今回は三種類の新作ダイナミック型イヤホンを試聴した感想をまとめておきます。
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| RS5、Deuce、Prelude |
Acoustune RS FIVE、FatFREQ HBB Deuce、DITA Preludeといった3~5万円台のモデルを、それぞれ単体で書くことも少ないので、一気に紹介しておこうと思いました。
中級価格帯イヤホン
有線のIEMイヤホンでは、今回紹介するような3~5万円くらいの価格帯がとりわけ面白いです。
多くの人にとってワイヤレスイヤホンから乗り換える境界線がこのあたりになるので、本格的なポータブルオーディオを体験したいと思っている人の期待に答えるクオリティでないといけませんが、しかし十万円超のハイエンドモデルと比べると、必ずしも万能レファレンスを目指しておらず、まだまだ個性を主張できる価格帯です。
どのメーカーも共通して言えることは、綺麗なシェルデザイン、耳掛け式ケーブル、着脱可能ケーブルコネクター、汎用シリコンイヤピースといった、ハイエンドモデルと比較して遜色ない仕様をしっかり守ることで、本格的イヤホンを所有する満足感を表現できていることも重要です。
今回とりあげるのは
- DITA Prelude(1×DD)約30,000円
- Acoustune RS FIVE (1×DD)約45,000円
- FatFREQ × HBB Deuce (2×DD)$381USD
どれも同じくらいの価格帯のダイナミック型イヤホンで、選んだ理由はたまたま同時期に試聴機が手元にあったからです。Deuceのみ2×DDですが、基本はシングルダイナミックで、重低音用のサブウーファーを追加したような設計です。
最新作だけあって、それぞれ形状やフィット感などは良好で、とりわけ独創的なデザインというわけでもないので、個別の記事で紹介してもそこまで書くことがないということで、今回まとめて比較してみることにしました。
私は普段から多くの新作イヤホンを試聴している中で、自分が気に入って紹介したいと思えたモデルだけ当ブログでとりあげることを心がけています。自分に合わなかった、良さがわからなかったモデルを悪く書いてもしょうがないです。
そんなわけで、今回これらのモデルを選んだのも単純に色々試聴した中でもとりわけ良いと思えたからで、しかも値段が近いという理由のみです。前回は50万円もするような超高級イヤホンForte Earsを紹介しましたが、さすがに自分では手を出せない価格帯ばかりよりも、もっと常識的な価格で良い新作イヤホンを探していたところで見つけたのが今回の三機種です。
実はもう一機種、1×DDのAZLA Celadonというイヤホンもサウンドを結構気に入っていて、今回紹介しようと思っていたのに、もう販売終了になっていました。5月発売のモデルで、これを書いているのが9月ですから、たった四ヶ月で手に入らなくなるのはIEMイヤホンではよくある問題です。
せっかく良いイヤホンだと思って感想を書いたところで、限定生産やコラボモデルといった事情で、数カ月後にレビューを読んで気になった時点でもう手遅れということが多く、無常感があります。
ちなみに今回全てダイナミック型なのは奇遇です。新作試聴時は余計な先入観を排除するために、内部のドライバー構成などは下調べせずに、ひとまず音だけで評価するように心がけているのですが、これを書きながら公式サイトのスペックをチェックすると全てダイナミック型だったので驚きました。やはり鳴り方に個人的な好き嫌いがあるということでしょう。
Acoustune RS FIVE
まずAcoustuneから見てみます。RSシリーズは2021年にRS ONEとRS THREEが発売しており、それぞれ一万円台のプロ用モデルとして好評を得ています。
RS ONEが高耐圧のステージモニター、RS THREEが制作用といったチューニングの分け方だそうです。Acoustuneといえばミリンクスという振動板素材がセールスポイントになっており、RSシリーズはどれも9.2mmミリンクスドライバーを搭載しています。
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| RS THREE & RS FIVE |
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| だいぶ印象が違います |
RS THREEとRS FIVEを並べてみると、全体的なデザインコンセプトは共通しているものの、15,000円と45,000円の価格差相応に素材の質感が大幅に異なります。
RS ONEとRS THREEでは半透明ポリカーボネートのシェルが定番SHURE SE215の代用品といった、いかにも業務用なイメージが強かったのに対して、RS FIVEは3Dプリントの透明シェルや鏡面仕上げのメタルパーツなど高級感が飛躍的に向上しており、これまでのRSシリーズからはだいぶ離れているようにも思います。
