2025年1月29日水曜日

2024年によく聴いたクラシックの高音質新作アルバム

例年通り、この一年間にリリースされたクラシック新譜でとりわけ演奏や音質が良かったものをジャンルごとにいくつか紹介します。


優れたアルバムの多い一年だったので、ぜひハイレゾダウンロードやストリーミングなどで聴いてもらえると嬉しいです。

2024年のクラシック

年が明けて2025年になり、実家への帰省から戻ってきたので、自分のJRiverデータベースを確認してみたところ、2024年に購入したアルバムは300枚くらいで、そのうちの半数以上が2024年の新譜なので、ほぼ例年と同じようなペースだったことが判明しました。クラシック音楽の録音業界は衰退しておらず、しっかり前進している一年だったと思います。

もちろんアーティストやレーベル運営の内情はわからないので、このまま継続できる業態として成立しているかは不明ですが、作品自体の演奏や音質に関しては素晴らしいリリースに恵まれた一年でした。

クラシック音楽の場合、ライブやスタジオ収録からアルバム発売まで、大手だと二年、独立系レーベルだと一年ほどの製作期間が一般的なので、とくにコロナ後の一年間は停滞気味で心配になりましたし、その後も中小レーベルの統合やダウンロード販売サイトの縮小、Apple Music Classicalの登場など、行き先が不安定な状況が続きました。

その頃と比べると2024年はだいぶ落ち着いた通常運行といった感じで、市場に目立った変化も無く、私の場合だと、毎週金曜日に各レーベル販売サイトなどを巡回して、気になった一週間の新譜を購入するというルーチンワークが続いた一年でした。

CDでしか買えないリリースもタワーレコード限定以外はほぼ無くなり、ほとんどのアルバムがストリーミングサービスでも聴けるようになってきたので、今回紹介するアルバムも、興味を持ったら手元のスマホですぐに再生してみてください。

ちなみに今回ジャケ画像にアマゾンアフィリンクを貼っておきましたが(それくらい許してください)、アマゾンは物理盤とダウンロードとストリーミング、そして国内盤と海外盤といった複数の版違いが統合されておらず、ASINコードがバラバラなのが面倒です。アルバムを探すにしても、楽曲で検索すると何もヒットせず、指揮者で検索するとストリーミングがヒットして、オケで検索すると物理CDがヒットするなど、実際に売っているかどうかすら把握しづらいです。理想的には単一のリンク先から、プレビュークリップで試聴できて、サブスク契約者はそのままフルアルバムをハイレゾで聴けて、物理盤コレクターはCDやSACDなど版違いを選んで購入できるというのがアマゾンの目指すべき姿だと思います。

ストリーミングとダウンロード

CDなどの物理メディアを購入する人が絶滅したように、最近では私のようにレーベルサイトやダウンロードショップからFLAC・DSFをダウンロード購入する人もだいぶ減ってきただろうと思います。

私の場合、ダウンロード購入の方がアーティストやレーベルへの還元が大きいからというポリシー的な意識も多少はありますが、それ以上に、相変わらずストリーミングサービスはクラシックファンに不親切で使いづらいため、現状のフォーマットでは、たぶん永遠に乗り換えるタイミングが来ないというのが率直な感想です。ロックやポップスなどでは問題無いと思います。

鳴り物入りで参入してきたApple Music Classicalも、あれ以来目立った動きも無く、興味をひくようなプロモーション企画なども記憶にありません。現状で唯一使えそうなのはPrestoのストリーミングサービスだと思いますが、あちらは逆に堅実な中小企業すぎて、UI・UX方面が弱いです。

e-OnkyoとQobuzの統合も済んだようですが、QobuzやTidalのインターフェースもクラシックファンには不親切で、自分が聴きたいアルバムよりも、あちらが聴かせたい楽曲ばかり推してくるので面倒です。新譜チェックに便利かと思い契約してみたものの、結局アプリを開いたのは一年間で数回に留まりました。

最近流行っている曲を開拓できるという点ではストリーミングのインターフェースは良いと思うのですが、私みたいに既存のライブラリーから乗り換える人にはなかなか使いづらい状況です。

小説や漫画に例えるなら、出版社や雑誌シリーズ、年代や加筆改訂版など、様々な方面から絞り込みやリストアップした状態を呼び出したいわけです。それが現状では「作者やタイトルで検索すると一巻ごとにバラバラで人気順に表示され、それだけでも面倒なのに、その合間に他の無関係のトレンド上位アルバムが勝手に挿入されている」みたいな感じで使いづらいわけです。

私のJRiverのように「1960年代のデッカのステレオのオペラを作曲家順に表示」「Living Stereoの2010年リマスター版をカタログ番号順に表示」といったことができれば理想的です。

もう一点、Bandcampやレーベル公式サイトに行く大きな理由のひとつに、リアルタイムな近況が把握できるというメリットがあります。アーティストやオケのツアー公演情報や、制作中のレコーディングセッション、今後のリリーススケジュールなどがが把握できるランディングページはファン層にとって重要なのですが、ストリーミングだとその部分が欠落しています。

DLNAサーバーとレンダラーの関係性のように、TidalやApple Musicのようなサービスを中核において、それらのAPIを活用して独自のライブラリーアプリやキュレーションサービスを実施できるような仕組みがあれば良いと思うのですが、(たとえば、個人やレーベルが提供するプラグインをインストールすると、特設インターフェースやカタログ表示ができるなど)、しかし、それをやっても儲からないので難しいのでしょう。

WiiM Ultra

家庭用オーディオNAS市場もだいぶクラシックファンに浸透してきました。相変わらずRoonが強いですが、数年前はBluesound、2024年はWiiMが各メディアでかなり積極的にプッシュされており、目にとまった人も多いと思います。

WiiMは私もちょっと試してみたところ、やはりストリーミングサービスと同じで、ナビゲーション操作がポピュラー音楽寄りに特化しており、クラシックファンは使いづらいです。ハードウェア自体もカジュアルに使うなら良いと思いますが、オーディオファイル的にはトランスポートとしてもうちょっと電源周りなどに安心感のあるデザインが欲しいところです。現在Sonosが炎上中なので、その乗り換え需要に良いかもしれません。

Eversolo DMP-A6

もっと多機能な機器では、Eversolo DMP-A6はだいぶコスパが良くて驚きました。大きな6インチタッチ画面に、高速ARM Cortex-55にAndroid 11、ユーザー交換可能なNVMeドライブといった具合に、高性能DAC内蔵のネットワークストリーマー・トランスポートでここまで充実していて10万円台だと、DELAとかFidataがだいぶ古臭く感じます。

オーディオグレードというだけで高価だったブランド品でも、いざ蓋を開けてみると貧相で時代錯誤な製品が多かったので、ネットワークオーディオが浸透してきた現在では、むしろ低価格な新興メーカーの方がIT機器としての技術力や作り込みが優れているという逆転現象が起こりつつあります。

Eversolo以外にも新興メーカーが続々と増えており、快適なレスポンスのタッチスクリーンインターフェースで、自前の音源ファイルコレクションと各種ストリーミングサービスを柔軟に切り替えて聴けるというのがオーディオファイルの近況のようです。

動画配信

クラシックにおける動画配信サービスは今後の見通しがよくわからない過渡期にあると思います。

すでにあるサービスはクラシックファンやオーディオマニアが十分満足できる音質と映像レベルに到達しているので、今後そのクオリティを維持しながらコンテンツを拡大していくポテンシャルはあるのかというあたりが気になっています。

Berliner Philharmoniker Digital Concert Hall

medici.tv

ここ1~2年のあいだに、ベテランクラシックファンのあいだでベルリンフィルの配信サービスMedici.tvがだいぶ普及しているようです。

私自身、年末年始に身近なクラシックファンの自宅にお邪魔させてもらったところ、まったく無関係の、しかも年齢層もだいぶ違う二人の家で、どちらもベルリンフィルのストリーミングを鑑賞することになったのには驚きました。(奇遇にも、どちらも12月14日公演のネルソンズ指揮ブルックナー8番でした)。

アルバムリリースと遜色ない音質で最後まで通して楽しめたのですが、その友人によると、毎週の定期公演プログラムが年間シーズンの先の方までしっかり把握できるというのが、モチベーションを維持する上で重要なようです。

Medici.tvの方もウィーンフィルのニューイヤーコンサートを配信するなど、週一回ほどのペースでライブ公演を放送して、残りはドキュメンタリーやインタビューで埋めるという、NHKとかのオンデマンド手法に近いです。ただし一ヶ月先までしかプログラムが公開されていないので、年間サービス契約としてはギャンブル性が高いです。(どうでもいい余談になりますが、Medici.tvの親会社はLVMHなのにメインスポンサーがロレックスというのは時計ファンには意外性があります)。

それにしても、これらライブ公演配信のおかげで、まるで欧州サッカーファンのように夜中に起きて生中継を見るクラシックファンが増えたのも面白い光景です。後日アーカイブで観覧もできるのですが、そちらが公開されるまで時間が開いたり、権利関係の事情で一部演目がカットされたりなどもあるため、ライブで見たいというのも理解できます。

Medici.tvの方はクリーヴランドやコンセルトヘボウなど錚々たる演奏が鑑賞できますが、定期公演の生配信という形ではないので、ちょっと消化不良な感じもありますし、ベルリンフィルの制作チームと比べると音質や映像のクオリティにもばらつきがあります。

個人的には、ベルリンフィルの配信プラットフォームの中で、ホールに遠征に来た別のオケも配信してもらいたいのですが、権利関係をクリアするのが難しいのでしょう。もしくは収録配信システム一式を他のホールにも常設してくれれば良いのですが、欧州だけだと毎週の公演時間が被るので競合になってしまうという問題もありそうです。

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ベルリンフィルはストリーミング配信した演目を後日パッケージメディアとして販売するあたりも抜け目なく、2023年はペトレンコのラフマニノフ集が良かったですし、現在ライブで進行している指揮者リレー方式のブルックナーサイクルも今後の発売が楽しみです。

