STAXの静電型ヘッドホンSR-007Sを試聴したので感想を書いておきます。2025年6月にSR-007Aの後継機として登場したモデルで、価格はSTAXラインナップの中では中堅の28万円くらいです。
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| STAX SR-007S | 
外観の近代化だけでなく、振動膜や電極板など内部も一新したフルモデルチェンジということで、どんな音に仕上がっているか気になります。
STAX
私自身STAXにはそこまで縁が無く、これまで自宅のメインヘッドホンとして長期間使った経験はありません。
音質が自分の好みに合わないというわけではなく、最高峰クラスの凄いサウンドだという自覚はあるものの、自分にとってのヘッドホンは手荒に使う備品という感覚なので、STAXのような繊細な工芸品を丁寧に扱うのは気が引けるというのが大きな理由です。
身の回りでも、様々な高級ヘッドホンブランドを乗り換えた結果STAXに落ち着いた人はだいぶ多く、家庭用音楽鑑賞ヘッドホンの終着点という地位は未だ揺るぎないです。
STAXのユーザーを私の勝手な先入観でイメージすると、自宅の書斎で、筆を休めて休息のひとときに、目を閉じて精神統一してシューベルト歌曲を聴いている、なんて風景が浮かんできます。
ようするに、新作モデルの勝ち負けについてソーシャルメディアであれこれ議論しているコミュニティとは距離を置いた、大人の音楽体験に根ざした道具としてSTAXが選ばれている印象です。
しかし、裏を返すとSTAXは年寄りくさいイメージもあり、直近のモデルを見ても、最近売れ筋の他社ヘッドホンと比べて造形や材料の部分で見劣りする部分が多く、そこへ来て今作SR-007SはSTAXとしてはそこそこ近代化を図っているため期待が持てます。
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| だいぶカッコよくなってます | 
SR-007シリーズの前作SR-007Aは2007年発売ですので、SR-007Sはじつに18年ぶりのモデルチェンジです。この18年はヘッドホン業界全体にとって激動の時代ですし、STAX自身も経営組織の変化を経ているため、単なるSR-007Aのブラッシュアップやマイナーチェンジ程度ではもはや通用しないという心配もあります。
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| SR-L700 | 
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| SR-X9000 | 
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| SR-X1 | 
ところで、STAXの現行モデルは長方形のラムダシリーズ(SR-L500、SR-L700)と円形のオメガシリーズ(SR-007、SR-009)を中心に、最近ではエントリーモデルのSR-X1と最高級SR-X9000が登場したことで、価格帯が6~63万円と広くなりました。そんな中で今回のSR-007Sは28万円ということで、上から三番目、ちょうど中間に位置するモデルです。
18年前にSR-007Aがデビューした頃と違って、最近は10万円を超えるヘッドホンも当たり前になったことで、STAXは高嶺の花という先入観はだいぶ消えたと思います。逆に言うと、これまでは最高のヘッドホンといえばSTAXの一択だったところ、今では多くのライバルが存在するため、よりシビアな目で評価されることになります。
46万円のSR-009Sで高価すぎると思えたところ、ダイナミック型のFocal Utopia 2Gが60万円、平面駆動型のAbyss AB-1266Phiは68万円と、高級ヘッドホンのインフレ化は際限無く、それらに答えるようにSTAXも63万円のSR-X9000を出しており、ようするに価格の天井が業界全体で上昇していることが伺えます。
私には手が届かない価格帯なのは悔しいですが、べつに悪いことでもなく、たとえば従来であれば開発陣が斬新なアイデアを思いついても、価格が高くなりすぎるからと経営判断で却下されていたところ、今なら「高くても売れる」という土壌が成立したことでゴーサインが出るという状況は、まるでスーパーカーの世界と同じです。惜しみなく技術の粋を投入することでヘッドホンの固定概念を超越する可能性があるため、単なるラグジュアリー化ではありません。
ところで、STAXのフラッグシップモデルは面白い変遷を辿っています。まず1993年にSR-OMEGA(SR-Ω)というモデルが18万円で登場しました。ところが1995年にSTAXが経営難で一時休業となり生産終了、1996年に事業再編で復活して、長方形のラムダシリーズから徐々にラインナップを再開、2003年に満を持してSR-OMEGA IIが登場、このモデルの別名がSR-007となり、さらに2007年にはSR-007A(海外向けはSR-007MKII・SR-007BK)に更新されました。
