Empire EarsからTriton (Kashmir)とOdin Mk IIを聴いてみました。
![]() |
| Empire Ears Triton (Kashmir) & Odin Mk II |
前回から続き、どれも自分ではなかなか手が届かない超高級イヤホンなのですが、試聴する機会があったので僭越ながら感想を書いておきます。最近流行りのハイブリッドマルチドライバー型IEMイヤホンの最先端を体験してみたいです。
Empire Ears
前回Volk Audio Etoileというイヤホンを試聴してみたところ、そのVolk AudioとはEmpire Ears創業者の一人が独立して立ち上げた新興ブランドということで、それなら本家Empire Earsと比較してみたいという興味が湧きました。
ところが、いざ聴き比べてみると、モデルごとのサウンドが極端に違うため、感想を書き始めるととんでもなく長くなってしまいそうだったので、前回のVolk Audioと今回のEmpire Earsで分けることにしました。
今回試聴したのはEmpire Earsで直近のモデルTritonとOdin Mk IIです。Odin IIは派手な金色のデザインがネタ的に映えるので、これまでも何度か脇役で登場しましたが、Tritonの方は今回初めて試聴することになります。
![]() |
| Triton Kashmir & Odin Mk II |
Odin IIの発売価格は70万円、2DD + 5BA + 2EST静電型 + 2BC骨伝導という堂々たる11ドライバー構成で、一方Triton (Kashmir)は22万円、1DD + 1BA + 2BC骨伝導の4ドライバーです。
Odin IIはさすがに私では購入を検討する気にはなれませんが、Triton Kashmirの20万円付近というのはダイナミック型とマルチドライバー型のどちらも優秀なライバルが多いため、売れ筋の価格帯です。
| 旧Triton & Triton Kashmir |
フェイスプレートのデザインが変わっただけで中身やサウンドは同じだそうで、英語公式サイトではどちらもTritonと呼ばれて画像だけ差し替えてありますが、日本などでは別製品として区別されています。製造ロットの事情でデザインを変更して、混乱を避けるために別名を付けたのかもしれません。なんにせよサウンドは同じということで、ここからはTritonと呼ぶことにします。
ちなみに価格設定に関しては、11ドライバーで70万円のOdin IIと、4ドライバーで22万円のTritonで、単純にドライバー数と価格が比例していると見ることもできます(70×4/11 = 25)。もちろん音作りはそれだけで済む話ではありませんが、どのメーカーのラインナップを見てもドライバー数が多い方が高価になる傾向はあるので、そうなると「ドライバー数が多い方が高音質」という考え方は本当に正しいのかという疑問も湧いてきます。
ひとまず2025年現在のハイエンドモデルでは、多くのメーカーが10ドライバー前後で、骨伝導や静電型など、BA以外のドライバー技術を模索しているようで、Odin IIや前回紹介したVolk Audio Etoileなどがそれらの最前線にいます。
デザイン
Empire Earsのイヤホンについて、個人的にひとつだけ苦言を呈したいです。以前試聴したRaven、それからOdin II、Triton、Legend、Bravado、Valkyrie、Wraithなど、神話や伝説を参考にしたカッコいいモデル名だとは思うのですが、どれもゲーミングマウスみたいで使い古されたネーミングセンスですし、ラインナップ内での相関図がいまいちよくわからず、どれがどれだったか忘れてしまいます。
![]() |
| デザインは綺麗なのですが |
ようするに、せっかく新型を出しても、開発の系譜や上下関係が見えにくいですし、たとえばEDMやクラシック向きといったモデルごとのサウンドの特徴をいまいち伝えきれていないと思います。ラインナップ全種を試聴できる機会は限られていると思うので、どうしてもレビューや口コミ依存になってしまいがちです。
