オーディオテクニカから久々の開放型ヘッドホンATH-ADX3000が登場したので試聴してみました。2024年11月発売で価格は約15万円です。
ATH-ADX3000 |
2013年のATH-AD2000X以来、開放型というと2017年のATH-ADX5000という26万円の高級機のみだったので、これらの中間に収まるモデルが待望されていました。単なる廉価版なのか、それとも独自の魅力があるのか気になります。
オーディオテクニカ
オーディオテクニカのヘッドホンというと密閉型のイメージが強いと思います。レコーディング用の高性能マイクを作っているメーカーなので、録音現場で集中できる密閉型に利点があるのは納得できます。
ATH-M50x (2024年LAB限定カラー) |
それとは別に、オーテクといえば希少木材を使った最高級ヘッドホンでも有名です。直近では黒柿材を使った60万円のATH-AWKGや、60周年記念モデルで桜材に越前漆器の蒔絵を施した130万円のATH-W2022なんかが話題になりました。
ATH-AWKT・ATH-AWKG |
ATH-WP900・ATH-WB LTD |
個人的にはギターメーカーのフジゲンによるフレイムメイプルトップを採用したATH-WP900やATH-WB LTDなんかが好きです。楽器と同様に、木材は共鳴部品としてヘッドホンのサウンドを大きく左右する部品なので、音質と伝統工芸技法の両方で魅力的な製品群だと思います。
そんなわけで、密閉型では精力的に変化球を出し続けているオーテクですが、本格的な開放型となると長らく停滞気味でした。
じつは私自身、開放型オーテクはATH-AD2000X、ATH-R70x、ATH-ADX5000を所有しているのですが、別にオーテクの熱心なコレクターというわけでもなく、ただ単純にリリースが稀なため「そういえば久々のオーテクだから」と購入しているうちに揃ってしまったようなものです。
2012年のAD2000Xは7万円くらいだったので、当時としては相当ハイエンドなモデルという覚悟で購入した覚えがあります。
ATH-R70x |
ADX5000は完全新設計の次世代機として2017年にデビューした26万円のフラッグシップモデルで、A2DCコネクターの着脱ケーブルを採用し、ヘッドバンドのウイングサポートを廃止するなど、当時かなりセンセーショナルだった記憶があります。
そんなADX5000が欲しいけれど値段が高すぎる、しかしAD2000Xはちょっと古すぎて今更感があると悩んでいた人は多いはずです。そのうち中級の新型が出るだろうと予想していても、ADX3000の登場まで七年も待たされるとは思っていなかったでしょう。
ADX5000 & ADX3000 |
ATH-ADX3000は開放型ヘッドホンで、ADX5000と同様に日本製、50Ωの58mmダイナミックドライバーを搭載、257gという本格的なハイエンドモデルとしては異例の軽さも大きな魅力です。普段400g以上するような重量級ヘッドホンに慣れている人は驚くかもしれません。
実際に手に取ってみると極限まで軽量化した努力が伺えますが、ヘッドバンドやヒンジ部品は結構しっかりしているので、強度の面での不安はありません。
平面駆動型ヘッドホンの場合は何本もの重い棒磁石を強固なフレームで固定する必要があるためハウジング全体がかなり重くなってしまい、しかも重心が耳元から離れているため首を振ると音が乱れてしまう不安定さがある、つまりリスニング中は頭を動かせないようなモデルが多いです。
一方ADX3000はダイナミック型で、ドライバーの重心が耳元間近に集中して、外周は薄いバッフル材のみなので、側圧はそこまで強くなくてもピッタリ寄り添うような快適な装着感が得られます。ヘッドバンドは意外と堅牢にガッシリと作られており、しかも前後アーチの間隔を広くとってあるため、負荷を分散して頭頂部を圧迫しないあたりも上手く考えられています。頭を動かしてもフィットが崩れず、つまりサウンドも乱れないあたりも長時間使用する際の快適さにつながっており、このあたりの設計ノウハウはやはり老舗メーカーの強みを実感します。
