Austrian Audioから開放型ヘッドホンの新作The Arrangerが出たので試聴してみました。
![]() |
| Austrian Audio The Arranger |
2026年3月発売、約19万円です。私自身結構支持しているブランドで、前作The Composerを含めて所有しているヘッドホンが多いので、今作もどんなものか気になります。
Austrian Audio
旧AKGの跡を継いで2017年にオーストリアのウィーンで発足したAustrian Audioは、メインの製品群はレコーディングマイクですが、その傍らでヘッドホンにも力を入れています。
安易なAKGの復刻というわけではなく、そこから更に進化を遂げたモダンな音作りなので、個人的に注目しているメーカーです。
2025年にはデンマークの大手マイクメーカーDPAが主要株主になり、さらに2026年にはAllen&HeathやSSLなどプロ系ブランドを多く保有する英国Audiotonixという持株会社の傘下にDPAとともに入っており、目まぐるしい荒波の中で揉まれています。今後の展望が不透明なのと同時に、それだけ新興メーカーとして高く評価されているということでしょう。
![]() |
| Hi-X60、Hi-X65、The Arranger |
現時点のラインナップはヨーロッパのプロオーディオ企業らしく真面目なモニターヘッドホンが充実しており、私も密閉型Hi-X55、Hi-X60、開放型Hi-X65となんだかんだで新型が出るたびに買い揃えてしまいました。これらHi-Xシリーズはどれも6万円くらいで、中でもHi-X60は稀に見る傑作だと思います。
| Austrian Audio The Composer |
そんなわけで、真面目な売れ筋モニター系のHi-Xシリーズと高級開放型のThe Composerという二本立てのラインナップ展開で、今回それらの中間に収まる形でThe Arrangerが登場したわけです。
デザイン
一見してわかるとおり、今回の新作The Arrangerのハウジングやヘッドバンド構造はこれまでのHi-Xシリーズと共通しており、装着感もほぼ同じです。
![]() |
| The Arranger |
![]() |
| Hi-X65と比較 |
Hi-Xシリーズの開放型モデルHi-X65と比較してみました。Hi-Xシリーズはコストを抑えた業務用ということでイヤーパッドや頭頂部がビニールレザーでしたが、The Arrangerは無印とかで売ってそうな色合いのマイクロファイバークッションに変更されています。
それ以外のパーツの質感や素材感はほぼ同じなので、Hi-Xシリーズを長らく使ってきた私にとっては慣れ親しんだ装着具合です。
肝心のドライバーもHi-Xシリーズと同じ44mm Hi-X (High Excursion) ダイナミックドライバーを搭載しており、インピーダンスと駆動能率は開放型Hi-X65と同じ25Ω・110dB/Vです。
The Arrangerでは振動板にDLCコーティングが施されているそうですが、それ以外にたとえばマグネットやバッフルフレームなどの部品にどの程度の違いがあるかは不明です。公式サイトでもこのあたりについて技術的な解説に乏しいので、たとえハッタリでも良いので、約3倍の価格差にもうちょっと説得力が欲しいところです。
![]() |
| イヤーパッド |
![]() |
| スポンジ |
![]() |
| パッド固定の爪 |
そんなわけで、Hi-X65と比べてドライバーやハウジング内部構造の違いを確認してみたかったのですが、残念ながらイヤーパッドを外しても出音面に厚いスポンジが両面テープで貼ってあり、簡単には剥がせそうにありません。借り物なので断念しました。
イヤーパッドは外周をプラスチックの爪でパチパチとはめていくタイプです。隙間があると変な音になるので、ゼンハイザーHD800と同じ要領で、パッド交換時には全ての爪が確実に引っかかっているか目視で確認が必要です。
![]() |
| ハウジングとヒンジ |
![]() |
| 立体的なグリル部品 |