だからといって、UEや64Audioみたいにドライバー数をモデル名に使うのも、最近の骨伝導や静電ドライバーとかも関わってくると最善ではないと思いますし、今後なにかユーザーにわかりやすいアイデアを考案してもらいたいです。
![]() |
| 意外と禍々しい紋章っぽいです |
Odin IIは明らかに高級機の風格があり、これを人前で装着するのは勇気がいります。11ドライバーを搭載するハウジングはさすがに大きいですし、勇者ロボの盾みたいな黄金のフェイスプレートは存在感があり、NC削り出しのシャープなエッジはダイキャストとは一味違うギラギラした光を放ちます。大の大人が購入できる商品でここまでイキったデザインはなかなか珍しいです。
![]() |
| フィット感は抜群に良いです |
![]() |
| ノズル形状 |
本体は大きいものの、金色のフェイスプレートはそこまで重くないため、中身の重心は内側寄りで、ノズル部分も耳穴の奥まで入る形状になっており、装着時はグラグラせず安定してくれます。
耳穴奥までしっかり挿入できるイヤピースを使うことが前提ですが、本体が厚いおかげで遮音性は抜群に良いですし、耳に接触する黒い部分はサラッとした梨地のような質感なのでベタベタせず快適です。
![]() |
| ケーブル |
![]() |
| ケーブル |
付属ケーブルは緩い編み込みの布巻きタイプで、ロープのように柔軟です。布巻きはビニール外皮と比べてケーブル同士がくっつかずにスルスルとほどけてくれますし、そこそこ太く重いおかげで耳掛け部分を下に引っ張ってくれて安定感が増します。
4.4mmプラグもODIN MK IIと書いてある専用品なので、社外品に交換してしまっておく時に判別できて助かります。
![]() |
| Triton (Kashmir) |
![]() |
| 万華鏡のような綺麗なデザイン |
Triton (Kashmir)はキラキラしたラメ入りのフェイスプレートで、ギリシャ神話のトリトンにちなんで三叉鉾のロゴがあります。たぶん海のイメージで当初のTritonは青色にしたと思うのですが、Kashmirの方は赤がメインで、海よりも火山とか溶岩を彷彿とさせます。
こういう宝石やガラス細工を散りばめたような立体感を一体どうやって作っているのかわかりませんが、幻想的でずっと眺めていられます。派手ではありますが、Odin IIと比べればこちらの方が外出時でも使いやすいと思います。
![]() |
| 上級ケーブル |
![]() |
| Y分岐 |
![]() |
| Odin IIのケーブルと比較 |
今回借りたTritonの試聴機は「Launch Edition」という初回ロット限定版で、通常版よりも上級なMonarchというケーブルが付属しているようです。
Odin IIのケーブルと比べてみると、確かに高級そうな風格を感じます。Y分岐部品はTritonロゴの削り出しですし、4.4mmプラグはPentaconn純正品です。ケーブルそのものも若干太く、公式サイトによると通常版のOCC銅線ではなく、銀線や銀メッキ銅など多様な線材を組み合わせた高級品だそうですが、取り回しはそこまで悪くないっていないのはありがたいです。
![]() |
| TritonとOdin II |
![]() |
| シェル形状 |
![]() |
| Forte Ears Macbethと比較 |
シェルはOdin IIの方が厚く大きいですが、耳穴に入るノズル部分の奥行きや角度ははほとんど同じ形です。
参考までにちょっと前に試聴したForte Ears Macbethと比べてみると、Macbethの方がカスタムっぽく耳穴の奥の方に入り込む、UEなどに近いノズルデザインで、一方Empire Earsは比較的フラットなシェルからノズルが突き出す64Audioなどと似ている形状です。どちらも私の耳ではフィットは良好です。イヤピースは主にAzlaのMaxを使いました。
インピーダンス
