてみると、Typ930の方が若干小さく、フェイスプレート部分が張り出さずにピタッとした平面で耳穴に収まってくれます。
Acoustuneの最上級機HS2000MXと比べると、どちらもメカっぽいデザインではあるものの、Acoustuneはガンプラとか空想上のロボット風デザインなのに対して、Typ930はもうちょっとシンプルな産業用測定機器のように見えます。かなり好みが分かれそうです。
インピーダンス
平面型ドライバーは再生周波数に対して負荷インピーダンスが変動しない、つまりアンプ側からは純粋な抵抗負荷のように見えるため、アンプの出力インピーダンスや電流スルーレートの影響を受けにくいという利点があります。
そんな平面型単体のTyp821はまさに理想的な横一直線の抵抗負荷ですが、Typ930はBAドライバーを追加しているため高音域16kHzを中心にクロスオーバーしています。高音といっても3kHzとかではないので、スーパーツイーター用というのが伺えます。参考までに、ダイナミック型のAcoustune HS2000MXmk3と、さらに手近にあったマルチドライバーの典型例としてUM MEST MK2を重ねてみました。4WAY8ドライバー搭載のMEST MK2は低音用ダイナミックドライバーや最高音の静電ユニットなど複雑な組み合わせがインピーダンス変動に反映されています。
同じグラフを電気的な位相変動で表すことで、マルチドライバーの駆動の難しさが一目瞭然です。それと比べるとTyp930は高音のBAクロスオーバー以外は極めて安定しており、新たに追加されたパッシブラジエーターが負荷として影響を与えていなさそうなのも意外です。もっと低音側が共振して暴れるかと思いました。
音質とか
今回の試聴ではまずAK SP3000 DAPを使いましたが、色々試した結果Cayin C9iiアンプを通したサウンドが良かったので、そちらで鳴らす事が多かったです。
Typ821と同じで、一般的なイヤホンと比べると若干音量が低いので、DAPのボリュームは二割増くらい上げる必要があるものの、最近のヘッドホンアンプはどれも十分パワフルなので問題ないでしょう。
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| AK SP3000 |
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| Cayin C9ii |
音楽の再生が始まった瞬間から、これまでのモデルから受け継がれたMadooらしさが実感できます。やはり開発から製造までポリシーが一貫している事が伝わってきます。
最低音から最高音まで全体の統一感が素晴らしく、山や谷が無いおかげで、どの楽器や歌声も全体像を余すことなく描いている感覚はまさしくMadooらしいです。安直な言い方をするなら、段差の無いスムーズな鳴り方で、澄んだ音色の伸びやかな表現が抜群に良いです。スムーズといっても、メリハリが無い退屈な鳴り方という意味ではありません。歌手やピアノなど広い帯域にまたがる音像にうねりが無く、一番低い音からくっきり上までスーッと伸びていくため、スムーズと感じるわけです。
Typ930はパッシブラジエーターも含めると3WAYハイブリッドマルチドライバー型と呼べるのですが、ユニット間の擦り合わせの悪さや質感の違いといった不具合は感じられず、帯域に穴が無いことに驚きます。内部構成を知らなければシングルドライバーだと思う人も多いでしょう。特にノズル内BAは64AudioのTiaドライバーのように耳元でプレゼンスを強調するといった整合性の悪さは感じさせず、平面ドライバーと上手にブレンドできています。
このBAドライバーのおかげか、高音の詰まりや天井が感じられないので、可聴帯域を超える高周波まで再生できている実感が湧いてきます。たとえば楽曲ごとに高音のロールオフ具合が手に取るようにわかりますし、高周波ノイズの管理が不十分な再生機器ではザワザワと落ち着かない雰囲気が伝わってくるなど、普段よりも一歩踏み込んだ聴き方ができます。
このように音源を極限まで聴き込むような使い方にTyp930はとても有効なのですが、しかしシビアなモニター系というわけではなく、スムーズで綺麗な音色が満喫できるおかげで、カジュアルユーザーにも満足できる仕上がりです。まさにストリーミングDAPでハイレゾ音源を聴くような現代のオーディオファイルに向けた音作りですし、店頭試聴でも高音質ぶりがわかりやすいと思います。