ハウジングはプラスチックで、解放グリルがHi-X65ではシンプルなパンチングメッシュだったところ、The Arrangerではロゴに向かって微妙に盛り上がっている立体感のあるデザインになっています。回転ヒンジとマッチした金と黒の縦ストライプはエレガントにまとまっていますし、遠目でも認識できるユニークなデザイン要素になっており、カッコいいと思います。
![]() |
| ケーブル |
![]() |
| 2.5mmツイストロックプラグ |
![]() |
| 太いのは入りません |
ケーブルは左片側出しで、Hi-Xシリーズと同じく2.5mmツイストロック式で着脱可能です。
付属ケーブルは3mのシングルエンドタイプのみですが、今作では四極接続に対応しているため、別売で4.4mm・4ピンXLRバランスケーブルも販売するそうです。(Hi-Xシリーズは非対応)。
高価なヘッドホンなのでバランスケーブルも付属してもらいたかったですし、もっと言うなら、これくらい高級機になるとヘッドバンド内に左右橋渡し配線が通っているのは気分的に嫌なので、わざわざバランス接続を導入するならケーブルを左右両側出しにしてもらいたかったです。
ちなみに、この2.5mmツイストロック式というのはオーテクATH-M50xやゼンハイザーHD500系など多くのヘッドホンが採用しているものの、根本部分の太さや長さがメーカーごとにバラバラで、中でもAustrian Audioはかなり細い部類(直径6mm、プラグ先端まで長さ21mm)なので、オーテク・Ultrasone用(直径7mm、長さ19mm)の太いタイプはもちろんのこと、社外品ケーブルでもギリギリ太すぎて入らないものが多いです(上の写真のオヤイデので直径6.5mm、長さ32mm)。無理やり押し込めば入るかもしれませんが、抜けなくなるリスクがあります。
ちなみにNeumann NDHも2.5mmツイストロックで4極バランス対応でしたが、あちらもAustrian Audioと同じくらい根本が細く、さらに長くて(直径6mm、長さ28.5mm)、社外品プラグやケーブルがほぼ全滅だったので、いい加減そろそろ規格を統一してもらいたいです。
![]() |
| フラットにできますし |
![]() |
| 折り畳めます |
The ArrangerはHi-Xシリーズのデザインを流用しているおかげで、このようにフラットに回転させたり、ボール状に折りたたむことで収納に便利なのがありがたいです。
折り畳めないゼンハイザーHD600系などと比べると、こうやってボールにしてケーブルをぐるぐる巻いて、外出時にバッグに放り込む時などの安心感が段違いです。
こういう折りたたみ機構はワイヤレスヘッドホンでもよくありますが、回転部分が折れやすいという弱点があります(ソニーWH-1000Xなんかも毎回デザインを変更してますね)。その点The Arrangerのはかなりゴツい金属部品なので安心感があります。私のHi-Xシリーズもかなり手荒に扱っていますが回転部分は問題を起こしたことがありません。
上位機種のThe Composerはもっと繊細で、手荒に扱うには躊躇するようなデザインだったので、その点では普段使いではThe Arrangerの方が気が楽です。
![]() |
| ヘッドクッション |
![]() |
| ロゴ |
![]() |
| 快適なパッド |
肝心の装着感に関しては、スタジオモニターHi-Xシリーズが根底にあるので、左右のしっかりしたホールド感がありますが、イヤーパッドやヘッドクッションの厚みが十分あり、マイクロファイバーの肌触りも良好なので、長時間の装着でも問題無さそうです。
見た目からはオーテクATH-M50xやUltrasone Signature系のようなDJ系のピッタリした感じを想像するかもしれませんが、どちらかというとゼンハイザーHD500系のような横顔の輪郭に沿うタイプに近いです。とくにヘッドバンドが広く厚い鉄板なので、フニャフニャと捻れる感覚が無く、がっしりとフィットしてくれて、頭を動かしてもズレない安心感があります。本体重量は320gなのでHi-Xシリーズとほぼ同じで一般的な部類です。