2024年は小澤が亡くなったということで、以前のアバドと同様に追悼ボックスセットが登場しました。80年代の放送用録音が中心なので未公開が多く、音質も良好です。それにしてもアバドは長年の常任だったのでわかりますが、客演だったにもかかわらず小澤へのリスペクトが凄いですね。ブックレットには村上春樹のコメントも入っているなど充実したセットです。

アルプス交響曲だけ単体でダウンロード販売され、ボックスリリースをほのめかし、その後物理ボックスの予約が始まり、そちらの発売後にハイレゾFLACダウンロード販売が始まるというあたりは、商魂たくましいというか、まるで心理戦のごとく上手く練られていると思います。内容が良いので文句は言えません。

ちなみに物理ボックスだとブルーレイ映像もあるのですが、メンデルスゾーンのエリヤなので、きっと途中で寝てしまうと思い、私はダウンロード版で満足しています。

オーケストラ作品

交響曲などオーケストラ系の新しい録音で良かったアルバムをいくつか紹介します。できるだけ演奏だけでなく音質も良かったものを取り上げてみました。最近でも音が悪いリリースは意外と多いので、録音機材が進化してもレコーディングエンジニアの手腕による部分が大きいのでしょう。

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2024年はシェーンベルクの作品が充実した一年でした。2022年に多くの国で著作権が切れたので、演奏される機会が一気に増えたという事情もあります。

ドイツグラモフォン(DGG)のFabio Luisiは浄夜、PentatoneのRafael Payareは浄夜とペレアス、AlphaのP. Jarviはペレアスとフォーレのペレアスといった具合に、リリースが充実していると色々聴き比べできるのが楽しいです。

最近だと同様の理由でバルトークやシュトラウスのアルバムが急増したりなど、没後70周年コンサートというと単純な追悼だけでなく楽譜が無料で使えるという実利面も背景にあったりします。直近ではシベリウスの著作権切れが2027年に迫っているようです。

出版社側も楽譜に新たな著作権を取得するために「決定版」とか「原典版」と称して改訂版を売り出したり、さらに日本で演奏する場合は50年と敗戦国の戦時加算が10年あったりなど、完全にパブリックドメインな演目かどうかという判断は意外とややこしいです。昔だったら、パブリックドメインになってもパート譜が入手できず、結局有料でリースすることになったりしたのですが、最近はデジタル版やIMSLPを中心にそのあたりが手軽になってきてオケが演奏できるレパートリーの幅もだいぶ広がったと思います。

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上のLuisiのシェーンベルクの他にも、こちらYannick Nézet-Séguinのブラームス交響曲集など、最近のDGGはオーケストラ系でだいぶ良い方向へ変貌を遂げているように感じます。

同じユニバーサルグループのデッカと比べても、レーベルごとに企画や音質面でも独自の個性が出てきた気がします。

もちろん録音や編集自体は別の制作会社に委託していることが多いのですが、それでも最近のDGGは音量のダイナミクスを広くとってライブ感のある作品が増えており、オーディオ的にも聴きごたえがあります。

ネゼセガンは昨年のフィラデルフィアとのラフマニノフ集も大変素晴らしく(ベルリンのペトレンコのセットよりも好きです)、今回COEとのブラームスは室内オケらしく軽快で精密な演奏が楽しめます。重厚な王道ブラームスを期待している人は、弦の数が少なすぎて、ステーキのつもりがヘルシーサラダのように感じるかもしれませんが、解像感の高いハイレゾ録音のおかげで全セクションの役割が奥まで手に取るように聴き取れて飽きさせません。こういうのも最近の高音質録音と優れた再生機器でこそ実現できる新たな作風だと思います。

NativeDSD Store

Marek Janowski指揮ドレスデンのシューマン交響曲集はPentatoneによるDSD64ファイルがNativeDSDショップから購入できます。全集なので結構高価ですが、その価値はあります。

Janowskiはオケ次第で性格が大きく変わるのが面白いですが、ドレスデンとはハッキリしたテンポ感のコントロールが効いた演奏が楽しめ、起伏の強い激情風シューマンが苦手な人も今作なら楽しめると思います。私はシューマンならスイトナーが好きで、今作もそれに近い魅力を感じます。

NativeDSD Store

Channel ClassicsとIvan Fisher指揮Budapest Festival Orchestraのコンビは快調で、2024年ベートーヴェンのエロイカは高音質録音の代表格として自信を持っておすすめできます。演奏もスカッとした威勢の良い解釈で素晴らしいです。

世界最高峰の指揮者とオーケストラというだけでなく、最新機材とホール音響を熟知した制作チームとの二人三脚で数々の名盤を作ってきたレーベルなので、DXD録音のポテンシャルを最大限に引き出してくれます。DXD対応DACを持っているのに聴くアルバムが無いという人は、ぜひNativeDSDショップから2ch DXD FLACファイルを買ってみてください。オーディオ機器の試聴テスト用としても末永く活用できます。

エロイカの録音は星の数ほどありますし、私も個人的にどれかひとつ選ぶならベームとベルリンのが生涯の友ですが(タワーSACD PROC-2326/7)、今回紹介したフィッシャーは録音芸術の最先端を体験できる名盤です。

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Ivan Fischerを紹介したなら、弟のAdam Fischerも忘れてはいけません。2024年は手勢のドュッセルドルフとシューベルト1番とドヴォルザーク9番のカップリング盤を出しています。シューベルト1番は地味なのでアルバム自体を見落としがちですが、新世界の方はよく動く新鮮味のある解釈で良い感じです。

彼は昔Nimbusでハイドン交響曲を104番まで全曲録音という偉業を成し遂げたことで有名ですが、最近はNaxosでデンマーク国立室内管弦楽団との新しい録音を始めており、四作目の102, 103, 104番はかなり良かったです。

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シリーズの続編でいうと、OnyxからDausgaardとBBCスコットランドのバルトーク集も2021年から久々に三作目が出ました。今回はカカシ王子で、これまでと同様にホットなドライブ感のある演奏です。個人的にBBCオケは本家よりもスコットランドの方がパワフルで好きです。Onyxのサウンドも相変わらず鮮やかで、往年のデッカやフィリップスを彷彿とさせる風格がある音作りはOnyxが最後の生き残りかもしれません。

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他にも注目しているシリーズものでは、MyriosレーベルからFrançois-Xavier Roth指揮ケルンのブルックナー集も2024年は1,2,9番が登場、すでに3,4,7が出ているので完成も間近です。

このシリーズは賛否両論あり、私の身の回りでもアンチが多いのですが、私は結構好きで聴いています。カラヤン的な流麗な輝きとは正反対で、あれこれ細かくテクを入れて動くタイプなので、聴き慣れた楽曲の新たな側面を知ることができます。

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ブルックナーは他にも良盤があり、とりわけVladimir Jurowski指揮RSOベルリンの7番(自主レーベル)とJakub Hrusa指揮バンベルクの9番(Accentus)をおすすめしたいです。

ユロフスキーはポップなジャケットのわりに中身は本格的な演奏です。金管の咆哮も良いですが、それ以上に弦がツヤツヤに甘美な音色を奏でてくれるので、まるでスメタナやドヴォルザークを聴いているかのようです。特に7番は次々と美しい旋律が現れる曲なので、フレーズごとに、この次がどうなるのかと気になって最後までじっくりと楽しめた一枚です。

フルシャは前回の4番では版違いバージョンを全部詰め込んだ4時間超の長尺リリースでしたが、今回の9番は異稿が無いため通し演奏だけのシンプルなアルバムなので買いやすいです。演奏は上のユロフスキとは対象的に、弦などもまるで定規で引いたように縦の線がピッタリと揃っており、これはフルシャとバンベルクの録音全般に言えることなのですが、最初はかなり暗くこもっているように感じるのですが、そこから肝心な時の爆発力がすごく、しかもそういった大迫力の場面でも、ストレスが無く、まだまだ余裕が感じられるのが凄いです。ブルックナーに宇宙的なスケールを体感したい人はぜひおすすめしたいです。

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オケの自主レーベルも良盤が多いので、メジャーレーベルだけ注目していると見逃しがちです。録音制作チームは大手と同じだったりするので音質面でも引けを取りません。たとえばFranz Welser-Möst指揮クリーヴランドの幻想交響曲は正直侮っていたところ、すごく良いです。

幻想なんて名盤をたくさん持っているという人も聴いてみる価値があると思います。全体的に、勢いに任せず精密な機械仕掛けのような演奏技術でありながら、標題音楽として効果的な小細工を随所に散りばめているため、ベルリオーズがまるでシュトラウスやプロコフィエフの時代に思えてしまような斬新な演奏です。

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ショスタコーヴィチも良盤があります。ChandosからJohn Storgards指揮BBCのシリーズが続いており、今回は13番が出ました。13番といえば合唱が重要な演目で、今作では世界最高峰のエストニア国立男声合唱団を起用しているため、圧倒的な腕前と大迫力が味わえます。

一方DeccaからはKlaus Mäkeläとオスロの4,5,6番です。これらメジャーな演目はデッカらしい重厚なサウンドとの相性が良いです。ヘッドホンでは伝わらないと思いますが、大型フロアスピーカーでは重低音の地鳴りが凄まじいので、やはりオケはスピーカーオーディオで鳴らす重要性を実感します。Hi-Fi的には最近だとDGGのNelsonsボストンとかの方がクリアで派手だと思いますが、こちらMäkeläは濁りのようなものがかえってエネルギーを感じさせます。

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ロシアもの続きで、Fuga Liberaレーベルの白黒写真のウラルのシリーズが結構気に入っています。Ural Youth SymphonyとUral Philharmonicの録音があり、どちらも腕前は確かです。

