2015年12月21日月曜日

ゼンハイザー HD630VB ヘッドホンの試聴レビュー

ゼンハイザーの密閉型ヘッドホン「HD630VB」を試聴してきたので、感想などをまとめてみようと思います。

ゼンハイザーHD630VB

このHD630VBというのは、はっきり言って謎が多いヘッドホンです。2015年初頭に発表された後、まったく音沙汰がなく、2015年12月になってようやく流通在庫が出まわりはじめました。その間、一切のプロモーション努力が感じられなかったため、発売されるまで存在を忘れていました。

名前からわかるようにゼンハイザーの高級機「600」番なので、開放型ヘッドホンの最高峰モデルHD600、HD650と同じクラスの音質なのかと期待を寄せているゼンハイザーファンもいらっしゃるかと思います。

しかし、一見してピュアオーディオっぽくないデザインと、それに見合わない高価格(7万円くらい)という、既存のジャンルでの位置づけが難しい製品です。また、ギミックとして低音の量感を可変できるダイヤルが搭載されているのもユニークです。


HD630VBのデザイン

分厚いハウジングとイヤーパッド

ゼンハイザーらしいドライバですが、配置が上に寄ってます

HD630VBはヘッドホンとしての公称スペックは極めて優秀で、インピーダンス23Ω、能率は114dB/Vと、ポータブル用途に適しています。実際にDAPなどで使ってみると、かなり能率が良く、非力なスマホでも十分な音量が出せます。

側圧はそこそこ、イヤーパッドは円形のバウムクーヘン型で、カタログには本皮かどうか書いてないので多分合皮だとおもいますが、質感はとてもしっとりしており吸い付きが良好です。装着具合は、最近の密閉型でいうとAudez'e EL8やOppo PM-3と似た肌触りですが、それらよりも側圧はゆったりしており、円形ハウジングなので従来のゼンハイザーというよりもAKGやベイヤーダイナミックの密閉型(K550やCustom Oneとか)に近い印象です。遮音性も十分にありますが、たとえばEL-8などほどの圧迫感は感じられません。

ちなみにパッドはベイヤーなどと似たような方式で取り外しできます。中のドライバを覗いてみると、ゼンハイザーらしい定番の40mmドライバのようです。HD700などに採用されているものと似ていますが、密閉型なのでチューニングはそれなりに変えていると思います。まだ、ドライバの配置がハウジング中心ではなく、上にズレているのが面白ですね。これは音響的な配慮なのでしょうか。Ultrasoneのように軸線をずらして頭外定位を狙っているのであれば、ゼンハイザーとしてはユニークな試みです。

ジャンル的に、Urbanite XLの上位版みたいなのかと思っていたのですが、ハウジングとドライバを見た感じではけっこう路線が違いますね。

高級感のあるヘッドバンド調整機構
ヘッドバンドのクッション
ステンレスにロゴが刻印されています

ヘッドバンドの構造は一般的なカチカチするスライダー式で、ハウジングと結合するヒンジ部分がとてもしっかりとしたデザインになっています。実際に手にとって見た際に一番魅力を感じたのがこのヒンジパーツでした。ヘッドバンドにはクッションがついており、長時間の装着でもあまり不快感を感じさせません。まあこの手のヘッドホンとしてはごく一般的な装着感といったところです。

このヘッドホンの一番の問題は、その巨大なサイズ感と重量です。公式で400グラムということですが、金属パーツがかなりずっしりとしており、手に持っただけで威圧感があります。ハウジングも左右に広いため、これを街頭で着用するには勇気がいると思います。

低音調整ダイヤルとリモコンボタン

ハウジング右側に、セールスポイントの低音調整ダイヤルが付いており、これはオーディオ機器のボリュームノブのように無段階でクルッと回す感じなので、装着時でも使いやすいです。たとえばゼンハイザーIE80のように厳密に事前調整しておくというよりも、楽曲ごとに気軽に回して低域を合わせるといった使い方を想定しているようです。±5dBの範囲で可変できるらしいので、結構強烈な変化が感じ取れます。

ケーブルは着脱不可能で、iPhone/Android切り替えスイッチがあります

ハウジング中心にはスマホリモコン操作用のボタンが堂々と配置されています。これも押し間違えが少ない、良好な操作感ですが、デザイン要素としてはあまり高級志向ではありませんね。このリモコンについては、もう一つギミックがあり、ハウジング下部の小さなスイッチによってiPhoneとAndroidそれぞれに対応するリモコンに切り替えられます。

ポタアンやDAPなどを常用するマニアにとってリモコンなんて不要でしょうけど、このHD630VBはそのようなコアなオーディオマニアに向けて作られていないように感じます。

ケーブルは右側片出しなのが面白いです。通常のヘッドホンは左側ですが、右側というとゼンハイザーHD25が有名ですので、なんらかのポリシーがあるんでしょうかね。リモコン付きということはスタジオミキサー用途ではなさそうですし、ちょっとわかりません。

このケーブルはマイクが内蔵されている1.2mの短いタイプですが、なんと着脱不可能です。これは最近の高級ヘッドホンとしてはかなり珍しいというか、「なぜ?」と問い詰めたいです。実際一般ユーザーは「ヘッドホンはケーブルがすぐ壊れるから、あまり高いのは買いたくない」という人が多いので、なぜ交換不可にしたのか気になります。(マイクとリモコン機能のせいで、とかでしょうか)。

左ハウジングは銀色で地味です

ハウジングの機能は全部右側に集中しているため、左側はとても地味です。なんの意匠もないただの銀色の円形なので、インパクトが薄いように思います。それとくらべて、ヒンジ部分のデザインは圧巻です。プラスチックとメタルを組み合わせた凝った作りで、ヘッドバンドの調整スライダーなども含めて、この辺の作り込みは高級感と剛性を両立させた見事なデザインだと思います。