ADX5000 & ADX3000 |
グリルのリング部品の違い |
デザインと装着感はADX5000とほぼ一緒なので、遠目では見分けがつきません。ADX5000はハウジングのグリル周辺に銀色のリングがあり、イヤーパッドはアルカンターラ素材を採用しており、一方ADX3000はグリル自体が立体的に盛り上がっている形状で、イヤーパッドはベロア素材なので若干安っぽく感じます。
ケーブルはA2DC端子で着脱可能な6.35mmの3mストレートタイプが付属しており、バランスケーブルなどは別売になります。
イヤーパッドの違い |
ドライバーは一見同じようですが |
イヤーパッドを外すとダイナミックドライバーの金属グリルと周辺バッフルが見えます。
公式サイトによると、どちらも58mmダイナミックドライバー、タングステンコーティング振動板という構成は共通しているようで、違いとしてはボイスコイル部品がADX5000はパーメンジュール磁気回路、ADX3000は純鉄ヨーク磁気回路と書いてあります。
この磁石素材の違いは密閉型ATH-AWKTとATH-AWKSでも同様に差別化されていたのですが、本当にそれだけでここまで大きな価格差と音質差を生み出しているのか、他にも細かい変更点があるのかは不明です。
ちなみにハイエンドヘッドホンの多くはドライバーをハウジング前方に傾斜配置することで(ゼンハイザーHD800が一番わかりやすい例です)、音が前方から鳴っているような擬似的な奥行きを生み出しているのですが、ADX5000・ADX3000はドライバーがハウジング中央で顔に対して平行に配置されているため、ドライバーが発する音を余計に反射させず、耳穴にダイレクトに届けるメリットがあります。
完全開放デザインでハウジングからの反射音も極力避けることで、ドライバーの純粋なポテンシャルを最大限に引き出すようなデザインを目指しているのでしょう。
AD2000X & ADX3000 |
AD2000X & ADX3000 |
せっかくなのでAD2000Xとも比較してみました。やはり十年以上前のモデルとなると、だいぶ古臭く感じます。
ケーブルは着脱不可の直付けが当時は一般的でした。久々に箱から出してみたらイヤーパッド周辺の合皮が経年劣化で割れはじめているのがわかります。
AD2000Xを見るとわかるように、オーディオテクニカの大型ヘッドホンというと、ごく最近まではヘッドバンドに独自のウイングサポートというギミックを採用しており、これが賛否両論ありました。
バネ付きのパッドが左右から飛び出している仕組みで、側圧は金属アーチ、上下位置はウイングサポートという具合に役割分担するメリットがあります。
頭の形状が合う人なら、これ以上にないというくらい快適な装着感が得られるのですが、合わない人には全然合わないので、サウンドは気に入ったのに、これのせいで購入を断念した人もいるでしょう。とくに日本人の骨格には合うけれど、耳の位置が高い欧米人骨格だと、ハウジングが耳よりもだいぶ下に降りてしまうという不具合はよく遭遇します。
どのヘッドホンを買うべきかアドバイスするにしても、フィットの心配があるモデルは勧めがたいので、その点ADX30000のデザイン変更は嬉しいです。
付属ケース |
今回は実物の写真はありませんが、豪華な収納ケースが付属しています。15万円のヘッドホンとしてはかなり贅沢なアクセサリーだと思います。
ADX5000では年寄りくさい茶色のクッションケースでしたが、今回はアルミのスーツケースになり、だいぶモダンでかっこよくなったと思います。
インピーダンス
再生周波数に対するインピーダンスの変動を確認してみました。
公式スペックのとおり、ADX3000の50ΩとAD2000Xの40Ωに対してADX5000だけ420Ωと飛び抜けて高いです。
ADX3000とAD2000Xのみ表示してみると、公式スペックは1kHzでの数値だと思いますが、100Hz付近でインピーダンスが一気に上昇しているあたりなど、インピーダンスは違えど、ADX5000とADX3000の特性はよく似ていることがわかります。