2011年にはSR-007シリーズを超えるモデルとしてSR-009が登場、どちらも基礎設計がSR-OMEGAを発端としているため通称オメガシリーズとも呼ばれています。2018年にはSR-009がSR-009Sにアップデートされ、続いて2021年にSR-X9000が登場したことで、SR-OMEGAの原点であるSR-007シリーズはもう忘れ去られたのかと思っていたところ、今回ようやくSR-007Sにフルモデルチェンジを果たしました。
これまでSR-L700 MK2が15万円、SR-009Sが46万円とだいぶ大きな開きがあり、しかし20万円台のSR-007Aは2007年の古いモデルなので今更買うのは気が引けるというジレンマがありました。とくに20万円台というのは現在ハイエンドヘッドホンの売れ筋価格帯なので、そこにSTAXがSR-007Sで帰ってきたというのは大きな意義があります。
ちなみにSR-007Aは2007~2025と息が長いモデルだったので、その中でも細かなバージョン違いがあり、コアなファンは初期型以外はダメだとかあれこれ議論してました。いわゆる古参マニア特有のマウント合戦だったのですが、結局SR-009やSR-009Sなど上級機種が出たことでSR-007A自体がそこまで注目されなくなり、近年はだいぶ影が薄い存在でした。
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| SR-007SとSRM-T8000ドライバーユニット | 
話は変わりますが、一般的なヘッドホンで「ドライバー」というと音が発せられる部品の事なのですが、STAXでドライバーユニットというとアンプの事を指します。(ヘッドホンをドライブする装置なのでドライバーと呼ぶのは一理あります)。
さらにSTAXはヘッドホンではなくイヤースピーカーと呼んでいたり、歴史が長いだけあって独自用語が多いです。STAX自身はそこまでこだわらずヘッドホンやアンプといった単語も併用しているのですが、「ヘッドホンではなくてイヤースピーカーだ」と熱弁するファンが多いため気をつけてください。
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| 静電型の振動膜 | 
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| 向こう側が透けて見えます | 
STAXの静電型ヘッドホンは、薄い振動膜(ダイヤフラム)に580VDCの高電圧をかけて静電状態にした上で、隣接する金属板(固定電極)に音楽信号を流すことで振動膜を震わせるという仕組みです。
静電状態を生み出すためのDC高圧電源と音楽信号のアンプをまとめた製品をドライバーユニットと呼んでいます。Audezeなどの平面駆動型では棒状の永久磁石を使うためヘッドホン自体が重くなってしまうところ、STAXだとその代わりに電磁気を活用することで軽量かつ強力な作用を発生するというメリットがあります。
余談になりますが、580Vなんて高電圧が耳元にあるなんて危険じゃないかと思う人もいるかもしれませんが、実際は静電膜を帯電させるだけの微量の電流なので問題ありません。たとえば我々が帯電して指先でパチっと発生する静電気なんかは数千ボルトだと言われています。
もちろんアンプの高圧回路やケーブルに不備があったら他の電子機器を壊してしまう心配もあるので、そのあたりも含めてSTAXはアンプから一式でシステムを組むことを想定しています。
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| イヤーパッドを外すと薄膜が見えます | 
SR-007Sの振動膜と固定電極板の写真です。振動膜は薄く均一に帯電してくれる特殊素材なので、薄膜シートの製造から組付けまで非常に困難なようで、熟練職人以外では真似できない独自技術です。固定電極板は音波を遮らないよう多数の穴が空いたグリルのような形状になっているのが見えますが、そこに音楽信号の電気の流れも考慮しないといけないため、こちらも最適化が難しいようです。
SR-009SとSR-X9000では金メッキなどで多層構造化した電極板で薄膜を前後に挟むデザインになっているのに対して、SR-007Sはそれら上位モデルの多孔構造やメッキなどの技術を反映しながら、従来のSR-007系らしい片側開放のデザインを継承しているのは面白いです。つまり単なる廉価版というわけではなく、一味違うSR-007系独自のサウンドというものがあり、根強いファンが多いです。
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| 着脱コネクター | 
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| ケーブルの特殊コネクター | 
