2015年9月17日木曜日

ハイレゾ音源と「ニセレゾ」音源について

最近、オンラインショップで96kHz・24bitなどの「ハイレゾ音源」を購入する機会が増えてきました。各地のCDショップの皆さんには申し訳ないのですが、CD媒体を購入するのとほぼ同価格で、上位互換のファイルが自宅でダウンロードできるという手軽さは魅力的です。

もちろんダウンロード販売されていないCDやレコードも多いので、毎週めぼしい新譜が出るたびにCDショップで購入しています。

個人的には、CDやLPのコレクションが膨大なため、収納場所を考えるとこれ以上物理媒体を購入したくないという思いもあります。ハイレゾ反対派でCDやLPを熱心に擁護する人のなかには、「データではなく実物やジャケットを手元に置きたい」という主張がありますが、私の場合は正反対のようです。

これが96kHz・24bitの「ハイレゾ」ファイル?

そんな感じで、無意識にもコレクション内の「ハイレゾ音源」ファイルが着々と増えてきたのですが、とある高価な96kHz・24bitハイレゾアルバムをスペアナで見た際に、こんなグラフだったら落胆しますよね。


グラフはAudacityによる演奏の統計スペクトラで、スペアナはハニングFFTでウィンドウ幅は1024を使っています。無料ソフトなのでだれでもできます。(演奏の冒頭ではなく、一番ダイナミックな部分を約2分間選択してグラフ化しています)。

ハイレゾブーム

そもそも以前から主張されているように、「ハイレゾ」ブームの最大のカラクリは、これを期に各レコードレーベルが最先端リマスター処理を行ってくれていることです。

古いアルバムの場合、「最新・高音質リマスター」と「ハイレゾ」はほぼ同意義だったりするので、これらを混同して「ハイレゾだから以前のCDよりも音がいい」と勘違いしている愛好家も多いらしいですが、ブームを活気付けるために一躍買ってくれているカモだと思えば悪い気はしません。

実際に192kHzや96kHz、DSDなどのファイル形式そのものが高音質だというよりは、過去の名盤が最新技術で再編集・リマスターされて再販されているのが個人的に非常に喜ばしいです。

とくにDSDの場合は、ソニー系列で2000年ころに発売された膨大な数のSACD盤が、現在はほぼ廃番になっているのですが、これらを近頃ソニーが直接DSD形式で販売してくれるのは重宝しています。たとえばマイルスなど、コロムビア系レーベルのジャズアルバムは、オークションで10万円もするようなオリジナル盤LP(米コロムビアのペラペラ)よりも、ソニー謹製のマスターテープ直出しDSDファイルのほうが高音質な場合が多いです。

このようなDSD化された「蔵出し」音源とは別に、最近になって往年のアナログ録音をマスターテープから引っ張りだしてハイレゾ用に192kHz・24bit PCMやDSDなどでA/D変換した音源も多数出回っています。ルビジウム発振器や高級なA/Dコンバータを採用した高音質処理など、各レーベルやスタジオが手間ひまかけて日夜努力してくれているのも、ハイレゾブームの恩恵です。

とくにマイルスやコルトレーンなど、ジャズの名盤においては、同じマスターテープ原盤から、Esoteric、東芝EMI、Analogue Productionなど各スタジオから異なるハイレゾリマスター盤が販売されているのは、聴き比べが楽しいというか、労力の無駄使いというか、面白い時代になったなと痛感します。

こんなので録音されたのが最近ハイレゾ化されているなんて、面白いですね

1960〜1970年代の名盤は、原盤がアナログテープなので、CDが発売された1983年頃に44.1kHz・16bitにデジタル化されて以来、最近までずっと同じデジタルデータがCDとして販売されてきたものが多いです。1980年代のA/D変換技術は非常に稚拙で(1983年のパソコンを想像してみてください・・)、ノイズ出まくり、フィルタ掛けまくりの粗悪なデジタル化が多かったです。しかも当時全カタログのCD化のために焦って流れ作業でA/D変換されたため、リスニングチェックを怠った低音質なものも散見します。(オリジナルのアナログLP盤が最高音質と言われているのも、そういった稚拙なデジタル化による部分もあります。)。