電気的な位相変化で見ると、なだらかなAD2000Xと比べてADX3000とADX5000は急峻なのでドライバーの基礎設計が共通していることが伺えます。
どちらにせよ、どの帯域でもスペックのインピーダンスを下回っていないので、最近のヘッドホンアンプで駆動するなら問題ないと思います。一昔前のプリメインアンプとかCDプレーヤーのヘッドホン出力なんかは出力インピーダンスが100Ωなど高いことが多いので、ADX5000はそのあたりも考慮して高インピーダンス設計だったのかもしれませんが、さすがに2024年にもなってそのような古い装置を使ってヘッドホンを鳴らす人もいないでしょうから、ポータブル機器にも配慮した50Ωあたりが定着しているようです。
音質
今回の試聴では、開放型ヘッドホンということで家庭で使われることを想定して、Ferrum Audioの据え置きヘッドホンアンプシステムを使いました。
50Ωで98dB/mWというスペックなので、最近のDAPやポタアンでも十分な音量が発揮できると思います。
Ferrum Audio |
まず最初に大事な話ですが、このヘッドホンは完全な開放型デザインなので、音漏れは凄いですし、遮音性も全くありません。つまり相当静かなプライベート環境でないと本領を発揮できません。
自分の部屋がそれなりに静かだと思っていても、いざADX3000のような開放型ヘッドホンを使ってみると、空調ファンの音や道路からの騒音などが気になって音楽に集中できなかったりします。
スピーカーリスニングと同じくらい環境騒音に注意を払わないといけないため、私もその理由からADX5000を使う機会が減ってしまいました。
開放型ヘッドホンでも、たとえばフォステクスTH909などのように密閉型寄りのデザインに通気グリルを追加している程度のモデルなら遮音性もそこそこあるので、そのあたりは実際に試聴して許容できるか確認する必要があります。
逆に言うと、防音のスピーカーリスニングルームを持っているオーディオマニアこそ、夜間でスピーカーを大音量で鳴らせない時なんかにADX3000は最適です。
Link |
クリーヴランド管弦楽団の自主レーベルから新譜でWelser-Möst指揮の幻想交響曲を聴いてみました。
幻想なんて何枚も持っているから今更という人も多いと思いますが、定番の演目だからこそ、時代の変遷のドキュメントとして新譜を聴く価値があると思います。実際に演奏も録音音質もかなり優秀です。往年の名演をプッシュする気持ちもわかるものの、今作を聴くと、やはりクリーヴランドは凄いオケだと再確認できます。
ADX3000のサウンドについての第一印象としては、ADX5000とはあまり似ていない、意外と別系統のヘッドホンというイメージが浮かびます。
デザインやドライバー形状はそっくりなのに、ここまで音作りが違うのは想定外です。ADX5000の廉価版として購入するか迷っている人は、試聴するまで待ったほうが良いかもしれません。
たとえば一世代前のAD900X・AD1000X・AD2000Xというラインナップでは、全体的な方向性は共通して、周波数レンジの広さや描写の繊細さなどで価格相応の段階的なグレードアップ感覚がありましたが、今回ADX3000とADX5000では値段を知らされずにブラインドで比較試聴すれば好みが二分しそうなくらい性格が違います。
ADX3000のサウンドは、開放型らしい圧倒的な音抜けの良さと澄んだ透明感のある空気感の描写が印象的で、低音から高音まで周波数帯のバランスも適切で、オーケストラなど生楽器録音を聴いてもかなり完璧に近い真面目な音作りです。
この手のヘッドホンは高音がシャリシャリして低音が全然出ないという先入観がある人も多いかもしれませんが、実際はそうではなく、ドライバー単体の基礎性能に全振りしているため、全帯域を通して一体感がある自然な出音が味わえます。その点では、むしろ密閉型ヘッドホンの方がキンキンした派手なドライバーにボワボワと響くウッドハウジングなどバランスの悪い組み合わせでチューニングの帳尻を合わせているモデルが多いです。