中身もモデルごとに音響チャンバーやドライバー自体のチューニングを変えているようで、たとえばRS THREEがミリンクスEL-S、RS FIVEはミリンクスEL-Bと書いてありますが、具体的になにが違うのか不明です。実際に鳴らした時のサウンドは明らかに違うので、価格差以上にモデルごとに音の好みが分かれると思います。
| HS1750Cuと比較 |
Acoustuneというと金属削り出しのメカっぽいHSシリーズが有名ですが、それらはデザインのクセや主張が結構強いので、もうちょっとコンパクトで大人しいデザインで、音質と高級感を求めている人にはRS FIVEが最適かもしれません。実際RS FIVEのようなシュアー系フォルムで音質重視のモデルというと、意外と新しい選択肢が少ないです。
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| とても綺麗です |
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| 角が無いデザインは嬉しいです |
まるでガラスのようなシェルの透明感と鏡面仕上げのメタルが美しい曲線で見事に融合しており、角が無いため装着時にも不快感がありません。
プロの現場ではおなじみのShureやWestoneと同じような、耳穴にスッキリと収まる形状です。最近はゼンハイザーのプロモデルIE100なども同様のフォルムを踏襲しているので、このタイプの形状がプロ現場では受け入れやすいのでしょう。
最近主流のハイブリッドマルチドライバー型になると様々な形状のドライバーを詰め込むために大きなシェルが必要になってしまうのに対して、シングルドライバー型はコンパクトにできるというメリットがあります。
耳の側面から過度に張り出さないため悪目立ちしませんし、横になって寝る時なども邪魔にならないので重宝します。
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| HS1900Xと比較 |
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| 入りません・・・ |
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| 他社ケーブルもダメでした |
ケーブルに関しては注意点があります。これまでのAcoustuneモデルと同様にPentaconn Ear端子を採用しているのですが、このRSシリーズのみ「Pentaconn Ear Long Type」という特殊形状です。
Acoustune HS1900Xと並べた写真を見てもわかるとおり、RS FIVEの接続端子は奥まっているため、HSシリーズのケーブルやEffect Audioなど社外品の一般的なPentaconn Ear端子ケーブルが接続できません。本体を削って対処することもできそうですが、流石にそこまで安いモデルではないので、買ってすぐに改造するのも気が引けます。
公式サイトによるとRS FIVEは「リスニングモニター」という売り方なので、付属品の3.5mmケーブルから上級機の4.4mmバランスケーブルにアップグレードしてみたいという人もいると思います。プロ用ということで防塵防滴や曲げ強度に配慮しているのかもしれませんが、せめて互換性のために形状は統一してもらいたいです。
DITA Prelude
続いてシンガポールのDITA AudioからPreludeです。こちらもAcoustuneと同じくダイナミック型イヤホンに強いメーカーで、これまでも最高級機のDreamやPerpetuaなど凄いモデルを連発しています。
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| DITA Prelude |
PreludeはアルミのNC削り出しで、3万円とは思えない高級感を演出しています。ヴァイオリンのような通気孔デザインも音楽的でエレガントです。
デュアルマグネット10mmダイナミックドライバーに、ハウジングのツインバッフル構造といったDITA独自の技術を採用しており、直近のフラッグシップ機Venturaの開発で得た知見を盛り込んでいるそうです。
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| DITA Prelude、Project M、Mecha |
一昔前のDITA Audioイヤホンを知っている人なら、音質は良いけれどハウジング形状のクセが強すぎて、フィットに難ありのメーカーというイメージがあると思います。
ところが、2023年のProject Mというモデルで立体的な人間工学に基づいた樹脂製ハウジングデザインを採用しており、続いて切削チタンのMecha、そして今作Preludeとフィットの良好なハウジングを連発しています。
DITAらしいデザイン性が失われて、世間一般のIEMイヤホンと同じスタイルになってしまったと嘆くファンもいるかもしれませんが、イヤホンというのは靴と同じで、人間にピッタリとフィットする理想形状が求められるので、同じ形状に収束するのはむしろ正しい進化の結果と言えます。