ラフマニノフやミャスコフスキーなどの管弦楽を中心に、直近ではDmitry Filatov指揮Ural Youthのシテインベルクの交響曲3番とショスタコーヴィチのボルト組曲のアルバムは良かったです。とくにシテインベルクはショスタコーヴィチの師匠ということもあり、同様の緊迫感のあるスタイルながら、一部メロディアスな部分は昔懐かしい感じもあり、なんとなくリムスキー=コルサコフっぽいなと思ったら、実際にリムスキー→シテインベルク→ショスタコーヴィチという師弟関係だったそうなので、一貫する音楽スタイルの系譜というのが実感できました。

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Jordi SavallのAliaVoxからメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」というのは意外なリリースでした。ルネサンスやバロックに飽き足らず、最近は古典やロマン派まで手を出しているSavallですが、ベタな交響曲とかを独自解釈でやるよりも、こういった演目の方がライバルも少ないですし、スタイルに合っている気がします。王道の名演を聴きたければDGGの小澤をお勧めしますが、このSavall盤はバロック的に快活な演奏が音楽にストーリーの楽しさを加えてくれます。

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管弦楽作品の最後にとっておきの高音質盤を紹介します。Pablo Heras-Casado指揮マーラー室内管弦楽団のファリャとストラヴィンスキーのアルバムです。

このエラスカサドとマーラー管のコンビは前作ファリャ三角帽子のアルバムがものすごい音質で、ハイファイオーディオのデモ盤として決定的だったので、その続編である今作も相変わらずです。ファリャはチェンバロ協奏曲と「ペドロ親方の人形芝居」というレアな作品で、小曲の合間に歌唱がレチタティーヴォ的にちょっと入るという流れで、ファリャらしく効果音なども多く派手な作曲です。ストラヴィンスキーはプルチネルラ組曲です。ファリャは歌が入るのに、こちらは尺の都合か歌無しを選んだのは残念ですが、同様に活力のある作品です。

楽曲の派手さはもちろんのこと、マーラー管は指揮者との一体感や人間離れしたレスポンスの速さにいつも驚かされます。なんというか、昔のLiving Stereoのライナーとかを思い出させるHIFIショーケース的な楽しさがあります。

協奏曲

協奏曲アルバムというのは、やはりソリストのスター性が重要視され、音色や演奏解釈にも個性が現れやすいため、往年の伝説的名演と比較されてしまうと、最近のアーティストはなかなか苦労するジャンルです。

それでも2024年はシベリウス協奏曲で大物が三枚も出るなど活気があり、最先端の録音での聴き比べが充実します。

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三枚のシベリウスの中で一番メジャーなリリースではDeccaからJanine Jansenはプロコフィエフの1番とのカップリングで、Klaus Mäkelä指揮オスロという、現代を代表するスターを集めているあたり、さすが大手レーベルの貫禄は健在のようです。

ChandosからはJames Ehnesで、彼が今までシベリウスを録音していなかったことに驚きます。信じられない腕前を誇る完璧主義で、際立った自己主張や違和感も無いので、まさにお手本になるような演奏です。

さらにGramolaからはThomas Albertus Irnbergerです。こちらは室内楽が多いレーベルなので、オケ作品自体が珍しいのですが、Irnbergerは同レーベルでKorstickとのヴァイオリンソナタ集を着々と出してきた奏者なので、今回満を持して協奏曲をやってくれたのは嬉しいです。オケもDoron Salomon指揮ロイヤルフィルで、カップリングはKorstickとシベリウスの小品を合わせている充実したアルバムです。

これら三枚を比べただけでも、どれも現在もっとも充実している現役奏者ばかりで、ヨボヨボの老人とかではないので、クラシック音楽業界の活気と新陳代謝が実感できるようで嬉しいです。

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Ehnesはシベリウス以外にも2024年は二枚も出しており、かなり精力的に活動しているようです。

ChandosからAndrew Davis指揮BBCのストラヴィンスキーではアポロンも入っているので、そちら目当てで購入しました。残念ながらAndrew Davisは2024年4月に病気で亡くなってしまいました。BBCの顔として英国を代表する音楽監督というイメージが強く、世界を飛び回るスター指揮者という感じでは無かったのですが、あらためて自分のコレクションを眺めてみると彼が振ったアルバムの多さに驚かされます。Chandosからエルガーやヴォーン・ウィリアムズなどイギリス作曲家シリーズは今後語り継がれる偉業だと思います。

Onyxの方はArmstrongとのペアでベートーヴェンが終わったからか、今回はヴィオラを使ってシューマンとブラームスを演奏しています。驚異的な腕前はヴィオラでも健在で、この録音のために借用したストラディバリウスのヴィオラとSt. Jude's教会の音質はまさに極上です。

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大物のヴァイオリン協奏曲ではHarmonia Mundiも負けておらず、2024年はバイエルン放送との共同でIsabelle Faustのブリテンが出ました。Jakub Hrusa指揮バイエルンの堂々たるオケに、Faustの鋭角なヴァイオリンが映えます。ブリテンは自作自演のLubotskyとの録音がデッカにあるので、そちら本家と解釈の違いなどを聴き比べるのも面白いです。

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ピアノの方も大物リリースがありました。ソニーからIgor Levitのブラームス協奏曲1・2で、さすがソニーだけあって、Christian Thielemannとウィーンフィルという豪華な組み合わせです。Levitというと、インテリで偏屈なソロアーティストというイメージがありましたが、こういうベタな協奏曲でも遅れをとらず、勢いのある演奏を繰り広げてくれます。

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ECMからは、Alexander Lonquichの弾き振りでミュンヘン室内楽オケとのベートーヴェンの協奏曲集が出ました。

ECMということもあり、奇抜な解釈やスカスカのフォルテピアノとかを心配していたところ、意外と王道で安心できる演奏です。ミュンヘン郊外のランツフート市民ホールでの録音だそうで、狭いスタジオや仰々しい大コンサートホールとは一味違った、ベートーヴェンらしさを際立てるような優れた音質が楽しめます。

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ECMからもう一枚、Markus Poschner指揮ルガーノオケのアルバムも気に入って何度も聴きました。Anna Gourariとのシュニトケのピアノ協奏曲と、ヒンデミットの画家マティス・四気質組曲という充実した一枚です。

GourariはこれまでECMで出してきたソロアルバムがどれも一癖あるレパートリーだったので、今回シュニトケというのも納得できます。Poschnerは最近だとCapriccioからウィーンORFとのブルックナーシリーズをやっていて結構気になっていた指揮者なので、この風変わりな組み合わせは実にECMらしい異色作です。

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LSO Liveからはラトル指揮でバルトーク2番とロージャのヴァイオリン協奏曲です。ソリストRoman Simovicの名前は知らなかったのですが、LSOのコンマスだそうなので、このように脚光を浴びる機会があるのもオケ自主レーベルの強みでしょうか。下手な若手新人とかよりも腕前は超一流です。

ロージャというのはバルトークと同郷ハンガリー出身で、代表作にベンハーなどハリウッド黄金時代の映画音楽作曲家として有名ですが、ハンガリー民族音楽も取り入れ、ハイフェッツの委嘱作として書かれた骨太な協奏曲です。ちなみにオーディオ的には、バルトークがPCM96kHzでロージャがDSD256録音だそうなので、どのフォーマットで購入するのがベストなのか悩みます(私はFLAC 96kHzで買いました)。

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バルトークでは、Orchid ClassicsからYuri Zhislinはかなり激しい一枚です。ヴィオラ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲1番、ルーマニア舞曲のアレンジという構成で、ジャケット写真に劣らず精神統一した鋭く深みのある演奏が繰り広げられます。

余談ですが、オケはValery Poliansky指揮State Symphony Capella of Russiaとありますが、これは以前のソヴィエト国立文化省交響楽団のことで、ロストロポーヴィチ以降はPolianskyがずっと監督を行っています。ロシア国立交響楽団とも呼ばれたり、他にも似たような名前のオケがあったりで困ります。結構華やかなサウンドのオケなので、Zhislinの鋭いソロとのコントラストが良いです。

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BISはChristian Poltéraのプロコフィエフが良かったです。交響的協奏曲とチェロソナタという定番の組み合わせで、あいかわらずPoltéraらしく知的で繊細な解釈です。個人的には自己陶酔寄りの演奏よりも、こういった柔らかく懐の深いチェロが好みです。

ラハティ交響楽団は、ヴァンスカやオッコカムなど、シベリウスばかりやってる生粋のフィンランドオケというイメージがありましたが、今作ではドイツの指揮者Anja Bihlmaierが振っており、スムーズなチェロの下地にクッキリしたプロコフィエフらしいリズムを刻んでくれます。

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チェロつながりで、SWR MusicからLionel Martinのアルバムも良かったです。カバレフスキー2番とチャイコフスキーのロココ、ショスタコーヴィチのチェロソナタという、若干21歳の若手ソリストのわりに渋い選曲です。

SWR(南西ドイツラジオ)による新人企画ということで、そこまで期待していなかったのですが、上のBISのPoltéraと同様に繊細で落ち着いた演奏内容が大変気に入ったので、2024年で個人的に一番楽しめた協奏曲アルバムというと、これを選ぶかもしれません。ソナタでは弟がピアノを弾いているというのも微笑ましくて良いです。

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チェロでもう一枚、Harmonia Mundiからデュティユーのチェロ協奏曲も個人的にけっこう聴きました。ソリストはJean-Guihen QueyrasにGustavo Gimeno指揮ルクセンブルクというHarmonia Mundiのスターチームです。

ロストロポーヴィチのために書かれた協奏曲で、副題が「遥かなる遠い国へ」というだけあって、当時としてはかなり風変わりな楽曲かもしれませんが、現代人にとっては映画音楽なども連想されて親しみやすいです。カップリング曲にデュティユーの代表作メタボールも入っているので、入門としても聴きやすいアルバムです。

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協奏曲ジャンルの王道からはちょっと離れるかもしれませんが、Alphaのリゲティ集も良かったです。二枚組でヴァイオリン、チェロ、ピアノなど協奏曲メインで収録しています。