再生周波数に対するインピーダンスの変化を確認してみました。
参考までに前回のVolk Audio Etoileと、だいぶ前に測った初代Odinも載せておきます。
まずOdin IIは初代Odinとほとんど変わらず可聴帯域のほぼ全域が3Ω付近というインピーダンスです。急激なアップダウンは無いのでアンプへの負荷としてはそこまで難しくはなさそうですが、ここまで低いとアンプの出力インピーダンスによる音質への影響は重要になってきますし、ケーブルとの相性にもだいぶ左右されそうです。こういったあたりもしっかり理解して正確に鳴らし切ることが求められるのも、ハイエンド機たるところでしょうか。
一方Tritonは低域と高域用ドライバー間でのクロスオーバーが明確に現れる典型的なマルチドライバー傾向で、インピーダンス自体はOdin IIよりも高いのですが、変動が急峻なので、それに付随してしっかり電流が供給できるアンプが求められます。
同じグラフを電気的な位相変動で表してみると、OdinとOdin IIが似ているのはわかりますが(低域側はインピーダンスが低すぎて不正確ですが)、意外とTritonも高音で重なるのはBAユニットの特性でしょうか。
音質
今回の試聴では、普段から聴き慣れているAK SP3000とHiby RS6 DAPを主に使ったのですが、個人的な好みとしてはOdin IIはRS6で、TritonはSP3000で鳴らす方がそれぞれの強みを引き出せると思いました。
![]() |
| Hiby RS6 |
![]() |
| AK SP3000 |
Empire Earsのイヤホンはモデルごとにサウンドの方向性が全然違うため、価格と音質がリニアに比例するようなわかりやすい上下関係ではないのですが、今回のOdin IIとTritonもまさに水と油のごとく、近年のイヤホンサウンドにおける両極端に存在しています。
ここまであからさまに鳴り方が違うと、どちらが優れているかとか、どちらが自分に向いているかという好き嫌いの次元を超えて、別々の用途で両方とも欲しくなってしまいます。
それぞれのサウンドは外観デザインからそのまま想像できるような感じで、Odin IIは暴力的なまでの派手さと大迫力、Tritonは滑らかで色彩豊かな描写が体感できます。どちらも、それ一台でオールマイティにこなす万能選手というよりも、すでに王道のレファレンス系イヤホンを極めた人がさらに先へ進むためのイヤホンです。
そういうことなので、同じ楽曲で双方を聴き比べて細かい点を比較するよりも、モデルごとの特徴や魅力が最大限に引き出せる楽曲を紹介するところから始めたいです。
| Amazon |
アルプス交響曲は往年の名盤も多いのですが、今作は演奏と録音技術が最高水準で両立しており、建設されてまだ新しいヘルシンキミュージックセンターの壮大な空間が存分に体験できます。やはりオーケストラというのはホール全体の音響を堪能するためにあると、あらためて実感できます。
Odin IIは黄金の輝きのごとく、眩しすぎるくらいスケールの大きなサウンドで、派手な値段もデザインも無理矢理納得させてしまいます。アルプス交響曲の重厚な導入が始まった時点でOdin IIが作り出す緊張感に「只者ではない」という予感がしてきて、そこからオーケストラの音量と音圧がどんどん上昇していくにつれて、無尽蔵のパワーとスケール感を発揮していきます。
激しく刺さる音圧を浴びせるのではなく、圧倒されるくらいの大迫力を描くというのは、イヤホンで簡単に実現できるものではありません。11基4種類という大量のドライバーを巨大なハウジング空間内で存分に鳴らしきっており、優れた音響設計技術と微調整を追い込むセンスが実感できます。
大迫力というのは、一般的にいう音像が遠いとか空間が広いというのとはちょっと違って、むしろなにか巨大な物体の目の前に堂々と存在しているような感じで、たとえば前方から大型トラックや電車が迫ってくるようなスリルみたいなものがあります。実はどれだけ高性能であっても、このようなスリルが感じられないイヤホンというのが意外と多くあり、それらは優秀だと頭で理解できていても、率先して使いたいという気分が湧きません。
