オーテクの60周年記念モデル「ATH-WB2022」を聴いてみたので、感想とかを書いておきます。
ATH-WB2022 |
ATH-WB2022
前回、最新高級ヘッドホンを何種類か聴き比べた時に、このヘッドホンも仲間に入れてみようと思っていたのですが、こちらは密閉型で、しかもBluetoothワイヤレスということもあり、あまりにも毛色の違う製品ということで、単独で紹介することにしました。
そのため、前回の追記という感じで手短に済ませようと思います。
ATH-WB2022 |
今回試聴してみたATH-WB2022ヘッドホンは、発売価格が40万円、名前に「2022」とあるように、2022年オーテク60周年記念という事で、現時点での技術の粋を結集させたモデルだそうです。
ATH-W2022 |
同じく60周年記念モデルとして同時に発表された、桜や鳳凰をあしらった132万円の有線ヘッドホン「ATH-W2022」の方がインパクトがあり、しかも名前もデザインも似すぎていて混同しやすいため、意外と多くの人が、このWB2022の方はノーマークだったような気がします。なんとなく廉価版のように思えてしまいますが、両者は全くの別物です。
私としては、インバウンド向けにスカイツリーで売ってそうなW2022よりも、むしろこちらのWB2022の方に興味が湧いてきます。オーテクというと、たとえばアキュフェーズとかのように保守的で堅実なイメージがあり、しかもウッドという伝統的なシリーズの最新型であるにも拘わらず、あえてBluetoothワイヤレスを採用するというのは意外性があります。
また近頃はB&W Px8やFocal Bathysなど、主に海外メーカーから10万円超の高級ワイヤレスヘッドホンが色々出てきているわけですが、ATH-WB2022は「アクティブノイズキャンセリングを搭載していない」という点で、想定する用途が根本的に違い、あくまで静かな環境でじっくり音楽鑑賞を楽しむ本格派ヘッドホンです。
ATH-WB2022 & ATH-WP900 |
デザインで印象的なハウジング木材は、メープル、ウォルナット、マホガニーの三層構造で、2019年のATH-WP900と同じくギターメーカーのフジゲン製だそうです。
私自身ギターが好きなので、WP900は一目惚れして購入したのですが、WB2022はさすがに高くて買えません。高価なだけあってフレイムの虎模様が際立ってますね。もちろん天然素材なので個体差はあると思います。
エッジが欠けそうで怖いです |
側面を見ると通気孔らしきものがあり、立体メッシュのような素材が内部に確認できます。
三層のレイヤーを手作業で曲面に削って浮かび上がらせているそうですが、それを説明されても、実際ここまで綺麗に仕上げるのは、にわか信じがたいです。まさにギター製造におけるトップ材とボディとの仕上げ技術が活かされています。
実際に手にとって使ってみると、マホガニーのリング部分がけっこう張り出しているため、テーブルに置く時などにぶつけて欠けてしまいそうで気を使います。
ドライバー |
ドライバーは45mm・DLCコーティング振動板のダイナミック型で、ドライバーがが若干前方寄りで耳に向かって傾斜しており、後方には音響バッフルのようなものも確認できるので、ハウジング内部である程度音響を作っているようです。ワイヤレス機ということで電子回路やバッテリーなどを詰め込んでいるわけですから、自慢のウッドの響きがどれほど貢献できるのかは気になります。
イヤーパッド |
イヤーパッドのステッチ |
肝心の装着感は、驚くほど良いです。私がこれまで使ってみた全てのヘッドホンの中でもかなり上位に食い込むくらい良好で、感覚的にはWP900とAP2000Tiのようなスタイルが、さらにふわっと柔らかく包み込むような、余裕を持った感じです。その分、外部の騒音に対する遮音性は期待しない方が良いです。
オーテクの高級機というと、ウィングサポートとかの独自ギミックでフィットの個人差が起こりやすい事で有名ですが、WB2022は一般的な回転ヒンジとヘッドバンドに、タオルのようなパッド素材の肌当たりが良好で、重量配分も側圧も絶妙に良いため、調整範囲が広く、多くの人の頭に適合する優秀な設計だと思います。
どうしても私の頭にフィットできなかったATH-AWAS・AWKTとかも、これと同じ装着感で作り直してくれたら・・・なんて思えてしまいます。(あちらは装着するとイヤーパッドの下側に大きな隙間が開いてしまうのです)。