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| 仕上げが綺麗です |
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| エレガントなデザイン |
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| ケーブルも綺麗です |
Preludeはアルミという素材を活かして、ルビーやワインレッドのような深みのある赤色アノダイズド加工を採用しています。さらに通気孔の断面に切削跡が見えるあたりもヴァイオリンやチェロなど弦楽器を見慣れている人は親しみを持てるデザインです。
とても綺麗なのですが、あくまで表面処理なので、フェイスプレートの角など摩耗で赤色が剥がれてくるため注意が必要です。
ケーブルも他社ではあまり見ないサラッとした紙のような表面質感で、淡く輝く白色が印象的です。3.5mm端子で、さらにUSB-CドングルDACも付属しているためコストパフォーマンスが高く入門機として最適です。
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| 2ピン端子 |
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| 社外品ケーブルと互換性があります |
ケーブルは一般的な2ピン端子なので、社外品アップグレードケーブルの選択肢が豊富なのも嬉しいです。
FATfreq x HBB Deuce
続いてDITAと同じくシンガポールからFATfreqというメーカーのHBB Deuceです。
そういえば前回紹介したForte Earsもシンガポールでしたし、最近ずいぶん勢いのある国のようです。
中国の方がどちらかというとスペックや物量重視で、OEMサプライチェーンのおかげで複雑なハイブリッドマルチドライバー型を得意としているのに対して、シンガポールはアイデアやコンセプト重視で自己主張の強い中小メーカーが多いようです。日本と比べてメーカーもユーザーも平均年齢が若いため、フットワークが軽く、色々と冒険できる環境があるのでしょう。
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| ケーブルが目立ちます |
今作Deuceはケーブルの赤さに目が行ってしまいますが、イヤホン本体は極めて無難で王道なプラスチックシェルデザインです。
このFatFREQというメーカーは、その名のとおり低音の太さをセールスポイントにしており、今作も独自技術Bass cannonと低音増強用のサブウーファーを搭載している2WAYダイナミック型です。HBBというコラボモデルらしいですが、私はそのあたりの経緯はあまり詳しくありません。
今回の試聴機では同梱していませんでしたが、購入時のオプションで低音をブーストするための「Bass Impedance adapter」というケーブルアダプターもあるそうです。
公式サイトを見ると、今作以外ではそこそこ高価なアーティスト用のカスタムIEMを作っているのですが、モデルラインナップはどれも非常にクセの強いデザインばかりです。これが大手メーカーなら心配になりますが、新興中小メーカーはデザインやサウンドコンセプトがはっきりしている方が好感が持てます。
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| FatFREQ Quantum & Deuce |
ちなみに私がFatFREQのイヤホンを試聴したのは今回が初めてではなく、少し前に、上の写真のEffect AudioとのコラボモデルQuantumの強烈なデザインに驚かされました。それと比べると今作Deuceはだいぶ王道で洗練されているように見えます。
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| やはりケーブルに目が行きます |
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| 2ピンです |
イヤホン本体は一般的なIEMシェル形状で、これといって特筆すべき点も思い当たらないため、どうしても真っ赤なケーブルの方が目立ってしまいます。コネクターは一般的な2ピンタイプで、購入時に3.5mmと4.4mmを選べるそうです。
ケーブルが黒だったら買っていたかもという人も多いかもしれませんが、それでは新興メーカーとして市場での存在感を打ち出せないのが難しいところです。私も名前を忘れて「あのケーブルが赤いやつ」と言うことが何度かありました。
それにしても、このHBB Deuceを眺めていると、なんだか懐かしい気持ちが湧いてきます。黒色プラスチックシェルに大理石のようなフェイスプレート、アイロンコードのような布巻き編み込みケーブル、謎の高級風プラグなど、全体的な風貌は十年前のハイエンドイヤホン、たとえばJH Roxanneとかの時代にタイムスリップしたかのようです。ポータブルオーディオを長くやってきた人なら共感してくれると思います。