とくに、「CDはデジタルだからテープノイズなどは絶対に聴こえてはいけない」といった当時の主張から、やり過ぎなほどにエフェクトやノイズフィルターを通して音楽が痩せ細ったようなアルバムが多く、「CDは音が細い」と言われている理由の一つにもなっています。中には、1980年代の音作りトレンドに準ずるように擬似的なエコーなどを追加したCDも多数あります。(クラシックやオペラに多いです)。最近は、テープノイズなどが聴こえてもそれが「オリジナル録音の音だ」ということで容認される風潮になっています。

最近のハイレゾ化の流れで、すでにCD化されているアルバムでも、再度マスターテープを倉庫から掘り出して、丁寧に最新技術を駆使してデジタル化してくれるのは素直に喜ぶべきで、ハイレゾ反対主義者の皆さんも、こういった理由から、声を荒らげずにハイレゾブームの波に乗っていて欲しいです。

さて、「高音質リマスター」と「ハイレゾ」は同一視してはいけないことは、皆さんも重々承知だと思いますが、これまでハイレゾアルバムを数百枚購入してきた上で観察した、いくつかの問題を取り上げてみます。

ジョン・コルトレーン

まず冒頭に紹介したグラフですが、コルトレーンのアルバムで「96kHz・24bit高音質アルバム」として5,000円程度で販売されています。1960年ドイツでのライブを、現地のラジオ局が録音していたものが、「奇跡的に高音質で保存されていた」という、いわゆる掘り出し物系の音源です。

実際の演奏は素晴らしく、コルトレーンのサックスもメリハリがあってパワフルなのですが、どうも高音のプチノイズや音割れが激しく、背景のノイズも目立っていたので、スペアナにかけてみたところ、上記のようなグラフが現れました。

つまり、実際の音楽データは12kHzまで、それ以降はテープノイズで、さらに96kHzハイレゾファイルと謳っていながら、折り返し上限の48kHzではなく22kHzでバッサリと波形が切り落とされています。それ以降はゼロの羅列です。ダイナミックレンジも24bitの144dBはおろか、16bitの96dBすら満足に活かしきれていません。

実際に20kHz以上の高周波成分が音質に影響するかは不明ですが、この商品が2,000円のCDではなく、5,000円もする理由は「ハイレゾだから」なので、中身がゼロデータで埋まっていたら当然困惑するというか、「鰯の頭も信心から」ということわざを思い出します。

この録音自体は、1960年にラジオ局の中継設備から録ったものなので、当時のドイツの放送設備の場合、12kHzで大胆にハイカットするのは一般的です。それ以上の高周波成分は、当時のアナログテープのノイズフロアで-80dBという典型的なアナログテープノイズです。22kHz以降がゼロデータなのは、そもそもこの「96kHz・24bitハイレゾファイル」が44.1kHzのCD音源だったからでしょう。これは明らかに「ニセレゾ」ですね。


ビリー・ホリデイ

上のグラフは、ヴァーヴ・レーベルの1946年ビリー・ホリデイ初期アルバムですが、これも当時の録音技術の限界から、実際の音楽データは12kHz程度までで、それ以降はノイズフロアです。ダイナミックレンジもCD相当すら活かしきれていません。96kHz・24bitとして高値で販売しています。

チャーリー・パーカー

次に、チャーリー・パーカーの有名な1953年のライブ録音ですが、これは20kHz程度にピークがあり、それ以降は「直線的」に40kHzまで傾斜しています。これは単純に、既存のCD用デジタル音源を補完処理で拡張しただけのようで、実質的な音楽データはCD相当しか入っていません。一般的なCDをDENONやパイオニアなどの補完処理が得意なCDプレイヤーで再生したほうが、この「ハイレゾ」ファイルと同等かそれ以上の音質になると思います。

エルモ・ホープ

次は良心的な例で、ブルーノートの1954年エルモ・ホープ Vol.2ですが、これは最近テープから直接デジタル化したような自然な特性で、30kHzまでゆるやかに傾斜するアナログフィルタを使い上手に処理されています。つまり既存のCD音源ではなく、アナログテープを最大限に活かしたデジタル化だと思います。音質はもちろん良好ですが、それ以前にアナログマスターテープの音色をそのまま取り込んだという事自体がマニアとして嬉しいです。

オットー・クレンペラー

クラシックの場合はどうでしょうか?1961年のHMVレーベル、クレンペラー指揮のドイツ・レクイエムですが、96kHzリマスター盤でありながら44.1kHzにピークがあるため、88.2kHzデジタルファイルを96kHzにアップサンプルしたようですが、それ以外ではなだらかな空気感を維持しています。広大なダイナミックレンジは大音量のステレオシステムで楽しむために十分な素質があります。1961年の録音でここまで強弱のダイナミクスがあると、さすがクラシック業界の技術は凄いなと関心します。

