2025年7月9日水曜日

Austrian Audio The Composer ヘッドホンの試聴レビュー

Austrian AudioのThe Composerヘッドホンを試聴してみたので感想を書いておきます。

Austrian Audio The Composer

2023年12月発売、約40万円のダイナミックドライバー開放型ヘッドホンです。個人的に支持しているメーカーですが、さすがに高価なので今回はひとまず試聴するだけにしました。

Austrian Audio

The Composerはダイナミックドライバー式の開放型ヘッドホンで、プロ用スタジオモニターと趣味の音楽鑑賞の両方で活用できるモデルとして、ゼンハイザーHD800S、Focal Utopia、オーテクATH-ADX5000といった各社最高クラスのモデルがライバルになりそうです。

見るからに開放型らしいデザインです

完全開放のメッシュグリルと細身なフレームでドライバーを保持するだけの構造で、余計な音響反射板や空間容量もとっておらず、かなりドライバー単体の性能に自信を持っている、小細工無しの設計という印象です。

公式サイトによると、N52マグネットに49mm DLC振動板と書いてあり、昨今の上級ダイナミック型ヘッドホンに求められる技術が投入されているようです。

N52はネオジム系磁石の中で磁場が最も強力なグレードのひとつなので、磁石を物理的に小さくできるため、ヘッドホンやイヤホンのドライバーに最適な素材です。リング状の磁石を採用することで振動板の空気の動きを妨げない構造になっています。

振動板のDLCコーティングはイヤホンでは目にする技術になりましたが、ヘッドホンの大型振動板では金属コーティングの方が主流な印象です。DLCというと他社で思い当たるのはオーテクくらいでしょうか。

振動板は薄く軽い方が前後運動が楽になりますが、柔らかいと歪んでしまうため、薄膜の表面を硬い材料でコーティングする手法がよく取られており、そのために金属やDLC(ダイヤモンドライクカーボン)が使われるわけですが、金属の場合はアルミやチタンなどそれぞれ独特の響きを加えるためチューニングの一環として活用されることも多いです。

DLCは高価ながら非常に硬いため高レスポンスが求められる場面で有効です。しかし振動板にDLCを採用しても、それ以外の部分で響きの管理が徹底していないと、むしろDLCの高レスポンスがキンキンした響きを生んでしまう逆効果もあるため、総合的に作り込まれた高性能ヘッドホンでないと扱いづらい素材でもあります。

その点Composerはハウジングがかなり堅牢かつ開放的に作られているようなので、DLCドライバーの性能が最大限に引き出せる期待が持てます。

公式サイトより、多彩なマイクが用意されています

Austrian Audioは録音用マイクが主力商品であり、OC818などレコーディング向けの高音質コンデンサーマイクで有名です。オーストリア・ウィーンの旧AKGスタッフを中心に2017年に発足された少数精鋭の新興メーカーだけあって、歴史的な定番マイクの現代解釈にて支持を得ています。

余談になりますが、2025年1月にデンマークのDPAがAustrian Audioの主要株主になったというニュースがありました。DPAといえば長い歴史を持つ最高峰のマイクメーカーなので、今後どのような変化やシナジー効果が生まれるのか気になります。少なくとも下手なベンチャーキャピタルとかの短期利益のために食い潰されるのと比べると今後の展望に期待が持てます。

双方ともマイクメーカーなら競合するのではと思うかもしれませんが、Austrian Audioはボーカル用など芸術的な味わいのあるマイクに定評があり、一方DPAは科学的な音響測定の大御所Brüel & Kjaer (B&K)から90年代にスピンオフしたメーカーで、我々にとってはオーケストラホールなどを収録する高性能オムニマイクで有名なので(たとえばクラシックのハイレゾ録音の大部分がDPA4006を使っており)、Austrian Audioとはお互いが補間するような印象です。