オケのアンテルコンタンポランというのもブーレーズ以来久々に聞いた気がします。(私があまり前衛とかを聴かないためでしょうか)。今回新たな監督として起用されたPierre Bleuse(名前がピエールブーレーズっぽくて紛らわしいですね)の指揮により、あいかわらず超絶タイトなアンサンブルを披露してくれるあたり、健在ぶりが伺えて嬉しいです。

オケ歌唱

オペラやオラトリオ系のアルバムはそこまで数が多くなかったので、ここでまとめておきます。とりわけグランドオペラ系の新作がほとんど無かったのは残念でした。ブルーレイ盤は色々あったようなのですが、私は映像だと繰り返し鑑賞しないので、ほとんど買っていません。

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まず大規模な作品では、PentatoneからMarek Janowskiとドレスデンフィルのシリーズでハイドンの天地創造が出ました。MDRライプツィヒ合唱団も参加しており、あいかわらず合唱技術の瞬発力と安定感がすごいです。ソリストはやはり往年の名盤の方が貫禄や個性が際立ちますが、こちらも全体のバランスとしては悪くないラインナップだと思います。個人的にはオケと合唱の堂々たる演奏をメインに存分に楽しめました。ヤノフスキだからかワーグナーを彷彿とさせる推進力が実感できます。

DXD録音なのでNativeDSDショップで購入できます。やはりこれくらいスケールの大きな作品だとDXDで聴いてみたくなり、実際その恩恵が感じられます。

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Signumから白地に丸いラベルのPaul McCreesh指揮Gabrieliのシリーズから、2024年はエルガーの大作「ゲロンティアスの夢」です。

エルガーらしくダイナミックかつドラマチックな作品で、録音もダイナミックレンジが非常に広いため、静かな環境で、本格的なオーディオシステムで堪能する価値のある一枚です。屋外でイヤホンで聴いたりしたら、環境騒音に埋もれて細かなパッセージがほとんど聴こえません。

これまでもSignum・McCreeshのシリーズはスケールの大きな演目を得意としており、ベルリオーズのレクイエムなどは個人的にお気に入りのひとつです。メジャーレーベルのように大衆向けにダイナミクスを圧縮することはせず、生演奏の迫力をそのまま録音作品として提供しているレーベルなので、まさにオーディオファイルなクラシックファン向けの一枚です。

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ゲロンティアスとよく対比されるメンデルスゾーンのエリアスもPappano指揮LSOが出ました。オラトリオの傑作として名高い作品ですが、私自身は正直そこまで魅力がわからず、あまり聴き込んでいません。単純に長すぎて眠くなるからだと思います。歌唱や演奏は当然のごとく素晴らしいです。

それでも、今作はDSD256録音ということで、好きな人はNativeDSDショップで買って聴いてみる価値はあると思います。ただしDisc 1とDisc 2でバラ売りしており、全曲買うと結構な出費になってしまいます。

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Harmonia MundiからRaphael Pichon指揮Pygmalionのモーツァルトレクイエムも印象深いです。レビュー雑誌などでたいそう褒めていたので、気になって聴いてみたところ、たしかにかなり派手でインパクトのある演奏です。

曲間にモーツァルトの他の合唱曲を挿入するなど小細工が多いアルバムですし、そこまで頻繁に聴く演目でもないので、私なら定番のベームとかで十分だと思いますが、それでもここまで派手な演奏はそうそう無いので、最新のオーディオ体験としても有意義なリリースです。

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宗教音楽系では、個人的にはシュッツを聴くことが多いです。2024年は対象的な三枚のアルバムがあり、それぞれ異なる魅力が楽しめました。三枚とも内容の被りが無いのも嬉しいです。

MirareレーベルからPhilippe Pierlot & Ricercar Consortというと、バッハなどで各声部ごとに一人ずつのソロ歌唱というスタイルで有名で、今作「Da Pacem」も例に漏れずソロ歌唱と楽器アンサンブルというスッキリした構成なので、旋律と音色の美しさに専念できます。

Harmonia MundiのGeoffroy Jourdain & Les Cris de Paris「David & Salomon」も基本的にソロ中心ですが、もうすこし豪華になっており、和声の厚みや変化する流れが体感できます。Youtubeで演奏風景の公式動画が上がっているので、こういう楽曲に不慣れな人も、一度映像で見ると親しみがわくかもしれません。

三枚目のDeutsche Harmonia Mundi(DHM)はフランスHarmonia Mundiとは別会社で現在はソニー傘下にあり、最近は新譜をあまり見ない印象があるものの、地味ながら着々と運営しているようです。今作Roland Wilson & La Capella Ducale/Musica Fiataの「Weihnachts Historie」はタイトルどおりクリスマスアルバムとして登場しましたが、後半は普通の宗教合唱曲も入っており、今回紹介する三枚の中でも一番ゴージャスに、大編成合唱も豊富に入れて、いわゆるバロック合唱曲といって想像されるスタイルです。

このように同じような楽曲でも演奏方法によって雰囲気や楽しみかたがだいぶ変わってくるので、バロックや宗教音楽が苦手な人でも、どれかツボにはまるスタイルが見つかると良いですし、さらに、バッハなどもも含めて、往年の巨匠の名盤・推奨盤とかは、学術的で退屈か、大規模で荘厳さを強調しすぎる(つまりどちらも眠くなる)傾向があるので、むしろ今回の三枚のような新しめの新鮮な演奏を聴いたほうが楽しめるかもしれません。私の場合はそうでした。

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ソニーからは錚々たるキャストでパルジファルです。近頃は王道オペラレパートリーの新録が減っている中で、こういう気合の入った真剣なリリースを出してくれるのは素直にありがたいです。

カウフマンもガランチャもだいぶベテランになってきたので、パルジファルのような堂々たる演目こそふさわしいです。ジャケ写真から想像するに、あまり映像では見る必要のないプロダクションのようです。最近は本当にこういうユニクロみたいな衣装の舞台が多いですね。

Philippe Jordanは個人的に大ファンな指揮者で、十年前にEratoでワーグナー管弦アルバムを聴いて以来、いつか彼のワーグナーオペラを聴いてみたいと思っていたところ、今作は期待を裏切らない仕上がりです。

ちなみに奇遇にも同時期にDGGからバイロイトのパルジファルも出たので、ファンにはたまらない一年でした。(どちらにもガランチャが出てます)。個人的にはソニーJordan盤が好きですし、マニアならきっと「クナには敵わない」と言うでしょうけれど、こうやって大手レーベルから高音質の新譜が選べるというのは嬉しいかぎりです。

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DGGからVerbier Festival Goldシリーズでデュトワ指揮2012年のペレアスがアルバムになりました。

デュトワの1990年デッカ録音と同様にかなり色彩鮮やかな演奏で、DegoutとKozenaもどちらもリリカルなので、もうちょっとダークで退廃的なペレアスを期待している人には合わないかもしれませんが、純粋に歌唱と演奏を楽しむだけでも聴く価値のあるリリースです。ペレアスは比較的マイナーなオペラだったのに、ここ数年で優れた新録に多く恵まれており、自分の好みで選べるというだけでもありがたい時代です。個人的にはAlphaのDumoussaudのが一番気に入っています。

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普段は超マイナー演目ばかり取り上げて、有名どころは避けてきたPalazzetto Bru Zaneレーベルから、今回は意外と王道なリリースで、マスネのウェルテルが出ました。しかも今作を指揮したGyörgy VashegyiはGlossaレーベルで個人的に一推しの指揮者なので、彼の名前を見ただけで迷わず買ってしまいました。

バロック系指揮者だから軽めの演奏かと思いきや、ハンガリー国立オケに、歌手陣もTassis ChristoyannisやVéronique Gensなど超一流揃いの非常に濃くドラマチックな演奏です。ウェルテル自体が有名なわりに意外と録音が少なく、往年のデイヴィスやプラソン盤くらいしか知らないという人も多いので、この新録を聴いてみる価値があります。

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ヤナーチェクのオペラも素晴らしいアルバムが二枚もありました。ラトルLSOは2020年の「女狐」に続いて今回は「カーチャ・カバノヴァー」で、激しくも美しい演奏を繰り広げてくれます。なんだか最近のラトルとLSOは本当に素晴らしい録音を連発してくれています(2025年のクルトワイルも凄かったです)。昔のLSO Liveと比べて音質が飛躍的に良くなっただけでなく、ラトルの指揮も細部の解釈にこだわらず、長く大きなラインで描いているようで、最盛期のカラヤンとかを彷彿とさせます。

Supraphonも負けておらず、Jaroslav Kyzlink指揮プラハ国立劇場の「ブロウチェクの旅」も、なかなか聴く機会もないレア作品で、ここまですごい歌唱と演奏を味わえるのは感謝しかありません。やはり本場チェコだけあってか、歌手陣とオケのどちらも歌詞に合わせて哀歓の抑揚があり、まるで演劇を鑑賞しているかのようなリアリズムが体感できます。

このような、インターナショナルな傑作オペラとしてのヤナーチェクと、チェコの心意気が感じられる国民作曲家ヤナーチェクという両端の解釈が同時期に味わえるというのは、まるで70年代にマッケラス・デッカとJilekやGregorなどのSupraphonが対比していた頃を思い出します。どの作曲家でもそうですが、単なる演奏技術やテンポなどの違いだけでなく、このように地域や風土の違いを聴き比べできるのもクラシックの醍醐味だと思います。

室内楽

2024年に聴いた室内楽のアルバムを振り返ってみると、なぜかブラームスがやたら多い一年でした。単純に私自身が好きでブラームスばかり買ったというわけではなく、Prestoなどで実際のリリース一覧を見ても圧倒的に数が多いです。流行っているのでしょうか。