ちなみにイヤーパッドの側圧は弱い方が快適だと誤解しがちですが、それでは全重量を頭頂部で受けて痛くなるので、側圧はそれなりに強い方が長時間の使用に適しています。The Arrangerのデザインはそのあたりのバランス配分が上手に設計されているので、今回数時間使っていて不満はありませんでした。
![]() |
| この部分が不安です |
ヘッドバンドはスライド部品でカチカチと調整するタイプで、内側にシリアルナンバーなどが印刷されています。ちなみにハンガリー製だそうです。
調整スライダー部品に関しては、Hi-Xシリーズを初期から使っていた人なら、この部品に亀裂が入って割れてしまうトラブルに遭遇した人もいると思います。私のHi-X55、Hi-X60、Hi-X65の3つとも徐々に亀裂が進行して割れてしまいました。さすがにもう対策品に改良されていると思いますが、外観上は従来品と同じように見えるのが購入を踏みとどまらせる不安材料になっています。できれば部品のデザインを変更することで対策したかどうか明確にしてもらいたいです。
イヤーパッドについても、私のHi-Xのは3つともだいぶ劣化が早かったのと(装着中に蒸れることで固定リングの接着剤がゲル化して剥がれてしまいました)、しかも純正交換パッドが他社と比べて高価なので、そのあたりも改善されているのかも不安材料になっています。こういうのはある程度使い倒された店頭試聴機を観察することで、どの部分が劣化しやすいか把握できます。
インピーダンス
再生周波数に対するインピーダンスの変化を確認してみました。
The Arrangerは典型的なダイナミック型ヘッドホンらしいインピーダンス特性で、可聴帯域全体で公式スペックの25Ωを下回ることはなさそうです。
Hi-Xシリーズの開放型モデルHi-X65と全体的な傾向がよく似ており、200Hz以下の低域で大きな変化が伺えます。それに比べて密閉型のHi-X60は同じシリーズでもだいぶ特性が異なることがわかります。最上位のThe Composerはドライバー自体から根本的に違う設計で、ハイエンド機らしくもうちょっとアンプに気を使う傾向ですが、The ArrangerはHi-X65に近く、扱いやすい負荷のようです。
音質
今回の試聴では、主にChord Qutest DACからAustrian Audio Full Score Oneヘッドホンアンプで駆動しました。私が普段The Composerを鳴らしている構成なので、信頼できる慣れ親しんだサウンドです。
![]() |
| Austrian Audio Full Score Oneアンプ |
Hi-XシリーズやThe Composerと同じく一般的なダイナミック型ヘッドホンなので、平面駆動型と比べるとだいぶ駆動は楽です。
ポータブルでも最近の強力なDAPやポタアンなら問題無いと思いますが、USBバスパワーのドングルDACだと音量はそこそこ余裕があってもちょっと不安定でフワフワした鳴り方になりがちなので、試聴の際にはしっかりしたアンプを使いたいです。
![]() |
| Hi-X65と比較 |
![]() |
| The Composerと比較 |
まず最初に、同じ開放型のHi-X65・The Composerと聴き比べてみたのですが、The Arrangerのサウンドはこれらモニター系モデルとは大幅に異なり、低音が厚く豊かに仕上げてあり、だいぶ極端に方向性を変えていることに驚きました。
とくにHi-X65と比べると、基本的な構造やドライバーに由来する根底の部分は共通しているものの、意図的にチューニングのターゲットを変えていることが伝わってきます。
たしかにHi-Xシリーズはモニターヘッドホンの中でも結構シビアな部類で、音楽鑑賞用としては使いづらい印象はあったので、The Arrangerはそのあたりを改良するにあたり、高音をマイルド寄りに丸めるのではなく、逆に低音側をグッと持ち上げることでボリュームを上げても中高域のシビアさだけに偏らないようなバランスに仕上げてあります。