さらに余談ですがDPA公式サイトのMic Universityは昔からマイクの活用やセッティングについて勉強したい人にとって有益な情報源になっていますので、英語ですがぜひ観覧してみてください。

開放型モニターヘッドホンHi-X65

マイクとヘッドホンは製造技術や動作原理が表裏一体の存在なので、オーテクやベイヤー、ゼンハイザーなどマイクのメーカーがヘッドホンも作っているケースが多いですし、録音現場の意見を反映できるため、スタジオモニターヘッドホンで定評のあるメーカーが多いです。

Austrian Audioも例に漏れず、スタジオモニターヘッドホンHi-Xシリーズは私も結構気に入って、これまでHi-X55、Hi-X60、Hi-X65の三機種を購入しました。中でも密閉型のHi-X60は稀に見る傑作ヘッドホンだと思っています。今回Composerは開放型なので、同じく開放型のHi-X65との比較も気になっています。

Composerは40万円ということで、6万円弱のHi-Xシリーズと比べると明らかにクラスの違うモデルになります。メーカーにとってコスト度外視のフラッグシップ機は腕の見せ所ですし、近頃はAudezeの平面駆動型など、プロ用でもだいぶ高価なモデルが普及しているようなので、Composerも単なるラグジュアリーやステートメントではなく、真面目なモニターヘッドホンとして評価してみたいです。

Hi-X65と比較

デザインコンセプトは似ています

Hi-X65と比較すると、40万円と6万円の違いは一目瞭然です。ハウジングやヒンジ部品など全体的なデザインコンセプトはよく似ているものの、Hi-X65の方が全体的に厚く無骨な構造です。

ヘッドバンドは硬い鉄板にスポンジが接着してあるだけだったり、未塗装のテカテカしたプラスチック部品も多用しているため、手触りの安っぽさは価格相応なので文句はありません。

ドライバーが見えます

細くても剛性が高そうです

Composerをじっくり観察してみると、私がこれまで触ってきた高級ヘッドホンの中でもトップクラスに精巧な作りをしています。見た目からして開放感のあるサウンドを予感させてくれる一方で、控えめなマット仕上げがプロっぽい信頼感も表現できています。

全体的なイメージとしては、大昔の通信交換機とかで使われていたようなレトロ感があり、細身で軽量な印象がありながら、実際に手に取ってみると金属のしっかりした剛性が感じられるため、グニャグニャするような不安はありません。385gということで、UtopiaとHD800Sの中間くらいで、ハウジングの重心が外に張り出しておらず安定したフィットが得られます。

装着感は昨今のワイヤレスNCヘッドホンの定番フォルム(ソニーやB&Wなど)を上手く反映させており、ヘッドバンドとハウジングが頭の輪郭にピッタリ沿う感じです。ところで一部の平面駆動型など、開放型と書いてあっても耳周りが密閉され空気の逃げ道が無くて圧迫感があるモデルが多いですが、こちらはドライバー周辺でしっかり空気が逃げており、蒸れや閉鎖感もありません。

ヒンジ部品の複雑構造

素材の質感や配色バランスが良いです

ハウジングのヒンジがグリルの奥に入り込んでいるなど、デザインにも独創性があり、荒削りな部分が見当たらず、細部まで入念に作り込まれた印象を受けます。

むき出しのプラスチックやネジ類が見当たりませんし、ヘッドバンドのクッションだけ見ても、芯材、ステッチ、コバなど高級ハンドバッグのような仕上げになっていたり、マットグレー、メタリックグレー、赤色アクセントという三色に絞った配色や質感のバランスも素晴らしいです。

付属ケーブル

コネクター

Composerは高級ヘッドホンだけあって、付属ケーブルは3mの4pinXLRと3.5mm、1.4mの4.4mmの三種類が同梱してあります。今回私が使った試聴機は4.4mmケーブルのみ借りられました。