特にヴァイオリンソナタやチェロソナタは毎月のごとく新譜が出てくるので、好きなアーティストだったとしても「またブラームスか」と、ありがたみが削がれてしまいました。

しかし、逆に考えると、これだけ多くのアルバムが出ているということは良盤に巡り会える機会も必然的に増えるわけで、実際に私の個人的な2024年ベスト室内楽アルバムも、案の定ブラームスになりました。

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ブラームスでもソナタではなく、このBISのGringolts Quartetによる弦楽五重奏が2024年のベストです。五人の旋律が複雑に入り組む楽曲なので、BISくらい透明感のあるハイレゾ録音でこそ魅力を最大限に引き出せます。

艶やかでメリハリの効いた演奏なので、よくありがちな鈍く退屈な教科書的演奏に陥りません。ブラームスには古典的作曲技法の極地としての形式美と、ドヴォルザークにつながる東欧の牧歌的な歌心という二つの側面があり、このアルバムはその二つを見事に両立しています。再生ボタンを押して最初の一音から「これはきっと良いアルバムだ」と予感できる一枚です。

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ブラームスはヴァイオリンソナタとチェロソナタだけでも優れた新譜が山ほど出たので、この機会に色々と聴き比べてみるのも良いです。正解はひとつではないので、音色や演奏スタイルを気に入った演奏者が見つかれば、その人の他のアルバムを追ってみることができます。

ヴァイオリンやチェロと同じくらいピアノ伴奏も重要ですから、あえてピアノだけに注目して聴いてみることで各演奏の方向性や狙いが伝わりやすかったりします。さらに、ブラームスのみか、シューマンと合わせるかなど、カップリング曲の選び方でもアルバムのコンセプトの違いが感じられます。

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リリースが多いためブラームスが続いて申し訳ないのですが、さらに二枚、まずOndineのピアノ四重奏はTetzlaffとVogtの一連のシリーズの終結になり、これまでのソナタや三重奏アルバムと同様に、甘く芳醇な音色を繰り広げてくれます。Ondineの録音ということもあり、楽器の美音が盤に収まりきらず爆発するような感覚です。残念ながらVogtが若くして癌で亡くなってしまったのですが、ものすごい遺作を遺してくれました。

La Dolce Voltaからは、おなじみの色違いジャケットのブラームス集でクラリネットソナタ・ホルントリオが出ました。このシリーズは2021年のVol.5で終わったと思っていたので、今回新たに管楽器を加えてVol.6が出たのは嬉しいです。

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珍しくタネーエフのピアノ五重奏に良盤が二枚ありました。NaxosはおなじみのSpectrum Concerts Berlinというグループ、Signumの方はSacconi Quartetで、どちらも申し分ない演奏です。個人的にはSignumがPeter Donohoeのピアノが印象的で楽しめました。

小ネタですが、Naxosの方はベルリンのイエス・キリスト教会での録音です。フィルハーモニー建設までDGGのカラヤンなど錚々たるオケが録音してきた伝説的建築なので、今なおこうやって活用されているのを見ると感慨深いです。音質はもちろん素晴らしいです。

NativeDSD Store

王道クラシックからはちょっと離れますが、Sono Luminusレーベルから「PERSIST」というアルバムは意外と楽しめました。弦楽四重奏団ETHELとフルート奏者Allison Loggins-Hullのコラボレーションで、若手作曲家への委嘱プロジェクトから生まれたアルバムです。

四人の現代作曲家の作品が取り上げられていますが、前衛音楽のように身構える必要はなく、どれも耳当たりが良くアンビエント的な雰囲気で気軽に聴けます。シンセサイザーのように澄んだ純音から、尺八のように荒ぶる濁音まで、フルートの表現力の幅広さが実感できます。DXD録音なのでNativeDSDでも購入できます。

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ApartéレーベルのGeorgy Tchaidze・Nikita Boriso-Glebsky「Carnet de Voyages」はヴァイオリンとピアノで気楽に聴ける美しいメロディに溢れているアルバムなので、室内楽が苦手な人でもぜひ聴いてもらいたいです。

旅の手帖というタイトルどおり、ストラヴィンスキーのペトルーシュカ編曲から始まり、ブリッジ、ヴュータン、ドヴォルザークと様々な作曲家の短い小曲が並び、全体的にダンスをテーマにしているため、異国のリズムや風土の違いを感じられる、まさに旅行気分の一枚です。

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チェロとピアノの組み合わせでは、ChandosのLaura van der Heijden & Jams Coleman「Path to the Moon」は面白い企画盤でした。

二十世紀初頭を中心に、月をモチーフにした作品を集め他アルバムで、フォーレやドビュッシーからコルンゴルトや武満まで、幅広い作風でありながら、なんとなく退廃的というか神秘的な統一感でまとまっています。

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現役のチェリストではMarc Coppeyが個人的に一番好きなので、彼の新譜が出るのが待ち遠しく、2024年は待望のフォーレなので、さらに嬉しいです。

前作フランスのチェロ作品集にてフォーレが収録されていなかったので不思議に思っていたら、案の定単独で出してくれました。彼のチェロは優雅で柔らかな、往年のフルニエを連想するようなスタイルなので、デュプレとかロストロポーヴィチが好きな人には物足りなく感じるかもしれませんが、私はチェロはこれくらい歌心重視な方が好みです。

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AccentusからQuatuor Danelのショスタコーヴィチ四重奏集は危うく見落とすところでした。

同じ四重奏団がすでにFuga Libera/Alphaでショスタコーヴィチ集をやっているので、今回もレーベルの名義が変わった新装版かと思いきや、聴いてみたら中身が違っており、実は完全な新録ということで驚かされました。メンバーも前回から二人変わっているようです。

ショスタコーヴィチは数曲だけピックアップしているアルバムが多く、意外と全部通して録音しているグループが少ないです。メンバー全員が同じ熱量で15番まで全部通してやるのが困難なのかもしれません。定番のBorodin Qとかで十分満足しているという人も多いと思いますが、このDanel Qの新録を聴いてみると、演奏解釈の違いによって曲の受け取り方が変わります。同じDanel Qの旧盤と比べても、新録の方が控えめで細かなニュアンスや色彩の変化に注目しているようです。ショスタコーヴィチらしいザクザクした演奏なら旧盤が良いですが、逆にそれが苦手で耳が疲れてしまうという人なら、この新録はじっくりと聴き込める良い機会になってくれそうです。

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見落としがちといえば、Indesens Recordsからシューベルト八重奏の新譜が出たのですが、ジャケが古臭いので復刻廉価盤かと勘違いしました。しかも演奏はベルリンフィルのアンサンブルだそうです。

Indesensレーベルは往年のCalliopeレーベルの復刻もやっているので、最近になって統合してIndesens Calliope Recordsに改名したようです(ロゴも合体しました)。新しい録音もそこそこ良いものを出しているのですが、今作も含めてジャケデザインにレーベルの個性や統一感が無く、なんとなく廉価版っぽいダサさがあるため、つい見落としがちです。内容は悪くないので、そのあたりを改善してもらいたいです。

ところで、シューベルト八重奏で思い出した余談になりますが、こういった室内楽こそ、最先端のハイレゾ録音で現代的なアンサンブルを聴くメリットが大きいジャンルだと思います。

先日ワーナーからオイストラフのリマスターボックスが出て、その中でシューベルト八重奏があったので、好きな曲だし、オイストラフも好きだからと聴いてみたところ、オイストラフのヴァイオリンだけが強調され、それ以外のメンバーが全部BGMのようなぼやけたサウンドで、ひどく落胆しました。オイストラフをフィーチャーしたいという意図は理解できますが、楽曲本来の魅力は損なわれていましたし、きっと演奏中のオイストラフ本人もこのように編集されるとは想像していなかったでしょう。

この例に限らず、四重奏やピアノ五重奏などのアンサンブルになると、複雑な同時進行が繰り広げられ、録音に収めるのは意外とオーケストラよりも難しいこともあり、昔のアナログレコードは十分な解像力が得られず、どうしてもメインの音色ばかり押し出す作風になりがちです。最近のハイレゾ録音ではそのあたりが大幅に進化しているため、あらためて室内楽作品の魅力に触れる事ができるようになりました。(シューベルト八重奏なら、上のベルリンフィルのも良いですが、個人的にはBISの2020年Wigmore Soloistsのがベストです)。

歌唱

室内楽と同様に、コロナ期間中は中途半端なリリースが多かった歌曲系アルバムも、最近はだいぶ洗練されてきた様子です。アルバムとしてのプログラムがよく練られて、最後まで通して聴いても飽きないような作品が多くなってきました。

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2024年の歌唱アルバムで私のナンバーワンは、ProsperoレーベルからバリトンAlexandre Beuchatの「Songs of Travel」です。

同名のヴォーン・ウィリアムズ歌曲から始まり、シューベルト、ブロッホ「秋の詩」、マーラー「さすらう若者の歌」という流れで、まるで長い旅路に付き添っている感じがしてきます。スイス出身の歌手ということもあってか、英語、フランス語、ドイツ語と違和感無く柔軟に切り替えていく腕前も、さすらう旅人を連想させ、ピアノの艷やかな演奏もバリトンとのコントラストを引き立ててくれます。

ベテランのテノールが年齢的にバリトンに転換するのとは違って、生粋のバリトンというのは、豊かな暖かみの中にも自由な軽やかさがあって良いです。

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同じくProsperoからもう一枚、このレーベルは小さいながらも魅力的かつユニークな企画盤を出すのが上手いです。そこまで演目に興味はないけれど音質も演奏も良いだろうから、ちょっと聴いてみよう、という気にさせてくれます。

今作はクラシックからちょっと離れますが、バリトンDaniel di PrinzioとギターIhor Kordiukのデュオによるナポリ歌曲集で、歌曲の合間にソロギターの曲も挿入しているため飽きさせず、ギターの腕前を伴奏とソロという両方のスタイルで味わえる良番です。