客観的に見れば、Odin IIで大音量の交響曲を鳴らしていると、飽和して歪んでいる場面もあるのかもしれませんが、それを問題にしないほど力の入ったパフォーマンスに圧倒され、そのまま荒波に飲まれるつもりでずっと聴いていたくなります。
DAPの音量を上げていくと「これは明らかに暴れて歪んできたな」と思えるレベルが迫ってくるわけですが、それが他のイヤホンだったら刺さりや圧迫感などの不快感が目立ってきて音量を下げたくなってくるところ、Odin IIではむしろ逆に演奏の凄さに圧倒される感覚の方が先行します。
Odin IIは空間展開が上下左右の面で広いので、オーケストラを二階指定席から俯瞰で鑑賞するというよりも、一階最前列もしくは指揮者目線で四方八方から迫りくるサウンドを受け止めるといった体験です。
その点では、SP3000など精密なDAPで詳細なディテールまで聴き取るのも良いのですが、それとは別に、Hiby RS6のようなディスクリートR-2R DAC搭載の温厚な質感重視のDAPの方が、Odin IIの空間的迫力に、さらに音色が飛び出してくる慣性と質量が加わり、よりパワフル感が増します。ただし演奏の本来の距離感など時間軸が乱れるとOdin IIのメリットが損なわれるので、真空管などで小細工を加えるアンプは不向きです。
本来であれば、こういったオーケストラ録音はもっと精密なモニター系DAPとイヤホンで聴くべきだと思いますし、それはそれで良いのですが、Odin IIはそれらでは絶対に味わえない迫力を引き出してくれるため、シュトラウスやマーラーのような極端な後期ロマン派はむしろこういう風に迫力重視で聴くのが正しいのではと思えてきます。
とくにクラシックファンの中でも、往年の名盤を愛聴している部類の人はスリル満点の迫力を求めていると思います。最先端ハイレゾ録音の広大なスケール感とは別に、Living Stereoのフリッツライナーやラインスドルフといったパワフルな名盤をあらためて聴き直したくなるようなサウンドです。
| 数年前に聴いたOdin、まだ2.5mmだったのが懐かしいです |
Odin IIと同じく11ドライバー構成でしたが、Tritonと同じようなコンパクトなプラスチックシェル構造でした。Odin IIではドライバーやクロスオーバーの更新もあると思いますが、より大きなシェルを許容することで、一歩先に進んで空間設計が実現できたように感じます。全体の暴れをコントロールできて、主役と伴奏といった対比構成にも対応できるようになったおかげで、持ち前のスケールを活かして、オペラなども得意です。同様にオケ伴奏のミュージカルや歌謡曲なんかも良いと思います。
オペラでも、最新のハイレゾライブ収録はソリストが貧弱で全体の雰囲気を楽しむようなスタイルのアルバムが多いので、それよりも、Odin IIでは昔のサンティーニやガヴァッツェーニのヴェルディで往年の名歌手が堂々と歌うのを体験したくなります。上で挙げたラインスドルフとかもそうですが、Odinの名前にちなんでOrfeoレーベルのバイロイトの指輪とかも聴き応えがあります。50年代のバイロイト収録は音響設計があって無いようなものなので、むしろOdin IIが勢いをつけてくれた方が充実感が増します。
![]() |
| Triton |
続いてTritonの方をじっくり聴いてみた感想です。Odin IIよりも安価だからといって音質が劣るというわけではなく、むしろ良い意味で対象的なサウンドなので、向き不向きを模索するのが楽しいです。
| Amazon |
リーダーのドラムが活躍する曲が多く、レコーディングもジャズの殿堂ブルックリンThe Bunker Studioということで、まさに期待通りの爽快なスゥイング感が味わえる一枚です。最近のSavantレーベルは昔と比べてアンサンブル全体のバランスが良いアルバムが増えており嬉しいです。
Tritonはジャズを聴くのに向いていると事前に聞いていたので、騙されたつもりで試してみたところ、確かに100%納得できます。上で紹介したような最先端のジャズアルバムがとんでもなく良い音で鳴ってくれます。