インピーダンス
再生周波数に対するインピーダンスの変化を測ってみました。
最近はどのメーカーも公式スペックでインピーダンス値を記載しないのがトレンドのようですが、1kHzで見るとPreludeが35Ω、RS FIVEが32Ω、Deuceは12Ωです。
Deuceのみ低域のインピーダンスが一気に上昇するのが面白いです。つまりアンプのパワーにそこまで左右されずに低音をしっかり震わせることができそうです。一方RS5は2.7~5.8kHzで二つの山があるので、Acoustuneが得意なチャンバーを含めた音響設計を行っていることが期待できます。
どちらにせよ一部のマルチドライバーIEMのようにインピーダンスが極端に乱高下しないので、そこまで高性能なアンプでなくてもしっかり駆動できそうなのは嬉しいです。
音質
今回三機種をまとめて取り上げたのは、その方が比較試聴しやすいと思ったからです。
普段から使い慣れているHiby RS6 DAPを主に使いましたが、それ以外にも、ちょうど試聴中だったiBasso D17なども使ってみました。イヤピースはAZLAのMAXです。
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| 交互に試聴 |
一通り聴き比べてみたところでの全体的な感想としては、もうすこし高価なモデルと比べると各モデルごとの個性がだいぶ強く、全体的な完成度よりも、それぞれ独自の長所で押し通すような印象を受けます。
これらの中でどれが一番高音質かは意見が大きく分かれると思いますが、逆に言うとサウンド傾向の違いも明確なので、感想は書きやすいです。
| Amazon |
SAVANTレーベルの新譜でJD Allen 「Love Letters」を聴いてみました。サックスリーダーのカルテットです。
SAVANTはこの手の王道ジャズアルバムリリースが非常に多く、それらの多くは無難な佳作で、一体どれを聴くべきか迷うのですが、今作はかなり良い力作だと思います。スタンダードなバラード集で、ブラシワークの上をソロが駆け巡るような作風ですが、演奏自体はAllenらしく迷いの無いスカッとしたスタイルですし、録音もSamurai HotelでDavid Stoller/Mike MarcianoというNYの頂点なので、いわゆる甘々なBGM的バラード集ではありません。
| Amazon |
クラシックではクリーヴランド管弦楽団の自主製作レーベルからモーツァルトの新譜を聴いてみました。Garrick Ohlssonとのピアノ協奏曲27番と交響曲29番をカップリングしています。
クリーヴランドといえば今年9月には残念ながらクリストフ・フォン・ドホナーニの訃報がありましたが、彼の後をウェルザー・メストが引き継いだのが2002年なので、もう20年以上音楽監督として継続しているのは大変嬉しいです。とくにこれら自主製作アルバムシリーズは大手レーベルほどメインストリーム向けの編集を行っていないおかげか、生の公演の雰囲気やエネルギーが伝わってきて楽しめます。
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| Acoustune RS FIVE |
まず最初にAcoustune RS FIVEのサウンドですが、今回の三機種の中では一番クッキリしたモニター系の音作りです。
とりわけジャズではAcoustuneが得意とする切れ味の鋭いサウンドを十分に堪能でき、しかもハウジングがフルメタルではないこともあってか、ドラムやピアノ打鍵なども余計な響きや耳障りな鋭さはなく、どちらかというと高性能密閉型モニターヘッドホンのような高密度かつ高解像なフォーカスが味わえます。
さらに高域の開放感がとても高いことに驚きました。これはかなり意外です。耳栓のようにしっかりと密閉しているデザインで、遮音性も非常に高いのに、高音側が詰まるような感じがせず、ハイハットよりもさらに上の空気感や情景においてスカッとしたヌケの良い爽快感が得られます。遮音性が高いからこそ、録音の微細な情報がしっかり伝わってくるのでしょうか、オーケストラでも前方ステージ上の演奏を客席から観察しているような余白や空間余裕が感じられます。RS ONEやRS THREEはもっとサックスやピアノなど中域付近の描写のみに特化した、いわゆるSE215風の使い方を想定したサウンドだったので、RS FIVEの音と見た目のギャップに驚かされました。
限定的なレンジで丸く収めるタイプでもなければ、金属の刺激を押し付けるわけでもなく、とても上手く考えられたサウンドです。しかもAcoustuneの上位モデルHSシリーズとは異なる方向性で高レベルに仕上がっているため、これまでのAcoustuneのサウンドが苦手だった人も聴いてみる価値がありますし、逆に私のようにHSシリーズをすでに持っている人でも別腹で欲しくなってしまいます。
