2015年12月15日火曜日

SHURE SHA900 ポータブルDAC・ヘッドホンアンプの試聴レビュー

シュアのポータブルUSB DAC・ヘッドホンアンプ「SHA900」を試聴する機会があったので、じっくりと聴いてきました。

Shure SHA900

販売価格が12万円程度とかなり高価な部類のアンプなので、個人的に購入する予定は今のところ無いのですが、シュアー初のハイエンドDACポタアンということで一体どんなものなのか興味津々です。

一般的に高性能ヘッドホンの性能を最大限に引き出すためには、それ相応のヘッドホンアンプが必需品です。ヘッドホンとアンプの費用配分に関してはべつに決まったルールといったものは無いのですが、シュアーの現行トップモデルIEM「SE846」やヘッドホン「SRH1540・1840」はどちらもSHA900よりも価格が安いというのが面白いです。シュアーとしては一体どのような組み合わせで活用することを想定しているのでしょうか。



デザイン

同時デビューした静電駆動型IEMのKSE1500に付属しているアンプと同じ形状ですが、こちらは静電パネル駆動用電源が内蔵されていないため、全くの別物です。そもそもヘッドホン端子の形状がKSE1500は特殊なので、互換性はありません。

SHA900を手にとってまず目立つのが小さなカラー液晶画面です。この画面は機能設定メニューや音量レベルなどを表示するためだけのもので、通常は消灯しています。

シンプルながらクリアな液晶画面

ボリュームノブはクルクルと回るエンコーダ型で、質感高いアルミ製なのですが、非常に軽量なので操作は軽快です。ボリュームノブ以外では側面にボタンが一つと操作ロック用スイッチ、そして底面にマイクロUSB端子とアナログライン・USB入力切り替えスイッチがあります。

液晶画面はボリューム操作などで自動点灯され、現在の音量や入力サンプルレートなどが表示されます。ボリュームノブを押し込むとボタンになっており、これを二回カチカチと押すことで機能設定メニューが表示されます。この二回押すダブルクリックは誤動作防止になるのでよく出来てるなと思いました。

底面には入力切替スイッチとマイクロUSB端子

メニュー画面内では、ボリュームノブで上下、押し込みで決定、本体側面のボタンで戻る、といった感じなので、片手でスイスイと操作できて非常に快適でした。といっても、通常のリスニング時にメニュー画面を多用することは無いと思います。

メニューでは、ヘッドホン出力のハイ・ローゲイン設定と、各種イコライザーなどがあります。また、ユニークな点として、マイクロUSB端子からの給電を停止する機能もあります。これはスマホのCCK・OTG接続などでスマホ側の電池を消耗しないようにとの配慮でしょうか。この機能はSHA900の電源を再起動すると給電が有効になる状態に戻ってしまうので(そうでないと最悪充電できなくなってしまいますので)、毎回設定が必要なようでした。

イコライザーは効き目が結構強く、幾つかのプリセットとユーザーモードが選択できます。個人的にイコライザーはめったに使わないのですが、ポータブルDAC・アンプで豊富なイコライザー機能が内蔵されているのは珍しいので、ニーズがあるかもしれません。

ヘッドホン出力、ライン入力(左はPHA-3)


ヘッドホン出力端子は3.5mmのみで最近流行りのバランス出力などは備えていません。そのとなりには3.5mmのアナログライン入力があります。残念ながらS/PDIFデジタル入力は備えていません。

今回はUSBでのデジタル入力のみを試したのですが(アナログ入力では上流ソースの音質に影響されやすいので)、一般的なスマホのCCK・OTG接続で問題なく動作しました。近年のDACとしては珍しくPCM 96kHzが上限なので、192kHzやDSDネイティブ再生は不可能です。といっても、たとえばOnkyo HF Playerなどの定番アプリであれば自動的にソースがリサンプルされるので問題なく音楽を楽しめることができます。たとえばDSDファイルはHF Playerで再生時に自動的に88.2kHzのPCMに変換されました。

音質について

まず初めに、私自身は試聴するまでこの商品のことを正直侮っていました。スペックと外見だけの印象では、どうしても12万円という値段相応に思えず、なんというか同時発表されたKSE1500用アンプの部品を流用した「コスト回収のための副産物」のように感じていました。