近年のハイレゾ録音

上記のような過去の名作をデジタル化したものではなく、そのままハイレゾ・デジタル形式で録音した最新アルバムも多数販売されています。

スタジオ・アルバムの場合は色々な音源を切り貼りしたコラージュ的な作品が多く、ダイナミックレンジや周波数帯は擬似的にいくらでも拡張できるのですが、ジャズやクラシックの場合は比較的素直なマイク直録が多いです。

ゲイリー・ピーコック

ジャズでは、2015年ECMレーベル、ゲイリー・ピーコックの「Now This」からの一部です。高周波に異常な成分が溢れだしていますが、それ以外では比較的自然です。ピアノトリオなので楽器の主旋律は5kHz以下の常識的な範囲に収まっており、それ以降は空間表現が破綻せず維持されていることが肝心です。

ジャン・エフラム・バヴゼ

クラシックのソロ曲では、2008年、シャンドス・レーベルからバヴゼのドビュッシー全集の一部です。96kHz・24bit音源ですが、残響の少ないホールでのピアノソロ曲ですので、主要な成分はほぼ10kHz以下に収まっており、それ以降は無音です。

リッカルド・シャイー

2013年、デッカからのシャイー指揮ブラームス交響曲集からは、フルオーケストラなので総合的に高周波のエネルギーにあふれた録音のようです。

このように、色々と比べるとキリがないですが、波形を見て一喜一憂するのも馬鹿らしいですし、そもそものポイントは、これらのアルバムの音質と、ハイレゾという「収納箱」のサイズは関係があるのか、という疑問の提案です。

また、上記グラフのように、ほぼどの録音でも収録マイクの限界から、数十kHz以上は録音する意味が無いため、96kHzと192kHzのファイル内容は大差無い場合が多いです。

それでもなぜ96kHzと192kHzファイルを比較すると音質が違うかと考察すると、たとえばバーブラウンなど多くのDACの場合、96kHzと192kHzのデータを入力した際に内部演算が変わるといった理由も挙げられます。

数年前のDACチップの場合、192kHzを入力するとDACの性能的に処理が追いつかないため、オーバーサンプルをわざと落として演算するため、実質的に192kHzよりも96kHz再生のほうが音質スペックは高い、といったケースもあります。

同じアルバムの、異なるリマスター盤

すでにCDで所有しているアルバムが、最新ハイレゾリマスターで再販される、というケースが個人的に一番悩ましいです。

とくにCD盤がすでに高音質な場合、ハイレゾリマスターのほうが優れているとは限らないので、購入してみたところやっぱりCD盤のほうが良かった、なんてことは多々あります。

また、稀ではありますが、同じアルバムが異なるレーベルからリマスター盤として販売されることもあります。とくにジャズやクラシックなどの名盤でこのような事態が発生しやすいです。

例えば、クラシックで、EMI1969年録音、オイストラフとセル指揮クリーヴランド管弦楽団のブラームス・ヴァイオリン協奏曲という名盤があります。


以前EsotericからSACD盤が販売され、これはEsoteric社が誇る高性能A/D変換装置を使ったオーディオマニア垂涎の高音質リマスターです。また、東芝EMIからも、PCMハイレゾリマスター盤が昨年販売されました。

同一アルバム(ブラームス)の比較

同一アルバム(ブラームス)の比較

同アルバムの第三楽章冒頭を抜粋したグラフですが、EMI PCMハイレゾとEsoteric盤を比較してみると、全体的なダイナミクスや周波数特性など、ほぼ同一です。もちろんリスニングで微小なディテールなどは異なりますが、どちらを聴いても満足できる完成度です。

Esoteric SACD盤は、DSDですがEMI盤と比較できるように96kHzの範囲でグラフ化しましたが、DSD特有のノイズシェーピング波形が確認できます。どちらも、30kHz以上に有益なデータは入っていないため、SACDプレイヤーなどの場合はこの辺で高周波ノイズをフィルターカットしています。