HS1750Cuとは価格差もそこまで大きくないので、ちょっと頑張ってそちらを買うべきかと考えている人もいるかもしれませんが、性格がまるで違うのでしっかり比較検討すべきですし、正直私の好みでいうとRS FIVEの方を選ぶと思います。
もっと安いRS ONEとRS THREEも悪くないものの、どちらも特定の用途を想定しており、いわゆるオーディオファイル的な音楽鑑賞には向いていません。リアルタイムのモニタリング用途、たとえば私の場合だとゼンハイザーHD25を使うような場面ではRS THREEの使いやすさが実感できるものの、それで音楽を聴くとなると音色の伸びの不足、質感の粗さといった部分が気になります(まさにHD25と同じです)。
1万円台では最近はもっと安くてバランスの良い中華系イヤホンも沢山ありますから、あえてそれらの激戦区で争うよりも、中華系が不得意としている特定用途のプロモデルという点でRS ONEとRS THREEの存在意義があり、RS FIVEとは全くの別物と考えるべきです。
RS FIVEの弱点を挙げるなら、音楽全体がカチッと型に収まったようなプレゼンテーションは、録音の良し悪しがダイレクトに伝わってしまうため、聴いている楽曲が平面的でダイナミクスが不足していると一辺倒で退屈に聴こえてしまいます。その場合はHS1750Cuを選んだ方が録音に情緒の豊かさや華やかさを加えて魅力的に引き立ててくれます。
RS FIVEが得意とする空気感も、そもそも録音に含まれていなければ、ただの無音空間になってしまうため(最悪、圧縮音源のシュワシュワしたアーティファクトが目立ってしまうなど)、RS FIVEのポテンシャルを発揮できません。最初からカジュアルなコンシューマー向けを想定した設計であれば、もっと甘く響き豊かに仕上げていたと思うので、RS FIVEはプロモニターとの中間的存在という感じで中途半端な印象もあります。しかしヘッドホンではゼンハイザーやAudezeなどのモニター系ヘッドホンを音楽鑑賞に愛用しているユーザーも多いので、それに近いものを求めている人には最適です。
ここまで高レベルなサウンドを5万円以下で作れているのは素直に凄いと思いますし、私が普段重宝しているゼンハイザーIE600と比べても遜色なく、私ならどちらを選んでも満足できると思います。
IE600の方が角が立たない、いわゆるゼンハイザーらしい(HD600系の)ツールとしての有用性がある一方で、RS FIVEはもっと集中したリスニングに向いており、たとえばIE600よりもさらにニアフィールドモニター的な集中力を求めている人は、そこからIE900などを目指すよりも、一旦RS FIVEを試してみる価値がありそうです。価格を問わず、似たようなジャンルのライバルがあまり思い浮かばないタイプのイヤホンなので、こういうのを探していたという人も多いと思います。
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| Dita Prelude |
続いてDITA Preludeですが、こちらはまさにDITAらしい軽やかで繊細な音色表現が魅力的です。
最初期からのDITAファンとして、過去モデルからの延長線上での正統進化が実感できるあたりに、なんだか嬉しくなってしまいます。
たとえば2015年発売のDITA The Answerイヤホンを覚えている人なら、あの頃のDITAというと繊細で綺麗な音色、しかし低音が不足して軽すぎる傾向もあり、しかもビジュアルデザインが先行してフィットが悪いという弱点があったので、私も含めて当時どうしても購入に踏み切れない人も多かったと思います。
今作Preludeでは、当時よりも中低域に厚みを持たせており、大音量で聴いても金属的な刺さりを感じさせないよう全体的にバランスよく仕上げてあります。シェル形状のフィットも良好で、耳穴にピッタリと添うように密着してくれるおかげで、ステレオイメージの安定感や音像の実在感もだいぶ良いです。
逆に考えるなら、シェル形状が改善され低音が逃げずに安定して鳴ってくれることで、ようやくDITAが意図する本来のサウンドが正しく伝わるようになったと言えるかもしれません。
形状やフィットが悪いと、試聴した人それぞれの感想にばらつきが生まれて評価が安定しないという弱点になります。もし最初期のThe AnswerやDreamが今作Preludeと同じシェル形状だったら、一体どんな音になっただろうと想像してしまいます。
Preludeのサウンドに話を戻すと、とくにAcoustune RS FIVEと交互に比較することで、プレゼンテーションの違いというものが感じ取れます。とくに面白いのは、どちらも単独で感想文を書くなら「高音域のヌケが良く、開放感のあるサウンド」だと言えるのですが、その「開放感」の内訳が大きく異なります。
RS FIVEの場合は、さきほども述べたように、遮音性が高く、音楽自体が硬くコンパクトに描かれており、音像やステレオ定位感が明確に定まっている上で、その周囲に空気感の情景が広がるというタイプの音抜けの良さです。