まず一曲目の冒頭からヴィブラフォンの美しい音色に圧倒されます。スピード、爽快感、抜けの良さ、そして艶のある響きと、すべての面で高水準です。こんなに良い音のアルバムだったのかと驚き、他のイヤホンで聴き直してみても、Tritonで聴いた時のような素晴らしい美音には敵いません。
ドラムのシンバルやハイハットも綺麗に鳴り響いてくれて、しかもヴィブラフォンとの質感の描き分けも優秀なので、金属音をキンキン響かせるような作為的な美音効果といったネガティブな印象は無く、生楽器の音色が一番美しい状態で表現されているという実感がわきます。
ドライバー数が少ないためか、Odin IIのように全帯域を厚く埋め尽くすタイプというよりも、低音と高音が強調されるV字ドンシャリの傾向なのですが、そこそこ広い帯域をカバーしているため、高音はシャカシャカしたピーキーな傾向ではなく楽器の金属的な音がクリアに鳴り響き、美しさと爽快感が際立ちます。
低音側も良好で、ジャズで肝心のドラムやベースのリズムが力強く伝わってきます。このあたりはマルチBA型と比べてダイナミックドライバーを搭載するハイブリッド型で大幅に進歩した部分だと思いますが、Tritonはとりわけ上手くっている好例です。
ジャズでは、どれだけ目まぐるしいテクニカルな指さばきでも、リズム感が伴っていないと良い演奏とは呼べないのですが、せっかくの良い演奏も再生機器側が台無しにしてしまうことがよくあります。ウッドベースの低音が立場をわきまえずにタイミングが遅れて前へ出てきてしまうイヤホンが多い中で、Tritonはそのあたりの正しいバランスとスウィング感が上手く発揮できています。
スウィング感というのは一人の演奏者の技術ではなくアンサンブル全体のタイミングの微妙な弾力性によって生まれるもので、Tritonはドライバー数が少ない事もあってか、余計な濁りや小細工が無く、オンオフのメリハリがしっかりして、演奏のフィーリングに率直に同調できる感覚があります。スピーカーオーディオでも、ジャズファンは細いトールキャビネットのバスレフで反射させるのではなく瞬発力の高い大口径スピーカーを使いたがるのと似たような感覚です。
低音の設計が下手なマルチドライバー型イヤホンだと、中低域クロスオーバーから最低域のバランス調整のために、どうしても低音がワンテンポ遅れてしまいがちなところ、Tritonはキックドラムとベースの時間調整が絶妙に素晴らしく、いわゆるドライブ感やスピード感といた演奏を前に進める牽引力を実現できています。Odin IIはもっと空間全体の重厚感を引き出すのが得意で、たとえば映画サウンドトラックのシンセパッドや、オーケストラの遠方のバスーンやコントラバスのドローン音といった場面では効果的ですが、Tritonほどスカッとしたリズムのノリの良さは出せません。やはり得るものと捨てるものがあるのでしょう。
この調子でTritonはクラシックのオーケストラもさぞかし良い音で鳴ってくれるだろうと期待していたところ、どうも上手くいきません。このあたりがEmpire Earsの難しいところだと思います。どのモデルも万能や無難ではなく、ユーザー側が積極的に相性の良い音楽を探し当てることが求められているため、いつも同じテストトラックだけで判断していると正当に評価できません。
クラシックで上手くいかないというのは、冒頭のシュトラウスとかよりも、一般的なベートーヴェンからブラームスあたりの交響曲を聴いてみたほうが原因が掴みやすいです。
Tritonでこれらを聴いてみると、全く同じ音域を演奏していても、金管、木管、弦楽器でそれぞれ鳴り方の鮮やかさがだいぶ違います。金管はとても鮮明で美しいのですが、木管は前に出てきてくれず、弦楽器は浮足立っています。そのためアンサンブル全体のバランスが普段聴き慣れている感じと変わってしまうため上手くいかないようです。
これは譜面上で受け持つ周波数帯域というよりも、各楽器の一音を形成する高次倍音成分などの再現が、Tritonはとりわけ金管の波形と相性が良いという事なのでしょう。