STAXは2019年のSR-L700 MK2からケーブルを着脱可能にしており、今作も同じく着脱式になっているのが嬉しいです。ちなみに現行モデルの中ではSR-009Sのみ2018年発売なのでケーブルが着脱できないようです。
STAXのケーブルは音楽信号だけでなく580VDCも伝送する必要があるため、ケーブルとコネクターが特殊形状になっており(左右の差動音楽信号と580VDCで5ピンです)、一般的なヘッドホンのように社外品ケーブルに交換して音の変化を楽しむというよりも、万が一ケーブルが断線した場合に純正スペアに容易に交換できるようにする仕組みです。
ちなみにSTAXのケーブルは580VDCを通すので特殊な被覆が必要になりますし、音楽信号も一般的なヘッドホンアンプ出力と比べて微小な電流を扱うため、大電流よりも静電容量の低さに配慮して、極細線で線間を広く空けたリボン状のケーブルが使われています。つまり線材が太すぎると不利なので、ケーブル着脱可能だからといって一般的なヘッドホン用に使われている太い高級線材ケーブルなどは向いておらず、それで音質が変わったと喜んでは本末転倒です(スポーツカーに太いオフロードタイヤを装着するようなものです)。
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| 新型ヘッドバンド | 
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| ハンモック式 | 
ヘッドバンドのデザインがだいぶ近代的に更新されました。細いステンレスのアーチは繊細かつ精巧なイメージを上手に演出しており、斜めに入った補強もデザインのアクセントになっています。
実はこれまでもSR-007シリーズのみ他のSTAXとは異なるヘッドバンドデザインを採用しており、それも固定ファンが多い理由のひとつでした。ハンモックのゴムバンド張力のみで上下を調整する仕組みはAKGやDan Clark Audioに近いです。他のSTAXと比べて側圧や上に引っ張られる力は強めなので、頭に軽く乗せるという感覚ではないあたりは好みが分かれるところです。
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| 左が一般的なSTAXヘッドバンド | 
SR-007以外のSTAXヘッドホンというと上の写真のような黒いプラスチック部品でカチカチと調整するタイプが一般的です。
長方形のラムダシリーズなど古典的なSTAXヘッドホンの場合、本体が非常に軽いため、頭のパッドで吊り下げるようなデザインでも快適です。
ところが、最近のSR-009SやSR-X9000では大型の極薄ダイヤフラムを固定するために、ハウジングが堅牢な金属部品で作られており、だいぶ本体が重くなっています。
つまり、ラムダシリーズのように軽い側圧で頭に乗せるタイプのヘッドバンド機構だと頭頂部に負荷が集中するため、SR-009SやSR-X9000でこのタイプのヘッドバンドが使われているのは個人的にあまり好きではありません。それらよりもSR-007Sのしっかり左右からホールドしてくれるデザインの方が、第一印象では側圧が強めと思うかもしれませんが、負荷が分散しているため長時間使っていて疲れにくいと思います。
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| 厚手で高級感のあるレザーパッド | 
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| 精巧なヒンジ部品 | 
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| ステンレスのアーチが綺麗です | 
それにしても、新型ヘッドバンドのメタリックな造形はずいぶんカッコいいですし、それだけでSTAXの古臭いイメージがだいぶ払拭されました。ハウジングの回転ヒンジ部品も美しいメカ造形で、だいぶ近未来感のあるデザインになりました。
金属の重厚な安心感と合わせて、ヘッドバンドの細さやブラウンの羊革パッドで軽快かつ快適な芸術性を演出しているあたり、あえてSR-X9000のハイテク感とは対照的で、単なる廉価版ではなく別路線を目指していることを提示してくれます。
音質とか
今回の試聴では、DACはChord DAVE、ドライバーユニット(アンプ)はSTAX SRM-T8000を使いました。SRM-T8000は2017年発売なので、もう8年選手になりますが、最近になってフォノ・DAC追加モジュールも発売されたようで、まだまだ現役で活躍する様子です。
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| SRM-T8000 | 