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| Effect Audioのケーブル |
ケーブルについて触れておきたい事があります。Typ930の付属ケーブルは新しいPCUHD銅線材ということですが、個人的な感想として、これがどうも好みに合いません。
Typ930を試聴した当初から、なんとなく中高音が派手に目立つと感じていて、きっとBAドライバーのせいだろうと納得していたのですが、意外とケーブルによる影響が大きいようです。Typ821に付属していたケーブルと交換してみたところ高音のバランスがだいぶ落ち着いてくれて、逆にTyp930のケーブルをTyp821に取り付けるとシビアで聴きづらくなります。
ちなみにTyp821のケーブルは銀メッキ銅です。一般的に銀というと高音のきらびやかさを強調する傾向があると言われていますが、今回は真逆の結果になったので、やはりケーブルは線材の情報だけでは予想できないようです。
ためしにTyp930にEffect Audioの太い銅ケーブルを装着してみたところ、やはり中高音が落ち着くので、つまりTyp930付属ケーブルだけが特殊なようです。Typ930特有の空間の立体表現はケーブルを変えてもそのまま維持されますが、周波数バランスはケーブルによる影響がだいぶ大きいようなので、あくまで感覚的な部分なので個人差はあると思いますが、試聴時にはケーブル交換で実験してみるのも面白そうです。
アンプについても同じ事が言えます。最初の試聴時には付属ケーブルを使用したのですがSP3000 DAPではちょっと俊敏で忙しすぎて、もうちょっとゆったり抑えたいと思ったので、Cayin C9iiアンプを通す方が断然良かったです。もし別のケーブルに変更するのであれば、アンプとの組み合わせもまた変わってくると思います。
ケーブルとアンプの相性に関してはTyp821でも同じような気難しさがあるので、これはMadooの特徴なのでしょう。ただTyp821の場合は付属ケーブルとの相性を個人的に気に入っているので、高価な社外ケーブルに交換してもデメリットの方が多く、ひとまず付属ケーブルで満足しています。
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| Typ930 & Typ821 |
次にTyp930とTyp821の違いについてじっくり聴き比べてみます。いつかMadooを買いたいと思っている人は、どちらを選べばよいのか悩ましい状況でしょう。
まず周波数特性、とりわけ高音と低音のバランス配分に関しては、上述のとおりケーブルやアンプ、イヤピースなどで調整できそうなので、そこまで気にしなくてもよさそうです。それよりも前後の立体感の付与という点において両者の表現方法が決定的に違うので、むしろそちらに注目して比較したほうが、どちらが自分の好みに合うか決めやすいと思います。
Typ821が平面型らしい空間表現だとすると、Typ930はそれとは全く正反対の性格です。前後方向の奥行きが大幅に拡張されており、同じ楽曲を聴いてもプレゼンテーションが全然違います。
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ピアノ協奏曲1-3番まで全部CD一枚に収まるので、昔から名盤の多い演目ですが、今作も多くの人の決定版争いに入る一枚だと思います。ソリストが常時前に出て自己主張するのではなく、オケとの掛け合いと融合が素晴らしく、アンサンブルの一員として溶け込んでいる場面とソロの力強い爆発とのコントラストが楽しめます。
まずTyp930の積極的な立体表現について、こちらは普段聴く楽曲ジャンルによって賛否両論あると思います。私の場合、確かにメリットや凄さは実感できるけれど、相性が良くない場面も多々あり、その点で空間のプレゼンテーションはTyp821の方が好みに合っています。
Typ930の立体効果を感覚的に表現すると、トンネル的というか、中心が一番遠くにあり、そこから周囲が自分に向かって放射状に広がってくる、漫画の集中線とか、SF映画のワープトンネルのようなイメージといえば伝わるでしょうか。
オーケストラで例えると、指揮者目線でオケが周囲をぐるっと囲むという感じではなく、演奏の大部分が遠く、そこから肝心の楽器がグッと前に飛び出してくるような立体感です。オケで彩られたトンネルの向こうにソリストのピアノがいて、そのスムーズな音色が周囲のオーケストラに囲まれてこちらに向かってくる、放射状の立体感を生み出します。