とくにヴァイオリンに注目してみると、演奏の内容はしっかり聴き取れるのですが、楽器の音色が浮ついたような軽い鳴り方で、しっかり支える質量が不足しているため、まるでMIDIで入れたサンプラー音源みたいな軽薄さです。一方クラリネットなどの木管は魅力的な甘い音色が繰り出せず奥の方に隠れてしまいます。そもそも正解の音が存在しない電子楽器ではそこまで気にならないかもしれません。
これは古くはSE535やUE-RRなど初期の3BA系イヤホンで指摘されていた弱点と似ているので、やはりドライバー間クロスオーバーの摺合せの穴があるのでしょう。ドライバー数やクロスオーバー分割を増やしたり、異なる種類のドライバーを重ねたりといった方法で改善されるのですが、物量投入で高価になるのは必須ですし、音色の美しさという点では損なわれる部分もあることが今回Odin IIとの比較で実感できました。
たしかにOdin IIの方がオケのバランスは抜群で、目立つ穴も無いのですが、ジャズアルバムで聴いたようなヴィブラフォンの突き抜けるような美音であったり、トランペットやアコースティックギターの艷やかな金属的な響きは、Tritonの方が圧倒的に有利で、Odin IIでは真似できないのが難しいところです。
![]() |
| Empire Ears Hero |
Empire Earsのイヤホンは昔から色々と聴いてきて、モデルごとに好き嫌いが明確に分かれていたのですが、その中でも2020年のHeroというモデルが結構好きだったのを思い出しました。
このHeroというモデルも4ドライバー(3BA+1DD)で20万円くらいの価格帯だったので、設計コンセプトがTritonと似ているのかもしれません。私が当時気に入ったのも納得できます。
どんな音だったか、もう一度聴いてみたところ、確かにTritonと共通するようなジャズやバンド演奏が得意そうな爽快でリズム感の良いサウンドです。ただしTritonを聴き慣れた耳では、Heroは音色の粗さや空間の雑味が目立ちます。全体の方向性は似ているけれど、まだ荒削りで未熟な印象です。
このHeroに限らず、数年前の高級イヤホンが中古や格安処分品で売っていると、当時買えなかった自分として興味が湧くのですが、いざ聴いてみるとガッカリするという事が多いです。ほとんどの場合、今回Heroで感じたような質感の粗さや空間のコントロールの悪さが目立つので、やはり当時メーカーが調達できたドライバーの性能や、シェルとチャンバーの音響デザインといった部分での限界を実感します。逆にいうとそれだけ急速に進化を遂げているわけです。
![]() |
| 社外品ケーブル |
最後にケーブルについて、今回借りたOdin IIとTritonで付属ケーブルが違ったので、それらと社外品ケーブルと色々入れ替えて試してみたところ、ちょっと気になる結果になりました。
まずOdin IIに付属しているKvasirというケーブルは金銀銅の四芯線だそうですが、これはOdin IIに合っているのでそのままで良いと思います。
TritonはLaunch Edition特別パッケージでMonarchという高級ケーブルが付属しており、金銀銅で単芯線や金銀パラジウムメッキなど色々組み合わせたそうで、そう言われると確かに高級そうで、Odin IIのケーブルと入れ替えてみても、なんとなく音の芯がしっかりして、色濃く鳴っている感覚があります。
ただし、個人的な感想としては、この高級ケーブルはちょっと味付けが過剰とも思えることもあります。イヤホン本体の特徴に上乗せして塗り潰すような傾向もあるので、たとえばOdin IIはイヤホンの主張がかなり強いため、これ以上あれこれ手を加える必要は無く、Monarchよりも付属のKvasirケーブルが良いと思えます。