STAXは専用ドライバーユニットを別途購入する必要があることがネックになっている人もいると思いますが、現在のラインナップではSRM-400S/500T、SRM-700S/700Tとそれぞれ価格帯ごとに半導体・真空管タイプが用意されており、選択肢はそこそこ充実しています。ただやはり高価ですね。
STAX静電型は低い電流で駆動できるという利点があるので、SRM-D10やSRM-D50のようなコンパクトDACアンプのフォーマットでも十分活躍できるポテンシャルがあると思うのですが、なかなか普及しないのが残念です。STAXといえば堂々とした据え置きオーディオシステムラックに組み込むというユーザー側の先入観が妨げになっているのでしょうか。
ちなみに私自身はSRM-T8000よりも一個下の半導体タイプSRM-700Sが結構好きです。あえて真空管アンプ回路に頼らずともDACなど上流ラインソース次第で味付けはどうにでもなると思っています。
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| Chord DAVE | 
SR-007Sの音質の話に入る前に、まずSRM-T8000との組み合わせについて気がついたことを話しておきます。
私はこれまでSR-009SとSR-X9000の試聴でも今回と同じChord DAVE + SRM-T8000の組み合わせを使ってきたのですが、その時はChord DAVEをボリューム可変モードにして、T8000はボリューム固定のパワーアンプ(EXTERNAL)モードを選択して、接続はRCAケーブルを使うのがベストでした。(今回あらためて同じ構成でSR-009SとSR-X9000を聴いてみたところ、その感想は変わっていません)。
ところが今回SR-007Sを接続した場合のみ、DAVEはボリューム固定モードで、T8000の方でボリュームを調整して、XLRケーブルを使った方が断然良いと思えました。
なぜそう感じたのか、あれこれ地道に検証すれば具体的な理由もつけられると思いますが、それよりも純粋に音を聴いて自分の好みを探る方が重要です。もし今回それをせずにSR-009Sの時と同じ接続条件で比較していたら、SR-007Sの魅力を最大限まで引き出せなかったと思います。こういった複数のモードを選べる機器は、どの設定が優れているかと決めつけるよりも、ケースバイケースで切り替えられるという利点を活用したいです。
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Berlin Classicsから新譜でChristiane Kargが歌うリヒャルトシュトラウスの歌曲集です。ピアノ伴奏はMalcolm Martineauなのも嬉しいです。
初期作品の輝かしいメロディから後期の奥深い世界観まで見事に表現してくれます。デビュー時はモーツァルトオペラで名声を得た歌手なので、伝統的な解釈と艷やかな歌声が魅力的です。往年のベームやクラウスとかが振っていた時代の歌手を彷彿とさせるので、できれば彼女を主役に置いたシュトラウスオペラの録音を出してもらいたいです。
SR-007Sの音質は一言でいうと、空間を埋め尽くすような厚みがある、ゆったりした鳴り方です。悪く言えば鈍く鮮明さに欠けるタイプかもしれませんが、とくに歌手とピアノ伴奏といったシンプルな楽曲であるほどメリットを実感できます。
空間展開は他のSTAXと同様にイヤーパッドの若干の傾斜のおかげで前方にイメージが結像する感じがあります。大きな振動膜が耳の間近にあることから、遠方に音像が離れるというよりも安定した空間で包みこんでくれる感じです。
女性歌手の伸びやかな描写はさすが静電型らしい繊細さを実感でき、その背後で豊かなピアノ伴奏がリスナーを包み込むような柔らかい音響空間を生み出してくれる、そんな世界観に没入したい人に最適です。静電型は高音ばかりのシャリシャリした音という先入観がある人もいると思いますが、SR-007Sは歌手の滑舌も耳障りにならず、周囲の空間に上手くブレンドする声色重視の鳴り方なので、聴き疲れせずにアルバムを何枚も続けて聴いていられます。
SR-009Sや他の現行STAXモデルとはだいぶ方向性が違っており、これまでのSR-007系特有の魅力の延長線上で発展させていることが実感できます。つまりSR-009系が買えない人のための廉価版ではなく、あえて007系を選ぶファンが多いのも納得できます。逆に言うと、高価なモデルの方が優れているはずという先入観から逃れられないとSR-007系の魅力は理解できないだろうと思います。
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| SR-009S | 
SR-L700 MK2とSR-009Sはどちらも低音のパンチやスカッとした音抜けが強調されるサウンドが魅力的ですが、それらの中間に位置するSR-007Sはどっちとも似ておらず、ラインナップの中でも異色に感じます。