ヘッドバンド |
調整部分 |
操作ボタン |
ウッドの質感を除いて、ヘッドホン全体のデザインとして40万円の価値があるかとなると、ちょっと疑問が残ります。しっかり組み上げられているとは思うのですが、ハウジング側面の操作ボタンであったり、ヘッドバンド調整部分のレザー調にエンボスされたラバーや、その下の「60th ANNIVERSARY」のプリントなど、全体的に工場生産というか、ITガジェットの印象が強いので、もうちょっと削り出しやダイキャストなどワンランク上のプレミア感みたいなものが欲しかったです。
とくに、最近B&W Px8とFocal Bathysで10万円のワイヤレスヘッドホンのクオリティの高さを実感してしまったので、たとえばB&Wの鈍く輝くメタルとレザーの仕上がりと比べると、WB2022はウッド部品以外は少なくとも同格かそれ以下のように思えてしまいます。
逆に、変なギミックっぽいところが無くて、実用上は使いやすいのが好印象だとは思うのですが、さすがに40万円となると実用的より非日常を味わいたくも思います。なんというか、まるで「iPhoneに高級ブランドのスマホケースを装着した」ような、ウッドとハイテクガジェットのギャップを感じます。
付属ケース |
ゼロハリバートン |
専用モールド |
さすが高級機だけあって、収納ケースも豪華なものが付属しています。プラスチック製のスーツケースみたいな素材で、ゼロハリバートン製だそうです。内部のモールドも本体に傷がつかないよう正確に仕上げてあり、かなり高級感があります。
オーテクの高級機というと楽器ケースのような大ぶりのタイプが有名ですが、WB2022はハウジングがフラットに回転できるため、そこそこ薄手のケースなのが嬉しいです。
USB接続
ATH-WB2022はBluetoothワイヤレスヘッドホンなのですが、近頃の多くのモデルと同様に、USBケーブル経由で音楽を聴くことも可能です。
USBオーディオ接続 |
普段は充電用に使われるUSB-C端子をパソコンやスマホに接続すると、USB DACを接続したかのように扱われるため、音楽がPCMデジタルデータとしてWB2022に送られ、ヘッドホン内部のDACでD/A変換されて音が鳴るわけです。つまり極力最後までデジタルのままで送る事で信号の劣化が防げますし、Bluetoothワイヤレスで起こるデータ圧縮も行われません。
つまり、私にとってはむしろこちらの方が本命の機能でした。ヘッドホンマニアというと巨大なヘッドホンアンプや高級ケーブルなどに散財して、あれこれ音質差を語っているわけですが、ヘッドホン本体まで非圧縮デジタルで送るとなれば、高価な上流機器が一切不要になるわけで、トータルで考えると40万円という値段もむしろ安上がりのように思えてきます。
肝心なのは、WB2022のハウジング内部に、高級据え置きヘッドホンアンプに相当するパワフルな高音質回路を詰め込む事ができるのか、という点です。
スマホ接続時 |
そんな大きな期待を胸に、WB2022をUSB接続で使ってみたのですが、残念ながら全てが期待通りとは行きませんでした。
スマホHF Playerの接続画面を見るとわかりますが、対応サンプルレートが44.1、48、96kHzのみです。今どきUSB Audio Class 1なのでしょうか。ドングルDACとかでよく見るAudio Class 1とClass 2を切り替えるボタン操作があるかと説明書を読んでも見つかりませんでした。一般的なUSB DACに使われているXMOSインターフェースICではなく、QualcommのBluetoothチップの機能をそのまま使っているのかもしれません。
なんにせよ、せっかく40万円の「高音質」ヘッドホンなのだから、せめて近頃のUSBドングルDACと同じレベルのDSD256・DXD対応インターフェースICを採用してもらいたかったです。
しかも、公式サイトによると、WB2022はESS ES9038Q2M D/Aチップを左右一枚づつ搭載しているとの事なので、宝の持ち腐れのように感じてしまいます。
DSD・DXDネイティブ対応でないと音が悪いという意味ではなく、この部分が安価なコンシューマー機と同じ仕様というのが、詰めが甘いというか、WB2022を有線ヘッドホンとして使う事を検討していた人にとっては、ちょっと自信を失くすような仕様だと思います。