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奇遇にもPentatoneからの同類のアルバムが出ており、こちらはトスティの歌曲のみに絞り、しかも歌手のJavier Camarenaはテノール、伴奏はAngel Rodirguezのピアノということで、先ほどのバリトン&ギターとは雰囲気が大きく違うのも面白いです。

クラシックの王道レパートリーではありませんから、つまりレーベルや芸能事務所の無理強いではなく演奏者本人が好んで挑んでいる意欲を感じます。

しかもProsperoのdi Prinzioはイタリア出身でドイツの音大を卒業したばかりの若手新人、一方PentatoneのCamarenaはメキシコ出身でベルカントのベテランという歌手の対比も、同じジャンルの楽曲を演奏するにあたり、そこには百人百様の背景があることを思い出させてくれます。

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Alphaレーベルはあいかわらず歌唱に強く、Véronique GensとSandrine Piauのどちらも恒例の新譜を出しました。

今回はどちらもオケ伴奏でのフランス歌曲という、意外と珍しいジャンルに着手しているのが面白いです。オケ伴奏というとドイツのイメージがあり、フランスはどちらかというとピアノとしっとり歌う感じがあるので、Gensはアーンやデュボワ、Piauはケクランやデュパルクなど、馴染みのある楽曲が管弦楽でどのように料理されるのか興味深いです。

さらにBarbara HanniganはBertrand Chamayouのピアノでメシアンというのも意外なリリースです。「ミのための詩」はメシアンの中でも親しみやすい曲なので好きなのですが、こちらは普段のオケ伴奏の方と比べてピアノとのシンプルな構成も良いです。Hanniganは昔から近代や前衛に強い歌手でしたが、それにしても上手いですね。迷いなく流れを掴んでいる感じで、聴いているこちらも同じ世界に引き込まれてしまいます。

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Harmonia Mundiも負けておらず、スター歌手による有名レパートリーのアルバムを連発しています。

Julian Prégardienはシューベルトの水車小屋です。バッハなど宗教音楽を得意とする歌手ですからスッと背筋の伸びた明朗な発声で、しかも軽めのテノールなので、シューベルトにありがちな重厚な苦悩というよりも、若者の虚勢やうつろいのストーリーに感情移入できます。

Stéphane Degoutはフォーレの優しい歌などで、こちらは対象的に重厚なバリトンですので、フワフワしがちなフォーレの歌曲にしっかりした意味や哀愁を乗せてくれます。

どちらもピアノがとびきり良く、シューベルトではBezuidenhoutなのでテノールの下でドラマチックなリズムと推進力を与えてくれますし、一方フォーレのPlanèsはバリトンの上で淡い水彩画のような情景を描いてくれます。このような契約アーティスト同士の組み合わせができるのも大手レーベルの強みです。

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Orchid Classicsも歌曲や室内楽で上質なアルバムを出してくれるので、目にとまったら買うようにしています。2024年はシェーンベルクの歌曲集が良かったです。

Claire Boothというソプラノは聞いたことがなかったので、調べたら近現代系ばかりやっている実力派のようで、たしかに今作のシェーンベルクでもコントロールの技術が凄いです。さきほどのHanniganもそうですが、こういう優れたアルバムを聴くと、「シェーンベルクやメシアンなど現代寄りの作曲家に馴染めない、良さが理解できない」という人の多くは、あまり良い演奏に巡り会えていないからじゃないかと思えてきます。「本当に美味い〇〇を食べたことがないから」という人の気持ちと似ているかもしれませんが、歌手が上手いと楽曲への親しみも大きく向上します。

ピアノソロ

ピアノのソロアルバムはリリースの数があまりにも多いため、相当数を削ったのですが、それでも良盤がたくさんありすぎて紹介せざるをえません。

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まずぜひ聴いてもらいたい大作プロジェクト、ApartéレーベルからFrançois-Xavier Poizatのラヴェル集は凄かったです。

ただのピアノ曲集にとどまらず、協奏曲からヴァイオリンソナタなど、ピアノが含まれる室内楽、さらにはピアノ伴奏が入る歌曲に至るまで網羅した6時間超のセットで、寄せ集めコンピレーションではなく単一企画というのが凄いです。

Poizatというピアニストは知らなかったのですが、テクニックの上手さはもちろんのこと、演奏解釈も極めて王道かつ的確なので、聴いていて不満が起きず、いわゆるレファレンス的に網羅するセットとして文句無しにお勧めできます。

ちなみにAparteレーベルはBandcampでも活動しており、今は修正されているかもしれませんが、私が買った時は6枚単品で買う方が安いという謎仕様でした。

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あまり目に留まらない地味なリリースですが、Orchid ClassicsレーベルからEdna Sternのシューマンは、普通に気に入って繰り返し何度も聴いています。

とりわけ奇抜というわけでもなく、雑誌の推奨や受賞があるわけでもなく、しかも内容は謝肉祭と子供の情景というありふれた選曲で、往年の名盤も無数挙げられますが、自分のツボにはまるというのはこういう事なのでしょう。その場で即興しているような余裕のある演奏スタイルは、まさにシューマンの作風に合っており、Orchidレーベルの素晴らしい色濃いサウンドと合わせて楽しめます。

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ATMA ClassiqueからLouise Bessetteのアイヴズとマクダウェルは比較的珍しいプログラムで、演奏自体も素晴らしいので、ラヴェルやシューマンに飽きた人はぜひ聴いてみてください。

アイヴズの有名なソナタ2番は第一印象ではかなり鋭角で前衛的に思えますが、実際はありふれた旋律をあの手この手で崩していく変奏曲的な傾向が強いので、全体の構成は意外と聴きやすいです。ピアノの美しさの可能性を極限まで追求するとアイヴズに行き着くという人も少なくありません。マクダウェルはニューイングランド牧歌で、こちらは古き良きを彷彿とさせる小曲集です。チェコの楽曲ならSupraphonが強いのと同様に、これら北米の楽曲はカナダのATMAだからこそ現地の優秀なアーティストと奥深い解釈が実現できるのでしょう。

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2024年はリストの良盤が多かった一年でした。そのうちの二枚はAlphaからで、Nelson Goernerはソナタ、Roger Muraroは巡礼の年というふうに分担しています。

Goernerはショパンやシューマンなどで激情と豊かな歌心を見せてくれるタイプなので、今回リストのソナタでも同様に熱い演奏です。一方Muraroはメシアン全集の方で親しみのあるピアニストで、リストでも神秘的かつ内面を奥深くまで描いてくれます。しかも巡礼1-3集までフルセットなのも嬉しいです。

さらに極めてマイナーなリリースですが、Auris SubitilisというドイツザクセンのレーベルからSebastiaan Oosthoutの巡礼も想像以上に素晴らしかったです。こちらは一枚に収まる選集でしたが、透明感のある空気が感じられる爽快な演奏です。オランダ出身のベテランピアニストで、クラシック以外にもジャズやタンゴにも精通しているということで、そのあたりも活かされているのかもしれません。現在Prestoにも載っていないほどマイナー盤ですが、ぜひ聴いてみてください。

リストというのは、若手スターの指さばきを披露するための超絶技巧系と、後年の神秘的な情景作品とで性質が大きく分かれます。新人デビューアルバムに一曲だけ派手なショーピースを挿入するのではなく、このように丸ごと一枚を使って世界観を描くようなピアニストが個人的に好きです。

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管弦楽で良作が多かったベルギーFuga Liberaレーベルはソロピアノでも素晴らしいリリースが続きました。しかも、それぞれアーティストの性格や企画構成が異なるため、安直な焼き増し感がありません。

このレーベルの特徴として、有名なエリザベート王妃国際音楽コンクールが開催されるベルギーのワーテルロー・エリザベート王妃音楽礼拝堂と密接な関係にあるため、そこでの受賞者や招聘アーティストと柔軟なプログラムを組んでアルバムを作成できるという強みがあるようです。特に現状ロシアからこちらのレジデンスへと活動拠点を移しているアーティストが多いことも要因になっていそうです。

Sergei Redkinはシベリア出身でサンクトペテルブルク音楽院卒という生粋の正統派で、プロコフィエフ戦争ソナタはまさに現在の情勢を反映したような白熱の演奏です。まだ三十代でキャリアの駆け出しという点でも、古典的と近代的解釈が融合した新鮮さがあります。

Konstantin Emelyanovはモスクワ卒で今作Over Timeはラモー、ラフマニノフ、バッハという一見整合性の悪いプログラムですが、解説によると、各世代の演奏スタイルにおける「時間」の捉え方の変遷を表現する意図があり、それがアルバムタイトルにも現れています。

Salih Can Gevrekはトルコ出身のピアニストで、今作Concertos without Orchestraでは、その名の通り協奏曲風と位置づけられているソロ作品を取り上げたものです。シューマンのソナタ3番は副題がまさにその通りですし、バッハのイタリア協奏曲からラフマニノフ楽興の時と、どれもコンサートグランドピアノにふさわしい壮大な演目です。

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異なるピアニストの聴き比べでは、グリーグのホルベルク組曲のピアノ版が面白いです。HyperionからはAndrey Gugninがグリーグ作品集を、MirareはJean-Baptiste Doulcetがグリーグ・ニールセン・シベリウスという北欧作曲家集の中で、それぞれ演奏しています。

テンポの取り方や演奏解釈の違いだけでなく、楽器やホール音響、エンジニアの仕上げ方などオーディオ的な側面でも、アルバムごとの特徴を比較するのは楽しいです。

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ちょっとした異色作品で面白いと思ったのが、NonesuchレーベルからBrad MehldauのAprès Fauréで、いつものジャズではなくフォーレを演奏しています。

ジャズピアニストがクラシックに挑むとなると、たいていは変な小細工を入れて台無しにする傾向があるのですが、今作ではフォーレ作品のあいだに自作のオマージュ曲を挿入するという体裁なので、ジャズとクラシックの垣根を超えてカジュアルに楽しめます。