ケーブルコネクターのデザインはかなり特殊です。左右両側出しで着脱可能なのですが、いわゆるバナナプラグを採用しています。

ヘッドホンをスピーカーに見立てれば、ケーブルにバナナプラグを使うのは筋が通っていますが、個人的には奇をてらわず無難に3.5mmミニプラグとかにしてもらいたかったです。

3mmバナナは自作には厄介です

せっかくなので自作ケーブルを作ってみようと思ったところ、これが意外と厄介で、一般的な4mm(スピーカーで使うやつ)や2mmバナナではなく、3mmというかなりレアなサイズです。手に入りやすいのはMuellerとかでしょうか。

あまり多くの線材は試しませんでしたが、純正4.4mmケーブルはおとなしめで中域寄りに安定した鳴り方のようなので、銀メッキ線で高音にもうちょっと派手さや広がりをもたせるなども良さそうです。音楽鑑賞で使うなら、もうちょっと別のケーブルを模索したいと思える感じでした。

四段階の目盛りがあります

これくらい回転範囲があります

ハウジングには珍しいギミックがあります。ドライバー周辺のリング部品の赤い点の部分に板バネがあり、ハウジング全体をカチカチと回転させて、四段階の目盛りで回転角度を設定できる仕組みです。

実際これを使わなくてもフィットは良好なのですが、デザインアクセントとしても邪魔にならずエレガントなアイデアだと思います。試聴機を使う時はひとまず左右の角度が揃っているか確認してください。

Hi-Xシリーズよりも一回り大きいです

簡単に外せます

イヤーパッドはHi-Xシリーズを拡張したようなデザインで、耳のまわりにピッタリ吸着する感触です。Hi-Xシリーズのパッドよりもだいぶ大きく内部空間の余裕があり、蒸れたり不快になる心配は無さそうです。5-6時間使っても快適でした。ヘッドバンドもHi-Xシリーズのような厚い鉄板ではないので、側圧もあまり強くなく、他社のハイエンドヘッドホンと比べて装着感が特殊ということはありません。

Hi-Xシリーズのパッドは両面テープ接着でしたが、Composerのはマグネットで分離できるため交換も容易そうです。ただしドライバー前面のスポンジ(L・Rと書いてあるやつ)は両面テープで接着してあるため、外してドライバーを見ることはできませんでした。

アンロック用ボタン

スライダー調整機構

K812と比較

ヘッドバンドと調整スライダー部品のデザインのみ、AKG K812からの系譜を連想させてくれます。金属アーチとハンモック構造で、ボタンを押し込むと上下調整がアンロックされる機構です。写真で見るとわかるとおり、だいぶ手の込んだ複雑機構です。

そういえば、K812の時はAKGロゴマークがアンロック用ボタンだったので、ちょっとわかりにくく、それに気づかずに無理矢理ヘッドバンドを調整しようとして壊す人がいましたが、Composerでは明らかにボタンだとわかるようなデザインになっているのは嬉しいです。

回転できます

さらにComposerではハウジングが回転できるようになったので、フラットに折りたたむことができ、横顔に沿うようなフィット感も向上しました。AKGの頃はこれが無かったので、顔の輪郭に合わなければパッドに隙間ができる問題がありました。

K812 & Composer

K812 & Composer

AKG時代の最後の高級ヘッドホンがK812だったので、今回Composerを直系後継機として期待している人も結構多いです。K81は2013年発売ですので、だいぶ世代間のギャップがあり、デザイン上での共通点は少ないかもしれませんが、フレームやグリルの精巧な作りなど、後継機として見ても期待を裏切らないクオリティです。グリルの奥に覗くドライバーの青色と赤色も印象深いです。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンス変動を調べてみました。

公式スペックは22Ωで、実測でも可聴帯域全体がそのあたりに収まっています。3kHz付近の山がそこまで目立たないあたり、設計思想がHi-X65と似ているのが伺えます。