そんなTyp930の立体効果と比べて、Typ821は平面型らしい空間表現です。たとえば平面型ヘッドホンの典型例Fostex RPシリーズ(T60RPmk2など)を聴いてみれば、Typ821との共通点に納得できると思います。
RPシリーズもTyp821も、すべての音の発生源が耳から離れた一定の距離(およそ振動板の位置)を保っており、そこからオケのホール音響が遠方の空間へと拡散されていく感じなので、リスナー側に無理に干渉せず、一歩離れた立場で客観的に眺めていることができます。たとえば奏者の息遣いとか強烈な打鍵などが耳元の至近距離で強調されることなく、それらの音像と同じ位置から聴こえてきます。
このおかげでリスナーへの負担がだいぶ軽減され、長時間使い続けても聴き疲れしないというメリットがあります。作業でヘッドホンを長時間着用するような人に最適ですし、そんなRPシリーズと同じメリットをコンパクトなイヤホンで実現したければTyp821の一択になります。
クラシックのオーケストラや室内楽においては、Typ821の方が違和感無く聴いていられます。Typ930ではバルトークで重要なバスドラムやコントラバスといった低音楽器が本来オケの地盤を支える役割のはずが、それぞれ独立した楽器としてソリストよりも前に飛び出してくる違和感があります。アンサンブル全体のバランスが演奏中にコロコロ変わるため即興的な感じに翻弄されてしまいます。
サウンド体験としてはTyp930の方がスリリングで面白いと思うのですが、協奏曲を全楽章通して聴くとなると、場面ごとに前後バランスが突拍子もなく変化するため、コンサートホールのリアリズムという点ではTyp821の方が一枚上手です。
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リーダーのドラムに、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバスという変則的なバンドで、典型的なジャズというよりも、空間を広く取ってサウンドスケープを展開するようなアルバムです。難解なフリースタイルではないので、聴き辛さはなく音の世界に没頭できます。
こういった独創的なアート系アルバムは、クラシックのオーケストラや弦楽四重奏団のように各奏者が定位置に着席して厳密なコンサートステージの音響を再現するのではなく、もっと自由な解釈で空間効果を積極的に活用しています。
つまり、Typ930の難点だと感じた、一般的なコンサートホール音響とは異なる空間展開がこのアルバムでは逆に良い効果を発揮してくれて、特にベースの低音がここぞという時に遠方から前へグッと突き出す感覚であったり、ドラムキットが空間の一箇所に鎮座しているのではなく、複数のマイクを効果的に散りばめてリスニング空間を埋め尽くしてくれるような体験をもたらしてくれます。
ホームシアターでSACDやDVDのサラウンドコンサートを聴いたことがある人なら、それに近い感覚といえば伝わるでしょうか。映画のように背後や上空まで効果音が飛び交うというわけではなく、コンサートのサラウンドトラックは2chステレオトラックと比べて前方の奥行きが引き伸ばされて、遠近法のような効果が体験できるのがTyp930とよく似ています。
イヤホンが空間を作り上げるなんて作為的で良くない事のように思うかもしれませんが、実際はスピーカーでも部屋が音響空間を作り上げていますし、ヘッドホンのハウジング設計でも広く活用されています。さらに、ほとんどのヘッドホンがシングルドライバーなのに対して、イヤホンはスピーカーと同じようにマルチドライバーのクロスオーバーと物理レイアウトによる空間と時間差効果を調整できる優位性があります。
DSPエフェクトで空間効果を付与するのと比べて、Typ930はリバーブなどは加えないため、解像力や力強さを損なわず前後と上下左右の動きだけで効果を出しているあたりが優秀です。奥行きが希薄な楽曲でも低音が力強く前に迫り出したりメインの歌手やソロ楽器の周辺に遠方の空気感を付与することで音像自体を鮮やかに浮かび上がらせたりといった、聴き応えを充実させる立体演出が実感できます。
一つ面白いと思ったのは、BAドライバーを搭載しているのだから、高音の輪郭が強調されて金属楽器のエッジや奏者の息遣いなどが耳障りになるかと心配していたところ、むしろ逆に、低音楽器の輪郭や実在感がハッキリと強調されます。
ベースやドラムなどの低音楽器は低音だけが鳴っているわけではなく、複雑な高次倍音成分が楽器ごとに特有の質感を形成しているわけですが、スピーカーオーディオでも、スーパーツイーターを追加すると高音が派手になるのではなく、演奏全体が引き締まって臨場感や力強さが増すと言われているので、Typ930でもそのような効果を発揮しているのでしょう。