Tritonの方も、まず付属MonarchケーブルからOdin IIのKvasirケーブルに変えることで素朴ながら無難なバランスに落ち着く感覚があります。ここからさらにTriton特有の音色の鮮やかさをもうちょっと控えめにして空気感や臨場感を引き出したいなら、社外品の細い銀線タイプに変えてみるなども良いと思いますが、少なくとも私の場合、もしTritonを購入したら、付属Monarchケーブルではなく、別のケーブルに交換するだろうと思います。
ケーブルの線材や外皮構造などで定量的に音が変わるのかというのは永遠の謎ですが、個人的に異なる合金やメッキなどを組み合わせたケーブルよりも、シンプルな高純度銅や銀のみのケーブルの方が、余計な個性を生み出さず、イヤホン本来の特徴を引き出せる気がします。
このあたりは完全に好みの世界なので正解は無いのですが、Odin IIは付属ケーブルのままで良いのに対して、Tritonの方がシンプルだからかケーブルによるアレンジが効きやすいようです。とくに2ピン端子なら昔買って持て余しているケーブルがある人も多いと思いますので、そういうのを色々と試してみる価値があります。
おわりに
ハイブリッド構成に移行してからのマルチドライバー型イヤホンは、昔のようにドライバーユニットの数だけで音質のグレードを計り知ることは難しくなったわけですが、それでも今回のように同じメーカーの11ドライバーと4ドライバーという対象的なモデルを聴き比べることで、現在のイヤホン市場の傾向が掴めてきます。
![]() |
| デザインで欲しくなるのもあります |
イヤホンの価格が搭載ユニット数に比例するとして、高価な11ドライバーのOdin IIをあえて選ぶメリットはあるのかという冒頭の問いに対して、単純な周波数特性を超えたスケール感や迫力の違いというものが実感できました。その一方で、シンプルな4ドライバー構成のTritonだからこそ味わえる新鮮な美音にも魅力があります。
つまり現時点ではドライバー数が多い少ないの両方に独自のメリットがあり、どちらかひとつに絞るというよりも、こういったジャンルの異なるイヤホンをいくつか使い分ける人が多いようです。高価な方が高音質というよりも、4ドライバー機では11ドライバーのサウンドを実現できないため、それを求めているのなら、どうしても高価なモデルになってしまうというわけです。
もちろん、もっと安価なメーカーの11ドライバーモデルでOdin IIのような迫力を体感することは不可能ではないと思います。しかしドライバー構成が同じだからといって、クロスオーバー回路や空間音響設計といったデータシートでは見えにくい部分で、熟練のスタッフが試作と試聴を繰り返して入念に作り込んだ製品の方が高価になってしまうのも理解できます。
後発メーカーの大量生産品の方が値段が安くなるのも当然ですから、アマゾンやアリエクの高コスパ品を探すのも面白いですが、やはりEmpire Earsのような定評のあるブランドを頼りに業界最先端を体験するのも趣味として有意義だと思います。
冒頭でEmpire Earsはラインナップの全体図や各モデルの位置づけがわかりにくいと不満を言いましたが、ネーミングセンスの話は別として、サウンドに関しては今回の試聴を通して考え方が変わりました。
例えばゼンハイザーやオーテクのような、メーカー独自の指標とするサウンドシグネチャーに近づけるために、価格帯に見合ったドライバー構成やハウジング設計などを追求するのが、我々が一般的に想像するオーディオメーカーだと思います。つまりゼンハイザーのドライな音が好きとかオーテクの高音が魅力的といった、メーカーとしてのイメージが定着しており、ユーザー側もそれを期待しています。
その一方で、Empire Earsのこれまでのイヤホンを振り返ってみると、まず価格帯ごとに実践してみたい最先端のドライバー構成などが提案され、その組み合わせが最大限に活かせるサウンドの世界観を作り込むといった方法を実践しているように感じられます。もしくは、モデルごとに、こういった音を作りたいというアイデアから始まり、それを実現するために使えそうなドライバーやシェル構造などを選定していくといった考えかもしれません。