平面型のT60RPmk2と比べればダイナミック型らしいアップダウンは見られますが、たとえばオーテクADX3000のような低音の急激な山はありません。開放型というと他にはゼンハイザーHD800SやFocal Utopia SGなどが思い浮かびますが、それらはインピーダンスがもっと高いためグラフの縦軸に収まらず、あまり参考になりません。


同じグラフを電気的な位相で見ても、Composerはダイナミック型にしては中低域がかなりリニアに傾いているあたり音質にも影響してくると思います。どちらにせよ112dB/Vという感度スペックと合わせて、かなり鳴らしやすいヘッドホンのようです。

音質とか

Composerは本格的な開放型ヘッドホンなので、駆動するアンプもそれなりに優れたものを使いたいです。同時にFull Score Oneというヘッドホンアンプも発売され、セットで使うことを推奨しているようです。

Full Score Oneアンプ

同じメーカーだけあってComposerとFull Score Oneの相乗効果は確かに実感できたものの、必ずしもセットで購入できる人ばかりではないので、今回はComposer単体で、アンプの方は次回紹介しようと思います。

Amazon

オーストリアのGramolaレーベルから新譜で、Rémy Ballot Ensembleのシューベルト鱒を聴いてみました。

往年の名盤が豊富な作品なので、いまさら新録を聴くまでもないと思うかもしれませんが、今作は音質も演奏解釈も素晴らしく、一聴の価値があります。カップリングのフンメル五重奏とどちらも一般的な弦楽四重奏とは違いコントラバスが入っているので、昔からオーディオ的にも鳴らしがいのある演目です。

Ferrum ERCO

Chord Alto

あれこれ身近な据え置きヘッドホンアンプでComposerを鳴らしてみたところ、第一印象としてはずいぶん普通すぎて地味に感じたものの、長時間聴いているとミステリアスで掴みどころのないヘッドホンのように思えてきました。

クセが強いかというと、むしろ逆に、ソースや音楽ジャンルによって表情がコロコロ変わるようなカメレオン的な性格を持っているため、なかなか全貌が把握できません。

シビアなモニター系かというとそうでもなく、薄味ではなく、濃い美音系でもなく、わかりやすい表現が思い浮かびません。どちらかというと中域にしっかりとした芯が感じられる、無駄の少ない筋肉質なサウンドです。

ドライバーの制動が的確で、空間や過渡特性をしっかりコントロールしているため、ヴァイオリンやピアノのアタックにも金属的な尖りや誇張が無く、コントラバスの低音もしっかり出ているものの、ハウジング反射が少ないため余計な響きが少なく、広帯域・高解像なのに意外と落ち着いています。

K812・Composer

まず最初に、気になっている人も多いAKG K812との比較を行ってみました。私自身K812はヘッドホン史上五本の指に入る最高峰クラスだと思っているので、個人的に興味があります。

端的に言うと、ComposerとK812では方向性がだいぶ違うので、直系の後継機という印象はありません。Austrian Audioによる新世代のヘッドホンと捉えた方が良いです。

K812はAKGの特色である艷やかな美しさを持ちながら、K712系と比べて低音までしっかり出るようになったことで、楽器が色濃く芳醇に鳴ってくれるヘッドホンでした。高音が激しいロックとかだと若干のギラつきがあるものの、クラシック生楽器の中域の音色があまりにも美しすぎるため、プロ用モニターヘッドホンとしては失格だったかもしれません。

それに対してComposerは美音系とは真逆の硬派なサウンドで、レスポンスの速さと帯域の統一感を最重要に置いている印象です。ドンシャリではなく中高域がしっかり太く出るという点では共通しているものの、AKGのような脚色は無いので、ウィーンフィルの黄金の響きとかを期待している人は避けるべきです。むしろ昨今の録音技術の進歩を率直に伝える意図を感じます。