しかし実際に手にとって真面目に試聴してみると、これが意外にも良いアンプだということがわかりました。高価な商品なので、値段相応かと言われると難しいところですが、少なくとも駄作ではありません。また、シュアーのヘッドホン専用なのか、と言われるとそういうわけでもなく、他社製のヘッドホンにおいても十分に性能を発揮してくれます。

今回の試聴には、普段使い慣れているAKG K812とK3003以外に、せっかくシュアーのアンプということで、同社の密閉型ヘッドホンSRH1540と、BA型IEMのSE846を使用してみました。ソースはAndroidスマホのOnkyo HF PlayerからOTGケーブルで出力してみました。

第一印象として音質は、「ダイレクトで力強い」といったイメージです。とくにボーカルの存在感がよく出ており、背景に埋もれずに、かつ過剰に硬質にならずに太く立体的に描かれます。繊細な質感や奥行きのディテールなどはそこまで高くないですが、高音域も上の方まで「しっかりと」伸びきっている爽快なサウンドです。

SHA900の特徴的なポイントは、例えば女性ボーカルなどがギリギリ刺さりそうなところで上手に抑え込んでいることです。決して高域を意図的に丸めてあるようには感じないのですが、割れそうな楽曲でも魔法のようにピタッとコントロールしてくれる音作りは、芸術的にすら感じます。こういったサウンドのチューニングがアンプ開発者の技量なんだなと関心しました。

ソニーPHA-3とiBasso DX80との比較

このアンプを試聴している最中に脳裏に浮かんでいたのは、「なんかソニーPHA-3と似ている」という印象です。SHA900とPHA-3では価格差は若干あるのですが、全体的なサウンドや、「ダイレクトで力強い」特徴は類似性があります。

今回同条件でそれぞれを比較してみたところ、まず両者の駆動出力は、PHA-3が公称320mW(32Ω)、SHA900は135mW(16Ω)ということでほぼ同レベルのようです。どちらもハイゲインモードで使用したところ、ボリュームノブの位置が大体一致しました。SRH1540ヘッドホンを使用時に、ボリューム位置50%程度だったので、ある程度の大型ヘッドホンでも十分な音量が確保できます。

ボーカルの力強さや前に迫ってくる立体感などはシュアーとPHA-3のどちらも互角なのですが、細部ではそれぞれの個性が目立ちます。シュアーは高域を刺さり寸前で上手にコントロールしてくれるのですが、PHA-3ではそういった配慮無しにボーカルの破裂音などがガンガン出てきます。音源やヘッドホンの特性がよろしくないと容赦なく刺激してくるPHA-3は、アンプの忠実性としては正直なのかもしれませんが、シュアーのサウンドのほうが音楽的に一枚上手のようにも思えます。

一方、PHA-3が確実に勝っているのは低域のアタック感です。弾力とキレがある低音はドラムやベースなどのリズム楽器に生々しい存在感を与えます。単純に低域の量が多いというわけではないので、決して邪魔に感じさせない絶妙なチューニングです。この「明瞭なのに低域が力強い」というスタイルがPHA-3の特徴的な魅力だと思います。対してSHA900はそこまで低音楽器のキレが無いため、なんとなくとりあえず鳴っているといった程度です。決して量感が少ないとか低音不足というわけではなく、質感が地味だという意味です。

このように、一長一短な感じなシュアーとソニーPHA-3ですが、総合的な音質面では非常に近いため、どちらが優れているとは簡単には決められません。実用性においても、SHA900はシンプルでコンパクトな筐体で、イコライザーなども搭載している遊び心のあるアンプで、PHA-3は大ぶりなサイズながらバランス駆動が可能など、マニアックな魅力があります。

SE846、Chord Mojoとの比較
今回PHA-3以外では、手持ちのiBasso DX80 DAPと、Chord Mojoも聴き比べてみましたが、まずDX80はSHA900と比較して明らかに力不足でした。DX80独特のまったり感が裏目に出て、なんとなくボワボワしたフォーカスの定まらない音色のように感じます。SHA900は確実にステップアップだと実感しました。Chord Mojoとは良い勝負でしたが、傾向が異なるためどちらが優れているかは意見が分かれそうです。端的に言えば、音色の質感重視で抑え気味にしみじみと聴くMojoと、歯切れよく新鮮なSHA900といった違いです。