次にThe Composerの方は、さすがに高価なだけあって基礎性能が格段に優れているため、大前提として最高水準のモニターヘッドホンでありながら、音楽鑑賞用としても大変優秀なので、Hi-X65とThe Arrangerの両極端な関係性とは別次元の完成度を実感します。スピーカーに例えるなら、B&W 801とかのレベルになると大手レコーディングスタジオと家庭用の両方で活躍しているような感じです。
The Composerは音楽ジャンルとの相性や満足度の差はあれど、何を聴いても破綻するようなことは無いのに対して、The Arrangerは明らかに相性の良い楽曲ジャンルと、そうでないものとの差が大きいです。単純に音質の良し悪しや好き嫌いではなく、このあたりに価格差が反映されるのでしょう。
![]() |
| Beyerdynamic DT1990PRO MK2 |
![]() |
| Neumann NDH30 |
ダイナミックドライバーの開放型ヘッドホンといえばライバル候補が星の数ほど存在するので、身近にあるものでThe Arrangerと似ているモデルを探してみました。
まず開放型といっても、The Arrangerはドライバーが耳の間近にほぼ平行配置されているため、空間展開は横に広く、前後の奥行きはそこまで強調されない、いわゆるモニター系ヘッドホンの構造です。ゼンハイザーHD800SやヤマハYH-5000SEのようにドライバーを前方遠くに傾斜配置して反響板を駆使して音が前からやってくるような錯覚を演出するタイプではありません。
どちらかというと欧州プロモニター系DT1990PRO MK2、NDH30、HD660S2などの空間展開に近く、しかし音色や周波数特性といった部分ではだいぶ離れているので、普段はこれらモニターヘッドホンの細かな音質差にあれこれ難癖をつけていても、いざThe Arrangerと比較すると、それらはどれも同じ分類の音に思えてしまうのが面白いです。最近のモニターヘッドホンはだいぶ派手になったとはいえ、古くはDT880、HD600、AKG K240DFなどに代表されるディフューズフィールド的なレファレンスが根底にあるのだなと再認識させられます。
The Arrangerはそこからだいぶ離れて、どちらかというとアメリカのプロモニターヘッドホンに近い印象です。アメリカはプロスタジオというと放送規格のデファクトスタンダードなどではなく、著名アーティスト・インフルエンサーのエンドースメントといった泊付けの売り方が主流で、モデルごとに鳴り方のコンセプトがバラバラなのが面白いです。The Arrangerも開発者の趣味趣向や思想が強く反映されていることが伺えます。
![]() |
| Sony MDR-MV1 |
色々と試してみた結果、意外にもソニーMDR-MV1がそこそこ近いと思いました。低音の量感と質感がよく似ているのと、それでいて高音がモコモコせず解像力や派手さを損なわない、上品なV字傾向なのが共通しています。
両者の違いは、The Arrangerの方が中域の引っ込みが目立ち、高音のキラキラ感が前面に出て主張するタイプなのに対して、MV1はもうちょっとサラウンド的に空間展開重視で余裕を持った鳴り方です。用途としてはThe Arrangerの方がポップスなどのステレオ音楽鑑賞寄りで、MV1は映画やゲームなどセリフと効果音を含めたサラウンド音響体験に適しています。
それでもThe ArrangerとMV1が似ていると感じられるのは、低音の立ち上がりと減衰のどちらもだいぶゆっくりなところにあります。ズンズンと鼓膜を打ち付けるようなパンチの強い低音ではなく、ふくよかに盛り上がり、そこそこ長引いて音楽の進行を豊かに包んでくれるような低音です。どちらも開放型デザインということもあって、低音の出音が遅れてタイミングがズレるという感覚が少ないあたりは優秀です。
正確さを重視するモニターヘッドホンの場合、低音は余計に響かせずにパッと止まるレスポンスの良さが求められるわけですが、音楽鑑賞用としてはThe Arrangerくらい緩い方が親しみやすいです。
わかりやすく言うなら、この緩さというのはリビングルームのスピーカーやカーオーディオで慣れ親しんだ低音の鳴り方なので、そういう情景に適した音楽を聴くなら最適ですし、普段モニターヘッドホンや小さな卓上PCスピーカーを使っていて、低音を豊かに響かせる体験を渇望している人はThe Arrangerの鳴り方が気にいると思います。