私を含めて多くの人は88.2kHz、192kHzなど様々なハイレゾ音源を聴いており、最近のUSB DACであれば全サンプルレートにネイティブ対応しているため、そのあたりはあまり気にしなくても、ASIOやWASAPI排他モードで再生アプリ側が勝手にネイティブ再生してくれるのが当たり前になっていました。
ところが、今回WB2022を使おうとなると、たとえば今回Hiby RS6 DAPに接続して使おうと思ったら、88.2kHzファイルを再生するとフリーズして、一旦USBを抜き差ししないと復帰しません。非整数倍のレート変換は嫌なので、個別のレート変換ができるアプリを使う場合も、176.2と88.2kHzは48kHzに、192kHzは96kHzにダウンサンプル、といった具合にプレーヤー側を手動で設定しなければなりませんし、DSDはなおさら散々な結果になります。
最近は小型のUSBドングルDACであってもDSD・DXD全対応は当然なので、同等の回路をWB2022に搭載することは十分可能だったと思います。何年前に開発を始めたのか不明ですが、なんだか仕様が時代遅れなように思えたりもします。
ATH-DN1000USB |
ところで、余談になりますが「オーディオテクニカで、USBデジタル接続のヘッドホン」というと、2014年のDnote駆動モデルATH-DN1000USBの事を思い出します。あの技術はどこに行ってしまったのでしょうか。
デジタル音源を高速ビットストリームに変換して、そのデジタル出力の1と0の連続でドライバーを駆動するというアイデアでした。要するにソニーのS-MASTERとかChord DACがやっているような事をそのままヘッドホンに詰め込むような感じで、良いアイデアではあったものの、肝心のヘッドホンがあまりにもダサくて売れなかった記憶があります。日本企業がよくやりがちな、一度だけ出して力尽きて開発を続けない技術の典型例です。
せっかく60周年記念なので、ただのBluetooth受信機にESS DACチップとオペアンプで鳴らすのではなく、このようなデジタル駆動技術の発展型みたいな画期的で奇抜なアイデアを実践してもらいたかったです。
LDAC対応DAPからBluetooth接続 |
BluetoothはLDAC・AAC・SBC対応です。aptX系に非対応なのは残念ですが、このヘッドホンでゲームや動画鑑賞をするわけではないでしょうから、LDACが使えれば十分だと思います。逆に言うと、試聴の際にはLDAC対応のソースを使ってみることをおすすめします。
音質とか
今回の試聴では、ひとまずスマホやノートパソコンからのUSBケーブル接続で試聴してみましたが、Bluetooth (LDAC)もそこそこ悪くなかったので、実際に音楽を聴いていた時間としてはBluetoothの方が長かったかもしれません。
Bluetoothでも良い感じです |
まず肝心の音質については、かなり意外性のある音作りです。変な音というわけではありませんが、私の頭の中にあるオーテクの定番サウンドからはずいぶん離れています。
これまでのオーテクから想像するのは、もっと鮮烈でアップダウンが激しい、良く言えば、クリアで奔放な、悪く言えば、出る音が出て、出ない音は出ない、いわば芸術的な鳴り方でした。分析的に全部聴き取ろうとすると、なにか欠けているのですが、逆に音楽の良い部分だけを引き出してくれるような感じです。
一方、WB2022のサウンドはかなりスムーズ寄りです。最低音から最高音まで一つの直線で途切れ無くつながっている柔らかい鳴り方が特徴的で、そこにオーテクらしい中高域のキラッとした派手さが加わることで、厚い伴奏の中で女性ボーカルやギターなど明るめの主役が際立つような仕上がりです。
小音量でも薄くならず豊かに感じられるあたりは、真剣に録音のアラ探しをするような聴き方ではなく、カジュアルでリラックスした音楽鑑賞を楽しみたい人に最適だと思います。40万円もするヘッドホンをカジュアルと呼ぶのもどうかと思いますが、この価格だと、もっとシビアな解像感を強調した鳴り方のモデルが多いため、意外なニッチを突いてきたと思います。
他の高級ヘッドホンと比べると派手さはかなり控えめなので、どうしてもBGM的というか、注意しないと聴き流してしまいそうになるあたりは、オーテクよりもDENONのウッド系に近いかもしれません。