ちなみに余談ですが、SACDのDSD形式は、慣例としてPCMよりも-6dB低く録音してあるため、そのまま比較するとPCMよりも波形が静かになります。今回のグラフでは+6dB持ち上げて、PCMと同様にレベル合わせしてあります。大抵のSACDプレイヤーでは、CDと同じ音量にするために内蔵アンプで+6dB増幅していますが、DSD対応USB DACなどはそれをやっていない製品もあるため、DSDのほうが静かに聴こえたりする機器もあります。


次に、ジャズのアルバムで、ブルーノート1965年録音のハービー・ハンコック「Maiden Voyage」です。これはジャズファンなら誰でも持っている、名盤中の名盤で、私自身はLPレコード以外には1999年発売のCD盤(RVG Remastersシリーズ)と、EMIのハイレゾリマスター盤、そして、Analogue ProductionsのDSD盤を持っています。



同一録音(ハンコック)の比較

同一録音(ハンコック)の比較


波形を比較してみると、CD盤が異色で、ハイレゾPCMとDSD盤はほぼ違いがありません。比較試聴しても、双方は非常によく似ており、ブラインドでは区別がつかないかもしれません。両方ともマスターテープからの直接録音なので、違いが少ないのは当然かもしれません。若干Analogue Productions盤のほうが暖かみがありましたが、これはDSDプレイヤーの影響かもしれません。

さきほどのブラームス盤同様、DSDの波形は形式上+6dB持ち上げています。

CD盤だけが全体的に音圧が高く、聴感上もエネルギッシュで若干聴き疲れするような音色です。ブルーノート・レーベルのジャズCDは過去に何度もCD化されているのですが、1999年以降に発売されたRVG Remastersシリーズは、全カタログを通して、若干ホットで音圧が高めにプロデュースされています。

実は、このRVG Remasterシリーズにはもうひとつトリックがあり、それが音色の決定的な違いになっています。

1960年代のアルバムの多くは「ステレオ録音」なのですが、当時はステレオ技術が稚拙で、たとえばドラムは左、トランペットは右、などと大雑把に左右に分けており、リアリティが皆無な不自然な音場感のアルバムが多いです。今では考えられないですが、ボーカルが左側からしか聴こえないようなアルバムもあります。なんというか、3D映画が出始めた頃のような手探り感です。

ステレオスピーカーの配置方法もまだ定着していなかった時代ですので、レーベルによっては、「ステレオで楽しむ場合は、スピーカーを左右の壁に向けてください」なんて書いてあるものもあります。そういった大雑把な音作りの時代です。

これらの録音をそのままマスターテープからハイレゾPCM・DSD変換しても、違和感があるため(特にヘッドホンを使うと、左右の耳で別々の音楽を聴いているような感じです)、RVG Remasterシリーズなど、多くのCDリリースではエンジニアが意図的にマスターテープから音場を再調整して、演奏をよりリアルになるようリミックスしています。ヘッドホン的には「クロスフィード」とかと同様の効果です。

そういった意味では、最近主流の「マスターテープから直接ハイレゾ変換」というセールスポイントは必ずしも音楽的に最善とは限らないかもしれません。

よくある問題1:マスターテープの劣化

また、もうひとつ大きな問題提議ですが、マスターテープがアナログの場合、時代とともに劣化しているという事情もあります。

たとえば、ジャズの名盤を聴けばわかるのですが、1982年にデジタル化された時点での音源より、同じアルバムが2015年にハイレゾリマスターされたもののほうが明らかに音がかすれて、ダイナミックレンジが下がっているものは多いです。磁気テープは朽ち果てる運命なので、30年の歳月は取り戻せません。紫外線でパリパリになったり、湿度でテープどうしがくっついてしまったりするので、マスターテープを倉庫から持ち出す際にはオーブンで焼いて乾燥しないといけない場合もあります。(そのためレコードレーベルはマスターテープを出し惜しみします)。

そういった理由でも、とにかくいち早く、多くのアルバムをハイレゾでデジタル音源化して欲しいという切実な願望があります。失ってからでは取り返しがつかないですからね。

一番わかり易い例では、マスターテープというのは磁力を持った薄いテープをぐるぐると巻いてあるので、長い歳月で各層がお互いに影響し合い、段々と磁力が無くなっていったり、下の層の内容が上の層に写り込んだりします。



たとえばベツレヘム・レーベルでドナルド・バードによるStardustの演奏ですが、経年劣化で写り込みが発生してしまい、トランペットの最初の一音の0.3秒ほど前(正確には、テープの一回転前)に、そのトランペットの音がかすかに聴こえます。つまり、すべての音がちょっと前にプリエコーのように転写しており、そうなってはもはや取り返しがつきません。転写が悪化する以前にデジタル化した、1980年代の音源の方が好ましいことになります。