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ソロピアノと似たようなジャンルなので、ついでにソロギターもここで紹介しておきます。2024年は独創的で面白いアルバムに三枚も巡り合いました。

ギターというと、ベタなラテンやスパニッシュのクラシックギターを想像する人も多いかもしれませんが、そうでない楽曲も多く、意外と奥が深いジャンルです。

AlphaのSébastien Llinaresはヘンドリックスからバーンスタイン、ガーシュウィンの編曲と続いて自作曲など、クラシカルよりはモダンアレンジ中心の親しみやすいアルバムです。

Evidence ClassicsのPedro Aguiarはパリ1920年代、いわゆる狂乱の時代テーマに、ポンセやヴィラ=ロボスとその周辺の曲でまとめています。

Da Vinci Classicsはマイナーレーベルなので見つけにくいかもしれませんが、Antoine Guerreroのアルバムは20世紀の色彩をテーマに、ロドリゴ、タンスマン、カステルヌオーヴォ・テデスコといった具合に、ギターが好きなら聞き慣れた作曲家が並びます。

余談ですが、このDa Vinciというレーベルはイタリア人が日本の大阪で設立したレーベル兼出版社ということで、業態がいまいち掴めないのですが、結構面白いアルバムを出していますし、サウンドも上質です。昔ならニッチな専門店とかでしかCDを買えなかったレーベルだと思うので、こういうのが世界中から気軽にアクセスできるのが、ストリーミングやダウンロード販売の最大の功績だと思います。

復刻盤

旧盤の復刻はあいかわらずタワーレコードが活発です。2024年もタワー限定SACDを色々と買いましたが、逆に言うと、タワー以外では物理メディアを買うこともほとんどなくなりました。エソテリックも何枚か出ましたが、個人的に高価でもぜひ聴きたいと思えるタイトルはありませんでした。

Tower

個人的に2024年のハイライトというと、ゲルバーのベートーヴェンピアノソナタ集が思い浮かびます。原盤がDENONのPCMデジタルなので、わざわざORTマスタリングによるSACDが必要なのか疑問は浮かびますが、もし持っていないなら5枚組をセットで購入できる良い機会です。音質もCD版から多少変わっており、DENONっぽい楽器主体の厚さから、もうちょっと演奏者や空間情景を意識できるような仕上がりになっており好印象です。

ゲルバーは録音に対してかなりストイックで神経質な人柄だったようで、同期のバレンボイムやアルゲリッチと比べて作品が極端に少ないのが残念ですが、彼のベートーヴェンは個人的に五本の指に入るくらいの傑作としてCDで長らく愛聴してきました(特にピンク色ジャケットの21,27,31番のアルバム)。クラシックファンでも意外と見落としがちな名盤なので、ぜひ聴いてみてください。

このゲルバーの例のように、ここ数年はタワーとエソテリックのどちらも「PCMデジタル音源からのSACDリマスター」というリリースが増えてきており、演奏自体は良いとしても、あえて買い足すべきか、ずいぶん悩まされます。

デジタルだからリマスターする価値が無い、というわけでもないのですが、アナログテープで今こそリマスター復刻すべき隠れた名盤がまだたくさんあるだろう、という不満が脳裏にあります。一昔前なら、廃盤になって入手しづらいCDをあらためてSACDとして再販してくれるというメリットもあったかもしれませんが、最近だと入手困難な音源もストリーミングサービスで手軽に聴けるようになっています。

音質についても、CD音源の時点で十分に高音質だと、新たなDSDリマスターの効果が薄いことが多く、特にエソのリリースの多くは「違いは感じられるけど、どちらが優れているというほどでもない」という中途半端な感想になりがちです。

そんな中でも、タワーが力を入れている東独エテルナなどはデジタル原盤でもSACDリマスターで音質が明らかに良くなっているものが多いようで、購入する価値があると思います。また最初期のデジタル録音は48kHz・14bitとかも結構多かったらしく、当時の技術でCDの44.1kHz・16bitに再変換する際に音質ロスが生じたらしいので、それらを改めてCDの縛り無しにリマスターするのも意義があると思います。

Tower

他にも素晴らしい成功例として、Extonからマーツァルのドヴォルザークを挙げたいです。こちらは当時実際に録音を行ったExtonチームによる再マスタリングということで、初出CDの雰囲気を残しながら、20年間の技術進歩が実感できる最先端のサウンドが体験できます。

ちょっと圧迫感があった初出盤と比べて柔らかくなった感じがあり、チェコフィルの素晴らしい音色を存分に堪能でき、「クラシックの高音質盤とはこういうものだ」と自信を持って掲げることができるアルバムです。

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Orfeo作品がAltusによってSACD化という企画もありました。特にクーベリックのバイエルンでのブラームスが印象深いです。サウンドはオリジナルCD版からだいぶ変わっており、高音の伸びが鮮やかになっています。Orfeoの青ジャケット系はどれも硬く限界を感じさせる地味なサウンドの印象があったので、今回リマスターで華やかさが増したのは良いです。

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日本のファンも多いと思われる、チェリビダッケのEMIブルックナー集もワーナーからSACD化されました。当初のCD版リリースにも紆余曲折あり、彼の録音のリマスターはなかなか難しいと思っていた中での発売なので、正直驚きました。

1990年代のデジタル録音ですが、当時最先端のSteinberg AudioCube(後にCubase・VSTに展開していくデジタル編集プラットフォーム)でミックスされ、ディテールは良くても線が細く空気感が損なわれた、いわゆる「デジタル臭い」平面的なサウンドが難点だったので、今回あらためてリマスターされてそのあたりが大幅に改善されました。フルセットで2万円程度と当時のCDとあまり変わらないので、こういう企画は大歓迎なのですが、物理メディアはもう不要という人も多いと思うので、DSFで販売してくれたほうが良かったと思います。

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ワーナーからは、さらに単発でマーゼルのブルックナー7・8番のSACD化というのもありました。80年代のデジタル録音で、解説によると「倍音やハイレゾ音域を、最新テクノロジーによる特別なプロセッサー処理により再構築し復活させ・・・」だそうです。個人的に好きなアルバムだったので、興味本位で8番だけ買ってみましたが、CD版と比べると音の密度の詰まりが解消され、だいぶ余裕のある鳴り方になっています。

総じて昨今の「デジタル音源を使ったSACDリマスター」というのは、CDのフォーマットとしての限界というよりも、当時のデジタル編集技術によって凝縮、混雑していた部分に余裕を持たせて、小音量のディテールを聴き取りやすくしたり、空間が広く展開される傾向にあるようです。(もちろんプレーヤーやDACに依存する部分も大きいです)。逆にいうとDGGのようにCDの頃から余裕があった作品ではSACD化でもそこまで大きな変化は感じられません。

個人的には、もしDGGの4D作品のマルチトラック生データが残っているなら、最先端DAWでリミックスしたらどうなるのかなんて妄想が膨らみます。実際ポップスではそのようなリマスター工程が最近よく使われています。

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アナログ録音のSACD復刻もそれなりに出ており、個人的にはタワー・Altusからアンゲルブレシュトのペレアスには驚きました。すでに52年(INAのCamille Mauraneボックス)、62年(Naiveなど)がありますが、今回は63年のシャルラン録音ということで歌手陣を存分に味わえる音質に仕上がっています。ただしライブということもありステレオバランスやノイズ処理に稚拙な感じもあるので、特にヘッドホンだと耳障りで、個人的にはモノにして聴くことが多いです。こういうときにアンプにモノスイッチがあると便利です。

ペレアスは最新の高音質録音も多数あり、当時に引けを取らない優秀な歌手陣に恵まれていますが、それでもアンゲルブレシュトやデゾルミエール、クリュイタンスなどの古い録音を聴くとゾクゾクするような魅力を感じるのは不思議なものです。

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タワーSACDシリーズの中ではプレートルのサン=サーンス3番が良かったです。以前から言っていることですが、これら60-70年代のEMIフランス録音(エンジニアはPaul Vavasseur)は本当に素晴らしいです。レコードやCDではデッカなどと比べて薄味で硬質な印象のあったアルバムでも、最新のハイレゾリマスター技術によって初めて広大な空間音響の全貌が体感できるようになりました。

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タワーから年末はオイストラフとオボーリンの有名なベートーヴェン・ヴァイオリンソナタ集が出ました。フィリップスロゴがデッカに変わっているのは、仕方なくも違和感がありますね。直近のエソテリック版は全集ではなく一枚のみでしたが、今回タワー版は全集ということもあり、期待して買ってみたのですが、DSD層の内容がユニバーサル旧盤SACDとぴったり同じだったので、無駄な買い物になってしまいました。商品ページには確かに2017年DSDマスターを使用と書いてありますが、そこからさらに手を加えていると期待していたので残念です。

Tower

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一方、オイストラフと同時に出たDGGのアルゲリッチとアバド協奏曲集と、アバドとシカゴのマーラー2番はどちらも2024年最新リマスターということです。マーラー2番はエソからも出ていますが、今回のタワー版の方が鮮烈で激しい鳴り方なので、個人的にはこちらが好みです。エソの方が内省的でニュアンスに集中して聴くような感じです。

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SACDの物理リリース以外では、旧盤のハイレゾ復刻はだいぶ減ってきた印象です。まだまだリマスターすべきアナログ名盤はたくさんあるのに、一時期の波が止まってしまったようで非常に残念です。そこまで需要が見込めないのでしょうか。Eloquence Classicsとかも企画コンピボックスに傾倒していて、良い単発リリースが見当たりません。

ワーナーからはオイストラフのEMI全集ボックスが出て、バラ売りのハイレゾダウンロード版が徐々にリリースされています。まだこれを書いている時点では50年代モノラル作品が中心なので、ベートーヴェン協奏曲やソナタなど有名なステレオ版ではなく古い録音なので注意が必要です。このボックスのために再度リマスターしたそうなので、今後ステレオ版が徐々にリリースされて聴き比べるのが楽しみです。