マニア向けのヘッドホンとしては、もうちょっとカッチリとメリハリが効いていた方が良いと思いますが、むしろ逆に考えると、ヘッドホンマニアではなく日頃の音楽鑑賞が好きでオーディオ店に足を運ぶような人であれば、こういう柔らかい音色を求めているだろうと想像します。そう考えると、あえてヘッドホンマニア向けの定番サウンドとは異なる表現を目指したような印象を受けます。
例えるなら、ヘッドホンマニアというのは、ツールドフランスで使われるような競技用自転車に、流線型のヘルメットとパツパツの衣装で、ネジをチタンにすることで何グラム軽量化できるかを語っているような感じなのに対して、WB2022はもっと気軽にスーツで乗れる自転車、でも高性能・高品質なモデルを買える余裕がある人、みたいな感じかもしれません。
オーテクのアプリ |
これまでの経験上、オーテクのドライバーとハウジングだけで、このようなスムーズで厚い鳴り方をするとは信じがたいので、デジタルの段階でかなり入念な微調整が入っているのだろうと想像します。ちなみに専用アプリで鳴り方を調整できますが、イコライザー的な効果のみで、帯域ごとの質感や解像感といった根本的な性格そのものは変わりません。
ATH-L5000 |
では40万円相当の音作りのこだわりが感じられるのか、ということで、同じくオーテクからATH-L5000と聴き比べてみました(ヘッドホンアンプはiFi Audio Pro iCAN Signature)。L5000は2018年の発売当時は75万円もしたヘッドホンなのですが、今なら新品でも50万円以下で買えると思います(それでも尋常でなく高価ですが・・・)。
このL5000というヘッドホンは、高価だから完璧なフラットモニターというわけではなく、古典的なオーテクが誇るウッドハウジングとダイナミックドライバーの「素の音」の凄さが実感できるヘッドホンだと思います。
地味で古風に見えますが、DLCコーティング58mm振動板に7N OFCコイルとパーメンジュール磁気回路を搭載したドライバー、カーボンFRPフレームにシカモア木材とレザーのハイブリッドハウジング、A2DCコネクターのバランスケーブル、といった具合にハイエンドなヘッドホンマニアが求めているスペックが詰め込まれた逸品です。
そんなL5000とWB2022のどちらも中高音が綺麗に持ち上がっていて、声や楽器の肝心の部分をキラッと輝かせるあたりは、一番オーテクらしさを感じさせてくれる部分だと思います。ドライに録られたポップスのボーカルにも色気を感じさせてくれるあたりが魅力的です。
ただし、L5000の場合は、さらに上の方の空気の肌触りみたいなところまで伸びていって、空間の広さや臨場感が伝わってくるのに対して、WB2022は明確な上限でバッサリと切られています。女性ボーカルやヴァイオリンから、ドラムのパーカッションやギターの弦のアタックくらいまではキラキラして良い感じなのに対して、それらが遠くへと抜けていく残響の空気感が無いため、箱庭のように作り込まれた限界を感じます。
私の経験上、この最高音の空気感の乏しさというのは、WB2022に限らずワイヤレスヘッドホン全般における弱点のように思います。Bluetoothコーデック特有の問題かと思っていたところ、WB2022ではUSBケーブル接続でも同じような限界を感じるので、ハウジング内部に回路や電池を詰め込んでいるのが、響きを妨げる吸音材になっているのでしょうか、それとも意図的にBluetoothでの鳴り方と同じになるようにDSPで調整しているのでしょうか。最近は小さなドングルDACでも良い音で鳴ってくれるので、内蔵アンプの性能限界とも思えません。
どちらにせよ、美しい音色であることは疑いようがないのですが、同じ楽曲でも、L5000の方が歌唱や演奏の背景にある空気の広さまで描いてくれるのに対して、WB2022はもっと音色重視で、余計なざわめきが無く、肝心の音色だけが浮かび上がる、デッドなスタジオ的な鳴り方に感じられます。
低音側にも大きな違いがあります。L5000はそもそも出ていないというか、特定の帯域だけが持ち上がって強調される、いわばドンシャリ的な表現で、リズムのビートとかはしっかりと体感できるのですが、たとえばチェロやベースなど中低音の帯域を広く使う楽器の場合、聴き取りづらく欠けている部分があり、本来の音色を完全に表現しきれていない感じがします。単純に低音の量の話ではなく、このような低音楽器の再現性においては、最近の平面駆動型の方が一枚上手だと思います。