巨大なケース
内部モールドはピッタリすぎて、ケーブル収納に苦労しました

付属でソフトケースが同梱されているのですが、かなり異色なサイズ感で(何かに例えようかと考えても、思い浮かびません。巨大なハンバーガー?クッション?)、このケースは一体どう使えば良いのか悩みます。まったく取っ手などが無いUFO型のケースなので、持ち歩くことは不可能ですし、バッグに入れても無意味に場所をとります。また、内部のモールドもケーブルを収納するスペースがギリギリなので、出し入れに苦労しました。

音質について

HD630VBの音質は、一言でいうと「刺激的」です。極めつけのドンシャリ傾向といった印象を受けました。

今回試聴したのは開封後間もないですし、ゼンハイザーの40mmドライバというと、エージングで若干マイルドになる傾向がありますが、それにしてもハードな音色です。

まず基本的な音質傾向は、HD25などと同系統の、実体感やメリハリのある力強いタイプです。空間表現はあまり得意としていないものの、ボーカルなどの主旋律がガツンと耳元で鳴ってくれるため、インパクトがあります。たとえば個人的に気に入っているHD8DJとも似ています。これはゼンハイザー密閉型特有の歯切れよいサウンドシグネチャーといった感じです。

サウンドの制動がしっかりとしているため、無駄に残響が膨らまずに、次から次へとサウンドが迫ってくるのは圧巻です。これはたとえばAKG K550のような開放型っぽいサラッとしたヌケの良さや、OppoやAudez'e EL-8のような広帯域なリニア感とも違い、勢いと押しで勝ってしまうような音作りです。とは言ったものの、全体的な表現は硬質なので、よくある陳腐なストリート系密閉型ヘッドホンとは一線を画する解像感も備えています。まあけっこう値段が張るので、これくらいの性能を持って当然かとも言えます。

HD630VBの欠点は、耳障りな高音のアタックです。高域が十分に出ているというだけではなく、質感が固いため若干の違和感を感じます。例えばAKGのような伸びやかな美音でも、ベイヤーダイナミックのようなリニアで繊細な表現でもなく、HD630VBの高域は荒々しいエッジが際立っています。

この高音の鳴り方は以前ゼンハイザーHD700で感じた音色ととても似ており、個人的にあまり好みの演出ではありません。HD630VBは密閉型でHD700は開放型なのでサウンドが似ていることは不思議なのですが、たとえば高域が刺激的な開放型の代名詞であるUltrasoneやGradoのようなキンキンと響く金属的な鳴り方ではなく、もっとガシガシと迫るメリハリを持っています。

ポピュラー音源ではこのメリハリのある高域がかえってメリットになるのかもしれませんが、ヴァイオリンや女性ボーカルのリサイタルなどで、立ち上がりの破裂音が純粋な楽器の音色を覆ってしまい、耳障で不快に感じる人も多いと思います。例えばHD25も力強くアタック感の強いヘッドホンですが、HD630VBはそのHD25の特性をそのままワイドレンジ化させたため、高域のアタック感が過剰に思える、といった印象です。このHD630VBと比較すると、MomentumとUrbaniteはどちらもマイルドに感じます。

低音調整ダイヤル

HD630VBのセールスポイントである低音調整ダイヤルは、使い勝手、音質ともに素晴らしく、よく出来ているなと関心しました。

リスナーごとにそれぞれベストな調整位置があると思いますが、個人的に聴き慣れている曲を試聴しながら無作為に合わせてみたところ、私がニュートラルだと感じた位置はピッタリ±0の中間点でした。

この低域調整の素晴らしい点は、影響されるのが低音域のみで、それ以外の帯域は邪魔されないことです。試聴しながらグルグルとダイヤルを回していると、低音以外は一切音色が変わらない事がわかります。また、調整される低音も、シャープでキレがあり、サウンドとして上質に仕上がっています。よくありがちなハウジングの共振などで主旋律が台無しになってしまう心配もありません。

過剰な低音はオーディオマニア的には敬遠されがちですが、このHD630VBの低域表現はかなり優秀です。とくにポピュラーやR&B、ヒップホップなどの低域がリズム感に貢献する楽曲では、あえて目一杯グイッと低域をブーストすることで一種の快感を得られます。わざわざ音楽プレイヤー内蔵のイコライザーなどを使わずに、無造作に片手でダイヤルを回すだけで調整できるというのは、想像以上に楽しいギミックでした。

まとめ

このHD630VBの利用目的として、屋外の騒音下でガンガンと力強いリスニングを体験したいという場合には、格好のサウンドなのかもしれません。

実際この価格帯の密閉型でライバルというと、オーディオテクニカ各種やソニーのMDR-Z7は明らかに室内向けなので適当ではないですし、近いのはAKG K267DJとかでしょうか。あれも低音調整ダイヤルがついてますし、価格も同程度です。

ただしK267DJの場合はケーブル左右どちらでも着脱可能など、DJ用途の雰囲気を出しているため、方向性が若干異なります。それ以外だとシュアーSRH1540も業務用っぽいですし、B&W P7やデンオンAH-MM400はもっと高級ラグジュアリー志向です。そう考えると、このHD630VBはオンリーワンといえる不思議なヘッドホンです。

クリスマス商戦前にようやく市場に出回り始めたので、世間の評価が気になるヘッドホンです。とくに「こういうのを求めていた」というユーザー層がいまいち掴めないため、もしかするとそういったニーズが存在していることに私自身が疎いのかもしれません。そういった意味ではどれくらい売れるのか興味津々です。