スピーカーに例えるなら、ドライバー自体の性能が優秀で、できるだけキャビネットハウジングに頼らない設計が好ましいです。カジュアルなアクティブスピーカーで見られるような小さなドライバーに複雑なチャンバーハウジングで低音を盛るデザインは良い音がしません。
スピーカーの場合は大音量・大振幅を得るための大きな振動板を全帯域で歪みなく駆動することが困難なため、最高級のハイエンドスピーカーでもキャビネットとマルチドライバーによる設計が主流になっています。ところがヘッドホンであれば音量も振動板も小さくて済むため、ドライバー単独でハウジングにほぼ依存しない、スピーカーでは実現不可能な設計も実現できるようになり、それがADX3000の目指している理想形のようです。
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Sono Luminousレーベルの新譜「Persist」をDXDファイルで聴いてみました。このアルバムはフルート奏者Loggins-HullとETHEL弦楽四重奏団による現役作曲家のコミッション作品集で、フルートと弦楽器のどちらもキレのある技巧派なので、まさに高音質録音の真髄といった感じです。
現代作曲家といっても奇をてらった不快な音楽ではなく、どちらかというとミニマルでアンビエントな作風が多く、日本からも宮嶋みぎわが素晴らしい組曲を提供しています。
ADX3000の音質についての話に戻ると、音色に関しては精密な高解像系といった感じで、色艶や響きの美音効果はあまり感じられません。厚みより余白、演奏の周囲や背景の空気感が楽しめるような鳴り方です。とくに上で紹介したような高音質・超ハイレゾ録音では尋常でない透明感と臨場感が味わえます。
このあたりがADX5000とだいぶ異なる部分で、私の勝手な印象としては、ADX3000はどちらかというとレファレンスモニター的な完成度、たとえばATH-R70xの上級進化版のように思えてきます。
R70xは好きだけれど、オンイヤーパッドやウィングサポートヘッドバンドが合わないとか、ケーブルなど全体的に安っぽく見えて敬遠していたり、もしくは、サウンドが地味すぎて今ひとつ勢いや充実感が足りないと思っていたなら、ADX3000は全方面の上位互換としておすすめできます。
とくにR70xはHD600やDT880などと同様に出音が淡く線が細いため、リスニングヘッドホンとして勢いや迫力に物足りなさもあり、そのあたりがADX3000では大幅に改善しており、強弱のコントラストや音量を上げた時のドライブ感が充実しています。それでいてクセが少なく、全体のバランスや解像力は崩れないため、実はプロ用モニターヘッドホンとしてもかなり有力な候補なのではと思えてきます。たとえばクラシック音楽などのマスタリング工程でHD600を使っているエンジニアは多いですが、同じ用途にADX3000も導入してみれば、とくにハイレゾ録音の調整や評価にだいぶ役に立つと思います。
一番肝心な点は、やはりオーテクが言うだけあってドライバー性能が異常に高く、ハウジングが邪魔をしていないことが明らかに実感できるあたりです。私も新興メーカーのハイエンドヘッドホンを試聴する機会がありますが、ドライバーの基礎性能の低さをあれこれギミックで誤魔化そうとしているヘッドホンがやたら多いです。そこそこ悪くない仕上がりでも、そもそもドライバーの限界がボトルネックになっていて、それ以上が望めないというわけです。オーテクのベーシックなドライバーをOEMで密かに搭載しているメーカーも案外多いと思いますし、相応の価格設定であれば悪いことではありませんが、やはり最高峰のドライバー性能をダイレクトに実感できるという点でADX5000・ADX3000は類を見ない存在だと思います。
ADX5000とADX3000 |
冒頭でADX3000とADX5000では鳴り方がだいぶ違うと言いましたが、では具体的になぜそう思えたのか聴き比べてみます。
まず決定的な違いとして、音色そのものの「濃さ」に関してはADX5000の方がだいぶ上です。