そんなマイクメーカーらしい音作りに関しては、Hi-Xシリーズを聴いた時点でも同じ印象を受けました。デザインを見ただけではAKG K550の焼き直しかと思いきや、サウンドはかなり力強く引き締まっていることに驚いた記憶があり、今回のComposerもその方向性を貫いています。

ComposerとFostex TH909

私が普段メインで使っている開放型ヘッドホンはフォステクスTH909なのですが、こちらもComposerと比べるとかなり美音に仕上げてくれるタイプです。弦楽器のキラキラ感はAKGほどではないものの、ウッドハウジングのおかげかピアノのタッチなど余韻が美しく響いてくれる感触があり、それと比べるとComposerは率直に立ち上がって、引き際もスッと消えるような鳴り方なので、音楽鑑賞には味気なくも感じます。

Focal Utopia SG

他のヘッドホンとも比較してみたところ、やはり平面駆動型よりはダイナミック型らしい指向性や音像の結像具合が感じられるので、似たような系統でいうとFocal Utopia Second GenとオーテクATH-ADX3000の中間くらいでしょうか。ADX5000はもうちょっと美音寄りです。

ゼンハイザーとはジャンルがだいぶ違う印象です。HD800Sのように音源を遠ざける演出もなければ、HD600系のような小型ドライバー周辺のバッフルが響いている感じもなく、大きな振動板だけが耳元でダイレクトに鳴っている感覚がFocalやオーテクに近いのかもしれません。

Focal Utopia SGの方がスピーカー的な表現の工夫があり、ピアノやヴァイオリンなど主役がビームのように顔面に迫り、その背景で低音が広く土台を支えるピラミッド的な描き方で、距離感は近いものの「上質なリスニングルームで聴く高級スピーカー」の感覚が再現できているあたり、さすがスピーカーと同じFocal Utopiaの名を関するだけあるなと関心します。音楽はボーカルをメインに聴きたいという人には最適です。

ATH-ADX3000は複雑な打ち込み楽曲に没入するようなスタイルに最適で、ドラムパーカッションの打撃音なども頭内から派手に空間に発散されます。高解像マイクのメーカーならではの描き方でしょうか、スピーカーを介さずDAWから新鮮なフィードが耳に直接届けられている感じです。

それらと比べるとComposerはもうちょっと王道のモニター風で、至近距離の前方視野に音像が丁寧に配置され、周波数帯ごとに響く方角や距離の誤差が少ないため、音場全体が帯域が分割されず(スピーカー的に言うと、ドライバーとバスレフポートのような帯域の分断が無く)比較的コンパクトにまとまっており、聴きたいサウンドをピンポイントで拾うことができる素直さがあります。フロアスピーカー的な低音が地面に響く土台みたいなものは感じられないので、家庭用スピーカーの臨場感を求めている人には向いていないと思います。

そんなわけで、高級ヘッドホンといっても表現の方向性は多種多様で、同じ評価基準でランク付けするのは難しいです。脚色や味付けが濃いヘッドホンは原音忠実ではないのでダメかというと、そうでもなく、たとえばリビングルームの音を再現できたり、音質の悪い古い楽曲もいい感じに美化するといった長所もあります。

その点Composerはもうちょっとシンプルに、音源の本来の姿が伝わる感覚なので、それならベイヤーDT880やオーテクATH-R70xのような実直なモニターヘッドホンを買えば十分ではという考えも浮かびます。

たしかにそれらと同じ方向性ではあるものの、Composerはさすがにワンランク上の価格帯なだけあってか、強弱のダイナミクスや、前後左右方向での分離の精密さが増すことで、描き分けが一枚上手です。

とくに左右のステレオ信号がピッタリ揃うことで生まれる立体音像というのはヘッドホンの価格差が顕著に現れる重要な部分だと思います。周波数特性がどうであれ、安いヘッドホンはドライバーやハウジングの摺合せが不十分なため、左右別々で音が鳴っているような、耳から横に広がる感覚がありがちで(その場合はアンプのクロスフィード機能でブレンドするのが有効なのですが)、Composerのレベルのヘッドホンになると、耳元で鳴っている感覚が無くなり、前方に音像が展開しているように錯覚させてくれます。