他社のハイブリッド型イヤホンもスーパーツイーター搭載モデルが増えていますが、他に搭載ドライバー数が多いと音の繋がりが悪くなりがちですし、スーパーツイーターの具体的な効果も掴みにくいです。Typ930は平面ドライバーが全体の大部分を担っているため、冒頭で挙げたようなスムーズな音色を実現しながら、高音楽器だけでなく演奏全体に美しく引き締まった輪郭を与えてくれるようです。こういった独創的かつ合理的な発想はドライバーやハウジングなど全体を独自に生み出しているMadooだからこそ実現できる芸当です。
おわりに
Typ930は最近のMadooのイメージからだいぶ離れた全く新しいサウンドを提示してくれました。Typ821の上位後継機というよりも、むしろ逆にTyp821では実現できなかった数々のアイデアを存分に盛り込んだ、いわばゼロから生み出したコンセプトモデルのような印象を受けます。
さらに兄弟ブランドのAcoustuneとも方向性が違う鳴り方なので、現時点でAcoustune HS2000MX、Madoo Typ821、そして今作Madoo Typ930という三つの頂点が存在しています。とりあえず一番高価なモデルを買えばよいというだけで済まないのが悩ましいところです。
ちなみにAcoustuneの方も新作HS3000がつい先日発表されたばかりと、小規模なメーカーでよくここまで幅広いジャンルで頂点を目指せるなと関心します。
それらの中でどれが優れているかを決めるのは難しいですが、個人的な好みでいうとTyp821はかなり特別感があります。平面型ヘッドホンのサウンドをイヤホンで体験するなら唯一無二の存在として、ライバルは思い当たりません。
逆にTyp821がいまいちピンと来なかった人ほどTyp930の新しい音作りが好きになれると思います。広帯域でスムーズな音色で、メインストリームな楽曲で立体的な三次元演出を楽しみたい人におすすめできます。
Typ821はライバル不在というのとは対照的に、Typ930の音作りは昨今の最高級ハイブリッド型イヤホンで求められているサウンドに寄せているため、それらに興味を持っている人なら絶対に気にいるだろうと確信が持てる反面、裏を返せば、他に選択候補になりうるライバルがたくさんあるというのが、唯一の弱点と言えるかもしれません。
しかし、Madooの初心を思い返してみると、マルチドライバーに特化した最高峰イヤホンを目指すということで、ライバルにあふれるメインストリームで正面から勝負できるという自信を強く感じます。数多くの高級マルチドライバーイヤホンを試聴してきて、結局どれを選ぶべきか迷っている人は、ぜひTyp930を聴いてみてください。
個人的な願いとしては、Typ821の方も、平面型のメリットを求めている人へのニッチなサウンド枠として、マルチドライバーと並行して、今後もぜひシリーズを継続してもらいたいです。
アマゾンアフィリンク
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| MADOO MDX30 楕円型イヤーチップ |
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| MADOO Typ930 |
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| MADOO Typ821 |
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| MADOO Typ622 |
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| Acoustune AEX07 3ペア イヤーチップ |
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| Acoustune HS2000MX MKIII |
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| Acoustune HS1900X |
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| Acoustune RS FIVE |


