そんなThe Arrangerに対してThe Composerの方は、以前ブログで取り上げた時にジェネレックGLMで調整したような今風のスタジオモニター空間の鳴り方に近いことに関心しましたし、たとえばクラシックの生楽器録音とかを聴くのなら断然有利なのですが、そういうジャンルを普段聴かない人にとってはThe Composerは退屈で派手さが足りないと感じるでしょう。
同じ開放型でも、The ArrangerとThe Composerでは想定されている聴き方が違うので、同じ尺度での優劣は評価できません。価格差が二倍なら音質が二倍優れているというわけではなく、もっと単純に、そういった最先端スタジオモニター空間のサウンドをヘッドホンで再現するにはコストが二倍になってしまうという事だと思います。
![]() |
| Hi-Xのパッド装備 |
ところで、The ArrangerとHi-Xシリーズのイヤーパッドは互換性があるので、Hi-X65のパッドに交換してみたらどうなるのかも試してみました。
一般的には、ピッタリと密閉する合皮パッドの方が低音の音圧やパンチが増強される傾向があると思いますが、今回の組み合わせではそうならず、低音の厚みや量感がだいぶ減るのが面白いです。
Hi-X65と同じようなサウンドかというと、そうでもなく、たぶん振動板のDLCコーティングのせいでしょうか、一昔前のオーテクを連想するような、中高域がだいぶギラギラと刺激的な鳴り方になってしまいます。付属のパッドで低音に厚みを出すことで高音の刺激とのバランスを調整していることを実感します。
逆にHi-X65にThe Arrangerのパッドを装着しても、The Arranger相当のサウンドに変身するわけではなく、逆に今度はドライバーの派手さが足りず、フワフワした掴みどころの無いサウンドになります。どちらかというと、Hi-X65をマイルドに調整するのにThe Arrangerのパッドを流用するのは有効かもしれません。
| Amazon |
学生の頃、仲のいい友達と車で遠出するときに流していたアルバムが、もう25周年ということで感慨深いです。DorfmeisterのバンドToscaの名盤J.A.C.も同じく昨年リマスター復刻されました。あの頃売れていたEPやコンピの大多数は版元が消えて、ストリーミングでは聴けないものばかりなので、そんな中でこういう名作が復刻してくれるのは嬉しいです。
The Arrangerのゆったりした低音と硬めの高音、そしてコンサートステージ的な前方投影ではない、耳の間近で周囲全体を覆ってくれるようなアンビエンス効果のおかげで、こういったローファイでディープな音楽をリラックスして延々と聴いていられます。
低音が盛ってあるといっても、ハウスやテクノなどハードなEDM系には向いていません。そういうのはThe Arrangerのゆったりした低音よりも、もっとパンチや音圧でリズムが体感できる密閉型の方が聴き応えがあります。
どちらかというと、ビートがゆっくりとグルーヴに乗るような、R&Bのメロウなスタイルの方が相性が良いです。適当に手元にあったアルバムを漁っても、たとえばヒップホップであれば昔のTommy Boy RecordsとかUKダブのNinja Tuneみたいなジャンルの方がしっくり来ます。
The Arrangerと相性の良い音楽ジャンルは見つかったのですが、私が普段聴いているジャズやクラシックでは、常に「扱いが難しい」「独特のクセがある」という感覚が拭えません。このThe Arranger特有の独特な感じはなんなのか考えてみたところ、なんとなく答えが見えてきました。
| クロスフィード機能が使えると有利です |
結論から言ってしまうと、The Arrangerのポテンシャルを引き出すには「クロスフィード」機能を使うことが効果的です。そう思った理由についてもうちょっと細かく考察してみます。
スピーカーで音楽を聴く場合、左スピーカーの音は右耳にも届くので、左右信号がブレンドされて聴こえますから、ヘッドホンでその感覚を模倣するのがクロスフィードエフェクト機能です。