おかげでComposerは楽器単体の音色からホール全体の音響まで表現の幅が広く、まるで観客席からサーカスを眺めているように、複数の面白い要素が同時進行でインプットできて、意外と飽きずに聴いていられます。アタックや響きが過剰でないため、音量をそこそこ上げても不快にならず、そのおかげで細部まで聴き取れる楽しさが増すようです。

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SWR Musicからの新譜で、SWR Big Bandの「More Than Just Friends」を聴いてみました。SWR(南西ドイツ放送局)ビッグバンドによる有名アレンジャー、サミー・ネスティコのトリビュート盤です。

最近このSWR Big Bandシリーズを個人的に気に入っていて、どれもアメリカの現役ビッグバンドと比べて学問・説教臭くなく、純粋にスウィング感の良さを楽しめます。今作も期待通りのオーソドックスなビッグバンドジャズで、往年の通例どおりゲスト歌手も数曲入って、音質もSWRだけあって圧倒的です。とくに13曲目のKing Porter Stompなんかはまさにビッグバンドの真髄です。

Cayin C9ii

Composerは高レスポンスというと、刺激的なサウンドを想像しがちですが、例えるならノコギリ波ではなく矩形波(四角)のように、音が直角に立ち上がって直角に止まる感じです。

そのおかげで、上で紹介したダイナミックレンジの広いジャズバンドやクラシック録音であれば、ホールの環境騒音からバンド全体の大迫力演奏まで音量の強弱がしっかり出せて、時間軸が正確なためグルーブやリズム感も体感できるあたり、ヘッドホンの物理的な限界や、アンプのパワーに負けている感じがありません。むしろアンプ側のダイナミクス特性が顕著に伝わってきます。

逆に言うと、アンプでレスポンスを調整できるため、オーディオファイル的には、そのあたりの柔軟性というか探求欲を誘います。

たとえばFull Score Oneアンプを起点として、私が普段使っているViolectric V281で鳴らすことでもっとザクザクした鋭角な粒立ちを強調することができますし、逆にポータブル真空管アンプのCayin C9iiを通すことで、だいぶスムーズさを加えることができ、C9iiの多彩なモードスイッチにも敏感に反応してくれます。

これまで「ヘッドホンアンプなんてこれくらいで十分だろう」と思っていた人も、Composerを導入することで、他のソースやアンプとの音質差を意識するようになってしまい、システムアップグレード欲に火をつけられるかもしれません。

一つおもしろい点で、プロモニター系でたとえばNeumann NDH30とかAudeze MM500など、トラックの調整など分析的に使うなら優秀なヘッドホンはいくつか思い浮かぶのですが、これらはアンプを変えてもあまり鳴り方が変わらず(モニター的にはそれが正しいのかもしれませんが)、いざカジュアルな音楽鑑賞に使ってみようとすると、なんだか盛り上がりに欠けるというか「せっかくなら、もっと別のヘッドホンで聴こう」と思えてしまいます。ところがComposerはそこまで不満が起きず、アンプでの調整幅も広いため、プロとコンシューマーの境界線の上手いところを突いている感じがします。

Hi-X65と比較

そんなわけで、Composerは素直で高レスポンスということ以外、わかりやすい特色を掴めず、試聴レビューとしては話を広げることができずに困っていたのですが、いざHi-X65と聴き比べてみることで、ようやく考えがまとまってきました。

まず原点に戻って、ComposerとHi-X65のどちらもスタジオモニターヘッドホンだとすると、同じメーカーが作ったヘッドホンにしては両者の鳴り方はだいぶ違います。周波数特性というよりも空間展開の方です。