とくに歌唱の帯域は女性と男性のどちらもADX5000の方がはつらつとして暖かみがあり、ギターやピアノなどの楽器も色彩豊かで鮮やかに、まるでADX3000が線で表しているものをADX5000は見開きの立体で表現しているようです。良い音楽をゆったり楽しむという用途においては、やはりADX5000の方が高価なだけあって一枚上手のようです。
その一方で、一旦ADX3000の精密な鳴り方に慣れてからだと、ADX5000で同じを音楽を聴くと、なんだかADX5000自体が美音効果で柔らかくしているようで、録音の根底にまで触れていないようなもどかしさも感じます。精密デッサンのように最小単位まで解像するのではなく、水彩画のような柔らかさで色彩が混ざり合い、いい雰囲気に仕上がっている感覚です。
オーテクというと中高域の金属っぽさをイメージする人も多いですが、ADX5000が黄金や真鍮(つまり金管楽器)を連想する芸術的な響きだとすれば、ADX3000はステンレスとかチタン合金のようなハイテクで高性能なイメージが浮かんできます。実際そのような材質を使っているわけではないでしょうから、ここまで差が感じられることに驚きます。
思い返してみると、ウッドハウジングの密閉型モデルでも、ATH-AWKTとATH-AWASでだいぶサウンドの傾向が違うことに驚いた記憶があります。しかもこれらはハウジング木材の違いだけでなく、磁気回路がパーメンジュールか純鉄か、つまりADX5000とADX3000の違いと類似しています。このあたりの「スペック数値ではわからない風味」みたいな部分にオーディオテクニカの膨大な知識と技術が蓄積されているのだろうと思います。
ADX3000 & Hifiman Arya Organic |
そもそもの話ですが、ADX5000が登場した2017年はゼンハイザーHD800S発売直後ということで比較されることが多く、一般的な見解としてHD800Sよりもボーカル重視でゆったり楽しみたいならADX5000を勧めるような傾向がありました。圧倒的な開放感や軽快なフィット感といった点で両者は似ており、同等のライバルのような存在です。
その点ADX3000になるとHD800Sと似たようなシャープな高解像路線なので、音色の観点よりも空間表現の違いで自分の好みを選ぶべきです。どちらも非常に広い空間描写が体験できますが、音像の遠さに大きな違いがあります。
HD800Sは自分がコンサートホール観客席にいるような距離感が楽しめるのに対して、ADX3000やADX5000ではアーティストが間近にいて、その背後に広い空間が感じられるという違いがあります。どちらが望ましいかは音楽の録音スタイルにもよります。
それでは2024年現在、ADX3000のライバルはというと、HD800Sよりもむしろ平面駆動型と比較されることが多いと思います。
開放型の平面駆動型といっても、AudezeやDan Clark Audioは振動膜から鼓膜への圧迫感が強いので、ADX3000はどちらかというと上の写真のHifiman Arya Organicなんかがライバルとして思い浮かびます。実際に細かな描写やリニアな帯域レンジはどちらも同じくらい優秀なのですが、ADX3000はダイナミックドライバーだからか出音の指向性が感じられ、つまり平面駆動型と比べると、なんとなく左右がうまくブレンドするクロスフィード効果がかかったような前方定位が体感できます。
このあたりが、イヤホンユーザーからヘッドホンに移行した人は音が耳の真横からやってくる平面駆動型の方を好んで、スピーカーに慣れている人は音が前からやってくるダイナミック型を好む理由になっていると思います。
とくに最近は開放型ヘッドホンというと平面駆動型の独擅場のようなイメージもありますが、ダイナミックドライバー特有の立体的なプレゼンテーションは独自の魅力があると思います。逆に平面駆動型でこのブレンド感を真似ようとすると、ハウジングや出音面のグリル、パッドの厚みなどの小細工で調整する必要があり、ADX3000の高純度なダイレクト感と比べると、ドライバーから鼓膜までの間に余計なレイヤーが挟まっている違和感が生まれてしまいます。