もちろんEmpire Earsがそう主張しているわけではなく、私の勝手な想像なわけですが、ようするにメーカー全体のサウンドシグネチャーを重視するのではなく、プロジェクトごとに臨機応変に素材に息を吹き込むアーティストのような感覚でしょうか。
そうなると、私のように、業界の動向やドライバー供給元などのゴシップにそこまで興味が無い人にとって、Empire Earsというと、いまいち掴み所が無い、よくわからない工房系メーカーという印象から離れられませんし、とりあえず自分の予算に見合ったモデルを店頭で試聴したところで、それがEmpire Earsというメーカー全体のサウンドシグネチャーだと誤解してしまうというわけです。
もし試聴するなら、今回のTritonとOdin IIのように、手が届かない価格帯のモデルもひとまず興味本位で色々と聴いてみれば、どれかひとつでも自分にバッチリ合うサウンドが見つかると思います。もちろんそれがOdin IIやRavenのような最高級機だったら困るのですが、意外と低価格なモデルであっても、凡庸な廉価版ではなく、価格や構成ごとに最大限の魅力を引き出すサウンドを作り上げるのが上手いメーカーだと思います。
また様々なイヤホンメーカーを渡り歩いた経験豊富なユーザーがEmpire Earsに興味を持つのも当然と思えてきました。新型が出るたびに、レファレンスデザインに僅かなマイナーチェンジを加えるのではなく、今回はどのようなドライバーや回路チャンバー構成で、どのような未体験の新しいサウンドを生み出してくれるのだろうかという興味を掻き立てるメーカーです。
アマゾンアフィリンク
![]() |
| PELICAN マイクロケース 1010 クリアブラック |
![]() |
| Evergreen インイヤーモニター保護ケース |
![]() |
| musashino LABEL イヤホンケースセミハードタイプ |
![]() |
| MITER キャリングケース DAP + Earphone |
![]() |
| final ファイナル FUSION-G 次世代イヤーピース |
![]() |
| final ファイナル イヤピース Eタイプ |
![]() |
| ラディウス radius HP-DME2 ディープマウントイヤーピース ZONE |
![]() |
| AZLA SednaEarfit MAX |
![]() |
| AZLA SednaEarfit mithryl サージカルステンレス音導コア搭載 |
![]() |
| SpinFit スピンフィット W1 |


























![[musashino LABEL]【イヤホンケースセミハードタイプ キャリングベルト付 オンライン別注カラー(チャコールグレー)】 EVA素材 イヤホンケース セミハード 特許取得シリコン製イヤホン巻取り イヤピース リケーブル 変換ケーブルなどが収納可能な多機能ポケット 持ち運びに便利なキャリングベルト付 武蔵野レーベル](https://m.media-amazon.com/images/I/31eyhFjHzEL._SL160_.jpg)




![アズラ(AZLA) SednaEarfit MAX [イヤーピース M/ML/Lサイズ各1ペア] テーパード構造 医療用シリコン スタンダード設計 一体型シリコンフィルター搭載 細軸ノズルアダプター付属 低刺激 快適フィット](https://m.media-amazon.com/images/I/316gW8n9HVL._SL160_.jpg)
![【VGP2026企画賞】AZLA SednaEarfit mithryl Standard [イヤーピース MS/Mサイズ各1ペア] サージカルステンレス音導コア搭載 米国FDA準拠プレミアムLSR テーパード型構造 二重構造軸部強化 内部シリコンリング仕上 高域改善 低刺激 低圧迫【AZL-MITHRYL-ST-SET-MS】](https://m.media-amazon.com/images/I/31wxONPYnKL._SL160_.jpg)