というのも、Hi-X65の方は音像が自分の前方にスクリーンのように投影され、距離感やステレオイメージも典型的なニアフィールドモニタースピーカーに近いです。そのため自宅での夜間DAW作業など、卓上スピーカーの代用としてヘッドホンが欲しい人にはHi-X65をおすすめできます。

ところがComposerの方はHi-X65ほど明確な二次元スクリーン投影型のイメージではなく、なんだか目前にバスケットボールくらいの球状というか、情報の浮遊体があり、三次元だけどピンポイントで要素を拾って観察しやすい、なかなか具体的に表現しづらい体験です。そのためニアフィールドモニターでもなければコンサートホール的でもシアターサラウンドでもない、イヤホンほど頭内でもない、正しいけれど珍しいという奇妙な感覚があります。

それでも、身の回りでComposerを使っている人の感想を聞くと、モニタースピーカーに近いから重宝しているという声も多く、たとえばGenelec The Oneと似ているというフィードバックも頂いたので、実際に友人の環境をあれこれ聴きに行ったところ、私の困惑の理由に気が付きました。

私が言っていたニアフィールドモニター的なサウンドというのは、Genelec 1030シリーズに代表される、ADAM A7とか20/20やBM5Aなど、昔から聴き慣れた定番の2WAYサウンドのことで、極端に言えばLS3/5Aの延長線上みたいな話です。それらをデスク上にMoPADで角度を決めて良い感じに三角配置にして・・・なんて、友人宅や楽器店など、どこでも身近にあるサウンドが染み付いています。そしてHi-X65もそっちに近いです。

ところが最近のモニター環境となると、8341A SAM GLMを筆頭に、時間軸がピッタリ揃った、限りなくポイントソースに近い同軸モニターに、部屋の整音・吸音も徹底して、サブウーファーも含めてDSP補正を行うような、精密な環境設計に移行しつつあります。そして今回そんな近代的なモニター環境をじっくり体験してみたところ、Composerでのイメージングの感覚に当てはまるような感じがしました。

Composerと同じように、前方に三次元イメージが球体のように浮かび上がり、視野内に全体の立体的なバランスを把握しつつも、個々の要素をピンポイントで追い込みやすいです。派手に四方に発散するでも、平面的に張り付くでもなく、違和感は少ないので意識しないとそこまで不自然な感じもありません。

最近のモニタースピーカーにおけるポイントソースとDSP処理のどちらも、周波数特性よりも時間軸方向の補正(いわゆるタイムアライメント)を重視しており、しかも一人のリスニングポジションに特化した、あくまでニアフィールドの補正なので、考え方としてはヘッドホンに近いのかもしれません。奇しくも、モニタースピーカーがヘッドホン的な、そしてヘッドホンがスピーカー的な、双方の進化の方向が一致している感覚を得ました。

余談になりますが、一昔前にタイムアライメント重視のモニタースピーカーが話題になった時期がありましたが、その当時はポイントソーススピーカー自体の帯域やダイナミクスが不十分で、指向性もレーザービームのごとく狭く、PC上でのDSP補正技術も未熟だったせいか、頭をちょっとでも動かすと狂うようなシビアな感じだったので、当時導入した人は少数派だったと思います。それが最近になってフルレンジかつ指向性も広く(それでもサブウーファーは欲しいですが)、リアルタイム演算やDSP補正のノウハウも充実してきたおかげで、積極的に導入すべき時代になったようです。

もちろん1030シリーズのような古典的モニタースピーカーが時代遅れで音が悪いというわけではなく、現在でも十分に活躍できると思いますが、それらで聴き慣れたサウンドと最新モニター環境で実現できるサウンドは行き着く理想像がだいぶ異なっており、そのような違いをHi-X65とComposerでも感じられ、おかげでComposerの性格がだいぶ理解できるようになりました。