そこから最上級のSR-X9000になると、再度バランス重視の安定した仕上がりに収まるので、SR-007Sはむしろそちらに近いと言えるかもしれません。ただしSR-X9000ほど繊細な高解像モニター的なポテンシャルは持っておらず、あくまで音楽鑑賞用のゆったりしたプレゼンテーションに留まります。それでも両者のサウンドが似ているとするなら、どちらも最新機種なので、チューニングなどに関わった開発チームが共通しているからかもしれません。
SR-X9000の落ち着いた雰囲気を気に入っているけれど、シビアな分析に使いたいわけではないので、そこまで高価なハイエンド機は必要ではないという人は、SR-007Sを検討する価値がありそうです。STAXの上級モデルの中でもSR-007Sは「音楽鑑賞用イヤースピーカー」の理念に忠実な、古典的なSTAXの良さを継承しているモデルと言えます。
そんな特徴的なSR-007Sですが、それが現在のヘッドホン市場で通用するかとなると難しい部分もあります。最先端ヘッドホンの指標としてSR-X9000の優位性は明白ですし、Focal UtopiaやAbyss AB-1266などに代表される近頃のヘッドホンユーザーが求めている目覚ましい描写においてはSR-009Sの素晴らしさも理解できます。
私自身は以前からSR-009Sを含めた最近の派手なヘッドホンサウンドがそこまで好きになれず、ギラギラしすぎて疲労感が強いため、自分のメインヘッドホンとして導入したいと思えませんでした。店頭試聴の第一印象では凄いヘッドホンだと感銘を受けても、いざ自宅で数時間アルバム数枚通して聴くとなると疲れてしまいます。音の粒子を浴びせるような鳴り方はたしかに凄いものの、普段の音楽鑑賞はもっとゆったりめの方が良いです。
実際のところ、SR-009Sのようなハイエンドヘッドホンを使っている人の多くは、特殊な真空管アンプやDACなどで音を丸めてマイルド気味に調整しているのをよく見るので、そういった自己流システム構成の叩き台にするなら面白いかもしれませんし、逆にそういう方向で組んだシステムでSR-007Sを鳴らしても音がぼやけて面白くないと思います。
SR-007Sはそのようなデチューンするための施策を必要とせず、単独で音楽鑑賞用としての導入に最適なので、自分が本当に求めているものを理解できている大人向けのヘッドホンだと思います。
ひとつ下のSR-L700 MK2も、SR-007Sとは違った意味で優秀なヘッドホンです。SR-L700の方が静電型らしい高音の爽快感や粒立ちの良さ、そして振動膜がしっかり動いているのが実感できる低音の弾み具合など、威勢の良く新鮮な仕上がりなので、他のヘッドホンを色々持っていて、それらとは別腹で一番STAXらしいモデルを持っておきたいというなら、私はSR-L700を選ぶと思います。
これよりも安いモデルだと上位モデルに移行することで段階的な音質向上が実感できるため「やっぱりL700を買っておけばよかった」と後悔することもありそうですが、SR-L700より上のモデルで性格が一気に変わるので、その点では私にとってSTAXを代表するモデルというとSR-L700が頭に浮かび、SR-007Sはやはり異色の存在です。
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Craft Recordingsリマスターシリーズからの最新リリースで、Prestigeの1958年アルバム「Wheelin' & Dealin'」を聴いてみました。
Craftレーベルはあいかわらず復刻リマスターのセンスが良く、APO SACDやK2 XRCDなどと被らないタイトルも多いので重宝しています。今作もそれほど有名な作品ではありませんが、フランクウェス、コルトレーン、クイニシェットという曲者揃いのオールスターセッションで、メンバーの張り切り具合が楽しめます。
このアルバムのオリジナルはモノラル盤ですが、ヴァンゲルダー最初期のステレオ録音だったようで、今回のリマスターはステレオ仕様です。こういった古い録音はアナログテープ由来のノイズや歪みが耳障りな部分もありますし、とくに古いステレオ録音というと左右の振り分けが極端すぎるためヘッドホンには向いていません。
当時の録音セッションは演奏者ごとのマイクの分離が甘く、リアルな空間定位みたいなものは期待できませんから、シビアなモニターヘッドホンで聴いてもむしろ不具合が強調されすぎて音楽に集中できません。
ようするに、オーディオ機器のテスト用高音質盤とはお世辞にも言えないアルバムなのですが、実はこういう楽曲を普段から好んで聴いている人ほどSR-007Sのメリットが実感でき、いわゆるモニターヘッドホンとの方向性の違いをはっきりと理解できます。
一般的なダイナミック型ヘッドホンで聴くと、ドライバーコーンの中心と耳穴の軸線が揃っているためか、ステレオ左右両端に振り切った音源が鼓膜に直接ぶつかるような不快感があるところ、SR-007Sは振動膜が大きいため、耳周りの広い範囲で音が鳴っている感じで、左側はサックスの掛け合い、右側は激しいドラムといった極端なステレオ分離でも、良い感じに統一感のあるミックスの雰囲気が楽しめます。