WB2022の方は、そんな平面駆動型に迫るような、最低音から高音にかけて平坦に余すこと無く鳴っている感覚があります。帯域の穴や位相が捻れるような違和感が少ないため、冒頭で言ったような、厚くスムーズな繋がりを感じられるのだと思います。
そのため、聴き慣れた楽曲でも、ちゃんと全ての音が均一に鳴っていて聴き取れるという充実感があり、たとえばマイクで周波数測定するような比較であれば、WB2022の方がフラットで優れていると思えます。
ただし、弱点として、個々の音の分離があまりはっきりしておらず、滲んでいる感じがします。例えば楽器の音とその残響が混ざって、どちらも同じ平面で鳴っているため、奥行きの立体感や音場の再現に乏しいです。顔面を厚化粧したというか、左官屋が漆喰を塗り上げたような感じというか、映像に例えるなら、暗い部分の再現性が弱いため、スムーズにコントラスト上げて塗りつぶしているような感じです。そのため、コンサートホールの最後列でティンパニーやコントラバスが鳴っているような感覚は上手く表現できません。
このあたりは、同じオーテクでも、やはりADX5000のような開放型ヘッドホンの方が一枚上手で、密閉型ヘッドホンが苦労する部分だと思います。私が普段聴くクラシックなどでは肝心の要素なので、私自身もADX5000の方を愛用しています。
付属の高級USBケーブル |
ちなみにWB2022には有線接続用に「オーディオグレードUSBケーブル」というのが付属しているので、今回はそれを使ってみました。
このUSBケーブルは信号線に6N OFCを採用しているそうです。直感的にはデジタル信号線はむしろ細い銀テフロン線とかで、バスパワー電源線にこそ太いOFCを使った方が良いと思うのですが、そのあたりの設計思想についてはよくわかりません。
Bluetoothと有線の音質差ですが、どちらか判別できるくらいの違いは感じます。ただしWB2022自体のサウンドが結構個性的なので、そちらが音作りを主導して、細かい違いは気にならないような感じです。aptXなら変わっていたかもしれませんが、LDACの厚みのある落ち着いた鳴り方も、WB2022本来のサウンドとの相性が良いようです。
Bluetoothと比べて、USBケーブル接続で聴いた方が全体的に音が落ち着いて、地に足がついたというか、安定した鳴り方のように感じます。高音の輝きはあまり変化しないのですが、低音側がもっと平坦で、不用意に飛び出さず、どの音も堅実にカッチリと鳴ってくれます。
ただし、楽曲によって、その方が良いと感じる時と、そうでない時があるのが難しいところです。リラックスした音楽鑑賞ならUSBケーブルの方が向いており、一方、ジャズやロックなど、弾むようなリズム感が欲しい時は、Bluetoothの方が、そういったメリハリが強調されて体感でき、聴き応えがあります。
冒頭で挙げたように再生音源のサンプルレートによってレート変換があったりするので、そのあたりの処理も含めて、完璧な正解が無いというか、ケースバイケースで鳴り方の印象が微妙に変わってくるのが難しいところだと思います。一律44.1・48kHzのストリーミングサービスで聴くなら、別に問題にはならないでしょう。
この組み合わせが好きです |
スマホやパソコンにUSBケーブルで接続するのなら、私だったら、ATH-WP900とChord Mojo 2とかの組み合わせの方が断然好きです。DSD256やDXDもネイティブ対応しているのもありがたいですが、それ以上にChord DACの流れるような繊細な表現とWP900のワイルドなダイナミックさ、それぞれの相乗効果が上手く働いている感じがします。有線の煩わしさはありますが、それぞれ8万円くらいの合計16万円で、WB2022とは真逆の鮮烈な音楽体験ができるので、比較対象として面白いです。
実際のジャズやブルースの、バーやライブハウス生演奏における音の粒を浴びるような力強い体験を求めているならWP900はかなり良く、地味なスタジオ録音もウッドの箱鳴りでライブのエネルギーを付加してくれる魅力があります。
同じ楽曲でも、家庭のリビングのスピーカーで豊かに鳴らす体験を求めているなら、WB2022の方が良いです。実際の生のコンサートも一時間も聴いていれば疲れてくるのと同じように、WP900も長時間聴いていられず、たまに凄い音楽体験をするような使い方になってしまう一方で、WB2022ならつけっぱなしで延々と聴いていられます。