よくある問題2:モノラルテープ処理ミス



A/D変換時においてマスタリング・エンジニアの判断ミスによる問題もあります。

上の波形グラフは、有名なヴァーヴのエラ・フィッツジェラルドが歌う1956年ロジャース&ハート歌曲集です。

このアルバムはそもそもモノラル録音なのに、なぜか最新ハイレゾリマスターにおいてエンジニアが「ステレオ装置」でデジタル化してしまったらしく、テープ冒頭のフラッターにより、音が左右にふらふらと揺れて船酔いしたように聴こえます。上記のLR波形を見ると、音が左右に波打っているのがわかると思います。

もし原盤通りモノラルでデジタル化していれば、左右のフラッターは根本的に存在しないため音質は良好なはずです。実はこのハイレゾ盤の発売より以前に、1997年に「96kHz 20bit Verve Master Edition」として販売されていたものは、ちゃんとモノラルで、フラッターが皆無です。残念ながらこちらのほうはCDのみでの販売で、せっかく96kHz 20bitでデジタル化したものの、ハイレゾファイルとしてはダウンロード販売していません。



よくある問題3:DSD直録のエラー

最近ハイレゾ関連雑誌の企画などで、DSDレコーダーを使った直録セッションが注目を浴びています。つまり、スタジオやコンサートホールなどで演奏者の前に高性能マイクを設置して、マイクアンプからそのままDSDレコーダーで直接録音するということです。

一切のスタジオミキシングや編集・エフェクト処理を行わないため、一番「ピュア」な音楽体験ができるという狙いです。

たしかに、「生演奏の臨場感、空気感」の多くの部分は位相情報にあり(人間の脳はそれで空間情報を予測するので)、事後処理によるマルチマイク編集やエフェクトは、使えば使うほどリアルから遠ざかります。(カメラで撮影した写真を、フォトショップなどで編集を重ねるほど不自然になってしまうのと同様です)。

このようなDSD録音の場合(べつに192kHz PCMでも良いのですが、マニア的にはDSDが好まれます)、確かに超高音質な録音が多いのですが、一番致命的な問題は、「一度録ったら修正不可能」だということです。

つまり録音中に想定以上の大音量が出てクリップしたり、誰かが楽譜を床に落としたり、近所でトラックが通過したり、などといった、通常なら後日スタジオで編集可能な部分が、どうにも修正できません。そのため、入念な打ち合わせとリハーサルが必要です。

1970年代などのクラシックの名演奏、名盤と言われているアルバムは、多くの人が感銘を受ける美しい録音が多いですが、それらのほぼすべてが何十本ものマイク、数十回における細切れのテイクを切り貼りして作り上げられたコラージュだということは意外と知られていません。

一例として、最近購入したDSD直接録音のブラームス交響曲を紹介します。レコーディング自体は完璧と言っていいほど素晴らしく、愛聴しているのですが、ある一小節でオーケストラが大音量を発するポイントで、音楽に「ブチッ」というノイズが入ります。

色々な再生ソフトやDSD対応DACで試聴してみたのですが、どれを使っても同じ「ブチッ」というノイズが聴こえます。

異常なスパイクノイズが混入している



波形を拡大してみると、データが「飛んで」いる
 データをソフトで見てみると、そのノイズが聴こえるポイントで明らかに異質なスパイクが観測されます。拡大してみると、波形がブツ切れて、瞬間的に「飛んで」いるのがわかります。これは録音自体から自然に発せられるような現象ではなく、データの異常です。

もしかするとオンラインショップからのダウンロードになにか不具合があったのかと思い、レーベルに問い合わせてみたところ、もう一度別の方法でダウンロードすることを勧められました。再度ダウンロードしたファイルでも、全く同一の問題が発生するので、残念ながらデジタルマスターそのものに混入しているようです。

レーベル側も、「DSD直録だから仕方がない」といった対応しかできませんでした。
このノイズ以外では本当に素晴らしい演奏、録音のクオリティなので、非常に残念に思います。(ノイズはこの一瞬だけなので、暇があればDSD生ファイルを手直しできそうですね)。