一方Preludeでは、そのような空気感の情景はそこまで強調されず、たとえば冒頭で紹介したモーツァルトを聴けば、オーケストラそのものがふわっと視界に広がって、演奏空間に溶け込んでいるような感覚です。どちらもイヤホン特有の閉塞感や耳が詰まる感覚が少なく、情景が広がってくれるため「音抜けが良い」と感じるわけですが、それぞれの感触はだいぶ異なります。
Preludeの弱点を挙げるなら、最近の一般的なIEMイヤホン、とくにマルチドライバー型と比較すると、全体がスムーズにブレンドしすぎており、フォーカスが甘く、個々の要素の派手さや音圧の主張が弱いです。響きの演出もそこまで誇張しないため、クラシックのオケでも、ジャズのカルテットでも、サラッとしたBGM風な仕上がりになってしまいます。それこそThe Answerの頃のDITAサウンドが高音以外も普通に鳴るようになったという感覚なので、そこまでシビアにならずに色々な音楽ジャンルをストレスフリーで長時間流していたい人に向いています。
RS FIVEと比べて低音側の表現にわかりやすい違いがあるので、ここで明確に好き嫌いが分かれると思います。ジャズのコントラバスに注目すると、RS FIVEは立ち上がりも引き際もレスポンスが高く、キレのあるリズムが体感できます。一方Preludeはフォーカスが甘く、遠くで鳴っている低音が一旦空間を経て耳に届いているという感じです。RS FIVEがモニタースピーカー的な明確さを実現しているとすれば、Preludeはスピーカーを介さない生のステージのような緩さを表現しています。つまりニアフィールドなモニタースピーカー越しの音楽を好むならRS FIVEに親近感が湧くと思いますし、生楽器を聴き慣れているならPreludeの方が自然に感じます。
別の解釈をするなら、RS FIVEはたとえばベイヤーダイナミックDT1770など密閉型モニターヘッドホンと似ており、PreludeはオーテクやGradoなどの開放型に近いです。
一昔前のオーテクやGradoというと、低音が薄く、ボリュームを上げると高音だけが派手に主張しすぎるため、完全無音の部屋でボリュームを絞って聴かないと本来のポテンシャルが発揮できない、騒音下で大音量で聴く人には高音が激しすぎて刺さるという弱点がありましたが、しかし最近のモデルではそのあたりのバランスがだいぶ改善されています。DITAも昔のThe AnswerやDreamの頃から現在に至るまで、それら開放型ヘッドホンと似たようなバランス改善による進化が実感できるため、なおさら共通点を感じます。
しかもPreludeの場合、当時5-6万円台だったThe Answerクラスのサウンドを発展させて、値段も3万円に下がっていることにメーカーの努力が伺えます。一つ前のフラッグシップ機Perpetuaも凄いサウンドでしたが、今回Preludeを聴いたことで、次期フラッグシップVenturaがどんなサウンドなのか期待が持てます。
最後はFatFREQ HBB Deuceです。こちらはノーマークだったのですが、他のイヤホンを試聴中にタイミングよく現れたので、せっかくだからと音を鳴らしてみたら虜になってしまいました。
まず低音重視のチューニングということで身構えていたところ、実際に音を聴いてみると案外普通に楽しめます。一昔前の常識だと、ハウジングにバスレフ的なチャンバーを設けて、低音域全体をエコーのように増幅させる仕組みであったり、クロスオーバー回路のローパスフィルターで電気的に増幅する手法など、低音ブーストというのはオーディオファイル的に好ましくない効果が主流でした。
根本的な問題として、昔のイヤホンでは、どれだけ低音をブーストしても、そもそもドライバー自体にそれだけの低周波エネルギーを発生させることが技術的に不可能だったので、違和感があったわけです。当時のドライバーは女性ソプラノ歌手に無理矢理低音を歌わせるようなもので上手くいきません。
HBB Deuceの場合、メインのドライバーは極めて王道の仕上がりで、たとえばピアノソロや弦楽四重奏曲などを聴いても低音過多な違和感がありません。オケのティンパニーやコントラバス、ジャズカルテットのアップライトベースでも、大げさに盛られてバランスが崩れる感じはしません。ところが、いざ打ち込みのキックドラムなど現実の生楽器よりも低い周波数が鳴ると、サブの低音ドライバーと音響チャンバーが本領発揮して強力な重低音を発揮してくれます。
近頃の低音重視のイヤホンというのは、こういった低音の「自然と不自然」もしくは「生楽器と創作音源」の境界線を切り分けて、そのQ幅を明確に設定することで、破綻せずに低音を増強することが実現できています。
さらにHBB Deuceでは、低音を担うドライバー機構がとても高性能なおかげで、タイミングがワンテンポ遅れたり余計に響いたりせず、体の芯に力強く打ち付けるような体感が得られます。既存のイヤホンを低音寄りに再調整したような平凡な設計ではなく、はじめから低音の描写に真面目に取り組んでいるメーカーだと実感できます。