このように、同じウッドシリーズのヘッドホンでも、WB2022はこれまでのオーテクから想像するサウンドとはかなり毛色が違うあたりが意外に感じました。
おわりに
ATH-WB2022はワイヤレスモデルというだけでなく、サウンド面においてもオーディオテクニカ60周年の節目にふさわしい新時代を体感させてくれる興味深いヘッドホンでした。
ウッドの美しいデザインや、手軽な使いやすさ、ゆったりとした装着感といった巧みなデザインと合わせて、柔らかくスムーズな鳴り方に、中高域の肝心の部分だけ輝かせるような音作りは、上手くできていると思います。
では、40万円の価値があるのかとなると、ちょっと難しい点が二つ挙げられます。
まず、この美しいウッドハウジングに水を差すようで申し訳ないですが、近頃の高級ヘッドホンの売れ筋を見る限りでは、ヘッドホンユーザーは、オーディオテクニカが期待するほど、こういった工芸技術には関心が無いように思います。ウッドということには魅力を感じても、それが角材を適当に切り出してベルトサンダーで削ってテカテカなクリアコートを塗ったような杜撰な作りでも、ウッドだから高級だと信じている人がとても多いです。
昔の人ならば、万年筆や機械式時計、革靴やガラス細工など、身の回りに手作りの工芸品が溢れていたため、良品の価値や、安物との違いというものを身近に触れていたと思いますが、最近は高級ブランドも売れ筋は大量生産品ですし、スマホの新型が出るたびに買い替えるようなお金の使い方が主流になっているため、努力は報われるという考え方は古いというか、工芸品に対する理解が薄れているように思います。
もう一つ、もっと現実的な話として、私の場合ATH-WP900でさえウッドを傷つけそうでハラハラするので、このWB2022のハウジングは、むしろ購入意欲を削ぐマイナス要因になってしまいそうです。
「間接照明のラウンジで、食後のくつろぎの時間に、サイドボードのヘッドホンを手に、レザーのソファに沈み込み」なんてイメージの使い方であれば、最高に相性が良いと思うのですが、私みたいにごちゃごちゃしたパソコンデスクで手荒に扱いそうな人には未分不相応に感じます。JVCの高いヘッドホンも同じ理由から手を出しにくかったです。
高音質アンプ内蔵ヘッドホンというコンセプト自体は面白いと思いますし、素の特性さえ良ければ、DSPによるチューニング切り替えなど、既存の有線ヘッドホンとは違う音楽体験も期待できそうです。
個人的な要望として、これだけで終わらずに、ATH-WBシリーズとして幅広い価格帯で展開してもらいたいです。たとえば、素晴らしいヘッドバンドとイヤーパッドはそのままで、ウッドハウジングはここまで高級でなくとも、GradoとかT60RPくらい荒削りなモデルが低価格で登場していたら、なんて思ったりもします。また、せっかくUSB有線接続もできるのなら、せめてネイティブでDSD256・DXD対応のUSB Audio Class 2・WASAPI・ASIO互換のインターフェースであったら、もっと真剣に使えただろうと思います。
これからは、このようなアンプ内蔵型ヘッドホンが主流になり、古典的な有線ヘッドホンを駆逐するのか、それはまだわかりませんが、少なくとも、家庭用でアクティブスピーカーを使っている人が一定数いるのと同じような感じのサブジャンルになりそうです。
また、どちらが高音質かという話も一筋縄ではいかず、DACやヘッドホンアンプを買い揃える手間や予算を考えると、ATH-WB2022を買って充電するだけですぐに音が鳴るのは重要なメリットだと思います。
KEF LS50 Wireless/LSXを筆頭に、Dynaudio XEOや、最近だとB&W Formationなど、家庭用ワイヤレスアクティブスピーカーの相場を見ても、いわゆるピュアオーディオと呼ばれるような100万円クラスに足を踏み込む手前の、ペア50万円以下あたりが好評で、一大ジャンルに成長しており、もはや音が悪いとか、有線と比べて劣っているというイメージは無くなり、同じ予算なら、DACに10万、アンプに15万、スピーカーに25万と考えるよりも、失敗の無い利口な選択肢という考えの人が増えてきています。
ヘッドホンにおいても潜在的な需要は必ずあると思うので、オーテクには、そんな新しいジャンルを牽引する存在になってもらいたいです。