SR-L700や009Sと比べて低音のパンチが緩やかなため、ベースやキックドラム、さらにサックスのブロウなども、ヘッドホンから耳に向かって飛び出してくるのではなく、出音とその背後(遠方)の残響という安定した情景を描いてくれるため、耳穴や頭内で鳴っているというよりも自分の周辺で鳴っているようなスピーカー的な客観性があります。
このようなステレオ空間のプレゼンテーションにおいて、スピーカーオーディオに慣れている人ほどヘッドホンの極端な分離に馴染めないため、スピーカーで普段満足して聴いている楽曲がヘッドホンではうまくいくとは限らず、極端に言うなら、スピーカーユーザーとヘッドホンユーザーでは、好ましい音楽ジャンルや楽曲の感覚も変わってくると思います。
つまり、生粋のヘッドホンユーザーが絶賛しているヘッドホンを買っても、スピーカーを聴き慣れた耳ではどうしても鳴り方に馴染めず、結局使わなくなってしまう、ということがよくあります。そしてよくよく原因を探ってみると、それぞれ良い音の基準としている楽曲が全然違っていたりするわけです。
その点、ヘッドホンユーザーにはSR-009Sの方が満足できそうですが、スピーカーユーザーはSR-007Sが上手に音響をブレンドして空間を満たしてくれるあたり、家庭用フロアスピーカーに近い感覚で違和感なく活用できると思います。
一応比較のために前作SR-007Aも聴いてみたところ、全体的に明らかな進化が実感できます。まずピアノのコードやベース楽器あたりの中低域に注目してみると、スムーズにブレンドして空間を埋め尽くす感覚は共通しているものの、前作SR-007Aはダイナミックさが物足りなく地味な印象があったのに比べて、SR-007Sでは振動膜が進化したおかげか、だいぶ強弱や質感表現の幅が広がっています。たとえばスピーカーの低域ユニットが進化したような感じに近く、楽器ごとの描き分けのような表現の限界が引き上げられたような余裕があります。
高音側もSR-007Aよりも素直に伸びるようになっており、古いSTAX特有のシュワシュワしたざわめきや落ち着きの無さが大幅に改善されています。無駄な動きや余計な響きが無くなって、音色や空気の透明感が増しているので、このあたりは振動膜や固定電極の進化が明らかに感じられる部分です。
ちなみに、この高音がシュワシュワする感覚というのは古いSTAXだけでなく、実は最近の平面駆動型ヘッドホンでも感じられるモデルが意外と多く、たとえば一部のHifimanやDan Clarkに顕著なのですが、楽器から発せられた音よりも手前に、高音の霧みたいな響きが感じられる場面が多いです。つまり時間軸で見ると本来存在しないはずの音がある違和感です。振動板と永久磁石の干渉なのか、具体的な理由はわかりませんが、個人的にこれが好きになれず平面型よりもダイナミック型を好んで使う大きな理由になっています。
SR-007Sではその問題が感じられないので、平面駆動型よりも一歩先を進んでいる気がします。SR-007Sは音楽鑑賞に向いているというのは、単純に周波数バランスだけの話ではなく、こういった空間や時間軸の特徴が上手に作用しているのでしょう。
おわりに
前作SR-007Aから長らく待った甲斐があり、SR-007Sは先に更新されたモデルでの改善点も反映することで大幅な進化を遂げました。
単なるSR-009Sの廉価版ではなく、しっかりSR-007系独自のサウンド路線を貫いているのは嬉しいです。ヘッドホンマニアよりも、ゆったりした音楽鑑賞のために末永く付き合えるパートナーを探している人にお薦めできます。上位モデルSR-009SやSR-X9000とは一味違う独自の世界観と完成度の高さを誇っていますし、近頃はSTAX以外の高級ヘッドホンの価格高騰もあって、これまでSTAXを視野に入れていなかった人も検討する価値があります。
すでにSR-L700やSR-009Sなどを活用しているSTAXファンでも、SR-007Sはそれらとは全く異なるサウンド体験を実現してくれるため、二台目に購入するのも面白いかもしれません。またSR-007Aを長年愛用してきた人も、SR-007Sにアップデートする価値は確実にあり、技術の進歩を実感できると思います。
相変わらずDACなど上流ソースとドライバーユニット(アンプ)が必要になるので、既存のスピーカーオーディオのラックに組み込むような人がメインターゲットになりますが、そういった本格的なオーディオに取り組んでいる耳の肥えた人ほど、数ある高級ヘッドホンの中でもSTAXの優位性を実感できると思います。
ところで、今回STAXヘッドホンを久々に試聴して実感したことがあります。ヘッドホン本体の方は大変優れていると思うので、それらに合わせるドライバーユニットの方に今後もっと積極的な変化が見たいです。