もっと極端な例を挙げると、Skullcandy CrusherヘッドホンもHBB Deuceと似たような理由で個人的に好きなモデルです。こちらも独立した低音専用の振動板を追加することで物凄い重低音を実現してきたシリーズで、初期のモデルは振動板がブルブル震えるギミックが面白いネタ的存在でしたが、数世代の開発を経て最新のCrusher Evoでは低音の体感がだいぶ進化しており、しかもメインのドライバー音響設計が真面目なので、意外と普通に優秀なヘッドホンです。HBB DeuceはCrusherほど極端な体感低音ではありませんが、考え方は同じで、メインのドライバーで無理に頑張って低音を出すのではなく、低音に特化した機構を導入して、役割を分担することで理想的な効果が実現できています。
同様の理由から、最近の高級イヤホンではハイブリッドマルチドライバー型が主流になっていますが、複数のドライバーを音量域や音楽ジャンルで上手く擦り合わせるのは難しいと思いますし、上手く成功しているのはどうしても高価なモデルになってしまいます。その点HBB Deuceは基本的にはシングルダイナミック型を中心に最低音だけを増強しているため、コスト的にも現実的な範囲に収めることができるのでしょう。
ちなみに以前FatFREQとEffect AudioのコラボモデルQuantumも聴いてみましたが、そちらは個人的にあまり好きになれなかったので、今回HBB Deuceがかなり良かったので驚きました。
Quantumの方は平面型ドライバーを採用しているのでダイナミック型のHBB Deuceとは設計思想が根本的に違うようです。平面型イヤホン全般に共通する課題だと思うのですが、イヤホン用の小型平面ドライバーは素の挙動が高音寄りの薄味になってしまうため、それを過度に補正せず、そのままの繊細な音を売りにするイヤホン、たとえばMoondrop Stellarisとかは良いのですが、音響ダクトやチャンバーを多用して周波数特性をフラットに仕上げているイヤホンは、測定上は優秀に見えても時間軸が濁って音に違和感があります。以前Unique Melody ME-1でそんな不具合を感じて、FatFREQ Quantumも同様でした。聴き慣れた人の声が本人の声と違ってしまうとか、チェロの生音が一旦別の箱を通って鳴っているような不自然さです。つまり生音の再現性を重視する人には向いていませんが、逆に現実の生音が存在しない創作の電子音楽をメインで聴くなら悪くないと思います。
HBB Deuceに話を戻すと、まさにダイナミック型らしい自然な描写が魅力的で、ロックやポップスからクラシックまで幅広いジャンルに対応してくれるため、実は今回試聴した三機種の中で、とくに通勤通学など屋外の騒音下でも楽しく聴き応えのある音楽体験ができました。
弱点を挙げるとすれば、ドライバー自体の特性なのか、細部の描画や空間の正確さは荒削りなので、たとえば高音質録音の魅力を十分に引き出すことができません。ヘッドホンやモニタースピーカーというよりもリビングやパソコンデスクの家庭用スピーカーのノリの良さに近く、60年代のアナログテープ録音でも、最先端のハイレゾ録音でも、同じようなプレゼンテーションと熱量で再生されます。つまり設計思想や音作りの段階で、そこまで高音質録音を参考にしていないように感じますし、そのあたりがRS FIVEやPreludeとだいぶ毛色が違います。
肝心の重低音効果を活かして最新のチャートポップスや打ち込みのEDMなんかをガンガン鳴らすのに向いているわけですが、いざピアノソロやオケを聴いても意外と破綻せずに楽しめるる素性の良さと、RS FIVEやPreludeと比べて録音品質にそこまで敏感でないということで、たとえば往年の名演など録音の不備を気にせず積極的に聴いてみたくなるあたり、音楽鑑賞を楽しくしてくれるイヤホンです。
おわりに
普段から新作イヤホンを試聴する際には、最高級機ばかりに注目するのではなく、価格帯ごとのサウンド傾向や世代ごとの相場感を把握することを大事にしています。最近おすすめのイヤホンを尋ねられた時、数十万円のモデルばかり勧めるわけにもいきません。
高価なイヤホンが高音質なのは当然だとして(実際そうとも限りませんが・・・)、それよりも、自分が満足できる一番安いモデルを探すのも楽しいです。現時点ではさすがに数千円のイヤホンでは、材料費や人件費など、どう考えても厳しいですし、実際に音を聴いても明らかな不具合があったりして、まだ良いモデルに遭遇できていません。
今回試聴した3-5万円の価格帯に入ると、搭載ドライバー数とかにこだわらなければ、音質面ではだいぶ満足できるモデルが増えてきます。さらに、たとえば同じメーカーが十万円超の高級機も作っている場合、全く異なる新しい方向性のサウンドを企画して結果的に3-5万円に収まった可能性もあるので、必ずしも廉価版や入門機として侮れません。
Acoustune RS FIVEはまさに好例で、その上のHSシリーズとは全く違う魅力があるおかげで、私自身HS1900Xをすでに持っていてもRS FIVEを買い足したくなってしまいますし、これで付属品を充実させて十万円で売っても十分通用する仕上がりだと思います。ケーブルの互換性は残念ですが、バランスケーブルにこだわらなければ付属ケーブルで必要十分なので、夜寝る時などの身近な用途で現在使っているIE600とどちらが良いのか迷っています。