それ以外だと、ここ1-2年で、これまで日本国内限定販売だったDSDアルバムが海外のダウンロード販売サイトでも不定期で散見されるようになってきました。しかも海外価格なので、高価だからと手を出さなかった人も入手する良い機会です。DGGフリッチャイのベートーヴェン9番やベームのモーツァルトやシュトラウス集、クーベリックのシューマンなど、定番中の定番から徐々に出てきているので、どういう経緯なのか不明ですが安く買えるのはありがたいです(APOのジャズなども同様です)。

個人的に最近ちょっと懸念しているのは、アナログLPレコードのみでの復刻プロジェクトです。ジャズではBlue NoteレーベルのTone Poetシリーズなんかが有名ですが、クラシックでもオリジナルアナログマスターテープから直接アナログLPレコードをカッティングするという企画が増えているように思います。

アナログレコードの音質が悪いわけではありませんが、どうしても数量限定の高価格リリースになってしまうため、クラシックファンよりもオーディオマニア向けの印象が強いです。

クラシックファンにとって注目すべきは、これらプロジェクトの売り込みの一環で、録音セッションやマスタリング工程について詳細に解説するニュース記事や動画などが観覧できることです。

とくに、DGGからカラヤンのブルックナーの2024年復刻リマスターについてのYoutube公式動画は大変興味深い内容だったので、往年のクラシックファンなら必見です。

主任のRainer MaillardとエンジニアSidney Claire Meyer本人直々に機材や工程について詳細に解説してくれます。特に当時の録音エンジニアGünter Hermannsの考え方や、現代のリマスターで変えるべき点(ミキサーの弄り方)、そしてクラシック録音に欠かせないリバーブのかけ方など、初出LP、CD、日本向けSACD、そして今回2024年版などの変遷を解説してくれています。イエスキリスト教会は鐘塔をリバーブ室として使えたからフィルハーモニーホール建造後も録音セッションは移転しなかったとか、私も知らなかった裏話が色々あって面白かったです。

Maillard氏のような伝説的エンジニアが現役で活躍している間に、Youtubeというメディアによって、テレビや雑誌ではなかなか難しい本人直接の情報が伝達できるというのは凄い時代だと思います。他のレーベルもこれに習って、もっと発信してもらいたいです。

おわりに

2024年はクラシック新譜のクオリティが充実しており、すでに往年の名盤を持っている定番レパートリーや、逆に全然聞いたこともないマイナー作品でも、演奏や音質が良いから買ってみようと思えるアルバムがたくさんありました。

ProsperoやOrchidなど小さなインディペンデントレーベルに活気があっただけでなく、ドイツグラモフォンやソニーなどの旧大手レーベルも、CD衰退からの迷走期を抜け出し、それぞれ独自の方向性や魅力を発揮できるようになってきたようです。

私が2025年に期待したいことは三つ思い浮かびます。

まず、はやくロシア方面の情勢が落ち着いてもらいたいです。政治的な話とは別に、自由な思想を持ったアーティストやオーケストラが双方向に渡航して演奏できない状況が続くと、音大生や若手の活躍する場が限られてしまい、次世代が育ちません。モスクワ音大のホールやボリショイ・マリインスキーでの公演に、ヨーロッパ旅行と同じくらい気軽に行けるような時代は戻ってくるのでしょうか。

次に、古いアナログ録音復刻のペースアップを期待したいです。時間とともにマスターテープの劣化は回避できないので、売れ筋の名盤以外にも、今すぐデジタル化すべき録音はたくさん残っています。数量を売るのが難しいのは理解できますが、特にオペラ復刻にもっと力を入れてもらいたいです。

アーカイブ用フォーマットは192kHz/24bitやDXDがデファクトスタンダードになって久しく、テープのデジタル化に必要十分だと思うので、今後新たなフォーマットが登場して全部やり直すということも当分無さそうです(その頃にはテープが劣化しすぎて、出土した古文書を読み解くような作業になってしまいそうです)。ジャズのCraft Recordingsのように、版権元から公式リマスター復刻業務に特化したサブレーベルが現れてほしいです。

最後に期待したい点は、冒頭でも言いましたが、サブスクやライブストリーミングの音質とコンテンツ数についてはすでに充実しているので、そこから二つの方向へと進展を見たいです。

まず、アーティストやオケの公演活動とリアルタイムに連動する、ソーシャルメディア、ニュースフィードのようなプラットフォームの向上が見たいです。そして、クラシックに触れてみたい新規層を導入するコンテンツの充実を見たいです。

今後のクラシック音楽業界がどのように変化していくか予想もつきませんが、日本だけでなく本場の欧州でも、従来の方式のコンサートは客足が遠のき資金難と言われて久しいです。公的資金を投入すべきかの是非や、新規層を獲得するための様々な試みなど、議論すべき点はありますが、ストリーミングやライブ配信といった新メディアでのコンテンツ発信能力を上げていく必要があると思います。

新録のアルバムセールスに関しても、これ以上ベートーヴェンやブラームスを録音する必要はあるのか、という問いも当然だと思いますが、現状ではロックバンドなども一部のスーパースターを除いてほとんどのアーティストにとってアルバム配信収入は稼ぎにならず、ライブコンサートに来てもらうための名刺代わりという感覚になっています。

クラシックも同じように、ネット上のコンテンツをどうやってライブチケットや物販などの収益に繋げるかという点で、他のジャンルと比べて遅れをとっている印象があります。(それこそ、高尚に気取って公的資金にあぐらをかいている部分もあるかもしれません)。

とくに2024年はYoutubeなどもショート動画からロングフォーマットへの変遷が伺える一年だったので、30分~1時間くらいの上質なコンテンツを、収益化ではなく広報活動の一環として行えることが求められているようです。

現役アーティストの録音や動画配信を聴いて、気に入ったら、その人の活動近況が同時にチェックできて、最寄りの都市で公演があるから聴きに行き、コミュニティでファン同士で感想や雑談できて、といったユーザー体験が自然に実践できるようになれば、身内へのチケット押し売りやアルバム売上のような旧世代のフォーマットに依存しない活動スタイルへと移行できます。

また地方オケやリサイタルの活性化のためにも、近代的で興味を引くコンテンツ発信力が求められます。ベートーヴェンの生涯のエピソードとか、指揮者のテンプレな意気込みインタビューとかはもう散々聞き飽きて魅力に乏しいので、それよりも「なぜこの演奏を聴くべきなのか」について、高音質・高画質で動画配信してくれるような売り込み方をもっと見たいです。

プロオケの広報動画とかを見ても、音源の版権が取れない、マイクの音質が悪い、もしくは編集技術が弱いなどで、せっかく視聴者側は高音質ヘッドホンとかで聴いているのに、音楽についての話のはずが音が悪くて魅力が全然伝わらないものが意外と多いです。

最後に、クラシックの新規層獲得というと、たいてい「裾野を広げる」という話に集約されてしまいがちで、私はむしろそれがあまり効果的ではない印象を受けます。

たとえば、アニメやゲームとのコラボレーションなど、耳当たりの良い教科書的なオーケストレーションで、親しみのあるメロディを追うだけのパフォーマンスであることが多く、そこから本腰を入れてクラシックの世界につながる起点になっていない気がしますし、逆に権威付けのためにクラシックが利用されているイメージすらあります。

音楽鑑賞といっても「アニメやドラマの主題歌だったから、BGMで使われたから」といった、なんらかのメディアコンテンツに付帯しないと興味を持てない人は純粋に音楽そのものを鑑賞するという意欲が希薄なため、もし「クラシックの裾野を広げる」といって、そちらに活路を見出すと、集客率は改善するかもしれませんが、限定アクリルスタンドとクリアファイル付属とか変な商法に迷走しがちで、本質を失います。

また、似たような事例で、コンクールに挑む若者の苦悩のヒューマンドラマみたいなドキュメンタリーがよくありますが、楽曲や演奏そのものよりも感情の押し売りのような側面が強く、たとえばそのアーティストのショパンアルバムしか聴かないといった一過性のファン層だけを生む事が多いです。

私の勝手な感想ですが、最先端のポピュラー楽曲や、往年のロックやポップス、EDMなどの様々な音楽を純粋に聴くことを日々楽しんでいる「音楽通」の人達は世の中にはたくさんおり、そういう人たちこそ、上手く橋渡しすることで、生涯楽しめる趣味としてクラシックにも興味を持ってもらえると思います。

その場合、安易にカジュアルな大衆向けにレベルを下げたものはむしろ敬遠されると思うので、対等に向き合い、作曲技法、演奏技術、歴史変遷、心理学的な影響といった、実演による音楽そのものの魅力を深堀りする、知的好奇心と探究心に訴える売り込み方が求められているように思えます。

もっと端的に言うなら、安易な「クラシック風」の音楽と比べて、一流の演奏の違いを感じ取り、作曲者の様式や意図、長尺作品の展開の流れを掴む、「音楽を聴く力」を育てる体験に興味がある人は少なくないと思います。クラシックの年寄りくさい権威主義や排他的なマイナスイメージを取り除き、音楽趣味の自然な延長線としてスムーズに移行できる雰囲気が欲しいところです。

2024年の新作アルバムを色々と聴いてみて、これだけ多くの素晴らしい演奏が録音され、ストリーミングなどで容易にアクセスできる時代なのに、それをきっと気に入ってくれる多くの音楽ファンに情報を届ける手段が少ないのが残念で、それが最大の課題のように思えました。また、ベルリンフィルのライブストリーミングサービスを使ってみても、すでにアンドリス・ネルソンスが誰で、ブルックナー8番がどういう曲か知っている人(つまり既存ファンの老人)しか楽しめないようなサービスなので、ここに新規客層を引き込むのは難しいだろうと痛感しました。

クラシック音楽は魅力的な娯楽なので、伝統や文化といった権威付けではなく、作曲や演奏そのものの魅力が世間に浸透するような試みがもっと広まってほしいです。

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