よくある問題4:音質チェックの手抜き

最後に紹介するのは、一番あってはならない最悪な例です。

Verveの1961年エラ・フィッツジェラルドのハロルド・アーレン歌曲集です。昨年あたりオンラインショップでハイレゾ新譜としてニューリリースに登場したので、真っ先に購入しました。

矢印の部分でデータがノイズになっている
ダウンロードが終わって音楽を再生してみたら、冒頭の数秒後から「ビービー」「ガーガー」といったものすごい大音量のノイズが連発します。しかも一回だけではなく、アルバム全体の半分くらいの曲で、毎回数秒間にわたって発生します。あまりにも酷いノイズなので、最悪の場合鼓膜を悪くするか、スピーカーやアンプを破損してしまうくらいです。

オンラインショップに問い合わせてみたところ、即座に全額返金されて、その「ハロルド・アーレン歌曲集」アルバムはショップのサイトから消えてしまいました。それ以来、待てども修正版などは入手出来ません。


ちなみにこのアルバムも、「96kHz 20bit Verve Master Edition」というCD盤をすでに所有しており、そちらの方は非常に高音質で、ノイズなどは一切発生しません。エラのジャズボーカルの中でも飛び抜けて高音質なのでオススメです。

余談ですが、Verve Master Edition全般が非常に高音質ですので、いつの日か全部96kHz 20bit仕様でネット販売して欲しいです。(CD盤は、独特な紙のデジパック仕様が目印です)。

今回のノイズ混入ハイレゾアルバムについては、ショップのサポートスタッフによると、そもそもショップは単純にレコード・レーベルから供給された音楽ファイル(FLACなど)をウェブ掲載、販売するだけの業務なので、音質やデータ不具合に関してはチェックしていないこと、今回の件は、レーベルから送られてきたデータが破損していた、ということを言っていました。

これについては未だに議論がなされていることで、多くのユーザーは、「高音質ハイレゾとして販売しているのだから、ショップにも音質保証の責任がある」、と主張しています。冒頭で紹介した、CD音源をハイレゾパッケージに入れた「ニセレゾ」に関しても、ショップが責任をもって監査して欲しい、ということです。

しかし、たとえばCDやレコードを販売しているタワーレコードなどのショップは、実際に同店で販売しているすべてのCDを試聴チェックしているか、というとそれは無理難題ですし、消費者は、そこまで期待していないと思います。この辺のバランスは難しいところだと思います。

まとめ

個人的には、オンラインショップの全アルバムは無理かもしれませんが、実際にショップのスタッフが試聴レビューした「オススメ」みたいなものを紹介してくれるのが一番良いと思います。レビュアー毎の個性を尊重するようなサイトであれば、賛同できるレビュアーの紹介するアルバムを「聴いたこと無いけど、買ってみようかな」というふうになります。

たとえば、CD販売でいえば、HMVジャパンなんかは、販売しているアルバムの多くを入念な試聴レビューやインプレッションを掲載しているので、信頼をもって購入できます。高価な趣味性にあふれる商品であればこそ、人間味のあるショップの対応を期待しています。

Hi-Fi News誌のハイレゾレビューにはグラフが・・

一例として、私が愛読している英国の月刊誌「Hi-Fi News」なんかは、毎号いくつかのハイレゾダウンロードアルバムを取り上げて、音質や演奏などについてのリスニングレビューとともに、本物のハイレゾか、ニセレゾか、ちゃんと確認するグラフとコメントが必ず載っています。

また、販売ショップや雑誌に限らず、レコード・レーベルのスタッフももっと積極的にエンドユーザーとの対話を心がけて欲しいです。従来なら東芝EMI、ソニーコロムビアなど、大手レコード会社というのは一般リスナーが触れることはできない神聖な存在だったのですが、最近は業界そのものが変わってきています。ヘッドホンブームなどのタイアップのおかげで、大手一流レーベル、パブリッシャーよりも、マイナーで趣味性の高いガレージスタジオの方が注目を浴びて売上を伸ばしているような状況なので、面白い世界だなとつくづく関心します。

今回紹介したような様々な理由から、最新のハイレゾ・リマスターが必ずしも最善とは限らないので、非常に悩ましい状況です。値段が安ければ良いのですが、特に国内のレーベルは3000円など非常に高価な価格設定を押し通しています。

音質に関して、あまりユーザーが糾弾すると業界がヘソを曲げてしまうため、近い将来、自分が大好きなアルバムが最高音質でリマスター化されることを願って、このハイレゾ・ブームを温かい目で見守ってあげようと思います。