DITA Preludeは私自身はそこまで購入候補に入らず、どちらかというと初めての入門機としておすすめできます。個人的にDITAにはPreludeをベースにもうちょっと上の価格帯での発展型を期待したいです。
私の勝手な感想ですが、DITAは各モデルのコンセプトにばらつきがあり、順当なアップグレードの道筋が確立できていないように思います。たとえばPreludeの上のProject Mというモデルは私も気に入って買いましたがコンセプトが全然違いますし、その上の16万円のDITA Mechaはサウンドの金属感が強すぎて使いづらいと思いました。次のフラッグシップVenturaはさすがに手が届かないでしょう。
また、一つ前のフラッグシップPerpetuaは本当に素晴らしいサウンドで、購入すべきか悩んだのですが、複数の試聴機や友人が所有している個体など、それぞれ鳴り方が結構違うような感覚があって、新品未開封の購入に踏み切れませんでした(その点はむしろ中古の方が店頭在庫を試聴して判断できるメリットがあります)。以前Dreamでも同じような意見が多かったようですし、上位モデルに向かうほどサウンドのコンセプトや手作りの個体差が目立つ印象があるので、今後そのあたりが改善されることを願っています。
FatFREQは私にとって未知数のメーカーなので、今後の発展に期待したいです。カスタムIEMラインナップもどんな音なのか気になります。ユニバーサルタイプは今回のHBB Deuceのようにクラウドファンディングを中心にコラボ企画を行うハイプマーケティングに留まるのか、それとも大手の一員を目指すのでしょうか。低音に特化したメーカーというのは珍しいと思うので、その路線の頂点を目指してもらいたいです。
オーディオファイル、とりわけポータブルオーディオにおいては、周波数や歪み率測定などの指標を盲信する傾向がある一方で、多くのユーザーがレンジが狭く過激な音楽を楽しんでいるという、業界のねじれみたいなものがあります。本来であれば、もっと低音が体感できるイヤホンがハイエンドでも増えても良いと思うのですが、測定データが悪いとか高尚でないという理由で下に見られているのは残念です。今回のHBB Deuceを筆頭に、優れた低音向けイヤホンがちらほら見られるようになったので、今後はイヤホン・ヘッドホンともに、ハイエンド機でも測定指標ではなく、主観的なユーザーの好みにあったモデルが増えてほしいです。
最後に、冒頭の話に戻りますが、今回の三機種はそれぞれに独自のサウンドの世界観があり、メーカーごとに設計思想や製造技術の違いも実感できます。
オンラインショップを観覧していると、イヤホンブランドの数が多すぎて、一体何がどう違うのかメーカーの意図が伝わらなかったり、どのメーカーが作っているのかさえ曖昧なモデルばかりです。(実際OEM委託も多いのでしょう)。そんな中で、今回紹介したような確固たる主張や技術の裏付けがあるメーカーは存在感があり積極的に試聴したくなります。(技術に関しては、できればそれっぽいネーミングやアクロニムだけでなく、実際に何を表しているのか詳細に説明してもらいたいです)。
現在のイヤホン市場では、これら3~5万円付近のモデルが一番活気がありますし、BluetoothやUSBドングルDACも普及しているので(Preludeのように同梱しているモデルも多いですし)、ワイヤレスイヤホンとは異なる世界を試してみる価値があります。すでに高価なハイエンド機を持っている人でも、また同じような高額モデルを買いつづけるよりも、自分が普段求めているサウンドとはまた一味違う方向性のイヤホンを手にすることで、音楽鑑賞の幅も広がります。
アマゾンアフィリンク
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| Acoustune RS FIVE |
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| MITER キャリングケース DAP + Earphone |
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| musashino LABEL ポタオデバッグ オンライン別注カラー(チャコールグレー) |
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| AZLA SednaEarfit ORIGIN Standard |
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| AZLA SednaEarfit MAX |
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| AZLA SednaEarfit Foamax Standard |
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| SpinFit スピンフィット W1 |

