優れたクロスフィード機能を搭載するアンプというと、代表的なものではSPL Phonitorシリーズが有名ですが、ポータブルだとAK PA10や最近のAK DAPに搭載されているものも優秀です。
余談になりますが、クロスフィードといってもピンキリあり、スピーカーの指向性や頭部伝達に考慮して、どの周波数帯をどれくらい反対側に混ぜるのか、そして左から出た音は右耳に遅れて届くといった時間差補正も求められます。それらの調整の塩梅が極めて感覚的で、設計者の技術力とセンスが問われます。ただ左右信号を混ぜただけでは高音がシャリシャリしてまともに聴けません。
そのためSPLなどプロのマスタリング現場での知見を活かせるメーカーは感覚的に優れたクロスフィードを提供してくれますし、その一方でアプリのDSPエフェクトとかで付属しているクロスフィード機能はヒドくて使い物にならないものが多いので要注意です。(空間がうねるような変な混じり方をして、高音が不快なものが多い印象です)。
| Amazon |
Verveからジミー・スミスとウェス・モンゴメリーの1966年盤「The Dynamic Duo」を聴いてみました。
名盤復刻というと最近はConcord JazzのCraft Recordingsに活気がありますが、ユニバーサル傘下のVerveも同じく高音質復刻アナログレコード製造のためのカッティングマスター用として公式デジタルリマスターに着手しており、こちらもその一環で2025年にリリースされたものです。
ジミースミスとウェスのダブル主役にオリヴァー・ネルソンの大編成バンド、録音はヴァンゲルダースタジオと、悪いはずがない豪華なアルバムです。
ひとまずこういったステレオ初期の古いアルバムを聴いてみたほうが、クロスフィードの効果が明確でわかりやすいと思います。
古いステレオ録音は、ドラムは右端でホーンセクションは左端といった具合に、左右両極端に振っていることが多く、スピーカーで聴くのと比べてヘッドホンだと違和感があって聴きづらく、それを解消するためにクロスフィードが活躍してくれるわけですが、The Arrangerは他のヘッドホンと比べてこういったステレオアルバムとの相性が極端に悪いです。
なぜThe Arrangerだけ違和感があるのか考えてみたところ、DT1990PROやHD660S2などでは、たとえ音が左右両端に振られていても、それらの残響が拡散するステレオ空間が自然で、バンドメンバー全員が同じ空気感の中に存在しているという錯覚が得られます。
一方、同じアルバムをThe Arrangerで聴いてみると、左右に振られた音がまるで別々に独立した部屋にあるような、空間の捻じれによる整合性の悪さが感じられます。極端に言えば、スピーカーケーブルを間違えて逆相接続したような違和感です。
そのため、他のヘッドホンと比べてThe Arrangerではクロスフィードを使うことで違和感を払拭する効果が大きいようです。古い楽曲に限らず、ステレオミックスが優秀な最近の楽曲でも、クロスフィードを通すことで音場空間の安定感や自然さが飛躍的に良くなり、全く別物のヘッドホンに変身します。The Arrangerを使うならクロスフィードを使わないとかなり損をしていると思います。
それではなぜ同じメーカーのHi-X65やThe Composerではそのような違和感は無かったのに、The Arrangerでのみ目立つのか、あらためてそれらを比較して確認してみたところ、根底はThe Arrangerのチューニングに由来しているようです。
豊かな低音の方に注目が行きがちですが、中高域のプレゼンスが結構ギラギラしており、1kHz付近の中域が控えめなので、ボーカルを聴きたくて音量を上げると滑舌やパーカッシブな刺激の方が目立ちます。
そして、高音の刺激と低音のゆったりした盛り上がりのどちらも、ドライバーやハウジングを響かせることに由来する時間軸方向に影響する物理的な効果なので、そのあたりで左右空間の整合性の悪さが強調されるのだと思います。これはイコライザーで調整するのとは違う、物理的な響きの時間が揃わないことによる影響です。