似たような話で、ソニーMDR-MV1ヘッドホンもそんな感じでした。あちらはComposerとは違ってサラウンドミックスやゲームのサラウンドBGMといった場面で活躍してくれます。他にはヤマハYH-5000SEも、HA-L7AアンプのDSPエフェクトを駆使したAVアンプ的なシアター効果を引き出すのが得意でした。どちらも最初はなかなか理解できなかったものの、得意分野を見つけたことでサウンドの説得力が増しました。

高級ヘッドホンはどれもが同じ目線で設計されているわけではないので、自分が実際に聴いてみてサウンドに説得力が感じられるのが大事です。それができないと他人に評価を求めることになり、わかりやすいグラフや数字のみで判断するようになってしまいます。

オーディオ専門店のデモルームに行ってみると、ハリウッド映画を大迫力で楽しみたい人のシステムもあれば、80年代ロックの音圧を顔面に浴びたい人のシステムもあるわけで、ヘッドホンもユーザーごとに理想とするサウンドはだいぶ異なります。

私の場合、普段ヘッドホンを使う時間の大半はクラシックやジャズの新譜を聴くために活用しているため、最高性能のマイクで収録された演奏芸術を無濾過で体験したい、そしてヘッドホンであれば、実際のコンサート観客席や家庭のスピーカーシステム越しよりもさらに一歩進んだ体験ができるかもしれないという期待を持っており、その点では現在の最先端サウンドを率直に届けてくれるComposerは相性が良さそうです。

おわりに

Austrian Audio The Composerヘッドホンはハイエンドな価格にふさわしい優れたモニターヘッドホンだと思いました。

脚色は少ないので、趣味の音楽鑑賞用としては物足りないかもしれませんが、そこはアンプや上流機器でどうにか工夫できそうなポテンシャルが感じられる高性能ヘッドホンです。高級ヘッドホンにありがちな荒削りな手作り感とは正反対の、精巧かつ信頼感を持てる、しっかりした設計と製造技術も魅力的です。

40万円はなかなか手が出せる価格ではありませんが、高級ヘッドホンの価格はどんどん上がっており、Focal Utopia SGなんて60万円ですから、そう考えると悪くない値段のように思えてしまうのが怖いです。ただし円安なので、十年前と比べて輸入品は1.5倍だと割り切る必要があり、日本人としては為替に影響されにくい日本メーカーを選んだ方がコストパフォーマンスは高いと思います。このあたりはどうしようもないので、渡来品はなんでも高嶺の花だった時代に戻ったと思って我慢するしかありません。

音質については極めて優秀なモニターサウンドだと話を終えてもよいところ、なんとなく不思議な魅力を感じて、その理由を探りたくなってしまい、その結果モニターヘッドホンの理想について再考させられました。

他にも新作ヘッドホンはそこそこ試聴しているものの、多くの場合、突出したクセや個性が強かったりで、第一印象は良くても飽きが早かったり、購入判断におけるマイナスに映るため、Composerほど価格相応に高いポテンシャルを感じることは珍しいです。

そんなわけで、私自身はComposerヘッドホンを買うべきかというと、欲しいけれど、今はちょっと保留にすることにします。普段メインで使っているTH909とDT1770PROmk2の両方ともかなり満足できていて、他にも優れたヘッドホンをあれこれ持っているので、いざComposerを買ったとして、出費の分だけ活用できるかという点で踏みとどまっています。

ハイエンドヘッドホンを一台も持っていない、もしくは趣味性の強い個性派ばかりで、次こそ正真正銘の最高峰モニターヘッドホンを導入しようと考えている人なら、Composerは最有力候補に近いと思います。

様々な楽曲を新鮮な目線で聴き直したくなる魅力のあるヘッドホンではありますが、アンプなど上流機器に敏感ということは、ここからオーディオ沼に陥りやすいヘッドホンでもあります。

同時に発売されたFull Score Oneアンプについては次回書きます。


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