まとめ

USB DAC・ヘッドホンアンプというジャンルは現在流行のまっただ中で、各社から多種多様な製品が出ています。その中でシュアーSHA900の魅力は埋もれてしまいがちですが、いざ手にとって見ると意外と悪くない製品だと思いました。

コンパクトな筐体ながら、ソニーPHA-3と対抗できる性能を誇っており、使用感も良好、液晶画面とイコライザーは実用性があります。マイクロUSBと3.5mmアナログ入力のみでS/PDIFデジタル入力を搭載していないことと、サンプルレートが96kHz上限で、それ以上やDSDなどのネイティブ再生に対応していないことはマイナス要素です。

96kHz上限というのはWindowsのUSBクラス対応でドライバ不要というメリットがあるのかもしれませんが、2015年としては時代錯誤に思えます。実際96kHz以上に意義があるかという以前に、「とりあえず」対応させておくことが近年の常套手段になっているため、SHA900ではそれをやっていないことは、古臭い、開発力の低さとして捉えられかねません。プロ用機器としてもASIO対応でないとレイテンシーや安定性の問題があるため、やはり中途半端に感じます。

また、個人的に最近Chord Mojoを使っていて、意外にもユーザーの多くがS/PDIF接続を活用している事に気づいたので、SHA900にS/PDIFが無いのは不利です。具体的にはAK240などの高級DAPを所有している人は懐に余裕があるのか、DAPを光出力トランスポートとして活用している場面をよく見ます。そのようなユーザー層を取り込めないのは残念に思います。

では、このSHA900はどのようなユーザーを想定しているのでしょうか。まず思いつくのは、SE846とのマッチングです。SE846は銘機として市場で確立しており、息が長いベストセラーなので(最近カラーバリエーションも登場しました)、「高級イヤホンが欲しい」→「SE846が良いらしい」→「DACアンプも必要らしい」→「シュアー純正」といった一連の流れが想像できます。

この場合PHA-3やMojoなどではマニアック過ぎて使いづらい部分もあるため、SHA900のシンプルで論理的なデザインはプラスに働きます。機械が得意なオーディオマニア以外のユーザーにとって、「USB挿すだけ!、イコライザー内蔵!」というのはとても魅力的です。そして音質面でも、スマホや安価DAPをなどから移行すれば明らかなレベルアップが体感できます。とくに高域の刺さりをギリギリで抑えたSHA900独特の絶妙なコントロール性は、アンプ次第ではエッジが目立つSE846のシビアな音質にマッチングするにはベストパートナーのようにも思えます。

ヘッドホンとのマッチングでは、シュアーの密閉型SRH1540と開放型1840が思い浮かびますが、個人的にこの2つのヘッドホンは非常に「惜しい」性能を持っていると思うので、SHA900にはもうワンクラス上のヘッドホンでも良いかと思います。例えばゼンハイザーHD800やAKG K812などの魅力を発揮するに十分な実力を持っています。能率の悪いHiFiMAN HE560などでは音量が頭打ちになることは無いものの、もうちょっと駆動力のあるアンプが欲しく感じました。

SRH1540・1840はトータルバランスにおいて優秀なヘッドホンですが、個人的には双方に弱点があり、どちらを取るか悩ましい兄弟機です。もうちょっと値段が高くても良いので、この二機種の特性を合体させて、さらにチューニングを追い込んだ上位機種がいつか登場してくれれば他社の高級ヘッドホンと良い勝負になると思うのですが、どうでしょうね。

今、この時期になってシュアーがポータブルヘッドホンアンプを発表した、という事実に意表を突かれたということもあり、真剣に使ってみたらSHA900は素晴らしいアンプでした。もしシュアーがこれから継続的にヘッドホンアンプをシリーズ展開してくれるのあれば、それに向かっての第一弾という意味合いでは非常に有意義な製品だと思います。

KSE1500にばかり話題が行きがちですが、あのサウンドを形成する上で優れたアンプ設計技術も必要不可欠だったと思います。一般的なヘッドホンでもその技術の片鱗にあやかるという意味でも、SHA900は有意義な製品です。