多くの録音はボーカル域の1kHz付近のすり合わせで自然さを保っているのに、The Arrangerではそこに穴があるため、左右の耳が別々の部屋に向いており、左がウッドベース、右はハイハットが響いていて、それぞれの部屋の響きが反対側の耳に届かないといった具合です。たとえばVRゴーグルで左目と右目で焦点距離の違う別々の映像を見ているような感覚です。
低音の盛り上げや高音のクリア感はソニーMV1と似ているのですが、MV1は1kHz付近の中域もそれなりに響かせているので、高音と低音の断絶を上手に隠すことができるのですが、The Arrangerでは中域に明らかな穴があるため、一見同じような鳴り方に思えても、空間描写に変な違和感が感じられるようです。
そういうのは録音自体が悪いのだと片付けてしまうのは簡単ですが、音楽鑑賞用のヘッドホンというのは、そういった不具合を意識させずに、古い名盤を良い音で楽しませてくれることが求められます。
ところで、冒頭で上位モデルThe Composerの方は高性能同軸スタジオモニタースピーカーのサウンドに非常によく似ていると言いましたが、私の勝手な感想ですが、The Arrangerはどちらかというと家庭用フロアスピーカーの鳴り方に近づけている印象を受けます。
そして、こちらも勝手な憶測ですが、まるでスピーカー単品での特性に近づけている感じがするので、部屋に二本のスピーカーをステレオ配置した時に、リスニングポジションで中域の定位がビシッと揃って音像が浮かび上がる、あの感覚の再現が不足しているのだと思います。先程言ったような、右耳と左耳がそれぞれ別の部屋にあるスピーカー単品を指向性や頭部伝達を無視して直に真横から聴いている感じです。
他社のリスニング向けヘッドホンはそのあたりの感覚的な調整をもうちょっとクリエイティブに行っているのに対して、The Arrangerはなまじモニターヘッドホンの設計が根底にあるため、古いステレオ歌謡曲で歌手の音像が鮮明に浮かび上がるといった感覚的で抽象的な演出が苦手なようで、そこでクロスフィードが活躍してくれるようです。
そんなわけで、試聴を始めた時から感じていた違和感の原因にようやく自分なりに納得できたわけですが、もし私がThe Arrangerを検討するなら優秀なクロスフィードとのセットが必須になりそうです。
逆にその点以外では優秀なヘッドホンなので、そもそもステレオセパレーションが弱いアナログレコード盤を聴くなら良いと思いますし、同じ理由から、冒頭の感想のように、ゆったりしたR&Bや、リバーブ満載で低音や高音を左右全体に広げているダブ、ラウンジ系ヒップホップなどと相性が良いのも納得できます。
おわりに
Austrian Audio The Arrangerを試聴してみたところ、ダイナミック開放型という一大ジャンルの中でもかなり個性が強い部類に入り、好き嫌いが分かれそうなヘッドホンでした。
Hi-Xシリーズからのアップグレード、もしくはThe Composerの廉価版として検討している人は、それらと方向性がだいぶ異なるため、ひとまず試聴は必須です。
とくに音楽ジャンルとの相性で評価が大きく変わるので、特定の人のツボに絶妙にハマる可能性が高いです。ベイヤーやゼンハイザーの解放モニターよりもソニー系が好きな人の方が向いており、具体的にはR&Bなどグルーヴ重視でメロウなサウンドをゆったりと楽しみたい人には、他でなかなか類を見ない有力候補になってくれそうです。
私自身これまでAustrian Audioヘッドホンを色々と購入してきましたが、今回The Arrangerについてはひとまず保留することにします。だいぶ値段が高いのと、自分が普段聴くクラシック音楽にはHi-X60やThe Composerの方が合っているというのもありますし、耐久性について店頭試聴機の経年変化を観察してみたいです。
それよりも個人的にはThe Arrangerが開放型だったことが少し残念でした。開放型はすでにThe Composerという優秀なハイエンドモデルが出ているので、The Arranger発表のニュースを見た時に、ついに密閉型が出るのかと勝手に期待してガッカリしたわけです。