ダイナミック型と平面駆動型のどちらも、これ以上高価なモデルになっても、それこそ希少木材とかの付加価値を除けば設計技術が大きく変わるわけでもないので、ADX3000は理想的なダイナミック型らしさを代表するサウンドだと言えると思います。
アンプに関しては、ADX5000と比べてインピーダンスが下がったので電流ドライブ能力や出力インピーダンスの影響を心配していたら、意外と大丈夫なようで、そこまで強力なアンプが必要とは感じませんでした。ダイナミクスの観点からはアンプのノイズフロア側や微小信号の歪みが目立つタイプなので、高出力よりもノイズの低いアンプが望ましいです。そのあたりもモニターヘッドホンと似ています。もちろん真空管アンプで思いっきり歪ませても良楽しいと思うので、そういった意味ではアンプの特性をストレートに届けてくれる素直なヘッドホンです。
それよりも、個人的には音源やラインソース側の品質が結構気になってしまい、できるだけ高音質音源を聴きたくなるヘッドホンだと思いました。アナログレコードとか80年代ポップスとかを聴くのなら、オーテクでもウッドハウジング密閉型モデルの方が良い感じに仕上げてくれるので、そのあたりの棲み分けが上手くできていると思います。
ATH-AD2000X |
相当古いモデルになりますが、一応AD2000Xとも比較してみました。アップグレードを検討しているオーナーもいるかもしれません。
ADX3000と比較する前に、まず驚いた点があります。このAD2000Xは自前のもので、長らく死蔵していたのですが、今回Ferrum Audioの最先端ヘッドホンアンプシステムで駆動してみたことで、意外なほどに大きな音質向上を体験できました。
2012年のAD2000X発売当時というと、単独のヘッドホンアンプすら珍しく、たしか私もLehmann BCLとかを使っていた記憶がありますが、多くの人はプリメインアンプやCDプレーヤーのヘッドホン端子を使用していたと思います。高価な据え置き機器ならきっと高音質だろうと盲信しているのかもしれませんが、中身のヘッドホン回路はチープなオペアンプや抵抗だけで、出力インピーダンスも異常に悪いものがほとんどです。
今回あらためてそういう古風な方法でAD2000Xを鳴らしてみると、案の定ギラギラしたピーキーな鳴り方になったので、当時の記憶は間違っておらず「ああ、この音だ」と懐かしく思えてきました。この頃のイメージを引きずって「オーテクといえばこういう音」という先入観が残っている人も多いです。
ようするに、古いヘッドホンを持っている人は最新のアンプで駆動してみるべきですし、逆に高価なヘッドホンをあれこれ買い替えてもアンプ側が不十分だと能力を引き出せません。
話をAD2000XとADX3000の比較に戻しますが、最新アンプでAD2000Xの性能アップが感じられたと言っても、やはりADX3000とでは明らかな格差があります。端的に言うと、AD2000Xはずいぶん「雑」に感じます。
鳴り方の雰囲気は良いですし、音楽鑑賞が楽しめないわけではないのですが、ADX3000と比較すると、帯域ごとの挙動がバラバラで、音の広がり方も前後左右に奔放に飛び回るように、落ち着きがなく感じます。弦や金管楽器の鮮やかな鳴り方はオーテクらしいとして、それらが前方音場の背景からリアルに浮かび上がってくるのではなく、四方から大雑把に発せられる感覚があり、演奏に集中するのが難しいです。当時としてはかなり優れたサウンドだったので、同じメーカーでも十年経てばここまで進化するのかと関心します。
AD2000Xの基本的なコンセプトは保ったまま、この部分はこうあるべきだ、と一つ一つの要素を改善していくような方法で、ADX3000は周波数帯域の軸と時間軸がきっちりと揃ったサウンドに進化しています。
A2DCケーブル |
それでもやはりADX5000の時と同じように、ADX3000でもAT-B1XAに交換すると全体的に音の充実感が増すような効果が感じられるため、一度は試してみてもらいたい優秀なケーブルです。