たとえばSR-007Sに合わせるとして、15万円のSRM-400Sから30万円のSRM-700Sでは飛躍的な音質向上が感じられるので、どうしても高価な方をおすすめしたくなります。
一番安い6万円のSR-X1を例に挙げても、同額のドライバーユニットSRM-270Sでは足を引っ張っているようで満足できず、10万円のバッテリー駆動SRM-D10や、さらに上の据え置き型を選ぶメリットがあり、しかし価格が不釣り合いで入門機としては奨めにくくなってしまいます。
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| SR-X1 + SRM-D10 MK2 | 
ようするに、STAXはドライバーユニットが必須なのが問題というわけではなく、現在のラインナップを聴いてみた結論として、ヘッドホン本体のポテンシャルが非常に高いため、それらを最大限に引き出せるドライバーユニットは不釣り合いに高価になってしまう、という問題があると思います。ヘッドホン本体の進化に対して、ドライバーユニット側の進展が追いついていないとも考えられます。
SR-007Aが登場した2007年頃はまだ高級ヘッドホンブームの前で、(ちなみにヘッドホン祭の第一回が2008年、ポタフェスが2012年だそうです)、AVレシーバーやCDデッキから直接ヘッドホンを鳴らす人も多かったので、STAXは別途ドライバーユニットが必須というだけで特別感や優越感がありました。
ところが現在はダイナミック型のオーテクATH-ADX3000や平面駆動型のHifiman Arya OrganicなどSTAX静電型と十分勝負できるモデルの選択肢も多く、ヘッドホンアンプで鳴らすのが常識となり、しかも10万円台のFiio K17のような多機能DACアンプでも最高級ヘッドホンまでしっかり鳴らせてしまうので、その感覚に慣れている人がSTAXに移行するには、ヘッドホン本体よりも音質に満足できるドライバーユニットが高価なことにコスパの悪さを感じそうです。
もちろんドライバーユニットに投資する覚悟があるのなら、SR-007Sはそれにしっかりと答えてくれる素晴らしいヘッドホンだと思います。
話をSR-007Sに戻すと、今回試聴することで、巧みな音作りの重要性をつくづく実感しました。そもそもヘッドホンには完璧なフラット特性というものは存在しませんから、各メーカー開発者がそれぞれ独自の解釈で理想的なサウンドを作り上げるべきで、私がSR-007Sに共感を持てたように、ユーザーごとに好みのヘッドホンを見つける楽しさがあります。
ところが最近はヘッドホンの市場規模が大きくなったことで、市場調査や測定ターゲットをもとに無難なサウンドに仕上げて、どのメーカーも似たり寄ったりの傾向があります。オーディオファイル試聴盤でヘッドホンの聴き比べに勤しむのなら良いかもしれませんが、週末はじっくりウィスキーを片手に愛聴盤を楽しみたいという人には方向性が合わなかったりします。
そういった古風な音楽鑑賞趣味には、希少木材や特殊金属の共鳴チャンバーを盛り込んだ、響きの濃いヘッドホンも良いのですが、SR-007Sはそこまで筐体そのもの味付けは濃くなく、録音自体の上質な響きで包みこんでくれるため、飽きが来ることもなく長く付き合えると思います。
STAXのラインナップを順番に試聴するとなると、SR-L700とSR-009Sに挟まれたSR-007Sは飛ばされがちで、ちょっと鳴らしただけでは「これだけなんか異質な音だな」と候補から除外してしまうかもしれませんが、騙されたと思って愛聴盤を数枚通して聴いてみれば、見方が変わるヘッドホンです。
アマゾンアフィリンク
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| STAX SR-007S | 
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| STAX SR-L700 MK2 | 
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| STAX SRM-700S | 
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| STAX ヘッドホンプロテクションザック CPC-1 | 
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| STAX イヤースピーカースタンド HPS-2 | 
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| STAX SRS-X1000 セット | 
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| STAX SR-X1 | 
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| STAX SRM-D10 MK2 | 