密閉型はハウジング音響設計の難易度が増しますが、独自の魅力や需要があり、しかも平面駆動型よりもダイナミック型の方が得意な分野です。Austrian Audioラインナップの中でも密閉型Hi-X60が突出した傑作だと思うので、今後それをベースにカジュアルなリスニング向けの上級モデルが出てくれないかと期待しています。もちろん、あんまり高価だと手が出せませんが。
最後にAustrian Audioについて、いくつか希望や課題を挙げるとするなら、まず過去のRedditやHead-Fiなど海外の書き込みを観覧しても、新興メーカーということもあり、耐久性や保守部品の値段の高さなどサポート面について散見されます。幸い日本国内の正規品は代理店を通しているので個人輸入よりは安心できますが、購入を検討する際の不安を取り除くためにも、そのあたりアピールやコミュニケーションを頑張ってもらいたいです。
また、サウンドチューニングがモデルごとに結構幅があるのも難点です。幅広いユーザーに向けて意図的にそうしているのは理解できますが、公式サイトの情報がだいぶ抽象的で薄いため、全機種を試聴するくらいの熱心なファンでもないと、自分に合ったモデルを見つけにくいですし、メーカー全体を通してサウンドシグネチャーや価格設定の評価が難しいです。
たとえば密閉型モデルではHi-X55とHi-X60というチューニングの違う二機種がほぼ同価格で用意されているので、そうなると開放型Hi-X65とThe Arrangerで三倍の価格差があるのは、技術的にどの部分にコストや開発労力を費やして至ったのかというストーリーが掴みにくいです。それならばThe Composerの廉価版のようなデザインにした方がストーリーのインパクトや説得力あったと思います。
今後の展望としては、Full Score Oneアンプの音が良かったので、もうちょっと低価格でプロ・コンシューマーが兼用できるようなDACアンプあたりを期待したいです。
たとえば今回The Arrangerでクロスフィードの活用が効果的でしたが、クロスフィード搭載アンプというとSPLやRMEなどプロ系で高価なものばかりですし、売れ筋の中華系コンシューマーブランドは不得意な分野です。プロでDAW上のVSTプラグインとかを使っている人なら不自由ありませんが、今回のThe Arrangerのようにコンシューマーも意識した製品となると、パソコン無しでどういう環境で鳴らすかで評価が大きく変わります。
クロスフィードの話に限らず、Austrian Audioはレコーディング業界のプロ最前線でのノウハウが大きな強みなので、トータル環境の提案として、必ずしも全て自社製品でなくても、(それこそ近場にRME・Lake People・SPLなど優れたメーカーが多いので)買いやすいOEMコラボや推奨パッケージ的なものを出してくれると助かる人も多いと思います。
もちろん多方面に手を広げず少数精鋭でマイク開発に邁進するというのも良いと思いますし、グループ企業傘下としての新体制ではそれが求められているのかもしれませんが、これまでの欧州ヘッドホンブランドが出したアンプと比べてFull Score Oneがだいぶ音が良かったので、それっきりで終わるのは惜しいですし、つい期待が高まってしまいます。
サウンドの特徴も含めて、まだメインストリームというよりも独自色の強い中小メーカーなので、こういうメーカーこそ支持しがいがありますし、今後の発展に期待したいです。
アマゾンアフィリンク
![]() |
| Austrian Audio Hi-X60 |
![]() |
| Austrian Audio Hi-X65 |
![]() |
| Astell&Kern PA10 |
![]() |
| Austrian Audio OD303 |
![]() |
| Austrian Audio OC16 |
![]() |
| Austrian Audio OC18 |
![]() |
| Austrian Audio OC818 Dual Set Plus |


