付属ケーブルもそんなに悪いものだとは思えませんし、最近は6.35mmや4ピンXLRよりも4.4mmを使いたい人も増えていると思うので、この機会にオーテクにはAT-B1XAと同等の線材で1.5mくらいに短くして価格を抑えたような4.4mmアップグレードケーブルを公式で出してもらいたいです。A2DCは優れた端子だと思うのですが、社外品ケーブルの選択肢が少ないのが難点です。(上の写真の4.4mmケーブルはたしかATH-AP2000Ti付属品です)。
おわりに
オーディオテクニカATH-ADX3000は上位機種ATH-ADX5000の設計思想が余すことなく反映された素晴らしいヘッドホンです。
ADX5000自体が発売以来ずっと高評価を得てきたヘッドホンなので、そこから大きく改変すべき点も思い当たりませんし、むしろ価格を抑えるための材質や構造のコストダウンが感じられないのがすばらしいです(イヤーパッド素材くらいでしょうか)。
音質面ではADX5000とは方向性が異なり、単なる廉価版としてADX5000の存在意義を奪っていないあたりも優秀です。ADX3000がどちらかというと高解像ハイエンドヘッドホンの王道を追求しているのに対して、ADX5000はもっと嗜好品としての趣味性が強く、じっくり試聴して音色の表現に惚れ込んだ人だけが選ぶようなモデルとして棲み分けができています。
文中でも触れましたが、当時HD800Sに対して別路線の魅力を提示したのがADX5000ならば、ADX3000はもっと近代的で、汎用性が高く、トータルバランスの良さにおいて失敗の無いヘッドホンなので、音楽鑑賞からプロ用モニターヘッドホンまで幅広く活用できます。
15万円という値段も、モニター系のヘッドホンとしては上限といったところで、これ以上高価だと性能よりも高級品・嗜好品の部類になってくる絶妙な価格設定だと思います。15万円は決して安くはありませんが、ラグジュアリー的な無駄使いではなく、音質と装着感におけるコストパフォーマンスは悪くないと思えます。
冒頭でも述べましたが、唯一の弱点として、かなり静かなリスニング環境が必要なので、実際に有効活用できる場面は限られてしまうかもしれません。
ところで、余談になりますが、昨今のワイヤレスイヤホンブームの中にあっても、オーテクは精力的に有線ヘッドホンを出してくれているのは嬉しいです。しかしそれらに見合うレファレンス的なヘッドホンアンプ機器を長らく出していないのが残念です。
2020年のAT-BHA100も中途半端に生産終了になりましたし、低価格な卓上アンプも一昔前のラインナップと比べて勢いがありません。超高級なAT‐HA5050とか1200万円の「鳴神」システムなどはありますが、上述のとおり、ラグジュアリーに足を踏み入れる一歩手前の実用的なモデルが不在です。
ストレートに高性能で素人でも扱いやすい、入力選択とボリュームノブのみで余計なギミックの無い、量販店でも手に入りやすい、10万円台くらいのレファレンスDACアンプがあればいいのにと思っています。
とりわけオーテクのヘッドホンはロングセラーとして幅広いユーザー層が興味を持つような製品なので、ADX3000は私としても上級ヘッドホンに興味がある素人に「DACアンプとのパッケージ」として提案したくなるモデルです。装着感、信頼性、明らかな高音質体験といったトータルで考えると失敗しない選択肢だと思いますが、そうなるとアンプをどうするか悩みます。中華系アンプだとモデルチェンジのペースが速すぎて自信を持って提案できません。
ダイナミック型の開放型というのはヘッドホンの中でも「王道中の王道」と思われながら、意外と期待できる新作が少なく、ADX5000、HD800S、Focal Utopiaを筆頭に、定評のあるモデルがロングセラーとして売れ続ける印象があります。今回のADX3000もそれらと同様に、これから相当長い期間、第一線で活躍してくれるヘッドホンだと思います。AD2000Xの例を見習うなら後継機はまた12年後でしょうか・・・。
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